その出来事を呆然と見据えたあと、しばらく銅像のように硬直していた郭図。
 部下達は、あまりに微動だにしない主を見て、

「まさか……立ったまま息絶えたのでは?」

 とすら思ったのだが、不意に彼は動き出す。

「どこまで…………どこまでっ、私の邪魔をすればいいのだぁぁぁぁぁぁっっ!」

 黄忠親子を襲った5本の矢。
 しかしそれも、白き疾風の前に弾かれてしまう。
 結果として、美しき母と子は今も健在。
 その現実を前に、すでに現状把握も出来ない“元軍師”は更に狂気を増した。

「こうなればぁぁぁぁぁぁぁっ、もう私自ら刺し殺してくれるわっっっっっ!」

 郭図は部下の兵士の一人の腰に帯びていた鞘から剣を無造作に引き抜くと、城壁から走り去る。それは、逃亡のための疾走ではなかった。彼が目指すのは……黄忠親子の元。今の郭図にはもう、あの二人しか眼中になかったのだ。
 ……彼を信じてついてきた部下達も、すでに彼には見えていない。

「…………もう、終わりか」

 郭図の部下達にはもう、彼を止める気力もなく、逃げ出す先もなかった。
 彼らはその場で膝から落ち、ただただ狂気へと飲み込まれる主の走り去る様を見送ることしか出来ない。
 そして、ついに信じてくれていた部下をも失った郭図は一心不乱に走り続け、ようやく城壁から降りてきた。あとは戦場へと向かい、黄忠親子をめった刺しにすれば……そう思っていたのだが、

「抜き身の剣を持って……どちらへ行かれるおつもりかな? 御仁」

 それが叶うことはなかった。
 彼の前に立ちはだかる女性こそが、彼にとっての“死神”だったから。
 死神の名は趙雲。
 死神の鎌ではなく、必殺の槍を手にした美しき武神だった。









「……護ってやると言っておきながら、やれたのは後始末だけとは……私もまだまだだな」






















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第四十八章





















 恭也が黄忠親子を守り通した後。
 両軍からは大地を震わす程の大歓声が上がった。
 黄忠軍からは、大将黄忠と娘の璃々が無事を喜ぶ歓喜の声が。
 高町軍からは、大将恭也の勇姿を讃える興奮した声が。
 そして、恭也、黄忠、璃々のいる元へ、両軍の将兵たちが殺到する。そこにはもう、先ほどまでの敵対していた緊張感はまるでなく、両軍ともただただ大将の無事を喜んでいた。
 黄忠軍の将官たちや客将の陳宮は黄忠親子を囲み、手に手を取って二人の無事を確認しては歓喜の輪を広げ。
 高町軍の将たちは親子を助けた大将を囲み、その行いを賞賛する……と思いきや、

「無茶をしないと言ったではないですかっ!」
「御主人様……っ、足は!? 足は大丈夫なんですかっ!?」

 真っ先に駆けつけた二人──愛紗と朱里からは、叱咤と心配を意図した詰問の言葉が向けられていた。
 ただ、その二人からは遅れて駆けつけた流夏と翠は、主従の関係すら忘れた様子の二人をきょとんとした表情で眺めている。恭也は立派な行いをした……それは誰の目から見ても明らかだし、それこそ褒め称えてもいいはずなのに、だ。
 そんな二人の疑問に答えをくれたのは、

「お兄ちゃんの“あの動き”は、お兄ちゃんの右の膝を痛くしちゃうのだ」
「鈴々?」

 いつしか首を傾げていた二人の横に並んでいた鈴々だった。

「“あの動き”って、黄忠たちを助けた時の、あのメチャクチャ速かったアレか?」
「うん……前に一度あの動きをお兄ちゃんが見せた時、お兄ちゃんは倒れたのだ。お兄ちゃんは昔に膝を壊したって言ってた。で、今もそれは治ってないんだって。前に使った時も一人で立てないくらいだったのだ」

 鈴々の話を聞いて翠は単純に、

「へえ……確かに人間離れした動きだったもんな。どこかに負担がかかるのは当たり前っちゃ当たり前か」

 と納得した様子だったが、流夏の方はそうはいかない。何故なら、

「……アイツ、あの時はそんな素振りは見せてなかったじゃないか……っ」

 恭也の“あの動き”──『神速』を見たのは初めてではなかったから。
 かつて遼西の居城で覆面姿の恭也に助けられた時、彼は“あの動き”を出していたのだ。つまり、あの後恭也は膝を痛めていたというのだが……流夏は今の鈴々の話を聞くまで気づけなかったのである。それがかつては領主だったモノとしての矜持としては、悔しくもあり、悲しくもある。しかし、

「……どうしてアイツは……そこまで? 私の時も、そして今も……」

 一人の女性の感情としては、胸の奥底に暖かいモノを感じさせてくれた。それは、今までも流夏の胸の中にあった“何か”がはっきりとした感情になった瞬間だったのかもしれなかった。
 今も、愛紗や朱里の追及を受け、苦笑混じりに誤魔化している恭也を目で追ってしまっている。それはまさに──

「──その目はまるで恋する乙女のようですな。伯珪殿?」
「ぬなっ!?」

 不意にどこかからかうような口調で声をかけられ、びくっと肩をすくませた流夏は、顔を真っ赤にして振り返ると、そこにはいつの間にか槍を持った一人の少女が。

「……趙雲」
「久しいな伯珪殿。遼西は滅ぼされたと聞いていたが、よもや高町軍に身を寄せているとは」
「まあ、色々とあってな。それより……真っ先に高町の方に駆け寄っていくと思ってたのに、随分と遅い到着だな?」
「ああ……ちょっとゴミの始末を」
「ああ、なるほど」

 趙雲の『ゴミの始末』という言葉と、わずかに残る彼女の殺気の残滓から、流夏はすぐに察した。彼女が何をしてきたのかを。流夏も、黄忠親子を狙った矢の発射先が気にはなっていたので、彼女の言葉を聞いて一つ安堵の息を漏らした。
 が、このあとの趙雲の追及で、彼女の心の平静はすぐに乱されてしまう。

「で? 伯珪殿は今ではすっかり高町殿のトリコというわけなのかな?」
「なっ! 何を言い出すんだお前はっ!? 私はただ、客将として……」
「その割に、先ほどは高町殿を見ていた目は……」
「それはお前の勘違いだ…………って、趙雲?」
「…………」

 そこでふと、流夏は気づいた。
 以前、遼西で客将をしていた趙雲は皮肉屋で、生真面目な流夏をたびたびからかうような物言いで困らせていたことがあったので、今回もその類なのかと思ったのだが、どうにも様子がおかしい。
 いつもの軽妙な皮肉よりも余裕もなく、随分と刺々しかった。

「お前……なんかおかしいぞ?」
「……別に、私はいつも通りだ」

 いつも通り、と言っておきながら、趙雲は目を逸らす。それは流夏の目からすれば拗ねてるようにも見える。
 そんな趙雲らしからぬ仕草に、流夏は“恋する乙女”の勘で、ある種の確信を得た。
 そして、確信を得た流夏は、かつては趙雲がよく見せていた、どこか意地の悪い笑みを浮かべる。

「ほほぉ……あの趙雲がねぇ」
「む……」

 その、流夏の見透かしたような目が気に入らないのか、趙雲の眉がぴくんと釣り上がった。

「あの時の黄巾党との戦いの後、旅に出たとは聞いていたが……あの戦いの中でお前と高町の間に何があったのかね?」
「ふん……下衆な勘ぐりは品位を落としますぞ」
「だよなぁ? じゃ、さっきのお前の追及も“下衆な勘ぐり”ってヤツだと思うんだけどな?」
「…………」

 流夏に言いくるめられ、押し黙ってしまう趙雲。
 常に飄々と、つかみ所がなかった彼女を知っている流夏としては、今の変化を目の当たりにして、思わず感心してしまう。

「色恋は女を変えるとは聞くが……こうして目の当たりにして、初めて納得出来るな」
「……それは伯珪殿とて同じ事ではないのか? 先ほど高町殿を見ていた眼差しは、以前とは随分と違っていたと思うが?」

 いつまでもからかわれてたまるか、とばかりに反撃を試みる趙雲。しかし、

「そうだな。改めてみると……やはり私も同じということなんだろうな」

 先ほどまでの狼狽えぶりは微塵も見せずに、あっさりと流夏は認めてしまった。趙雲からすれば、認めるのが恥ずかしいからこそ、あえて流夏に意趣返しを試みたのに、コロっと認められてしまったのである。言うなれば、梯子を下ろされた形になった趙雲は、もう肩を落とすしかなかった。

「……ずるいではないか伯珪殿。そこであっさり認められては、私がバカみたいだ」
「いや、すまない……なんというか、今の趙雲を見ていると、鏡で自分の姿を見ているような……そんな気分になってな。自分の感情を誤魔化すのが馬鹿らしくなったんだ」

 不意打ちのような形で趙雲に自分の想いを見透かされた時は、ついつい意地になってしまった流夏だったが、その後の趙雲のらしからぬ姿を見ているうちに、かえって自分の方が冷静になれたらしい。
 そもそも誤魔化す理由がないのだから。
 すでにもう……流夏が高町恭也に“骨抜き”にされていることは。
 そして、認めてしまった流夏の表情はどこか晴れやかで、

「やれやれ……伯珪殿は変わったな。随分と……いい女になったようだ」

 趙雲も思わずそう認めてしまうほどだった。
 その趙雲の言葉が皮肉ではないことくらいは察することが出来る流夏は、照れくさそうな微苦笑を浮かべる。そんな表情も魅力的に見えてしまうからこそ、趙雲は心穏やかにはなれなかった。

「まったく……少し旅をしている間に、どんどん高町殿の周囲には“いい女”が増殖しているではないか」

 それはもちろん、今も恭也の身を案じて詰め寄る愛紗と朱里のことであり。
 愛紗たちのすぐ後ろに近づき、今回の救出作戦の成功という手柄で恭也に褒めてもらいたい鈴々のことであり。
 恭也への(今のところは強さだけど)興味で目を輝かせている翠のことでもある。
 そしてまた一人……いい女が恭也の元へと近づいていた。
 その人物は──






















「高町殿」

 案の定無茶をしてしまった恭也にマシンガンのように立て続けにお小言を浴びせる愛紗と朱里だったが、不意に恭也に声をかけてきた人物を見て、ようやく口を止めた。
 何故なら、恭也に話しかけてきた人物は、楽成城の主だったからである。

「この度は……娘を助けていただいただけでなく、私たちの命まで守っていただき、ありがとうございます」

 静かに深々と頭を下げる様は、領主としての気品があり、愛紗と朱里の二人の口撃にヘトヘトになっていた恭也も思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。

「いえ。娘さんにも怪我はないようで何よりです。それに……今回あなた方は俺たちと袁紹の戦いに巻き込まれた被害者だ。むしろ俺はあなたに謝罪しなければならない立場なのですから。礼はいりませんよ」

 恭也には、今回の戦いに黄忠たちを巻き込んでしまったという罪悪感があるため、黄忠の礼を受け止めるわけにはいかなかった。しかし、黄忠はそれを否定する。

「悪いのは袁紹陣営ですわ。高町殿にはなんの落ち度もありません」
「しかし……」

 とはいえ、恭也もそれで「はいそうですか」と頷けるほど柔軟な考え方は出来ない男だった。そして黄忠はそれを即座に見抜く。ならば、と黄忠は恭也の性格を逆手に取る。

「もし、それで納得がいかないというのであれば、一つ。私の願いを聞き届けていただけますか?」
「……それはもちろん。もし、楽成城下で何か被害が起きているのなら、賠償だって……」
「賠償だなんて必要ありません。もっと簡単なことですわ」
「簡単?」
「はい。この楽成城をあなたに治めて欲しいのです」
「は──っ!?」

 突然の領土移譲発言に、恭也はおろか隣で聞いていた愛紗たちまで目を丸くした。その驚きぶりが面白かったのか、くすりと笑みを浮かべる黄忠だったが、すぐに表情を引き締める。今の発言が冗談でもなく、真面目な話だという意思表示のために。

「黄忠殿……?」
「この楽成城と周辺の……これまで私が治めてきた領土をそのままあなたに委ねたいのです。よろしいですわね?」
「ちょっ! 待ってくれ! 話が突飛すぎるだろう!? 俺たちが謝罪すべきなのに、どうして……」
「では、理由がハッキリすれば、今の話をお受けくださいますのね?」
「う……」

 気が付けば退路を断たれている状況に恭也は言葉を詰まらせながらも、今は頷くしかなかった。

「まず一つは……やはり皆さんに助けられた恩に報いたいというのがあります」
「それは……」
「確かに、今回の一件は袁紹軍と高町軍の戦いに、我らが巻き込まれたというのが高町殿の見解なのでしょう。ですが私たちの見解は違います。娘を誘拐し、私たちを利用したのが袁紹軍。娘を救出し、結果的に我が軍に被害を与えずに戦いを収めたのが高町軍。その結果からして、誰を憎み、誰に恩義を感じるか……それを決めるのは私たちですわ」
「むぅ……」

 つまりは、恭也たちに謝罪される謂われはないのだから、だまって恩義を受けろという乱暴な理屈だった。見た目とは裏腹に剛胆な主張をしてくる黄忠に、恭也は唸るしかない。

「そしてもう一つは……限界を感じたからです」
「げん、かい……?」
「今回、袁紹にいいように操られ、痛感いたしました。私は領主の器になかったということを。乱世の時代に中立国を宣言し、周囲の戦乱から目を逸らしていても、所詮は仮初めの平和。結局はこうして袁紹のコマ扱いを受けてしまった……それは領主としての私の落ち度ですわ」
「…………」

 これに関しては恭也は何の異論も挟めなかった。
 自分たちは侵略しないから自分のところを侵略するのはやめてくれ、と言ったところでこの戦乱の世では通用しない。それが出来るのなら戦乱の世にはならないのだから。

「これからも、まだまだ乱世は続くでしょう。そんな時代に、この城と住人たちを守っていくには私などよりもはるかに高い軍事力を持ち、それでいて住人たちを幸せにすることが出来る人物が必要なのです」
「それが……俺だと?」
「はい」

 黄忠は迷うことなく、恭也の瞳を見据えて頷いた。
 恭也は、そんな黄忠の言葉を買いかぶりだと否定したかったが、彼女の視線がそれを許さない。貴方以外に楽成城を任せる人間などいないという強い意思の込められた視線の前では、恭也は為す術もなかった。
 とはいえ、それでもまだ恭也には楽成城の統治権移譲を頷けない。

「じゃあ、仮に俺が楽成城を治めるとして……あなたはどうするんです?」

 恭也が気になっているのはそこだった。
 元々、楽成城を治めていたのは黄忠なのだ。なのに、その統治権を恭也に譲ってしまった場合、彼女はどこに身を置くというのか?
 その疑問が残っている以上、恭也はその話を受けるわけにはいかないのだ。
 しかしその疑問こそ、黄忠が待ち望んでいたモノだった。彼女は我が意を得たり、と言わんばかりの妖艶な笑みを浮かべる。

「そんなこと……決まってるではありませんか。もちろん私は高町殿、貴方の元へ降るんですわ♪」
「なっっっ!?」
「私と、私が率いている軍を高町軍の傘下へとお加えくださいと言っているのです」

 正直なことを言えば、恭也たちにはいいことずくめだ。兵の数は増えるし領土も増える。しかも、知勇に優れた名将まで付いてくるとなれば、

「御主人様……お受けすればいいではありませんか」
「愛紗さんの言う通りです。黄忠軍の皆さんは錬度も高いですし、黄忠さんという戦力も頼もしい限りです。ここはお受けした方が……」

 将軍の愛紗と軍師の朱里だってそう進言してくるのが当たり前だ。
 それでも、恭也はまだ残っている罪悪感からか、素直に頷くことが出来ないでいる。そこへ追い打ちとばかりに黄忠が、

「それとも……このような無能な将は高町軍には必要ありませんか?」

 瞳を潤ませて泣き落としをかけてくるのだ。
 こうなってくれば、恭也にはもう、頷かないと言う選択肢はない恭也は肩を落としながらも頷いた。

「……あなたが無能なはずがないでしょう。将官や兵たち……それに街の住人にまで慕われている名君でもあり、あの弓捌きだって凄かったのは、実際に刃を交えた俺が一番理解してます」
「なら……」
「わかりました。楽成城の移譲も、あなた方の身柄も全て受け入れましょう」

 その言葉に、悲しげな表情から一変、破顔一笑。黄忠は華やかな笑顔を恭也に見せる。そのあからさまな表情の変化に、恭也はあらためて年上の女性の底知れ無さを痛感するのだった。
 しかし、黄忠の“攻勢”はまだ終わっていない。

「それでは、これからよろしくお願いしますね、御主人様♪」
「ご……っ!? ちょっと待ってくれ! いきなりなんで……?」

 黄忠の“高町殿”からいきなりの“御主人様”への変化に、さすがの恭也も面食らってしまう。一方の黄忠の方は、早くもそんな恭也の戸惑いを楽しんでる様子だ。

「あら? だって私はあなたに降り、あなたはそれを受け入れた。その時点で私の主はあなたですもの。自らの主を御主人様と呼ぶのは当たり前ではありません?」
「そ、それは……しかし……」

 言ってることは間違いなく正論だった。しかし、恭也としては一児の母でもある年上の(しかも目を見張るほどの美人の)女性にまで“御主人様”と呼ばれるのはどうにも落ち着かないのである。
 一騎討ちの時の凛々しい雰囲気はまるでなく、狼狽えてしまっている恭也の姿に、黄忠はクスクスと悪戯めいた笑みを浮かべながら、艶やかで魅力的な瞳で恭也を捉えながら、

「というわけで、お願いしますね。わ・た・し・の御主人様♪」

 あらためて恭也を御主人様と呼んだ。
 それにはもう、恭也も抗う術もない。

「……黄忠殿も人が悪い……そういうひとでしたか」

 がっくりと肩を落としてその呼称を認めるしかなく、

(やっぱり俺に、年上の女性は天敵なのかもしれない……)

 今更ながらに、そんな悲しい現実を痛感する恭也であった。

「あと、家臣となった者に敬称はいりませんわ。私の真名は紫苑といいますので、これからは紫苑とお呼びくださいな」
「ああ……了解だ」

 もう抵抗は無駄なのだな、と理解した恭也は、彼女の要求に力無く頷くことしか出来ない。だが、そこへいつしか新たな脅威が恭也の前に現れる。

「ならば、私も御主人様と呼ばせてもらおうか」

 背後からの凛とした声に、恭也が力無く振り返ると、そこには白を基調とした衣服がよく似合う、凛とした雰囲気の少女が一人。

「趙雲、さん?」
「ようやく再会の挨拶が出来そうですな。御主人様」
「ああ、そうだな……って、ちょっとまった!? どうしていきなり君まで俺を……っ」
「おや、御主人様は私との再会を喜んではくれないのですかな?」
「そ、そんなわけあるか! 嬉しいに決まってるし、今回の救出劇は趙雲さん抜きでは成功したかどうか……それを考えたらいくら感謝してもし足りないが……」
「それは言い過ぎでしょう。とはいえ、そこまで言ってもらえるのは家臣冥利に尽きると言うべきか」
「だから、そこだ! いつ、君が俺の家臣になったと言うんだ!?」

 ただでさえ、黄忠──紫苑に翻弄されて精神的な疲れがピークに達しているところで、今度は趙雲が出てきたのである。もう恭也は何が何だか、混乱寸前だった。

「おや、つれない。お忘れか? 先の黄巾党討伐の際、別れ際にあなたが仰ったではないですか。次に会った時は、遠慮なく口説いてくださるのではなかったかな?」
「そ、それは……」

 忘れるはずもない。
 恭也にとっても、あの約束は大事なモノでもあるのだから。しかも……

「せっかく“約束の証”まで残したのに……なんとも寂しい限りですな」
「なっ!?」

 ……恭也が唇を奪われたのである。そんなことを忘れることなど、出来るはずもないのだ。
 その時の唇の感触を思い出し、赤面する恭也だったが、すぐに背後から強烈な殺意にも似た視線──もちろん愛紗の──を受けて、信号機のように赤から青へと、顔色が変化していく。

(こ、このままではいかん! とにかく心を落ち着かせないと!)

 さっきから見事なまでに周囲に翻弄されている自分の精神修行の足りなさを自覚し、恭也は心の中で深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。

「そ、それは忘れてはいないが……だが、俺はまだ、君を口説いていないのに、御主人様呼ばわりは気が早すぎないか?」
「確かにそれは言う通りですが……もしかして口説いてくださらないおつもりか?」
「……そんなことは言ってないだろう」
「ならば、いいではありませんか。私はもう、あなたに口説かれる気満々なんですから。その時点で私があなたに仕えるのは決まってるのですよ」
「む……」

 紫苑に続き趙雲にまで翻弄されてしまってる恭也。
 元々、年上の女性にはどこか苦手意識すらあった恭也だったが、ここに来て趙雲にまでやりこめられている現状を省みると、

(もはや年上云々は関係なく、俺は女性には弱いんだろうか?)

 女系家族の中で育ったことである程度女性への免疫は付いていると思っていた自負が揺らいでしまう。とはいえ、ここでそれを認識して落ち込んでしまうのもより情けないので、恭也はあえてその現実から目を背けて、前向きに物事を考えることにした。

(以前、再会を約束した時は『口説く』なんて宣言したが、いざ本人を前にしたらどんな言葉で口説けばいいのかわからなかったからな。それが省略出来ただけでも良しとしよう)

 ……なんとも情けない前向きだが。
 恭也は半ば開き直る形で、趙雲を受け入れる。

「まあ、趙雲さんが仲間になってくれる事自体は嬉しい限りだ。あの時の約束通りの主君に、俺がなれているかは自信がないけどな」
「あなたは立派な大将になられてます。むしろ……」

 不意に、趙雲の表情が翳るのを恭也は見逃さなかった。しかし、趙雲はすぐに先ほどまでの飄々とした笑顔を作り、

「……いや、なんでもない。御主人様、私のことは真名の星(せい)でけっこう」
「やっぱり君も、御主人様呼ばわりはするのか……いや、言うまい。了解だ。よろしくな、星」

 がっちりと握手を交わすのだった。










 黄忠──紫苑に続き、趙雲──星も高町軍に加わり、更に戦力に厚みを増した恭也たち。
 残る袁紹軍本隊を叩くべく、冀州の袁紹軍本拠、南皮への道を追撃する準備を開始する高町軍。
 そんな中、恭也は先ほどの趙雲の表情の変化が気になっていた。
 
(……星のさっきの表情に関しては、後で探りを入れてみるか)






あとがき

 ……ようやっとここまで(汗
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 黄忠&趙雲が新たな仲間になってくれたという今回のお話ですが……内容の割に文章量が多くなってしまい、ちょっと戸惑ってしまってます。
 楽成城下での戦いも決着がつき、残るは袁紹のみとなったのに、随分と時間を掛けてしまってますが、次回は(おそらく)袁紹との戦いになるはずですので、気長に待っていただけたら、と思います。
 では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
 では〜。



趙雲に黄忠が仲間入り〜。
美姫 「高町軍は領土、軍力共にアップね」
うんうん。あと気になるのは、陳宮がどうなるのかだな。
美姫 「彼女も仲間に入るのかしら」
恋を追ってきたみたいだから、仲間になるのかな。
うーん、どうなるんだろう。
美姫 「そっちも気になるけれど、次はいよいよ袁紹との決戦みたいよ」
みたいだな。こっちも当然ながら楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね〜」
待ってます。



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