ひゅおっっっっっ!

 風を切る音が耳に入ってくる。
 そして、三本の矢が同時に、恐るべき速さと見事なまでの正確さで、三カ所の急所目がけて飛来してきた。それを

 ──御神流・虎乱!

 俺は御神の連撃技“虎乱”で全て薙ぎ払う。
 
「あれを……全て防ぐなんて」
「三本の矢を一度に放つだけでも凄いのに、それが全て正確無比とは……噂に違わぬ神業だな」
「その矢をたった二本の剣で防ぐあなたも、相当な使い手ね」
「…………」

 戦いの最中とはいえ、これほどの美女に褒められるのはなんとも……その、困るな。
 照れくさくて言葉が出なかったのだが、

 ぎんっ!

 そんな俺の内心を見抜いたのか、立会人から「デレデレしない!」と言わんばかりの鋭い視線を受けたので、俺は再び気を引き締めた。
 一騎討ちは……始まったばかりだ。






















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第四十六章























 恭也と黄忠の一騎討ちが始まった頃。
 鈴々は見事に楽成城下潜入に成功し、趙雲と再会していた。

「趙雲! 久しぶりなのだ!」
「おお、来たのは張飛殿であったか。久しいな」
「む? もしかしてお兄ちゃんの方が良かったか?」
「……それはいわぬが華と言うモノであろう?」
「相変わらずなのだー」

 黄巾党との戦い以来の再会を喜ぶ二人。
 そんな中、趙雲と一緒に助っ人を待っていた陳宮は、現れた鈴々を見て驚きを隠せずにいた。趙雲と同等の力量の人間と聞いていたのに、現れた助っ人は陳宮に負けず劣らずのチビ──もとい、小柄な少女だったからである。だが、驚くのはまだ早かった。

「えっと……お聞きしてもいいですか?」
「うん? どうした陳宮殿?」
「ちんきゅー? そういえば趙雲。そのコは?」
「そういえば、紹介がまだでしたな。こちらは陳宮殿。黄忠軍の客将で、今回迅速に娘の居所を突き止めてくれた方だ。で、陳宮殿。こっちが張飛殿だ。現在この楽成城を包囲している幽州の武将の一人だ」
「よろしくなのだー♪」

 紹介してもらい、天真爛漫な笑顔で陳宮に挨拶する鈴々。
 しかし、陳宮の方はとてもじゃないが、そんな笑顔は見せられなかった。

「ええっ!? このコが高町軍!? あ、あなたは何を考えているのですか!? 今まさにこの楽成城を攻め落とそうとしている高町軍の人間を引き入れるなんて……っ」

 趙雲の正気を疑う陳宮。
 しかし、趙雲は陳宮の驚きは想定内だったらしく、落ち着いて対処する。

「お主が信じるかどうかは別として、あえて言わせてもらえば……その高町軍の大将は、この楽成城を攻め落とす気など無いと思うぞ?」
「え? それはどういう……」
「確か高町軍は現在、袁紹軍と交戦中なのだろう? 張飛殿」
「うん。そうだよー」
「ならば当然、今回その戦に巻き込まれてしまった楽成城の人間を巻き込みたくないと考えているのだろうな。高町殿は」
「…………」

 陳宮も、実は『天の御遣い・高町恭也』の噂は耳にしてはいたのだ。しかし、その噂はあまりに荒唐無稽なモノが多かったので話半分にしか聞いておらず、彼女からすれば田舎の領主の一人程度としか考えていなかったのである。だからこそ、その高町軍が楽成城を包囲したという話を聞いた時は、黄忠にとっての敵、という認識しか持てなかったのだが。
 しかし、趙雲の話を聞く限りはどうやらそれだけではないようだ。

「実際、こうして私の頼みを聞き入れて、自らの軍の中核とも言える張飛殿を出してくれたことがその証にはなるのではないだろうか?」
「そ、それは……そうかも知れませんけど……」

 それでもまだ高町恭也という人物に懐疑的な陳宮に、今度は張飛が語り始める。

「鈴々もだけど、今回のことでお兄ちゃんはすっごく怒ってたのだ。袁紹が黄忠の娘を人質にしたって聞いた時は、普段あまり怒ったり笑ったりしないお兄ちゃんが怖いくらいに怒ってたんだ」
「怒ってた……ですか?」
「幼い女の子を人質にして、お母さんを戦わせるのは酷いって怒ってたよ」
「…………」

 陳宮はその話を聞いて、なんとも言えない感情を抱えてしまう。
 正直な話、戦争の際に人質を取るというのは珍しい策ではない。むしろ頻繁に行われていると言っても良かった。他にも他国と同盟を結ぶ際に自国の姫を同盟相手に差し出すということだってよくある話だ。それを考えれば、今回の一件でそこまで憤慨するのもおかしい話なのかも知れない。
 人としては正しい怒りだが、太守としてはいかがなモノか。
 それが陳宮の率直な感想だった。
 そして、

「まったく……甘いな。高町殿は」

 趙雲も同じ思いなのか、そんな言葉を口にした。だが、陳宮と趙雲には決定的な違いがあった。趙雲は、そんな厳しい言葉を吐きながらも、どこか満足げな笑みを浮かべていたからだ。
 それはあたかも「高町殿はそうでなくてはな」と言いたげな。
 少なくとも彼女は言葉とは裏腹に、彼のそんな“甘さ”を許容しているのだ。

「まあ、でもそんな甘いのがお兄ちゃんのいいところなのだ」
「いいかどうかは別として、あの方らしいとだけは言っておこうか」

 そしてそれは鈴々も同じ。
 彼女もまた、幼い外見ながら恭也が甘いことは理解しているようだが、それを分かっていても認めているのだ。
 そんな二人を見ていて、陳宮の中でムクムクと膨れあがってきていた。
 高町恭也、という人物への興味が。






















 そして、鈴々が趙雲と合流した頃。
 恭也と黄忠の戦いは激化していた。

「はあっ!」
「ふ……っ」

 間合いを取りながら矢を放つ黄忠。
 そして、見事なまでに急所を狙い撃ってくる無数の矢をかわし、打ち払いつつ、スキを見ては黄忠が目を丸くするほどの体捌きで間合いを詰め、小太刀を振るう恭也。
 そして接近してきた恭也の斬撃を鋼鉄製の弓で受け止め、パワーで恭也を振り払い、再び間合いを取って矢を放つ黄忠。
 二人の一騎討ちはコレの繰り返しだった。
 動きこそはあるモノの、展開としては完全な膠着状態。
 それは恭也にとっては思惑通りなので動じることもないが、黄忠にとってはあまり良い展開ではなかった。

(まずいわ……関羽が相手じゃないから、もう少し優位に戦いを進められると思ったのに。高町がここまで強いなんて。あの“人中の呂布”を倒したって噂も、これじゃあながち……)

 頭の中でそんなことを考えつつも、黄忠はスキを作らず、恭也から間合いを取る際にさりげなく打ち払われた矢を回収し、再びつがえる。
 まだ黄忠には焦りはない。
 だが、この膠着展開が続くとなれば、焦らざるを得ないのだ。
 もし、この展開に袁紹達が痺れを切らしたりすれば、人質の安否が……

「くぅっ!」

 黄忠にはこの一騎討ちに決着をつける理由があったのだった。























 趙雲と鈴々は、陳宮の案内を受けて璃々が監禁場所へと向かっていた。
 陳宮としては、いまだに張飛のことも恭也のことにも全て納得したわけではなかったが、人質奪還に時間を掛けるのは得策ではないことは理解していたので、ここは妥協して二人を案内していたのである。

「でも、どうやって監禁場所を見つけたのだ? この楽成城下とて広いだろうに」

 その道すがら、趙雲は陳宮にそんな質問をぶつけていた。

「確かに広いですけど、見つけるのはさほど困難ではなかったです。そもそも、拉致した人質を隠すなんて、それこそおおっぴらに出来ることではないですから。自然と人気のないところや治安のよろしくないところに限定されるのですよ」
「まあ、それは確かに……」
「となれば、後はそういった地域に絞り込んで……後はこの子の鼻に頼ったのです」

 そう言って陳宮は自分の隣を悠然と歩く大型犬の頭を撫でた。
 陳宮はその聡明な頭脳で地域をしぼり、そして完全な場所の特定は相棒であるセントバーナードの張々の鼻に委ねたのである。

「なるほど……道理で早いはずだ。陳宮殿も凄いが、そちらの犬……名前は?」
「張々です」
「張々も名犬だな」

 その趙雲の素直な賞賛に、陳宮は我が事のように(ない)胸を張った。

「張々はわたしの大切な相棒ですから」

 この大型犬こそが、陳宮の旅の道連れであり最高のパートナーでもあるのだ。張々は陳宮と意思疎通が出来るかのように、彼女の言うことは聞いてくれるのである。
 そしてそんな張々を見て瞳を輝かせるのが、

「うわ〜、凄いわんこだね〜。頭いいんだ〜♪」

 わんこ大好き張飛──鈴々だった。

「ねっ、今度は鈴々にナデナデさせて欲しいのだ〜」
「う、そ、それは……」
「……ダメなのか?」

 張々を褒められるのは嬉しいが、あまり他人に触れて欲しくないと思うのは、オトメゴコロ……なのか? とはいえ、難色を示すと今度は鈴々が目に見えて落ち込んでしまった。
 その姿はあまりに痛々しく、陳宮はしょうがないとばかりにナデナデの許可を出そうとしたが、

「張飛殿。わんこを愛でるのは後にしてもらおうか。そろそろ……目的地が近そうだ」
「へ?」
「あ……」

 そんな二人を制するのは趙雲。その趙雲の表情はいつしか真剣なモノへと変化していた。
 そして二人も周囲の様子を見て、表情を引き締める。
 そこは、活気のある楽成城下の中でも異質な場所だった。
 商人の威勢のいい声も、子供達の駆け回る声も、何も聞こえてこない。ただただ空気は澱み、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。

「なるほど……ここは確かにうってつけだ。悪党共が籠もるのにピッタリだな」
「このあたりにいるんだね?」
「はい……こちらです」














 そして、陳宮が案内した先には……

「あれか」
「確かにアレは袁紹軍の兵士なのだ」

 現代で言うならばスラム街のようなこの地区には、似つかわしくない正規兵が周囲を固める空き家があった。
 三人と一匹は物陰に隠れ、空き家とその周りを固める兵士たちを見据えながら、小声で話す。

「となれば、ここに黄忠殿の娘がいるのは間違いないな」
「で、どうするのだ?」

 ここで躊躇している理由はない、とばかりに鈴々が今回の作戦を聞く。
 そしてそれに答えるのは、才媛陳宮だ。

「まず、どちらか一人に、派手に暴れてもらいます。正面から袁紹軍の兵士たちに挑みかかり、圧倒して欲しいんです」
「ふむふむ」
「で、敵に意識を完全に引きつけたところで、もう一人が素早く建物に侵入し、人質を救出してくださいです。璃々ちゃんさえ助ければ、後はもう……」
「容赦なくギッタンギッタンにしちゃうのだ」

 鈴々の威勢のいい言葉に、陳宮はこくりと頷く。
 鈴々が今回の作戦を理解したところで、趙雲が鈴々に問う。

「で、どっちがどの役目を請け負う?」
「んー、鈴々は派手に暴れて注意を引き付けるのだ」

 迷わず答えた鈴々の返答に、趙雲はわずかながらに目を丸くした。

「意外だな。張飛殿なら、人質を助ける方を選ぶと思っていたのだが」
「それもやりたいけど……今はあいつらのことが許せない気持ちの方が強いのだ。お兄ちゃんの分まで暴れてやりたいからね」
「なるほど……あい分かった。では、人質救出はこの趙雲に任せてもらおう」
「お二人とも……ご武運を」
「うん。陳宮が見つけてくれて、作戦も考えてくれたのだ。だから、絶対に無駄にしないよ」
「……はい」

 鈴々の言葉に頷き、陳宮は鈴々を送り出す。
 そして鈴々はあえて目立つように、蛇矛を肩に抱えながら、悠然とした足取りで袁紹軍の兵士たちが固める空き家へと近づいていった。
 それを兵士たちが早速見咎める。

「おいおいお嬢ちゃん。ここは危ないから余所へお行き」
「そうだぜ、この辺には悪い奴らがいっぱいだからね。遊ぶのなら、他へ……」
「悪い奴ら? そうだね。確かに目の前にもいるもんね」

 鈴々は余裕の笑みを浮かべながら、兵士たちの言葉を受け流しつつ、歩みを止めない。
 そんな鈴々の様子に、それまではヘラヘラしていた兵士たちは表情を改め、子供を脅すかのような怖い表情を作った。

「おい、ガキ。もう一度言うぞ。ここから去れ。さもなくば……」
「危ない目に遭わせちゃうぜぇ」

 しかし、その程度では鈴々は動揺しない。
 するはずもない。
 何故なら……

「危ない目って……こういう──」

 びゅおっっっっっっっ!

「──こと?」
「へ……?」

 兵士の一人に聞こえたのは、風を切るような音だけ。
 だからこそすぐには気づかなかったのだろう。

 ──自分の隣にいたはずの兵士が、綺麗サッパリ消えてしまってることを──。

 そして数秒後。
 消えた兵士が彼の前に姿を現す。

 どすんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!

「な………………っ!?」
「おー、結構吹っ飛んだね〜。新記録かな?」

 隣にいたはずの同僚の兵士が、何故か自分の真上から目の前に落下してきたのだ。しかも、その男の地面へのめりこみ方からして、かなり高い位置から落下したのがわかる。
 それはどういうことか?

「ま、まさか……?」

 男の中である仮説が生まれていた。
 しかしそれはあまりに非現実的すぎたのである。
 そう──目の前の小柄な少女が肩に担いでいる矛で、自分の隣にいた同僚をとてつもないスピードとパワーで上空高くまで吹っ飛ばし、それが自分の目の前に落ちてきてこうなったのだと。
 しかし、男は他の仮説が立てられない。
 つまり、

「て、てめえ……っ」
「あ、先に言っておくけど……早くお仲間を呼んだ方がいいと思うよ?」

 そういうことなのだ。
 鈴々は残るもう一人の見張りの兵士に、笑みを見せた。
 それは……獲物を前にした肉食獣の笑みだった。



















 鈴々の警告に従うかのように、兵士は声を上げ、空き家を固めていた兵士たちを次々と呼び寄せる。その数はざっと二十人を超えていた。
 しかし、それでも鈴々は平然と言いのける。

「これだけ?」

 期待はずれと言わんばかりに。
 それが合図代わりとなったのか、鈴々の前に立ちはだかった二十人の兵士たちが鈴々へと殺到した。
 もうすでに、鈴々を子供と見ている兵士は一人も居ない。純然たる敵として、鈴々へと襲いかかる兵士たち。
 しかし、それでも鈴々は全く動じず、まるで羽虫を追い払うかのように蛇矛を無造作にぶぅんと振り回す。

「がっっっっ!?」
「ぐああああっっ!」
「な……っっっ!?」
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 そして、その蛇矛の柄に薙ぎ払われた兵士たちは、まるで野球のバットで打たれたボールのごとく、宙に舞った。そしてライナーで近くの城壁へと叩きつけられたのだ。しかもそれが四人同時に、である。それはまるで悪夢に出てしまいそうな地獄絵図だった。
 そんな規格外の戦い振りを見ていた陳宮は、

「………………」

 さすがに言葉も出ない。自分と同じくらいに小柄な少女が、大人の男をあっさりと吹っ飛ばすなんて、妄想ですら思いつかない光景だったのだ。
 しかし、これは紛れもない現実である。

「さて、張飛殿がうまくやってる間に、私も動こうかな」

 そして、そんな張飛の実力を知っている趙雲は全く驚くこともなく、自らの役目を遂行すべく行動を起こす。
 陳宮はもう、物陰で呆けているだけ。
 そんな中、彼女はようやく口を開く。

「……呂布様以外にもいるんだ。こんな凄いこと出来るの……」

 そう……彼女にとっては二度目の衝撃映像だったのだ。












 ──そして、趙雲が璃々を救出したのは、鈴々が暴れ始めて、たったの二分後だった。

「璃々ちゃんっ!」
「ねねちゃーーーーーんっ!」

 趙雲が連れ帰ってきた璃々を陳宮は力一杯抱きしめた。
 その二人の姿を見て、趙雲は満足げに頷いた後、

「おいおい張飛殿。私の分もとっておいてくれよ。まだまだ暴れ足りないんだ」

 袁紹軍の兵士を叩きのめしている鈴々への助太刀(?)に入る。
 とはいえ、すでにその頃には二十人以上いた兵士たちも大半が叩きのめされており、趙雲は少々消化不良気味に終わったらしかった。
























「……つまらんな」

 楽成城の城壁の上。
 郭図はまったく持って変化しない一騎討ちの展開に飽き始めていた。

「は?」
「あの二人、まるで時間稼ぎでもしているかのように、まったく展開が動かないじゃないか」
「それは確かに……ですが、見る限りはどちらも本気で戦ってるようですから。おそらくは本当に実力が拮抗しているのでしょう」
「これでは埒が明かないな……そうだ。黄忠に“早く高町を仕留めないと人質の命はないぞ”とでも脅しをかけるか?」
「そ、それは……」

 その、あまりに人命を軽んじる発言に、郭図の部下達も言葉を詰まらせた。
 あまりに郭図らしくない発言だからである。
 郭図は元々善か悪かで言えば、間違いなく善人だった。
 その元来の人の良さと凡庸な才能が相まって“毒にも薬にもならない”という評価を得ていたのだが、今回はどうにも様子が違っている。
 郭図直属の部下である彼らは、郭図がこの戦いの混乱の中で袁紹軍から抜けようとしていることは知っていた。彼らもまた、郭図と共に袁紹軍を抜ける覚悟を決めているくらいなのだから。
 そして郭図は袁紹軍を抜けるためとして、用意したのがこの楽成城の乗っ取りと、それにおける黄忠の娘を拉致するという策だった。
 それは普段の郭図の人格を考えれば、思い付きもしなさそうな策である。だが、コレくらいの策を持ってこなければ、袁紹軍は混戦になることなく高町軍に蹂躙されてしまうのは目に見えていたから、郭図は仕方なくこのような策を打ち出したのだ。
 ただ、ここで彼にある変化が起きていたのである。
 それは……この仕方なかったはずの策略が、今までの自分の方策の中でずば抜けて成功しているという事実だった。
 黄忠の娘を人質に取れたのも実にスムーズに。
 そして、それが成功したことであっさりと楽成城へと入城出来たことも。
 そして今、こうして袁紹軍の兵力を割くことなく、高町軍と戦えていることも。
 全てが全て自分の思い通りに進んでいるのだ。
 そして、それは策士としての彼が初めて味わう“快感”だったのである。
 自分の考え通りに、目に見える全ての人間が動いているという事実。
 まるで自分が釈迦にでもなったかのような錯覚に陥るこの現状に、彼は酔いしれていたのだ。
 そして彼は間違った解釈をしてしまう。

 ──非人道的な策ほどうまくいくのではないか──。

 そんな解釈に。
 だからこそ、善人だったはずの彼は今、完全に反転していた。
 自分が優れた軍師として再起するには、より残虐になればいいのだと。
 だが、彼は近い将来気づくことになる。


 人を人と思わぬ行いの報いはは、後々自分へと跳ね返ってくると言うことを。























「くっ……いい加減、当たりなさいっ!」

 ひゅんっ!

 風を斬り裂いて、鏃が俺の額目がけて飛来する。しかし、俺の小太刀がそれを拒絶する。

 きぃん!

「く……っ」
「悪いが……飛び道具への対応には慣れている。そう簡単には当たらないさ!」

 俺は再びスキを見て黄忠との間合いを詰め、御神流『徹』を打ち込む。だが、彼女の細腕からは想像も付かないパワーで、それを受け止めると、刃を受けている弓でそのまま俺を振り払う。そして再び間合いを取った。

「……飛び道具には慣れている、ですって? 対弓兵の専門家とでも言うつもりかしら?」
「弓兵……とは違うな。俺の敵は大抵鉛の弾丸を撃ち込んできていたからな」
「鉛の……弾丸?」
「……戯れ言だ。忘れてくれ」

 あちらの世界で、護衛の仕事をしていた時の敵の武器はほとんどが銃器だった。弾丸が雨のように飛び交うフィールドで刃を振るっていた俺は、敵が飛び道具を使うことには慣れきっていたのである。
 もっとも、弓矢と対するのは慣れてないし、ある意味銃使いよりもやっかいなんだがな……黄忠の弓矢は。技能がハンパじゃない。
 彼女の殺気と、矢を射るパワーはそれこそ愛紗たちにもヒケは取らないのだ。そのプレッシャーと矢の威力に、小太刀を振るう腕と動き続ける体に相当な負担がかかっていた。
 だが、ここで泣き言を言うつもりは毛頭ない。

「さて、どうした? もう矢が尽きたか?」
「まだまだ……っ!」

 俺はただ、待つだけだ。
 仲間の朗報を信じて!























 恭也と黄忠の戦いは高町軍側の目論見通り長期戦となり、その展開に黄忠は人質のこともあって焦り始め、彼女を監視している郭図は動かない展開に苛立ち始めていた。
 そんな中、膠着していた展開が、一人の少女の口上により劇的に変化する。




「我が名は趙子龍! 卑劣にも楽成城主黄忠殿のご息女を拉致していた袁紹の魔の手より、息女璃々殿を取り返して参った! もはや戦う必要はない! 両軍、退きませい!」






あとがき

 ……一騎討ちが地味だなぁ(汗
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 恭也と黄忠の一騎討ちと、璃々救出作戦の二元中継みたいな形のお話でしたが……まあ、メインは救出作戦の方でした。そのためか一騎討ちの方は随分と地味な感じになってしまいました。
 ……本当は一騎討ちを派手にしたかったんですけどね。ですが、最初から引き分け狙いがわかってる戦いですので、どうしても……というわけです。
 さて、そろそろ楽成城下での戦いに決着がつきそうですが、もうちょっとだけ続きそうですので、もう少しだけおつきあいくださいませ。
 では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
 では〜。



恭也と黄忠の一騎打ちに、救出作戦。
どうやら救出は無事に成功したみたいで良かった、良かった。
美姫 「この後、恭也や黄忠たちの反撃が始まるのね」
もうもうすっごく楽しみで仕方がない。
ようやく趙雲も恭也の前に現れたし、ああ、続きが待ち遠しいよ。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます!



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