袁紹軍が楽成城に入城出来た理由──それは袁紹軍が城主の娘を拐かし、人質としたからだった。
 それを朱里から聞いた俺は、心から溢れる怒りを抑えることが出来ず、表情に出してしまう。
 楽成城の城主は女性で、女手一つで幼い娘を育てているという情報は俺も聞いていた。その娘を誘拐し、親子の情を利用するという袁紹軍のやり口は、俺がもっとも許せないモノだったのである。




「……愛紗」
「はい?」

 その情報を聞いた俺たちはそれぞれ心に憤りを抱えながら、休憩を終えて再び袁紹軍を追いかけるべく進軍を開始した。目指すは連中が強引に入城した楽成城。
 その最中、

「頼みがある」
「頼み……ですか?」

 俺は馬を並べて隣にいる愛紗に話しかけた。

「楽成城で、俺たちはおそらく一戦まみえることになるだろう」
「……そうですね。しかも相手は袁紹軍ではないでしょう」
「ああ……そうだろうな」

 袁紹軍が城主の娘を人質にとったとあれば、楽成城に籠もるだけでなく、楽成城の兵士たちを俺たちに差し向ける事もしてくるのは目に見えていた。
 だからこそ、

「そこで……なんだが、俺に一つ策があるんだ。出来れば、その策を支持して欲しいんだが……」

 俺は自分たちも、そして楽成城の軍も傷つかないようにと、一つの策を考えていた。
 しかし、それは他のみんなからは確実に反対されるのは目に見えている。だからまず、誰よりも強く反対して来るであろう愛紗を説得しようと動いたのだが……

「その策がどんなモノであるかも聞かせてもらえないまま、ですか?」
「……いや、もちろん聞いてもらうが……」

 さて、どうやって説得すべきか。思わず口ごもり悩んでいると、不意に愛紗は呆れるような笑みを浮かべた。

「そこで言い淀むと言うことは……御主人様は“また”無茶をする気なのですね?」
「む……」
「言わずともわかります。何度あなたの無茶を見てきたと思ってるのですか……」
「…………」

 それを言われると立つ瀬がない。
 こっちの思惑はお見通しのようだ。
 ならばもう、俺としては開き直るしかない。

「わかってるのなら、隠す必要もない。聞いてくれ愛紗。実は──」

 俺は包み隠さず自分が考えた策を愛紗に聞かせた。
 その策は、やはり彼女からすれば無茶だったらしく反対されたのだが、粘り強く説得し続けたことで、どうにか最後には、

「……まったく。どうしてあなたはこうも私の気苦労を増やすんですか……」
「それに関しては、本当に申し訳ないと思ってる……が」
「わかりました。御主人様の策を支持します」
「助かる」
「その代わり……成功させないと、許しませんからね」
「ああ……それは約束するよ」

 渋々ながら、俺の考えに同意してくれたのである。
 本当にありがとうな、愛紗。
















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第四十四章




















 そして俺たちは、ようやく楽成城の前までやってきた。
 そこで俺たちが目にしたのは、意外な光景だった。

「敵が……城の外に出ている、だと?」

 攻城戦を覚悟していた公孫賛は、驚きを隠せない。
 彼女の言う通り、敵は何故か城に籠もらず、城門の外で陣を構築してこちらを待ちかまえていたのだ。しかも陣に立つ旗印からして、彼らは……

「しかも、あれは楽成の軍ですね。あの“黄”の旗印からして」

 朱里の言葉に、俺たちは静かに頷く。
 風にたなびく“黄”の旗印は、紛れもなく楽成城城主のモノなのだ。

「楽成城の城主……黄忠、だったな」
「はい。楽成の街を善政によって栄えさせている名君でもあり、同時に弓の名手として名を馳せている武将でもある……興味深いな」

 知勇に優れた武将、ということで愛紗も黄忠には一目置いているようである。
 黄忠……俺の朧気な三国志の知識では、蜀の五虎将の一人だったか。ただ、どうして大陸北部の楽成城で城主を務めているのかはわからないが。確か黄忠は荊州の武将だったと思うんだがな。
 ……まあ、これまでも俺の世界の三国志とは所々違いはあったのだから、気にすることでもないのかもしれないが。
 それはともかく。

「その知勇に優れた武将である黄忠が、どうして城に籠もらず野戦をしようとしているのだろうか?」

 楽成の兵はおよそ五千。どう考えても正面からぶつかれば不利なのはあちらだ。なのに、彼らは進んで野戦へと持ち込もうとしている。もしかすると、何らかの策謀があるのか、と俺は朱里に質問した。だが、朱里はその可能性はないと断言する。

「策を巡らせてるとは思えません。この状況で策を巡らせるのなら、まだ城壁の中にいるであろう袁紹軍と連携するというのが一番なのでしょうが……それはあり得ませんし」
「だろうな……」

 黄忠の娘を人質に取っている袁紹との連携なんて、それこそ自殺行為だ。どちらにも不信感しかないのに連携なんて取れば、それこそ自滅するしかない。
 朱里は、これはあくまで私の予測でしかありませんが、と付け加えて言葉を続けた。

「黄忠さんは攻城戦の末に、私たちが城壁の向こうにある街へと侵攻することだけは防ぎたいのではないでしょうか」
「つまり、街の民を守るため、あえて不利な戦いに挑もうということか?」
「おそらく、ですが」

 朱里は自分の意見は予測に過ぎないと強調したが、その予測は間違っていないように思われる。これまで聞いている黄忠の噂からすると、納得も出来た。

「う〜ん、立派なのだ」
「まったくだ。袁紹とは大違いだぜ」

 鈴々や翠も朱里の言葉を信じた上で、現状では敵であるはずの黄忠を支持するような物言いを見せる。まあ、確かに立派だし、俺も黄忠とは敵対したくないんだがな。

「とはいえ、このまま睨み合うわけにもいかない」
「そうです。ここで戦いを躊躇しては袁紹軍に逃げるスキを与えるだけですから。ここは心を鬼にして立ち向かいましょう」

 そう言って、朱里は斥候からの情報から作った楽成城周辺の地図を広げ、本格的な軍議を始めようとする。ここで軍師である朱里が自ら立案した策を俺たちに披露して、その策を俺たちが実行する、というのがこれまでの軍議の形だったのだが、今回はそれを俺が崩しにかかった。

「すまない、朱里。軍師である朱里の意見を聞く前に、俺の話を聞いて欲しいんだが?」
「ふえ? 御主人様?」
「実は、ここに来るまでに一つ、考えていた案があるんだ」

 普段、作戦立案を朱里にまかせているのに、今回に限って策を持ち出す俺に朱里は目を丸くしている。そんな朱里に苦笑を見せつつ、俺は自分の考えをみんなに語った。

「正直、ここで黄忠軍と激突して兵を減らすのは得策じゃない。ここで戦えば兵力も減るし、生き残った兵士たちも疲弊するだろう。そうなれば、この後袁紹軍がこっちと戦うにしても逃げるにしても、対応する力は残らない」

 つまり、袁紹軍のとった策──黄忠の娘を人質にしたこと──は奇しくも効果的だったと言える。人として間違ってるかどうかは別としても。

「いくら有利とはいえ、ここでの野戦は出来る限り回避したい。そしてこの考えは黄忠軍も同じだろう。彼らとて本当は戦いたくはないだろうからな」

 そして今回の戦での一番の被害者は黄忠たち楽成の民と兵たちだろう。だからこそ、俺としては彼らを傷つけたくはなかった。
 しかし──

「とはいえ、俺たちも黄忠軍も戦わないと言う選択肢はない。俺たちは黄忠軍の背後にいる袁紹軍を潰さねばならないし、黄忠軍は戦わなければ人質の命が危うい」

 袁紹軍は恐らく、俺たちと黄忠軍の戦いを逐一監視しているはずだ。そして黄忠軍が袁紹軍に叛意を見せれば、躊躇無く人質を殺すだろう。
 それだけは……避けなくてはならない。
 だから──

「そこで俺の案なのだが……ここはわかりやすく大将同士の一騎討ちに持ち込もうと思う」
「「「「っっっっ!?」」」」
「…………」

 ここでようやく発表した俺の策に、鈴々、翠、流夏、朱里の四人が声もなく驚いた。ただ先に俺の考えを聞き知っていた愛紗は神妙な表情で沈黙を守っていたが。

「そして……」
「お、お待ち下さい御主人様っ!」

 ただ、俺の策はこれだけではなく続きがあるのだが、それを語る前に朱里が待ったをかけてきた。

「御主人様の考えは理解出来ますし、黄忠軍と正面からぶつかって兵を疲弊させるのは得策じゃないのも理解出来ますが、それでも一騎討ちに御主人様自ら出るのは反対ですっ!」
「そうなのだー。一騎討ちなら今度こそ鈴々に任せて欲しいのだー」
「なんだったら、あたしでもいいぜ? あの黄忠と戦うなんて面白そうだしな」
「私はさすがにあの黄忠相手に一騎討ちをしたいなんて言えないが……それでも高町自らが出るのはどうかと思うぞ?」

 そして次々と出てくる反対意見。
 どうやら俺の案自体──黄忠との一騎討ちに持ち込む──は反対ではないが、そこに俺が出張ることには反対らしい。もっとも、鈴々や翠の反対はどこか違う理由がありそうだが。
 そんな中で、うちの中で最強の理論派である朱里が反対理由を語る。

「一騎討ち、というのは私も考えてました。ですが、それは御主人様ではなく愛紗さんを出そうと考えていたんです。今では幽州随一の武将として名を馳せている愛紗さんなら、相手も出てきてくれる可能性が高いと思ったんです……」
「だが、黄忠だって一軍を率いる大将だ。ならば、同じ大将である俺が出向いた方が一騎討ちに持ち込める可能性は上がるだろう?」
「それは……そうですが、でも……っ」

 確かに愛紗を出して必勝を期すというのはわかるが、一騎討ちに持ち込む確率を高めるのなら、俺が出る方が得策というのは、朱里だって分かってはいるらしく、ここで朱里は言葉を詰まらせる。
 それを見て、どうして朱里が俺の一騎討ちを反対するのかが朧気ながら見えてきた。
 朱里は……虎牢関の二の舞を恐れている。
 心優しい彼女は、俺がまた無理をしてボロボロになることを恐れているのだ。
 それは、仲間の一人としてはくすぐったくも嬉しい配慮であり──

「朱里……心配してくれるのはありがたいが、信用してはくれないか?」

 俺は涙目になって言葉を詰まらせる朱里の頭をそっと撫でる。
 ──剣士としては信頼されていないみたいで少し寂しいモノだ。

「確かに先の虎牢関では不覚を取って負傷もしたが、今回はそうならないように万全を期すつもりだ。もっとも、黄忠が恋以上だとすれば話は別だが、さすがにそれはないだろう?」
「恋さん以上というのはあり得ないと思いますけど……」
「それに、今回は愛紗や鈴々たちより俺の方が向いてるはずだ。時間を稼ぐためには……な」
「……やはり御主人様もお考えは一緒でしたか」

 やっぱりそうか。
 一騎討ちに持ち込む理由……それはやはり朱里も同じだったようだ。

「時間を稼ぐ? どうして一騎討ちに時間を掛けないといけないのだ?」
「一騎討ちだったら、速攻で勝負決めた方がいいに決まってるじゃんか?」

 ただ、俺たちの意図がわからない鈴々と翠は首を傾げるばかり。その二人の隣にいる流夏は、わずかな時間で俺たちの考えを理解した。

「なるほど……時間を稼ぐ間に、黄忠軍と戦う理由をなくするんだな?」
「「理由をなくす?」」

 流夏の言葉に、更に首をひねる二人。
 そんな二人を見て、それまで沈黙していた愛紗が呆れるような溜息を漏らした。

「二人とも、たまには頭を働かせろ。いいか? 黄忠軍は我らと戦う動機は本来無いんだ。それでも戦う理由は何だ?」
「それは、人質を取られてるからだろ?」
「翠の言う通りだ。ならば、その理由をなくすというのは簡単だろう?」
「あっ、そうか。人質を袁紹から助け出せばいいのだ!」
「そういうことだ。だからこそ、一騎討ちで袁紹軍の目をこちらに向けさせ、その一騎討ちを長引かせるのだ。そうすれば、人質救出のための時間も稼げる」
「「おお〜」」

 ここでようやく鈴々たちも理解してくれたようだ。
 愛紗の説明通り。
 この案の最大の目的は、人質救出にある。
 こちらとしては、黄忠軍ももちろんだが黄忠自身も傷つけていいとは微塵も思っていない。だからこそ、一騎討ちに持ち込んだとしても相手を打ち負かすつもりは毛頭無いのだ。あくまで救出までの時間を稼げればいいのだから。

「そして時間を稼ぐのなら、ウチでは俺がもっとも適しているはずだろう?」
「あう……」

 こうなると、もう反論する事も出来ないらしく、朱里は言葉を詰まらせた。だが、不意に彼女は自分の味方がいることを思い出す。自分と同じくらいに俺のことを心配してくれる人間がここにいることを。その味方──愛紗へと朱里は向き直った。

「あ、愛紗さんはどうなんですか? やっぱりここは御主人様よりも……」

 だが、愛紗は今回ばかりは朱里の味方ではない。

「済まないが朱里。今回は御主人様の方が適役だ」
「あ、あいしゃ……さん?」
「黄忠はかなりの豪の者と聞く。おそらくは引き分け狙いの手加減は無理なくらいのな。だとすればこちらも本気を出さざるを得ない。そうなれば……意識しての時間稼ぎは正直難しいんだ」
「…………」
「私とて、本来ならば御主人様を一騎討ちに出すのは反対だが……今回ばかりは事情も事情だ。御主人様を信じるしかない」

 頼みの綱だった愛紗にここまで言われてしまえば、もう朱里としては折れるしかなかったようだ。

「……わかり、ました。では、今回は御主人様にお任せします……」
「すまんな。朱里も、愛紗も……心配かけて。だが、今回は約束する。虎牢関の時のような失敗はしないと」

 こうして朱里の説得に成功し、俺の案は通ったのである。
 その後、今度は門を閉ざしている楽成城に侵入し、黄忠の娘を助けるのは誰がやるかを決めなければならなかったのだが、

「はいはーい! それは鈴々が行くー!」

 うちの軍でずば抜けて身が軽く、それでいて万が一の場合でも一人で何とか窮地を脱することが出来るであろう力量を持つ鈴々の立候補には、全員一致で承認した。
 これで後は、作戦実行するだけなのだが──

「ですが、問題が一つあります」

 ここに来て朱里は心配な点を語る。

「この策はなんと言っても黄忠さんの娘さんをいかに早く救出するかにかかってます。ですが、現状ではこの楽成城下のどこか、としかわからない。せめて場所が特定出来ていれば……」

 朱里は一応城内にも斥候を放っているらしいのだが、それらしい情報はまだ舞い込んでこないようだ。とはいえ、ここで斥候が情報を揃えるのを待つわけにもいかない。こっちが一騎討ちを申し出る前に、黄忠軍がこちらへと進軍してくれば、戦いを避ける術が無くなってしまうからだ。
 こればかりは鈴々の野生(?)のカンに頼るしかないというリスクを背負うしかない。
 そんなことを思っていた矢先のことだった。

「ご報告いたします!」

 陣の外で守りを固める兵士の一人が本陣へと駆け込んできた。

「どうした? 相手に動きでもあったのか?」
「はっ! それが……楽成城下から逃げ出してきた民の一人が、御主人様への伝言があると……」
「俺に、か?」

 もしかして楽成城下に侵入している斥候に何かあったのだろうか?
 俺は朱里や愛紗に視線だけで合図をしてから、

「わかった。その民と会おう。ここへ通してくれ」
「了解しました!」

 その伝言を持ってきたという民を連れてきてもらった。

「ほはー、姐さんの言う通り、ホントにキラキラしてるんだなぁ」

 伝言を持ってきたという男は、本当にごく普通の街の人間らしい風貌の中年男性だった。聖フランチェスカの制服姿の俺を物珍しそうに眺めていたが、

「こほんっ! で、御主人様への伝言とは?」
「おおっ! そうだった! 時間がないって姐さんも言ってたもんな。申し訳ないっす」

 愛紗にせっつかれて、男は一つ頭を下げる。
 ……さっきから彼の口から出てくる“姐さん”とは?
 そこに疑問を持ちつつ、彼の言葉を待つ。

「こちらには、すでに伝わっているでしょうかね? 黄忠様の娘さんのことは……?」
「ああ、袁紹軍に拉致されたらしいな。まったくもって許せない話だ」
「そうですよねっ! さすがは天の御遣いと名高いお方だ! 姐さんが信用するのも──」
「話の続きを!」

 苛立った様子の愛紗が目つきを鋭くして男に話の続きを促した。その愛紗の迫力に首をすくめながら、男は伝言の内容を語る。

「で、姐さんは運良く黄忠様の愛娘である璃々ちゃんの居所を突き止めたんでさ! ですが、あっちには人質もいると言うことで、さすがの姐さんも単独で突撃するのはマズイと考えてまして。そこで出来れば御遣い様のところから一人、腕の立つ方を姐さんの元に連れてきて欲しい、と」
「「「「「「………………」」」」」」

 ……その内容は、こちらにとってはあまりにも“渡りに船”な話だった。
 こちらとしては、黄忠の娘さんの居場所さえ分かれば……という状況だっただけに、あまりに都合がいい。ただ、あまりに都合が良すぎることがかえって怪しかった。
 そのため、俺たちは少し困った顔で互いに顔を見合わせる。

「罠……でしょうか?」
「とすれば、袁紹軍のか?」
「でも、あの袁紹がそんなことするか? あの頭で」
「確かにそれは……ですが、これはあまりに……」
「胡散臭いよなぁ」

 朱里達は端っこに集まり、この伝言の真偽を小声で話し合っている。そんな中、俺はどうしても気になることがあり、男に問いかけた。

「済まないが、少し聞きたいことがある」
「なんでも聞いてくだせえ」
「では、一つ目。城下から抜け出し、ここまでやってくるのは危険も伴うはず。それをどうしてあなたは引き受けたんだ?」
「そんなの決まってるじゃねえですか! 楽成城の危機であり、黄忠様の危機だからですよ! 黄忠様は立派なお方だ。あの方にもしものことがあったら、俺たちゃ……だからこそ、俺は居ても立ってもいられなかったんでさあ」

 なるほどな……黄忠という人物は本当に慕われているのだな。

「なるほどな。ではもう一つ。この伝言を頼んできたのは、あなたの口から何度か出ている“姐さん”という人物なのか?」
「へえ、その通りでさあ」
「で、その“姐さん”とは、黄忠軍の武将か?」
「いえ、そうじゃねえっすよ。旅の方らしいんですが……大層お強くて、それでいて義に篤いお方でねえ。今回も袁紹軍が璃々ちゃんを人質に取った話を聞いたら、迷うことなく救出すべく動いてくれたんでさあ」
「で……その御仁の名前は?」
「それが……教えてくれないんでさあ。ただ、こちらにはこう言えばわかるはずだ、と」

 そこで男が出したのは、

「昇り竜、と。あっしにはさっぱりなんですが……」

 あまりにも意外な通り名だった。
 その通り名を聞いた瞬間、翠以外の人間は即座に一人の女性の顔を思い浮かべる。

「御主人様……それってもしかして……?」
「もしかしなくても、そんな通り名を堂々と名乗るヤツは一人しかいないだろう」
「ああ……まったくもって、変わってないな、あいつ」
「久しぶりなのだー♪」

 朱里、愛紗、流夏、鈴々が呆れるような、それでいてどこか安心した様子で語るのを見て、一人置いてけぼりをくらってる翠は、

「おいおい、あたしだけのけ者かよ? 誰なんだよ、昇り竜って」

 不満そうに頬を膨らませていた。
 そんな翠の表情に苦笑を漏らしながら、俺は彼女に昇り竜の正体を教える。

「趙雲さん、という流浪の将だ。以前、黄巾党相手に共闘したことがあってな。腕は立つし、信頼も置ける……我らの友人とも言うべき人間だ」
「ということは……」
「ああ……この情報、間違いない」

 彼女も相変わらずのようで、思わず笑みが漏れてしまう。だが、笑ってばかりはいられない。
 趙雲が楽成城下にいたという幸運……それを見逃す手はないからだ。
 俺たちはとりあえず伝言を持ってきた男をこのまま帰すのはかえって危険と判断して、こちらで保護し、その上で迅速に作戦を実行へと移す。
 伝言を持ってきた男から、趙雲が待っている場所を聞き出し、鈴々にそこに向かうように指示。そして鈴々は俺たちが一騎討ちに入ったのを見計らって楽成城下へと侵入してもらう。

 そして──







 一騎討ちに向かうべく、俺は一人突出して黄忠軍の前へと向かう……はずだったのだが。

「……どうして愛紗が付いてくる? これは一騎討ちだぞ?」
「一騎討ちとなれば、立会人は必要でしょう?」
「いや、しかし……」
「私は、御主人様の一騎討ちには賛同しましたが、一人で行かせるとは一言も言ってません」

 立会人と称して、愛紗が俺と馬を並べて付いてきた。

「しかし、それでは黄忠も不審に思って出てこないんじゃ?」
「それは大丈夫でしょう。黄忠とてバカではないでしょうから」
「…………愛紗?」
「なんですか?」

 そこでふと気づく。
 何故か愛紗は怒っている。こちらと全く視線を合わせないのがその証拠だった。
 しかし、何故?

「俺は愛紗に怒られるようなことをしたか?」
「いえ、別に。ただ……」
「ただ?」
「嬉しそうでしたね」
「は……?」
「趙雲との再会はそんなに嬉しいですか? 御主人様?」

 その瞬間。
 俺は既視感を憶えた。
 このような怒り方をした愛紗を俺は知っている。
 それは、公孫賛と協力して黄巾党を破った後、趙雲と別れた時の愛紗とソックリだったからだ。
 そして、その別れ際にあったことも思い出す………………趙雲には不意打ちとはいえ、その……。

「か、勘違いするな愛紗! 俺は別にそんな……」
「勘違い、ですか? 私は御主人様のことを誰よりも理解しているつもりですが?」
「あ、あれは不意を付かれただけで……その双方合意のことでは……」
「御主人様ほどの“速さ”があれば、あれだってかわせたと思うのですが?」
「無茶言うな! 殺気も敵意もないモノをとっさにかわせるほど、俺は器用じゃない」
「ほぉ……」
「……勘弁してくれ……」

 正直……これが一騎討ちに向かう人間と、それを立ち合う人間の直前の会話かと思うと、情けなくもあり悲しくなるぞ……ふぅ。






あとがき

 ……どんどん登場キャラが増えていく(汗
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 ついに楽成城へと辿り着いた恭也たち……しかしそこには、という今回のお話ですが、基本的には恭也たちのこれからの方策についてがメインでした。
 動きそのものはあまりありませんでしたが、再び登場キャラが増える伏線が……というか、再登場なんですけどね、趙雲は。
 ちなみに、最後の方で愛紗がお怒りになってる理由がわからない人は、序盤のお話を読み直してみると、すぐに分かると思います(笑
 では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
 では〜。



いよいよ大将同士の一騎討ち。
美姫 「まあ、恭也たちの方は時間稼ぎがメインなんだけれどね」
いよいよ黄忠の登場か〜。
美姫 「そして、趙雲のね」
益々もって次回が楽しみに。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます!



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