「春蘭さま〜っ。ホントに攻め込まなくて良いんですか〜?」

 ここは冀州への国境手前。
 冀州の国境を守る砦を見渡せる場所に本陣を構えた魏軍は、袁紹軍の砦の守備兵にプレッシャーを掛けつつも、決して攻撃は行わずにいた。

「……季衣。すでに華琳さまの意志は伝えたはずだぞ? 今回の目的は冀州を落とす事じゃないんだ」
「そもそも、それがおかしくないですか? 春蘭さまとボクがこれだけの兵を率いてれば、袁紹がいてもいなくても簡単に冀州なんて落とせるのに」

 その本陣の中。
 この軍の副官である許緒──季衣は八万もの軍勢を率いていながら、目の前の砦も攻めずに現状維持という状況がヒマなのか、不満を漏らしていた。
 そんな許緒の子供じみた態度に、この軍の大将を務める夏侯惇──春蘭は溜息を漏らす。

「仕方なかろう。私だってさっさと冀州を制圧して、華琳さまの元に戻りたいが、ここで袁紹軍相手に睨みをきかせるのが今回の目的なのだから」

 夏侯惇だって、本音を言えばさっさと敵を駆逐して許昌の曹操の傍へと戻りたいのだ。
 だが、魏の将軍である夏侯惇にとって、主の命は絶対なのである。


『いい、春蘭? あなたの仕事は袁紹に睨みをきかせること。それだけでいいの。相手が打って出てくるのなら相手をしても良いけれど、こっちから仕掛けるのだけは絶対にダメよ。で、撤退命令はこっちの方で出すから。それまでは国境付近で待機してなさい』


 一見、なんの意味もないように見えるこの出撃。
 攻撃目標もなく、相手を攪乱するでもなく、ましてや相手の領土すらも奪えない。
 しかし、夏侯惇はこの出撃の意味を理解していた。

(……華琳さまは高町が力を付けることを望んでいるんだ。高町に袁紹軍を飲み込ませ、大陸北東部を制圧させる。そうしてヤツが力を付けたところで、あらためて正面から叩き潰す──それが、目的)

 ──つまり、この出撃は現在袁紹軍と交戦中である高町軍への援護だったのである。
















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第四十一章



















 奇襲攻撃が見事成功した俺たちは、いまだ動揺から抜け切れていない袁紹軍を攻め立てていた。
 相手は指示系統が乱れているのか兵の動きにはまとまりがなく、統率が全く取れなくなっている。元々兵力で負けている俺たちにとって、そのスキを見逃すなんて事はするはずもない。
 俺たちの部隊も、そして愛紗や鈴々、翠たちもしっかりとそのスキをついて、敵に大打撃を与えていた。

「む……?」

 そんな大混戦の中、俺は敵の動きに変化が出たのに気づく。
 新たな指示が敵軍内で伝わってるのか、混乱していた敵兵たちに再びまとまりが出てきた気がした。

「直接こちらと戦っている兵以外は……徐々に退がり始めている、のか?」

 そしてもう一つの変化。
 当初袁紹軍の後方にあった「顔」と「文」の旗がどんどんと前に出てきていた。
 この先陣を指揮する二人が、この状況で前に出てくる。しかも味方の兵を徐々に下げて……それが意味するのは?

「……もしや、味方の兵を逃がすため、将二人で殿に立つつもりか?」

 両軍とも、すでに気づいてるはずだ。
 俺たちと袁紹軍先陣の勝負はすでに決していることに。
 この状況なら、軍の後方にいた将がそのまま兵士たちを楯にして逃げ出すことだって出来たはずだ。しかし、あの二人はそれをせず、あえて前に出てきた。

「なるほど……顔良さんの人柄はある程度知っていたが、あの文醜という少女もなかなか」

 遼西で対峙した時は気づかなかったが、彼女もまた気持ちのいい心を持っているのか。
 ……いっそ袁紹並にどうしようもないところがあれば、こっちも何の呵責もなく小太刀を向けられたんだがな。
 とはいえ、ここでの迷いは厳禁だ。
 俺は気を引き締め直し、近づく将旗を見据えて待ちかまえる。
 そんな時だった。
 城内にいるはずの朱里から伝令が届いたのは。
 その伝令兵からの情報と朱里の新たな提案を聞いて、

「先陣が撤退し始めてるのはともかく、袁紹軍の本隊も……だと?」
「はっ! 軍師様の見立てでは、どうやら曹操軍が冀州国境に迫ってるのではないかとのことです!」
「曹操が……か。で、朱里は──諸葛亮はなんと言ってる?」
「はっ! このままの勢いで撤退する敵本隊の背後を突いて敵戦力を徹底して削るべき、とのことです!」
「なるほど、な」

 戦場では見えなかった状況と、それに即した提案に納得した。
 相手が不利な時に、こっちから攻撃するのは当然のこと。
 袁紹を叩くなら今しかないと言うことか。
 しかし……

「追撃しろとは言うが……な」

 そう簡単にはいかないだろう。
 それをさせないための殿なのだから。
 恐らくあっちは寡兵で、追撃しようとする俺たちの前に立ちはだかるのだろう。

「相手が命を捨てる覚悟で立ちはだかるのであれば……厄介だぞ、朱里」

 朱里の提案そのものに文句など無かったが、それを実現させるにはまだ越えねばならない障害が残っている事も理解して欲しいところだ。















 高町軍の二段構えの奇襲の前に大混乱を起こし、統率が全く取れなくなっていた袁紹軍先陣だったが、ここに来てようやく指揮官からの指令が浸透したことで混乱から脱した。
 兵士たちに下された命令は撤退。
 殿をつとめる文醜と顔良の直衛部隊を楯にして、袁紹が率いる第二陣への合流することを命じられたのだ。
 敗戦濃厚だった先陣の兵士たちは、元から逃げ出したいという心理があったため、ここに来ての撤退命令に素直に従い、指揮官の命令に素直に従う。
 そして、気が付けば文醜と顔良の直衛部隊が、追撃を掛けたい高町軍の精鋭達の前に立ちはだかるという形が出来上がっていた。
 三つの奇襲部隊は合流し、一万五千の大軍となって殿として残った文醜・顔良軍三千と対峙する。
 撤退した袁紹軍先陣の兵士の数は一万。
 高町軍の思惑としては、その一万の兵を第二陣に合流させる前に捕らえ、投降、もしくは殲滅させたかったが、それを許さんとばかりに二人の将が部隊の先頭に立って、高町軍を牽制していた。

「あたいは文醜! 袁家二枚看板の一人だ! 関羽でも張飛でも馬超でも良い! あたいと一騎討ちで勝負しな!」
「同じく、袁家二枚看板の一人……顔良! 追撃を掛けたいのなら、私たちを倒してからにしてください!」

 二人は対峙する高町軍に一騎討ちを申し込む。
 それは当然と言えた。兵力では今や完全に不利なのだから。五倍の兵力を相手にぶつかれば、大したダメージも与えられず犬死にだ。それなら相手の将にダメージを与える事で一矢報いようと言うのだろう。そんな意図が見え見えな誘いに、本来兵力で勝る高町軍が付き合う義理はなかった。
 しかし、

「……御主人様。よろしいでしょうか?」

 彼女らの将としての潔さを感じてか、愛紗が前に出る。

「この一騎討ち……私が相手をしても」
「…………」

 元々、この後追撃を掛け、そのまま袁紹率いる第二陣までも叩こうとする高町軍にとって、ここでいたずらに兵を減らすことはしたくない。それを考えれば敵将との一騎討ちは、恭也たちの立場でも願ってもないことだった。文醜と顔良の二人が倒されれば、彼女らの直衛部隊も無駄に戦闘せずに投降する可能性も高いだけに。
 そして敵将の相手に愛紗という高町軍でも屈指の猛将が出ることに、誰からも文句は出なかった。合流してきた鈴々や翠。そしてこの後の追撃戦のことを考えて城壁を降りて外に出てきた朱里や流夏も。
 そして勿論恭也だって。
 ただ、恭也は愛紗の申し出を許可する上で二つほど、条件を付けた。
 その条件を聞いた愛紗と、他の面々は揃って、

「まったく……貴方というお方は……」

 呆れるように溜息をついたという。






















 一騎討ちを申し込んだ文醜と顔良の前に、高町軍の将が姿を現す。
 大剣を構える文醜の前に進み出てきたのは、なびく黒髪が美しい凛々しい少女。

「はっ! あたいの相手は関羽か! 相手にとって不足なーし!」
「ふっ。私はやや心配だがな。お前で私の相手が務まるかな?」
「言ってろ! この文醜様の豪撃でぶっつぶしてやるぜ!」
「なら……かかってこい。その一撃、受け止めてやる」

 そして、大槌を肩に背負うようにして構えている顔良の前に現れたのは……陽光を反射する不思議な白い衣服を身に纏った、鋭い瞳の青年。

「なんとなく、ですけど。高町さんが来るような気がしてました」
「……そうでしたか」

 啄県への攻撃を始めた当初の顔良であれば、恭也との一騎討ちという状況で狼狽していたかも知れない。だが、今の彼女は全ての覚悟を決めていた。だからこそ、この皮肉な形の一騎討ちも受け入れることが出来た。
 そして、あらためて敵として恭也と向かい合うことで、顔良は一つ気づいたことがある。

「その瞳から来る重圧と、二本の短剣……あなただったんですね。公孫賛さんを助けたのは」
「…………」

 それは、遼西で対峙した“影”の正体。
 あの時は気づけずにいたが、こうして恭也の殺気を浴びることでようやくあの時の引っかかったモノがなんであったのか、顔良は思い知ったのだった。

「そっかそっかぁ……あの時のあの人が高町さんかぁ」

 今更気づかされたこの事実は、顔良に重い現実を背負わせる。
 あの時、文醜一人ではあの“影”に翻弄されていた。そして顔良一人でもあの“影”には敵わないことを彼女自身が完全に理解していたのである。だからこそ、あの時は文醜と二人がかりで立ち向かおうとしたのだ。
 しかし、今回は一人であの“影”──恭也と勝負をしなければならない。
 だがそれでも、顔良は退くわけにはいかなかった。

「……負けませんから。私は、袁家の顔良なんだから!」
「負けられないのはこちらも同じです……永全不動八門一派御神真刀流、高町恭也。推して参る」

 それぞれの一騎討ちは、こうして幕を開けた。


















「うりゃぁーーーーーーーっ!」

 猪突猛進、という形容が当てはまるかのような文醜の突撃。
 一気に愛紗との間合いを詰め、上段からの大剣の一撃が振り下ろされる。それを愛紗は……回避することもせず、悠然と待ちかまえ、

「ふんっ!」

 手にした青龍刀で真っ向から受け止めた。
 激しく衝突する金属同士のぶつかり合う音が、戦場に大きく響き渡る。

「嘘……あたいの一撃をこうもあっさりと受け止めるなんて……」

 これまでの戦いにおいて、その大剣の一撃はどんな相手も吹っ飛ばしてきた。先の遼西でも、この一撃を受けた公孫賛や副官の男──田楷も、その一撃を受けたとしても、身体は吹っ飛ばされ、受けた両腕にダメージを受けていたのである。
 しかし、目の前の少女は違った。
 彼女自身のパワーで、文醜の一撃を相殺したのである。
 突進してきた勢いを付けた、文醜の渾身の一撃を……その場で青龍刀を振るうだけで。

「ふっ、豪撃なんて言っておいてこの程度か文醜?」
「にゃにおーっ! まだまだだぜ!」

 愛紗の不敵な笑みを浮かべながらの挑発に、文醜は更に闘志を燃やしながら再び大剣を振るっていった。しかし、

(まっずいな〜、こりゃ。想像以上のバケモンだぜ……)

 挑発に乗ってる文醜ではあったが、その内心は思った以上に冷静に、愛紗と自分の実力差を実感し始めていた。















「ええーーーーい!」

 顔良の、鋼鉄製の大槌が唸りを上げる。
 肩に担いでいたそれを見た目にそぐわぬ膂力で振り上げ、恭也目がけて振り下ろした。
 しかし──

「…………」

 恭也はそれを冷静に見据え、直撃する寸前にその身をわずかにずらすという最小限の動きでかわす。紙一重で当たらない顔良の一撃。しかし、その技量の差は紙一重どころではなかった。

 ずっっっっずぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!

 大地を激しく揺らし、荒野にクレーターを作るほどの一撃。だがそれも当たらなければ意味はない。
恭也は大槌を振り回したことで隙だらけとなる顔良に向かって、無造作な小太刀の一撃を振るう。

「きゃうっ!?」

 顔良は悲鳴を上げつつも、咄嗟に振り下ろした鉄槌の柄を自分の前に突き出して、その一撃をかろうじて防いだ。そしてすぐに鉄槌を地面から引き抜き、バックステップで恭也との間合いを取る。

「…………」

 恭也はあえてその場から動かず、顔良を冷めた眼差しで見据えるだけ。自ら間合いを詰めようとはしなかった。
 恭也からの追撃がなかったことに安堵しながら、

(やっぱり……高町さんは技術と速さが突出してる。私みたいな威力重視の戦い方じゃ相性が悪すぎる……)

 それでもこの戦いがいかに絶望的であるかを実感していた。














 この後も、二組の一騎討ちは続く。
 愛紗は文醜の攻撃を全て受け止め、弾き返し。
 恭也は顔良の攻撃を全てかわし、反撃をするがそれも淡泊なもので、未だ直撃はしていない。
 文醜、顔良の二人が積極的に攻撃し、逆に愛紗と恭也はどこか消極的にも見えた。
 そんな状況が続いていたのだが……不意に、展開が動き出す。
 どちら側もほぼ同じタイミングで。















「……潮時、だな」

 愛紗は誰に向けるでもなく小さく呟く。
 そして、これまで愛紗が反撃してこないことをいいことに、一方的に大剣を振るって攻撃し続けていた文醜に向かって、

「はぁぁぁぁっっ!」

 突如反撃を開始した。
 裂帛の声と共に、受けるために前に突き出していた青龍刀をバックスイングをして振りかぶり、文醜を弾き飛ばさんばかりの横薙ぎの一撃を振るったのだ。

「なに……っ!?」

 突如攻勢に回った愛紗の一撃に文醜は慌てつつも、かろうじて大剣を楯代わりにしてそれを受け止める。しかし──

「ぬおぉぉぉぉっ!?」

 その威力たるや筆舌にし難く、文醜の身体は五メートルほど後方まで吹っ飛ばされてしまった。
 かろうじて地面に倒れることなく、踏ん張った文醜ではあるが、

「いつつつ……なんつー威力だよ……」

 愛紗が振るった一撃を防いだ際、大剣を持っていた両手は痺れて感覚がなくなっている。まさに規格外の一撃。
 文醜は両手の痺れで顔をしかめながら、それでも愛紗を睨みつけた。

「なんだよ……これまでは手加減してた、ってとこか! なめんなよっ!」
「別にお前を愚弄していたワケじゃない。ただ、文醜という将の器を見せてもらっていただけだ。これも、主の命令ゆえな」
「あア?」

 これこそが、恭也が出した二つの条件。

 一つは、恭也も一緒に一騎討ちに出ること。
 そしてもう一つは、敵将の覚悟の程を見定めること……そして──。
 
 そして、愛紗は文醜の不屈の闘志を見て“彼女の価値”を計り終えたのである。

「最初の一撃ですでに私との実力差は分かっていたはずだ……だが、それでもお前は退かず怯まず剣を振るい続けた」
「……悪かったな。諦めが悪くてよ」
「いや……むしろその気概、気に入った。だからこそ……」

 愛紗はあらためて青龍刀を構えた。

「その気概に応えるべく、我が最強の一撃を見せてやる」
「…………っ」

 その宣言に嘘がないことが文醜には分かるからこそ、息を飲む。
 それまで感じ取っていた愛紗からのプレッシャーが、一気に倍増したからだ。その一撃に込める愛紗の気迫は、文醜の周りだけ重力を倍加させたのではないかと錯覚を起こすほどである。

(やべえ……こりゃ、マジで死ぬかも)

 文醜は大剣を構えて、愛紗の一撃に備えながら、心の中であらためて死を覚悟するのだった。

















 幾度となく繰り返してきた攻防。
 鉄槌を振るう顔良。かわし続ける恭也。
 この奇妙な展開の中で、顔良は恭也が自分の“何か”を見定めようとしていることには気づいていた。ただ、その“何か”がわからないまま、顔良は愚直に鉄槌を振り回し続ける。
 そして──

「……頃合い、だな」

 不意に、これまで自分からは動こうとしなかった恭也は、ここでようやく動きを見せた。しかし、その動きは顔良にとっては不可解極まりないモノである。
 大きな鉄槌を振り回す顔良の間合いに比べ、恭也の小太刀はそれが狭い。なのに、彼は自ら間合いを取った……つまり、飛び退いて顔良から距離を取ったのだ。

「…………?」

 恭也の意図が分からない顔良は槌を構え直しつつも首を傾げている。
 そんな顔良に、恭也は遠目の間合いから声を掛けた。

「顔良さん。あなたの覚悟……見せてもらいました」
「……高町、さん?」
「あなたは優しさだけじゃない……将としての強い精神力もあったのですね」
「…………」

 恭也は素直な賛辞を顔良に送る。それは、恭也に対して淡い恋心を抱いていた顔良にとっては嬉しくもあり照れくさくもあった。
 だが、心が浮つくことはない。
 何故なら、賛辞の言葉を顔良に向けた後の恭也に異変が起きていたから。
 それまで恭也が発していた殺気が倍加され、

「俺はあなたに敬意を表し……」

 いつしか構えていた右の小太刀を納刀し、

「……この一撃で勝負させてもらいます」

 腰を低くして構えた。
 それは、この一騎討ちの中で恭也が初めて見せた積極的な攻勢への転化。
 その構える姿は今まで見たことがない威圧感と、

「──っ」

 顔良が息を飲んでしまうほどの美しさがあった。
 今から恭也が放つ一撃が、間違いなく自分を屠るであろうと予測出来るのに。
 それでも顔良は彼の姿に見とれてしまうのだった。





















 そして──

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 愛紗は裂帛の声を上げて、文醜へと突進し。



「ふ──っ!」

 恭也は鋭い呼気を発しながら、顔良へと疾る。




「ぐ……おおおおおおおっっ!」

 文醜は真っ向から愛紗の一撃を受け止めようと大剣を構え。



「く……っ!」

 顔良は目にも止まらぬ恭也の動きについていけないながらも、必死に大槌を前面に出して防御しようとする。





 しかし──。





 愛紗の渾身の一撃は、受け止めようとした文醜の大剣をいとも容易く弾き飛ばし。

 恭也の攻撃──遠距離からの抜刀技『虎切』は顔良の防御をすり抜けるようにして。




 気が付けば、愛紗の青龍刀の刃は文醜の首筋に。

 気が付けば、恭也の小太刀の刃は顔良の首筋に。




 これ以上ない決着の形。
 こうして、二組の一騎討ちに終止符が打たれたのだった。























「ちぇっ……」
「…………」

 二人揃ってその場に跪き、手元には得物もなく。
 文醜は勝負に負けたことが悔しいのか目を逸らし。
 顔良さんは覚悟を決めたと言わんばかりにうつむきながら神妙な表情。
 そしてその二人の前に立つのは、文醜をうち倒した愛紗と、顔良さんを一騎討ちで破った俺。
 ここは啄県の街の郊外。
 ついさっきまで戦場となっていた荒野のど真ん中である。

「御主人様……やはりこの二人を?」
「ああ。愛紗だってそう判断したから、彼女を殺さなかったのだろう?」
「それは……御主人様があんなことを仰ったから……」

 少し離れた場所では鈴々たちが俺たちの様子を見据えていた。
 そして俺たちは、これから袁紹軍先陣を率いていた二人を裁かねばならないのだが。
 俺は呆れる愛紗に目だけで「すまん」と謝ってから、あらためて二人に向き直った。

「二人に聞きたい」

 その前に、俺は二人に問いかける。

「素直に答えて欲しい……君らは死を覚悟して、俺たちを足止めしてきた。それはもう、ここで命を落としたとしても悔いがないからなのか?」
「んなわけあるかよ」

 即答したのは文醜。
 口をへの字に曲げての、悔しそうな表情で自らの心を語った。

「あたいはまだまだ生きたいし、斗詩と一緒に面白おかしく楽しい時間を過ごしたいに決まってる。死んだらめっちゃ後悔するよ」
「猪々子……」

 斗詩、というのは顔良さんの真名なのだろうな。
 文醜は本音を隠すことなく、語ってくれる。その真っ直ぐさは清々しいほどだ。

「……顔良さんは?」

 聞くまでもない問いかけだと、自分でも思う。
 それでも、彼女本人の口からも聞いておきたかった。

「……私も同じです。死は覚悟していましたけど、それとは別問題です。出来ることなら、これからも文ちゃんと……ずっと一緒だった猪々子と生きていたいと思います」
「そうですか……」

 二人にはまだ生きようとする強い意思はある。
 そして、俺もまた顔良さんには生きて欲しいと思っているし、愛紗も一騎討ちで文醜にとどめを刺さなかったことから、武人としての彼女を認めたはずだ。
 ならば答えは簡単。

「ならば、ここは一つお二人には捕虜になってもらいます」

 俺は顔良さん相手にも非情になると心には決めていた。
 しかしやはり……出来ることなら生きていて欲しいというのも正直な思いだったから。

「これから俺たちは冀州へと退却している袁紹軍に追撃をかける。なので、君らの処遇についてはその後に。だから、くれぐれも変な気を起こさないでくれよ? ここでヘタに脱走なんてすれば、今度こそは……」
「…………へーい」
「わかりました……」

 最後まで言い切らなくても、俺が言いたいことは理解してくれたようだ。
 二人は素直に返事をしてくれる。

 こうして、対袁紹軍の初戦──顔良、文醜軍との戦いは決着がついたのだった。






あとがき

 ……まずは一段落……かな?
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 VS袁紹の第一ラウンドである顔良たちとの戦いに決着がつきました。まあ、軍同士の戦いそのものは前回ですでに勝敗は決していたのですが。
 さて、結局敗れた顔良たちは捕虜となるのですが……実はこのあと、顔良をどうするか(文醜に関してはさほど気にしてないんだけど)は、現状では決めかねていたりします。原作と同じような形にしてしまうか、それとも……。
 そこら辺はこれからの感想の反応だったりで決めていこうと思います。実際に処遇をどうするかというお話は結構後になるので、考える時間はたっぷりあるんで。
 では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
 では〜。



ひとまず初戦は勝利。
美姫 「捕虜になった顔良、文醜の二人はどうなるのかしらね」
そちらも気になるところだが、まだ袁紹との決着はついていない。
それがどうなるのかも楽しみだ!
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
お待ちします!



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