「な……っ、何だ今のはっ!?」
どんな表現も追いつかないようなおぞましい音に俺たちはおろか、死をも恐れないはずの白装束すらも、一瞬動きが止まっていた。
「分かりません! 敵の新兵器でしょうか……?」
その音の正体不明の威圧感に、朱里も顔を青ざめさせながら、予測を立てる。
しかし、
「ほわぁたたたたたたたたっ!」
再び聞こえてきたのはどうやら、
「ふんぬっ!」
どうにも考えにくく、自信もないんだが……どうやらこれは、何らかの“声”のように俺は聞こえていた。
そんな不確かな目測を立てつつ、その異変が起きているであろう敵の後方を見やる。
「ふんぬっ!」
そこから聞こえてくる“声”が俺たちの耳に届くたびに、
「ふんぬーーーーーっ!」
敵の後方で白装束たちが空高く吹っ飛ばされていた。
その奇妙な現象に俺たちは……そして目の前の白装束たちさえも、完全に呆気にとられている。
「わたしのお家を壊しておいて、逃げようなんてそうは問屋が卸さないわよーーーーーーーーっ!」
なおも響く正体不明の声と、大きな竜巻に巻き込まれたかのように軽々と吹き飛ばされ、宙を舞う白装束たち。
「ぎゃんっ! 何なのだこの音はっ!?」
そのあまりに耳障りな雄叫びに、鈴々が顔をしかめて耳を押さえる。だが、
「音じゃありません……これは、人の声です!」
同じく顔をしかめていた朱里は俺と同じ結論に達したらしく、それが人の声だと断定した。
……まあ、俺も声だとは思ったが。それでも、さすがに“人”とは思わなかったけどな……。
「声っ!? これが人の声なのかっ!?」
愛紗などは、朱里の言葉が信じられないとばかりに目を丸くしていた。
愛紗の隣にいる恋に限っては、
「うぅ〜……」
その“声”のする方を見据えて警戒するように唸っている始末だ。
そんな恋の視線を追ってみると、
「見ろ! 敵の後方に砂煙がっ! あそこに……何かが居る!」
俺が指を差した先。
そこには、
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
白装束たちの後方にもくもくと立ち上る砂煙。
その砂煙の向こうから聞こえてくる、地獄の鬼が発するような咆吼。
そしてその砂煙の根元には……白装束たちを千切っては投げ、千切っては投げているうすらデカイ影が見えた。
それは……その影の傍にいる白装束たちの大きさから比較しても、異常に大きすぎる。
「あれは……人類なのか……っ!?」
俺が思わず口にした疑問は……おそらく全員が思った疑問でもあった──。
『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
第二十八章
正体不明の影は、拮抗状態にあった戦況を大きく揺るがした。
どうやら例の人類かどうかも分からない“影”は白装束の敵らしく、その恐ろしいまでの戦闘力で白装束たちを次々に駆逐していった。
死をも恐れなかったはずの白装束たちも、未知の生物だけは恐ろしかったのか……その“影”の登場に連中は激しく動揺したのだ。
精神的に揺らぎがないと思われた白装束たちの初めての動揺に、朱里は即座につけ込む。後方の闖入者に気を取られている白装束たちに、それまで守勢に回っていた愛紗、鈴々、恋、と俺の周囲を守らせていた兵士たちまで動員し、一気に突撃させたのだ。
突如攻勢に回った俺たちと、後方から現れた闖入者。
前後からの挟撃を受けた白装束たちは、動揺していた事もあって統制が全く取れなくなり崩壊。
それまでの苦戦がウソのように、あっさりと決着がついたのだった。
無限に続くのかと思われた白装束たちの侵攻。
だが、それをようやく殲滅できた俺たちは、恋の邸宅の外周に警備兵を配置させてから、邸宅内へ戻った。
そして……
「………………」
「………………」
周囲の兵士たちは謎の敵を殲滅した事で意気軒昂だったが、気になる事が多すぎる俺たちは、手放しでは喜べない。
「……まずは、その……御主人様の無事を喜べば……いいのでしょうか?」
「まあ……俺もそうだが、みんなも無事で。それに思ったよりも兵の犠牲も少なかったのは僥倖だろうな……」
どこか力感のない愛紗の言葉に相づちを打つ俺も、その言葉にはどこか虚ろに聞こえたかも知れない。そう、今の俺たちは妙な疲労感に包まれていた。
……戦いを終えて今はセキトを愛でている恋を除いて。
俺も愛紗も鈴々も朱里も。
気になっている事が二つ。
一つはもちろん、突如襲撃してきた白装束たちのこと。
そしてもう一つは──
「……結局“アレ”はなんだったんでしょうか?」
朱里が言い示した“アレ”とはもちろん、あの正体不明の闖入者の事だ。例の白装束の集団を殲滅したところで、突如消えてしまったのだが……。
もっとも、先ほどは“あの影”から発せられたモノを“人の声”と表したのは朱里だったはずだが、今は人であった事に自信が持てなくなっているのか、彼女の疑問の内容は“何者だったのか”というモノですらなくなっていた。
……まあ、その気持ちは分からなくもないが。
だが、今はそれより先に考えなければいけない事がある──というか、アレは後回しにしたかった。
「それもそうだが……まずは白装束たちの事だ。今回はなんとか撃退できたが……一体何者だったのだろうか?」
俺の疑問の声に、疲れで緩みかけていたみんなの表情に真剣味が帯び始める。
「……しかも、あいつらは明らかに……御主人様だけを狙っていた」
「そうなんです。自分たちの命を失う事も恐れず、ただただ御主人様を……」
「……なんか不気味なのだ」
愛紗は先ほどの白装束たちに今も怒りを感じているかのように険しい表情を見せ。
朱里はただただ恐ろしいとばかりに顔を青ざめさせ。
鈴々は死も恐れぬ連中に戸惑いの表情を見せていた。
そして俺はと言うと、
「俺を狙う……か。何かの逆恨みとか言うなら話は単純なんだろうが……」
得体の知れない敵に、狙われる理由。
俺自身にはない……はずだ。せいぜい恨まれるとすれば、現在すでに壊滅状態にある黄巾党の生き残りくらいだろう。
だが、連中は明らかに“違う”のだ。
野盗化した黄巾党とは違い……あの白装束たちは、強い意志がある。
それは、彼らなりの正義の意志。
だが、それは明らかに尋常じゃない……まるでどこかの宗教の教祖からマインドコントロールを受けた狂信者といった様相だった。
正義という名の下に、死を恐れず一つの目的に向かう。
その目的こそが……俺を殺す事なのだ。
奴らは俺の事を諸悪の根源と言う。この世界の害悪だとも。
それが何故なのか……俺には分からない。
今、この大陸には俺よりももっと強い影響力を持っている人間はいるのに……それこそ袁紹、曹操、孫権など。なのに、どうして俺が……?
いくら考えても答えは出ない気がした。
そんな時、じゃれてくるセキトの相手をしていた恋が不意に口を開く。
「……あいつら、全部董卓の近くに居た」
「恋さんが言っていた“白い奴”ですね。だけど……董卓が御主人様を知っているなんて事、無いはずなんですけど……」
朱里が疑問に思うのは当然だ。
だがそれは、あの白装束たちが本当に“董卓の部下だった場合”に限る。
まだ仲間になる前、恋から董卓の話を聞いた時に彼女は言った。
「……月は優しい」
「……白い奴。そいつが悪い」
この言葉からして、むしろ董卓は連中に利用されていたのではないだろうか?
そう考えると、むしろ董卓が俺の事を知らなくても問題はない。
とはいえ、これもやはり推理の域を出ないモノだ。
結局、これは白装束を直接捕らえて話を聞くか、あるいは彼らと共にいたという董卓あたりに話を聞かない限りはわからない。
「……そのことはしばらく考えないでおきましょう」
それぞれが白装束の正体について黙考していたが、それが答えに繋がらない事を察していた朱里はあえてこの話題から切り替える事にした。
「今は洛陽を完全に制圧する事を優先しませんと」
「……そうだな。現在、すでに公孫賛軍と涼州連合が洛陽の中に入ってるはずだが……」
「そのあたりは、現在斥候を出して情報を集めてます」
「なら、その情報待ちだな。もしあちらでも何か苦戦している様子なら、俺たちも出なければならないだろうが」
「そうですね」
朱里と確認して、今は恋の邸宅で待機する事となる。
しかし、ただ待っているとなるとやはり色々と考えてしまうモノで、話題は当初のモノへと戻ってしまう。
「ところで……あの白装束たちの後方から突如現れた、あの影だが…………結局何者なんだろうか?」
それは、あくまでも朱里や愛紗達への、答えを期待しない問いかけだった。
しかし──
「それは私よん♪」
「「「「っっっっ!?」」」」
──突如背後から聞こえた声に、俺たち全てが絶句してしまうのだった。
それは……どう表現して良いのか分からない人物だった。
二メートルを優に超える長身と、極限まで鍛え上げたような筋骨隆々の体つき。頭髪は見事なまでに剃られたスキンヘッドながら、何故か左右のもみあげ部分だけはワンポイントとして残しており、そこから伸びた毛を三つ編みにしていた。まるで俺が元居た世界のボディビルダーを彷彿とさせるような日焼けした肌と随分と男性ホルモンが強そうな男臭い顔立ち……なのだが、何故かこの人物は自らの唇に口紅を塗っていた。そして何より異質なのは服装……というか、服を着ていないのだ。身につけているのは両端をひもで結んだビキニパンツだけ。
……この世界には公序良俗だとか、わいせつ物云々の犯罪は存在しないのか、と強く問いたい……そんな姿だった。
だが、俺が驚いたのはそれだけではない。
「……いつ、俺の背後に?」
俺は先ほど、白装束たちの接近に気づけなかった事を反省して、今回は周囲に気を張っていたのだ。不審な気配をすぐに捉えられるように、と。
しかし、それでも俺はこの男が邸宅に侵入した事と、接近された事に気づけなかったのだ。
俺は表情を強張らせて、男に問いかけたのだが、
「うふふ、私はいい男の傍にはいつでも行けるのよん♪」
返ってきたのは渋い男性の声ながら、女性的な……しかも何故かこちらに対してシナを作りながらのコメント。
はぐらかされた……と見ればいいのだろうか?
戸惑う俺の顔を、男がじっと見つめてくる。その目はどこか陶然としていて、俺は背筋に寒気を感じてしまった。
「……ホントにいい男ね。私、あなたに一目惚れしちゃったかもしれないわ♪」
「………………」
ウインクをされてしまう。
……冗談……だよな?
俺は体中から冷たい汗が噴き出たのを感じ、完全に硬直してしまった。
得体の知れない危機感を覚え絶句する俺と、何故か獲物を狙う目でこちらを見る男の間に、
「……よくわからないが。先ほどの影がお主というのであれば、まずは礼を言わせて欲しい。先ほどは助太刀感謝する。だが……お主は一体誰なのだ?」
愛紗が割って入り、男に問いかける。
……正直、謎の男と距離を置けたことに本当に安堵してしまった……。
その問いに、男は再びくねくねと身体を揺らしながら、愛紗からの問いに答えを返す。
「私は貂蝉って言うの。しがない踊り子よ♪」
「……どこが“しがない”のか、果てしなく謎なのだ」
即座に鈴々が苦笑いしながらツッコミを入れた。
いや、突っ込むポイントはそこだけじゃないというか……。
というか、彼は今貂蝉と名乗ったか?
貂蝉──その名には聞きおぼえがあった。
確か、三国志演義に登場する絶世の美女ではなかっただろうか? その美女の存在を利用した策で董卓の元から呂布は離反したという……確かそんなエピソードがあったような……。
「………………」
呆気にとられながらも、俺は今一度自らを貂蝉と名乗った男性に目を向ける。
「あらん? いい男の熱い視線を感じるわん♪」
「…………」
……これが……貂蝉……なのか。
まあ、考えてみればこの世界は俺の知ってる三国志とは似て非なる世界で、本来男性の英傑だった人物が少女として存在しているのだから、逆に女性が男性になるのもあり得る話ではある。
ある……………………の、だが。
何故だろうか……理屈に心がついていっていない。
……というか、なんで心だけは女性なのだろうか? これならいっそ身も心も男性だった方がまだ、納得がいったような……。
「うふふふ……私に興味津々、ってところかしら?」
「いや……まあ、衝撃的なのは認めるが」
「そうよねそうよねっ。目が覚めるほどの美女って言いたいんでしょ?」
……この自信はどこから来るのか……。
「というか、そもそも美女って……あんたは男だ──」
「喝ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「──ぬおっ!?」
至極まっとうなツッコミを入れようとしたら、この世のモノとは思えない大声で一喝されてしまった。何という大声だ……耳が……鼓膜が……っ。
「男って誰!? 男ってどこ!?」
「いや、だからあんたが──」
「喝ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「っっっっっっっ!?」
再びの野太い声での一喝。
その空気をびりびりと震わせるような胴間声に、回復しかけた耳が再びダメージを負ってしまう。
やばい……真実はともかく、ここだけは逆らってはいけないっ。
「ひどい、ひどいわ……花も恥じらう乙女を男呼ばわりするなんて……」
……性別だけでもどうかと思うのに、乙女ときたか。
心の中ではツッコミを入れるが、俺はそれを表に出さないように努力して、涙目の彼に言ってのけた。
「す、すまない……き、君は男じゃない。その……ちょっとした言葉のアヤだ」
「じゃあ、私……男じゃない?」
「あ、ああ……」
俺はウソを付くことがないわけではない。別にウソの全てが悪いとは思わないが……。
何故だろう……このウソによって、自分の曲げちゃいけなかったはずの尊厳を失った気がする。
俺が先ほどの発言を取り消すと、男──いや、貂蝉は先ほどの涙目が嘘泣きだったと言わんばかりに再び晴れ晴れとした表情を見せた。
「……うふっ♪ なら許してあげるわ♪ あなたってば超私好みだしぃ♪」
「…………」
俺の心の中で警告音が鳴り響く。
まずい……この相手はまずすぎる。
俺が、今まで幸運にも出会わなかったタイプの人間だ。
俺に悪意を持たず、それでいて俺に危機感を持たせる──決して交われない世界の住人。
というか、絶対に交わりたくないぞ……同性愛には。
女性にはモテない俺だが、それでも自分は普通に異性に惹かれるし、いずれは愛する女性と共にありたいと考えている以上……この相手と深く関わってはいけないんだ。
「そ、それは良かった…………あと、俺からも礼を言わせてくれ。さっきはありがとうな。というわけで、俺たちはこれで……」
ここが恋の邸宅で、今はここが俺たちの陣地であることなど関係ないとばかりに、俺は早々にこの場を去ろうとした。が、
「待ってください、御主人様。そもそもどこへ行くのですか? どこに行くとしても、その前にやるべき事があります。こやつに洛陽の情報を聞いた方が良いかと」
「あ、愛紗……」
……それは確かに正論なのだが。
この危機感を理解しろと言うのが無理な話なのか、愛紗がこの場から逃げようとする俺を止める。
「?? よくわかりませんが……今はとにかく情報を集めなければなりません。よろしいですね?」
「……ああ。そうだよな……愛紗の言う通りだ」
俺はがっくりと肩を落としながら、身の毛もよだつ恐怖と戦いつつ、再び愛紗と共に貂蝉と向かい合った。ただ、質問するのは愛紗に任せる。なんとなくだが、言葉を交わす事も少し躊躇してしまうから。
「では貂蝉とやらに尋ねたい……我々は洛陽に来たばかりなのだが、洛陽の今の様子を教えて貰えないか?」
「洛陽の様子を教えろって? それは別に構わないけど……それよりあなたたちはどなた?」
貂蝉の疑問に、鈴々が胸を張って答えた。
「鈴々たちは反董卓連合軍なのだ!」
「董卓の暴政から洛陽の民を解放するために、幽州からやってきたんだ」
鈴々の言葉を補足する愛紗の説明に、貂蝉は不思議そうに眉をひそめる。
「暴政? 暴政って何のこと?」
その疑問には朱里が答える……が、
「董卓が帝を操り、洛陽の民に圧政を──」
「董卓って人が? そんなことしてないわよ?」
貂蝉はあっさりとそれを否定した。
その発言に俺たちは驚き、貂蝉に詳しく話を聞き出す。
彼女(?)の話を要約するとこうだ。
俺たち連合軍の中では間違いないとされていた董卓の暴政──そんなことはまったくなく、洛陽は平和そのものだったという。しかし最近になって例の白装束の連中が突然洛陽の住人たちを街から追い出し、この街に家を持っていた貂蝉もその家を破壊されたらしいのだ。だからこそ彼女(?)は怒り狂い、白装束たち相手に大暴れしたという。
「……まるで話が違うじゃないか……」
恋が董卓を優しいと言っていたことを考えると、俺は董卓が例の白装束たちに脅されて、仕方なく圧政を布いているのだと思っていた。どんな形であれ“圧政という事実”があったものと思っていたのである。しかし、それすらも貂蝉はないとはっきりと断言した。
一体どういうことなのだろうか、と隣にいる朱里に聞こうとしたのだが、
「朱里……? どうした、顔が真っ青だぞ?」
その朱里は顔を青ざめさせながらブツブツと何か呟きつつ、考えをまとめていた。
そして。
「……御主人様。何かイヤな予感がします」
朱里は、自分の推測をあくまでも“予感”と称して言葉を続ける。それはあやふやな言葉にすることで、それがはずれて欲しいと願っているようにも見えた。
「連合軍を結成するキッカケとなったのは董卓の圧政から民草を解放するという大義名分でした。けれど貂蝉さんは圧政なんてないって言ってます」
朱里の言葉に貂蝉もしっかりと頷く。
「つまり洛陽の内と外で情勢が対極の位置にあるんです。けど、現実問題としてそんな事ってあり得ないと思うんです」
「状況が違いすぎるもんねー」
鈴々の相づち。それに朱里が頷いてから、更に仮説を淡々と語った。
「うん。少しの違いならば情報の行き違いで済まされることかもしれません。けど今回のは少しどころじゃない。正反対なんです……あるものが無い。無いものがある。そう言われてるのと同じ違い……それも何十万って人間を巻き込んでの違いなんです。そんなことが……現実としてあるのでしょうか?」
「……少人数であるのなら、そういった違いに気づかないということはあり得なくはないだろう。だが……それが今回のように何十万という数になるとさすがに厳しいはずだ。どこかでその情報の正否を問う声も出るだろうし……」
朱里の疑問に、俺なりの答えを返すと彼女は一つ頷き、再びうつむいて更に続ける。
「はい。けれど連合軍も洛陽の人々も、その違いに気づいていない……となると考えられることは一つだと思うんです」
「というと?」
朱里の語りの先を促す愛紗。
「誰かが何らかの目的で意図的に情報を操作した。それも洛陽から住人を退去させるなんて大がかりなことをやってのけて、情報操作を露見させないように細心の注意を払った……」
そこで朱里は顔を上げて、この場にいる全員に問いかける。怯えたような顔をして。
「その誰かって誰でしょう? 情報を操作して得をする人間……」
答えはうっすらとわかっている。
それでも朱里は自分の口から言いたくなかったのだろう。
その答えを口にしたのは……愛紗だった。
「……白装束の奴らか!」
「そうです。そして白装束の人たちの目的は、御主人様を殺すこと……」
そこまできて、ようやく俺は朱里の仮説のゴールが見えた。
それはつまり──
「ということは……この戦いの真の目的は、俺をこの洛陽へと引き込み、殺すことだった……ってことか?」
信じられないという気持ちが、その声に混じってしまう。
だが、朱里はその答えを肯定するように頷いた。
「そうなんです……もし本当に白装束の人たちが主導してこの大規模な戦いを起こしたのだとしたら……それこそ、この理由が一番大きな可能性を」
朱里は断言しない。
それはあくまで彼女の仮説なのだ。
だが、これまでの話の流れを考えると、それは間違っていないように思える。
しかし、だからこそわからなかった。
「たかだか俺の命を狙うためだけに、大陸中の人間を巻き込んだ戦を起こすなんて……そんなことまでして……結局、誰が得をすると言う……?」
それは、この場にいる誰にも答えられないはずの問いかけだった。
しかし──
「そりゃ誰かが得をするんでしょうね。もしくはあなたを殺すことで何かが元に戻るとか……」
「え……貂蝉……?」
貂蝉はまるで適当な答えを口にするように、さらっと言う。
だが、その時の貂蝉は先ほどまでの女性らしさ(?)をアピールするような表情ではなく、全てを見通せる知性を有した賢者のような顔をしていた。
そしてそんな彼女(?)の言葉に、引っかかるモノを覚えた。
「元に戻る……か」
そしてその言葉で俺は自分の立場を思い出す。
そう……俺はこの世界の人間ではない。となれば、俺が存在することで、この世界で起きるイレギュラーがあってもおかしくないと言うこと。
「この世界に来た俺を排除しようとする勢力が、水面下で動いていると言うことか……」
俺がこの世界の住人ではなく、元の──ここでは“現実世界”と言っておく──世界からやってきたことを知っている勢力。
俺が異なる世界から来たことを知ってるのは、せいぜい愛紗、鈴々、朱里くらいのはず。
天の御遣い、なんて言われても、さすがに俺が本当にここではない世界から来たなどと信じる人間はいないのだから。
だが、俺は知っている。
何故なら──この世界に来るキッカケとなったのは、あの聖フランチェスカでの夜に、光に飲み込まれたこと。
そして……あの光に飲み込まれたのは俺一人ではなかった。
──資料館から鏡を持ち出した、あの少年の顔が脳裏によぎる。
「……あいつか」
そんな、俺の小さな呟きをしっかりと聞いていたのは愛紗だ。
「何か心当たりでも?」
「ある……が、その心当たりが正解なのかどうかは、まだ分からないんだ」
確かに確証はないんだ。
仮にあの少年も俺と同じようにこの世界にいたとしても、それがあの白装束の連中を抱き込んでると言う証拠はないのだから。
「なら、今は気にする必要無いんじゃないの?」
そこへ貂蝉が時間の無駄、と言わんばかりに話を打ち切ろうとした。
その意見には俺も賛成なのだが……
「そうだな……だが」
……俺はあらためて、この巨漢の風変わりな人物を観察する。
先ほど垣間見せた賢者じみた表情はすでになく、やはりそれまでと同じような、くどいにも程があるくらいの色気(?)を醸し出す顔をして、デカイ図体をくねらせていた。
「……あんた。本当に何者なんだ?」
敵ではない……それは何となく理解出来る。
だが、それだけじゃない。
あの白装束たちをなぎ倒し、死をも恐れない連中に動揺を与え。
御神流『心』で周囲に気を張っていた俺の背後を取り。
そして、先ほどの表情と言動。
もしかしたら彼女……いや彼は──
「何者って……さっきも言ったはずよ? 私はしがない踊り子よん♪」
「…………」
それ以外の何に見えるの、とでも言いたげな返し。
まあ……それ以外の何かにしか見えないのだが。
「どうやら……今は何を聞いても無駄のようだな」
「? 言ってる意味がわからないんだけど……ヘンな人ねぇ」
「……あんたにだけは言われたくない」
普段から変人扱いには慣れてる──というのも悲しいが──俺でも、さすがにここだけは譲れなかった。
とはいえ、答えのでないモノにいつまでも時間を掛けるわけにもいかないのは、確かに貂蝉のいう通りである。
俺は視線を朱里に移した。
「朱里。白装束の一件については捨て置けない話ではあるが、一旦どけておこう。話は元々洛陽制圧についてだったろう?」
「あ、そうですね。その……この一件に関しては情報不足ですから、これ以上は推測にしかなりませんし。では、今は洛陽制圧のことを考えましょう」
「とは言っても、今は斥候からの情報待ちだったか……」
「そうなんですよねー」
結局は、どの問題にしても情報が足りないと言うことか……と、待てよ?
「そういえば……元々あの白装束たちは俺たちの本拠を襲う前、確か連中は馬車に乗った一般人を追いかけていたんじゃなかったか? で、その人達を保護していたよな?」
俺はふと、その事実を思い出した。
俺の指摘に、朱里も「あ……」と思い至った顔をしている。どうやら朱里も忘れていたようだ。
だが、愛紗はそのあたりはしっかりと憶えていたようで、
「やっと思い出しましたか。鈴々に保護させた後、今は恋の家の中で休んでもらってます」
忘れていた俺たちに呆れつつ、その人達がいる場所を教えてくれる。
……考えることが多すぎて、そんなことも忘れていたのか。
そんな情けない自分を心の中で叱咤してから、俺はその人たちを直接保護した鈴々に頼んで、連れてきてもらうことにした。
貂蝉からも話は聞けたが、その人たちからも話を聞くことでまた新たな情報を聞けるかも、と思ったからである。それに……どうにも気になることがあった。
「貂蝉の話では、この洛陽からは住人が全員追い出されたはずなのに、まだ残っていたというのは、ちょっと気になるな」
「そうですね……それに、あの白装束の人たちに追いかけられていたというのも……」
もしかして単なる一般人ではないのかもしれない。
そんなことを朱里と話している間に、鈴々が保護したという二人の少女を連れてきた。
その二人の少女が姿を見せた時だった。
「……月。詠」
セキトと一緒にいた恋が、その二人をその名で呼んだのである。
あとがき
……貂蝉は勢いで書けそうで書けない(汗
未熟SS書きの仁野純弥です。
今回は白装束たちの狙いが朧気に見え、そして貂蝉のインパクトで全てが台無しになったというお話でした(ぇ
貂蝉というキャラは、表向きは変態ですがそれだけではないキャラなので、そこら辺の線引きが意外と難しいことが今回でわかりました。そのあたりをこれからも気を付けて書いていきたいです。
では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
では〜。
やっぱり貂蝉だったか。
美姫 「出てくるだけでもの凄い印象を与えれるキャラよね」
確かに。今回は白装束の目的らしきものを推測って所かな。
美姫 「そして、いよいよ次回で」
月と詠が登場か〜。さてさて、彼女たちはどう出るのかな。
美姫 「楽しみよね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。