「無理はするなよ……鈴々」
偵察に出る際に見せた鈴々のどうにも緊張感がなさそうな笑顔を思い出し、俺はついつい不安を口に出してしまう。しかし、
「鈴々ならばどのような事態になったとしても、しっかりと役目を果たすでしょう」
俺の隣で、城門へと向かう鈴々の背中を見送っていた愛紗は、俺の不安が杞憂であると言わんばかりに、自信ありげに言ってのけた。
そんな愛紗の言葉には誇らしさすら感じる。
「信用しているんだな」
「もちろんです。鈴々は私の自慢の義妹ですから」
普段は鈴々を諫めるような発言が多い愛紗だが、鈴々が居ないこの場では本音が出るようだ。
「……たまには、本人に直接言ってやったらどうだ? 喜ぶぞ」
「それは出来ません。あやつは褒めると調子に乗ってしまう癖がありますからね」
その愛紗の言い分を聞いて、俺はふと……元の世界の事を思い出してしまった。
美由希の頑張りと上達ぶりをかーさんに語っていた時、俺が言われたんだよな……たまには美由希を褒めてやったら、と。
その時の返しが……今の愛紗と同じような事を言った記憶がある。
……どこの世界だろうと、妹を持つ年長者は考える事が一緒なのか。
「……なにがおかしいのですか?」
おっと。ついつい笑みを浮かべてしまったみたいだ。
「いや……ただ、俺と愛紗に共通点があったのが面白くてな」
「共通点……ですか?」
「俺にも……いるんだ。手のかかる──だが、自慢の義妹がな」
そんな微妙に緊張感がない事を話していると、
「御主人様! 鈴々ちゃんから合図です。どうやら敵は居ないようですよ」
鈴々の合図を確認した朱里からの報告を受けた。
思い出に浸るのはもう終わりだ。
「よし……では、本隊を動かそう。第一の目標は恋の邸宅! 城門突破後は恋の道案内の元、真っ直ぐ向かおう!」
こうして、俺たちは洛陽の街へと突入するのだった──。
『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
第二十七章
やはり本隊が近づいても城壁の上から伏兵が出てくる様子もなく、城門はあっさりと開き、俺たちは鈴々たちの部隊と合流して洛陽の街へと突入した。街の中へと入った俺たちに対しても、敵兵が現れるわけでもなく、それどころか街には住人の姿すら確認出来ない。街の建物は特に破壊された形跡もなく、ただ人だけがいないという状況だ。
一体この街に何が起こったのか?
不気味なほどに静まりかえった街に大きな疑問を抱きながらも、俺たちは恋の道案内で、彼女の家へと急いだ。本来なら一番に突入したのだから、真っ直ぐ王宮を目指して制圧すれば、名を上げる事が出来るかもしれないが、今回は恋との約束がある。それに俺たちの後に突入してくるのは公孫賛軍と、馬超の居る涼州連合だ。あの二人に手柄を譲ると思えば、それも悪くはないだろう。
そんな事を考えながら、俺たちは先を急ぐ。
そして──俺たちにとっての洛陽での目的である、恋の邸宅の確保に成功した。
さすがは董卓軍で将軍をやっていた呂布の屋敷というべきか。随分と大きな恋の邸宅に到着した俺たちはこの場で陣を布き、その周囲に警備兵を配置。しっかりと守りを固めた。
態勢が整ったところで、俺はその広大な邸宅の庭で恋に声を掛ける。
「……これで条件の一つは守れた、よな?」
「……(コクッ)」
恋がどこか嬉しそうに頷いた。
すると、
「アンアンッ! アンッ!」
元気そうな犬の鳴き声が聞こえてくる。そして庭の奥の方から一匹の犬が恋に向かって駆け寄ってきた。
「……セキト」
「アンッ!」
「……おいで」
恋のしつけがいいのか、犬のセキトは彼女の言葉を従うように傍に行き、甘えるようにすり寄る。
だが、セキト以外の“友達”の姿が見えない事に不安を感じたのか、恋は不安そうな表情で、セキトに問いかけた。
「……みんなは?」
「アンッ!」
恋の問いに答えるかのようにセキトが一鳴きすると、すると庭の至るところにある茂みから、子猫や小鳥、それに犬たちが一斉に恋へと駆け寄ってきたのだ。
一瞬にして動物たちに取り囲まれた恋は、心から安堵したようで、表情を緩め、
「……みんな無事で良かった」
すり寄る動物たちの調子を確かめるように撫でていた。
恋も動物たちを友達と認め、動物たちも恋のことを“飼い主”ではなく同胞と見ているように感じる。いや……やはり友達なのだろう。
そんな心温まる光景を前にした俺たちは、思わず彼らの再会の様子に見入ってしまっていた。
それは、愛紗とて同じ事で、
「ふふ……」
思わず表情をほころばせている。
もっとも、俺がそんな愛紗の表情を見ている事に気づくと、
「こ、こほん……」
体裁を取り繕うようにして、あわてて目を逸らしていたが。
俺はそんな愛紗の様子に苦笑しつつ、恋の元へと歩み寄っていった。
「恋」
「……御主人様?」
「みんな……無事で良かったな」
これは、間違いなく心から言えた言葉である。
それを感じ取ってくれたのか、恋はこくりと頷いた後、
「……御主人様のおかげ」
俺の目を真っ直ぐに見て、そう言った。
そして、しゃがんでセキトたちを撫でていた恋はすっくと立ち上がる。
「……恋、約束守る」
それまで動物たちに囲まれていた恋の表情は穏やかで可愛らしかったが、立ち上がった恋の表情には、俺がかつて畏怖を覚えたほどの“猛将呂布奉先”としての気迫が漲っていた。
「……戟を」
「え……?」
「……恋の武器」
どうやら彼女の得物──方天画戟を返して欲しいと言っているようだ。
俺は朱里に頼んで、保存していた方天画戟を兵士たち二人がかりで持ってきてもらう。
本来なら大の男が二人でようやく運べる程の超重量武器。
それを恋はやはり、いとも容易く片手で持ち上げた。
「持ってきたのは良いんですけど……どうかしたんですか?」
突然武器を要求した恋に何か不安を覚えたのか、朱里が問いかける。すると、
「……敵が来る」
恋は端的に理由を語った。
その言葉に、朱里はおろか愛紗達まで目を丸くする。
そして驚いたのは俺も同じだ。あわてて俺は『心』で周囲の様子を探る。
すると──
「本当だ……いつの間に? かなりの数じゃないか!」
気を緩めすぎたか! すでにこの屋敷は何者かに包囲されていた。しかもかなりの数だ。
……なんて失態だ。情けない……っ。
自分の甘さに腹を立てる俺の元に、外の様子を報告しに、一人の兵士が駆け込んできた。
「報告しますっ! 貴人らしき少女を乗せた馬車を保護したのですが、それを追うかのように白装束の一団が乱入してきました! 現在警備兵が応戦していますが……苦戦中! しかもその後に、謎の巨漢も乱入してきまして、邸宅の門前は混乱しています!」
「白装束……まさかっ!?」
朱里が慌てて恋の方を見た。
朱里の問いたい事がわかった恋はすぐにこくりと頷く。
恋の言っていた“白い奴ら”とはおそらくその白装束……となれば、今回の洛陽の様子がおかしいのもそいつらが関係しているのも間違いないと見ていいだろう。
だが、他にも気になる事があった。
「でも巨漢ってなんだろ?」
鈴々も俺と同じ事が気になったのだろう。先ほどの報告にあった“巨漢”という言葉に引っかかっていた。俺はとりあえず恋に目で問いかけてみるが、
「……(フルフルッ)」
こちらはさっぱりわからないようだ。
もしかして、敵将なのか?
分からない事が多く、思わず考え込んでしまっていた俺たち。
だが、
「ことの詮索は後だ! 今は保護した一般人を守ることを優先するぞ!」
そんな俺たちに愛紗が一喝してくれる。おかげで俺たちは思考に没頭しかけた意識を元に戻し、
「とにかく外に出よう! 絶対にこの邸宅内に敵を入れてはいけない! 恋の友達は絶対に守ってみせる!」
「……(コクッ)」
俺たちは気合いを入れて邸宅の門前へと駆け出した。
その途中、愛紗が全員に戦闘の際の指示を出す。
「鈴々は保護したという一般人を守り、邸宅内に!」
「合点なのだ!」
「恋は御主人様と朱里を守ってくれ!」
「……分かった」
「ちょっ! 待ってくれ愛紗」
だが、ここで俺は異論を挟む。
「恋も愛紗と一緒に前線で戦った方がいいだろう? 朱里を守るのなら俺一人でも……」
「「「ダメ((ですっ!))(なのだ!)」」」
が、すぐに却下された。
「自覚してください! 御主人様の怪我はまだ癒えてません! そんな御主人様が戦うなんてもってのほかです!」
「そうなのだ! お兄ちゃんは今回、戦っちゃダメなのだ!」
「愛紗さんと鈴々ちゃんの言う通りです! 本来ならば安静にしておかないといけないんですからっ!」
三人に一気に怒鳴られ、俺は見事に撃沈。
挙げ句の果てに、
「……御主人様、言った。恋は御主人様に負けてないって。なら御主人様より恋の方が強い。だから恋が御主人様、守る」
恋が反論は許さないと言わんばかりの強い意志を込めた瞳で俺を見据え、そんな事を言ってくる。そうまで言われてしまっては、俺はもう従うしかなかった。
こうしてそれぞれの役割分担も決まったところで、俺たちは邸宅の外へと飛び出したのだった。
報告通り。
邸宅の門前は混戦となっていた。
俺たちの軍の兵士たちは奮闘している。そして彼らが戦っている敵を見て、
「……何者だ、こいつらは?」
俺は顔を強張らせた。
その姿はあまりに異質。
俺たちの軍へと突進してくる白装束は──まるで月村がTVゲームでよくやっていたファンタジーRPGに出てくる魔法使いのような白いローブに身を包み、顔の上半分を隠すように、やはり白いフードを被っていた。しかも、こちらに向かってくる敵、全てが全く同じ姿をしているのである。まるで、自分たちの個性をあえて無くしているかのようなその姿は、異様すぎて言い知れぬ不安をこちらに与え、兵たちは戸惑うばかりだった。
しかし、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そんな相手を前にしても、我らが関雲長は臆せずに敵の最前線に斬りかかった。敵軍深くに切り込み、そのまま敵兵たちを弾き飛ばす姿は圧巻で、その勇姿が戸惑っていた兵士たちの士気を高めてくれる。
だが──
「な、なにっ!? こやつら──っ!?」
愛紗が登場した途端、連中が奇妙な陣形を……いや、これは陣形とは呼べない。理解出来ない行動を取り始めたのだ。
白装束たちは突如街の至る所から姿を現し、深く切り込んだ事で孤立した愛紗を何重にも取り囲み始めた。しかも取り囲んだ後は、愛紗に向かって武器を構えるモノの、決して襲いかかろうとはしない。その意図が全く読めないのだ。
更におかしい事がもう一つ。
確かこの白装束たちは、こちらで保護した一般人を追いかけていたはず。そして今はその一般人は邸宅内で鈴々が守っているのだが……白装束は俺たちが外に出た途端に、邸宅を攻撃目標から外したのだ。そしてさらに湧き出てきた白装束たちは……確実に俺を狙い出していた。
……まさか、こいつらの狙いは──
「くっ……きさまらーーーーっ!」
愛紗が自分を取り囲む白装束を数人まとめて斬り捨てる。
短い断末魔の叫びを上げて倒れ伏す白装束たちに目もくれず、
「我が名は関雲長! 死にたくなければ背を向けろ! かかってくるならば容赦はしないぞ!」
堂々と名乗り上げて、白装束たちを威圧する……はずだった。
しかし、
「同志たちよ! 死を恐れるな! 関羽を孤立させるんだ!」
白装束たちは、愛紗の口上を聞いてもなお怯む事は全くなかった。
「奴を孤立させれば、諸悪の根源である高町を殺す事が出来る!」
「な──っ、貴様ら……御主人様の命が目的かっ!」
「高町は世界を滅ぼす悪なり! 悪を滅ぼすは正義の責務なり!」
その叫びは雄々しく、それでいて自信に満ちあふれた口上。
その言葉に士気を上げていく他の白装束たち。
周囲の至る所で「高町を殺せ! 我らが正義!」という声が上がっていく。
それを、
「何が悪かっ! 御主人様は乱世に満ちたこの大陸を救う天の御遣いだ!」
黙っていられるかとばかりに否定し、自分を囲む包囲網に青龍刀を振るう愛紗。しかし、いくら斬っても、どんどん白装束はその囲みを補充し、再び包囲する。
それは自分たちの身を犠牲にしてでも作り上げる、生きた牢獄。
「何も知らぬ愚か者よ! 貴様はすでに悪に魅入られておるのだ!」
「否っ! 我が主が悪であろうはずがない!」
「そう信じたければ信じているが良い! だが悪を狩る託宣はすでに下った! 関雲長よ! 自らの無力を呪いながら、悪の死に様をその目に焼き付けるが良い!」
「ふざけるなーーーーーーっ!」
敬愛する主を愚弄された愛紗の怒りの青龍刀が包囲する白装束たちを吹き飛ばしていく。
だがやはり、次から次へと出てくる白装束は再び愛紗を囲み、そして襲いかかって来ない。完全に愛紗をこの場に封じ込めるようだ──それこそ、自分たちの命を消費してまで。
「貴様ら……っ!」
自らの中から溢れる焦りを必死に抑えながら、愛紗はヒトの壁を突破すべく青龍刀を振るい続けた。
愛紗が人間牢獄に絡め取られていた頃。
俺たちもまた危機に直面していた。
「──チィ! やはりこいつらの狙いは俺か!」
白装束の連中は、愛紗一人を取り囲むのに百人をはるかに超える人数を使い、それでもなお有り余る兵数でまっすぐに……俺だけを狙って突進してきていた。
「皆さんっ! 御主人様を守ってください! いつも先頭に立って戦ってくれる御主人様を今こそ守る時なんですっ!」
そんな中、朱里が周囲の兵士たちに号令を掛け、押し寄せる白い波を止めるべく兵士たちを前面に押し出す。
しかし、
「高町は殺せ!」
「奴こそ諸悪の根源!」
「正義の鉄槌を受けよ!」
白装束たちはそんな言葉を呪文のように口にし、自分と周囲を鼓舞して、ただ真っ直ぐに俺を目指す。その戦う姿は、怪我どころか己の命を失う事も恐れてはいないように、俺には見えた。そんな白装束たちの戦闘力そのものは大したことはない。これまでの戦いを生き抜いてきたうちの軍の兵士の方が、ずっと強い……のだが、奴らの“死を恐れない”という心構えは想像以上に厄介だった。
白装束の連中の戦い方は、正直反吐が出そうなほどに醜悪なモノだった。
自分たちの味方をあえてこちら側の兵士に殺させて、兵士の刃が味方に刺さっているという“スキ”にその兵士を殺す。二人で一人の兵士を倒すのではない。一人の犠牲を利用して、敵兵を殺すというモノなのだ。そこには仲間を悼む気持ちは微塵もない。いくら犠牲があっても良い。
そう──俺を殺す事が出来るのなら。
そんな強い意志を前にして、俺はゾッとした。
こんな連中を相手にすれば、いくらこれまで生き抜いてきた精兵であろうともたまったモノじゃない。それなら俺が……っ
「御主人様っ! 戦ってはいけません!」
動こうとした俺の心を読むように、傍にいた朱里が俺の腕を押さえる。
「しかし……このままでは被害が広がるばかりだ!」
「それでも……御主人様だけはダメなのですっ」
「く……っ」
俺の腕にぶら下がるようにして、必死に止める朱里。
だが、次々と倒れ伏す味方の兵士たち。
迫る白装束。
……許してくれ、朱里!
俺は決意を固めてしがみつく朱里を振り払おうと──
「……朱里」
「え……?」
「……兵たちを下がらせて。御主人様の横と後ろを下げた兵で固めて」
「あ……はい」
──する直前。
相変わらずの呟くような声で、朱里に指示を頼んだのは、
「恋!」
「……御主人様、下がる」
俺たちの新しい仲間。
方天画戟を掲げし最強の武人。
姓は呂、名は布。字は奉先──そして真名は恋。
朱里は恋の言葉通りに前面に出していた兵士を下げ、俺の左右と背後をしっかりと固める。そうなると、当然俺の前が開けるワケで。
「キエェェェェェェっ!」
白装束たちは俺の姿を見るやいなや、奇声を発して飛びかかってきた。
しかし、
「……うるさい」
そんな白装束から俺を守るようにして立ちはだかるのは……まさに最凶の防壁。
「ふぎゃっ!?」
恋は事も無げに戟を振るい、飛びかかってきた白装束を一撃で絶命させる。それこそ、まるで群がる羽虫を振り払うように。
その、俺の前に立つ彼女の華奢な背中の、なんと大きくも頼れる事か。俺よりも背の低い少女の背中は、俺と朱里に絶対的な安心感を与えてくれていた。
「恋……ありがとう。助かる」
「……まだ来る。気をつけて」
「ああ……恋も」
「……大丈夫」
恋は前から迫ってくる白装束に目を向けたまま、相変わらずの口調でハッキリと答える。
「……恋は負けない。そして、御主人様と朱里を守る」
そして彼女は、その言葉を事も無げに実行するのだった。
戦況は膠着していた。
愛紗は包囲網を抜け出す事が出来ず、それでも奮戦し、敵の白装束を次々と斬り捨てていく。
恋は前方より、俺を殺すために迫る白装束をその圧倒的な戦闘力で全て叩き潰していた。
だが……それでも戦況は変わらない。何故なら、敵はいくら二人が倒してもキリがないと思えるくらいに、次から次へと湧いて出てくるのだ。
「くそ……っ。こいつらは一体どこから出てくるんだ!?」
己の命を失う事も、仲間の死を恐れる事もなく、ただ俺を殺すためにやってくる白装束。
そして、狙われている張本人である俺が、何も出来ないと言うこの現状。
それを前にして、俺が苛立ちを感じないはずがなかった。
しかしそんな時である。
いきなり俺たちの後ろにある恋の邸宅の門から、小さな人影が飛び出してきたのだ。
「うりゃりゃりゃりゃーーーーーーっ!」
その人影は俺たちの横を抜け、そして恋の横も抜け、一気に白装束の連中へと特攻を掛けた。
「邪魔するな、なのだーーーーーーーーーーっ!」
蛇矛一閃!
その影に、白装束たちは派手に吹き飛ばされ、血路が開かれた。
そして人影はそのまま今度は愛紗を取り囲む人間牢獄に突進。その包囲網はすべからく身体を輪の内側にいる愛紗の方へと向けているため、包囲の外からは完全に無防備だった。そこに再び蛇矛が唸りを上げる。
「たりゃりゃりゃりゃーーーーーーっ!」
あり得ないほどの豪撃。
背後からのとてつもない破壊力の一撃に、愛紗への包囲網の一角が完全に崩れ去った。
「鈴々かっ!? すまん、助かる!」
「良いのだ! それより早くお兄ちゃん達と合流して、兵をまとめて! みんな揃って反撃に移るのだ!」
「ああっ!」
言うまでもない。
人影の正体は、勿論鈴々──うちの軍が誇るもう一人の一騎当千、燕人張飛だった。
愛紗は鈴々と合流し、俺たちのいる場所へと戻ろうとするが、
「取り囲めっ!」
再び包囲網を作り始める白装束たち。
しかし……相手が悪すぎた。
愛紗か鈴々のどちらか一人だけなら、その包囲網も通用はするだろう。事実、愛紗だって今までは封じられていたのだから。
しかし、今はダメだ。
関羽と張飛の最強義姉妹が肩を並べた瞬間に、すでに万策は尽きているのだ。
「どけどけどけどけーーーーーっ!」
「邪魔を……するなぁぁぁぁぁっ!」
鈴々の蛇矛が敵を吹き飛ばし、愛紗の青龍刀が敵を薙ぎ倒す。
白装束たちの包囲への補充が間に合わないほどの破壊力で、二人は一気にその囲みを撃破して、そのままようやくこちらへと合流を果たしたのであった。
「御主人様! ご無事で!」
「ああ。みんなと……それに、恋が守ってくれたからな」
「……愛紗の言いつけ、守った」
「ああ! 偉いぞ恋!」
「……(コクッ)」
「鈴々は……いいのか、こっちに来ても?」
「兵の人から聞いたのだ。あの白もやしたちはお兄ちゃん狙いだって。だから、邸宅の方は兵の人たちに任せて、鈴々はこっちに来たのだ」
「そうか……鈴々のおかげで、なんとか愛紗とも合流出来た。ありがとな」
「えへへー♪」
再び俺の元に、愛紗、鈴々、朱里、そして恋が集い、万全の態勢を作り上げる。
しかし、
「高町を殺せ!」
「正義は我らにあり!」
「これは世界を守る聖戦ぞ!」
白装束たちはなおも増え続け、無造作な足取りでこちらへと徒党を組んで迫ってきた。
「兵士の皆さんは先ほどと同じように私たちの左右と背後をしっかりと固めてください! この街のどこから白装束たちが出てくるかわかりませんから、油断しないように! そして前面は……愛紗さん、鈴々ちゃん、恋さん! お願いします!」
朱里が普段はあまり出さない大声で号令を発し、兵士たちも朱里の声に応じるように雄叫びを上げた。そして、
「任せておけ朱里! 御主人様を侮辱するモノは、この関雲長が許さん!」
「何人来ようと、ぶっ飛ばすだけなのだーっ!」
「……御主人様は、死なせない」
関羽雲長、張飛翼徳、呂布奉先。
まさに一騎当千の三人が、増え続ける白装束たちに立ち向かう──。
「いったいどれだけいるのだっ!?」
もうすでにどれほどの数の白装束を倒したのかもわからない鈴々は、さすがに辟易していた。
「次から次へと……っ、数に限りがないとでも言うつもりかっ!」
愛紗もまた、終わりが見えない白の軍勢を前に、うんざりした顔をしている。
そして、
「……うっとうしい」
恋も表情こそいつも通りの無表情だが、額にはびっしりと汗が浮かんでいた。
敵の戦闘能力が大したことがないとはいえ、それでもあまりに数が多すぎる。しかも連中には死に対する恐怖がないため、途切れることなく襲いかかってくるのだ。これでは愛紗たちだって疲れないはずがない。
「朱里……どう見る?」
「こればかりは……相手は完全な数による力押し。本来ならば、愛紗さんたちの強さで怯んでくれたりするので、そのスキを利用するような策も考えつきますけど、白装束の人たちには、死に対する恐怖がありませんから……敵兵の数が尽きるのを待つしか……」
「やはり……か」
この窮地を打開する策が出ない事を悔しがり、歯噛みする朱里。
だが、こればかりは朱里を責める事なんて誰も出来るはずがない。
死を恐れない敵、なんて時点ですでに想定する事が不可能な相手なのだ。しかも俺たちはここで応戦する以外に方法がない。恋の邸宅に籠城すれば、最悪連中の侵入を許し、恋の友達に危険が及ぶ。しかも連合軍の助けも望み薄だ。恋の邸宅は王宮からは大きく外れた位置にある。洛陽の街に突入した他の軍はまっすぐに王宮を目指すはずで、街の外れに好んでくる軍は他にはないのだ。
一応俺にも、思いついた策はあるのだが、
「俺が連合軍の本陣へと逃げて連中を引き付け、それで連合軍と連中をぶつけるという手も……」
「それは絶対にダメです。軍師として、御主人様を危険な目に遭わせるような策は認めません!」
朱里によって即座に却下されていた。
奴らの狙いを考えたら、悪くはないと思うんだがな……。
そして今もなお、白装束たちの一団は、懲りるという言葉を知らないかのように俺たちに向かってくる。
──まだ、奴らは出てくるのかっ!
誰もが終わらぬ白の波に絶望を感じ始めた……その時だった!
「ふんぬーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!」
俺たちの前方に果てしなく広がる白装束の群れの後方から、
「は……?」
「うにゃっ!?」
「はわっ!?」
「……??」
「なっ……?」
この世のモノとは思えない雄叫びらしきモノが聞こえてきたのだった。
あとがき
……真打ち登場?(マテ
未熟SS書きの仁野純弥です。
そこそこに和んだ前回と違い、今回はバトルメインとなりました。バトルと言っても相手はこれまでとは異質と言える敵でしたが。
圧倒的な兵力を相手にするという話は案外書きにくく、思った以上に苦戦した記憶があります。まあ、これは基本的に自分の力量不足が原因なのですが。
まあ、それはともかく。ここまで来てようやく董卓編も終わりが見えてきました。あまりにも時間がかかりすぎましたが、これからも読んでもらえたら幸いです。
では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
では〜。
恋の友達を救ったまでは良かったけれど。
美姫 「やはり現れた白装束」
人海戦術、恐るべしだな。
美姫 「死を恐れずに向かってくるから余計にね」
本当に、考えただけでもぞっとするな。
美姫 「このままでは流石に危ないって所だけれど」
いよいよ真打ちの出番か。
美姫 「果たして、味方か敵か」
次回を待っています。
美姫 「待ってますね〜」