唸りを上げる方天画戟。
俺の身体を真っ二つに引き裂かんとばかりに繰り出された呂布の初撃は横薙ぎ。だが俺はその攻撃を左の小太刀で受け、
「ふ──っ!」
そのまま流す。受け止める、ではなく受け流す。だが、呂布の一撃は受け流すにしても威力が有りすぎるのだ。全ての威力を逃がす事が出来ずに、身体が流れそうになる。しかしこの呂布の攻撃力も先の愛紗たちとの戦いを見ていたことで予測済みだった。俺は殺しきれなかった勢いを逆に利用し、軸足をそのまま回転軸として身体を反転。総合格闘技の打撃技術にある“バックハンドブロー”のように、呂布の攻撃の威力を利用した勢いで右の小太刀を彼女に向かって叩きつけた。
「……むっ」
ぎぃぃぃぃぃぃんっっ!
しかしそこは人間離れした反射速度を持ち合わせる呂布。
俺の攻撃を難なく受け止めた……のだが。
「……何か、ヘン」
「さあ……何がヘンなんだろう、なっ!」
この世界ではまだ確立されていない技術による反撃を目の当たりにして訝しむ呂布。しかし俺の攻撃は終わりじゃない。素早く呂布の懐に入り込み、左右の小太刀での連撃を休むことなく浴びせていく。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
「……くっ」
それは呂布や愛紗たちに比べれば、一撃の重みなどあって無きに等しいモノかも知れない。だが、忘れてはいけない。俺が持っているのは刃なのだ。それほどの力が無くても特に鎧のような装備品を身につけていない少女の肌を斬り裂くには充分過ぎるだろう。更に言えば、間合いの長い彼女の武器と俺の小太刀のような近接用の武器。この二つを比べた場合、どうしても間合いの長い武器の方が有利に見える。だが、条件が変われば有利不利は逆転する。
その条件こそ今の状況──間合いを詰めた近接戦闘だ。この状況ならば呂布の戟は俺に刃を当てる事が困難となり、逆に俺は小振りな刃を思う存分振るえる。
だが、
「……うっとおしい」
呂布は方天画戟を強引に振り回し、その根元を俺にぶつけてきた。それを俺は咄嗟に両の小太刀で受け止めるが、
「……ふんっ」
「ぬお……っ!?」
呂布の怪力は桁が違った。
俺はその身ごと吹っ飛ばされ、五メートルほども飛ばされてしまう。しかし、俺は空中で体勢を整えながら着地し、再び呂布と向かい合った。
「…………」
「さすがと言うべきか……凄いパワーだな。野球のボールの気持ちが理解出来た」
「……ぱわー? ぼーる?」
俺の独白の中に混じった聞きおぼえのない言葉に興味を抱いたのか、首を傾げている呂布。だが、すぐに戦闘へと頭を切り換え、
「……死ね」
再び方天画戟を構えながら、猛突進してきた。
そして再びのド迫力の横薙ぎ。
しかしそれは、
「見切っているぞ!」
「……っ」
すでに対処方法は完成していた。
受け流し、殺しきれなかった威力を利用し身体を反転。その勢いのままに、呂布に斬撃を繰り出す。
そして、再び呂布の懐へ。
「はぁぁぁぁぁぁっっっ!」
「……むむっ」
そしてまたしても斬撃の雨。
こちらとしては、更に斬撃の回転数を上げて呂布に攻撃を当てようとする。しかし呂布は接近戦には不利なはずの長柄武器を器用に操り全てを受け止める。
……やはりパワーもスピードも反応速度も、その全てが桁違いか!
そして再び、
「……ふんっ」
「くっ!」
野球のバッターのようなフルスイングで、俺を間合いの外へと弾き出した。
俺はまたしてもしっかりと着地を決め、間合いの外にいる呂布を睨みつける。
呂布もまた俺の方を無表情のままで見据えていた。
しかし、
「……お前、ヘン」
彼女の醒めたように見える瞳の奧にはわずかな困惑の色。
「……弱いのに、弱くない」
そのけなされているのか認められているのか分からない微妙な表現に、俺はどう答えて良いのかわからず、沈黙を貫きながらやはり彼女の攻撃を待った。
そして、
「……今度は勝つ」
またしても呂布が突進してきた。
しかし、先ほどとは違う事が一つ。
それは──こちらの胴を真っ二つにせんとする横薙ぎではなく、上段からの振り下ろし!
「……これなら」
横薙ぎでは先ほどのような返しを受けて、そのままの勢いで懐を取られると学んだ呂布は攻撃方法を変えてきたのだ。この方法ならば、受け流した勢いを利用しての反撃は取れないと。
しかし──
「これを待っていたんだ!」
「……っ!」
──そう来てくれる事が、俺の狙いだった。
上段から、人の身体をいとも容易く縦に両断出来るほどの威力の攻撃。
だがそれは、横薙ぎに比べればはるかに……かわしやすいモノだった。
俺は正面を向いていた身体を半身に構える事で、上段からの刃の軌道からその身をずらし、戟による一撃を紙一重で回避。
づぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!
「……っ!?」
呂布が振り下ろした戟の刃が、その威力が災いし深々と大地に刺さってしまい、すぐには引き戻せなっている。
ここで、
「ふ──っ!」
俺は満を持しての奥義を使う。
──御神流奥義……雷徹っ!
両の小太刀を交差させて放つ、俺の手持ちの技でも一番の威力を誇る奥義!
今まで俺の斬撃を受けていた方天画戟は大地にめり込んだままで使えない。これを当てて相手の意識を刈り取って──
「ぅぅぅぅあああああああああっっ!」
「なにぃっ!?」
それまでぽつりぽつりとしか言葉を発しなかった呂布が、初めて吼えた。
そして次の瞬間、深々と大地にめり込んでいたはずの戟を想像以上の怪力で強引に引き抜き、
ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっっっっっっっ!
俺の『雷徹』をギリギリで受け止めたのである。
……恐ろしいまでの怪力と、反射神経……。
「……ぐっ」
それまでの俺の連撃は全く動じずに受け止めていた呂布だったが、さすがに『雷徹』の威力の前には顔を歪めていた。
俺はその反動を利用して、再び間合いを取る。
俺の力を非力だと見ていたのだろう、『雷徹』を受けた事でさらに呂布は困惑していた。
「……弱くないのに、弱いフリ?」
「さて……どうだろうな?」
「…………っ」
呂布の問いかけにまともに応じない俺の態度に触発されてか、彼女は更に殺気を強める。
俺はそんな尋常じゃないほどの殺気に心を折られないように、負けじと闘気を出して再び小太刀を構えて彼女の攻撃を待つのだった。
もっとだ。呂布の意識を完全に俺の方へと向けさせるんだ──っ。
『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
第二十四章
「なんちゅーか……見た目はけったいやけど、戦い方は随分と地味っちゅーか、パッとせーへんね」
それが、呂布と青年──高町恭也の戦いを見ていた張遼の感想だった。
そんな彼女の言葉に同意するのは、許緒である。
「あー、それわかるかも。なんていうか……ズルイ感じ? 呂布の攻撃を全然受けずに逃げてばっかな気がするし」
どうやらこの二人は恭也の戦い方があまり気に召さないらしい。
だが、
「……奇妙な戦い方だが、理にかなっている。実に興味深い」
銀髪の美女──夏侯淵は恭也の戦闘スタイルに興味を示し、
「私はむしろ、関羽よりも高町の方が綺麗だと思うんだがな……」
夏侯惇は恭也の洗練された動きに見惚れていた。
そこで張遼が噛みついていく。
「えーっ! 元ちゃん、それはおかしいわ。普通に見たら関羽の方が綺麗やて」
恭也の戦い方を否定する気はない張遼だったが、自らが惚れた少女より綺麗と言われれば黙っては居られないようだ。
「そう、なのか? 私は関羽には何も感じなかったが、奴の戦い方は普通に綺麗だと思うぞ。何しろ無駄がない」
「む〜っ、そればかりは譲れへんわ。っちゅーか、も、し、か、し、て〜?」
不意に、張遼の目が爛々と光を放つ。
「うん?」
「元ちゃんってば、孟ちゃんというヒトがありながら、あの兄ちゃんに浮気か? ま、確かにけっこうな男前やけど〜」
瞬間、夏侯惇は顔を赤らめながらもムキになって張遼の言葉を断固として否定する。
「ばっ! 何を言ってるんだ霞! 私はそんな事は欠片も……っ」
「……そういえば、出向いた高町の陣から帰る時、奴の事を格好いいと言っていたな姉者」
「ほほぉ。やっぱそーなんか〜。恋は盲目やなぁ〜♪」
「ち、違っ! 秋蘭っ! 私はそんな事など一言も……っ!」
張遼のからかいモードに夏侯淵までもが助け船を出し、夏侯惇はどんどん追い込まれていった。
しかし、そこへ意外な人物が声を掛け、夏侯惇の窮地を救う。
「造形美と機能美……価値観の違いね」
それは、普段なら夏侯惇をからかう側に参加するはずの曹操の声だった。
曹操は一瞬たりとも見逃すまいと、呂布と恭也の戦いの場から視線を外すことなく、興奮を必死に抑えたような声で、自らの言葉を補足する。
「霞が関羽を美しいと評したのは、造形美に重きを置くからね。関羽は見目麗しく、それでいて武人としては正面から常に全力での真っ向勝負。その生き方も外から見れば鮮やかで美しく感じ、その潔さが関羽の見た目の美しさをより輝かせる。霞はそこに惹かれた」
「ほぉほぉ」
冷静な曹操の分析に納得したのか、こくこくと頷く張遼。そして、
「逆に春蘭が高町を綺麗と思ったのは、春蘭が造形美より機能美に重きを置くからでしょうね。高町の見た目は……まあ、悪くないとして。でも、その戦い方は武人としては正々堂々とは言い難いわよね。でもそれは、自らの力量不足をしっかりと把握した上で、それでも難敵を相手に勝利をもぎ取ろうとする強い意志。そしてその戦い方は、ただただ敵を倒すための合理的過ぎる動き。相手を打倒する、という目標の元、全てに無駄がないという高町の機能美に、春蘭は惹かれたのでしょう」
「なるほど……確かに」
しっかりとした理屈で自らの中の良く分からない感情まで言い表され、夏侯惇は自らの事ながら納得していた。
この二つの美しさを比べる事自体が不毛なのだと言う事も。
だが、夏侯惇はここで一つの疑問を抱いた。
それは、
「……ちなみに、華琳さまはどちらを重視なさるのでしょうか?」
常に美しいモノを好む曹操は、造形美と機能美のどちらに重きを置いているのか、ということ。
だが、その問いは愚問だった。
「そんなの……両方に決まってるじゃないの」
曹操はやはり一度も視線を動かすことなく即答する。
そのあまりに曹操らしい答えに、夏侯惇は苦笑するしかなく、彼女も再び視線を二人の戦いの場へと戻すのだった。
そして夏侯惇は再び意識を見る事に集中するあまり、すぐ近くで曹操がぽつりと漏らした言葉を聞き逃してしまう。
「だけど……これほどの機能美は初めてよ。やっぱり興味深いわ、高町恭也……」
「あの呂布を……翻弄している?」
「……凄いのだ……お兄ちゃん」
朱里が授けた策を実行すべく、愛紗と鈴々は水面下でじっくりと、なおかつ迅速に準備を進めていた。そんな二人にも恭也と呂布の戦いを見る事が出来るのだが、
「ねー愛紗。どうしてお兄ちゃんはあそこまで戦えるのだ? お兄ちゃんは呂布より強いのか?」
どうしても鈴々にはその謎が気になって仕方ないらしい。
手こそ休めずに準備を進めている鈴々に、愛紗もまた作業を続けつつ、自分の考えを説明した。
「力も素早さも……御主人様よりかははるかに呂布の方が上だろう。素早さだけならさほど大きな差ではないが、力だけならもう勝負にならないはずだ」
「でも、お兄ちゃんは負けてないのだ」
「ああ……それは多分、あの方の戦闘技術と、心の強さだな」
「戦闘技術と……心の強さ?」
気配を消しながらの移動。
その最中で愛紗は更に説明を続ける。
「御主人様の戦闘技術は、他の武人と比べると抜きんでている。端的に言ってしまえば、あの方の素早さは一流で力は二流。だがこと戦闘技術だけなら超一流と言って良い」
「その技術で呂布を抑えてんの?」
「ああ。だが、技術だけではダメなんだ。それだけでは呂布の“武”に飲み込まれてしまう」
「うにゃ?」
「鈴々。今回呂布と立ち合った時、いつもよりも体に重さを感じなかったか?」
その愛紗の指摘に覚えがあるのか、鈴々はこくこくと頷いた。
「重かったのだ! よくわかるね愛紗。もしかして愛紗も?」
「ああ。そして重かった理由も分かる。多分それは呂布の殺気による重圧だったのだろう。明らかに自分よりも強い相手を前にした時に、その相手の威圧感を察知して働く生存本能が邪魔をするんだ。目の前の脅威から逃げるという事柄以外の行動に、身体的な制限をかけるんだ」
「……よくわかんないけど、呂布を怖がって固くなってたってこと?」
「近いが、ちょっと違うんだ。多分私も鈴々も、心では呂布を恐れずに戦っていた。それは間違いないな?」
「うん」
「だが、身体は……いや、私たちの生き物としての本能が呂布との戦闘を拒否していた。心と体の意思が統一されてないから、動きに違和感が生まれるのだろう」
愛紗なりの砕いた解説に、鈴々はうんうんと唸り、何とか理解の色を示す。
「つまり、部隊で例えると、部隊の隊長は敵に突撃ーって言ってるのに、それに従わないといけない兵士たちがあんまりやる気がない……みたいな感じ?」
「まあ、それでおおむねあってるだろう。鈴々の例えで言えば、隊長が心で兵士たちが身体……本能だな」
「それはわかったけど……それとお兄ちゃんの強さはどう繋がるのだ?」
「ああ、そうだったな」
そこであらためて愛紗は恭也の強さを語った。
「あの方は、呂布を前にしても動きに全く躊躇がないんだ」
「それはつまり、心も体も戦う気になってる事?」
「まあ、そう言っても良いんだろうが。そうでもないとも言える」
「?」
「御主人様は恐らく我らよりも弱い。故に呂布を前にした時にかかる重圧は我々以上だろう。だが、あの方は本能の制約を受けずに動き続けている。それはきっと、あの方の強靱すぎる精神力──わかりやすく言えば心の強さが強すぎて、本能すらねじ伏せてしまうんだ」
「むぅ……それってやる気のない兵士たちを無理矢理やる気にさせちゃうってこと?」
「まあ、そうかもな」
これ以上難しい説明をしても鈴々は理解出来まいと思い、愛紗はそれ以上の説明を避けた。
言葉で言うのは容易いが、それを成すにはどれほどの精神力が必要なのか、愛紗には想像も付かない。本能というのは人間にとって原初の行動理念。それをねじ曲げるなんて、それこそその精神力は計り知れないと愛紗は思った。
確かに戦闘力で言えば愛紗や鈴々は恭也の上を行くのは間違いない。
しかし、彼の精神力はおそらく、愛紗達がいかに鍛錬をしようとも近づけない領域にあるのではないか、と。
呂布と向かい合う恭也を見て痛感するのであった。
「……ふっ!」
「ちぃっ!」
横薙ぎの一撃を受け流し、再び反転──
「……ふんっ」
「っっ!?」
──する間も与えず、呂布の上段からの連撃が俺の頭へと襲いかかる。
……なにっ!?
俺はそれを反転しかけていた身体をサイドステップさせて何とかかわし、慌ててバックステップで間合いを取った。
「……ちょこまかと」
今の攻撃でも仕留められなかった事が不満なのか、彼女の短い言葉の中に苛立ちが生まれている。
しかし、今のは正直危なかった。
あの戟を使って、フルスイングの二連撃だと?
無茶苦茶にも程がある。
長柄の武具というのは、大抵のモノはそのあまりの重量に、使う者を選ぶという。その中でも呂布が振るう方天画戟などは、間違いなく最重に位置する武具と言えた。
そんな重い武具を使うとなれば、常に一撃必殺を念頭に置いて振るうのが常識的だろう。重い武器を自らの膂力で勢いを付けて振り回す……となれば、その勢いが付いた状態の中でその刃の軌道を変えるのには尋常じゃない力が必要となるのは自明の理であり、そんな不毛な事をするくらいなら、最初の一撃を必ず当てる努力をする方が建設的と言える。
故に、重量武器を使いこなす武人達は大抵初撃に全てを賭けるのだ。
だからこそ、方天画戟での連撃なんていうのは、もはや人間業ではない。
しかし、
「そんな信じられない事が目の前で起きてるんだから……それは現実なんだろうな」
俺は現実から逃げる事をせず、その出来事を受け入れるしかなかった。
そうでなくては、生き残れない。
「……次は当てる」
目の前の、己よりも背も低く女性らしい体つきの少女が起こす非常識な光景を必死で受け入れようとする俺に、再び呂布が特攻を掛けてきた。
俺と戦う前も愛紗たちを相手に散々戟を振るっていたのに……なんという体力か!
「ちっ!」
俺は舌打ちしながらも、再び迎撃する。
今回は………………上段からの攻撃か!
こっちの脳天目がけ振り下ろされる方天画戟は空気を斬り裂く異音を上げる。その一撃をやはり俺は正対していた身体を半身にすることでかわし、再びそのスキを付こうとするが、
「なにっ!?」
呂布の方天画戟は、自らの膂力による振りと重力の勢いで地面に突き刺さる──寸前に、非常識すぎる怪力でその勢いを完全に止めて刃を翻した。そして間を空けずに切り上げの二連撃──っ!?
……冗談じゃない! あんな事をすれば腕の筋がイカれるぞっ!?
もはや常識など目の前の少女の前では意味のない言葉なのか、かわしたはずの刃が下段から俺の腹を薙ぐように襲いかかる!
「ちぃぃぃぃっっ!」
再びの舌打ちと共に、俺は用意していた奥義を防御のために振るってしまう。
──御神流奥義……『雷徹』っ!
ぎぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ!
激しく衝突する刃と刃。
その耳障りな衝突音が戦場に響く中で、
「うお……っ!?」
呂布は手を痺れさせたのかわずかに顔をしかめる程度。
だが俺はその規格外過ぎるパワーの前に再び弾き飛ばされてしまった。それでも呂布にスキを見せるわけにも行かず、何とか着地して再び戦闘態勢を取る。とはいえ、こちらは骨までイカれているのではないかと思うほどに腕の痺れが取れていない。
だというのに、
「……まだまだ」
それを見越してか、さらに呂布が底なしのスタミナを誇示するように突撃してきた。
そして振るわれるのはまたしても連撃──っ。
どうやら一撃だけの攻撃なら俺の後の先を取る攻撃が返ってくるが、連撃ならば反撃されないと見たらしく、ここに来ての呂布の攻撃は全てが連撃となってきた。
横がダメなら縦。
一撃がダメなら連撃。
呂布の思考は全く持ってシンプルである。
だが……今回の考えそのものは間違ってはいなかった。
事実、この後の俺は防戦一方となっていく。
呂布の攻撃は速く、鋭く、そして強い。その全てが必殺であり、一撃をかわすのがやっと。
しかし連撃になると、そのかわすという行為そのものの難易度が上がり、反撃する余裕もないのだ。
ではいつまでも受けに回らず、自分から攻撃を仕掛けてみてはとも思うが、それもダメだろう。そもそも相手の攻撃終わりの隙をついての近接戦闘に持ち込んでも、彼女の鉄壁の防御は破れなかったのだ。それを充分に余裕を持って迎撃をされたら、それこそ逆に反撃を喰らいかねない。
……つまり、ジリ貧。
「ぐ……っ!」
「……しつこい」
呂布の攻撃はさらに苛烈となる。
次々と繰り出される方天画戟による超高速の連撃は、どんどん鋭さを増していった。
それでもなんとか俺はかわし続ける。
もはや隙を見て反撃することも出来ず、延々とかわすばかりの俺だが、それでも二つほど、希望が持てる要因があった。
一つは、いかに常識はずれな怪力である呂布でも、方天画戟での三連撃は出来ないらしいと言う事。呂布はいまだに攻撃を当てる事が出来ない事に苛立っているが、それでも連撃を何度も繰り返すだけだ。それはつまり、彼女にはこれ以上の攻撃のバリエーションはないと言う事を如実に表しているのである。
そしてもう一つは、
「ふぅ……」
さすがの呂布もここに来てようやく疲れが出てきたと言う事。
これは当然と言えば当然だろう。愛紗や鈴々の二人を相手に延々と打ち合っていたんだ。そこでここに来て身体に負担がかかる連撃をこれだけ連続で繰り出せば、疲れない方がおかしい。
すでにどれほどの攻撃をかわしてきたか。
彼女の連撃をギリギリのところでかわし、間合いを取ったところで、久しぶりに俺の方から声をかけた。
「……もう体力面から考えても厳しいだろう? ここらで投降してはくれないか?」
それは再度の投降勧告。
しかし呂布は、
「……恋、負けてない」
息切れを隠せないほどの疲労がありながら、それでも投降だけはしない。
これほどの状況下でなお意地を張れるというのも凄い精神力だとは思うが……それでも引き時はあるはずだ。だが、彼女はもうそれを見失っている。
「……弱い奴には、負けない!」
そしてもう何度目になるのか数えるのが馬鹿らしくなってくる特攻。
方天画戟を掲げ、猛然とアタックを掛ける彼女を見据えながら、俺は心の中で謝った。
何故なら、俺たちが今水面下で着々と進めている策は、そんな意地を通させないためのモノだから。
「……ふんっ」
繰り出してきたのは上段からの振り下ろし。
……しかしこのパターンはもう見切ってる!
上段からの連撃は二種類。
縦の斬撃の後、素早く切り返しての横薙ぎか、刃を翻しての切り上げ。
そしてこの動きは…………刃を翻しての切り上げだ!
びゅっっっっ!
こちらの背筋を凍らせるような風切り音を起こす初撃をかわした後も俺はこの後やってくる第二撃に意識を集中させつつ、上手く行けばここで反撃が出来るかも、と手にしていた小太刀を“納刀”した。
そして、
「……このっ」
まったくもって予測通りの第二撃が下段から襲いかかってくるが、今回は上体を逸らすスウェーバックでなんとかかわした。
経験による先読みを駆使した事で手に入れた、久しぶりの反撃のチャンス!
至近距離のここなら……薙旋で──っ!?
……瞬間。
俺の剣士としてのカンが、急に警鐘を鳴らす。
「しま──っ!?」
呂布の攻撃は二連撃までしかない、という俺の心の隙をついたような、
「……かかった」
ありえないはずの三撃目が、俺の脇腹目がけ襲いかかった──それは、方天画戟の攻撃ではなく、彼女のしなやかな脚による中段右回し蹴り──っ。
「かは……………………っ!?」
呂布の足の甲が左の脇腹にめり込み、そのまま地面の上を低空飛行で数メートル吹っ飛ばされ、受け身も取れないままに地面に背中から無様な着陸をした。攻撃を受けてすぐに意識は失いかけたが、背中から落ちた痛みと、そのショックで蹴られた脇腹の痛みを遅れて認識し、半ば強引に意識は回復する。
「くっ…………まずい、あばらか……っ」
ずきずきと痛む脇腹の様子から、数本のあばらが折れてる事を理解させられた。
──俺の見立ては決して間違ってはいなかった。
呂布が方天画戟で繰り出せる連撃は二撃が限界。規格外の怪力とはいえ、それ以上は出来ない。これは間違いない。だからこそ、ここで俺が犯したミスに俺自身が一番腹を立てていた。
方天画戟での連撃は二撃しかなくても、呂布自身にはまだ“武器”がある。それは……人間の常識を覆すほどの身体能力を有したその肉体だ。特に、方天画戟を持つ両手がふさがっている以上、脚での攻撃は警戒して然るべきだったはず。
しかし俺は方天画戟の攻撃をかわす事に意識しすぎていて、それを完全に失念していたのだ。
……なんという無様な失敗。
刃だけでなく数々の暗器や己の肉体すらも武器として戦う御神流剣士がこんなミスを犯すなんて……俺もやはり知らずの内に“呂布の恐怖”に我を見失っていた、ということなのか──。
これまで何度か呂布の攻撃を受け止めた事で弾き飛ばされたが、それでも俺はしっかりと着地してすぐに態勢を整えていた。しかし、今は違う。
地面に背中から倒れていたのだ。だが幸いにも折れたあばらの痛みで意識はかえってクリアだったため、すぐさま体を起こす事は出来たのだが、
「……これで終わり」
「っっ!?」
倒れている俺に向かって、すでに呂布が方天画戟の一撃を放つべく、迫っていたのだ。しかももう間合いはほとんど詰められている。
ここでとどめを刺すつもりかっ!
俺は脇腹の痛みに顔をしかめながらもなんとか立て膝の体勢にまでなったが、そこまでしか時間は与えられなかった。
「……弱い奴は、死ね」
これ以上態勢を立て直す事は許さないとばかりに、呂布の放った一撃は──ここでようやく初めて見せる満を持しての刺突の一撃!
──それは絶望の一撃だった。
この不十分な体勢のまま、後方に跳んでかわそうとしても、呂布の戟はそれを逃さないとばかりに伸び、俺を貫くだろう。
そして横に跳んでかわしたとしても、呂布には刺突から横薙ぎに変化させての連撃が俺の身を裂くのが目に見えていた。
今の俺の体勢への呂布の突きは、まさに“詰み”なのである。
それが彼女自身も本能で理解しているからこその、呂布の勝利宣言。
しかしっ!
──教えてやろう呂布。人間が勝負において一番油断する時。それは……勝利を確信した時なのだと──っ!
呂布の戟の穂先が眼前に迫った瞬間、俺は“奥の手”を使う──。
あとがき
……バトルはいつも以上に疲れる(汗
未熟SS書きの仁野純弥です。
ようやく始まった恭也と呂布の戦いですが、構図としては『呂布の最強の才能vs恭也がこれまでの鍛錬で培ってきた技術』といったところでしょうか。ところどころで理屈をこねることで戦闘シーンの迫力不足を補おうという苦肉の策でしたが、いかがだったでしょうか?
あとは、曹操たちと愛紗たち。それぞれの見方というのも、ある意味見せ場かも。
とりあえず次回でこの戦いも決着となりますので、次回も読んでもらえたら幸いです。
では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
では〜。
熱いバトルが!
美姫 「技術で凌ぐ恭也」
でも、遂に隙ができてしまったな。
美姫 「恋もちゃんと考えてるわね」
まさに、恭也は虚を付かれてしまった訳だけど。
美姫 「こうなった恭也が使う奥の手」
ああー、とっても良い所で次回ですか!?
美姫 「気になる〜」
滅茶苦茶気になる。次回、次回を……。
美姫 「次回も待ってますね〜」
待ってます!