恭也たちが前線で直接指揮を執って城門への攻撃を仕掛けたのと時を同じくして、魏軍もまた夏侯惇が自ら陣頭指揮を執り、城門へと猛攻撃を掛けていた。
 どちらの軍も、目指すモノはただ一つ。
 難攻不落とうたわれた虎牢関への一番乗りを果たし、その勇名を大陸に轟かせる事。
 しかし、そんな中で呉軍だけが違う動きを取った。





「軍を下げる……のですか?」

 主の言葉に、さすがに驚きを隠せない陸遜。
 戸惑う陸遜の様子を余所に、孫権は自らの命令の根拠を語る。

「今回の高町軍の策にはまったこともあり、軍の被害が大きすぎる。ここは下がって様子を見る」
「……お待ち下さい。今は天下に向かって名を上げる絶好の機会。それをみすみす捨てるのですか?」

 それは問いかけ、と言うより非難するような周瑜の語調。向ける言葉こそ丁寧なれど、そこには陸遜のような遠慮など感じられないほどだ。
 しかし孫権は真っ向からその非難をはね除ける。

「名より実。それが孫家の倣いだ。今更そんな事を公謹に言う必要は無いはずだが?」

 その切り返しが、周瑜を更に苛立たせた。常に見せていた余裕のある笑みはすでに消え、彼女の理知的だった表情には、怒りすら感じる。

「ええ。しかし先代ならば、ここは実より名を取る判断を下したでしょう」

 そのあからさまとも言える、先代の当主孫策と自分を比べる周瑜の物言いに、さすがの孫権も腹を据えかね、怒りを露わにした。

「今は私が呉の王だ! その王が決めた事に不満があるというのかっ!?」

 傑物たる孫権の一喝には迫力があり、思わず傍にいた陸遜が震え上がるほどである。しかし周瑜は全く動じなかった。

「ありますな……いつまでも地方の小覇王では、この乱世で今後起こる、時勢という名の大きなうねりに飲み込まれてしまいましょう」

 それは常に“呉”という国の行く末を思う軍師ゆえの言葉。

「呉の未来を考えるのならば、今は実より名を。風評を手に入れるべきです」

 しかしそれは決して“孫権”を思っての言葉ではない。
 それを誰よりも孫権自身が気づいているからこそ、周瑜の言葉には頷けなかった。

「……ダメだ」
「しかし、このままでは──」
「言うなっ! 興覇……軍を退けよ。城門への攻撃は魏軍と高町軍に任せる」
「……御意!」

 結局周瑜の言葉でも命令は覆らず、孫権の意志が全軍へと通達される。
 甘寧が軍の後退を指揮すべくその場を後にし、攻城部隊の後方に残ったのは孫権、周瑜、陸遜の三人だけ。

「……それが、あなたのやり方ですか」

 周瑜の言葉には、失望感がありありと浮かんでいた。
 だが、そんな言葉をぶつけられても孫権は毅然とした態度のまま。

「そうだ。兵を無駄に損ずる事はどんなことがあろうと許さん」

 決定的なまでの考えの衝突。
 ──後に孫権は思う。
 ここが全ての分岐点だったのではないかと。

「……そうですか。では私は本陣に戻ります。軍を退くのならば軍師は必要ないですからね」
「勝手にしろ」
「……伯言。行くわよ」
「え、あ、はーい……」

 周瑜は軍の副軍師でもある陸遜を連れて孫権の元から本陣へと下がっていった。





 その場に一人残された孫権は、その一瞬だけ、

「……私は間違っているの……? 姉さん……」

 呉の王から“年相応の一人の少女”の顔になって、今は亡き姉に問いかけるのだった。

















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第二十二章

















 呉軍が虎牢関攻略戦から撤退した事により、城門破砕は魏軍と高町軍が先を争うかのように攻撃を繰り返していた。
 どちらが先に城門を破壊し、虎牢関一番乗りを果たすか。
 どちらの軍も相手の狙いは同じである事が分かっているがゆえに、躍起になって攻撃を仕掛ける。
 だが、ここにおいてもわざわざ陣頭指揮に立つために危険を冒して前に出てきた朱里の状況判断が物を言う。
 ガムシャラに攻撃を繰り返す魏軍を指揮する夏侯惇と違い、朱里は城門の耐久度と魏軍の攻撃力、そして自分たちの軍の攻撃力をしっかりと見極め、一瞬のタイミングを見計らっていた。
 そして──

「今ですっ! 愛紗さん! 鈴々ちゃん! 総攻撃で門を!」
「了解だ! これで城門が開くはずだ! みんな、力の限り攻めるんだーっ!」
「みんな頑張るのだ! これが最後なのだーっ!」

 朱里の合図と共に、兵士たちは全ての力を振り絞るかのようにして、攻城用の太い丸太の先端を虎牢関の城門に叩きつけた。
 それも一度ではなく、二度三度と叩きつけられた結果……閉じられていた城門の巨大な鉄扉は開く事がないまま破壊され、城内へと倒れていった。
 それを見た兵士たちは達成感を咆哮にして表し、一気に虎牢関内部へと突入する。
 虎牢関一番乗りを果たしたのは……高町軍だった。



















 城門が破壊されて間もない頃。
 魏軍内でもある事件が起きていた。
 それは、高町軍に先を越された夏侯惇将軍が、せめて虎牢関鎮圧の手柄を奪うべく、疲労で士気が落ちていた兵たちを焦りながらも鼓舞していたときのことである。

 呂布軍の生き残りの兵士が放った矢が、なんと夏侯惇将軍の左目を射抜いたのだ。

 その兵士は、その時夏侯惇の傍にいた銀髪の女性──かつて曹操が高町軍の陣に乱入した際に脇にいた──夏侯淵が、自慢の弓矢で射殺したのだが。
 夏侯惇の双子の妹である夏侯淵はもちろん、夏侯惇配下の部隊の兵隊達にも動揺が走った。
 魏軍随一の武を誇る夏侯惇が倒れるとあれば、兵たちに与える心理的ダメージは計り知れない。それを一番理解していたのは、誰あろう夏侯惇自身であった。
 だからこそ夏侯惇は、心配して駆け寄ろうとする妹をあえて突き放してまで、兵たちに向かって叫んだ。

「聞けぃ! 我が勇敢なる魏の精兵たちよ!」

 膝を付き、矢を左目に受けた痛みに顔をしかめていたはずの夏侯惇は、その痛みを堪えて立ち上がり、動揺し浮き足立つ兵士たちに鼓舞する──矢が左目に刺さったままという痛々しい姿で。

「これしきのこと、この夏侯惇の心胆を寒からしめるものではないっ! この身に受けた傷などで、猛った我が心が怯む事はない! 私はただ名を傷つける事を厭う!」

 痛みは常に発せられ、普通ならば叫び声の一つも上げて当然だと言うのに、それでも夏侯惇はそれを強靱な精神力で抑制していた。

「魏の将兵たちよ! 見よ、我が猛勇を! そして感じよ! 魏武の想いを! 身体髪膚これ父母にうく! たとえ片眼を失ったとてわが武の猛りは未だ冷めず! 心中渦巻くは敵を叩き伏せんがための炎!」

 その姿はあまりに力強く、あまりに壮絶。

「将よ見よ! 兵よ見よ! 我が目と共にその身の惰弱を飲み干して、魏の名聞を天に向かって高らかに名乗り上げよ! 天は我らと共にあり! 我が片眼は天への供物と心得るが良い!」

 そして次の瞬間。
 兵も将も、そして妹夏侯淵でさえ、彼女の行動に驚愕した。
 夏侯惇は無造作に自らの顔に刺さった矢を引き抜いたのである──貫かれた左目の眼球と共に。
 そして、その眼球をあろうことか己の口の中に放り、飲み下したのだ。

「……供物は捧げられた! これよりは我が身を天兵と心得よ! 起てよ将! 虎牢関を突破し、いざ疾く行かん! 帝都洛陽へ!」

 それはまさに、人が修羅となった瞬間だった。
 それを目の当たりにした魏軍の兵士たちは猛る夏侯惇の姿に、そして言葉に、行為に鼓舞され、疲れも忘れて雄叫びを上げた。もう、誰も兵士の士気について考える必要など無い。
 戦意を取り戻した兵士たちは今か今かと夏侯惇の号令を待っていた。将軍の命令ならば、あの呂布に突撃する事だって厭わない──それほどの気概を見せて。

「ならば立て! 剣を取れ! 弓を構えろ! 虎牢関に籠もる敵兵を殲滅せよ!」

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっっっっっっ!

「全軍整列! 鋒矢の陣のまま城塞内部に突撃せよ! 魏武の強さを天に見せつけてやるのだ!」













 城門に取りついていた魏軍先鋒は、夏侯惇将軍の見事なまでの口上にて士気を立て直し、虎牢関内部へと突入する。
 しかし結果として、魏軍が虎牢関の中で出来た事と言えば、いくつかの施設を占拠したのみ。虎牢関の中の本拠となる建物には、先に突入していた高町軍が取りついていて、そこを奪う事は出来なかったのである。
 だが、魏軍はある意味目的は達成したと言えた。
 魏軍の目的は、この場にいる諸侯たちに魏武の強さを顕示して天下に名を轟かせる事。
 それは図らずも、先の夏侯惇の姿──左目を失いながらもなお奮い立つ──が果たす事となったのだ。
 魏の“盲夏侯”の名は大陸中の諸侯を震え上がらせ、その主である曹操の名を上げた事となるのであった。


 そして虎牢関内部では、最後にして最強の敵が高町軍を迎え撃つ──。





















 城門を突破し、勢いよく虎牢関内部へと突入した兵士たちだったが、敵の本拠前では敵軍の精兵たちがしっかりと連携し、こちらの兵の攻撃を跳ね返していた。
 それは奇しくも、俺たちの軍が以前からやっている“二人一組で一人の敵に当たる”という戦法である。とはいえ数ではもはやこちらの方が優勢で、士気の高さもある。更に言えば前線では愛紗や鈴々が自ら得物を振るって戦っているということもあり、敵の抵抗も時間の問題と思われた。
 そして幾人もの兵士が敵の戦線をくぐり抜け、敵本拠の砦へと侵入しようとしたその時。

「ぎゃぁ!」
「ひ、ひぃ! 助け……助けてくれっ!」
「ぎゃっ!?」
「し、死にたくない! 誰か……誰かぁーーっ!」

 その兵士たちが砦の前で突然、悲痛な叫びを上げて絶命した。
 一体何が起きたのか?
 俺も愛紗も鈴々も朱里も。
 絶命した兵士たちの前に立つ人影を見やる。
 そしてその人影は一歩前に出てきた事で、ようやく姿を視認する事が出来た。
 日焼けした肌と、無造作に短くしている赤い髪が目を惹く、独特の雰囲気を持った少女だ。比較的肌が露出してる動きやすい衣服から覗かせる肢体は健康的で自然な美しさがある。そしてそんな少女の手には、巨大な“戟”と呼ばれる武具が握られていた。それが普通ならば少女には不似合いなはずなのに、どこに違和感も感じない──それこそが最大の違和感だった。

「まさか……あれが……?」

 一目見て分かった。
 あの少女の名前は名乗ってもらう必要がない。
 何故なら、あれほど突出した“強さ”がある人間など、この戦場には間違いなく一人しか居ないからだ。

「あれが……呂布……か」

 絞り出すように彼女の名を呟く。
 赤毛の少女──呂布は無表情のまま、無造作な歩みで戦線へと向かってくる。その姿に俺たちの軍の兵士たちはすくみ上がっていた。
 俺たちみたいに戦闘者特有の眼力で強さを把握する……なんて能力は、普通の兵士たちは持ち合わせていない。ならばどうして彼らはあの少女に怯えるのか?
 それは……生き物ならば必ず持ち合わせている生存本能であり防衛本能が告げているからだ。あの少女が自分たちよりも絶対的に強く、己の命を脅かすモノであるということを。
 そして今になって気づく。
 どうして敵軍は寡兵でありながら、ここまで頑強な抵抗をしていたのか。それは後ろに彼女が居るから。それだけなのだ。
 そんな事を考えている間にも、呂布は戦線に歩み寄ってくる。呂布が近づけば近づくほど俺たちの軍の兵たちの士気は下がり、敵の士気が上がっていった。
 ……まずい。あまりにもまずすぎる!
 俺はこの状況を打破すべく、傍にいる朱里に視線を送る。
 しかし……

「呂布さんが……まさかこれほどなんて。これじゃ……」

 朱里もまた、肌で感じる呂布の圧倒的な強さを前にして、震えていた。無理もない……いくら頭脳明晰な軍師である彼女でも、それ以外は普通の人間なのだ。大の大人でさえ怯える“恐怖”を前にして、普通でいろと言う方が間違っている。
 とはいえ、有効な策もないまま呂布を迎え撃つ事になれば、あるいは形勢すら逆転しかねない。
 焦る中でなんとか打開策を考えているうちに、一つ動きがあった。
 戦線を抜け出し、呂布の前に立ちはだかる者が現れたのである。
 それこそ、

「貴様っ! この先は通さんぞ!」
「……誰だ?」
「我が名は関羽! 幽州の大徳が一の家臣! 悪を砕く青龍偃月刀とは私の事だっ!」
「……お前が関羽」

 俺たちの軍が誇る随一の猛将、関雲長──愛紗だった。
 飛び出て呂布の前に立ちはだかった愛紗の姿を見た時、俺は驚かなかった。むしろこれは必然と言える。これ以上呂布が近づけばそれだけで戦線を維持出来なくなる──それを誰よりも肌で感じていたのは愛紗だったはずだ。だとすれば、勇猛果敢な彼女が自ら前に出て呂布を止めるというのは当然の行為と言える。
 だがしかし……今回ばかりは相手が悪すぎる。

「鈴々!」
「え……お兄ちゃん?」
「愛紗を追うんだ! 呂布を相手に愛紗一人で戦わせてはいけない! すぐに行ってくれ!」
「で、でも……」
「こっちの戦線は俺が前に出てなんとかする! だから!」
「……わかったのだ! 後はお願い、お兄ちゃん!」

 俺は手遅れにならないうちに、と鈴々も呂布打倒に向かわせた。そして残された俺は、戦意が萎えかけていた兵士たちを必死に鼓舞する。

「恐れるなみんな! 呂布がいくら強くても、俺たちには関羽と張飛が居る! あの二人が負けるはずがない! 俺たちは今、目の前の敵を倒す事だけを考えるんだ! 俺に続けーっ!」

 そして、俺は朱里の護衛をこの時だけ部隊長の一人に任せ、前線の兵を率いて突撃した。
 愛紗と鈴々の武への信頼が厚い兵たちは、俺の言葉に再び奮い立ち、ある程度士気を取り戻して再び敵の兵へと斬りかかっていった。

 ……だがしかし。
 俺の不安はまだ尽きない。何故なら──愛紗と鈴々の二人をもってしても、呂布を倒せるかどうかは疑問だったからだ。






















「……いつでも来い」

 呂布の、感情を感じさせない呟くような声。

「言われなくともっ!」

 それとは全く対照的に、その戦場全てに響くような声を張り上げ、愛紗が青龍刀での連撃を浴びせかける。しかし、

「……ふんっ」

 呂布はそれをいとも簡単に見切り、その全てを弾き返してしまった。しかも迎撃した時の威力は、愛紗の攻撃をはるかに凌ぐほど。

「くっ、なにっ!? 全ての攻撃を押し返してくるだと……っ!?」

 愛紗は驚きを隠せなかった。
 ことパワーに関しては誰にも負けないという自負があり、自分と互角にやり合えるのも鈴々くらいだと思っていたのだが、目の前の敵はむしろ自分よりも──

「……こんなものか」

 呂布の醒めた一言。
 それは挑発などではなく、本当に失望したような響きがあった。

「くっ、まだだっ!」

 その態度を見せられては武人として黙ってるわけには行かないとばかりに再び青龍刀を振るう。しかし、

「……甘い」

 呂布はその豪撃をいとも容易く弾き返した。その無造作な動きからは信じられないほどの鋭さ。

「ぐっ……!」

 その手の痺れが呂布の驚異的な攻撃力を物語り、愛紗は思わず顔をしかめる。そんな愛紗をやはり醒めた眼差しで一瞥して、呂布はぽつりと言った。

「……弱い」
「なにぃ! この私が弱いだと──っ!」
「ああ。弱い……」
「くっ……!」

 常に一騎当千の猛将として、その名を轟かせてきた愛紗にとって、その言葉だけは許せなかった。しかし、その単純かつ辛辣な評価を覆せる要素もまた、今の愛紗にはなかったのである。
 第三者が見れば、誰もが思う。愛紗が弱いのではない──むしろ呂布の方が強すぎるのだと。

(先の水関で戦った華雄は、確かに強かった。
 かつて陣内で対峙した夏侯惇も、華雄以上の覇気を感じた。
 黄巾党との戦いの際に背中を預けた趙雲もまた、素晴らしい武人だった。
 だが、そんな猛者達が子供に見えるほどに──呂布の武は、住む世界が違う──!)

 これまで戦場で愛紗は、軍においての敗北は考えた事はあっても武において敗北する事など考えた事もなかった。
 しかし今は、わずか……ほんのわずかではあるが脳裏にその可能性がちらついている。
 それを見越したわけではないのだろうが、呂布はぽそっと愛紗に言う。

「……二人まとめて相手をしてやる」
「二人、だと……?」

 呂布の言葉の意味がわからず、愛紗が首をひねっていると、

「にゃは。バレちったのだ」

 いつの間にか呂布の背後から忍び寄っていた鈴々が悪びれる様子もなく、笑っていた。

「鈴々!? 何をしに来た!」
「お兄ちゃんから頼まれて、愛紗の助太刀に来たんだよー」
「な……っ」

 恭也からの指示、と聞いて愛紗は悔しさを露わにする。
 それはすでに恭也が呂布の強さを見抜き、愛紗一人では勝てないと判断したと言う事だ。
 かつて朱里や趙雲を見出した恭也の眼力には愛紗も一目置いていて、その慧眼こそが天の御遣いの能力だとも思っている。だからこそ悔しいのだ。
 自分の主の能力によって自分と呂布の優劣を決められたのだから。

「…………っ」

 歯噛みする愛紗。
 しかし、

「悔しいのは分かるけど、ぼーっとしてるヒマはないのだ。それに愛紗だってどうせもうわかってたんでしょ? コイツが強いって事は」
「……それは……」
「鈴々にだってわかるよ。コイツは……二人で戦わないと危ない気がするのだ」

 鈴々はすでに呂布の強さを認めた上で、冷静に告げた。
 ……もしかしたら、武人としての鈴々の懐の広さは愛紗以上なのかも知れない。
 妹分の落ち着き払った言葉に頷こうとした愛紗だったが、それよりも先に、

「……良い。二人同時に来い……どうせ負けない」

 呂布が二人に早くかかってこいと言わんばかりに戦闘の続きを促した。
 愛紗と鈴々。この二人を同時に敵に回しても、なお負けない自信があるという呂布を前に、愛紗は認めざるを得ない。
 現時点では、自分一人では呂布に勝てないのだと。
 しかし、だからといって“この戦い”に負けるワケにはいかないのだ。
 関羽は武人としての誇りを封印し、今は高町軍のため──そして恭也のために鈴々と二人で呂布を打倒することを心に誓う。

「……それはどうかな? 負けぬとほざくのは、私と張飛の武を受けてからにするのだな!」

 愛紗が共闘を受け入れ、呂布へと宣戦布告をしたのと同時に、

「とりゃーーーーーーーーーーーっ!」

 呂布の背後にいた張飛が仕掛ける。それは、のっけからいきなりの張飛必殺の一撃! 蛇矛による渾身の一撃は速く鋭く力強い。だが、呂布はそれを己の得物──方天画戟で何とか受け止めた。

「くっ……」

 初めて手の痺れに表情をわずかに歪ませた呂布。

「うやっ!? 受け止められちゃった」

 そして必殺の一撃を受けてもなお立っている人間に初めて出くわした鈴々は驚きを隠せなかった。
 立ち合う事であらためて気づかされた呂布の強さに驚く鈴々だったが、そこへ愛紗が声を掛ける。

「別に構わん。今はこれ以上呂布を戦線へと近づけないようにするためにも、ここで足止めをするんだ!」
「うんっ!」

 こうして、後に『虎牢関の決闘』として世の武人達に語り継がれる戦いが幕を開けた。




















「く……っ」

 愛紗と鈴々が呂布と刃を交えているのが、視界の端からも見て取れるし、何よりもこの戦場でもっとも大きな剣戟の音をたてているため、いやでもその様子が理解出来る。だからこそ俺は焦ってしまう。早く目の前の敵を倒して、あの場に駆けつけないと……愛紗達が……っ。

「無駄な抵抗だと……っ」

 その焦りは怒りを生み、その怒りを敵兵に向かってぶつけていく──っ。

「どうして……わからないんだっ!」

 敵の戦線深くに単身突っ込み、四方を敵に囲まれる。そして、

 ──御神流奥義之六『薙旋』っ!

 瞬間的に納刀した小太刀を再び抜刀し、全ての敵を斬り払った。
 しかしこれでも終わらない。
 敵はまだ頑強な抵抗を続け、俺たちに刃を向けてきた。
 おそらく……彼らにとって戦争の負けなど関係がないのだ。
 彼らはただ、自分たちの主のために命をささげ、一人でも多くの敵兵を討ち取って地獄へと堕ちる。それくらいの覚悟があるのだ。だからこそ、ここに来て彼らは怯まない。
 その忠義の心は立派だと思う。だが……

「それでも……俺たちは負けられない! 仲間を……絶対に殺させないっ!」

 俺はそんな畏敬の念すら感じる敵兵達を斬り捨てていく。
 俺にとって大事なのは、愛紗達の無事な姿なのだから!




 それからおよそ三十分といったところか。
 俺たちはようやく、敵兵を殲滅する事が出来たのだった。
 そして俺はすぐさま、前方に目を向ける。
 するとそこには……今もなお刃をぶつけ合う、三人の少女の戦う姿があった。






















「うりゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」

 裂帛の声と共に振るわれる、愛紗の青龍刀による渾身の一撃。
 しかしそれを

「……ふん」

 呂布は同等の威力の斬撃を併せる事であっさりと迎撃し、

「うりゃりゃりゃりゃりゃーーーっ!」

 鈴々の蛇矛によるパワフルな連撃も、

「……うるさい」

 なんなく方天画戟で併せ、あっさりと弾き返した。
 関羽と張飛の攻撃を全て受け止め、そして迎撃する。
 言葉で言うのは容易いが、それを行うのがどれほどのモノか。
 恐るべきは呂布の他に類を見ない戦闘能力。
 二人の攻撃を全て受け止めてもなおその場に仁王立ちする姿は、最強の称号に相応しかった。
 その後も、愛紗達は怯むことなく呂布へと攻撃を繰り返すが、悉く弾き返され、結果として二人の手を痺れさせるという形で終わってしまう。

「うーっ! すごく強いのだ!」
「二人がかりでこれか……くそ。私たちに力がないと言うのかっ!」

 呂布攻略の糸口すら掴めない愛紗たちに、

「ふ……どうした? もっと来い」

 呂布は小さな笑みすら浮かべて挑発する。
 そこにはそこはかとなく“戦える喜び”を感じているフシすらあった。
 しかしそれを感じ取るほどの余裕がない鈴々は、呂布の笑みを単純に嘲りと受け取ったのか、怒りの炎を燃やす。

「うーっ! 今笑ったなーっ! 絶対絶対ぜーったい許さないのだっ!」

 そして怒りにまかせて呂布に向かって突撃する鈴々。
 本来、武人同士の一騎討ちともなれば、冷静さを失った方が敗北へと傾くのだが、愛紗はあえて鈴々を止めなかった。
 何故なら、鈴々は感情の強い発露をそのまま力に変えるタイプの武人だからである。

「うりゃりゃりゃりゃーーーーーーーーーっ!」

 怒りを力に変えての鈴々の一撃。
 それは今までの中で一番の威力を秘めていた。

 ぎっっぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっっっっっっっっっっっ!

 かろうじて蛇矛の刃を受け止めた呂布の表情が歪む。

「……くっ」
「どうだーっ!」
「……なかなかやる」

 ここで初めて、呂布から“弱い”以外の評価を受けた鈴々は得意満面だ。

「へへーんだっ! どんなもんだいっ!」

 しかし、鈴々の誇らしげな表情はすぐに曇る事になる。

「……次はこっちの番」

 そこで初めて呂布が自分から攻撃を繰り出してくる。
 これまでは全て二人の攻撃を受け、迎撃していただけなのに。
 どれほどの攻撃なのか、それこそ想像も付かない。
 しかし、

「応! 受けてたってやるのだ!」

 鈴々は果敢にも呂布の攻撃に立ち向かった。

「……行く」

 抑揚のない声。
 しかしその声とは裏腹に、呂布の方天画戟から繰り出された攻撃は苛烈そのもの。
 上段からの神速の斬撃を鈴々はギリギリのところで受けきる事が出来た……のだが、

「うーっ……すっごく重いのだ。あぅー、手が痺れるぅ〜」

 呂布の一撃は、かの神速の槍の名手趙雲に負けないほどの速さと、愛紗や鈴々以上の破壊力を兼ね備えていた。
 まさに規格外の強さ。
 それをまざまざと見せつけた上で呂布は二人に問いかける。

「……まだやる?」

 言外に“いくらやっても無駄だ”と滲ませて。
 そこまで言われて退ける愛紗ではない。

「当たり前だっ! 貴様を叩きのめすまで、止める気は毛頭無いっ!」
「……なら続ける」

 再び呂布は方天画戟を構え、愛紗も青龍偃月刀を掲げる。
 そして手の痺れを訴えていた鈴々もまた、蛇矛を構えた。
 そして、

「はぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!」
「とりゃぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!」

 再び呂布へと躍りかかる二人。
 それを

「……ふんっ」

 呂布は怯むことなく迎撃する。
 三人の戦いはなおも続いていく──。






あとがき

 ……盛り上げてはみたけれど、まだ原作通り(ぉ
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 夏侯惇のイベントと、高町軍の前に呂布が立ちはだかったという今回。お話としてはあまり進んでいないのですが、書いた当初はノリノリだった記憶が……。原作よりも呂布の“威圧感”を強く表現したのは、ある漫画の影響だったりします。最強だからこその独特の表現が欲しくて、してしまった苦肉の策っぽいですけどね(苦笑
 では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
 では〜。



遂に呂布が登場。
美姫 「やっぱり強いわね」
愛紗と鈴々の二人を相手にいやはや、凄いですな〜。
美姫 「いよいよ虎牢関戦も終盤ね」
どうなるのかな。ああ、楽しみだな〜。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。



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