正体不明の光に包まれ、気がつけばそこは1800年前の中国…………に似て非なる異世界。
 そこで出会った少女──関羽と張飛に導かれ、俺は戦乱の世へとその身を投じていく。
 俺は……いつか海鳴へと戻れるのだろうか?

















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第三章


















 先行している張飛──真名・鈴々──を追うようにして荒野を進んできた俺たちは、その鈴々がいるはずとされた街に到着した。
 しかし、

「……これはいったい、どうなってるんだ? 愛紗」
「分かりません……しかしこれは……」

 たどり着いた街は、荒れ果てた廃墟のような有様だった。
 俺と共に驚きを隠せずにいるのは、関羽──真名・愛紗。
 街には人の気配が感じられない。そこら中の建物は容赦なく破壊され。そのうえ火までも放たれたのか、いまだに炎がくすぶっている。そしてこの場に立っているだけでも感じられる、鼻をつく血の臭い。
 何があったのかはわからない。だが、何かしらあってから、それほど時間は経ってないと言うことだけは俺にだって分かった。

「と、とにかく鈴々を探して事情を……」

 その血の臭いに表情を歪めつつ、愛紗は先行した鈴々を探し出そうと、街の中へと踏み入ろうとしたが、それよりも先に、

「姉者ーーーーーーーーーーーっ!」

 先ほども聞いた少女の声が俺たちの耳に届く。そして遅れて小柄な人影が街の中心部からこちらへと駆け寄ってきた。
 鈴々だ。

「ああ、鈴々。無事だったか」

 鈴々の姿を確認して、強張っていた愛紗の表情が幾分和らぐ。
 この街に向かう道中、愛紗と鈴々は血の繋がりこそないが姉妹として契りを結び、今に至るということを簡単に聞いていた。
 鈴々を気遣うこの表情を見ていると、それを強く実感する。

「うん♪」
「それは良かった……」

 そして鈴々も姉の気遣いを感じ取ったのだろう、嬉しそうに頷いて見せた。
 が、すぐに愛紗も姉の顔から武人の顔へと戻り、状況把握に意識を向ける。

「ところで、これは一体どういう事だ? この街で何が……」

 愛紗の問いに、鈴々の明るい表情が影をさした。

「……あのね、鈴々がここに来る少し前に、例の黄巾党たちが街を襲ったんだって」

 黄巾党──そういえば、この世界に来ていきなり因縁をふっかけられた連中も、頭に黄色い布を巻いていた。あの連中か。

「そうか……少し遅かったのだな」

 そう呟く愛紗の表情は、落胆の中に悔しさが滲み出ていた。
 その後鈴々から話を聞き、この街での生き残った面々が酒家に集まってることを知った愛紗は、

「ならばそこに行ってみましょう。宜しいでしょうか、ご主人様?」
「ああ……」

 俺に確認を取ってから、鈴々の案内の元、街の人間が集まっているという酒家へと向かう。
 その道すがら、まだ弔うことも出来ず街の中にうち捨てられたままの住人の死体がいくつも目に入り、俺はあらためて自覚する──ここが、自分のいた世界ではないことを。











 黄巾党によって蹂躙された街の中で、かろうじて襲撃の被害を免れた酒家。
 そこには、連中に襲われ怪我を負った者もいれば、家を焼け出され煤に塗れている者もいた。無傷の者などほとんどいない。そして何より、街の住人達は絶望感に苛まれ、その場に力無く座り込んでいるだけだった。

「これは酷い……」

 愛紗にとっては守るべき者達の、打ちひしがれた姿。それを見るのはツライとばかりに眉をひそめ、

「みんな、大丈夫……?」

 鈴々は気遣うように声をかける。
 そんな彼女らの姿に、街の住人達はようやく気づいた。

「あんたたちは……?」

 鈴々達に声をかけてきたのは、落ち込む住人の中で健気にも率先して傷の手当てをしていた、リーダーのような青年だった。
 その青年の様子に気づいてか、その場にいた住人達が俺たちを訝しむような目で見ている。
 その視線を一手に集めていた愛紗が堂々と自分たちの事を語った。

「我らはこの戦乱を憂い。黄巾党を殲滅せんと立ち上がったものだ」

 その愛紗の力強い言葉に、項垂れていた住人たちの表情に希望の色が芽生える。

「おおっ!」
「官軍が俺たちを助けに来てくれたのかっ!?」

 しかし、

「いや、残念ながら官軍ではない」

 愛紗の即座の否定に、再び住人達の表情から希望が消えた。

「なんだ……」

 あまりにもあからさまな落胆。それが見て取れるからこそ、今度は鈴々が必死に訴える。

「でも、みんなを助けたいっていうのはホントだよ!」

 しかし、彼女の言葉でも民たちの心は動かなかった。

「子供に何が出来るってんだ……大人の俺たちでさえ黄巾党の奴らには歯が立たなかったのに……」
「言うな。そもそも数が違いすぎるんだから」

 善意をないがしろにするような言葉を窘めるリーダー。
 だが、愛紗は気にしたのはリーダーの言葉だった。

「そんなに連中の数は多かったのか?」
「ああ。四千は下らないだろう。その人数で押し寄せられれば、こんなちっぽけな街、どう抵抗したところで落とされるしかなかったんだ」

 四千……確かにそれは圧倒的な兵力だ。

「でもみんな戦ったんでしょ?」
「そりゃ戦うさ! 自分の街が、自分の家が襲われてるってのに、ボケッとしてるワケがない!」

 リーダーは思わず声を荒げたが、すぐに怒りよりも絶望が勝り、声のトーンは落ちていく。

「でもな……数の暴力には勝てないんだよ……」

 そんなリーダーの絶望はたちまち周囲に伝染し、村人達を苦しめた。

「あいつら……やりたい放題やって、帰る時に、また来るとかぬかしやがった……っ」
「どうするんだよっ!? また来たら、次はもっと食料を持って行かれるんだぞ!? 俺の嫁も、娘だって奴らの餌食にされちまうんだぞ!」
「分かってるよ、それぐらい! けどな、俺たちにどうしろってんだ!? あんな獣みたいな盗賊どもと戦って勝てるのかよっ!」
「それは……」
「くそっ……官軍は助けに来てくれないのかよっ!? そもそもこの戦乱も役人達が好き勝手やってきた結果だろ! なのにどうして俺たちがそれに巻き込まれて、こんな想いをしなくちゃいけないんだ!」
「今更そんなことを言っても仕方ないだろう! 明日には奴ら、またここを襲ってくるかもしれないんだぞ!?」

 最後の言葉に、俺たちは互いに顔を見合わせる。

「……明日もまた戦いになるのか?」

 問いかけた愛紗の言葉に、リーダーの男はこくりと頷いた。

「恐らくな。奴らは警備兵も居ないこの街を“弱い街”と見定めたはずだ。そうなればこの街から奪う物が無くなるまで何度も来るに決まってる」

 吐き捨てるように言うリーダーの言葉に、憤慨していた住人たちは現実を思い出したのか表情を青ざめさせる。

「ならここから逃げだそう! 街ぐるみで逃げ出すしか助かる方法なんてない!」

 住人の一人の言葉に、周囲がつられるように頷き始めた。しかし、それをリーダーの青年が止める。

「そんなことが出来るのかよっ!? この街は俺たちのご先祖さまが築きあげた街なんだぞ!? 俺たちが守らなくてどうするんだ!?」
「俺だって街を守りたいさ! けど……けどなぁっ! このままじゃどうにもならないだろっ!」

 リーダーの男の気持ちは分かるし、彼は正しいと思う。しかし、どうにもならないと言う住人の言葉だって正しいのだ。何の策もないままここで連中を待ち受けても、結局は同じ末路だ。
 リーダーの意見を指示する人間と、反対派の意見で真っ二つに分かれた住人たちは喧々囂々の言い合いを始める。
 そんな中、愛紗は住民たちの声を聞きつつも、何か思案している様子だった。
 そして、

「一つ、提案がある」

 考えがまとまったらしく、声をかけた。
 その彼女の凛とした声は決して張っていたわけでもないのに、酒家全体に響き渡り、言い合いをしていた全ての人間が言葉を止めたのである。
 静まった酒家。その中で、最初に『逃げだそう』と主張した住人が愛紗に問いかけてきた。

「……なんだよ? 何か助かる方法があるとでも言うのか?」

 あるわけがない、と決めつけている様子の男に、愛紗は迷うことなく、

「ある」

 頷いてみせる。
 その、あまりに爽快な彼女の返事に、その場にいた住人たちはどよめき始めた。

「なにっ!? どんな方法だよ! 頼む! 教えてくれ!」

 必死に懇願する住人。そんな彼らの前で、愛紗は真剣な表情で彼らの顔を見回す。

「もちろん教えるのは構わない。が……その前に皆の覚悟を聞いておきたい」
「覚悟?」
「ああ……皆、この街を守りたいか?」

 それは、この状況から考えれば、聞くまでもない問いかけ。
 しかし……

「なるほどな……」

 俺は愛紗の意図を酌み、小声で呟いた。
 愛紗の問いには、実はある言葉が省略されている。それは──命懸けでも、ということ。
 そして、住人たちもそれは遅ればせながら感じ取った。それでも彼らは躊躇することなく、明確な答えを返す。

「当たり前だろ!」
「この街は俺たちの爺ちゃんや婆ちゃんが、汗水垂らして作った街だ。守りたいに決まってる!」
「俺だってそうだ!」

 次々に上がる同意の声。
 それらの声に満足してか、愛紗は一つ頷いてから宣言する。

「分かった。ならば我らと共に戦おう」

 命を懸けてもこの街を守りたいという想いを滲ませた上での宣言だった。
 しかしそれでも住人たちは頷けない。

「だからっ! 戦うったってどうやって戦うんだよ!? あんな奴らに勝てるのかよっ!?」

 それは住人全ての想いを代弁した言葉だ。しかし、

「勝てる」
「うん。勝てるのだ♪」

 愛紗と鈴々の二人は、まったく迷いのない返事をする。
 愛紗は強い意志と、決して揺るがぬ自信を見せて。
 鈴々はすでに勝ったも同然と言わんばかりの笑みをたたえて。
 そんな二人の様子に、さすがの住人たちものまれてしまう。
 しかし中には冷静な人間もいて、

「……ちょっと待ってくれ。なんであんたらはそんなにも簡単に勝てるなんて言えるんだ?」

 ……そして、その問いかけこそ愛紗が待っていた言葉だった。
 彼女はここでハッキリと告げる。


「我らには天がついているからだ」


 彼女が先ほど手に入れた大義名分を。


 そして鈴々も愛紗の言葉に続ける。

「そうそう♪ んとね鈴々たちには、天の御遣いっていう偉くて凄く強いお兄ちゃんが居るんだよ♪」
「はあ?」

 天の御遣いだったりお兄ちゃんだったりと、あまり繋がらない単語が並べられ、首を傾げる住人たち。そんな鈴々の言葉に、愛紗は呆れた様子で嘆息した。

「鈴々は黙っていなさい。話がややこしくなるから」
「むーっ……」

 自分だって住人たちに安心して欲しいと思っていた鈴々は邪魔扱いされて不満そうだ。そんな鈴々の頭を撫でて、俺は彼女を宥める。

「まあ、今はともかく愛紗の言葉を聞いていよう。な?」
「うう……お兄ちゃんがそう言うなら……」

 鈴々が渋々ではあるが納得してくれた所で、俺はあらためて愛紗の口上に耳を傾けることにした。

「この娘の言ったとおり、我らには天の御遣いがついているのだ」

 愛紗はいかにも悠然とした表情、自信に満ちた声で言葉を続ける。

「ゆえに我らには勝機が十二分にあると言えよう」

 しかし、そんな言葉を絶望に支配された住人たちが即座に鵜呑みにするわけもなかった。

「天の御遣いってなんのことだよ? 神様が俺たちを助けてくれるとでも言うのか?」

 そんなわけあるか、とばかりの住人の問いに愛紗は躊躇うことなく頷く。

「そうだ……って、もしかしてまだこの街には届いていないのか? あの噂が」
「噂? 何の噂だよ?」
「天の御遣いの噂だ。洛陽ではすでにこの話題で持ちきりだぞ? この戦乱を鎮めるために、天より遣わされし英雄の話が」
「都で? 本当なのか……その話?」
「ああ、本当だ」

 嘘なはずがない……そう思わせるほどに自信に満ちた愛紗の声。
 だが、俺はそんな愛紗の影で隣にいる鈴々に小声で質問する。

「(なぁ……今のって……嘘なんだろ?)」
「(うん、そだよ。だって天の御遣いの話って、鈴々たちしか知らないもん)」
「(なるほど)」

 鈴々の言葉を聞いて納得すると同時に、俺は愛紗の今の姿に彼女の武人以外の才能を見た気がした。俺の世界での歴史上の関羽という武将は勇猛果敢な武力だけでなく、優れた知性の持ち主だったという話も多く聞いている。どうやらそれは愛紗も同じようだ。
 疑う余地がないほどの、自信満々の言動。
 そして噂──この時代の首都でもある洛陽でそういった噂が流れていると聞けば、その信憑性は一気に増してくる。国中の情報が集まるのはやはり首都であり、その首都から地方へと新たな情報が流れていくのだから。
 それらのことを上手く方便でまとめ、民たちに信じ込ませるやり口は、さすがは英傑。初めて会った時のあの初見での直感は間違いではなかったんだな。
 そんなことを思ってるうちに、

「そして──」

 愛紗の、住人たちへの話はいつの間にか進んでおり、

「──この方がそうだ」

 気がつけば、愛紗は彼らに語りかけつつ俺の隣まで来ていて、住人たちに俺の姿を披露していた。

「この戦乱を鎮めるため、天より遣わされし方。この方が我らについていてくださる限り、黄巾党ごとき匪賊に負けはしない」
「この兄ちゃんが?」

 住人たちの視線が一気に自分に集中してくるのがわかる。ここでそんな視線に怯んだ姿でも見せようモノなら愛紗の言葉の信頼度が一気に落ちてしまうからな。
 俺は虚勢を張り、泰然自若とした態度を住人たちに示した。

「まあ……言われてみれば、威厳のようなモノを感じるよな」
「だ、だけどよ……英雄って割には強くなさそうじゃねえか? 身体がでけえわけでもねえし、ひょろひょろしてるしよぉ」

 ……まあ、確かに俺の見た目はごく普通の体型に見えるからな。
 やはり俺では務まらないのか?
 そんな思いすら胸の中に生まれ始めた時、愛紗がすかさずフォローを入れた。

「何を言うか。この方の姿を見れば一目瞭然ではないか。光を受けて煌めくこの装束をおぬしらは見たことがあるか?」
「そういえば……」
「俺もさっきから気になってたんだよ……窓から入る光を受けて、キラキラしてるんだ。あんなの見たことねえよ」

 上手いな……愛紗は俺が来ている聖フランチェスカの制服に目をつけ、それを足がかりにして言いくるめていく。

「そうだろう。そして天の御遣いであるこの方は、孫子の兵法書から六韜三略を諳んじるほどの知識を持ち、更に素手で黄巾党の連中を軽く追い払う程の武技の持ち主なのだ」
「ホントかよ……」

 まだ疑う人間はいるが、それでも見ている限り、愛紗の言葉を信じようとする住人はかなり多くなってきているのが目に見えてわかる。
 そこで愛紗は一気にまくしたてた。

「そして何より、私は見たのだ! この方が天より降り立ったその瞬間を!」

 その力強い言葉に、

「おお……」
「すげえ……」
「俺たち……俺たちは助かるかもしれないっ!」
「助かる……助かるぞ、絶対!」

 なお懐疑的だった住人たちも、ついに信じるようになっていく。
 そこへだめ押しとばかりに、

「そうだ! だから皆、今こそ立ち上がろう! 自分たちの街は自分たちで守るんだ!」

 愛紗が力強い声を上げた。
 それが──住人たちの絶望という名の雲を吹き払い、希望の光を与える。

「応っ!」
「やってやる! やってやるぜ! 俺、街に出て男達を集めてくるわ!」
「俺は武器になりそうなモノを集めてくらぁ!」
「頼んだぞ! 俺は食料をかき集めてくるぜ!」

 自分たちは助かるのだと。
 自分たちには天の御遣いがついているのだと。
 そんな住人たちの思いは行動によって見て取れるようになった。
 酒家に集まり、ただただ絶望するしかなかった住人たちは、興奮した様子で戦いに備え始める。愛紗の演説が、この街の住人たちを動かしたのだった。















 酒家にはもう絶望し、肩を落とす住人の影はない。
 ここにいた誰もがこれより迫る戦いに向けて準備を始めていた。
 そんな中、俺と愛紗と鈴々の三人だけがまだこの場に残っていた。

「さすが姉者なのだ!」

 愛紗の演説が街の住人たちに希望を与えたことが嬉しいのだろう。鈴々は満面の笑みで姉を讃える。しかし、当の愛紗はというと。

「……よしてくれ。私は今、猛烈に自己嫌悪に陥っている。はぁ……」

 結果的に住人たちを騙しているということに罪悪感を感じているらしく、溜息を吐きながらがっくりと肩を落としていた。
 そんな愛紗の肩をぽんと軽く叩く。

「罪の意識なんて感じることはない。愛紗の行為は何一つ間違ってはいないのだから」
「しかし……」

 彼女とて自分のしたことが最善だとわかってるはずだ。それでもなお自分を責めるというのは、愛紗の生真面目さゆえか。
 とはいえ、このままにしておくワケにはいかない。

「それに、天の御遣いと名乗ってるのは俺なんだ。嘘を付いてるのは俺で、君は騙されてるだけ……そう思ってくれればいい」
「そ、そんな……っ。ご主人様は何も……」
「俺は天の御遣いを名乗り、君らの力になると決めた時から、その罪を背負う覚悟は出来ているんだ。だから、それを愛紗が背負う必要はない。それに」

 俺はうつむいていた彼女の頭を軽く撫でてから言葉を続けた。

「この嘘は、黄巾党からこの街を守れた時、嘘ではなくなるんだ。だったら俺たちがやるべき事は一つだ」
「ご主人様……」
「お兄ちゃんの言うとおりなのだ。言い出しっぺの愛紗がそんなんじゃ、みんなが頑張れないのだ!」
「鈴々も……」

 二人がかりの言葉が効いたのか、愛紗は一度大きく息を吐いてからフッと肩の力を抜く。

「そうですね、ありがとう鈴々。そして……ありがとうございます、ご主人様。やはりあなたにお仕えしたのは間違いではありませんでした」
「……それを言うのは、全てが終わってからにしてくれ」
「はいっ」

 俺の苦笑に、愛紗はようやく笑顔を返してくれた。
 これで俺たちも動けるというわけである。
 結局、俺たちは愛紗がいて初めて動けるのだから。

「……よし、私たちも街の人々に協力を要請しよう。鈴々は身軽そうな人たちを何人か指揮し、黄巾党共の居場所を探ってくれ」
「りょーかいなのだ!」

 言うやいなや、鈴々が元気よく酒家を飛び出そうとする。そんな鈴々の背中に、

「気をつけろよ、鈴々。無理はしないようにな」

 声をかけると、振り返りざま嬉しそうににっこりと笑い、

「にゃは! うんっ♪」

 頷いてから出ていった。
 そんな鈴々の背中を見送ってから、俺は愛紗に問う。

「さて、俺はどうすればいい? 愛紗」
「ご主人様は私の傍に居てくださると助かります」
「了解」

 頷き、俺は愛紗と共に酒家を出て、住人たちの様子を見に行く。が、その前に一つ。

「そうだ愛紗」
「はい?」
「俺なりに“天の御遣い”らしくは振る舞うつもりだが、なにぶん俺はまだこの世界に来てから間もない。何かと分からないことが多いからフォローを頼む」
「ふぉろお、とは?」
「ああ、すまん。えっと……補佐してくれると助かる」
「ああ、もちろんです。ご安心ください」

 愛紗の演説のおかげでせっかく住人たちが信じてくれてるのに、俺が変な失敗をするわけにはいかないからな。

「しかし……」
「ん?」
「天界の言葉とは奇妙なモノですね……街に来る前に聞いた『ぎぶあんど……』とか今の『ふぉろお』とか。おいおい憶えていった方がよろしいでしょうか?」
「……いや、気にしなくていいから」

 ……それ以前に、愛紗を混乱させるような言動にも気をつけよう。

















 愛紗と並ぶようにして街の大通りに出ると、すでに比較的怪我の少ない男達が数人、それぞれ用意した武器を持って整列していた。先ほどの酒家にはいなかったが、あの場にいた住人たちの呼びかけに応えた人たちだ。
 彼らは当然こっちのことは初めて見るということで、視線が再び集まってくる。
 ……本来注目を浴びるのは大の苦手なのだが、ここではそうも言ってられない。
 俺はそれらの視線を平然と受け止め、背筋を伸ばして颯爽と歩いていく。

「あいつが天の遣い……?」
「そうじゃろう。あの神々しい服がその証拠じゃて。それに威風堂々としたお姿はまさに神の使いに相応しい……」
「確かに……なんかすげーな」

 若い男と老人が小声で話しているのが耳に入ったので、俺はあえて彼らの方に視線を向け、威圧しないようにと翠屋でのバイトで鍛えた営業用の笑顔を見せた。
 すると、

「おお……」
「凛々しいお顔立ちの中に、あの気高い微笑み。やはりあの方は天界からの使者に相違ないわい」

 ……なんとか天の御遣いっぽくは見えてくれたらしい。
 俺は内心でホッと息を吐いた。
 そんな俺の内心を推し量ってか、隣を歩く愛紗が小声で話しかけてくる。

「さすがです。今の振る舞いなどはこちらが見ていても安心出来ました」
「……そうか? 俺としては試行錯誤の連続だ」
「ふふ……立ち居振る舞いで住人たちに安心を与えられるのも、あなたの才能なのですよ」
「勘弁してくれ……」

 どこかからかうような愛紗の口調に俺が疲れたような声で返すと、彼女は口元を抑えながら小さく笑った。
 そんな彼女の姿に俺の緊張もほぐれ、少しだけ楽になる。

「さて……住人たちに戦い方を教えていこう。時間はあまりないからな」
「はいっ」

 俺たちは武器を持った街の住人たちに簡単な戦闘方法をレクチャーしていった。といっても、所詮は付け焼き刃に過ぎないのだが、何もしないよりはマシと言ったところの成果しか上げられないのはしょうがない。それでも、愛紗が槍などの武器の使い方を。そして俺が剣の振るい方を簡単に説明していった。
 その後は簡単ながら部隊の編成を行った。これは完全に愛紗任せとなってしまう。こればかりは軍属経験も戦争の経験もない俺にはどうしようもなく、彼女の指揮を横で勉強させてもらう形だ。
 そして、なんとか一軍としての形が整い始めた頃、

「お兄ちゃーーーーん!!」

 偵察に行っていた鈴々の声が聞こえてきた。
 どうやら無事に戻ってこられたらしい。
 俺は隣にいる愛紗と共にホッと息を吐いた。
 そんな俺たちや、街の主たる面々の前に戻ってきた鈴々が早速偵察内容を報告する。

「黄巾党のやつらを見つけたよ! この街から西へ一里ほど行った荒野に陣を張ってた!」
「兵の数は?」

 すでに姉から武将の顔に戻っていた愛紗が質問した。

「街のみんなが言ってた通り、四千人くらい。みんな貧乏っちい武器を持ってたよ」
「そうか……」

 それらの情報を聞き、愛紗は考えを即座に決断する。
 彼女が前もって俺や街の住人のリーダー格の面々に聞かせていたのは……ずばり明日の黄巾党の攻撃の前に、こちらから攻撃をかけるというモノ。街を守るためには、守りに回りこの街を戦場にしては意味がない。この街から離れた場所を戦場として、奴らを潰さなければならない。そのためにも俺たちは今日のうちに連中と再戦をせねばならないのだ。黄巾党の連中も今日のうちに街の住人たちの反撃を受けるとは思っていないだろうから、この作戦は奇襲の意味もあるのだ。
 愛紗は毅然とした姿で振り返り、一緒に報告を聞いていた街のリーダー格の面々やその後ろに控える住人たちに向かって、再び通りの良い声を聞かせる。

「住人たちよ! 聞いたとおりだ! 敵は数こそ多いが所詮は烏合の衆! 天が味方に付いている我らの敵ではない!」

 その愛紗の自信に満ちた声と、彼女の勇ましくも美しい姿に住人たちが雄叫びを上げる。
 それがさらに愛紗に力を与えた。

「今こそ勇気を出し、その手で街の平和を取り戻すのだーっ!」

 ぅおおおおおおおおおおおおおっっっっっっ!

 いまや未熟なれども一軍の兵士となった住人たちが士気の高さを思わせる声を上げた。愛紗──関羽雲長のカリスマは凄まじいの一言に尽きる。
 彼女のそんな姿に感心していた俺だったが、

「……では、ご主人様。出陣の言葉を」
「え……?」

 不意に、そんなことを言われ、わずかながらに戸惑いの表情を見せてしまった。
 まずい……。
 が、すぐに平然とした表情を取り戻しつつ、視線だけで愛紗と会話を試みる。

(現状でも、士気は充分に高いんじゃないか?)
(確かに……ですが、これはあくまで貴方の軍なのです。貴方の言葉無くして軍は動きません)
(……分かった。もしもの場合は)
(ご安心ください。私が“ふぉろお”いたしますゆえ)

 生真面目な愛紗の、らしくない冗談を交えた優しさに俺は小さく微笑み、あらためて表情を引き締めてから、いつの間にか整列していた住人たちの前に立つ。
 住人たち全てが“天の御遣い”たる俺の言葉を待っている。
 それは今まで感じたことのないプレッシャー。
 しかしここで怯むわけにはいかないのだ。
 目の前にいる彼らは俺のことを信じ。
 そして俺の後ろにいる愛紗と鈴々もまた俺を信じてくれている。
 それになにより、この道を選んだのは俺自身。
 ならば、俺はその責務を果たし……天の御遣い、という役目を果たすだけ。



 それがきっと、いつか元の世界に戻る道程となることを今は信じながら。



「これから我らは黄巾党を攻める。奴らには街をボロボロにされたが故の怒りもあるだろうが……本音を言えば、みんな戦うのは怖いはずだ」

 俺の言葉を聞き漏らさないようにと、静まっている中で俺の声が街に響く。

「しかし人間誰しも一度は戦わねばならない時があると……俺はそう思っている。そして、それが今だ」

 あくまで声を張るわけでもなく、しかしここにいる全ての人間の耳に届くように。

「俺たちには守るべきモノがある。それは妻であり、子であり、恋人であり、親や祖父母、友人達、そして何よりこの街…………俺たちは今こそ仲間と力を合わせ、全てを守るために立ち上がらなければならない」

 少しでも、俺の言葉が彼らの心に勇気を与えるように……そう心の中で祈りながら。

「大切なモノを守ること……その思いこそがきっと人に勇気と力を与えてくれると、俺は信じている」

 俺を信頼してくれる人たちへ、俺が返すことが出来る数少ないコト。

「だから……戦おう。だけど、一つだけ。守るために戦う……しかし、この戦いは生き延びてこその勝利だ。だから、みんなで力を合わせて戦って、頑張って……そして生きて街へと戻ってきて、この街を自分たちで復興させる。それこそが……俺たちの完全勝利なんだ」

 それが、例え偽物であっても天の御遣いと名乗る俺の──果たすべき責任なのだから!

「……生き残るぞっ!」

 演説なんてガラじゃない。
 だけど、今は俺のさほど多くもない語彙を集めて、自分の正直な思いを言葉にして吐き出した。
 それが終わった瞬間──。

 ぅ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!

 それこそ、愛紗の時の倍はあるかのような、住人たちの雄叫びが街全体を震わせた。
 それが、証拠だった。
 俺なんかの言葉でも奮い立ってくれたという、彼らの。
 これが全てだった。
 俺が、目の前にいる住人たちを命を懸けても護ろうと思えた……瞬間だった。
 俺は振り向き、俺を支えてくれる二人の英傑に目を向ける。

「…………」

 愛紗は何を言うわけでもなく、誇らしげに頷いてくれた。

「えへへ……格好良かったよ。お兄ちゃん♪」

 鈴々は真っ直ぐな言葉と瞳で俺を讃えてくれた。
 俺にはこれさえあれば充分だ。
 そしてあらためて作戦の確認をする。

「さて、とりあえずはどうする?」

 俺の問いかけに応えるのは、当然愛紗。

「まずは軍を率いて街を出ましょう。そして鈴々に先導させ、接触すればあとは戦です」
「鈴々の槍が火を噴くのだ!」

 鈴々は任せろ、と言わんばかりに自分の身長よりも遙かに長い武具……蛇矛を振り回す。その幼い姿とはミスマッチな勇壮さに住人たちの志気は更に上がった。

「そして私の青龍刀で戦局を斬り開き、一気に突き崩します。ご主人様は我らの活躍を後方でゆるりとご覧あれ」

 なるほど、単純だが効果的だ。しかも兵士としての教育がまともにされていないこちらの兵の質を考えれば、これ以上の策は無理だろう。しかし、

「作戦そのものに異論はない。だが、一つだけ変えさせてくれ」
「一つだけ?」
「どうするのだ?」

 譲れないモノがあった。

「俺を前線に配置してくれ。俺も二人と一緒に軍の先頭に立って戦わせてもらう」

 その言葉に、愛紗の表情は影を落とし、さしもの鈴々も難色を示す。

「それは……あまりにも危険です」
「そーだよ。お兄ちゃん、前は鈴々たちに任せればいいのだ」

 それが、二人とも俺の身を案じてくれているのがわかるだけに嬉しいのだ。しかし、それでも俺は退けない。俺には俺の……役目があるのだから。

「危険は承知の上だ。ただでさえ俺は──」

 自らの服装をちらりと一瞥して。

「──目立つからな。だが、俺としては出来る限り敵の目をこちらに向けさせたいんだ。そうすれば住人たちの負担はいくらか軽くなるはずだし。それに、“強いとされる天の御遣い”が後ろにいれば、全体の士気にも関わるからな……」

 戦いに慣れていない住人たちが戦い、最前線では愛紗と鈴々が戦う──そんな中で、俺一人が後方に待機なんて、御神の剣士として頷けるはずがなかい。ここで剣を振るわなければ、今まで鍛えてきた意味がない。

「というわけだから、俺も前線で剣を振るう。いいな?」

 これだけは譲れない……そんな意味を含めた確認の問い。
 しかし、それに対する愛紗の返答は意外なモノだった。

「それがご主人様のご意志であるのなら、私は反対はいたしません」

 それは愛紗の隣にいた鈴々も意外だったらしく、その返答に目を丸くしている。そんな鈴々や俺の様子に気づいてないのか、愛紗はさらに意外な言葉を口にした。

「……素晴らしいです」
「え……?」
「やはり貴方様を主と仰いで正解でした」

 そう言う愛紗の顔は何故か嬉しそうな笑みを浮かべている。俺が前に出ることに反対ではなかったのか?
 そのあたりを聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「その言葉こそ英雄の証。その行動にこそ人は付いてくる。ですが、その言葉をさらりと言える人間はそうは居ないのです」

 ……これはさすがに照れる。
 俺としては大したことを言ったつもりもないだけに、変に英雄視する愛紗に申し訳なくも思ってしまうのだった。









 このあと、俺たちは街の住人たちを率いて出陣する。

「これより、出陣する!」
「応っ!」

 これが、この世界における──俺の初陣となるのだった。






















あとがき

 ……ここまで引っ張ってまだ戦ってないとは(汗
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 関羽、張飛ときて、次はまたヒロインが出ると思ったら大間違いですよ! というわけで、今回は恭也が関羽達と共に街の住人たちを率いるトコまでを、となりました。
 次回はとうとう恭也が戦場に立つ……というお話になりますが、当方未熟の上、バトルシーンが大の苦手ということなので、生暖かい目で見守っていただけると嬉しい限りです。
 というわけで、今回は短めで。
 最後に、この話を読んでくださった皆様と、作品発表の場を与えてくださった氷瀬さんに感謝を。
 ではまた〜。



いよいよ黄巾党との戦局が開かれる。
美姫 「それは戦乱の世に一つの石を投げるような行為」
これにより、恭也の運命は更なる渦中へと!
美姫 「ってな感じで予告風にしてみたけれど」
今回は恭也も慣れない演説を頑張ってたな。
美姫 「戦闘は次回からみたいだけれど、どうなるかしらね」
とりあえず、ここで躓く訳にはいかないしな。
美姫 「次回も楽しみにしてます」
待っています。



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