『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』
「琴乃っ!!」
「猛さんっ!?」
引き離された恋人同士の邂逅。
何も知らない者が今の二人を見たのなら、確実のそう判断するだろう。
あながち間違ってはいない。二人はお互いを意識している。
琴乃は確実に猛のことを想っている。
だが猛は、この感情が家族のような存在に対する信頼の情なのか、それとも男女のソレなのかは区別出来ていない。
彼自身、色々な感情や境遇が入り混じっている為、コレまで琴乃のことをそういった対象として見たことは無かった。
しかし自称許婚の芹の登場と、蔓戦で琴乃が囚われた時の自身の内側から来る感情に次第に気付き始めた。
今はそんな所である。
彼、八岐猛は朴念仁である。だがそれでも、究極無敵の朴念仁マスターよりかは数段マシな、思春期真っ只中の少年だった。
「無事だったか!?怪我とかはないか!?」
「た、猛さん!?私は大丈夫ですから、落ち着いて……!!」
力の限り、自身の両の手で琴乃の両肩を掴む猛。
その様はまるで、誘拐された娘が帰って来た父親のような心配っぷりだった。
長年猛と一緒に過ごしてきた琴乃だったが、今のように暴走している猛は初めてだった。
だから目を白黒させていた。
ソレぐらい今の彼女も混乱していたのだ。
もし仮に琴乃がいつものように冷静であったのなら……。
「(……計画通り…………!!)」
とか思っていただろう。
コレは芹が来てから見え始めた彼女の暗黒面であり、過去三度程その顔を覗かせている。
最初は芹が来た時に猛を尋問した時。
そして後の二回は、剛を対峙した時(つまりお互いの暗黒面で闘った二回)である。
断っておくが、普段の彼女は腹黒キャラではない。
だが人は変わっていく生き物なのだ。そして逞しくなっていく生物でもあるのだ。
「…………そろそろ良いか……?良い加減降りて欲しいのだが……」
そして人の恋路を邪魔した者の末路は、古来より決まっている。
馬に蹴られて死ぬのだ。
今回恭也は結果的に馬になってしまった為、蹴られる代わりに後ろから来た猛に踏まれたのだった。
第四十話 第四章 敵軍の将
「……馬に蹴られた高町先輩は置いておいて……」
「……放っておいて良いのかなぁ〜?」
「大丈夫よ、明日香ちゃん。【アノ】恭也よ?人類が絶滅しても生きてるわよ、きっと!」
「……何だか、本当にそうなりそうで怖いよね……?」
遅れてやって来た女性陣たちの容赦ない【口撃】。
そして部屋の端の方で、踏まれて痛んだ部分を黙々と柔軟をしている恭也。
非常に奇妙な光景だ。その証拠に、本来渦中の人物であった猛と琴乃の顔に縦線が走っている。
「それで?剛はどうしたんですか?てっきり、一緒にいると思っていたのですが……」
「オイ。ナチュラルに会話に戻ってくんなよ!……って剛がいない!?」
ごく自然に。さも当然だと言わんばかりに会話に戻ってくる恭也。
そして誰もが指摘しなかったことを言ってのける。
そんな恭也の行動に文句を入れる猛。だが一瞬後に、恭也の言う通り剛がないことに気付いた。
「お姉ちゃん?剛お兄ちゃんはドコにいるの?」
「剛さんは……先ほど【少し出てくる】と言って出て行ったけど……」
「……何だって?剛はこの砦を自由に出歩けるのですか……?」
「え?えぇ……そうですけど、何か……?」
ココにいない剛。
自由に悪霊軍の砦を出歩けるという事実。
恭也の剣士としての、一人の闘う者としての勘が告げていた。何かがおかしいと。
「(……嫌な予感がするな。コレは一刻もはやく剛を探して連れて来ないと……)」
優れた戦士の勘は、下手な経験に勝る。
事実、恭也の悪い予感が外れたことはなかった。
だから恭也は内心で焦っていた。
「……猛。お前はココに残って、皆を護れ。俺は剛を探してくる……」
「一人だと危ないぞ!?俺も行く!!いや、みんなで行けば……!!」
この悪霊が犇めく砦での集団行動は、本来は良い選択肢とは言えない。
集団でまとまって行動するということは、見つけてくれと言っているようなものだ。
ソレに恭也にとって猛たちと一緒に剛を探しに行くことは、デメリットしか存在しない選択肢だった。
もし悪霊に発見されても、恭也一人なら逃げられる。
だが猛たちが一緒ではソレは出来ない。
コレがホームグラウンドでの迎撃なら良い。
ソレなら恭也が皆と一緒に行動するメリットは存在する。
しかし今この時はそうでなかった。
だから恭也は、反対されることを承知で言ったのだ。
「だが……!?」
「……どうしたんだ、恭也?」
「遅かった、か……」
仕方無しに事実を伝えようとする恭也だったが、その台詞が最後まで言われることはなかった。
部屋の入り口の陰に、とてつもない殺気が現れたのを察知してしまったからだ。
燃えるような、ソレでいて山のように大きい気配。
「(……もしやこの気配の持ち主こそが青龍の言っていた……)」
絶対に闘ってはいけないと念を押された相手。
ヒミコ軍の将軍。
強大な強さを持った剛剣の遣い手。
「ホゥ、俺の気配に気付いたか……。お前は俺を楽しませてくれそうだな……!!」
紅い髪に、無駄の無い体躯。
そしてその手にあるのは古代の剣。
豪胆な性格の戦闘狂。
「……お前が【ミナカタ】か…………」
「俺を知っているのか?なら話ははやいな……」
認めた。
目の前の男は自身をミナカタだと認めた。
そしてソレは恭也たちにとって、死刑宣告にも等しいことだった。
「そういうお前らは……剛や琴乃と同じ、アシハラノクニから来た者か?」
「そうだ……と言ったら?」
答えは最初から決まっているのだ。
入り口を背にしたミナカタ。大勢での移動はもはや不可能な状況。
そして絶対に逃がしてはくれそうにない相手。
「決まってるだろ?闘う以外に何があるっていうんだよ?」
さも当然のように聞き返してくる敵。
もはや回避不可能な闘い。
もう語る言葉はないだろう。
「(……猛。俺が可能な限り時間を稼ぐ。お前たちは先に【反魂の術】を行え……!)」
「(な、何言ってるんだよっ!?そんなことしたら、お前や剛は……!?)」
小声で隣にいる猛に話しかける恭也。
猛としてはいきなりそんなことを言われても、了承出来るハズもない。
だから訊ねる。恭也の真意を。そしてソレが何を意味するのかを。
「(俺は剛を見つけたらアマテラスさんに送ってもらうことにする……最終的に【皆】で帰ることが重要なんだ……!)」
「(それは……そうだけど。だけど……っ!!)」
何を目的とするか。ソレを忘れてはいけない。
恭也の言葉にはソレが含まれていた。
そして恭也は猛に続きを話し始める。
「(それに……このまま全員でミナカタと闘っても、正直勝てないだろう……)」
「(……!?そ、そんなにヤバイ相手なのか!?)」
いくら青龍に注意されていたからと言っても、それ程の相手ではないだろうと思っていた猛。
コチラに非常識魔人の恭也がいるのだ。苦しくても何とか勝てるかもしれない。
そう思っていた。
そして何より、蔓よりも強い人間(ミナカタは悪霊だが、人型をとっているので猛の上ではそういう認識だった)がいるとは思えなかった。
青龍の時は、彼女の存在が特別なモノだと最初から決め付けていた。
だから認められなかった。認めてしまえば、自分たちが元の世界に戻れないだろう。そう、生きて戻ることが出来なくなってしまうだろう。
「(……心配するな。別に勝たなくて良いなら、何とか時間を稼ぐ方法はある。だがいくら時間を稼いだとしてもココは敵陣の真っ只中だ。時間が経てば経つほどコチラは不利になる……)」
「(だから脱出を……ココで反魂の術をするっていうのかっ!?そっちの方がよっぽど危険なんじゃ……!?)」
猛の心配はもっともだった。
恭也の言葉を借りれば、ココは敵陣の真っ只中。
そんな所で、敵の将軍のすぐ横で無防備極まりない術を行使する。
どう考えてもそっちの方が危険だ。
だが恭也は言った。ソレを行うと。
考え無しにそんなことを言う奴ではないということは分かっている。しかしソレはあまりに常識から対立するモノだった。
「(……いや、ここまでならそれ程無理はない。問題はココからだ……)」
そう、ココまでは可能な事象だ。
不可能か可能か。そう聞かれれば可能なコト。
だが何事にもイレギュラーは存在する。恭也が懸念するのはコレから先のことだった。
「(もしも敵の援軍が来たら……その時は俺がその援軍を相手にするから、お前がミナカタと闘うんだ……)」
「(え…………?済まん、恭也……もう一度言ってくれないか……?)」
一瞬猛は、自分の耳がイカれたのかと思った。
そう思いたかった。
出来ればそうだと思わせて欲しかった。
「(……嘘でも冗談でもない。その時はお前がミナカタと闘うんだ……)」
「(無理だって!?お前でもキツイんだろっ!?俺なんかじゃ……!?)」
猛にとってソレは死刑宣告だった。
「死んでこい」――そう言われたのと同じこと。
常識的に考えれば無理に決まっている。ソレは誰の目にも明らかなことだった。そう――発案者を除けば。
「(……大丈夫だ。お前が自分の【本当の力】を――剛と闘った時の境地に辿り着けば、何とかなる……)」
「(…………剛と闘った時の境地……?)」
ソレはある種の境地だった。
【後の前を獲る】――ある種の戦闘方法の極地。
一度辿り着いたことのある猛なら、再び行くことが出来る。恭也はそう信じていた。
「(……心配するな。こんなところでやられる程、お互い柔な鍛え方はしてないだろう……?)」
「(…………分かった。絶対に元の世界で会おうな……)」
猛とて六介の指導を伊達に受け続けてきた訳ではない。
実際に凄まじい練習を受けてきたこともあった。
だからそう言われると、少しだけ心が軽くなった。
「話し合いは終わったのか……?」
「……まさか律儀に待っていてくれるとは思わなかったぞ……」
「何、今生の別れになるかもしれないんだ。ソレぐらいは気を利かせてやるさ……」
「……ならばその気遣いには、剣を以って応えてみせよう……」
「おもしろいっ!!」
恭也が一足飛びでミナカタに接近する。
右手に小太刀、左手は無手のまま。
そしてその自らの獲物で、ミナカタが両手で構えた剣と交差させる。
「軽いな……。そんな剣では俺を倒すことは出来んぞっ!!」
「(コイツの剣の重さは……赤星以上か)……重ければ良いと言うモノではない……」
今は遠く離れた場所にいる、故郷の親友を思い出す。
彼と闘った時もそうだった。
恭也の剣は確かにそれ程重いモノではないが、それでも恭也は親友に勝っていた。
恭也は重さでは赤星には勝てないし、速さでは美沙斗に負ける。
だが彼は強かった。
ソレは心の強さと総合的に鍛えられた能力こそが彼の強みなのだ。
――キィン!キィンッ!!
――ガキッ!!
「えぇい!ちょこまかと……!!鬱陶しい奴め……!!」
貫を使った戦闘にも辛うじて対応するミナカタ。
彼を今支えているのは、謂わば野生の勘。
洗練された剣ではないこの世界の剣士たちの持つ、現代剣士が失いつつあるモノ。
野生の勘は、時に戦の練習に勝る時がある。
ソレが歴戦の将のモノなら尚更だ。
しかしその一方で、恭也がミナカタの動きの中で不審な点があることに気付いた。
「(……妙だな。コイツの剣には、剣道の影がちらつく。それもこの洗練された剣道の型はまるで……)」
「まるで、剛の真似をしているようだ……」――恭也はそう考えようとして、考えを打ち切った。
もしソレが真実だとしたら、剛は自主的にミナカタに剣を教えたことになる。
嫌々やったモノではココまで綺麗な影が付くはずが無い。
だがソレは同時に、剛が悪霊軍に組みしていることも意味する。
何を馬鹿なことを。恭也はそう思い、今考えたことを思考の端に追いやった。
そして今度は目の前のミナカタの相手をしつつも、猛たちの方に意識を飛ばす。
「……分かった。ココで反魂の術を行うわ……!!」
『サクヤさん(ちゃん)!?』
猛から恭也の策を聞いたサクヤは、決断を下した。
そしてソレに驚きを露わにする他の女性陣。
声に出していないとは言え、その策を伝えた猛すらも若干の驚きを感じている。
「……大丈夫よ。コッチにはお父さんとお母さんがいるもの!きっと恭也君と剛君のことも上手くやってくれるわっ!!」
幼いながらもこのネノクニの神の娘として生まれ、そして育ってきた少女。
大局を見極める眼は確かだった。
そして皆を説得させるだけの何か――カリスマと呼ばれる資質も十分に備えていたようである。
「……そうね。多分現状で一番良い手段だと思うわ……」
「で、でもそれじゃ……恭也さんと剛さんが……!」
「……大丈夫だよ♪恭也お兄ちゃん、強いもん!!だから私たちは先に帰って、二人のお帰りなさいパーティーの準備をしてよう?」
麻衣が冷静な視点で見た意見を述べる。
対照的に感情として納得出来ない琴乃を、妹である明日香が説得する。
その言い方は明るく言ったモノだったが、本当に恭也たちを信じているからこそ出てきた台詞。
なのはもそうだが、末の妹と言うのはある意味一番冷静なのかもしれない。
兄や姉を見て育つせいか、誰よりも兄姉を知る存在。
だからこそココ一番での説得力があった。
「……じゃあみんな、手を繋いでアシハラノクニのこと想って!!」
猛に説得されたサクヤが、恭也を除く面子で反魂の術の準備に入った。
コレで第一段階はクリアした。
後は術が何事も無く成功してくれれば……恭也がそう思った。
「俺と闘っているっていうのに、随分余裕じゃないか……!!」
「……怒らせてしまったのなら済まない。だが手の掛かる弟や妹たちなんだ……心配ぐらいはさせてくれ」
実際には猛や芹たちが恭也の妹ということはない。
だが恭也の線引きの中では、既に彼らはソレと同一の存在だった。
海鳴の地にいる晶やレンがそうであるように。
「ぬかせ……っ!!」
馬鹿にされた。そう感じたミナカタが剣を大きく振る。
そしてソコに出来た隙に恭也が斬り込む。
右手の小太刀でミナカタの剣を逸らし、コレまで無手だった左手で抜いた小太刀で斬りかかる。
「……クッ!!貴様……二刀遣いだったのか!!」
間一髪。
まさにそういう表現が相応しい状態で恭也の小太刀を避けるミナカタ。
同時に更に怒り心頭になる。
「……」
「だんまりか……。面白い!!貴様のその澄ました態度、いつまで続くかな!?」
無言の恭也。
彼としては、ミナカタから冷静さを奪うことで少しでも優勢にしたかったのだ。
だがその思惑は崩れ去る。この場に現れた、第四の男の影によって。
「冷静になれ!ミナカタっ!!」
『剛(さん)……!!』
その影は、探していた人物そのものだった。
剛は傍らに不思議な雰囲気を持つ巫女装束の少女を連れて参上し、ミナカタの助言をした。
ソレはまるで出来の悪い夢のようだった。