『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』
「(…………剛さん)」
剛とミナカタ、そして麟とのやり取りを見守る視線があった。
同じ敷地内の母屋の窓。
そこから剛に向けられた視線は、複雑な感情が入り混じったモノだった。
「(今の剛さんは、何だか人が変わったみたい……)」
剛と共に悪霊軍に客人として招かれた少女――琴乃。彼女は今、剛をそう評した。
そう、彼女の評価は確かに正しい。
だがソレは、彼女本人が原因の一端を担っているということも分かっていた。
剛は異世界で二人きりになってしまった故に、琴乃のことを守ろうと鍛錬に重ねる。
琴乃は離れ離れになってしまった、猛のことばかり考えてしまう。
目の前に、自分のためにがんばっている存在がいるのにも関わらず。
そうなれば剛は自分が頼りないからだと思い、更に鍛錬を行う。
いつしか剛は力を求めて――様々な鍛錬相手を求めて、ミナカタたち共に自主的に戦場に行き始めた。
命を賭けた鍛錬。そこから帰ってくる度に、剛は力を付けていった。そして忘れていった。当初の目的を忘れて力のみを求めて。
「…………琴乃」
「ヒミコさん……?」
変わってしまった剛を見ていると、後ろから声が掛かった。
この砦の総大将にして悪霊軍の総大将。
巫女装束を纏ったその少女は、琴乃に横笛を差し出した。
「コレは……?」
「琴乃……貴女は優しい心の持ち主です。もし何かあった時でも、相手に攻撃することはできないでしょう……」
琴乃の性格は、基本的に穏やかで慎み深い少女だ。
現代に残る、数少ない大和撫子――【ラスト・ナデシコ】と言っても過言ではないだろう。
だからだろう。彼女の性格は戦闘には向かない。
「ですから、この笛を貴女に渡しておきます。これには私の呪力を込めておきましたので、いざという時には貴女を守ってくれるでしょう……」
「あ、ありがとうございます……」
ヒミコは琴乃に笛を渡すと、早々に去っていった。
琴乃のことを気遣うような口振りだったが、態度からはそうは思えない。
単にそういったことを表すのが苦手なのか、それとも……。
「笛、か……」
琴乃は元の世界――アシハラノクニではフルートをやっていた。
洋のモノと和のモノ。違いはあれど、どちらも横笛だ。
音を出す基本は同じ。僅かとも久しくとも思えるここでの生活。琴乃にとっては後者であり、その間に音楽にも触れていなかった。
「……少し、吹いてみようかな」
〜〜♪
〜〜〜〜♪
音が紡がれていく。
音が曲を創り出していく。
戦場に咲く一輪の花。そんな表現が相応しいその音楽は、砦中に――そして砦の外にまで響いていった。
第三十九話 第四章 IZUMOクエスト2
「なぁ、あの笛の音って……」
「前に琴乃さんが吹いていた曲よね?」
「うん!間違いないよっ!!アレ、お姉ちゃんの曲だよ!!」
琴乃の曲を知る面子は、パァっと顔色が明るくなる。
彼女の無事が確認された。おまけに、笛の音を辿っていけば彼女に会える。
二重の意味で喜ばしいことだった。
「ん?恭也、一体どうしたんだ?浮かない顔して……」
「……アレを見てみろ」
「アレって……エェッ!?」
そんな中、一人浮かない様子の恭也。
猛が疑問に思い、恭也に問い質す。
猛が返ってきた答えの示す方向を見やると、そこにはトンでもない光景があった。
「あ、悪霊が寝てるっ!?」
「……それも一体だけじゃない。ココから視える限りの悪霊が寝ているわ……」
芹が驚愕し、麻衣が冷静に分析する。
彼女たちが言った通り、砦中の悪霊が――少なくとも表にいる悪霊が、皆寝ている。
いや、この場合沈黙しているといった方が良いかもしれない。
「……何でだろうね?みんな寝る時間なのかなぁ〜?」
「そんなハズないわ!!悪霊たちにはそんなモノはない、ハズなのに……」
明日香は疑問を口にし、サクヤがそれに反論する。
だが目の前の状況は覆すことは出来ない。
故にサクヤの反論は、尻すぼみになっていった。
「まぁどちらにしても、今がチャンスだということは確かだな」
「……そうね。っていうか、今しか行けないかもしれないわね……」
内心では多少驚いているが、それよりも重要視することがある。
恭也は少し思案しながらそう言うと、芹がそれに同意した。
否。唯一のチャンスになるかもしれないのだ。誰であっても同意するだろう。
「良し!それじゃ行くぞ、みんな!!」
猛が皆に、そして自分に言い聞かせるようにそう言った。
無言で肯く面々。覚悟なら既に完了している。
そう言わんばかりの肯き方だった。
周囲の警戒をしながらも、敵は一向に出てこない。
いや目の前を通っても、自分たちの存在に気が付かないぐらい熟睡していると言った方が正しいだろう。
そんな悪霊たちを尻目に、恭也たちは琴乃の笛の音を追っていた。
「ねぇ、恭也君?コレって外しても良いと思う?」
そんな中、サクヤが【コレ】と表したのは砦の門の閂。
所謂、【ボスの住む城の入り口の鍵】だった。
コレはある種のフラグ立て。そう、あるロールプレイングな世界でのフラグと言われるモノだった。
「……あぁ。コレは必ず外しておかないといけないんだ。コレを外しておかないと、全滅した時に戻るのが困難になるんだ」
「ふーん?そんなに重要なことなんだ?」
「…………コレは俺に突っ込めと言っているのか?ソレはドラ○エの世界の話だって……」
「猛……気にしたら負けよ?こういう時の恭也って、絶対私たちじゃ勝てないもの……」
またもサクヤに大ボラを吹き込む恭也。
そんな恭也に対して、既に突っ込む気力が失せている猛。
というか芹も含めてだが、これ以上疲れることはしたくなかったのだ。
――ギィィッ!!
鈍い音を立てて、門の閂が外される。
コレでフラグは立った。恭也の思惑には間違いはなかった。
一つだけ訂正するのならば、コレは全滅用の対策ではなく、【ある】人物を召還するために必要なフラグだったということだ。
「ずいぶん進んだと思うけど……本当にコッチであってるのか?」
「……あぁ。方角的には間違いないはずだが……」
砦中の悪霊たちが沈黙しているのを良いことに、恭也たちはズンズン奥へ進んで行った。
まるで某RPGでの勇者様御一行のように。他人の家を我が物顔で進んで行く。
勿論途中でタンスや種々の箱を開けることも忘れない。ソレがこういった世界での常識なのだ。
「……という訳で、強力そうな武器の数々を手に入れた訳だが……」
「…………もう突っ込む気力すら失せたわ……」
既に恭也のペースに疲れてきた――もとい馴染んできた面々は、辟易しながらも恭也の言葉に耳を傾けた。
「またトンでもないことを言い出すんじゃないか……?」――ソレが常識人たちの一致した見解だった。
とは言え彼の助言や経験が無かったら、とてもココまで辿り着くことは出来なかっただろう。
だから聞くしかなかった。
皆に残された選択肢は、最初から一つしか存在していなかったのだ。
【強制イベント】――人はそう名付けた。
「いや、突っ込みを入れたいのはお互い様だ……」
彼にしては珍しく、その顔に縦線を走らせながらそう言った。
道中で手に入れた武具の数々。
恭也はソレらに対して、突っ込みを入れたいようだった。
「猛の剣は良い。まだ納得出来なくもないからな……。だが芹の【ソレ】は何なんだ……?」
「コレ……?どっからどう見ても、【メリケ○サック】じゃない?恭也、目がおかしくなったの?」
そう芹が現在拳に嵌めているその武器は、非常に正視しにくいモノだった。
まるでスケ○ン。非常に見目麗しくないその装備品は、非常に禍々しく視えてしまう。
加えて言うのなら、その所々に悪霊の返り血が付いているので、非常にシュールな光景にもなっていた。
「……コレって、そんなにおかしいの?」
「…………いや、気が付いていないのなら良い。どうかその(妙に)純真な所を失くさないで欲しい……」
芹はアメリカ帰りだということもあって、日本の常識からズレた所が時々垣間見られる。
だから仕方ないのだ。向こうはコチラとは比較にならない程治安が悪い場所もあると聞く。
よって芹の反応が恭也の予想と違ったとしても、ソレは当然のことだった。
「変な恭也……って、恭也がおかしいの今に始まったことじゃなかったっけ……?」
「……最初の頃の、【クールで寡黙】設定だった自分が懐かしい……。あぁ、本当に人生は【こんなハズじゃなかった】ばかりだ……」
「…………恭也。お前いつか、魔法の国から来た少年魔法使いに説教されるぞ……?」
何気に毒舌な芹。
某スピンアウト作品から、非常に格好良いセリフをギャグとして引用する恭也。
そしてそんな恭也に静かに突っ込みを入れる猛。
三者三様な反応。そしてソレは即席漫才だった。
傍でその様子を見ている三人娘(明日香、麻衣、サクヤ)は、完全に観客になっていた。
明日香とサクヤは無邪気に笑い、麻衣はジト目で見ている。
「……問題無い。もし【ヤツ】が現れたのなら、俺自らが返り討ちしてくれる……!」
「…………なぁソレって、平行世界の話が混じってないか……?」
異常に、凄まじい程の気迫を私怨が混じった恭也は、おどろおどろしい声で呪詛を吐くように言い切った。
今の彼には目に入れても痛くない可愛い妹(義妹の方ではない)のことしか頭にないのだろう。
そんな恭也に、もはや自分の声は届いていないだろうなとは思いながらも、猛が律儀に突っ込みを入れる。
「ねぇ〜、漫才は終わった〜?」
「……済まない。少しネジが外れてしまったようだ……」
明日香が話(?)が終わったところでそう切り出した。
彼女の冷静な――至極まともな質問に、恭也の思考回路は急速に冷却されていった。
ソレは自分の行いを恥じた為か。それとも、明日香を見てなのはを思い出したからか。
とにかく言えることは、彼は【究極素敵】なシスコンだということだ。
コレで彼の容姿が美形でなかったら、単に【シスコン】の一言で済むのだろう。
だがなまじ顔貌が整っている為、救いようが無い妹馬鹿――もとい、馬鹿兄になってしまっているのだ。
「と、とにかく……あ、あそこだ。あそこからふえのおとがきこえてくるぞー」
『(……何て酷い棒読みなんだ……)』
恭也にしては明らかに動揺した声で、あからさまに話を逸らす。
そしてソレを聞いた恭也を除く皆の心中はシンクロ率400%で一致した。
今の確率なら、どっかの人造人間が暴走してくれることだろう。
「琴乃!無事かっ!?」
皆がそれぞれの心の中で盛大に突っ込みを入れている間にも、恭也は琴乃がいると思われる部屋に向かっていく。
いつもの彼なら、こういった所では猛に譲っていた。
自分は影。そして猛は光だ。だからいつも猛を立てて、自分は前に出ないようにしてきたのだ。
だが今の彼にはそんなことを考えている余裕すらないらしい。
一目散に琴乃の元へ向かっていく。
そしてそんな恭也の様子に、漸く、漸く再起動を果たした猛が続く。
「……って、ちょっと待て!?恭也、お前何でお前が先に行くんだよっ!?俺が先だろっ!?」
「…………」
恐らく無意識に言っているのだろうが、猛のその叫びに反応した人物が一人。
それは猛の幼馴染兼許婚を自任する、逢須芹嬢だった。
その時彼女の顔を見ていた人間は一人もいないが、もし誰かが見ていたらきっと、彼女は物憂げな表情をしていたと言うに違いない。
「私たちも行きましょう……」
「そうだね……って、アレ?芹お姉ちゃん、どうしたの?」
だがその顔を見た者はいなかった。
芹は一瞬で元の表情に戻っていた為である。
だが彼女は気付いているのだろう。自分の胸中。自分の中にある暗い感情を。
「……ううん。何でもないわ!」
そして先に駆けて行った野郎二人に続いて、女性陣もその後を追った。
笛の音に導かれるように。そして運命という大きな流れに沿って流されるように。
彼らの行く先にあるのは希望か絶望か。ソレは正しく運命のみが知る所だった。
ようやく琴乃たちと再会が待っているのか。
美姫 「さてさて、どうなるのかしら」
しかし、剛は当初の目的を忘れてただただ力を求めているだけなのか。
美姫 「どうなのかしらね」
いやー、続きが気になる所。
美姫 「そんな気になる続きは……」
この後すぐ!
美姫 「それじゃあ、また後でね〜」