『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




「さて、芹よ――――再び選択の時だ」

 目の前に聳え立つのは、断崖絶壁。
 その向こう側に見えるのは、悪霊軍の本拠地である砦。
 その光景を目の前にして、芹は恭也からある選択を強いられていた。

「目の前に聳え立つ崖――――コレを超える方法は、幾つか存在する」

 硬い表情。そこから推測するに、ココは芹にとっての山場――今後の人生を左右すると言っても良い程の山場だった。
 皆がそんな様子の芹を見守っている。
 まるで法廷に立つ、容疑者を見るかのように。

「一つ――――俺と猛のように一旦下まで降りて、向こう側の崖を登るか……」

 コレは人生を左右する選択――その弐。
 前回は失敗したが、もう今回は失敗する訳にはいかない。
 あんな失敗――あんな恥をかくのは、一度だけで十分だ。

「二つ――――向こう側まで登った俺たちが渡したロープを使い、ロープウェーのように渡るか……」

 二つ目の選択肢が、恭也によって提示される。
 一つ目の選択肢に比べればまだマシなモノだが、コレでも不安は残る。
 前回の失敗から学んだことだ。

「そして三つ目――――俺自身がロープウェーになり、その背中におぶられていくか……」

 この選択に迷いや羞恥心は不要だ。
 下手にそんな感情を抱こうものなら、後にソレ以上の恥をかくことになるだろう。
 故に失敗する訳にはいかない。何としても、選び抜くのだ――三つ目の選択肢を。

「ちなみに他の女性陣は皆、三つ目の選択肢を採用している。前回のお前の失敗を聞いたからだが……」

 前回、思い出すのも憚られる出雲学園での出来事。
 あそこで芹は失敗した。結果として要らぬ恥をかき、猛はノックダウン。
 もし今なお乙女心などを持っているのであれば、そんなモノは犬にでも喰わせてしまえ。

「さぁ、今が選択の時だ……」

 恭也による最終勧告。
 そしてこの後芹が選んだ選択肢は、言うまでもないだろう。
 彼女は羞恥心と乙女心を生贄に捧げ、三つ目の選択肢を召喚した。





 第三十八話 第四章 それぞれの思惑





「――――皆、無事に辿り着けたな?」

 数時間後。悪霊軍の砦のある側の崖には、恭也をはじめとする皆がいた。
 負傷者はいない――唯一人を除いて。
 その怪我人は現在、傷の治療中だった。

「イテテテ……ったく芹の奴、少しは毛加減しろって……」

 芹が前回の反省を活かしたのとは逆に、前回の反省を活かさなかった輩も存在した。
 八岐猛――ソレがその不届き者の名前だった。
 今回彼が見てしまったのは、前回の被害者とは違った人物のモノ。

「……八岐君の、エッチ…………」

 そう、彼は見てしまったのだ。
 出雲学園の学生会長――北河麻衣の、スカートという名のカーテンの奥に隠されたその神秘を。
 運悪く(この場合は運良くと言い直すべきだろうか)吹いてきてしまった、風の悪戯によって。

「……反省が足りないようだから、もう一発いっとく……?」
「クワァァァ〜〜ッ!!」
「イエ、ケッコウデス。ゴメンナサイ……」

 今回制裁を加えたのは、被害者本人ではない。
 本人からはお小言一つで済んでいる。
 しかし周りが黙っていなかった。特に被害者のクラスメイト兼猛の自称婚約者と、被害者の数少ない黒いケモノな【トモダチ】が。

「猛お兄ちゃんのスケベぇ〜〜」
「あぁっ!!回復しかけてた俺の信用度がまた暴落!?」
「……そんなことを考えていたのか、お前は」

 明日香からも非難される猛。
 予想外の妹分からの【口撃】に、思わず本音が漏れる。根が正直なせいだろうが、この場合逆に災いとなった。
 そんな愚か者を見て恭也は、ため息を吐く。

「みんな……?ココが悪霊軍の砦だってこと、忘れてないよね?」
「勿論だとも。コレは軽いコミュニケーションというやつだ」

 皆のあまりに緊張感のない行動に、サクヤは思わず問い掛ける。
 恭也から返ってきた答え。
 それは彼女にとって未知の言葉だった。

「こみゅにけ〜しょん?それって、どういう意味なの?」
「信頼する間柄で行われる、確認の儀式みたいなモノだ」
「マテヤ。お前にとってコミュニケーションっていうのは、相手を弄って遊ぶことなんじゃないのか!?」

 自分の知らないアシハラノクニの言葉の意味を問うサクヤ。
 そんなサクヤに、意味は合っていても全く異なった行動で【応える】恭也。流石は義妹に【割と嘘吐き】と言われるだけある。平然と言ってのけた。
 そしてその恭也(たち)に弄られていた猛は、魂からの疑問をぶつける。

「弄ぶとは心外な……。ただ掌で踊ってもらっただけじゃないか……」
「なおさら性質が悪いわっ!!」
「まぁまぁ、二人とも。そろそろ話を進めないと……」

 流石に埒が明かないと思った芹は、漸く仲裁に入った。
 もっと前にそうしていれば、猛はココまで暴走しなかっただろう。
 そうしなかったのは、ひとえに彼女も今回の件(プラス前回の件)で頭に来ていたからだろう。

「さて、では作戦の確認をしよう……」

 芹の言葉で、一転して真面目な雰囲気になる恭也。
 そして現状及び今後の作戦の確認に移る。
 そう――大斗剛と白鳥琴乃の救出、及び【反魂の術】を行うための作戦を。

「何事もなければ、剛・琴乃を見つけ出した後に、その場で【反魂の術】を行えば良いのだが……」
「……たぶん無理だと思う。どこかで絶対に悪霊軍に出くわすと思う……」

 作戦自体は至極シンプルなモノだ。
 恭也が今言った作戦を完遂出来れば、ソレで終了するのだ。
 だがココは悪霊軍の本拠地。だから麻衣が言ったように、必ず何処かで敵に遭遇することになるだろう。

「ソレだ。もし悪霊に遭遇した場合、なるべくならその場で倒さないといけない」
「??逃げた方が良いんじゃないの?」
「そうしたいのは山々なんだが、そうすると援軍を呼ばれる可能性がある」
「あっ、そっか!?そうなったら、お姉ちゃんたちは……」

 明日香の質問はもっともなモノだった。本来ならば逃げに徹した方が良いだろう。しかしそういう訳にはいかなかった。
 砦で中の悪霊に自分たちの存在に気付かれてしまった場合、剛と琴乃の救出はかなり難しくなる。
 さらに言えば、二人は人質として恭也たちの前に現れることになる。そうなったら、全てが失敗に終わってしまう。

「だからもし悪霊に見つかった場合、その場で倒さないと不味い」
「でもさ、雑魚はそれでも良いかもしれないけど……」
「もしも親玉とかが出てきたら、どうするんだ?」

 先の青龍との戦いが終了した後で受けた説明。
 その中には、絶対にしてはならないと忠告されたモノもあった。 
 青龍から忠告されたこと、それは【ミナカタ将軍とは闘うな】というモノ。

 ヒミコ軍最強の戦士――【ミナカタ】。
 彼の存在は雑魚などとは格が違う。故に絶対に闘ってはならない。
 もしも闘うのならば、結果は……。

「まぁ、不味いだろうな。だから基本は雑魚と遭遇した時のみ、相手を撃破する。もし親玉に見つかったのならば、逃げても闘っても結果は同じになるだろう」

 親玉に見つかった場合、逃げれば援軍を率いて追ってくるだろうし、闘えばその場で全滅。
 時間が遅いか早いかの違いしか生まれない。
 ならば少しでも生きている時間を稼いだ方が、剛と琴乃を探し出せる時間は増える。

「さて、では行くとするか。皆、準備は良いか?」

 緊張はしている。だが現状を打破するには、先に進むしかない。
 恐怖はある。しかし皆が揃ってアシハラノクニに――元の世界に戻るには、超えなければならない壁。
 覚悟はできた。だから皆が肯く。そんな皆の様子を見て、恭也は決意を固めた。

「(……もしも【ミナカタ】に遭遇したのなら、俺が……)」

 誰にも聞こえない声。
 恭也はその心中で一人、皆とは違う決意をする。
 一番現実的でありながら、一番皆が望まないであろう、その決意を。






 ∬

「ハァッ!フンッ!!」
「良いぞ、剛っ!その調子だっ!!」

 悪霊軍の本拠地。そのほぼ中央に位置する開けた場所に、二つの人影があった。
 響く木刀のぶつかり合う音。時に重なり、時に離れる二つのシルエット。
 剛と件の【ミナカタ】。その二人が共に鍛錬をする姿がそこにはあった。

「ミナカタ……やはりお前は凄いよ」
「何言ってるんだ。お前だってここの所、調子良いじゃないか!」

 一時の休憩。
 二人は荒れた息を整えながら、互いに相手を褒めていた。
 そこには一切の世辞はなく、純粋な評価しかなかった。

「こんなに凄い相手と稽古できるんだ。コレで上達しなかったら、俺は相当な馬鹿だよ」
「礼を言うのはこっちだ。お前が【剣道】を教えてくれるから、俺は先に進めるようになった」

 互いに教え合い、そして鍛え合う。
 まさに理想的な相手を見つけた二人は、その実力に磨きがかかっていた。
 互いに自分に足りないモノを持ち、目指すモノは自身の完成。まさに好敵手と言って良いだろう。

「ミナカタ、少し伺いたいことがあるのですが……」

 そんな二人に、いやミナカタに掛かる声。
 ソレは女性のモノ。ヒミコ軍の戦乙女とも呼べる存在。
 【麟】――ヒミコにそう呼ばれていた女性だった。

「ん?おぉ、麟か。一体、何の用だ?」
「砦の裏側――崖の方には、どの位の戦力を割いたのですか?」

 砦の裏側は断崖絶壁だ。
 普通はそんな所か攻められることはない。というより、攻められないと言った方が良いだろう。
 軍勢を率いて崖から攻めるのはあまりに目立ちすぎるし、崖を登ってくる間に攻撃されたら何も出来ずに全滅する。

「いや、配置してないぞ。第一、あんな所から攻めてこれるワケがないだろうが?」
「…………分かりました。ですが決して油断されないように。何事にも、不測の事態というのは存在しますので……」

 ミナカタからの答えを聞いた麟は、少し考えながらそう言った。
 まるで出来の悪い弟に言うように。
 そして自分自身にも念を押すように。

「分かっている!!そんなこと、お前に言われるまでもない!!」
「……なら良いのですが」
  
 明らかに含みがあるような話し方。
 そんな麟の態度に、ミナカタの気分は害された。
 そして置いてあった木刀を持つと、その場から離れていった。

「剛!俺は先に行っているからな!!」
「可愛い人……」

 まるで癇癪を起こした子どものよう。
 そんなミナカタの様子を見て、麟は笑みを漏らす。
 本当に出来の悪い弟を見るかのように、優しい微笑みだった。

「あまりミナカタを苛めないでやって下さいよ?」
「いえ、そんなつもりはないのですが……」

 剛の願いは却下される。
 というより、麟も剛自身も本気で言っていないことは分かっている。
 だから苦笑が混じった会話だった。

「剛様……出来る限りで良いのですが、ヒミコ様のお側にいて頂けませんか……?」
「えっ?俺が……?」

 剛は正直、ヒミコが苦手だった。
 得体の知れない雰囲気に、悪霊軍のトップだという事実。
 その二つが、彼がヒミコを苦手とする原因だった。

「あの御方は常に独り。私たちでは、あの御方の側にいることは出来ないのです……」
「しかし貴女たちでダメだというんのなら、俺なんかではとても……」
「いえ、貴方でなければ出来ないのです。私たちの救世主である剛様、貴方でなければ――――」

 救世主というのは未だに信じられない事実。
 だがココの連中はソレを信じ、自分をそうだと断定している。
 ソレを置いておいたとしても、彼らに異世界に放り出された自分と琴乃の世話をしてくれた。

 ソレは無視できるモノではないし、有り難いことだった。
 剛はそう考えると、現状で一番と思われる答えを返す。
 そうコレは彼にとって、感謝の気持ちから出ただけの言葉だった――この時点では。

「分かりました。時間がある限りは、そうするようにします。俺にしか出来ないというのなら、喜んでさせてもらいますよ」

 彼は今ココで言った科白が、どんな意味を持っているのか。
 そしてソレは、ある意味の地獄の入り口への扉を開くことになるとは、この時点では想像も出来なかった。
 そう――【ある意味での】地獄になるとは。







剛や琴乃とはまだ再会できない恭也たち。
美姫 「けれども、とうとう侵入したわよ」
侵入にばれずに剛たちと合流できるのか。
美姫 「あとは、最後に剛が言った言葉がどうなるのかというのも意味深よね」
だよな。これらか一体どうなる!?
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る