『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




 荒れ狂う風――圧倒的な暴風。
 目の間に展開されているのは、紛れもない現実。
 ソレは青龍という存在と話している間に、すっかり忘れてしまっていたモノ。

「(……そうだったよな。ココでは俺たち、ただの高校生じゃいられないんだよな……)」

 ココに来るまでの道のりは険しいモノだった。
 命の危険を感じたことだって一度ではない。
 だがそれでも――それでもコレまでの闘いの方がマシに見えてくる相手――青龍。

 このネノクニの最強の存在の一角を担うその実力は、本気を出していない現状でもとてつもないモノだった。
 まだ直接触れた訳でもない。ただ少し離れた位置で竜巻を形成しているだけ。
 だが分かってしまう、その竜巻が如何に途方もない力を込められたモノなのかが。

「(……こりゃあ、蔓よりも全然強いぞ……)」

 蔓とて精霊である。並の相手ならば裸足で逃げ出す位の力を秘めた存在である。
 だがそれでも、上には上がいるのが世の中の常。
 アレだけ苦労して――相当な危険を冒して、漸く倒すことが出来た蔓より上位の存在。

「(――――ダメだ。どう考えたって、倒せるとは思えないぞ……)」

 口に出すわけにはいかない。皆が心中では思っているだろうが、ソレを現実に口にしてしまったのならば、もう絶対に立ち向かうことが出来なくなるだろう。
 ソレが分かってしまう。理解できてしまう。だから猛は何とか口に出すのを堪えていた。
 しかしそれでも現実は変わらない。寧ろ不安感が募ってくるだけだった。

「(…………でも決めたんだ。皆で元の世界に戻るって!!だから、だから――――っ!!)」

 納刀してあった刀を引き抜く。
 両の手でソレを握り、力強く地面を蹴る。
 駆ける。駆ける。竜巻との距離を一気に詰める。

「…………」

 そんな猛の行動を見て、青龍が――猛たちを挑戦者に例えるのならば挑まれた王者が、その竜巻を猛に差し向ける。
 速い――だが避け切れないスピードではない。だがソレは、あくまで全速力で駆けていた場合の話だ。
 今回は避け切れた――既に加速に入っていたから。だが次からはどうであろうか。何時まで避けられるだろうか。

「こりゃぁ……トンでもないお姉さんだなぁ?」

 渇いた口から搾り出す声。感じるの恐怖。それに連動するかのように、体中の水分が蒸発していく。
 猛は自分の仲間たちに視線を移す。案の定皆が強面になり、それぞれの得物をギュッと握りしめている。
 ならば恭也はどうだ。アイツならば、平然としてそうだ――そう思い、今度は恭也の方に視線を移す。

「……コレが四聖獣――――!」

 【アノ】恭也ですら、緊張している。それが見た目から分かってしまった。認めたくない。認めたくないが……状況は絶望的だ。
 ココまで一番頼りになってきた恭也までがそんな状態では――猛にはそう思えて仕方がなかった。
 しかし実際には、そんな猛の考えとは裏腹に、恭也の心中は穏やかだった。

「……確かに圧倒的な強さだ。正直俺たちなんかでは、束になっても全く釣り合わないだろう――――だが……」

 自らの心の持ちようで、戒めを解き放つ恭也。
 確かに彼本来の力では、青龍は意にも介さず倒すことができるだろう。
 だが彼には仲間がいる。それで出雲学園内にいた精霊――蔓を倒したのだ。

「……だが、この先には友が待っている。アイツらと共に、アシハラノクニに帰らなければならない。もし貴女がその道に立ち塞がるモノになるのなら……」

 周りを見渡す。恭也の目には、この場にいる仲間たちが見える。
 皆は恭也からの視線に気が付くと、一瞬呆けるものの、次の瞬間には目の色が変わっていた。
 彼らは皆、自らの内から湧いてくる恐怖と戦いながらも、視線で訴えてくる――【絶対に勝ってみせる】――と。

「……俺たちは何としてでも、貴女を倒してみせるっ!!」





 第三十七話 第三章 竜巻のち、カマイタチのち、旋風?





 明日香が矢を放つ。
 サクヤが扇を投げ放つ。
 そして恭也が飛針と放とうとして――ないことにようやく気が付く。

「…………という訳で、あの竜巻には物理的なモノで攻撃しても効かないらしい」
「マテ。お前、今何かしようとしなかったか……?」
「……気にするな。ただのクセだ」
「どんなクセだっ!?」

 まさか、「普段は身に着けている飛針を投げようとして、ないことに気が付きました」とは言えない。
 普段からそんなモノを携帯している――どんな危険人物だ。今持っていないことに気が付きました――どんなボケキャラだ。
 恭也は二重の意味で、深く語る訳にはいかなかった――自身の名誉のために。

「まぁ、高町先輩のボケは置いておいて…………」
『ボケ……?』
「あー、話を続けて良いか……?」

 この中で唯一恭也の行動を理解していた麻衣は、さり気に爆弾を落としつつ、話を進ませる。
 その意味が分からなかった大半のメンバーは、ただ首を傾げるしかなかった。
 皆が余計なことに気が付く前に、話題の転換を図る恭也。彼は意外にも必死だった。

「皆、ココが戦場だということを忘れてはいないか……?」
「さて!じゃあ、どうやったら青龍を倒せるか、考えないとねぇ〜!!」

 必死になるのも当然だった。ココが平穏な世界だったのならば、恭也は暫く放置するだろう。
 しかし現在は青龍との試しの場。そんなことで時間を消費するのは、愚の骨頂である。
 そのことにようやく気が付いた皆を代表するかのように、芹が焦りながら話題を戻す。

「――――つまり、近づいて攻撃するしかないってことなの?」
「その通りだ、明日香ちゃん」

 恭也が見たところ、青竜の竜巻は攻防一体のモノだ。
 そしてその竜巻には、物理的なモノでダメージを与えることが出来ない。
 ならば散開して青龍に接近し、青龍本人に直接ダメージを与える――ソレが現状での最良の選択だった。

「でも、どうやって接近するんだ?よっぽど足がはやくないと、無理なんじゃ……?」
「……それにあの竜巻。どうやら連続で出せるみたいですよ……?」

 当然のように出る疑問。猛はスピード面での不安を。
 麻衣は相手の戦力面を分析し、そこから出る疑問を投げ掛けてくる。
 そんな二人に恭也は自身の立てた作戦を提示する。

「俺の予想が正しければ、恐らく大丈夫だ。どうする……やめておくか?」

 恭也の立てた作戦は、常識の穴を突いたモノだった。
 思考の死角――とでも言うべきモノだろう。
 皆に危険が伴う。しかし、コレ以外に策がないことも事実だった。

「……うん!ソレでいきましょう!!」

 この中で一番青龍について知っているサクヤが賛同する。
 青龍は古の――大昔から存在している存在だ。それこそ、星の数程の戦略や戦術を知っているだろう。
 ならばここでは、ソレが有効打に成り得る――そう考えた末の結論だった。






 ∬

「…………おかしいですね。何か違和感が――――」

 青龍は困惑していた。
 恭也たちの動きに違和感を感じたからだ。
 しかしその正体は未だ不明。故に竜巻を創り、ソレを差し向ける。

 ――――カァンッ!!

 明日香の矢が、風の壁に叩き落された音がする。
 
 ――――パァンッ!!

 サクヤの扇が竜巻に接触し、バラバラになるのが見える。

『キャ――――ッ!!』
「――――フッ!!」

 芹と麻衣がそれぞれ別の方角から、竜巻を回避しながら接近してこようとする。
 だが全ての竜巻を避けることは出来なかったために、風の壁に弾かれて後退していく。
 そして二人が後退したのと同時に、恭也が切り込んでくる。

「……良い手です。ですが――――まだ足りません」

 青龍の眼前の距離まで迫った恭也だが、ほぼ零距離から放たれた竜巻によって弾かれる。
 咄嗟に身を捻ってかわしたせいか、予想より飛ばされなかった。
 その恭也の様子に、青龍の頭に更に違和感が積みあがる。

「何故でしょう……?さっきから不自然な感じが拭えない……」

 明日香には不自然な動きはなかった。
 サクヤにも変わった行動は見られなかった。
 芹と麻衣――彼女たちにもおかしな所はなかった。

「強いて言えば、恭也の動きが予想外だったことですが……」

 彼女の感は、それすらも違うと切って捨てた。
 一人一人には違和感はない。
 ならば全体は―――?

 ――――スパーンッ!!

 そんな擬音が聞こえてきそうな、鋭い一撃。
 ソレは竜巻を一刀両断した、まるでカマイタチのような一撃だった。
 青龍はその技に見覚えがあった。かつて自分たちを倒し、現在はネノクニ最強の戦士になった男性の技だった。

「!?――――そういうこと、だったのですね……?」

 そう、種を明かせば何てことはない。
 猛が攻撃に参加していなかったのだ。
 そして彼は今、遠距離からの攻撃を仕掛けてきた。普段の彼の距離とは、全く違った距離から。

「最初から、この一撃に賭けていたのですね?今までの貴方たちの行動は、全てこのための布石だったのですね?」

 今まで竜巻があった所が、孤閃によって切り開かれる。
 広がる視界。その先から、猛が第二波を準備しているのが見える。
 だがそんなモノは不要だろう。何故なら、直ぐ近くで息を潜めて待っていた者だいるのだから。

「そうですね、恭也……?」

 先程の恭也の動きは、青龍に対する攻撃ではなかった。
 彼女の竜巻によって飛ばされることで、不自然でない距離に移動するのが狙いだったのだ。
 予想より飛ばないというのは当たり前だ。恭也が狙い通りの距離に着地するための行動だったのだから。

「…………」

 青龍に呼びかけに反応しない恭也。
 彼としては、ココから本番だった。青龍の近接攻撃の腕は未知数だ。
 もしかすると彼女は、クロスレンジも得意なのかもしれない。

 そんな【もし……】や【……だったら】を考えながら、ソレでも青龍に接近していく恭也。
 ここまで来たのならば、小細工は無用だ。
 自分の全力をぶつけるのみ――そう考えた末に、恭也は自身の持ち得る最高の一撃を繰り出した。

 ――――ドクンッ!

 その瞬間、恭也の周囲の景色が色を失う。
 モノクロの世界――【神速】。
 その領域に入った恭也は、ゆっくりとした動きの中で、納刀状態からの四連撃を――【薙旋】を叩き込んだ。

 ――――ドクンッ!!

 身体に掛かった負担を感じながら、恭也の視界に色が戻ってくる。
 僅かに後退する青龍。
 下がった距離は大したことはなかったが、そのダメージがその距離に比例していないことは彼女を見れば明らかだった。

「…………人型であるとは言え、まさか負けるとは…………正直、思いませんでした……」

 片手で斬り付けられた箇所――胸の辺りから腹部にかけてを押さえる青龍。
 苦悶の表情を浮かべていることが、ソレが偽りではないことを証明している。
 その彼女の瞳は、正面にいる男――恭也を見据えていた。

「申し訳ありませんでした。少しばかり、卑怯な手を使ってしまって……」
「?卑怯……ですか?」

 謝罪する恭也。
 その意味が分からず、聞き返す青龍。
 彼女にしてみれば、今のは良く考えられた作戦だった。

「実は自分は……【孤閃】を出せば、貴女が一瞬硬直すると思って猛に使わせたんです」
「ソレは一体、どういうことですか……?」
「貴女はあの技には――【孤閃】には思い入れがあるハズです。……違いますか?」
「!?何故、貴方がソレを……!?」

 かつてカグツチが青龍の試しを受けた時――その決まり手は【孤閃】だった。
 カグツチだちに思い入れがある青龍たち――四聖獣。
 恭也はその思い出を利用したのだ。

「自分には、ちょっと裏技がありまして……」

 そう言って、件の【出雲物語】を見せる恭也。
 云わば勇者たちの日記。
 そして恭也にとっては、ある種のカンニングペーパー。

「成る程……ですが、そこから知恵を絞ったのは貴方ですよ?」

 押さえていた片手を下ろしす。
 そして先程までと同じように、悠然とした姿勢に戻る青龍。
 その顔は、微笑を湛えていた。

 綺麗な笑顔だった。思わず、ほんの僅かだが紅くなる恭也の顔。
 その様子を見て、青龍と恭也以外のその場にいた人間は我が目を疑った。
 皆の脳裏に共通してあったのは、恐らく「あの恭也が――――っ!?」とかいったところだろう。

「大変だっ!!明日は槍が降るぞっ!!」
「恭也って、実はお姉さん系が好みなの……?」
「……まだそうだと決まったワケではないわ。明日香ちゃんみたいな例があることだし……」
「私も大きくなったら、青龍様みたいに――――は無理だよねぇ?ハァ……」
「……恭也お兄ちゃんにもまだそういうトコロ、あったんだねぇ……」

 ちなみに、個々人の発言ではこのような結果になった。
 敢えてどの発言が誰のモノは言うまでもないが……。
 周囲からどのように見られていたかを、恭也は改めて認識した。

「さて……ソレでは貴方たちが知りたがっていた――――悪霊軍の本拠地について、お話しましょう……」

 出来れば行かせたくない。だが約束してしまった――自分に勝利したら教えると。
 だから教える。彼らが無事に異世界に帰るれることを祈りながら、彼らの知りたがっている情報を。
 先程の笑みから一転して、凛とした表情に戻る青龍。見えてきた――この新たな【出雲物語】の第一幕の終わりが。





 あとがき

 青龍戦、終了っ!!(はやっ!?)。

 散々皆さまに色々言ったのに、一話で青龍戦終了。
 本当はもっと細かく描写したかったのですが、そうすると別な物語になってしまいそうなので、この辺で締めました〜。
 さて次は四章に突入するのですが……恐らく三章以上にサラッと行くと思います(エッ?)。
 しかしそのラストには、ちょっとした仕掛けをする予定なので、期待しないで待っていて下さい(コラ)。

 それでは、失礼します〜




青龍も無事に倒して、いよいよ悪霊たちの本拠地へ。
美姫 「照れる恭也という貴重な映像もありつつ、緊迫した展開に」
恭也たちは無事に剛たちと会えるのか。
美姫 「次回もお待ちしてます」
待っています。



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