『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』







 鍾乳洞――ソレは神秘的な雰囲気・幻想的な風景が広がる洞窟として、人々には認識されている。
 しかしその評価は大概、入って数分の内に崩れ去るモノである。
 滑る床・水溜りがあちこちに点在し、一度滑ればその評価はあっという間にどこかへ消し飛んでしまう。

「うぅ、ビショビショだよぉ〜〜」
「スマン、明日香ちゃん……」

 滑る床の餌食になった明日香を救助しようと、咄嗟に明日香の手を掴んだ猛。
 しかし、かえってそのせいで要らぬ二次災害を引き起こしてしまった。
 滑る床の先にある水溜りへのダイブ。ソレが二次災害の名称であった。

「…………猛お兄ちゃん、ドコ見てるのかな……?」
「い、いや!その!?…………ゴメンナサイ」

 その災害のせいでずぶ濡れになった二人。
 特に弓道着と下着しか身に着けていない明日香は、その様子が顕著に現れていた。
 詰まるところ、弓道着が身体に張り付いて透けている状態である。

 そうなった場合、男なら気にならないワケがない。
 もし気にならないような奴がいたのならば、ソレは男として致命的な欠陥がある。
 故に猛の行動を責めることは、【普通】の男ならばいないであろう。

「そんなこと言ったって……男なら当然の反応じゃないか。なぁ、恭也?」

 しかしこの場合、居合わせたもう一人の男は普通ではなかった。
 幼き頃より女性が多くいる家庭に育ったが故に、そういった感情(本人からすれは【煩悩】とか言い出しそうだが)をどこかに置いてきてしまった青年。
 勿論、彼にも少なからずそういった感情はある。

 だが彼にとって、基本的に妹分たちは有効射程範囲外の存在である。
 それが本気の恋愛ならともかく、日常的な生活において出てくる感情ではない。
 故にその延長線上にいるであろう明日香にも、そういった感情が出てくることはなかった。

「別段そうは思わないのだが……。まぁ俺は、女性ばかりの家庭で暮らしてきたからな」
「お前、絶対何か間違ってる!!男として終わってるぞ!!」
「そうは思わないって……ソレはソレで傷付くわよね……」

 猛の振りに、真面目に答える恭也。
 恭也を激しく非難する猛。
 そして恭也の発言を聞いて安心しつつも、どこか女性としてショックを受ける芹。
 
 「……逢須さん、気にしちゃダメよ。高町先輩のことだからいつも通り――――それとも、八岐君みたいな反応をする先輩が見たい……?」
 「…………ゴメン。やっぱ今のナシ。猛は猛、恭也は恭也だから良いのよね……」
 「……そういうことね」

 そんな芹にある仮定を話す麻衣。
 そんな麻衣の話を聞いて、考えを改める芹。その背中には妙に哀愁が漂っている。
 いつも通りのやり取り。ネノクニ全体とは違い、ココは概ね平和な光景だった。





 第三十六話 第三章 決まる覚悟





「それじゃあ、青龍を呼び出すね?」

 洞窟の最深部。その中央に位置する祭壇の前で、サクヤはそう言った。
 彼女が手にするのは、青龍を呼び出すための祭器。
 かつて自分の母親がしたのと同じように、自らも青龍を呼び出そうとする。

 ――――――――!!

 祭壇から光が広がる。
 一瞬の蒼白い光。
 しかしその一瞬目を閉じていた間に、皆の前に一人の女性が現れていた。

「……私を呼び出したのは誰ですか?」

 その女性は、神秘的な魅力を秘めた女性だった。
 淡色系の肩まで届く髪に、蒼いチャイナドレス。
 およそ人間離れした美貌の持ち主は、静かに皆に尋ねた。

「私です、青龍様!」
「あぁ、サクヤですか……アマテラスの娘」

 そんな女性の問いに答えたのはサクヤ。
 面識があるらしい二人には、ソレだけのやり取りで十分だったらしく、女性の方もサクヤの存在を認識した。
 女性――サクヤの言葉を借りるのならば【青龍】は、静かにそこに存在していた。

「サクヤ、この人が青龍なのか?」
「そうよ!ネノクニを守護する四聖獣の一人、青龍様よ!」

 そんな二人のやり取りを見て、猛がサクヤに問いかける。
 青龍というぐらいだから、本物の龍やそれに類するような強面が出てくるだろうと思っていた。
 猛の問いに誇らしげに答えるサクヤ。その様子からも、青龍たちがこの世界――ネノクニでは高位の存在であり、また尊敬されている存在であることが理解できた。

「龍とか獣とか言うから、てっきり……」
「てっきり……?」

 しかしそんな事情を知らない、異世界の住人である猛。
 彼にとっては、青龍という名の美女が出てきただけであった。
 別段怖そうには見えない。

 だから、思ったことが口から出てきてしまった。
 そしてその言葉を引き継いだのは青龍。
 彼女からすれば、途中で尻すぼみになってしまった猛の言葉の続きが気になったのだろう。

「すごく怖そうな人かと思った……」
「まぁ……」
「猛君っ!!」

 続く言葉を求められたので、やや戸惑いつつも正直に答える猛。
 猛の発言を聞いて青龍は口元に手を持っていき、品良く驚きを見せる。
 そこには気分を害したという感情は欠片も見当たらない。

 単に予想外な答えが返ってきたことに驚いているということと、自分にそこまでハッキリ言ってくるとは思わなかった――という感情しか見られない。
 だがサクヤにとっては、この美女――青龍に対して、猛がとんだ粗相をしたという風にしか受け取れなかった。
 それはサクヤにとって――このネノクニに住む人間にとっては当然の反応であり、下手をしたら同行した自分に罰が下される――と思ってしまうものだった。

「わ、悪いっ!!つい……」
「もぉ〜〜、猛君ったら――――って、青龍様?」

 即座に謝罪をする猛。
 彼に注意しながらも、自分が怒られるのではないかと内心焦っているサクヤ。
 彼女は恐る恐るその対象を見やる。そこにあったのは、猛のことを何やら懐かしげに見つめている青龍の姿だった。

「その服、カグツチが最初に私の元を尋ねてきた時を思い出します……」
「えっ?この服?」

 猛からすれば大分馴染んできた高校の制服である。それも珍しくもなんともない学ラン。
 しかしこの世界の住人には、この格好が余程珍しいらしい。
 昨日アマテラスにも言われたことを考慮すると、それは明らかであった。

「……和みかけているところ悪いのだが、里のことは良いのか?」
『…………あっ!!』

 このまま流れに沿っていったのならば、お茶会にでも突入しても可笑しくない雰囲気。
 それでは不味い。何の為にこんな場所までやってきたのだ。
 皆にソレを思い出させるために、半ば空気と成りかけていた恭也がソレを指摘した。

「…………?」

 皆が慌てる中、青龍はその発言をした人間――恭也を【観て】いた。
 何処でだったか。何時だったか。彼には会ったことが会った気がする。だが思い出せない。最近でないことは確かだ。
 いくら気の遠くなるような年月を生きてきたからといって、ボケてはいない。彼女の思考が脱線しかけた時、サクヤが本題を漸く口にした。

「青龍様!実は里が…………っ!!」
「……大体の事情は分かっているつもりです。……私が里の様子を見てみましょう」

 そう言うと青龍は、眼を瞑る。
 遠見――または千里眼とでも呼べば良いのだろうか。人を超えた存在である彼女は、ソレで里の様子を確認する。
 里の状況。人間たちの様子。そして悪霊軍のその後など。ソレらを見終えた青龍は、静かに瞼を上げた。

「悪霊の死骸は多数ありますが、人間の物は殆どないようですね……」
「お父さんとお母さんは……!?」
「……残念ですが、ここからでは見えませんね……」

 見えたモノをそのまま報告する青龍。サクヤの問いかけにも、嘘偽りなく返す。
 返されたサクヤは、目に見えて落ち込みそうになる。当然の反応だ。
 自分の両親――そしてついさっきまで一緒に暮らしてきた人々を喪失すれば、誰でもそうなるだろう。

「サクヤ……君の両親はそんな弱かったのか?あの二人は、とても強い人たちだったんじゃないのか?」
「!?」

 一度沈みかけたサクヤを引き上げたのは、恭也だった。
 親を失う悲しみを知り、それでも沈むことなく突き進んできた存在。
 そして同時に、事実を確認するまでは諦めてはいけないこと教える。

 可能性はある。カグツチたちが無事な可能性は。爆弾で散ってしまった父親とは状況が違うのだ。
 だから今は、カグツチと仕合う約束が果たされることを信じる。
 自分だったら――約束を果たすために、そして大切な人たちを護るために必ず帰って来るだろう。恭也はそう思った。

「そ、そうだよねっ!?お父さんたち、きっと大丈夫だよねっ!?」
「そ、そうよっ!!カグツチさん、強いもんねっ!?」

 恭也の言葉で完全ではないが立ち直るサクヤ。それに芹が援護射撃のように続く。芹とて完全に信じているワケではない。
 希望と客観的な目で観てそれぞれ三割ずつ。残りの四割は何とも言えない確信だった。
 彼らなら――カグツチたちなら絶対大丈夫だと分かる勘。

 芹の脳裏に浮かぶのは、レイピアを片手にした金髪のツインテール女子高生の猛攻をかわす、若いカグツチ。
 何故か「浮気モノ〜〜っ!!」と言って、矛を振り回しながら必死にカグツチを追い回すアマテラス。
 一番衝撃的なのは、芹が自分の視点でこれまた若いカグツチをブン投げるビジョン。

「うん、絶対大丈夫だよっ!!カグツチさんなら、殺しても死にそうにないしっ!!」
「芹……何だか、妙に実感入ってないか……?」

 ソレは、遺伝子に刻まれた絶対的な確信。妙な映像ばかりがピックアップされてきたが、彼らが丈夫で強いということは分かった。
 後に芹はこの映像の正体に気が付くが、それはまた別の話。
 ともかくそんな芹に対して、猛が突っ込みを入れる。

「あのぉ〜〜、それじゃあ私たちはどうすれば良いんですか?」

 話が脱線し始めたのを皮切りに、これまで黙っていた明日香が青龍にそう尋ねる。
 彼女としてはカグツチたちの行方も気になるが、それ以上に自分たちの帰還方法と姉たちの行方が気になるのだ。
 芹たちの方を目を瞬かせながら眺めていた青龍は、その明日香の質問でようやく現状に回帰した。

「コホンッ!!…………貴方達を送り返すには、反魂の術を使用すれば大丈夫でしょう。ただ……」

 青龍は一度仕切り直すと、先程までの神々しい雰囲気を再び纏わせて話し始めた。彼女の役柄は神々しい雰囲気を纏った、優しい系のお姉さんだ。
 ギャグ担当の四聖獣は既に二人存在する。自分がそうである必要は全くと言って良いほどない。
 だから彼女は、本来の姿勢に戻って話し始めた。決して、芹たちのやり取りを見て呆けてたのを誤魔化している訳ではない――だろう。

「難しい術ですが、サクヤならば問題なく執り行えるはずです。……ですが、有効範囲が狭いのです」
「……と言うと?」

 帰還手段はある。ソレはサクヤなら行える。そこまでは皆が理解出来た。
 しかし条件があるらしい。この場にいる面子の大半が専門外の人間だ。それだけの説明で理解出来るハズがなかった。
 だから聞き返す。それはどういう意味だ――と。

「恐らく、手を繋いだ者にしか術は行き届かないでしょう……」
「!?そ、それじゃあ……剛と琴乃は!?」

 首を横に振り、不可能だと言外に伝える青龍。
 暗くなる一同。そんな皆に、方法がない訳ではないことを説明する青龍。
 発想の逆転。それはつまり、こちらから剛たちの所に行って、術を行うという案だった。

「ですがこの方法にも問題があります。二人が現在いるのは悪霊軍の本拠地――この意味が分かりますよね?」
『…………っ!?』

 ソレは敵の本拠地に乗り込むことを意味する。
 ココに来るまで道中で闘ってきた悪霊たちとは格が違う相手。それも複数はいるであろうその巣窟。
 無茶だ。無謀だ。とても生き残れるとは思えない。それは誰から見ても、明らかなモノだった。

「(……確かに無茶だが、単独で乗り込んで二人を連れ来れば――――いや、それでも難しいな……)」

 皆が絶望的な中で一人、恭也は別の状況のシュミレートをしていた。
 彼単独で本拠地に忍び込み、剛・琴乃を連れて逃げる。
 皆で乗り込んで行う作戦よりは確率は上がるだろうが、それでも不安要素が多かった。

 行きは何とかなるかもしれない。だが帰りの道のりは、相当困難なモノになるだろう。
 何せ皆が待っているであろう、この場所まで帰ってこなければならないのだから。
 対照的に皆で乗り込めば、帰りの心配はいらない。その場で術を行えば良いのだから。

 恐らく現状ではこの二択しか、執り得る策はないだろう。
 究極の二択。どちらにも死の臭いがついて回る。
 それならば、もしもの犠牲は少ない方が良い。そう思い、恭也は自らの意見を述べようとする――が。

「……それでも、それでも行かなきゃダメなんだっ!!」
『猛っ!?』

 そんな恭也の意見を遮る声。
 両の手をグッと握り込み、必死に自分を奮い立たせる。
 そこには自身の内側から溢れ出す恐怖と、それでもなお親友たちと共にアシハラノクニに帰りたいという願望が入り混じった末の咆哮だった。

「俺は……俺は、まだ剛とちゃんと話をしてないっ!!琴乃を護るって自分に誓ったのに、ソレを守れてないっ!!だから……だからっ!!」

 その場にいた皆に猛の言葉が突き刺さる。
 誰もが怖い。出来ることなら逃げだしてしまいたい状況。それでもこの少年は、自分が向き合うべきモノとキチンと向かい合っている。
 恭也と青龍以外のこの場にいた面々は、そんな彼に見惚れた。猛にそういった感情を持っていないであろう、あの麻衣でさえ一瞬目を瞬かせて頬を紅く染めた。

 恭也は――そして青龍は、猛がその答えに到達したのならば止めるのは無理だと判断した。
 そうなれば、彼に付いていくカタチで皆が敵の本拠地に乗り込むだろう。
 そんなことを考えていると、サクヤが皆を代表するかの如く青龍に尋ねてきた。

「青龍様っ!悪霊軍の――本拠地を教えて下さい!!」

 一丸となった皆の意見。
 青龍は溜め息一つ吐くと、一際キリッとした顔付きになった。
 皆を試すために――そしてその覚悟が本気かどうか試すために。

「本当に行くのですが?向こうにはカグツチと互角に闘うことできる、【アノ】ミナカタ将軍がいるのですよ?そしてのその父親であるオオナムジ――――そして」
「その大将たるヒミコがいる――――そういうことですよね?」

 相手の戦力を偽りのない目で説明する青龍。
 そして言葉を引き継ぎつつも、その真意を理解していると伝える恭也。
 彼に科白に皆が頷く。覚悟ならある――と。

「…………分かりました。ならば貴方たちを試させて貰います。この人型の状態の私に勝つことが出来れば、行くことを許可しましょう……」
「!?せ、青龍様と!?」
「大丈夫、聖獣の姿にはなりません。ですが、この姿での本気を出させて貰います」

 相手はこのネノクニで最強の存在の一人。そんな存在が相手となれば、ネノクニの住人であるサクヤには非常に困難な試しである。
 一応相手は本気を出さないと言っているが、それでも何処まで喰らいつけるか……。
 サクヤ程でないにしろ、他の面々も同様に戸惑いを隠せなかった。陳腐な例えだが、RPGの序盤でいきなり大ボスの側近又は、中ボスが出てきたようなモノだからだ。

「……やるよっ!やってやるよっ!!」
「多対一とは言え相手は伝説にもなる存在。この剣が何処まで通じるのか……試させて貰います」

 腹の底から気合を振り絞って吼える猛。
 対照的にココまで話が進んでしまったのならば、自分の限界を試してみたいと思った恭也。
 その答えに一瞬微笑みつつも、すぐに真剣な表情に戻る青龍。

「それでは始めましょう――――疾き、荒れ、暴れ、巨大な風車よ、回れ――【大嵐】!」

 空気が収束し始める。
 青龍を中心に渦を巻きながら。
 それはさながら、嵐を呼び込む竜巻のようだった。





 あとがき

 ようやく、ようやく青龍戦に突入です(苦笑)。

 原作でもこのシーンは目立つキャラが限られているのですが、このSSだと輪をかけて登場が少なくなってしまう……。
 特に明日香とか、麻衣とか……(オイ)。
 次回は再び戦闘シーンのお話になる予定ですが、今度は一体どのぐらいの長さになることやら……(マテ)。

 それでは、失礼します〜




ようやく青龍に出会えた一向。
美姫 「でも、すぐに帰る事はできないのね」
だな。そのためにも本拠地へと赴かないといけないのだけれど。
美姫 「力を試すために青龍と戦うことに!?」
いやー、いい所で次回に。
美姫 「とっても気になるわね」
どうなるのかな。次回も待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



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