『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』
「…………終わったか」
恭也の目の前の住居から男たちがゾロゾロと出てくる。
その住居は先程カグツチが言っていた、【軍議】が行われている場所。
そして今男たちの列の最後方から、恭也にとって見知った顔が出てきた。
「……恭也くん?まだ休んでなかったのかい?」
恭也を発見したカグツチが、驚いた顔で恭也の方へ寄ってくる。
予想外の人物が出迎えたのだ。
カグツチが驚くのも無理はない。
「……少し、お話ししたいことがありまして……」
そんな恭也の申し出に目の色を濃くするカグツチ。
別段、恭也を危険な存在として認識したワケではない。
それとは別の意味で、恭也の【話】に興味が沸いたのだ。
「……明日の朝まで待てない話っていうと――――皆に聞かれたくない話かい?」
静かに首を縦に振る恭也。
聞かれたところで困ることはないだろうが、出来れば二人で話したい内容。
故に恭也は、こんな夜更けまでカグツチを待っていたのだ。
「……分かった。それじゃあ、焚き火のある所で話そうか?」
第三十三話 第二章 ヒカルとスサノオ
「それで…………話っていうのは何なんだい?」
「……まずはコレを読んでもらえませんか?」
恭也が取り出したのは一冊の書物。
出雲学園を捜索している最中に図書館で見つけた、【出雲物語】。
恭也はネノクニに来てしまった時のことを考えて、この本を図書館で調達しておいたのだ。
役に立つかどうかは分からなかった。
だが今は、持ってきて良かった思っているだろう。
説明する手間を、省くことが出来るかもしれないのだから。
「何だい、コレは?…………【出雲物語】?」
月明かりと焚き火を頼りに、深夜の読書に入るカグツチ。
『もしかして、アシハラノクニの言葉を忘れてしまったのではないか?』という懸念もあったが、ソレは杞憂に終わった。
途中途中で引きつったり笑いながら、カグツチは本を読み進めていく。
「……率直に聞きます。カグツチさん、貴方はその本に出てくる【塔馬ヒカル】――その人なのではないですか?」
恭也がカグツチに会ってからずっと思っていた疑問。それは【カグツチの正体】。
【出雲物語】がノンフィクションなら、九分九厘確証があった彼の正体。
だから恭也は、自分の推理があっているかどうかを本人に確認をとったのだ。
「……あぁ、そうだよ。俺はかつて【塔馬ヒカル】という人間だった。
そしてその物語のような冒険をして、アマテラスと結ばれたんだ」
「やはり……そうだったんですね……」
かつて【塔馬ヒカル】を名乗っていた男は、昔を懐かしむようにそう言った。
彼の様子から様々なことを思い出している――ソレが見て取れた。
その中に引きつるようなエピソードもあったことは、彼の先程の表情で確認済みだが。
「しかし……誰がこんな本を書いたんだ?こんなに正確に、当時のことを書ける人なんて……」
先に本の中身を読んでしまったカグツチは、本を閉じて表紙を見る。
そして確認した。その表紙に刻印された、【白鳥綾香】の文字を。
故に理解する。その本の著者が、かつての姉的存在兼先生であったことを。
「……納得したよ。綾香さんが書いてたのか……」
久しぶりに姉的存在の滅茶苦茶具合を再認識するカグツチ。
長いこと忘れていた、脱力する感覚が甦る。
そして感謝した。この感覚を思い出させてくれた、恭也に対して。
「それで?俺が【塔馬ヒカル】だったら、何か言いたいことがあったのかい?」
「……六介さん、綾香さん、渚さん、そして七海さん――――皆さん、元気にしていますよ」
恭也なりの気遣いだったのだろう。
そして『貴方の姪が健やかに育っているのは、貴方の妹さんが立派な方に成長したからですよ』と、告げる。
恭也は実際にカグツチの妹――美由紀に会ったことはないが、芹を見れば容易に想像できた。
「……ありがとう。向こうの状況が聞けて、安心したよ」
「向こうの皆さんにも、コチラのことを伝えておきますよ」
「恭也くん……本当に、ありがとう」
かつて、アシハラノクニで暮らしていた時の友人たち。
カグツチが彼女らのその後を、気にならなかったハズはない。しかし自分は、ネノクニの神になってしまった。
もう会うことはできない。だから恭也の気遣いは、嬉しいモノだったに違いない。
「初めて見た時から思っていたんだけど……恭也くんは俺の弟に似てるな」
「弟さん……もしや、【スサノオ】のことですか?」
「よく知ってるね――って当たり前か。あの本に書いてあったしね……」
【スサノオ】――彼はカグツチの弟でありながら、カグツチたちと闘い合うべき相手として現れた。
カグツチたちの母は善神と悪神が混在した存在だった。
故にそれぞれの状態で生んだのが彼ら――善神の息子【ヒカル】と、悪神の息子【スサノオ】だったのだ。
「一見気難しそうな顔をしてるんだが……本当は優しいヤツでね。そんな所が似ているよ」
スサノオはカグツチの義妹【塔馬美由紀】を想いを寄せながらも、人を愛することを知らなかった。
それは母親から愛情を受けたことがなかったため。
そして母の愛が、異世界に行ってしまった兄にしか向いていなかったことに起因する。
だから彼の想いは美由紀に届かず、カグツチとの闘いに敗れた。
カグツチに敗れたことで彼は、【人を守る】ということの大事さを知った。
その後彼は、自分を愛してくれる存在に気付き、【彼女】と共に旅に出ていった。
「そういえば、彼はいまどこに?」
【出雲物語】では、カグツチがネノクニに平和を取り戻した所で物語の幕を閉じている。
よって恭也は、彼らのその後を知らない。【塔馬ヒカル】が【カグツチ】になったことさえ初耳である。
だから恭也から出たこの質問は、彼にとっては当たり前の質問だった。
「スサノオは……二十年ぐらい前に、死んでしまったんだ……」
一瞬、世界から音が消え去る。
「だから……もしかしたら、既にアシハラノクニで転生してるかもしれないんだ」
その質問は恭也にとって当たり前の質問だった。
だからこうなってしまったことは仕方がなかった。
しかし恭也は至らない自分を責めた。『話の流れから予想できたハズなのに……』――と。
「そう……だったんですか」
「いや、君が気にすることじゃないさ。それで君が、アイツの生まれ変わりかも――って思ったんだよ」
「……そんなに似てるんですか?」
相手は仮にも神の一員。荒ぶる闘将。
人を愛することを知ってからは、まさに完璧な存在。
そんな人物に似ていると思える程、恭也は自分に自信が持ってはいなかった。
「俺は……彼のように強くはありませんよ?」
「いや、似てるよ。ただ……その謙虚さだけは似てないけどね」
良い意味でも悪い意味でも、常に自信に満ち溢れていた弟。
カグツチはそんな彼の様子を思い出し、苦笑を浮かべる。
そして同時に、『アイツにもコレぐらいの謙虚さがあれば……』と思った。
「今度……もし宜しければ、手合わせして頂けませんか?」
カグツチのような達人は、なかなか練習相手がいない。
それに加えて、彼は悪霊軍と闘う人々の大将なのだ。
あまり頻繁に前線に出るわけにもいかない。
「あぁ、こちらこそ頼むよ。最近なかなか鍛錬が出来なくて、困ってたところなんだ……」
だから彼――カグツチにとっても、恭也の申し出はありがたかった。
カグツチがアシハラノクニにいた時に修めていたのは、【居合道】。
よって恭也の使うであろう別流派の剣――他流の剣と闘えるのが、純粋に嬉しかった。
「――――んっ?何かが、コチラに飛んでくるな……?」
村の外から来た飛来物が、それぞれの住居の屋根に突き刺さる。
そして次の瞬間、藁葺きの屋根から火の手が上がってくる。
【火矢】――ソレが飛来物の正体だった。
「敵襲だ!規模は分からないが、恐らく悪霊軍の攻撃だろう!!」
「そ、そんな!ヤツらは、こんな所にまで……」
素早く現状を悟り、奇襲者の正体に当たりをつけるカグツチ。
その姿はかつてスケベでお調子者だった少年のソレではなく、歴戦の将のソレであった。
それは、年月が人を変えることを雄弁に語っていた
「君たちは、急いで仲間を起こしてきてくれ!!その後に指示を出すから!!」
『分かりました!』――そう言う前に動き出していた恭也。
彼とて日常に生きながらも、【非日常の世界を知る者】。
その判断の速さが生死を分けることを知っているのだ。
「……こんなことになってしまって申し訳ないんだが、サクヤを守ってやってくれないか……?」
恭也と猛が全員を起こし、外に出させる。
眠気眼なからも外の景色を見た皆は、その瞬間に異常な事態であることに気付いた。
そして現状を理解したところで、カグツチはそう言った。
「?それは、一体……?」
「この里は、もう長くは持たない。だから、脱出しなければならないんだ……」
心底、『こうなってしまって、申し訳ない』――そういう雰囲気が伝わってくる。
考えてみれば、恭也たちは多少変わっているものの客人なのだ。
だから彼らの脱出が、優先事項なのだ。
「サクヤ、良く聞きなさい――――」
アマテラスがサクヤに今後の指示をしている。
最初は『自分もアマテラスたちと共に行動する』――そう言っていたサクヤだったが、
母親の真剣な様子を見て、自分を納得させたようだ。
「今アマテラスが、サクヤに今後のことを言い含めている。
……君たちはサクヤを連れて、イカダで川を下って欲しいんだ」
カグツチ自身、無理な頼みであることは承知している。
ネノクニの人間ならいざ知らず、アシハラノクニ――かつて自分が住んでいた文明の人間にこんなことを頼んでも、
普通は断られるか実行できないのがオチだろう。
だが恭也たちは違った。
いきなり異世界に来てしまった自分たちを保護してくれた人々を、
ソレを差し引いたとしても困っている人を放っておくというのは、彼らには無理な相談だった。
「……分かりました。それでカグツチさんたちは?」
『自分たちは別行動をする』――カグツチは言外にそう言っている。
だから恭也は、カグツチたちの行動を予想しつつも敢えて尋ねた。
自分の思い過ごしであって欲しいと思いながら……。
「俺たちは里の住人たちが避難する時間を稼ぐ。皆が避難し終わったら俺たちも脱出するから、心配しなくて良い」
「(……やはりそうだったのか)……御武運を。手合わせの約束、今度会った時に必ず!」
「!?……あぁ!楽しみにしててくれよ!!」
恭也からの約束の確認を受けて、それに応えるカグツチ。
そんな彼らの言葉を最後に、皆がそれぞれの行動に移っていく。
そう、再び会える日を楽しみにしつつ……。
あとがき
カグツチの過去についての回でした〜
カグツチ――塔馬ヒカルの過去と現在。
原作ではあまり重要視されなかった彼ですが、サツキ版ではどうなるのでしょうか?
そして、彼の正体を知った恭也。
彼の友人たちと知り合っている彼は、ソレをどのように伝えるのでしょうか?
次回は、再び剛サイドが中心になります。
それでは、失礼します〜
襲われる里。
美姫 「恭也たちはサクヤを連れて里を出る!」
カグツチたちも心配だけれど、恭也たちもどうなるんだろうか。
美姫 「この先の展開も目が離せないわよ」
次回も楽しみにしてますね。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。