『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




『――――!!――――――――!!』

既に眼前まで迫っている八本の枝――脚と言っても差し支えないソレの存在に対して、
恭也はただ悠然とその場で右手を突き出しているだけだった。

「……俺に力を貸してくれ!!――――『強酸霧』!!」

温かな『想い』を乗せたその霧は、強烈な酸という破壊力を伴って、
数十年ぶりに出雲学園の地に舞い戻ってきた。





第二十六話 第一章 孤を描くモノ





巨木の本体――幹の部分に直撃した『強酸霧』は、その名前が示す通りに相手を枯らせていった。
枯らすというよりは、『溶かす』という表現の方がより正確であろう。
酸性を帯びたその呪法は、その名に恥じない強力なモノであり、その威力は今証明された。

「今のは一体……?(どっかで見たような……)」

猛の呟きは、誰にも聞かれることなく霧散していく。
仮に聞こえていたとしても、胸中で呟いた後半部は、絶対に聞こえることはなかっただろう。

「(何か、すごく懐かしいような……)」

猛は過去にアノ呪法を見たことがある――確信があった。
だが、いつどこで見たかまでは思い出すことはできない。
まるで記憶の扉に鍵が掛かったかのように、ソコから先に進むことができかったのだ。

「――――っ!」

それでも思い出そうとした時、猛の身体に痛みが走る。
脳、心臓、それに続くように全身が――まるで魂がソレに反応しているかのようだった。
瞬間、世界が暗転する。



『――――!!オマエを倒して、美由紀を手に入れる!!』

『――――!!そうはいくかっ!!守る力を――活人剣を知らないお前に、美由紀を任せられるかっ!!』

対峙する二人。
一人は猛――片手に真剣を持ち、相対する男に漲る殺気を飛ばしている。
そしてもう一人は、猛にとって『光』に相当する存在。
猛が欲しくてたまらないモノを幾つも持ちながら、その存在を否定するモノ。
彼もまた猛のように真剣を携え、猛と相対している。

『うるさいっ!!オマエも男なら『コレ』で語れっ!!』

『仕方がない……行くぞっ!――――!!』

最初に対決した時は、勝負にすらならなかった。
猛の持つ圧倒的な力の前に男たちは破れ、二度目の闘いも最後まで続けば勝利を手にしていただろう。
そして三回目――現在の闘い。

『何故だっ!!何故オマエ如きが、こんな力をっ!!』

最初に剣を合わせた段階で、一合目で猛は理解した――『負けるかもしれない』。
しかしそれを認めることは、プライドが許さなかった。
自分の欲しかったモノを全て持っていて、今まで生ぬるい環境で育ってきた『兄』。
こんなヤツに負けるワケにはいかない!!――猛の胸中はソレだけで占められていた。

『コレがお前にないモノ――『守る力』だっ!
 くらえっ!!『孤閃』っ!!』

『――――――――』

そこから猛の記憶はなかった。
本来は存在したのかもしれないが、現在は回顧できない。



「やった――っ!!」

皆の心中を代弁したかのように、芹がそう叫んだ。
同時に、暗転していた猛の意識も現実に回帰した。

「(何だったんだ!?今のは一体!?)」

少なくとも、猛がこの世に生を受けてからの記憶にはない一幕。
当然、相対した男のことも知らなければ、自分が欲しかったものも分からない。
ただ一つ、ただ一つ分かったのは――『自分の敗因』。
恐らくあのまま記憶が続けば、自分の敗北で勝負の幕は下りたであろう。
猛はそう考えていた。

「(それに『あの技』……)」

対峙した男が放った『孤閃』という技。
遠距離から放つ、カマイタチのような技でありながら、
その威力は『衝撃波』と言い換えた方が良いと思われる『業』。

ただ『守りたい』。それだけの力が、想いが篭った『業』。
アレこそが――『孤閃』こそが自分が手にしなければならない、『守る力』。
相手は、ソレを教えようとしてくれたのではないか?猛の心に何かが刻まれた――その瞬間であった。

「……やったのか?」

喜びを露わにする皆とは対照的に、恭也の顔色は晴れずにいた。
確かに予想以上のダメージを巨木に与え、既に活動は止まったように見える。
表面は酸によって爛れ、もはやその生命は終わりを告げている――と。

「本当に倒したのかを、確かめねば……」

如何に波乱万丈な人生を歩んできた恭也とて、人智を超えた化け物と対決する機会はあまりない。
故に、何を以って活動停止とするかなど知る由もない。
だからこそ、慎重になるのも無理からぬことであった。

「まったく……お前って、ほんっとに心配性だよなぁ?」

「こんな化け物と闘うのは初めてだからな……慎重になりすぎて、不味いということはないだろう」

「そりゃぁ……そうかもしれないけどさぁ……」

先程記憶の旅をしていた猛が、呪法を発動し終えた恭也の隣までやって来た。
猛からすれば、既にこの目の前の巨木はその生涯を閉じている。
ピクリとも動かないその体躯。如何に人智を超えた化け物であっても、
こうなってしまってはひとたまりもない。
それがこの場にいる、恭也以外の感想だった。

「それより、琴乃と剛のことが心配だ……俺は向こうの様子を見てくるよ!」

「あぁ、頼む。俺はアレを……本当に倒せたかを確認してくる」

そう言って巨木から離れていく猛、さらに接近していく恭也。
二人とも根幹の部分は同じ――『皆の安全が第一』を旨とするが、ここに来てその差が確認された。
猛はとにかく皆の無事をすぐに確認し、恭也は皆に害を為す敵が活動を停止したかの確認。
暗殺剣を修める恭也からすれば、皆の安全のためにはまず敵の無力化が必須であり、
一般人である猛からすれば、皆の無事を確認することが第一となる。

「芹!琴乃と剛の怪我は!?」

「琴乃さんは、気絶してるだけよ!剛君が結構ひどい怪我してるけど……」

「コレぐらい、大丈夫だよ。それより猛……」

琴乃を庇いつつ闘った殊勲者である剛は、闘いがひと段落したところで、
猛に窮地を救ってもらったことを――感謝の言葉を言おうとした。

「剛……」

そんな親友に対して猛もまた、何かを話そうとした。
だが、上手く言葉を繋ぐことができない。言葉が出てこなくて詰まってしまう。
六介に言われたことが気になって、何を言ったら良いのか迷ってしまう。

「猛……その、すまなかっ『皆、はやく逃げろ!!』……えっ!?」

先程の恭也の話を聞き、親友との復縁の第一歩を踏み出そうとした剛。
しかし、その言葉は途中で途切れることとなった。
巨木の最期を確認に行った、恭也の叫びが聞こえてきたからだ。

『――――――――!!』

その叫びが周囲に伝わったのとほぼ同時に、猛たちの周囲に散っていた『何か』が動いた。
本体が倒されたことで、その端末である『ソレ』はその命を散らした。
誰もがそう思っていただけに、『ソレ』が再び動き出した時には既に遅かった。

『こ、琴乃(さん)!!』

活動を再開した枝たちは、琴乃をその体躯に絡ませ、
そして本体――幹の部分の方へ引き寄せる。
あたかも、巨人がその腕で小人を捕らえて引き寄せる――そんな動作だった。

「な、なんで!?あの木って、倒したんじゃなかったの!?」

「お姉ちゃんがっ!!お姉ちゃんがっ!!」

皆が油断しきっていた隙を突いての不意打ち。
擬死――死んだと見せかけて、相手が隙を見せた時に人質をとり、反撃に移る。
一瞬にして戦局を反転させる、戦術のお手本と言っても良い程見事な戦術。

「――――クッ!!最悪の事態になってしまった……」

恭也の中で、最も起こって欲しくなかった現実――人質を取られた上での戦闘が、目の前で展開されたしまった。
彼が巨木の生死の確認に行ったのは、コレが起こらないようにしたかったがための行為だった。
しかし今は、ソレを後悔するのみだった。
もし琴乃の側にいれば――神速を使用してでもこの事態を避けただろう――と。

「恭也ぁ――――っ!!もう一回さっきのを、さっきの技でアイツを倒してくれっ!!」

猛の声が戦場を木霊する。しかし、恭也にはその願いを叶えることができなかった。
何故なら、それは『強酸霧』を出す時から考えていたことに反するから。
――もし人質が囚われていたら使用できないだろう――恭也はそう考えていたのだ。

「恭也っ!?どうしたの!?はやく琴乃さんを助けなきゃっ!!」

「お願い!恭也お兄ちゃん!!お姉ちゃんを助けてっ!!」

恭也が胸中を語らないでいると、先の猛に続いて芹・明日香の女性陣が後に続いた。
皆に負担を掛けないようにしてきた恭也だったが、こうなってしまっては、言わないわけにはいかない。
仕方なしに、皆に真実を語った。

「……済まない皆、アレは――『強酸霧』は範囲が広い攻撃なんだ。つまり、あの巨木に当てようとすると……」

『――――!?』

その場にいた、恭也と琴乃以外の人間が一斉に息を呑んだ。
『強酸霧』の威力は先程立証済み。あの巨木のような常識外れならともかく、
普通の動植物なら――もし人間に当たったのならば……結果は明白であった。

「そ、そんな!アレは使えないってことか!?」

「……そうなるな。仮に使用した場合、巨木より先に琴乃さんが……」

「そ、そんなぁ〜〜〜〜!!」

「何とかできないの!?」

皆が事態を把握し、絶望に駆られる
その中で唯一発言しなかった剛は、思案顔で俯いていた。

「…………」

「……ん?どうした、剛?」

皆が絶望に彩られている最中で、別の意味で俯いていた剛。
そんな彼を見て、恭也は話を振った。

「恭也さん……琴乃さんを開放できれば、さっきの技が使えるんですよね?」

「まぁ、そうだが……まさかっ!?」

「ちょっと、ちょっと!二人だけで分かり合ってないで、説明してよ!!」

ある決意をもって、恭也に現状を確認する剛。
剛の真意を悟り、他の打開策を考えようとする恭也。
二人の会話の真意を確かめるために、二人以外の人間の代表として尋ねる芹。

「俺が琴乃さんを助けに行きます。恭也さん……琴乃さんが開放されたら、さっきの技を使って下さい」

「……方法はどうするんだ?何か当てはあるのか?」

「……ありません。でも、こうなってしまったのは俺の責任です。
 あの時、琴乃さんをきちんと守りきれていれば――――そのことに気付いていれば、
 こんなことにはならなかったハズです……」

「……ダメだ。気持ちは分からんでもないが、闇雲に突っ込んでは……」

「しかし!!」

二人の口論は続く。
その最中、猛は考えていた――『どうすれば琴乃を無事助けられるか』。
恭也の言い分も理解できる。そして剛の気持ちも理解できてしまう。

「(俺だって、俺だって琴乃を助けに行きたい!!この手で――俺自身の手で助けたい!!
 だけど……)」

『その手段がない』――もし先の言葉に続きがあるのならば、そう続いたであろう。
幼い頃からの友達として、一緒に朝食を食べる家族として。
そして……

「(何なんだろう?さっき剛が琴乃を庇うところを見てから、何か気分が……)」

猛本人も良く分からない感情。
それら全てに共通して言えること――それは『琴乃を守りたい』。
ただそれだけの、とても純粋で尊い感情。

「(――――そうか!俺は琴乃を守りたいんだ!!……昔から、そしてこれからも!!)」

猛は自分に内から出た感情を、そう結論付けた。
だがこの結論は、この場では正しくても後において変化を遂げるモノであった。
正確に言うのならば、この場で自分の感情を正確に把握できなかった猛は、後で悔やむことになる。

「(そうだ、守りたいんだ!!守る……守る?そう言えば、さっき『アイツ』が俺に放った技も……)」

先程猛の記憶に出てきて、猛と闘っていた剣士。
彼が使っていた『業』。そしてその『業』に込められた想い。
そのどれもが、ただ『守りたい』という想いによって構成されたモノ。

「(そうだ!!アノ技で枝を切り落として、琴乃を助ける。それから恭也のさっきの技で……
 できる!コレなら琴乃を助けられるぞっ!!)」

琴乃を助けて、巨木を倒すのに必要だったモノ――それは琴乃を助ける手段。
より正確に表現すれば、琴乃が捕らえられている枝を切断する方法。
コレがあれば、後は恭也の『強酸霧』で殲滅が可能になる――――ハズである。

「(たぶんできる……いや、絶対にできる!!今ここでアイツを守れなくて、いつ守れるんだっ!!)
 恭也!剛!!」

呼ばれた二人が猛の方に向き直る。
今の今まで――猛に呼ばれるまで口論をしていた二人は、向き直ると同時に驚きを露わにした。

「俺が琴乃を助ける!……だからその後を、恭也は巨木を倒すのを頼む!!」

先程まで狼狽していたのが嘘のように、決意と自信に満ちた顔。
剛は勿論のこと、彼らよりも人生経験が豊富な恭也でさえもハッとさせられる顔。
今の猛の顔は、一人の戦士として顔をしていた。

「……方法は?」

一瞬猛の顔を見て呆けてしまった恭也だが、すぐにいつもの冷静さを取り戻す。
今の状況下では、琴乃を救出することが急務であり、呆けている時間はない――そう判断したためである。

「俺があの巨木に接近して、枝を切り落とす。それで琴乃を救出して退避したら……」

「俺がさっきの呪法、『強酸霧』でアレを……か。切り落とす方法に当てはあるのか?」

猛の言葉を引き継いだ恭也は、先程剛にした問いを改めて猛にした。

「ある!!だから、頼む!!俺があそこに行くまでの、その援護を頼みたいんだ!!」

「……分かった。明日香ちゃんに後方から援護してもらいながら、俺が路を開く。
 琴乃さんを捕らえている枝までは、お前は俺の後ろについて来い。
 何が何でも、路を切り開いてやる」

「……頼む」

短く返した答え。
そして猛は恭也と対面していた人物――剛の方に向き直る。

「剛……悪い。お前の気持ちも考えずに、勝手なこと言って。
 ……でも、頼むっ!!俺にこの役を、琴乃を助けるのをやらせてくれ!!」

真っすぐな瞳。いつも自分に対して譲ってきた親友が、譲らない――譲れないと言ってきた。
先の仕合で悟ったのは自分だけではなく、親友もまた何かを悟った。
そう考えた時、剛は何だか嬉しいような感じを受けた。

「(猛……俺を対等として見てくれるようになったのか……?)」

実際にそうだったのかは定かではない。
だが剛は、変わろうとしている親友を見て、『自分も変わらなければならない』――そう思った。
剛は自分の状態を把握する。自分が琴乃を救出に行こうとすることは――ただの足手まといだった。

「わかった……気を付けろよ」

「あぁ、任せとけっ!!」

ぎこちないながらも、猛を――親友を応援する剛。
その想いを受け取る猛。

「……話し合いは終わったか?」

「あぁ。準備完了だっ!!」

二人の会話が終わるのを見計らい、声を掛ける恭也。
力強く応える猛。
合わせた訳ではないだろうに、それぞれの得物を握り直す二人。

「なら……行くぞっ!!」

恭也の掛け声で駆け出す、恭也と猛。それを見送る剛、芹、そして明日香。
この時、誰が予想できただろうか。現在一つの目的のために一致団結しているこのメンバーの運命が、
もうすぐ分かたれたモノになるとは……










あとがき

……段々誰がメインか分からなくなってきた……
まぁ、それが当初の狙いだったのですが(笑)

ボス戦も佳境に入り、一枚ずつカードが揃ってくる……そんな状況です。
その中で徐々に繋がってくる恭也・猛・剛を結ぶ線。
彼らの関係も、今後の展開において重要なモノになっていきます。

それでは今回は 、このあたりで失礼します〜




しぶといな。
美姫 「本当に。しかも、人質だなんて」
この窮地において、猛が、剛が、そして恭也の運命が動き出す。
美姫 「一体、これからどうなるのかしら」
それは次回以降のお楽しみ。
美姫 「次回も楽しみにして待ってますね」
ではでは。



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