『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




「芹、下がっててくれ!今から『コイツ』を切っちまうから!!」

少年が伐採宣言をした相手は、校舎内に根を張り彼らの行く手を阻む樹木の枝。
通常の樹木の枝とは違い、明らかに異常な太さ・大きさを誇るソレは、
まるで中庭へ行かんとする者たちを、妨害しているかのようでもあった。

「うん!わかったっ!!」

彼が手にしているのは、先ほど保健室で手に入れたばかりの真剣。
チェーンソーでもないソレで巨木の枝を落とすということは、かなり腕に覚えがなければ出来ないことである。

「(丹田に力を入れて…………大丈夫だ!やれるハズだ!!)」

安定した――特に下半身が堅牢な土台のように安定した構えを取り、剣を中段で止める。
鞘走りを考慮した居合いではないため、純粋に自分の技量が表に出るであろうその業は、
先の親友との『仕合』で会得したモノ。
親友との仲を決定的に破綻させてしまったソレは、今親友たちを探すのに役に立とうとしている。

「(――――矛盾してるよな…………でも、今は!!)」

先程家長である六介に言われたことが、気にならないハズはない。
自分が今まで、如何に無自覚のうちに親友を傷付けて来たか……ソレを考えると、
猛の心中は張り裂けそうになる。
今親友を探すのことは、その相手――剛にとっては恥の上塗りになってしまうかもしれない。

「ハァァ――――――――ッッ!!」

気合一閃。
見事なまでに真っ二つに両断された樹木の跡には、人が行き来できる程の路が誕生していた。
だがソレでも廊下の向こう側が見えるには至っておらず、まだまだ樹木による厚いカーテンが立ち塞がっていた。

「(それでも、それでも俺は――――!)」

親友の為を想うのならば、行ってはいけないのかもしれない。
だが、それでも今は行かなければならない。
感情ではない。本能が――魂がそう訴えかけている。
その感覚に従って、猛は動いていた。

「……どうしたの、猛?何だか怖い顔してるけど……?」

心配顔で猛の顔を覗き込む芹。
彼女の記憶の中の猛と違い、何かに焦り争いに身を投じそうな今の彼。
芹でなくても、心配するのは必須であろう――そんな顔をしていた。

「いや、その……はやく他のヤツラを探さないと……って」

「……そうだね」

明らかに無理をしている猛だったが、今はそのことに触れないようにしよう――芹はそう考えた。
彼の心中が乱れている原因は分かっていて、その解決が困難なことも理解している。
悔しい話だが、男同士の友情には口を出せない。
だから彼女は、彼の言葉に同意するだけに留めた。

――――キィン!!

思考の底に沈んでいた芹は、その独特の音で現実に引き戻された。
先程猛が鯉口を切った時に発生した音と、酷似した音。

――――

ついさっきまで樹木によって遮られ、光が差し込むことがなかった廊下に、今は眩ゆいばかりの光。
そして逆光の中で現れる、二つのシルエット。

「アレ?猛お兄ちゃんと芹お姉ちゃん!?よかったぁ、無事だったんだね!!」

二つのシルエットは、芹にとって見知ったモノであった。
一人はつい長年交流がなかった妹分。
そしてもう一人は――――

「……二人とも、無事で何よりだ」

先日同じ家に住むことになった――『家族』になった青年、『高町恭也』だった。





第二十四話 第一章 歪みの発生





「……で、何でこんなことしなくちゃいけないワケっ!?」

芹の嘆きは、その教室中に木霊した。

「しょうがないだろ!中庭側に行ける階段は、防火シャッターとかで塞がれてるんだから!」

現在出雲学園の校舎内――その一階と二階の中間点。
本来有り得ないカウントをされたその場所で、芹は吼えた。
より正確にこの場を言い表すのであれば、
『巨大な樹木によって一階と二階が吹き抜けになってしまった教室』。
その教室を『創った』原因である、巨大樹木を伝って降下中――ソレが現在の状況である。

「だからって、コレはないでしょ!!」

芹は、既に巨大樹木を下り終っている――既に一階部分にいる猛にそう叫んだ。
猛が既に下り終えているのは、最初のチャレンジャーに白羽の矢が立ったため。
……敢えて実験台と言われなかったが、実際は実験台そのものだった。

「猛は男の子だからカンタンに出来たかもしれないけど、あたしはか弱い女の子なのよ!!
 そんなにサクサクできないわよっ!!」

「か弱い……?それじゃあ、か弱い女の子に気絶させられた俺って……」

自分の判定基準がおかしいことに気付かない芹。
その判定基準を鵜呑みにして落ち込む猛。
少し考えれば、芹の判定基準がおかしいことに気付くハズである。

しかし、芹に気絶させられた経験を持つ猛には、
ソレが考えられない――否、仮に考えて口に出そうものなら、再び自身が大空を舞うであろう。
そのことを本能で感じ取っていたのではないだろうか。

「芹お姉ちゃんっ!!ガンバって〜〜っ!!」

妙なトラウマを植えつけられた少年の横では、無邪気な少女が降下中の芹にエールを送っていた。
芹よりもこういったことが苦手そうな彼女は、一体どのようにして降りてきたのだろうか。
その答えは、部屋の――かつて一階の教室と区分されていた教室の片隅で、
首を押さえている青年の様子が物語っていた。

「……首の鍛錬が足りなかった。今後は、首を重点的に鍛えるメニューを取り入れなければ……」

首をさすりながらも、今後の自己改造のポイントを絞っていく恭也。
彼が首をさすっているのは、明日香が『ぶら下がった』ためである。
当初明日香は、恭也の背中におぶさって樹木を下りていった。
……そこに至るまでの過程に、明日香の『お願い♪』攻撃と、
恭也の『妹系に甘い』属性がコンボで発動された結果だというのは、言うまでもないが。

「うわ〜〜!恭也お兄ちゃんって、スゴイね!!人一人背負って、こんなにはやく下りされるなんて!!」

巨大樹木のほぼ中腹ぐらいまで下りて来た時、明日香は感心したようにそう言った。
人一人背負っていながら、最初に下りた猛とほぼ同等のスピード。
一般人である明日香から見れば、それは驚嘆に値するモノであった。

「大したことじゃない。少しは鍛えているから、これ位なら問題ない」

彼にしては、珍しく――控えめであるが、自身が鍛えていることを他者に洩らした。
……今にしてみれば、コレは失敗の元だったのだろう。
ここでこんなこと言わなければ、明日香が暴走することもなかったであろうに。

「そうなの?……じゃあ、『コレ』でも大丈夫かな〜♪」

まるで教師が、『問題の難易度をあげますよ〜♪』と言う時の気分であるかのように、
明日香はそう言ってのけた。

「あ、明日香ちゃん!!そんなことをしたら、危ないっ!!」

そんなこと――ここで明日香がしでかしたのが、今まで腕と脚で恭也に掴まっていた状態から、
脚の固定を外し、腕のみで恭也にぶら下がるという暴挙だった。

――ブラン、ブラン♪

まるでそんな音が聞こえてきそうな明日香のブランコは、恭也の首を支点にして二人が下りきるその時まで、
その音を奏で続けた。



その結果が――現在の恭也である。
当初、明日香の説得を何度も試みるも敗退。
仕方なしにそのままの状態での降下を決意し、『可及的速やか』な降下を実行。
見ていた猛の言葉を借りるのならば、

『アレを普通の人間がやられたら、間違いなく窒息死か、首が折れると思う』

そんな状態だった。
コレで恭也がどちらにもならなかったのほ、ひとえに彼が常人より首を鍛えていたからである。
……が、その彼でも流石に厳しかったらしく、今後の自己改造計画に新たな一頁が刻まれたのだ。

「うぅぅ〜〜、下りにくいぃ……」

そして時は現在――芹の降下に繋がる。
恭也は芹にも明日香と同じ方法で下りるか尋ねたが、答えは『No!!』であった。
彼女からすれば、『恥ずかしい』・『体重がバレそう』とか、『猛が見ているのにソレは……』とかいった、
羞恥心と乙女心が複雑に絡み合った結果だった。

そして若干の後悔をしながら現在降下中。
後悔の原因は、『怖い・はやく下りられない』などであったが、この後にもう一つ加わることになるとは、
この時誰も予想できなかった。

「芹!!ゆっくりで良いから!!ゆっくりで良いからな〜!!」

「うん!!ありがと……猛?」

猛からの気遣いの声をエネルギーにして、樹木を降下し続ける芹。
……が、途中から猛の声色と視線が変化していることに気付いた。
気遣いというよりは、やや桃色がかった声色。
欲望が程よくエッセンスされた、分かりやすい声。
そして視線。

「……………………」

芹は猛から注がれる視線の先を検索する。
被写体全体像――逢須芹。
絞込み先――下半身――スカートの中。
検索終了。

「////////!?」

ここに至って、ようやく猛の視線の意味に気付く芹。
検索は完了した。ならばこれからすることは、一つしか存在しない。

「きゃぁぁぁぁ――――――――っ!!猛のエッッチっ!!」

古今東西、女性最大の武器『悲鳴』。
恐怖に彩られた乙女の旋律は、一・二階がぶち抜きになった教室中に響き渡る。
そしてソレを正面から浴びた視線の持ち主は、這いつくばって耳を押さえた。

――スタッ!

巨大な樹木を折り終えた芹は一言、

「……こんなことになるんだったら、明日香ちゃんみたいに下ろしてもらうんだった……」

先程羞恥心と乙女心を尊重した結果は、プラスマイナスゼロどころか、大きくマイナスの方向で返ってきた。




「――――っで?どうして中庭に向かってるんだっけ?」

現状復帰した猛に、先程『超音波』という新たなスキルが会得した芹が尋ねた。

「……さっき剛がいたのって、中庭だったろ?
 アイツって、小さい頃から落ち込んだりするとよくそういう所に行ってたんだ。
 だからもしかするとまた……って」

「……確かにその可能性はあるな。俺が最後に剛に会ったのは、校舎側の更衣室。
 中庭に面している場所だから、その付近にいても可笑しくはない」

小さな頃から同じ施設で育っていた猛にとって、剛の行動パターンは暗記済みの事項。
よって、現状でいないメンバーである剛に範囲を絞った結果、探索場所の絞込みが可能になったのだ。

「琴乃は剛の所に行ったんだろう?だったら、多分二人とも一緒にいると思う」

猛なりに頭を絞った結果の推論。
現状では、恐らく一番ベストと思われる捜索場所の指定。
行けば、かなり高い確率で二人に会えるであろう、その場所。
しかし、出来れば猛にとって行かない方が良いと思われる場所。

「(――今更何を迷ってるんだ!俺はっ!!)」

先程六介に言われた言葉が、猛の脳裏を過ぎる。
普段の猛ならば、迷う暇もなく二人の下へ駆けつけるであろう。
だが、それでは考えが足らないと言われたばかりの今は、足取りが重くなっている。

「(確かに、俺は考えが足らないかもしれないし、甘いかもしれない!!……だけど、だけど!!)」

移動しながらも思考のループは続く。
猛の脚は、既に脳とは切り離された器官であるが如く、歩み続ける。
既に先程の教室を出てから、結構な時間が経過している。
このままで行けば、中庭はもう眼前に迫っているであろう。
それでも、彼の悩みは止まらない。
それどころか、ループの回転数は鰻登りに上昇している。

「――だ。みんな、気を付けるように」

「――!わかったよ、恭也お兄ちゃん!」

「――、それじゃあ行きましょう!!……って、猛?」

恭也が、明日香が、そして芹が中庭に出るために各々の武具をチェックする。
そんな状況下で、唯一返事がなかった猛を不審に思った芹が、猛に呼びかける。

「……ん?芹、どうしたんだ?……って、あれ!?いつのまにこんな所に!?」

本人としては、今の今までぶち抜き教室で考え事をしていたつもりだっただけに、
周囲の景色の変化に戸惑いを隠せない。

「ちょっと、猛!?しっかりしてよっ!!」

「そうだよ〜、猛お兄ちゃん。これから中庭に出るんだよ?」

「ゴ、ゴメン!!ちょっと、考え事してて……」

まさか『まだ剛たちに会うかどうかを迷っています』とは言えない猛は、そう誤魔化すしかなかった。
どちらにせよ――そういったことは今考えるべきではない――そう判断した彼は、気持ちを切り替え、
再び二人の捜索に考えを割くことにし、得物を持つ手に集中した。

「……行くぞ」

猛の状態が落ち着くのを待ったかのように、年長者である恭也が切り出す。
既に準備が整っている面々を見回し、最後に準備ができた猛を見てのセリフ――それが先のモノ。

「……あぁ!行くぞ、みんなっ!!」

基本的に、この面子でのムードメーカーは猛である。
それは彼らが積み重ねた来た年月で培われてきたモノであり、
新参者の恭也には逆立ちしても、真似できるものではない。
故に、猛のテンションがその他の面子のテンションに直結しており、
猛の気持ちを今ある現実に引き戻した恭也のやり方は、正解である。
――が、

「(……それに俺には――『性格上』――猛の代わりは無理だしな……)」

正解であるのだが、その結論まで導いた道筋が多少本論からズレていることに、気が付かない恭也。
いや、ココは自分の性格把握が良く出来ていると褒めるべきなのであろうか。
ともかく、再び気を引き締め直した一同は、最後の角――中庭に至る道筋のモノであるが、ソコを曲がり終える。


「――――クッ!!どうしたら良いんだっ!!」


最後の角を曲がり終えた猛に見えたのは、親友――つい先程まで喧嘩をしていた親友が、
争いの種になった少女を抱きながら闘うシーン。
普段の状態の彼らであったのなら、別段どうこう言う問題ではないハズ。
恐らく、琴乃を庇いつつ剛が闘っている――そういったことだろう。
だが、今猛の心中で展開されている考えは、それとは全く別のモノだった。

「なんで……なんで剛が琴乃を……」

先程の光景とは百八十度異なった光景――負傷した少女を庇う少年。
本来ならば心温まる場景は、二人の共通の友である少年――猛には、
鋭い痛みを伴った光景として刻み込まれた。










あとがき

今回は、猛がメインの回でした。
……とは言うものの、芹が妙な活躍(?)をしていますが(笑)

一章最後の山場を飾る、ボスとの戦闘シーン。
その直前に挿入された猛の痛みを伴う場面。
原作ではなかったこの部分は、一体どういう方向へ物語を向かわせるのでしょうか?

次回は戦闘(?)描写がメインになる予定です。


それでは今回は 、このあたりで失礼します〜




うんうん。芹が大活躍。
美姫 「すけべ」
ぐっ。
美姫 「さてさて、今回で恭也たちと猛たちが合流できたわね」
ああ、確かに。最後には、剛の所へも来れたしな。
美姫 「この後、一体どうなるのかしらね」
猛の心中と共に、次回が気になる所!
美姫 「早速、次回へレッツゴーよ」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る