『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




「たぁっ!!はっ!!」

深夜の草原。
そこで俺は、日課である剣道の稽古をしていた。

「面っ、胴っ、突きっ!!」

俺の得意技である、面・胴・突きの三連撃。
慢心するわけではないが、この攻撃をかわせるやつは、全国でもそうはいないだろう。

「……ふぅ、こうしていると気が紛れるな……」

今日の自主練習は、いつもよりもさらに気合が入っていた。
……まるで、今日起きた出来事から逃避するように……





第十九話 三日目……心の闇《剛の章》





「……あれ?琴乃さん?」

俺が剣道場で皆より一足先に素振りをしていると、そこに琴乃さんがやって来た。
まるで、誰か人を探しているかのように、まわりを見回しながら……

「どうしたんだい?」

そう訊ねると、剣道場を見回していた琴乃さんは、おもむろに答えた。

「猛さん、いないのね……」

琴乃さんから出てきた言葉は、予想の範囲内のことだったが、
その対象の人物である猛は、まだ剣道場に来てはいなかった。

「あぁ、まだ来ていないみたいだけど……どうしたんだい?」

琴乃さんの顔は、何か悩みを抱えた様子だったから、俺は思い切って聞いてみた。

「うぅん、何でもないの……」

どう見ても『何でもない』という顔ではないが、本人がそう言っている以上、
こちらから切り出すわけにはいかない。

「……ごめんなさい……今のは嘘。何でもないこと、ない……」

「何か嫌なことでもあったの?話してごらんよ」

琴乃さんはまわりを見回し、猛が来ないことを確認すると、ため息をついた。
……自覚はないんだろうが、俺が頼りないと言外に言っているようなしぐさだった。

「話してみなよ。楽になるよ?」

だから俺は、少し強引に押すことにした。
そこには、琴乃さんの力になりたいという、思惑があったことも確かだが……

「…………」

琴乃さんは少しの間黙っていたが、やがてぽつりぽつりと、放課後にあったことを話し始めた。



それは、琴乃さんが放課後、猛のクラスの前を通った時の話だった。

『猛はうらやましいよな〜〜〜』

『はっ?何のことだよ?』

猛は、友人である鈴木君と話をしていたらしい。

『芹ちゃんといい、白鳥姉妹といい……お前のまわりには美人ぞろいじゃないか!!』

『な、なに言ってんだよ!?芹は幼馴染だし、琴乃と明日香ちゃんはただの友達だぞっ!?』

『本当か〜〜〜?』

『当たり前だろっ!?ったく、なに言ってんだよ!?』



「……そっか、猛がそんなことを……」

「…………」

つまり、猛が白鳥姉妹のことを『ただの友達だ!』と言ったことを、
琴乃さんは気にしているらしい。

「……芹さんがうらやましいな……」

「えっ?」

琴乃さんが、放心したような状態で言ったその言葉を、俺は聞いてしまった。
それはつまり、逢須さんのように、猛に意識してもらいたいってことなのでは?

「えっ!?そ、そういう意味じゃなくて!!
 ……芹さんみたいに何でもハッキリ言えるようになりたいっってことなの……」

かなり狼狽した様子だったが、琴乃さんはそう結論付けた。

「(『何でもハッキリ言えるようになりたい』か……)」

それは、琴乃さんの性格を知っている俺としては、思い当たる節があった。
琴乃さんの性格は、よく言えば『奥ゆかしい』。悪く言えば『引っ込み思案』。
俺もそういう所があるので、それは痛いほどわかった。

「(そうなんだよな……彼女と俺は似ているんだ……だからこそ、俺は……)」

「……私、芹さんに嫉妬してるのかな……」

「(!?)」

琴乃さんは心のタガが外れたのか、それとも俺なら口外することはないと思ったのか、
そんなことを話し始めた。
信頼されているということは嬉しいのだが、異性として意識していないと言われたようなセリフに、
俺は衝撃を受けた。

「(……どうして?なんで、その好意が俺には向かないんだろう……)」

琴乃さんの好意は、猛に向いている。俺の方には、向いてはいない。
そう考えると、ドロドロと嫌な感情が噴き出してくるように感じた。

「……猛みたいに鈍感なやつは、逢須さんみたいに、わかりやすい娘が良いのかもしれないな……」

一端そう考えてしまうと、普段は言わない猛の悪口を言っている、自分がいることに気付いた。

「そ、そんなこと……ないと思う……」

琴乃さんは、自信なさげにそう反論した。

「俺は、猛と古い知り合いだから、良い所も悪い所も知ってる。
 ……アイツは無神経な所があるからな……琴乃さんに気持ちにも、
 気付いていないんじゃないかな……」

「!!」

俺がそう言い終えた瞬間、琴乃さんの瞳は、今まで見たことのない怒りの色に染まっていた。
慌てて、言い過ぎたことを謝罪しようとしたが、それ以上に琴乃さんの反撃の方がはやかった。

「剛さんこそ、わかってないっ!!猛さんが剛さんのこと、どれだけ気遣ってるか……」

「……猛が、俺に気を遣ってるって……?」

「ほら、わかってない!そんな剛さんが、猛さんのこと……無神経だなんて、言えないと思う!!」

普段は気にも留めていなかったが、改めてそう言われると、確かに思い当たるがあった。

「猛さんは優しくて、友達思いで……そんな猛さんを悪く言う剛さんは、嫌だな……」

冷水を浴びせられたような気分だった。
普段こんなことを言わない、琴乃さんが言ったということもあったが、
それ以上にその内容に衝撃を受けた。

「ご、ごめんなさい!!」

琴乃さんはそう言うと、走り去っていってしまった。

「…………」

俺は走り去るその背中に、かける言葉がなかった……



俺は剣道場であったことを思い出し、猛烈に嫌な気分になっていた。

「クソっ!!どうして……」

思い出すと、再びあの時の感情が甦ってくる。
俺はどうして、こんなにもイラついているんだろう?

「(琴乃さんに嫌われたのがショックだったのか?……それとも……)」

その問に答えてくれる人間は、この場にはいなかった。



『この世界は、危機に瀕しています……』

『今こそ、貴方の力が必要なんです……』

ここではない『どこか』。
その女性は、ただひたすら祈りを捧げていた。
……まるで、神の助けを求めているかのように……

『世界を救うために、貴方の力が……』

『一刻も早く……もう、間に合わないかもしれない……』

ここまでは、昨日・一昨日と見た夢と変わらない。
ここで目が覚めて、起きることになるのだ。

『時が迫っています……』

『二つの世界を、あるべき姿に……最後の戦いが迫っています』

だが、今日は違った。
まるで最後だと言わんばかりに、必死に祈りを捧げているさまを、俺は見続けることになっていた。

『……様』

『どうか、私の祈りを聞き届けてください……』

今日の夢でようやくわかった。
彼女が求めているのは……俺だと言うことを……



夢から覚めた俺は、そこからはいつも通りに朝食を済ませ、
今は出雲学園の校門で、猛たちを待っているところだった。

「オッス、剛!」

「剛お兄ちゃん、おはよう!!」

「剛君、おはよう!!」

「おはよう」

俺が思考の底から戻ってくるのとほぼ同時に、猛たちがやって来たようだ。
猛・明日香ちゃん・逢須さん、そして恭也さんが順々にあいさつをしてきてくれた。
俺も挨拶を返そうと思ってそちらを向くと、そこには昨日嫌な別れ方をしてしまった、
琴乃さんがこちらを見ていた。

「…………お、おはよう。剛さん」

「…………お、おはよう。琴乃さん」

俺たちは、互いに何とも言いづらい雰囲気を醸し出していた。



「……けし、剛!」

「……ん?どうした、猛?」

放課後の部活中に、気が付くと猛が、心配そうな顔で俺に話しかけていた。

「どうしたじゃないだろう。お前、昨日から調子が悪いんじゃないか?」

「!?い、いや……そんなことはないと思うが……」

よほど動きが鈍いのか、それとも注意力散漫なのか。
どちらにせよ、今の俺は猛に心配されるぐらい、調子が悪いようだ。

「(いかん、いかん。練習に集中しないと……)」

自分にそう言い聞かせて活を入れると、俺は再び練習に戻っていった。



「……では今日の練習は、ここまでとする……八岐、大斗はこの後残るように」

名誉顧問である塔馬先生から、練習終了の号令とともに、俺と猛はそう言われた。

『はいっ!』

返事はしたものの、一体何の話なんだろうか?
この時期に話すことは、全国大会のことぐらいしかないはずだが……

「あ〜、芹ちゃん。これから大事な話があるから、少し外で待っててくれないかな?」

今日は見学に来ていて、部員に檄を飛ばしていた逢須さんに、塔馬先生はそう告げた。

「えっ?……わかった。それじゃあ猛、外でまってるね♪」

塔馬先生の、普段と違った雰囲気を呼んだのだろう。
逢須さんは、塔馬先生の要望通りに外に出て行った。



俺と猛以外の部員がいなくなったことを確認すると、塔馬先生はおもむろに話をし始めた。

「二人とも、全国大会のことは知っておるな?」

そう切り出した塔馬先生に、猛がさも当然だと言わんばかりに反応した。

「当たり前だろ!だからみんな必死になって練習してるんだろ!」

そう、もうすぐ剣道の全国大会だ。
出雲学園からは、推薦として一名出れることが約束されている。
そして、その推薦生徒を決めるのは、名誉顧問である塔馬先生なのだ。

「なら、話は早いな……」

塔馬先生はそう言うと、次の瞬間、俺と猛の予想を裏切る結果を告げた。

「八岐猛……お前を全国大会に推薦する」

『!?』










あとがき

今回はなんと、剛が主役の回でした。

この物語は一人称の視点から描かれているので、
場面の変更には、人物そのものが変更することがあります。
剛の視点で書くのは初めてだったので、きちんと剛らしさが出ていれば幸いです。

次回はいよいよ、序章が完結します。


それでは今回は 、このあたりで失礼します〜




今回は剛の視点〜。
美姫 「いよいよ物語が動き始めるのかしらね」
どうなる、どうなる!?
美姫 「次回が非常に気になるわ〜」
次回も、あっ、次回も楽しみぃぃぃだぁぁ〜〜。
美姫 「って、もっと普通にいいなさいよね!」
ぶべらっ!
美姫 「それじゃあ、次回も楽しみにしてますね〜」



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