『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




昼食を食べ終わった俺は、早々に屋上を後にした。
……というか、逃げ出した。
あの二人の『悪魔』から……

「ったく、あの二人は……何であんなに連携が良いんだ?」

恭也だけでも厄介なのに、北河まであんなキャラだとは思わなかった。

「まぁ何にせよ、芹に謝るところから始めるか〜」

放課後までに何とか事態を終息させるには、
まずクラスメイトでもある、芹へのフォローから始めるべきだろう。

「(……っていうか、フォローじゃなくて言い訳なんじゃないか?)」

はたから見たら、紛れもなく言い訳だと思うフォローをすべく、俺は教室に戻っていった。





第十六話 一日目……猛の散々な一日《猛の章》





クラスに戻った俺を出迎えたのは、親友の強烈な出迎えだった。

「た〜け〜る〜」

「うわっ!?鈴木っ!?」

すっかり変わり果てた親友、もとい一体の幽鬼が俺に迫ってきた。

「この裏切り者〜!!俺でさえ知らない間に、あんな可愛い娘と仲良くなりやがって〜〜〜!!」

「オイッ!!芹は幼馴染だぞ!?どうやったら、オマエの方が先に出会えるんだ!?」

「……『未来から来たネコ型ロボット』に頼るとか?」

「真剣に考えるなっ!!そんなモン!!」

平時においての親友は、今俺を非常に恨みがましい目で見ている。
……いや、『殲滅対象として見ている』の間違いのようだ。

「(何でコイツは、女が絡むとこうなるんだ!?)」

今思ったコトをうっかり口にすれば、コイツは容赦なく俺を殲滅しにくるだろう。
一年以上にも渡る付き合いの中で、俺はそのコトを学んでいた。

「それに、なんで逢須さんがお前の席の隣なんだよっ!?」

「へっ?芹が俺の隣の席?」

どうやら俺が気絶しているうちに、芹の席は俺の席の隣になっているようだ。
……恐らく、老婆心まる出しの担任の先生の配慮なのだろうが……

「(俺にとっては、また悩みの種が増えただけなんじゃ……)」

今思ったことをうっかり口にしようものなら、恐らく俺は『クラス中の敵』……
いや、『学校中の敵』に認定されることは間違いないだろう。
……鈴木のような、『うらやましい!!』と思っている男子生徒と、
芹のことに同情的になっている、女子生徒たちの両方の敵として……

「あぁ、さっき担任の先生がそう言ってたぞ!!このヤロ〜!!」

「待てっ!?それは俺にはどうにもならんだろうが!!」

どうにもこうにも勝手な意見を言ってくる親友は、既に人の言うことを聞いてはくれなかった。

「猛……」

自分の話題が出てきたせいだろうか。芹は俺の前までやってきた。

「芹……その、さっきはゴメンな……」

そう謝ったものの、芹の表情は冴えない。
いっそ、朝のように殴り倒してくれた方が、よっぽどマシに思えた。

「(うわぁ〜、まだ怒ってるだろうなぁ〜)
 怒ってるのは分かるけどさ、折角隣の席なんだし、仲良くしようぜ?」

というか、仲良くさせて下さい。これは切なる願いだ。

「猛……」

しばらくの後に、芹がようやく口を開いた時、次の授業の先生が教室に入ってきた。

「ほら、お前ら〜〜〜っ!さっさと席に着け〜!!」

まるで、計ったかのようなタイミングで現れた先生を、俺は恨まずにはいられなかった。

「(ったく、タイミングが悪いよなぁ〜……仕方がない、次の機会を待つか……)」

そう自分の中で結論付けると、俺は授業を受けるために、自分の席に着いた。

「(はやく仲直りしないとなぁ〜……正直隣の席からのプレッシャーはキツイからなぁ〜」

そんなことを考えていると、俺はいつの間にか眠りの世界にダイブしていた。



「ふぁぁ〜、やっと終わったかぁ〜!」

終業のベルが鳴り、ようやく今日の授業が終了した。
勉強という名の苦痛から開放された俺は、その場で大きく背伸びをした。

「……お前、今日はほとんど寝てたんじゃないか?」

そんな俺を見かねたのか、鈴木がツッコミを入れてきた。

「いいんだよ!どうせ起きてたって、たいして勉強してるワケじゃないし!」

「開き直ってるなぁ〜」

鈴木は、呆れながらそう言ってきた。

「(おっと、こんな話をしてる場合じゃなかった。はやく芹と話をしなくっちゃ……)」

午後の授業は全て寝てしまったせいか、休み時間も継続してダウンしてしまった。
なので、今日の夕方までに芹と仲直りするには、もうあまりチャンスがなかった。

「あの、猛……この後って、どうするの?」

そう思っていると、対象である芹の方からこちらに声をかけてきた。

「この後?俺は剣道部に行くけど……」

「私は、職員室に行くように言われてるの……」

芹は転入生だ。その手続きなどがあるんだろう。
いくら爺ちゃんが元理事長だからって、手続きなしってわけにはいかないから……

「そっか……大変だなぁ」

用事があるのならば、引き止めるわけにはいかないだろう。
俺自身も、部活の前に我が家の料理番たちの誤解を解かないといけなないので、
ここで芹を引き止めることは、お互いにとってマイナスにしかならない。

「……うん。だから、先に帰ってるね……」

「(仕方ない、芹のことは帰ってから話すとするか……)」

これから琴乃と明日香ちゃんの説得をしなければならない身としては、
芹ばかりと話しているワケにはいかない。
……でないと、どっかの誰かに殺されるからな……

「(……本当は芹とも、きちんと話しておかなきゃダメなんだけど、
 我が家の料理番の機嫌を直しておなかないと、俺の命に関わるからな……)」

そう、料理番の機嫌を治さないと、二つの意味で地獄を見ることになる。

@本日の夕飯にありつけない
……コレは死活問題であるが、空腹にさえ耐えられれば問題ない。
(塔馬家のみんなから、反感を買う可能性が高いが……)

A夕飯が出ないことによって、恭也の反感を買う→半殺しにされる。
……コレは、絶対に避けなければならない問題だ!
昼休みに予告(というの名の執行猶予)を出されたから、実行されることは間違いないだろう。
恭也に半殺しにされないためには、何としても料理番様に機嫌を直してももらう必要がある。

「(良しっ!!まずは琴乃の方から逝ってみよう!!)」

決意を新たにし、いざ特攻。

「(……生き残れると良いな……俺……)」

まわりから見た今の俺は、恐らく悲壮感が漂っていることは、間違いないだろう。



「お〜〜〜い、琴乃〜!!」

一人目のターゲットである琴乃を、廊下で発見すると、俺はすぐに近寄っていった。
……が、何だか様子が変だ。

「あの、琴乃?噂のことなんだけど……」

「……猛さん……いえ、女心を弄ぶ『出雲学園一のプレーボーイ』さん!!」

「ちょ、ちょっと待てっ!?琴乃、落ち着け!……というか、落ち着いてくださ〜い!!」

何だか今日の、というか今目の前にいる琴乃は、様子がおかしい。
……というか、これが正常な琴乃だったら、俺は友達をやってないと思う……

「否定しないんですね!?猛さんの……猛さんのばかぁぁぁあ〜〜〜!!」

「オッ、オイ琴乃!?」

暴走した琴乃は、脱兎の如く駆けていってしまった。

「……琴乃って、あんな性格だったっけ……」

一人取り残された俺は、琴乃の変貌振りを思い出し、さみしく呟いた。



琴乃の変貌&暴走を見てしまった俺は、明日香ちゃんの誤解を解きに行った。
そしてそこで、明日香ちゃんからの尋問を受けた。
……内容は思い出させないでくれ……弓道場に入りづらくなったことは、確かだな。

「明日香ちゃん、ちょっと待ってくれないか?」

「えっ!?恭也お兄ちゃん、いつの間に!?」

「き、恭也!?助かったぜ〜!」


窮地に追い込まれていた俺を、恭也が助けに入り、なんとか明日香ちゃんを説得できた。
……欲を言えば、もう少しはやく来て欲しかったが……



恭也の機転で弓道場の惨劇を乗り切った俺は、部活をすべく、剣道場に向かっていた。

「……猛?」

剣道場に向かう途中、廊下で誰かに声をかけられた。
声のした方を振り向くと、そこには未だ仲直りできていない、芹が立っていた。

「芹、もう手続きとかは終わったのか?」

「……ううん、これから職員室に行くところなんだけど……」

なんとも言えない沈黙が、俺と芹の間で続いた。
こちらが覚えていなかったのが悪いのだが、俺をぶっ飛ばしてしまったこともあってか、
両者ともに言葉を発せずにいた。

「……猛!!」

そして、その沈黙を破ったのは芹の方だった。

「……その、ごめんないさいっっ!!」

「えっ?」

予想もしていなかった言葉が、芹の口から出てきた。

「(何で俺じゃなくて、なんで芹が謝るんだ?)」

そんな俺の疑問に答えるかのように、芹は続けて言った。

「朝は乱暴なことしちゃって……お願い!私のこと嫌いにならないで!!」

「!?」

なんてこった……俺の態度が、芹に誤解を与えちまったのか!?

「違うっ!悪いのは俺だ!!芹じゃないっ!!」

「で、でも……猛に怪我させちゃったし……」

「そ、それは俺が芹のことを忘れてたからだろ!?芹が悪いワケじゃないだろうが!?」

……マズったな。
こんなことなら、やっぱり芹のフォローから始めれば良かった。
後悔しても遅いが、こういったことに気を回せなかった自分に、腹立たしすら感じた。

「……忘れてたんだよね?私のこと……」

「違うっ!芹のことは覚えてたよ……ただ、あんまりにも変わってたから、わからなかったんだ」

「えっ!?変わってたって、どういう風に……」

芹は悪いイメージとして受け取ったのか、なお顔色を曇らせた。

「その……あんまりにも女の子っぽくなってたから、全然気付かなかったんだよ」

俺がバツ悪そうにそう言うと、芹の顔色に変化が訪れた。

「(ヤベっ!また地雷踏んだか!?)」

日頃から、『女心がわからない』と明日香ちゃんをはじめとする面々に言われている俺は、
この時ほど、自分を呪わないことはない。

「猛っっっ!!」

「うわっ!?」

てっきり泣かれるか、吹っ飛ばされかと思っていた俺は、いきなり抱きついてきた芹に戸惑った。

「やっぱり猛は、あたしの猛だよっ!!帰ってきて良かった〜〜〜♪」

「わかった!わかったから、離れてくれっ!!人目につく!」

「へっ?まぁ、猛がそう言うなら……」

芹は不満そうな顔で、俺から離れた。
どうやら芹は、アメリカ帰りだけあって、こういった感覚がズレてるみたいだ。

「あっ!そろそろ職員室に行かなきゃ!!」

すっかり調子が良くなった芹は、廊下に架けられた時計を見ると、慌ててそう言った。

「あぁ、転入手続きとかか?」

「うん!それじゃあ、わたし行くねっ!!」

「ああ、行っといで!」

かくして、俺と芹の仲直りは無事(?)終了した。
……が、

「(昼にも思ったけど、女の子の身体って柔らかいんだなぁ〜)」

不覚にも、親友の気持ちがわかりかけてしまった、そんな瞬間だった。



「やぁ、猛!噂の人物の登場だな?」

すべてのミッションを終了させて、剣道場にやって来た俺への第一声は、旧知の親友からのモノだった。

「……剛、そのことでからかうのは勘弁してくれ……」

「その様子じゃ、大分堪えてるみたいだな」

親友よ、こんな時こそほっておいてくれ。
いっそ、お前が代わるか?……いや、そんなことを言おうものなら、
また芹の鉄拳を喰らうことになるだろうな。

剛に何か言い返してやろうと思ったその時、剣道部の名誉顧問さまがやって来た。

「爺ちゃん!!ヒドイじゃないか!?芹のコト、黙ってるなんて!?」

「い、いやその……芹ちゃんが内緒にしておいてくれと……」

我が家の家主にして、芹にとっては曾爺ちゃんにあたる爺ちゃんは、
我が出雲学園剣道部の、名誉顧問さまなのだ。
……おかげで、公私ともに頭の上がらない存在であるのだが……

「それに、お前が芹ちゃんを忘れてたのが、悪いんじゃろうが」

「そ、それは……って、爺ちゃん!ごまかすなよっ!!」

「うるさい!それより、はやく着替えて来い!ビシバシ鍛えてやるからな!」

「ひっで〜な、逆切れじゃないか!?」

とは言いつつもの、さっさと更衣室に向かう俺がいた。
……怒った爺ちゃんは、手が付けられないからな。
逃げたって言うなよ?



準備運動が済み、いよいよ試合形式での練習が始まろうとした時、道場の隅に変化があった。

「えへへ……来ちゃった♪」

「芹!?」

なんと、道場の隅に芹がちょこんと座っていたのだ。

「手続きが終わったから、見学に来たの。まだやってるかなぁ〜と思って……」

芹が可愛らしくそう言うと、道場にいた部員たちが色めきだした。

「見学者なんて、久しぶりだな……猛、フィアンセが見ているんだ。
 格好悪い所は見せられないぞ?」

そんな芹の登場を知ってか、剛がからかい半分で俺を煽ってきた。

「おいおい……でも、確かに見学者がいると緊張するよな」

普通、新入生が部活の見学に来た時以外は、見学に来る物好きはいない。
よっぽど剣道に興味がなければ、見学に来たりはしないだろう。

「(……そう言えば、我が家の物好きはたまに見学に来るんだった……)」

訂正、約一名見学に来る可能性があるヤツがいた。

「では、試合形式で練習するぞ。八岐、大斗!前に出なさい!」

『はいっ!』

爺ちゃん(練習中は先生と呼ぶべきか?)に指名された俺と剛は、道場の中央へ。

「(……剛の特長は、猛烈なスピードの竹刀捌きだ。
 こっちが一回打ち込む度に、倍になって返ってくる。あれをどうにかできないことには……」

「……では、始めっ!!」

爺ちゃんの合図と共に、剛との間合いを詰める。

「めーんっ!」

そして、先手必勝とばかりに、こちらから攻め立てていく。
剛は手数が多いから、一気に攻めたてないと、こちらがあっという間に不利になってしまうのだ。

「なんのっ!」

しかし剛は、こちらの攻めをあっさり捌いて、倍の手数で返してくる。
まるで五月雨のような手数で、こちらをすぐに侵略してくるのだ。

「クッ!!どぉーっ!!」

こちらから、起死回生の胴打ちを放とうとするが、

「甘いっ!」

目にも留まらぬ早業で、こちらの攻めをあっさり捌く剛。
芹に良い所を見せようと、いつもより長く剛の猛攻に耐えたのだが、そろそろマズそうだ。

「面っ!!」

一瞬余計なことを考えたせいで生まれた隙をついて、剛の正確無比な面打ちが、
俺の面に炸裂した。

「うっ!」

「一本!!」

爺ちゃんの判定が下り、この勝負は剛の勝利で終わった。

「お疲れさん、猛」

「やっぱり、お前は強いよ!」

面を取り、一休みしていた俺に、剛が話しかけてきた。

「それにしても今日は、気合が入ってたな〜……何度か危なかったよ」

「あはは……見学者もいたし、がんばったのさ」

剛相手だと、いつもこんな感じの結果になる。
一体いつになったら、剛に勝てるようになるんだろうか?

「お疲れさま、猛。残念だったね」

「おっ!サンキュ!!」

俺たちの試合を見ていた芹が、タオルを持ってきてくれた。
うちに部には、マネージャーがいないせいか、こういうことをやってもらうのは、
すごく新鮮な気分だった。

「コラっ、まだ練習中じゃぞ!」

そんな様子を見てか、爺ちゃんが顧問の先生らしく注意してきた。

「ご、ごめんなさい!御爺ちゃん!!」

「い、いやその……」

曾孫には甘いのか、芹に謝られた爺ちゃんは、相好を崩した。

「……まぁ、なんじゃ。張り詰めてばかりではなんじゃし、休憩にしてお茶でも飲もうか」

「わ〜い、お爺ちゃん!話せる〜!」

そんな爺ちゃんを見て、俺と剛は思わず脱力してしまった。

「……剛」

「……まぁ、誰しも孫娘には弱いってことじゃないか?」

こうして、図らずとも休憩時間に突入した俺たちだった。










あとがき

今回と次回は、猛主役の前後編です。

出雲学園一のプレーボーイになってしまった猛(笑)。
彼の行く先に、平穏はあるのでしょうか?
そして、今回久しぶりに出番があった剛。
この後彼の扱いは向上するんでしょうか?

次回は引き続き、猛編になります。


それでは今回は 、このあたりで失礼します〜




やっぱり、何処の世界でも孫には弱いものなのか。
美姫 「相好を崩す六介という珍しいものが見れたわね」
うんうん。猛のこの先に待つのは平穏なのか!?
美姫 「剛に出番向上のチャンスが来るのかしら」
そんなこんなを考えつつ、次回〜。
美姫 「待ってま〜す」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る