『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




猛の悪評(?)が広まってから半日。
現在は、丁度本日最後の授業が終了したところである。

「(一応フォローすると約束したから、猛の様子でも見に行くか……)」

猛の奮闘具合によって、琴乃さんたちの誤解度が変わる。
端的に言えば、猛が噂の誤解を解かない限り、本日の塔馬家の食卓は悲惨なモノになる。
これは、ほぼ決定事項だ。
何せ、料理番の機嫌を損なっているのだから。

「(しかしこういった噂の場合、琴乃さんの誤解の具合は特に酷いからな……
 下手をすると、聞く耳すら持っていないからな……)」

後で聞いた話だが、この時間帯に猛は琴乃さんの説得に失敗したそうだ。

「(……だったら、話だけでも聞いてもらえそうな、明日香ちゃんから当たるべきか……)」

そう結論付けると、俺は明日香ちゃんのいる弓道場に足を向けた。





第十四話 一日目……偉大なる先輩





弓道場への移動中、塔馬家の料理番である、琴乃さんに出会った。
……というか、出会ってしまった。
暗黒面な雰囲気を醸し出している、今一番出会いたくない御方に。

「こ、琴乃さん!?なぜ、そんなに暗い雰囲気を背負ってるんですか!?」

大体予想は付くが、敢えてこちらから行かねば、この場は乗り切れないだろう。
……こちらが生き残るためには……

「……恭也さんは、聞きましたか……」

普段の聖母のような雰囲気はどこへいったのか、琴乃さんは瘴気を纏わせながら尋ねてきた。

「(くっ!こんなところで負ける、御神流ではない!!)もしかして、猛の噂のことですか?」

内面の動揺など微塵も見せず、冷静に琴乃さんに尋ねた。
こんな時、日頃無愛想だと言われ続けてきた自身の顔つきに、感謝することになる。
表情から動揺を悟られないからだ。

「……ええ……猛さんのクラスの転入生が、猛さんの婚約者なんですって……」

「え、ええ。そのような噂を聞きましたが……」

「……うふふ……」

「(子どもが見たら、一生モノのトラウマになりそうな笑顔だな……)」

口元は笑っているが、目がちっとも笑っていない。
まさに羅刹と呼ぶにふさわしい笑顔だった。

「(ともかく、まずは彼女を冷静な状態に戻さなければ……)」

普段の彼女ならば、説得は容易なことだ。
話をきちんと聞いてくれるし、元々理解がある人間だからだ。
ならば、彼女を冷静にさせることこそが、急務であると言えよう。

「昼休みに猛に確認しましたが、子どもの頃の話だそうですよ?
 あまり気にする必要はないと思いますが……」

「そ、それは……そうかもしれませんけど……」

俺の言葉を聞いて、琴乃さんは幾分か冷静になったようだ。

「(良し、これならなんとかなりそうだ……)
 それに猛自身は、『そんな約束したっけかなぁ〜?』と言っていましたよ?
 琴乃さんは、猛本人に確認したんですか?」

「……そういえば、さっき猛さんに会った時、何か言いたそうでしたけど……」

「琴乃さんが聞こうとしなかったんですね?」

琴乃さんが言いづらそうだったので、俺が言葉の続きを引き継いだ。
ここまで来れば、説得の八割は成功したと言っても良いだろう。

「(……もっとも、琴乃さんが猛に想いを寄せていなければ、
 こうまで簡単にはいかなかっただろうが……)」

無意識か、そうでないかはともかく、琴乃さんは猛に想いを寄せているのは事実だ。
……何せ、家族から『鈍い』と言われている、俺でも分かる位だからな。

「……琴乃さん。琴乃さんが信じてあげなくて、誰が猛を信じてやれるんですか?
 あなた以上に猛を信じてやれる人を、俺は知りませんよ?」

「!?そうですよねっ!!」

琴乃さんは、飛び上がらんばかりの反応を返してきた。

「ええ。猛のことは、琴乃さんが一番良く知っていると思いますよ?」

「そ、そんな……///]

琴乃さんは、照れながらも満更でもなさそうな顔をした。

「(しかし……)」

まさか、高町母に以前聞いた『女の子の機嫌を取る方法』が、こんな所で役に立つとは思わなかった。
……ちなみにその教えには、『怒っている女の子を冷静にさせるには、
好きな男を引き合いに出すのが良い!』と、あった。

「わかりました。猛さんに直接聞いてみますね」

すっかり冷静さを取り戻した琴乃さんは、もういつもの琴乃さんだった。

「ええ、それではまた後ほど(勝った、勝ったぞ!!これで今日の夕飯は約束された!!)」

こうして、一番の難敵の懐柔に成功した俺は、その勢いのまま弓道場にいるハズである、
第二のターゲットの説得に向かった。



「お兄ちゃ〜〜〜ん!!あの噂って本当なの!!」

「明日香ちゃんまで、ソレを言うのか〜〜〜!?」

弓道場に着いた俺を出迎えたのは、明日香ちゃんと猛の言い争いだった。

「それでどうなの!!お兄ちゃん!!」

「いや、それは……」

訂正、明日香ちゃんによる、一方的な尋問だったようだ。

「(お、遅かったか……)」

こちらが先に明日香ちゃんに接触し、誤解を解いてから猛に会わせようとしたのだが……

「(この場合、放課後すぐに誤解を解きに来た猛を褒めるべきか、
 不甲斐ない猛を攻めるべきか……)」

どちらにせよ、目の前の猛は既に崖っぷちに立たされていることには変わりない。
ここらでフォローしなければ、明日香ちゃんの暴走はどこまで行くか分からない。

「明日香ちゃん、ちょっと待ってくれないか?」

「えっ!?恭也お兄ちゃん、いつの間に!?」

「き、恭也!?助かったぜ〜!」

どうやら猛は、予想以上に崖っぷちにいたらしい。
救助が間に合って良かった。

「恭也お兄ちゃん、どうして止めるの?お兄ちゃんは女心を弄ぶ、悪い人になっちゃたんだよ!?」

「だから、違うって!!」

恐らく、猛が来てからずっと、このような問答が繰り返されていたのだろう。
周囲の弓道部員の視線が、修羅場を観戦する野次馬のそれだった。
俺はなるべく明日香ちゃんを刺激しないように、それでいて効果的な言葉を選んで話しかけた。

「……明日香ちゃん、猛の話は聞いたのかい?
 ちゃんと話を聞かなければ、嘘か本当かわからないんじゃないかい?」

「あっ!それは……」

正論を突かれて、明日香ちゃんは動揺した。
というよりも、最初から話を聞こうとしなかったことを思い出しのだろう。

「……聞いてませんでした……」

明日香ちゃんは素直に非を認めた。

「(良し!この分なら、なんとか説得できそうだ)
 猛も猛だぞ。最初にきちんと誤解だと言わないから、明日香ちゃんが暴走してしまったんだぞ?」

「ス、スマン」

明日香ちゃんと猛を、順番にたしなめてから、俺は明日香ちゃんに事実を教えた。

「それで明日香ちゃん。猛の話では、猛のクラスの転入生は猛の幼馴染らしいんだ。
 だから婚約と言っても、子どもの頃の『猛くんのお嫁さんになるね!』といったものらしいんだ」

「え〜〜〜!?そうだったの〜!?」

「ああ。その話に尾ひれが付いたのが、噂になってしまったみたいなんだ。そうだよな、猛?」

「あ、ああ!!そうなんだよ、明日香ちゃん!!」

「そうだったんだ〜〜〜!猛お兄ちゃん、ゴメンね……きちんと確認せずに怒ったりして……」

「い、いや!きちんと説明できなかった俺も悪いんだし……」

ここまで来れば、明日香ちゃんの機嫌も完全に戻っているだろう。
あとは仕上げに、猛をこの場から退散させれば、今回の作戦は終了だ。

「さて、誤解が解けたところで……猛、お前そろそろ剣道部に行く時間じゃないのか?」

「ヤベッ!?もうそんな時間かよ!!」

「本当だ!?猛お兄ちゃん、はやく行かないとお爺ちゃんに怒られちゃうよ!!」

「ああ!それじゃ二人とも。また家でな!!」

猛はそう言うと、脱兎の如く駆けていった。
こうして、俺の猛救済作戦は無事終了した。



「ふふっ」

猛が去り、本来の静寂さを取り戻した弓道場に、上品な笑いが響いた。

その声の方向に向き直ると、そこには弓道着姿の一人の女性が佇んでいた。

「ごめんなさい。あなたたちのやり取りが、友達たちのやり取りに似てたものだから……」

「七海さん、それって……」

どうやら、この『七海』さんという女性は、明日香ちゃんの知り合いらしい。

「(……だが、出雲学園にこんな先生はいなかったと思うのだが……)」

そんな俺の胸中を察したのか、明日香ちゃんは『七海』さんの簡単な紹介をした。

「恭也お兄ちゃん、紹介するね!
 こちらは、弓道部の特別コーチをしてもらってる、OGの先輩の七海さん!!」

なるほど。
OGの先輩なら、弓道部に係わりのない俺が知らなくても、無理はない。

「コラ、明日香ちゃん。今は『七海さん』じゃなくて……」

「『コーチ』でしたね、ごめんなさ〜い!」

「今は部活の場だからね。公私の区別をちゃんと付けないと……」

ここまで二人の会話を聞いていて、ふと疑問が出てきた。

「明日香ちゃん。どうして君はコーチと特別親しそうなんだい?」

そう、二人の会話が先輩と後輩のそれを超えているように、見受けられたのだ。

「七海さん……じゃなかった。コーチは、お母さんの教え子なの!」

「?それは、綾香さんが出雲学園で教職に就いていた頃の話かい?」

「うん!!それに、弓道部で全国連続優勝を成し遂げた、伝説の先輩でもあるんだよ♪」

「もう〜、明日香ちゃんったら……」

自分の過去の偉業を言われた『七海』さんは、照れながら明日香ちゃんをたしなめた。

「(ん?『七海』さん?……そういえば、六介さんが言っていた、
 弓道部の特別コーチの名前も確か・・・)」

俺が一人思索にふけっていると、その『七海』さんがこちらに向き直った。

「えっと、君が『恭也』君で良いのかな?」

「え?ええ、そうですが……何故、俺の名を?」

「それはね、理事長先生……じゃなくて、塔馬六介さんから君のことを聞いたから……」

六介さんから話が聞いたという、『七海』さん。
つまり、この人が……

「……では、貴女が?」

「うん!恭也君の怪我、治せるようにがんばるからね!」










あとがき

恭也の奮闘記でした。

前回に続いて、なぜかギャグが主体に……
今回は、原作ではあまり語られなかった、琴乃のある一面をクローズアップしてみました!
……多少後悔もしていますが……

そして、前回の予告どおり『七海』の登場です。
七海は、原作で年下に語りかけるシーンがなかったので、言葉遣いに苦労しました……
きちんと七海らしさが出ていれば良いのですが……


それでは今回は 、このあたりで失礼します〜





七海の登場〜。
美姫 「これで、恭也の膝が治るかもしれないわね」
さてさて、どうなるどうなる。
美姫 「次回が非常に気になる所」
一体、どうなるのか。それは次回〜。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」



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