『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』
現在、午後八時五十五分。
本来この時間は、世間で言うところの家族団欒の時間。
塔馬家の人間もその例に漏れず、琴乃さんの作ってくれた夕食を堪能した後である。
俺が今いる場所は、塔馬家の庭。
ここにいる理由は、九時から六介さんと手合わせのためだ。
第九話 誤答と正答・・・そして
こちらに近づいてくる足音が聞こえる。
六介さんがやって来たようだ。
「はて?まだ、九時には時間があったと思ったが?」
「待たせては失礼なので、先に準備していました」
「そうか・・・では早速始めるとしよう。君は剣以外もやるようじゃが、今回は剣のみで行う。良いかね?」
「ええ、構いません」
そう言うと、両者は無言で構えを取る。互いに獲物は真剣。
俺が小太刀の二刀流であるのに対し、六介さんは太刀の一刀流のようだ。
真剣勝負に始まりの合図はない。立ち会った瞬間に勝負は始まっている。
相手は、父さんをして達人と言わしめる人間。
ならば、様子見など意味をなさない。
最初から全力でかからなければ、すぐにでも勝負は終わりを告げるだろう。
がきっ、がきっ!きんっ、きんっ!
仕合を始めてから十合、たったの十合しか打ち合っていない。
それなのに、俺の持ちうる技のほとんどが吐き出され、そして霧散していった。
・・・『虎切』、『虎乱』、『射抜』、『雷徹』、『花菱』。
そのどれもが、暖簾に打ち込んだかのように、軽くいなされていった。
「(強い・・・この人は、強すぎる!)」
俺が使える技は、あと一つだけ。
俺が最も信頼し、父さんも得意とした、『薙旋』だけだ。
しかし、薙旋をもってしても、目の前にいる人には届かないだろう。
それほどまでに、力の差は歴然としていた。
「(どうすれば、どうすれば良いんだ・・・)」
俺は打ち合いを止めて、一旦距離を取った。
そんな俺に、六介さんは予想もしなかった言葉をぶつけてきた。
「これが君の限界か?だとしたら、士郎は弟子の指導もまともに出来んかったようじゃな?」
「!?俺がここまでしか来れなかったのは、自分の責任です!!父さんは関係ありません!!」
俺が実力がここまでなのも、俺が膝を壊したのも、全ては自分の蒔いた種だ。
父さんのせいなハズがない。
「たしか、君にも弟子がおったな?
ならばその弟子が負けたとき、君は自分の指導力不足だと考えるのではないのかね?」
「!!」
たしかに、そうだ。
美由希が誰かに負けたとき、俺は美由希の努力不足だと思うだろうか?
美由希がどれだけ努力しているかは、俺が一番良く知っている。
あいつは決して、怠けるような奴ではない。
ならば、自分の指導力不足だと思うのではないのか?
・・・その通りだ。
俺は自分の指導力不足を嘆き、美由希のせいだとしないだろう。
だが、
「そう。弟子の不出来は、師の責任。ならば君の実力不足も、士郎の責任じゃ」
だが、それでも六介さんの言うことは認められない。
自分のことを言われるのは良い。
しかし父さんを、俺の目標であり、フィアッセを最後まで守りきった父さんを、
馬鹿にされたまま、引き下がるのか?
証明したい。この人に一太刀でも入れて、父さんが間違っていなかったことを証明したい。
「(何か、何かないのか!この人に、一太刀だけでも入れることが出来るような技は・・・)」
『はあ〜、くらえっ!フレッシュ!!』
『馬鹿め、そんなモノが効くかっ!くらえ〜っ!!』
あった!!あの太刀なら、倉島さんと闘ったときに出した、あの太刀ならば・・・
俺は小太刀を下段に構え、そこから上段に振り上げた。
「はぁぁあ〜〜〜!!」
荒ぶる力を小太刀にぶつけ、振り下ろした剣で衝撃波を出す。
そしてそれは、砂埃を巻き上げながら、一直線に六介さんに向かって飛んでいった。
「(やったか!?)」
完全にくらっていなくても、十分にダメージを与えられる太刀だったハズだ。
次第に砂埃が収まり、六介さんの姿が見えるようになってきた。
「・・・恭也君。わしは君を過大評価していたようじゃ」
「!?どういうことです!?」
絶対の自信があった太刀が、効いていない。
そんな事実も相まってか、動揺しながら聞き返してしまった。
「今の太刀は、簡単に人を殺すことが出来るモノじゃ。そして君は、それを怒りに任せて振るった。
それではいかん。それでは、ただの殺人者と同じじゃ」
「(!?・・・そうだ。俺の剣は、御神の剣は、人を守るためのものだったハズだ・・・
それなのに、それなのに俺は・・・)」
それは、美由希にも散々言ってきたこと。理を見失えば、御神の剣はただの殺人剣に成り下がる。
それなのに、指導する側の自分が、それを忘れてしまうとは・・・
「そして、もう一つ。今の太刀は、御神流の技ではないのじゃろう?
君がもし、士郎の指導が間違ったものではないと証明したいのならば、
ここで使う技は、士郎に習った御神流の技で挑まなければならない。違うかね?」
「(・・・その通りだ。今の太刀では、意味がない。
父さんが教えてくれた、御神流の全てを出して勝負しなければ、意味がなかったんだ)」
ようやく俺は、自分の間違いに気付いた。
「・・・どうやら、わかったようじゃな。ならば、最後にしよう。その技に、全てをかけてきなさい」
「はいっ!!」
小手先の技は通用しない。仕掛けるなら神速で入り、一気に薙旋を叩き込む。
これが、俺ができる限りの全てだ。
ダッ
俺は駆け出すと同時に、モノクロの世界、神速の領域に入る。
鯉口を切り、四撃全てに渾身の力を込めた。
きんっ、きんっ! きんっ、キンッ!!
「・・・全て防がれましたか・・・」
俺の繰り出した薙旋は、四撃全てが六介さんの剣によって防がれた。
「・・・いや、そうでもない」
六介さんがそう言うと同時に、六介さんの剣が根元から折れていった。
「気持ちの入った、良い技じゃったぞ」
「ありがとうございます」
こうして仕合は、終わりを告げた。
しばらく言葉なく立っていると、六介さんが話しかけてきた。
「恭也君。君は膝を壊しているようじゃが・・・」
「・・・見抜かれていましたか」
「ああ。じゃが、そこまで動けるようになったということは、相当努力したようじゃな?」
「・・・自分には剣しかありませんので。それに、妹に剣を教えると約束をしたので、
師匠役をする自分は、それ以上にできなければならなかったんです」
そう、人に物を教えるということは、少なくとも手本が示せること。
そして弟子が成長していく度に、少しずつ実力を引き出せる奴でなければならない。
だから俺は、自分の身体を苛め抜いた。そして、ようやくここまでやって来れた。
だが、俺の限界はすぐそこだろう。いや、俺の身体は、もう限界を超えているかもしれない。
それぐらい無茶を重ねてきた。だから、ここらが剣士としての俺の終着点になるのだろう。
「自分の限界はすぐそこだと、そう感じているわけじゃな?」
「そうです。最初は、父さんのようになりたくて。次は父さんの代わりに家族を守り抜くために。
最後は、妹に御神流を教えるために。どんどんやれることの幅が狭くなり、ここらが限界だと思います。
幸い、免許皆伝である叔母が帰ってきたので、妹はここから先に行けるようになりましたし・・・」
これから先、俺が美由希にしてやれることはもうない。
家族を守ることも、俺以上に上手くやってくれるようになるだろう。
そんな時、俺は・・・
「・・・恭也君、君に一つ聞きたいことがある」
六介さんが、真剣な顔つきで問いかけきた。
「何でしょう?」
「・・・もし膝が治るとしたら、君はどんなことでもするかね?」
あとがき
前回の予告どおり、六介との仕合でした。
剣と共にあった人生。その中で手に入れたモノ、失われたモノ。
老成した雰囲気などに騙されがちですが、恭也はまだ成人していない年齢です。
士郎が亡くなってから見せなくなった、子どもとしての顔。
そんな顔が垣間見れた仕合でした。
今回と次回は前後編です。
今回のラストが、ドラマの前後編の前編みたいになっているのは、そのためです。
恭也は、六介の問いにどう答えるのでしょうか?
それでは今回は 、このあたりで失礼します。
仕合後に六介が放った意味深な言葉。
美姫 「それは一体、何を意味するのかしら」
そして、恭也はそれにどう答える!?
美姫 「注目の次回は、すぐそこ!」
では、また次回で!