『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』







「そうだ、恭也。帰りに少し寄り道してくけど、良いよな?」

出雲学園からの帰り道で、猛は俺にそう言った。

「あぁ、構わない……だが、どこへ行くんだ?」

学園から塔馬家まではほとんど一本道で、寄り道ができるような店はなかったはずだ。
不思議に思ったので、俺は猛に尋ねてみた。

「あぁ、琴乃と明日香ちゃんの家だよ。二人の母親に呼ばれてるんだ」

そういえば、二人の家は塔馬家の近くだと言っていた。

「(だが、見ず知らずの自分が行って良いものなのか?)」

「二人の母親は絵本作家なんだ。そんで、時々第三者の感想が聞きたいんだってさ。
 だから、お前も協力してくれよ」

俺のそんな心境を読んだのだろうか。猛は俺を連れて行く理由を話してくれた。
琴乃さんと明日香ちゃんの母親か。一体どんな人物なんだろうか。





第七話 元・保健室のお姉さん





「さあ、着いたぞ。ここが琴乃たちの家だよ」

猛はそう言うと、インターフォンを鳴らした。
白鳥家は塔馬家と違い、ごく一般的な住宅だった。

「はぁ〜〜〜〜い、どなたですか〜?」

猛がインターフォンを押してから数瞬、インターフォンから声が返ってきた。

「どうも、猛です。絵本を見せてもらいに来ました」

「あぁ〜〜、猛ちゃん?いらっしゃい♪すぐに開けるから、ちょっと待っててね〜」

声の主がそう言ってからすぐに玄関の扉が開き、俺たちのいる門の所まで女性がやって来た。

「猛ちゃん、よく来てくれたわね〜。あらっ?そちらはどなた?」

声の主、恐らく琴乃さんと明日香ちゃんの母親と思われる女性は、猛にそう尋ねた。
二人に姉がいるという話は聞いていないから、この女性が二人の母親であることは間違いない。
……だが二人の母親だということは、少なくとも三・四十代なはずだ。
しかし目の前の女性は、とてもそんな年齢には見えない。

「こいつは恭也って言って、昨日からウチに下宿することになったんですよ。
 絵本の感想を聞くなら、人数は多い方が良いと思って……」

「あら〜、そうなの?ありがとう、猛ちゃん♪」

女性はそう言うと、猛の頭を撫でた。

「やめてくださいよ〜。もう子供じゃないんだから」

「ごめん、ごめん♪でも私の中じゃ、猛ちゃんはまだまだ子供よ〜」

子供扱いされた猛は文句を言うが、この女性にとって猛はまだまだ子供らしい。

「(なんというか、とてもやわらかい空気を持った人だな)」

そんなことを思っていたら、その女性が俺の方に向き直った。

「はじめまして。私は白鳥綾香よ。あなたのお名前を聞いても良いかしら?」

「自分は、高町恭也と言います。猛が説明してくれましたが、昨日から塔馬家にお世話になっています」

「ふ〜ん。もしかして、もうウチの娘たちに会った?」

『ウチの娘……』ということは、やはり琴乃さんと明日香ちゃんの母親だったのか……

「琴乃さんと明日香ちゃんのことですよね?ええ、昨日お会いしましたが」……

「じゃあ〜、話がはやいわね。私が二人の母親なのよ〜」

「(昨日会った倉島さんもそうだったが、最近の高校生の母親たちは、皆若く見えるものなのか?
 とても子持ちには見えないのだが……)」

そんなことを思っていると、

「そうそう。私のことは『綾香さん』って呼んでね、『恭也ちゃん』♪」

『綾香さん』は、そう言い出した。

「(んっ?今俺のことを何と呼んだ!?)」

聞き間違いだと思い、綾香さんに尋ねてみた。

「あの……今俺のことを何と呼びました?」

「『恭也ちゃん』って呼んだのよ〜。聞こえにくかったかしら?」

……聞き間違えではなかったようだ。
幼い頃から知っている猛ならともかく、こんな無骨な男を捕まえて『ちゃん』付けするとは……

「あの、『ちゃん』付けは勘弁してもらいたいのですが……」

さすがに、この年で『ちゃん』付けは勘弁してほしい。
唯一の例外で、美由希に『恭ちゃん』と呼ばれているが、あれは『お兄ちゃん』と呼ばれるよりマシだからだ。

「ええ〜〜〜〜っ!ダメなの〜?可愛いと思うのにな〜……」

俺の否定の言葉を聞くと、綾香さんは本気でガッカリしたようだ。
見ていて気の毒なくらいの落ち込み方をしている。
これでは、こちらが悪いことをしたような気になってしまう。

「……わかりました。『ちゃん』付けで呼んでもらって良いですよ」

少々恥ずかしいが、俺が我慢ンすれば良いだけだ。
それより、綾香さんを落ち込んだままにしておいた方がよほど面倒な事態になりそうだ。

「本当っ!!ありがとう、恭也ちゃん!!」

俺が了承の発言をすると、綾香さんはいきなり元気になった。

「それじゃあ〜、ウチに上がってね♪二人とも!」

そう言うと、綾香さんは家の中に上がっていった。

「恭也、恭也。ちょっと良いか?」

そんなやり取りを見ていた猛が、小声で話しかけてきた。

「綾香さんは、俺も剛も『ちゃん』付けにするんだ。
 だから、多分その感覚でお前にも『ちゃん』付けしちゃうんだと思う。
 悪気があるわけじゃないし、むしろ親愛を込めて呼んでるんだ。だから、怒らないでやってくれないか?」

猛は、俺が先ほどのことに腹を立てているのだと思ったらしい。

「いや、怒ってはいないぞ……ただ、この年でそう呼ばれるのが少し恥ずかしかっただけなんだ」

「そう言ってもらえると、助かるよ。それじゃあ、俺たちもお邪魔しようぜ」

猛は優しい性格らしい。
先ほどの剣道場での剛に対する接し方といい、無意識に気を使うタイプのようだ。
そんな猛だから、剛との対決でも無意識に手加減をしてしまうのだろう。

「ほら、恭也!はやく行こうぜ」

考え事をしていた俺を、猛が急かした。

「あぁ、済まない。それじゃあ、お邪魔します」

そう言って、俺たちは白鳥家の門をくぐった。



「そういえば、恭也ちゃん。もしかしてあなた、出雲学園に転校するんじゃないの?」

白鳥家の玄関を入ってすぐに、綾香さんは思い出したように俺に尋ねた。

「えぇ。今日は、その転校手続きに行ってきたんですが……何故わかったんですか?」

白鳥姉妹が言ったということもあるが、どうもそんな感じではなさそうだ……

「カンタンよ〜♪塔馬家に『下宿する』っていうことは、長期滞在するってことよね?
 だったら、転校するんじゃないかな〜って思ったのよ〜」

「なるほど。言われてみれば、確かにそうですね……」

「だとすると、この近くの高校は出雲学園だけだしね〜」

鋭い。柔らかな雰囲気を持つ人でありながら、とても頭がキレる。
職業は絵本作家だと言っていたが、それだけではこんなに鋭くはならないだろう。
少し興味が沸いたのか、気が付くと俺は綾香さんに質問をしていた。

「絵本作家になられてから、結構長いんですか?」

「うぅ〜ん。だいたい十八年くらいかしら〜?絵本作家になる前は、出雲学園に勤めててたから……」

「出雲学園にですか?」

ということは、以前は教師をしていたのか?

「綾香さんは、出雲学園で保険医と科学の先生をやってたんだよ」

猛がそう説明してくれた。

「(教師と保険医の兼任!?そんなことできるのか?)」

俺が疑問に思っていると、綾香さんは当時を思い出したかのように、語りだした。

「あの頃は、六介さんが理事長をしててね。
 それで、人手がいないから保険医と科学の教師を兼任してほしいって言われたの。
 幸い、私は両方の資格を持ってたから〜」

……なんてアバウトな。そんなことを頼む方も変だが、引き受ける方も相当変わっている。
というか、両方の資格を持っている人なんて、普通はいないだろう。

「それで、結婚するときに出雲学園を辞めたのよ〜」

この人も含めて、六介さんの知り合いは皆とんでもない人ばかりらしい。
……俺もあまり人のことは言えないが。



「でね〜、これが今回の絵本なのよ。これを読んで、感想を聞かせてほしいの」

そう言って綾香さんが俺たちに渡したのは、『いずも』という本だった。

「恭也君は知らないと思うけど、実はこの本って、昔私が書いた小説が元になってるの♪」

「……話の筋は変えずに、子供が読めるようにしたということですか?」

「ええ、そうよ♪」

こういう話は、割とよく聞く。
グリム童話などがそうだったハズだ。
……こんなことを知っているのも、ウチの本好きがよく言っていたからなのだが……

「(とにかく、今日は絵本の感想を言うためにお邪魔しているわけだし、はやく読んで感想を言わなければ)」

「では、失礼して読ませていただきます」

「どうぞ、どうぞ〜♪」

俺は綾香さんに一言断ってから、絵本を読み始めた。










あとがき

ゲストキャラクターその2、白鳥綾香(旧姓:橘綾香)の登場です。
IUZMO2のヒロイン、琴乃と明日香にとって、この人の存在は欠かせません。
二十年経っても変わらない天然ぶり。
上手く表現できていると、嬉しいです。

次回は、『いずも』の内容を出す予定です。
一体どのような絵本なのでしょうか?


それでは今回は 、このあたりで失礼します。





綾香さんの登場〜。
美姫 「確かに、琴乃ちゃんや明日香ちゃんがいるんだから、そうなるわね」
うんうん。前作のIZUMOを知っている人には懐かしい顔だな。
美姫 「そして、いずもという絵本」
まあ、体験記みたいなものを子供向けにしたって所かな?
美姫 「一体、どんなお話なのかしらね」
うんうん。楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ、また次回でね〜」
ではでは。



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ