『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』
俺の塔馬家での一日目が無事に終了し、二日目の朝が明けた。
現在、五時丁度。環境が変わっても、身体はいつもの習慣を覚えているようだ。
鍛錬の場所は、庭を借りて良いことになっている。
昨夜のうちに、六介さんの了承は得ているので、さっさと準備して鍛錬に行こう。
はやくしないと、みんなが起きてきてしまうからな……
第二話 北河神社の巫女
準備運動・ストレッチを終え、ロードワークに出る。
この辺りの地形を把握する意味も兼ねてだ。朝の空気を満喫しながら、走っていく。
……なるほど。この辺りは都会から離れていることもあり、緑が豊富に残っているようだ。
山もあり、川もある。
「……今回の件が終わったら、美由希と修行に来てみても良いかもしれないな……」
そんなことを思いながら走っていると、なにやら神社らしき建物が見えてきた。
「ここは神社か……八束神社を思い出すな……」
ここから遠く離れた、地元の神社を思い出しながら、その鳥居をくぐって行く。
ここが八束神社ならば、巫女のアルバイトをしている友人が出迎えてくれるだろうが、生憎ここは違う。
「北河神社か……ここも鍛錬に向いてそうな造りをしているな」
境内を観察しつつ、そんなことを考えていた。
「……おはようごさいます。こんなに朝はやくに参拝ですか?」
声のした方を向くと、そこには一人の巫女が立っていた。
「(まさか、さっき考えたことが現実になるとは……)おはようございます。
自分はこの町にしばらく滞在することになったので、ロードワークがてら地形を把握していたんです」
「そうなんですか……どちらから、いらしたんですか?」
「海鳴という所から来たのですが……ご存知ですか?」
「海鳴ですか……えぇ、知っています……随分遠い所から、いらしたんですね?」
「えぇ……ちょっと探し物をしに。ただ、滞在期間が長引きそうなので、こちらの高校に通うことになりましたが」
「こちらの高校というと……もしかして、出雲学園ですか?」
「良く分かりましたね?」
「この辺りの高校は、出雲学園しかありませんから……」
「そうなんですか」
巫女である少女と会話をしていると、一羽の大きなカラスがやって来た。
「ヤタロー」
そう言われたカラスは、少女の下へ。どうやらこのカラスは、『ヤタロー』というらしい。
恐らく、この少女が世話をしているのだろう。よく懐いているようだ。
「貴女の友達ですか?」
「えぇ、私の大切な友達です。ヤタロー、こちらは……」
「高町恭也です。よろしく頼む、ヤタロー」
「クワァ、クワァ!」
どうやら、通じたらしい。元々カラスは知能が高いというからな。
「そういえば、自己紹介していませんでしたね。私はこの神社の娘で、『北河麻衣』と言います」
「自分は高町恭也です。よろしくお願いします」
遅ればせながら自己紹介をし、ふと時計を見ると、もう六時半になろうとしていた。
「家主が心配するといけないので、そろそろ失礼します。朝の貴重な時間なのに、申し訳ありませんでした」
「いえ、お気になさらず。ただ掃除をするだけでしたから」
「それでは、失礼します」
そう言って踵を返すと、来た道を戻っていった。
しかし、さっきの巫女「北河麻衣」さんは、何かの武術を嗜んでいるようだな。
動きに隙が無かった。
「それにしても……同じ巫女でも、こうまで違うものなのか?」
遠く離れた八束神社の巫女を思い出し、苦笑した。
同刻同時間 八束神社
「っくしゅん!……う〜ん、もしかしたら恭也さんが噂してるのかなあ?」
とか何とか言った巫女がいたとか、いないとか。
「だだいま戻りました」
「うむ、お帰り。しかし、随分早起きなんじゃな?」
ロードワークから帰ってくると、庭には六介さんがいた。
「そういう六介さんも、起きるのが早いですね?」
「わしのは長年の習慣と、加齢現象じゃよ。しかし、猛も恭也君を見習って欲しいのう」
「彼は早起きが苦手なんですか?」
「そうなんじゃよ。いつも、琴乃ちゃんと明日香ちゃんに起こしてもらってるんじゃ」
「まあ、仕方ないですよ。うちの下の妹も早起きが苦手ですが、あれは治りそうもないですから」
「そう言うもんかのう」
六介さんは、不満そうだ。まあ、当然かもしれない。
武道家が寝ている時に襲われて、言い訳をするわけには、いかないからな。
「それより、この辺りはどうじゃった?ロードワークのついでに見てきたんじゃろう?」
「ええ、良い所です。緑がたくさん残っているし、空気も澄んでいて。今度、家族も連れてきたいぐらいですよ」
「そうか、そうか。その時は、言っておくれ。うちで良ければ、いつでも歓迎じゃからな」
「はい、ありがとうございます」
会話をしている間に、呼吸も整ってきたし、そろそろ鍛錬を再開するか。
「それでは、自分は鍛錬がありますので、失礼します」
「ああ。気を付けての」
一旦部屋に戻り、鍛錬用の木刀を取り出す。そして、再び庭に戻る。
「(今回の旅は出稽古も兼ねていたから、装備一式やら鍛錬用の道具を持ってきて正解だったな)」
素振りに始まり、相手をイメージしながらの鍛錬。
その際には、斬・徹・貫を入れること忘れずに行う。
今回の場合は、いつも鍛錬の相手になっている、美由希を相手にイメージする。
最近の美由希は今までの鍛錬の成果が急に出始めたようで、こちらも気を抜いてかかると痛い目を見る。
打ち合うこと数十合、イメージの中の美由希が射抜の構えを取る。
あれは美由希の母である、美沙斗さんの最も得意とする技だ。
美由希は最近、射抜をモノにしつつある。対してこちらは、射抜はあまり得意ではない。
迎撃するならば、こちらも自分の得意技、薙旋を出すしかない。
四連撃である一・二撃目を射抜を払い、逸らすことに使い、三・四撃目を叩き込む。
勝敗は決した。こちらの目論見通りになった。
しかし、美由希が射抜を完全にモノにし、そこから別の技に派生できるようになったら?
恐らく美由希は、俺の前を歩いているだろう。師匠としては、うれしい限りだ。
だが、一剣士としては、まだ負ける訳にはいかない。
パチパチパチ
気が付くと、拍手が聞こえた。そこには、六介さんが立っていた。
「その年で、その領域まで行くのか。大したものだ」
「いえ、まだまだですよ」
そう、まだまだだ。こんな強さでは、みんなを守りきれない。
「しかし、焦りも見えるのう」
そんな俺を見透かしたかのような発言だった。
「……分かりますか?」
「普通の人間には分からんじゃろうな。しかし、何をそんなに焦っているんじゃ?」
少し迷ったが、聞いてもらうことにした。
「……自分には、剣しかありません。父さんのように、みんなを守る。それが目標でした。
しかし最近になって、今まで守ってきた者が力をつけてきて、立場が逆転しつつあります。
一人の師匠としては喜ぶべきなのですが、一人の剣士としては、まだまだ負ける訳にはいきません。
だから焦っているのかもしれません……」
そう、いつか訪れる日。
美由希が剣を御神流を始めてから、いつかは来ると思っていた日が、すぐそこまで来ている。
みんなを守れなくなったら、自分にどんな価値があるんだろうか?
そんなことまで考えてしまう。
「……そうか……確かに難しい問題じゃな」
そう言って、六介さんは考え込んでしまった。
そしてしばらくの沈黙の後に、六介さんは口を開いた。
「……恭也君。今日の夜、儂と手合わせをせんか?」
どうやら六介さんには、何か考えがあるようだ。ならば、
「……お願いします」
という他無いだろう。それにそんな考えを抜きにしても、手合わせしてもらえるのは正直ありがたい。
「では夜九時に、ここで」
そう言うと、六介さんは家の中に入っていった。
あとがき
学生会長こと、北河麻衣の登場です。
彼女は、なかなか表現しづらいキャラクターなので、苦労しました。
ちゃんと、表現できていると嬉しいです。
ちなみに、巫女さんの比較は結構気に入っています。
実際に両者が同じ環境にいたら、たぶん比較されると思うので書いてみました。
次回は前後編を予定しています。
さらにもう一人、IZUMO側からキャラクターが登場しますので、よろしくお願いします。
麻衣の登場〜。
美姫 「巫女さんの比較は面白いわね」
六介との手合わせ。
それで恭也は何を感じるのか。
美姫 「六介は何を恭也に伝えようとしているのか?」
次回も楽しみです。
美姫 「次回も待っていますね〜」
ではでは。