俺は、未だに状況が掴めていなかった。

 

  神々しいまでに綺麗な女性。その女性がいきなり現れると自分の前に跪き臣下の礼を取り、更に自分を「ご主人様」と呼んだ。

 

  この状況が解る奴がいたら奇跡だ。いたら称賛してやる。

 

「えっと……誰?」

 

  取り敢えず、真っ先に思い付いた疑問を口にする。

 

  すると女性は顔を下げたまま凛とした声で先ず名乗らなかった非礼を「失礼しました」という謝罪の言葉を述べ、詫びると、一刀の質問に答える。

 

「私は、姓は関、名は羽、字は雲長と申します」

 

「……関羽…か…」

 

  俺は、その名を聞いて納得した。

 

  あれ程の腕前の女性を闘いもせずに平伏させる。それは関羽程の武将ならばできても全く不思議ではない。

 

「ご主人様の御名前は?」

 

「え? 俺か…?」

 

  思わず聞き返してしまう。

 

  それも仕方ないだろう。何せ、先程から何故か関羽は一刀を「ご主人様」と呼んでいる。

 

  関羽はさも当然の様に話し掛けるが、一刀からすれば不思議なことこの上ないのだから。一刀の言葉に律儀にも「そうです」とまたも当然の様に言いながら頷く。

 

「北郷一刀…です…」

 

  関羽の放つ威圧感とも、覇気とも違う、言い表し難い何かに圧倒され、思わず敬語で答えてしまう一刀。

 

「北郷一刀様、これより私は貴方のために、身を粉にして戦う所存にございます!」

 

  まったく話が見えない……。

 

  取り敢えず、もう少し話を聞いてみよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十四話:覇王

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……話をまとめると、君は俺を天の御遣いと思い、俺を迎えに来た…と?」

 

「はい、その通りです」

 

  何と言うか……むちゃくちゃだな……。

 

  雪蓮の時もそうだったが、普通信じるか?んな予言……。

 

「人違いじゃあ?」

 

「いいえ。間違いありません」

 

 一刀の言葉に確信の籠った表情で首を左右に振りながら、一刀の可能性を否定する関羽。

 

「管路という占い師曰く、天の御遣い様は2振りの宝剣と日光を反射する白い服を着ている、とのことでしたから…」

 

「成る程…」

 

 見事に当たっているな…。

 

  多分、管路という占い師はそういった方面に明るい魔術師なのかもな…。

 

「おぉ!お認め下さいましたか!?」

 

  関羽は一刀の呟きを勘違いしたらしく、まるで普通の女の子の様に嬉しそうに笑う。

 

「え!? いや、ちが――」

 

「姉者ーーーー!!」

 

  その誤解をとこうと、一刀は慌てた様子で否定するも、その言葉は幼い少女の声に阻まれる。

 

 関羽はその少女に表情を柔らかいモノにしながら振り向く。

 

「おぉ、鈴々! む? オイ、桃瑚姉上はどうした?」

 

 しかし、もう一人の連れが居ないのが解ると再び表情を強張らせる。

 

「にゃ? 桃瑚なら、後ろに――って、ありゃ?」

 

  関羽の質問に鈴々と呼ばれた幼い少女は後ろを振り向く。

 

  そうして、自分の後ろに誰も居ないのが判ると疑問の声を上げる。

 

「『ありゃ?』――じゃないだろ!今すぐ桃瑚を連れて来い!!」

 

「うにゃーーー!!アイシャゴン出現なのだーー!?」

 

「だ、誰がアイシャゴンだ!!!」

 

「うにゃ!? 今すぐ桃瑚を連れて来るのだーー!!」

 

  そう言うと鈴々と呼ばれた少女は来た時同様、恐ろしい速度で走り去る。

 

  そんな鈴々が走り去ったのを確認し、関羽は「まったく……」と呟くと、一刀に向き直る。

 

「妹が申し訳ありません……」

 

  妹……つまり、あれが張飛って訳か?

 

  こりゃまた、随分と幼い少女だったな…。

 

「いや、気にしてない。それより――」

 

「あのぉ……」

 

  一刀が今度こそ誤解を解こうとするも、またもそれは阻まれる。

 

  今度は、一刀を一撃で退けた――跳ねっ気の黒い髪で、赤いヘアバンドを着けている凛々しい顔立ちの女性がそろ〜りといった感じで話し掛ける。

 

「む? 何だ?」

 

  関羽はその女性に一刀とは違い高圧的な態度で相手をする。

 

  それもそのハズだろう。彼女等は今まで、主(仮)と敵対していたのだから。

 

 その覇気に圧倒された訳ではないが、女性は緊張した様子でまたも跪く。

 

「ボク――じゃなくて、私は、周倉(しゅうそう)と申します!あ、あの!関羽様のお噂は予(かね)てより聞いておりました。美しい黒髪を靡かせながら匪賊を倒す絶世の美女、と…」

 

「ほ、ほぉ……そうか…」

 

  「絶世の美女」というワードに照れているらしく、少し高圧的な空気を和らげて周倉に応える関羽。

 

  周倉は跪きながら一刀と会話していた時とは違う、改まった口調で続ける。

 

「失礼ながら、私は、そのお噂を疑っておりました。しかし!お噂は本当だったようです!」

 

「い、いや……それほどでは……」

 

  褒め殺しとも言える周倉の言葉に益々照れる関羽。

 

  そんな関羽を見て、意外に単純そうだな、と一刀は思ってしまった。

 

「それで、もし!もし、よろしければ、私を家来にして下さい!!」

 

「む? 家来、だと?」

 

 照れまくっていた関羽だが、周倉の言葉に表情を厳しいモノにする。

 

「はい!! 私、関羽様には到底及びませぬが、些か腕には自信がごさいまして、必ずや、お役に立てると思います!ですから!」

 

「………」

 

  周倉がその凛々しい顔を上げ、必死に訴える。

 

  だが、関羽はじっと周倉の目を見つめるばかりで、その申し出に答えない。

 

  じっと見つめられた周倉はというと、憧れの人物におもっい切りガン見されるのを照れたのか、頬を赤く染めながら思わず視線を外してしまう。

 

「一つ……訊いておきたい……」

 

「は、ハイ!何なりと!!」

 

  周倉は憧れの人からの質問されると思うと、異常なまでに目を輝かせながら答える。

 

  関羽はその反応に思わず一歩足を引きそうになるが、そこは一騎当千の武人。その程度では引き下がれない。

 

  関羽はうん、と一つ頷くと質問する。

 

「では……私は今から、お前の仲間と戦う。お前は………お前の仲間を斬れるか……?」

 

「もちろんです!!」

 

「は………?」

 

  思わず声を出す関羽。声は出していないが、一刀も思わずガクッ姿勢を崩す。

 

  関羽の溜めに溜めた重い質問をあっさりと――寧ろ、喰い気味に答えてきたのには流石に関羽も耐えきれなかったようだ。

 

  だが、周倉からしてみれば、それは当然のことだ。

 

  今の上司はぶっちゃけ気に食わない。

 

  大して強い訳でもないのに、何かというと威張るし、その上、今回の様に村や町を襲っては弱い人々から食料や財産、或いは命すら奪う様な奴だ。

 

 そんな周倉に言わせれば、クソみたいな上司と、敬愛する関羽様では比べることすら愚かしい行為だった。

 

  今、この場に居る周倉の部下――37名は、周倉と気持ちを同じくする正義感が強い者なので、それは恐らく、彼等も同じだろう。

 

「そ、そうか……ならば、認めよう……」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

  周倉は嬉しい以外表現する言葉が無いくらい嬉しそうな表情で頭を深々と下げる。

 

  そうして、関羽は一刀に向き合い、話を再開する。

 

「心強い仲間が増えました」

 

「あぁ…そうみたいだな……」

 

「ですが、今いる人数では、先程の賊どもに勝つなど到底無理です。ですから、今から近くの酒家に向かい、義勇兵を集いましょう」

 

「………」

 

  一刀は関羽の提案に答える前に、周りを見渡す。

 

  そこには、無残に殺された人々、親を見失い、泣き叫ぶ子どもなどがたくさんいた。

 

「あ、ご主人様……?」

 

  突然、自分の横をすり抜け、ドコかへと向かう一刀に思わず疑問の声を上げる関羽。

 

  一刀はそんな関羽を気にした風もなく一人の泣き声を上げる幼い――先程現れた鈴々という女の子と同じくらいの年頃の女の子に近付く。

 

  そして、そのライトブルーとライトグリーンが入り交じる髪の女の子に目線を合わせる様にしゃがみ込む。

 

「どうしたの?」

 

  できるだけ優しい声で、女の子の不安を和らげる様に一刀は話し掛ける。

 

「ひぐっ……お母、さんが…ひぐっ!……っ…こわいヒト、に……ぅ……つれて、ひぐっ、いかれちゃったの………ひぐっ……」

 

「………」

 

 ライトブルーとライトグリーンが入り交じる髪を泣きながら女の子は振り乱す。

 

  一刀は心を痛めているのを隠そうともせずに表情を歪める。

 

 そうして、少しの間顔を俯くと、そのライトブルーとライトグリーンが入り交じる女の子の髪を優しく撫でる。

 

 女の子は一瞬ビクッと肩を震わすが、一刀の暖かい手に安心したのかスグに震えは止まる。

 

「大丈夫……。お母さんは、お兄ちゃんが必ず助けてみせるから……」

 

「……ぅ…ホント……?」

 

 ライトブルーとライトグリーンが入り交じる髪の女の子は顔を上げ、半信半疑といった表情で一刀を見る。

 

 一刀はそんな女の子にできるだけ優しい表情と声で答える。

 

「ああ……勿論だ。約束する……。だから、もう泣かないで……お母さんがいつ帰って来ても良いように、笑いながら待っていようね…?」

 

「………うん…」

 

 一刀の言葉を信用し返事をしたものの、やはりまだ幼い女の子。そう簡単には泣き止むことはない。

 

 一刀は立ち上がり、酒家に向かうよう促すと女の子は酒家へと向かっていった。

 

「俺は、天の御遣いなんかじゃない……」

 

  依然として、一刀は関羽に背を向けたまま、後ろで一刀同様に心を痛めている関羽に言う。

 

  関羽は管路の予言が示す人物が一刀しか居ないため、否定しようと思うが、一刀の放つえもいわれぬ雰囲気に言葉を呑む。

 

「だけど、俺が天の御遣いと語れば……きっと、義勇兵が集まるよな……?」

 

「はい……恐らくは……」

 

  それは恐らく確実だと思い、関羽は返事をする。

 

「そうすれば……勝てるか?」

 

 その言葉に、関羽は伏せていた顔を上げ、またも跪き、臣下の礼を取りながら答える。

 

「――――ハイ!!この関雲長――いえ、愛紗の一命に賭けて!!」

 

  決意の籠った愛紗の声が響く。

 

  すると、更に言葉は続く。

 

「ボクも!絶対勝ってみせるよ!!」

 

  凛々しい顔立ちをより凛々しいモノへとして周倉が誓う。

 

  それに続く様に周倉の部下37人も、「俺も、俺も」と声を上げる。

 

  周倉の37人の部下が決意を言い終える。すると、少し遠い所から更に声は続く。

 

「鈴々もなのだーーー!!!」

 

  いつの間に戻ってきていたのか、鈴々も身体全体を使いながら答える。

 

  そして、鈴々が連れて来た肩まである桃色の、ウェーブのかかった髪の女性もそれに続く。

 

「私、劉備玄徳――いえ、桃瑚もご主人様のために、微力ながらお手伝いいたします」

 

  一連の一刀の行動を見ていたのか、劉備玄徳――桃瑚は一刀を主と認めるのに何の戸惑いもなしに、誓いの言葉を述べる。

 

(せめて、俺の目の前では、二度と……)

 

  こんな惨劇、もうイヤだ……。

 

  だから、俺は背負う……。

 

  人々の未来を。人々の現在を。人々の過去を。人々の命を。

 

  もう俺は、俺を誤魔化したくないから…。

 

「先に酒家へ向かっていてくれ…。ちょっと行きたい所がある……」

 

  約束したしな、神麗と……。

 

  一度、あの宿に帰らないとな…。

 

「その必要はないわよ……」

 

「え……?」

 

  その声がする方へと振り向くと見覚えのある三人がいた。

 

  それは秀麗、瑠麗、神麗だった。

 

 一刀は心底驚いたといった表情で、思わず疑問の言葉を投げ掛ける。

 

「お前達……どうしてここに……?」

 

「どうしても、こうしても、賊がいなくなっても、兄さんが帰らないから探しに来たンじゃない!」

 

「ああ……えっと……スマン…」

 

  黒髪を未だにオフの状態――下ろしたままの次女――瑠麗の正論に、言い逃れなどできるハズもなく、何と言うべきか悩んだ挙げ句、結局素直に頭を下げる一刀。

 

「そんなことより、早く酒家へ向かいましょう?」

 

  サラサラの腰まである茶色い髪を持つ長女――秀麗がいつも通りの慈愛を感じさせる笑みで一刀に話し掛ける。

 

「えっ? でも、お前ら……」

 

「まさか……私たちを置いてくつもりじゃないでしょうね……?」

 

「………」

 

  当たり前だろ……。

 

  俺は今から、殺し合いをけしかけに行くンだ…。

 

  そんなモノに、秀麗達を巻き込みたくはない……と。そう思っていた。

 

  しかし、瑠麗の「んなこと、言わせないぞ!」といった表情に、その思いを言葉にするのを堪えてぐっと呑み込む。

 

「私達は、兄上に付いて行くって決めたんです……。ね? シェン?」

 

「ん…………」

 

  秀麗の問いに小さく頷いた神麗は、てくてくと一刀の傍へ近寄ると、袖を引っ張りながら決して上手ではない言葉使いで一刀に話し掛ける。

 

「あにさま………いっしょ………」

 

  その一言が不思議と一刀の心にケジメを付ける決定打となった。

 

(解らない…)

 

  この娘は、本当に解らない……。

 

  魔術なんて使ってる訳でもない。何かの呪いの様なモノがかかってる訳でもない。最早龍の因子もない。

 

  なのに、何故か俺はこの娘に逆らえない。

 

  だけど……確かにそうだな……。

 

「ああ……勿論だ……」

 

 そうだな…。今更ここでさようならは、無責任だな…。

 

  まだ、俺はこいつ等に何もしてねぇ……。俺が何かをしてやるとしたら、コレからだ…。

 

「ご主人様……」

 

  ドコかしら人を惹き付ける魅力を発する桃色の髪の女性――劉備玄徳こと桃瑚が一刀に遠慮がちに話し掛ける。

 

「ああ……。じゃ、行くか…」

 

  一先ず一刀達は、義勇兵を集うために酒家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  酒家へと向かう道のり。

 

 街には肩を借りながら歩く人。火の上がる家の前で茫然と立ち尽くす家主と思わしき男性。先程一刀が声を掛けた女の子同様、泣きながら父や母を呼ぶ子ども。

 

  立ち止まり、話し掛け、そして助けたい。何度そう思ったことか。

 

  それは一刀だけではなく、一刀に同行する全ての人がそう感じていた。

 

  しかし、一刀達は夢想家ではない。

 

  世界が善人にだけ都合良くできてはないということぐらい解っている。いや、場合によってはズル賢い者の方に都合が良いことの方が多かったりもする。

 

  そして、もう被害を受けた人より、今から被害を受ける可能性がある人達を救う方が先決だ、と。

 

  だから、一刀達は後ろ髪を引っ張られる思いがする中、酒家へと向かう足取りを速め、思っていたより早く酒家に着いた。

 

「………」

 

 酒家に居る人々は、一刀達が侵入してきたにも拘らず、誰一人顔をコチラには向けない。

 

  酒家には重傷、軽傷、無傷とそれぞれ状態は違うが、皆一様に表情を曇らせ、言葉すら発しない人々がそこにはいた。そんな彼等を手当てし、励ます状況の人々まで、事務的に仕事をこなすばかりで言葉を発せず、同じ様な目をしていた。

 

 何より彼等の絶望という感情が、言葉より解りやすい形で如実に出ていた。

 

「ひどい……」

 

  そんな中、桃瑚は思わず口を開く。

 

  それは桃瑚のみならず、皆が抱いた感想だ。

 

「桃瑚殿――む?」

 

  一刀達が酒家に入ると誰一人して見向きをしなかったにも拘らず、1人の女性が桃瑚に話し掛ける。

 

  その女性は、一刀を見ると思わず驚いたと言わんばかりの――少し、普通の人より解り難いが――表情を浮かべる。

 

  その女性の声に反応し、一刀はその女性を視認する。

 

「あ……」

 

  一刀も女性同様に声を上げる。

 

  それもその筈。一刀はそのスカイブルーの髪で、更に切れ長の目の女性に見覚えがあったのだから。

 

「星……?」

 

  その女性の正体は果たして、趙雲子龍こと星だ。

 

  思いもよらない人物との再会に、一刀は更に疑問の言葉を続ける。

 

「どうして、こんな所に……?」

 

  別に、互いに旅に出た身。ドコに居ようと不思議ではないハズ。

 

  勿論、別に星がこの街に居るのを怪しんだ訳ではなく、ただここに辿り着くまでの経緯が気になっただけなのだが。

 

「それはコチラの台詞です。何故、北郷殿が桃瑚殿と、共に居るのです?」

 

  しかし、星からしてみてもそれは同じ。

 

  よって、星は一刀に同じ様な質問を投げ掛ける。だが、一刀と違うのは、同行していた人物に対する経緯を訊ねるということだった。

 

「あ、せっちゃんは、ご主人様と知り合いなんだ?」

 

  先程の両者の会話から顔見知りであるということを察し、桃瑚は星に話し掛ける。

 

  ちなみに、一刀は「せっちゃんってどーよ?」と、思ったが、口にはしない。してしまったら、昇龍の化身が私も好きで呼ばれている訳ではない、とか言いながら刃物を突き付けてきそうな気がしたからだ。勿論、首に。

 

「ご主人様? もしや……」

 

  そんな一刀の脳内など、知る由もない――何故か星なら判りそうと思えるが…――星は桃瑚の一刀への呼称に一つの結論に辿り着く。

 

  そこは、やはり完璧将軍として、一刀の世界でも名を馳せた――本来は男なのだが――女性。

 

  その予想は概(おおむ)ね当たっていた。

 

「そ。さっすがせっちゃん! 理解が早いね♪」

 

  先程までのこの状況を憂いていた様子とは打って変わり、まるで小躍りをせんばかりの眩い笑みを浮かべる桃瑚。

 

  しかし、その眩さはこの場には似つかわしくなかった。

 

「んだよ……あんた等は……」

 

  質問というよりも、その不謹慎な笑みに対する怒りの様なモノを犇々(ひしひし)と感じさせる声色と表情で、リーダー格と思われる青年が桃瑚に突っかかる様な雰囲気で話し掛ける。

 

  しかし、それでも桃瑚はその表情を変えない。こんな状況だからこそ、逆に明るく振る舞うのが彼女なのだ。

 

  そして、それは別に意識して生まれた訳ではなく、彼女が産まれ以て持ち合わせている天然の魅力なのだ。

 

  その、天然の魅力に惹かれたかどうかは定かではないが、酒家に居た顔を俯せていた人々が桃瑚達の方を見る。

 

「私たちは、この戦乱を憂う者です♪」

 

  全く憂いてないだろ、テメェ。

 

 酒家に集った人々は皆一様にそう思った。

 

  語尾から推察できるとは思うが、桃瑚は天然の魅力をここで発するのは間違いだと気付いていないらしく、この場に似つかわしくない極上の笑みを浮かべながら言い放ったため、酒家に居た人々の心は桃瑚達に不利な方向に傾いた。

 

  その場に居た鈴々と神麗以外の者全員が思った。

 

 もう少し解り易く憂いてくれ、と。

 

  しかし、今の答を聞いて、リーダー格の青年はある一つの結論に辿り着いたらしく、今度は解り易く質問を投げ掛ける。

 

「官軍か!? 俺たちを助けに来てくれたのか?!」

 

  リーダー格のこの男性は中々聡明らしい。

 

 この、空気とかその他色んなモノが読めてなさそうな極上の笑みを浮かべる女性――敢えてここでは名前を伏せよう――を見たら、当事者の立場になれば間違いなく腸(はらわた)煮えくり返る様な思いになっていて当然だと言うのに、男性はその言葉から少し導き難い答を見付けたのだから。

 

  少なくとも一刀は、殴られても文句は言えない状況と見ていた。

 

  そのリーダー格の男性が導き出した答に皆、蘇った様に喜色を露にする。

 

「残念だが、我々は官軍ではない……」

 

  しかし、その喜びも束の間だ。

 

  今度は厳格な表情を浮かべる艶やかな黒髪の女性――愛紗が否定の言葉を述べる。

 

  ちなみに桃瑚は、星に話の邪魔になると、後ろに引っ張られていった。普段なら人という人を魅了して止まない人なのだが、今は邪魔にしか思えなかったからだ。そして、それは皆が一様に抱いていた思いだ。

 

「なんだ……」

 

  一刀達の桃瑚に対する思いは、この際おいといて、愛紗の言葉に落胆を露にするリーダー格の男性。リーダー格の男性だけではなく、その場に居た人々はまたも瞳に絶望の色を表す。

 

  ただ、一刀達が来た時と一つ違ったのは、その空気をより深める様な言葉を吐くモノがいたことだ。

 

「クソ! アイツ等、また来るだなんて言いやがって……」

 

 不安からか、その声に呼応する様に更に違う男性が声を上げる。

 

「どーすんだよ??! 今度は、俺の嫁や、娘だって奴等の餌食にされちまうかもしれねーんだぞ!!」

 

 しかし、それはその男性だけではない。彼と同じ様な境遇の者は、この場にはごまんと居た。

 

 そして、その同じ境遇にある一人の男性が提案する。

 

「なぁ……考えたんだが…皆で、街を出て行くってのはどうだ?」

 

  確かにそれも一種の手だろう。

 

  敵の数は、周倉から約4000程度という普通に考えて、賊にしてはかなり大規模の軍勢であると一刀達も聞いている。

 

  だから、一刀はそれこそが一番安全かもしれない方法だと思い、彼等の稚拙な論争に付き合う。

 

「んなことできる訳ねぇだろ!!この街は、ご先祖様が代々築いてきた街だぞ!その街を捨てるなんてこと!」

 

「じゃあ、どうすんだよ!!このまま奴等がまた来るのをじっと待ってろってのかよ!!」

 

「お、落ち着け!俺らが争っても、どうにもなんねーだろ!」

 

「………」

 

「………」

 

  その稚拙な論争も、リーダー格の青年の声で終わる。

 

  男性が正論に、先程まで言い争っていた二人は黙り込む。

 

  しかし、一度溢れ出た不満はそう簡単には止まらなかった。

 

「官軍は何で助けに来てくれねぇんだよ!!」

 

 その言葉に、酒家に集まった面々は「そうだ!そうだ!」と言いながら続く。

 

「だいたいこの戦乱だって、役人連中が好き勝手やったからなんじゃねぇか!!」

 

  そして、その呼応した故に出た言葉に更に人々は呼応する。

 

  いつしか論争は、ただの愚痴へと成り下がっていた。

 

 一刀はそんな苛烈で一方的な愚痴に何の遠慮もなく、土足で踏み込む。

 

  義勇兵を募るなら、彼等の覚悟を聞いておく必要があるからだ。

 

「逃げないン……ですか…?」

 

  一刀が一応歳上ということもあり、敬語でリーダー格の青年に割り込む様な形で訊ねる。

 

  青年は割と気さくな表情を浮かべながら応じるが、他の者達はよそ者が話に介入してくるのを不快といった表情を浮かべている。

 

「あぁ……ここは、俺達が生まれ育った町なんだ……。そう簡単には捨てられないよ……」

 

「死にますよ……? それでも、ですか…?」

 

  純然たる事実を突き付ける。

 

  賊がまた襲ってくれば、その結果は免れない。例え殺されなかったとしても、大事なモノを根こそぎ略奪された挙げ句、奴隷として一生を過ごすことになるだろう。

 

  そんな、護るべきモノも、自由も奪われたそんな状態は、一刀から言わせれば“死”以外の何物でもなかった。

 

「………」

 

「………」

 

  一刀の言葉に、口にすべき言葉すら思い浮かばず、表情を曇らせ俯く人々。

 

  リーダー格の青年はああ言ったが、彼等は違う。

 

  時には飢餓に喘いだこともあった。役人の理不尽な暴力にも、ただ許しを請いながら何とかしのいだこともあった。

 

  そこまでしてでも、生きたかった。――いや、この世に存在を残していたかった。

 

  そこまで執着した“この世”を、簡単に捨てられるハズがなかった。

 

「当たり前だ!!」

 

  しかし、リーダー格の青年は迷う人々を他所に、一刀に言い放つ。

 

  その真っ直ぐな言葉、姿勢、眼差し。

 

  それは元から郷土愛の強かった数人の人々の迷いを消し去る。

 

「そ、そうだ!」

 

「この町は、俺たちのモンなんだ!!」

 

「ああ!!あんな奴等に一矢報いることもなく渡してたまるか!!」

 

  それに呼応する様にまた数人の人々が賛同の意を表す。

 

  しかし、それでも酒家全体に居る人々の人数からしてみれば、まだ三分の一にも満たない。

 

「んなこと……どうでもいいんだ……」

 

 賛同の意を示さない三分の二の一人が、消え入りそうな声で呟く。

 

  彼等はイヤなのだ。

 

  一矢報いるなど、どうでもいい。こんな町なんか、くれてやる。

 

  でも、死にたくない。

 

  意地汚いと言われようとも、それは生物が生来から持ち合わせている本能なのだ。

 

「例え、一矢を報いようが……どうせ、負けるんだ……。そしたら……そしたら……」

 

 握った拳を小刻みに震わせながら、悔しそうな表情を浮かべて叫ぶ。

 

「そしたら、結局、町もクソもねぇじゃねぇか!!!」

 

  その水を差す様な言葉に、抗戦を唱える人々の代表――リーダー格の青年は怒鳴り付ける。

 

「じゃあ、この町が黒焦げの消し炭になってもいいのかよ!!」

 

「町は移ればいい!!最悪、また一から町起こしだってできる!!」

 

  リーダー格の青年の、気迫の籠った剣幕。しかし、それに負けじと、男性も怒声を張り上げ言い返す。

 

  そして、男性の言葉に――元から、逃げる派が多数だったのもあり――共感の意を示す人々も出る。

 

「そうじゃねぇ!!」

 

  しかし、リーダー格の青年は、その男性、共感を示す人々に怒鳴る。

 

「この町は1つしかねぇンだ!!」

 

「――――っ!」

 

  当然の事だ。

 

  どんなに似たような町を新たに作っても、それは、この町とはまったくの別物だ。

 

 しかし、そんなありふれた言葉にハッとした様な表情を浮かべる男性。

 

「俺は、この町で産まれた……。ンで、親友とも、この町で出会い、一緒に育ったンだ……」

 

  目の前で反対を唱える男性。彼も、リーダー格の青年と同じだ。

 

  生まれ育った町は、ここしかない。そして――

 

「ここを無くしちまったら、俺たちは、本当に全て無くしちまうンだ!!」

 

  叫ぶ表情は必死。

 

  リーダー格の青年には、それ以外“生きる”方法がなかった。

 

「解ってるよ……。んなこたぁ……」

 

  この町に居る奴等は、皆同じ気持ちだ。

 

 生きたい。

 

 だが、“生きる”ためには、命以上の何かを守らなければならない。

 

 そして、その何かとは、間違いなくこの町。辛いことも、悲しいことも、楽しいことも、嬉しいことも、全部が籠ったこの町は、この場に居る人々の思い出を具現化したモノだ。

 

  だから、何とかして、この町を守りたい。

 

  でも……

 

「でも、勝てねぇンだ!!俺たちじゃ!!」

 

  あんな数の暴力に、日頃から自分や家族のメシの心配を生きる理由として生きてきた自分たちでは太刀打ちできないんだ。

 

  それを解ってるから、男性は抗戦に反対する。

 

「この町は確かに大事だ。生まれ育った町だ。当然、そうに決まってンだろー!でもな、勝てなきゃ、勝てなきゃ意味ねぇンだ!!勝てなきゃ、ただの犬死になんだよ!!!」

 

「………」

 

  彼等の心は1つの思いに傾いた。

 

  この町を守りたい、と。

 

「勝てる……」

 

  一刀は呟く。

 

「なに……?」

 

  突然、勝利を口にする一刀に当然疑問を口にする。

 

  口にしない者も、驚愕といったより、困惑といった表情を浮かべる。

 

「何でそう――」

 

「何故なら」

 

  そう言い切る理由。それを訊ねようとリーダー格の男性は疑問口にする。が、一刀は訊かれるまでもない、と質問を遮り、理由を口にする。

 

「俺が、天の御遣いだからだ」

 

  言い切る一刀。

 

  それ以上はいらないと謂わんばかりに断言する。

 

「俺は、君たちを、この町を救うためにこの町に来た」

 

  ペテン。詐術。

 

  一刀の言葉は間違いなくそれだ。しかし、今この場に居る人々、そして、その人々が住むこの町を守りたいと思ったのは、紛れもない真実だ。

 

「君たちに、1つだけ問おう」

 

  言葉では言い表せない、圧倒的な何かを放つ一刀に、人々は戯れ言と思われる言葉にさえ耳を傾ける。

 

  それは、一刀の後ろに控える英傑までもが同じだった。

 

「生きる覚悟、護る覚悟は……あるか…?」

 

  天の御遣い。

 

  誰もが、それを信じた。

 

「あるならば……俺が、君たちの、この町の盾となり、そして……刃となろう……」

 

  息を呑む。

 

  自分たちより幾分か年若い青年。それが、こんなにも大きいのか、と。

 

「我が名は北郷一刀。天の御遣いなり」

 

  この地に、一人の覇王が誕生した。

 

  針は動き出す。

 

  人々は、大河が海へと向かうのと同じ様に一刀を信じた。

 

  外史が、大きくその歩みを速めた瞬間だった。

 

 

 

 


あとがき

 

ちょっとキリが悪くて思っていたより長くなりました……。

 

ども、冬木の猫好きです。

 

さて、義勇兵を募るまでが今回のお話なのですが、敢えて原作ガン無視のオリジナルでいきました。

 

原作ではこの場に劉備、趙雲などは居ませんし、何よりこの二次創作では一刀は判りやすいカリスマ性を有する人物に描いているつもりなので関羽たちより自分で説得させるということに拘ってみました。

 

さてさて、次回は遂に戦闘。この二次創作では呂蒙に師事するくらいに優秀な一刀ですが、実際に兵を率いるのは初めてだったりします。つまり、初陣です。

 

まぁ、なので、次回のタイトルは「初陣」とだけは予告しときます。

 

一話で戦闘が終わるかなぁ……。まぁ、また長くならない様には努力しますが、基本的にやりたい放題なものですから……。今更ながら、自分が満足する様なモノをこれからも描かせて頂ければ幸いです。

 

では、今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。




歴史が動き出したのか!?
美姫 「いよいよなのかしらね」
ちょっとワクワク。
でも、よく考えてみたら言われているように一刀は個人戦闘はやっているけれど、将として指揮はしてなかったのか。
美姫 「果たして、そちらはどうなるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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