戦況は討伐軍に優勢だった。

 

  討伐軍の数は総勢9万にも及ぶ大軍。一方の黄巾族も5万の大軍勢だった。

 

  兵法では攻める方は守る方の三倍の数があって漸くセーフティリードとされる。故に数の上ではひっくり返せなくはない差だった。

 

  黄巾族の大将張角は別に無能という訳ではなかった。寧ろ有能の部類だった。

 

  だが、大将がいくら有能だったとしても部下が元農民、元盗賊ばかり――数人豪族や地元の有力者もいるが――な上、討伐軍の総大将何進は無能だが現場で舵取りをする者に有能な者が多すぎた。

 

  先ずは曹操。乱世の奸雄と称される彼女の手腕は確かに凄まじいモノがあり、また部下の夏侯惇や程イク、その他にも多々有能な者達の働きもあり1万の兵をほとんど無傷で勝ち進んでいた。

 

  その他にも朱儁、廬植、皇圃嵩などの有能な武将達の活躍もあり本陣である城を取り囲むまで簡単に追い詰めた。

 

  黄巾族は僅か1日もせず壊滅の危機に追い詰められていた。

 

「姉さん…神麗…」

 

 包囲された城。それを遠く離れた山から黒い髪を一本に纏めたまだ幼さの抜けない少女――張宝こと瑠麗(りゅうれい)は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十七話:大賢良師張角

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  一刀も戦いに参加していた。

 

  一刀は左手に雪蓮に貰った宝剣――天狼を持ち、防御に使い、右手に人差し指と親指の間以外の指の間に矢を三本挟み、敵が近くに居る場合はかぎ爪のように使い、遠くに居る場合には投擲を行う。

 

「はぁっ!!」

 

  右手に挟んでいる矢を掛け声と共に僅かに残る敵兵に向かい投擲する一刀。

 

  三本の矢はそれぞれ三人に“かする”。

 

「うっ…!」

 

  痛みにうめき、動きが止まる敵兵。致命傷には程遠いキズにも拘わらず、動けなる。通常有り得ない事なのだがそれには理由があった。

 

  一刀が持っている矢には即効性の麻痺毒がたっぷりと塗ってあったのだ。それはなるべく人を殺したくないという、一刀の甘さとも言える優しさからくるモノだった。

 

「ふぅ…」

 

  息を吐きながら、動けなくなった敵兵を他の者に任せて帰陣しようと身を翻す。

 

  ヒュオォーー!!

 

  すると、突如猛烈な突風が吹き荒れる。

 

「な、何だ、あれ!?」

 

 その風が収まると味方の兵士が驚きの声を上げる。

 

 一刀はその兵士が見ている方に目を向ける。

 

「なっ――!」

 

  一刀も声を上げた兵士同様驚きの声を上げる。

 

  その視線の先には竜巻があった。

 

  その竜巻は討伐軍のど真ん中でその猛威を奮っていた。だが、一刀が驚いた理由はもう一つあった。

 

  それは竜巻が全く移動しない事だ。

 

 別に、一刀は竜巻に詳しい訳ではないが、それでもその異様さは感じ取れた。まるで測ったように味方の戦力が密集している地点だけに留まっていた。

 

  そこから推察される答えはただ一つ。

 

  この巨大な竜巻は魔術によるモノである。

 

  一刀も当初はそれを信じられなかった。しかし、あの城には、あの張宝こと瑠麗の姉――張角が居る。考えられない事ではなかった。

 

(…張角も相当なレベルってことか…)

 

  あの規模の竜巻を起こせるとなると、恐らく、あの城も魔術的トラップが仕掛けられていると考えるべきだろう。

 

  となると…

 

「また一人で先行…か…」

 

  ま、やるしかないわな…。

 

  幸か不幸か、現在俺は魔術礼装フル装備。張角を倒せるのは俺だけ。

 

  そして、一刀は誰にも行先を告げずに姿を消した。

 

  そのことで皇圃嵩がまた騒ぐが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

  一刀の予想通り、突如起きた竜巻は張角が魔方陣の役割を果たす祭壇で起こしたモノだった。

 

  あの規模の竜巻となると、普通に考えて一人前の魔術師の魔力を全部投入して一回が精一杯であるハズだ。だが、張角にはあれ程の竜巻を起こしても尚数多の魔術を行使できる程の魔力が有り余っていた。

 

  それは彼女の血筋と体質故のことであり、彼女の魔術師としての熟練度には何ら由来していなかった。

 

  つまり、一魔術師として張角は妹の瑠麗(張宝)に劣っていた。とはいえ、それは比べる相手が悪すぎただけで、彼女の魔術師の腕は確かに一流であるのは否めない。

 

  しかし、張角が唯一魔術で妹の瑠麗(張宝)に勝っているのは先に述べた規格外の魔力だけだ。魔力師にとって、魔力の量と魔術の腕が直結していないのでそれは当然の事と思われた。

 

「………」

 

  張角は奇跡を目の当たりにした兵士達が「大賢良師様万歳ーー!!」と口々に言う中、浮かない顔をして一人俯く。

 

  彼女は悔いていた。

 

  自ら前線に出て、指揮をしなかった事を。

 

  張角は前記した通り将として相当優秀だ。彼女が最初から前線に出ていれば戦況はもう少し好転していたかもしれない。

 

  しかし、張角にはこの城を離れなれない理由があった。彼女が城を離れれば、妹の神麗(張梁)がどうなるか判らないからである。

 

  今、神麗(張梁)の“ヒト”を繋ぎ止めているのは張角ではなく于吉だった。もし、張角が城を出たなら神麗(張梁)の“リュウ”をどのように支配するか判ったものではない。

 

  なので、張角は城を離れず、城の敷地内から魔術を駆使しながら城を――いや、神麗(張梁)を守るしかなかった。しかし、理由があるにしろ、自分の不甲斐なさのために大勢の兵士の命を犠牲にした事を慈悲深い張角は表には出さないが嘆いていた。

 

  張角は城内の妹――神麗(張梁)の元へ戻ろうと腰まである茶色い髪を揺らしながら身を翻したその時――

 

「ハァッ!!!」

 

  男の掛け声と共に魔弾と化した筒が投擲された。

 

 

 

 

 

 

 

 

  結果的に言えば、魔弾は防がれた。

 

  魔方陣の役割を果たす祭壇には自分以外の者の侵入を許さないように結界が張られていた。

 

  確かに、その結界は一刀では一ヶ月かけて漸く張れるレベルという程のとんでもない代物だったが、先程の一撃で一瞬結界に穴が開き、そこから祭壇に侵入した。

 

「ふぅ…」

 

  一刀は一つ息を吐き落ち着く。

 

  未だに背中を見せたまま、張角は祭壇の周りで一刀の登場に驚く人々に向かい声を出す。

 

「皆の者、こやつの始末は我自らする…。我が秘術の巻き添えになりたくなければ、早々に元の配置に戻られよ…!」

 

  その言葉に兵士達は我先に逃げ出す。所詮は寄せ集めの兵士。身を呈して総大将を守ろうという者はやはり居なかった。

 

  だが、もしそんな者が居ても、張角は正直迷惑だった。彼女の属性は竜巻を起こした事から推察するに『風』。

 

  その効果範囲はほとんどの魔術が異常に広い。なので、張角が先に述べた通り、近くに人が居れば間違いなく巻き添えを食らう。

 

  それに加え、自らの魔術は秘匿するモノ。故に彼らの前で披露する魔術は極一部だけなのだ。

 

「わざわざ死地に入ることもなかろうに…」

 

  悲哀に満ちた表情を一刀に向けながら張角は心底残念そうに呟く。

 

 彼女が魔術を学んだ理由は決してこんな事をするためではない。そう思うと張角は今の自分と敵の状況を嘆かずにはいられなかった。

 

「…そうだな…」

 

  肩を竦めながら一刀は同意する。

 

  取り敢えず結界を破り、懐に飛び込めばどうとでもなると思っていたがそうもいかないようだ。

 

  この祭壇自体が張角の魔術その物。これを破るのは苦労する。

 

(なるべく“玉”は使いたくないんだか…)

 

  一刀が元居た世界から持ってきた切り札――一刀の10年分の魔力が籠っている動脈血が詰まった7つの“玉”。この間の瑠麗(張宝)との戦いで一個使ったので今は6つになったが、その一個一個は非常に強力なので大した問題ではなかった。

 

 残り6つ。この先どの位のピンチが訪れるか判らないのでなるべく温存をしておきたい。しかし、目の前に居る魔術師相手にそんな事を言ってられない。

 

  バンバン使う訳にはいかないが、勝負の分かれ目には使う必要があるだろう。

 

(さて…俺が取るべき戦術はと…)

 

  魔術の筒や矢を投擲し、注意を引き付けつつ敵の懐に入り捕縛。

 

  風属性は効果範囲が広すぎる。故に懐に飛び込めば自らを巻き込みかねない。

 

  更に言うなら、風属性は魔術の発動に相当――コンマ一秒もないが闘いにおいては相当と表現する――時間がかかる。その“タメ”を突けばできない事ではない。

 

  やれるか…。俺の瞬発力で…。

 

  問題は俺の瞬発力だけだ。もう少し距離が縮まれば条件は簡単にクリアできるが、今の距離では微妙と言わざるを得ない。

 

  強化の魔術や“アレ”を行使できれば何の問題もないが、強化は自分の身体を強化できる程得意ではないし、“アレ”は…まだだ。まだ、俺の身体では使えない。

 

  となると、俺も属性魔術で対抗――いや、それは最も愚かな選択肢だ。相手はあの瑠麗の姉だぞ。その上、この祭壇。純粋な魔術戦では分が悪すぎる。

 

  くっ…飛び込んだ時にもう少し距離を縮めるべきだった。

 

  一刀は僅かな間に考察する。僅かな時間。しかし、それが一刀に後手に回る原因となる。

 

「開(かい)…」

 

  張角は自らを魔術へと変換する言霊を呟く。

 

「ッ!!」

 

  マズッ!早く投擲を…!

 

  一刀は素早く懐から魔術の籠った筒を取り出し投擲する。

 

  これは焦った一刀のミス。

 

「世界に渦巻く風神よ…」

 

  そう呟くと、張角はその投擲された筒を回避するために上空へと翔んだ。

 

「しまっ――!」

 

  クソ!バカか、俺は!

 

  後手に回って焦った。引き付ける程度の攻撃のハズがやりすぎだ。

 

  風属性ならこの祭壇の上空限定ながらも空を翔ぶくらいできるに決まっている。

 

  マズイ…。俺にはあそこまでの跳躍なんてできるハズもないし、下手な魔術では簡単に防がれてしまう。

 

  風属性を相手にする時のセオリー――「懐に入る」が絶対にできない状況だ。

 

「永久(とわ)に流れし風来よ。我に流れし風来よ。我、消え去りしモノなり。我、事を継ぐモノなり。我、天上の世界の風を纏うモノなり。今、時を越え、意味を越え、身体を越え、世界を越え、吹き荒れよ。鳳凰の羽ばたきよ!」

 

  結果、安全圏に居る張角は悠々と詠唱を続け、魔術を繰り出す。

 

  一瞬、空気が無くなる。それは津波が起こる前兆の様だ。いや、この場合は津波が起こる前兆その物だった。

 

  ビュオォーー!!!

 

  張角の魔術。視認できない津波となった風が吹き荒れる。

 

「ぐぁっ!!」

 

  その風に一刀は為す術なく吹き飛ばされる。

 

  今の一撃は祭壇から一刀を排除するための一撃。効果範囲の広さが仇となり、一刀を攻撃しようとすれば確実に祭壇を巻き添えにしてしまう。そうしないためには一刀を祭壇から排除する必要があったのだ。

 

  つまり、一刀には魔術による直接的なダメージはあまりなかった。しかし――

 

  ドンッ!

 

「――がッ!!」

 

  一気に壁まで吹き飛ばされた一刀は、物凄い勢いで壁に激突した。スグに一刀の魔術刻印が損傷箇所の修復を開始する。

 

  しかし、その間に張角は次弾の詠唱をする。

 

「内なる世界。外れた世界。見えざるモノは過ぎ去りしモノ。見えざるモノは未だ来ぬモノ。溢れた風は我が根源となり、我が血肉となり、我が力となり、我が刃となる。我の全てを以て貫け!!」

 

  言葉が終わると同時に今度も張角の魔術が飛ぶ。しかし、今度の魔術は風を視認できない槍とするモノ。食らえばひとたまりもない。

 

「ぐ…!」

 

  マズイ…。回避を…!

 

  漸く立ち上がれた一刀。しかし、既に槍と化した風は眼前に迫っていた。

 

「…っ…」

 

  無駄と判っていながらも腕をガードとして前に組む。

 

  そして、一刀の身体を風が貫く。

 

  ガガガガッ!!

 

「…?」

 

  しかし、何かを削る様な轟音がしただけで一向に風は一刀に届かない。不思議に思い一刀は顔を上げると――

 

「な…!?」

 

  地面が――いや、地盤そのものが盛り上がり盾となり風を防いでいた。

 

  有り得ない光景。

 

  しかし、一刀はこれを軽々とやってのける魔術師を知っていた。

 

「瑠麗!!??」

 

  一刀ではなく、張角がその有り得ない光景を実現した人物の名前を口にした。

 

  張角は瑠麗の姿を確認すると今が戦闘中にも拘らず、心底安心したといった表情になる。

 

「………」

 

  しかし、瑠麗はそんな姉――張角に応えること無く一刀に歩み寄る。

 

「…無事…?」

 

「…あ、あぁ…」

 

  瑠麗の登場に驚きつつ、力強い味方を得たと一刀は解った。

 

「瑠…?」

 

  逆に張角は何故一刀のことを心配するのか解らず、瑠麗の略称を怪訝そうに口にする。

 

  その言葉に瑠麗はやっと振り向く。

 

「姉さん…。勘違いしないでよ…」

 

「え…?」

 

「私は…この戦いに終止符を打つために戻ってきたの…」

 

  張角は聡明な女性だった。なので張角には瑠麗の言いたい事が嫌でも解った。

 

  張角達が戦う理由。それは末妹――神麗である。つまり、この戦いを終わらせるという事は――

 

「姉さん…神麗がこんな事を望んでいると思うの?」

 

「それは…」

 

  瑠麗の指摘は確かにその通りだった。

 

  今まで神麗のため。そう思って自分の意志を曲げて、必要とあれば魔術を見せてまで多くの人を戦いへと誘ってきた。本来、そんな事のために覚えた訳じゃない魔術を。誰かを助けるために覚えたハズの魔術を使い、戦いを広げていった。

 

  しかし、張角が神麗の言葉を直に受けた訳ではなかった。それは当然だ。今の神麗は言葉を発する事すらできない状況なのだ。

 

 故に今の行動は張角達が望んだ事であった。

 

  だが、それでも、例え今やっている事が神麗の意にそぐわないものだったとしても、張角にはこれしか道が無かったのだ。だから――

 

「開…」

 

  再び張角は自身を魔術へと変換する言霊を口にした。

 

「姉さん…」

 

  瑠麗は残念そうに呟きながら俯く。

 

「走!」

 

  しかしスグに俯いた顔を上げ、こちらも世界に自らの存在を変革させる言霊を口にした。

 

「止めるんだ、瑠麗!」

 

  姉妹で争う事を善しとしない一刀は魔術を行使しようとする瑠麗を止めようと駆け寄る。

 

  一刀が止めるまでもなく瑠麗は――彼女達姉妹は動きを止める。その理由が今聞こえた。

 

「■■■■■■!!!!!!」

 

  響き渡る慟哭。

 

 およそ人間が持つ本能が警鐘を鳴らすに充分過ぎる驚異を感じさせる“ソレ”に、城内の黄巾族の人々だけではなく、城外に居る討伐軍の人々までもがこぞって目を向け、そして、我が目を疑った。

 

「遅かった…」

 

  奥歯を食いしばりながら悔しそうに瑠麗はそう洩らす。

 

「ど、ドラゴン!!??」

 

  漸く我に返った一刀は信じられんとばかりに声を張り上げた。しかし、一刀の目にはしっかりと小さいながらも四本の足を大地に張る紅色のドラゴンが映っていた。

 

  更に遅れて我に返った張角が叫ぶ。

 

「しぇ、神麗!!」

 

  彼女達の最愛の妹――張梁こと神麗の名を。

 

 

 

 


あとがき

 

やちまった…。

 

ども、冬木の猫好きです。

 

当初からFateの世界観を存分に使った構想はありましたが、それを本当に実行するかどうか正直悩みました。

 

いきなりドラゴンだとか、そんなぶっ飛んだモノを出して読者は付いて来てくれるか等、不安は一杯ですが当初の構想を曲げるのは嫌だったのですし、張3姉妹の出生は後の展開に大きく関わるので当初の構想をそのまま使わせて頂くことにしました。

 

ですが、今回の張角討伐シリーズで詳細はあまり語られないので悪しからず。

 

さて次回から黒幕達も現れますが、まぁ、恋姫†無双の黒幕と言えば彼等しかいないので簡単に予測がつくと思いますが…。

 

では、今回はこの辺で。また次回、更新の時に。





うーん、末妹がドラゴン。どんな秘密があるんだろう。
美姫 「そして、いよいよ黒幕が姿を見せるのね」
いやー、これからどうなっていくのか。
美姫 「やっぱり一刀は切り札を使うことになるのかしらね」
どんな展開が待っているのか。
美姫 「それじゃあ、この辺で」
ではでは。



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