豫(よ)州穎川(えいせん)郡。

 

  都である洛陽のある州――司隷に隣接したこの地に黄巾の乱の元凶である張角は末妹である張梁と共に五万の兵士を指揮している――と、思われているようだ。

 

  こう表現するのは些か事実とは異なるためである。

 

  実際には張角一人がどうにかこうにか穎川に駐屯する五万にも及ぶ大軍勢を纏め上げているというのが現状であった。

 

「…姉(あね)…様……」

 

  張梁には最早残された時間は少ないように思われた。

 

  呼吸は弱まってきており、また顔色が元々色白だったということを差し引いてもあまりに白くなりすぎていたのが、夕暮れの様な真っ赤な髪と真っ赤な瞳の幼い少女――張梁の健康状態を如実に表していた。

 

「大丈夫よ、神麗(しぇんれい)。私はここに居るから…」

 

  張梁の真名――神麗――を呼びながら腰まで伸びた茶色い髪を持つ、ドコか慈愛を感じさせる女性――張角は神麗の手を強く握る。

 

  自分はここにいるよ、と。ドコにも行かないよ、と。

 

「…リュウ…姉様…」

 

「………」

 

  しかし、神麗(張梁)はもう一人の姉――張宝こと瑠麗(りゅうれい)の名を呼ぶ。

 

  姉妹の中で誰よりも強く、そしてある意味では長女である張角以上に末妹――神麗(張梁)のことを思ってくれている次女。

 

  だが、彼女はこの場には居ない。その事実を伝えても今の神麗(張梁)には理解できるかどうか甚だ疑問ではあったが、彼女はその事実を口にすることなく神麗の手を握る力を強めた。

 

  そして、姉妹の中で誰よりも優しい長女――張角は未だに安否すら判らぬ次女――瑠麗(張宝)は生きていると強く信じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話:三鶴と奸雄と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  穎川郡には黄巾族の総大将が居る。

 

  それは早くから知れ渡っていたが、各地に飛び火した黄巾の乱は予想外に手強く腐敗しきった朝廷ではどうにも手が出せなかった。

 

  しかし、各地の群雄にもよるところが多いが時代が要求した有能な者が朝廷からも現れ、今漸くその者等の働きもあり朝廷は黄巾族総大将張角を討つべく大将軍何進を総大将とした黄巾の乱鎮圧大部隊を結成した。

 

「あれが軍議かねぇ〜…」

 

  軍議も終わり、数時間後。

 

  ある陣中にて平均的な身長――157p――で、ライトグリーンの髪を団子状に纏めている、一刀より明らかに歳上の博識な雰囲気の漂う女性――廬植(ろしょく)は椅子に座り、お茶を一口啜(すす)りながら呆れた様子でそう洩らす。

 

「数にモノを言わせて正面突破。解りやすい作戦じゃない…」

 

  床に着きそうなくらい長い銀色の髪を今はヘアピンで半分に纏めている、その規格外の胸のせいか母性を感じさせる女性――朱儁(しゅしゅん)が肩を竦めながら面白そうな口調で言う。

 

  しかし、その奥底には呆れたといった意味合いを含んでいた。

 

「確かに私もあの軍議は如何なモノかと思います…。ですが…」

 

  顎の辺りまで伸びた茶色い髪の貴意のある女性――皇圃嵩(こうほすう)は彼女等の意見に同意を示す。

 

  しかし、皇圃嵩は他の事に怒っているらしく肩を小刻みに震わせながら続けた。

 

「何故、貴公等は私の陣中で茶を啜っている!?」

 

  そう。ここは皇圃嵩の隊の陣中。

 

  朱儁や廬植はそれなりに地位のある者だ。当然、彼女等も個人の隊があり、陣も敷いている。

 

  にも拘らず、彼女等は何故か自らの陣ではなく皇圃嵩の陣に集い、茶を飲みながら井戸端会議を繰り広げていたのだ。

 

「何でって…ねぇ…?」

 

  ライトグリーンの髪の女性――廬植は隣に座っている銀髪の女性――朱儁に何かしらの同意を求める。

 

「えぇ…貴女の淹れるお茶は美味しいからねぇ…」

 

  そんな理由でいちいち陣中に来られたら堪ったモノではない。しかし、皇圃嵩には本当の理由が解っていた。

 

 彼女等がここにくる理由を。

 

  どうとゆう事はない。要するに暇だったのだ。

 

「……はぁ…」

 

  何だかんだで彼女等との付き合いの長い皇圃嵩はどうしようないと判っているらしく、溜め息を吐くばかりだった。

 

  皇圃嵩にとっては迷惑極まりないが、戦の前の剣呑な空気よりはましか、と割りきっているようだった。生真面目な皇圃嵩だからこそ余計に戦は嫌いなのだ。

 

  しかし、そののほほんとした空気もスグに崩れ去った。

 

「ちょ、こ、困りま――うわっ!」

 

「ん?何だか騒が――」

 

  外の方が騒がしいなと思い、皇圃嵩は振り返りながら呟いていると、その声を遮るように威圧的な女性の声が響く。

 

「頼もー!!」

 

  朱儁や廬植もその声に反応し「何だ、何だ」と視線を向けると、そこにはオールバックの黒髪の女性がいた。

 

「我が主、曹猛徳様が貴様等と御会いしたいとの事だ」

 

  最初に「頼もう」と言ったクセに、相手を見下すかのような高圧的な声色で女性は続けた。

 

  そんな女性に皇圃嵩は席を立ち応じる。

 

「貴様…だと…?」

 

  応じたのは女性の売ったケンカになのか、皇圃嵩も相手を威圧するかのような態度で黒髪オールバックの女性に応える。

 

「何だ?何か文句があるのか…?」

 

  黒髪オールバックの女性も皇圃嵩がケンカを買ったと本能で判ったのか睨みを利かしてくる。

 

「下がりなさい、春蘭(しゅんらん)」

 

  そんな剣呑な空気すら一呑みにしてしまう声が響いた。

 

 その声の主――小さな身長ながらそれを問題としない覇気に溢れているこの金髪縦ロールの女性――いや、女の子の方が適切か――こそが奸雄と称される者――曹操猛徳その人であった。

 

「か、華琳(かりん)様!ですが、こやつは――」

 

「出過ぎた真似は慎みなさい。曹操様直々の御言葉だぞ…」

 

  更に曹操の後ろから前髪は目にかかり、長い後ろ髪は五本に纏められた漆黒の髪の、一刀より明らかに歳上の女性――程イクが主の言に従わない春蘭こと夏侯惇を女性にしては低音の声で諌める。

 

  夏侯惇にとって数少ない苦手な人物の諌めに漸く黙る。

 

「義真も抑えて」

 

  廬植もケンカを買った皇圃嵩の両肩を抑えて宥める。

 

「私の部下が失礼したわね」

 

  曹操は本当にそう思っているのか、尊大な空気を身に纏いつつも部下・夏侯惇の非礼を詫びる。

 

「あぁ、気にするな」

 

  答えたのは未だに席に座ったままの朱儁だった。

 

「こら、朱儁。わざわざ向こうから出向かれたのに、その態度は良くないわよ」

 

  やんわりとした口調と表情だが、儒学にも精通している廬植は朱儁のその態度を注意する。

 

「あ、あぁ…」

 

  廬植のそういった公私を別ける性格を知っている朱儁はスグに席を立ち、廬植と皇圃嵩の横に並んだ。

 

「して、曹操殿御自らの御出向き、如何様ですか?」

 

  廬植は普段とは違った対外的な口調で曹操に訊ねる。

 

 もっとも、朝廷での地位は曹操の方が低いので、皮肉の意味も含めていたが曹操はその事に気付きつつも気にした風もなく答えた。

 

「えぇ、鶴を見に来たの」

 

「鶴…ですか?」

 

  廬植が聞き返すと、「そうよ」と頷く。

 

  一方、廬植と朱儁は何の事やらと首を傾げていた。ちなみに、皇圃嵩は未だに夏侯惇とガンの飛ばし合いを繰り広げていた。

 

「掃き溜めの鶴ですよ…」

 

  すると曹操の部下である程イクが付け加えた。

 

  掃き溜めの鶴。

 

  場違いな様を表す言葉。それの意味するところを二人は解った。

 

 つまり、末期の朝廷に居るには勿体無さ過ぎる英傑だと、曹操は言いたいようだ。

 

「鶴、ねぇ…」

 

  言葉にはしないが、朱儁はあまり嬉しくなさそうな表情になる。

 

  それもそのハズ。彼女は他人からどう思われていようと気にしないタイプの人間で、唯一の望みは主である劉協の傍にずっと仕え、守り通すことなのだ。そして、できれば主・劉協が真に幸せになるところを見届けたい。

 

  その利益、大志といった、万人が理解できるとは限らないモノを抜きにした、万人に理解できる人間臭さが滲み出ているのか、朝廷でも一目置かれる存在になった朱儁。しかし、朱儁は今も尚、その心意気を変えてはいなかった。

 

  故に曹操からの言葉など、彼女には対して意味をなさなかった。

 

「掃き溜め…」

 

  一方の廬植は『鶴』の部分ではなく、『掃き溜め』の方に反応を示した。それも不満といった感情を。

 

「そうよ。今の王朝なんて掃き溜め同然のクズの溜まり場よ。その中において、貴女達三人は別。非常に優秀、卓越しているわ」

 

  曹操は三人をとにかく褒めちぎる。

 

  しかし、彼女等はそんな言葉に一喜一憂しない。自分達が卓越しているのは端っから判っているし、何よりそんな言葉に翻弄されるような小さな器ではなかった。

 

  寧ろ、今まで夏侯惇と睨み合いを続けてきた皇圃嵩は漸く曹操の言葉を聞こえたのか、嫌悪感を露にした。いや、皇圃嵩の嫌悪感は怒りといった方が正当だろう。

 

「貴公!貴公は漢王朝を愚弄する気か!?」

 

  王朝に仕える事だけを生きる目的としてきた典型的な保守派の皇圃嵩は曹操の言葉に目くじらを立てながら罵倒する。

 

  確かに今の王朝には不貞な輩がのさばってはいる。しかし、それは王朝全体を否定する理由にはならなかった。

 

「気に触ったのなら、主に代わり謝罪します…」

 

  自らの主が人に謝る訳がないと判っている程イクは、血気に逸る夏侯惇を片手で制しながら皇圃嵩より高い位置にあった頭――夏侯惇よりも明らかに長身だった――を深々と下げた。しかし、その前髪に隠れた表情には謝罪の気持ちなど一切感じられない。寧ろ、相手を見下しているかのように感じられた。

 

  皇圃嵩も納得はしていないが、まかりなりにも謝罪を述べた程イクに免じて怒りを鎮めた。

 

「いずれ世は乱れる。そうなった時、貴女達は仕えるべき君主が必要になる」

 

「……何が言いたいのですかな…?」

 

「単刀直入に言うわ。私の部下になりなさい」

 

  歯に絹着せぬ物言いで曹操は当初の目的を口にする。

 

  優秀な人材と美しい女性に目がないという曹操の悪癖がまた出たと、夏侯惇は新たなライバルができるかもと焦り、程イクはそんな曹操が見初めた三人を改めて目の当たりにして「フッ…」と鼻で笑った。

 

  しかし、ここで「はい。判りました」と言う三人ではない。朱儁は呆れているだけだが、他の二人は怒りを露にしていた。

 

「ふざけ――」

 

「ふざけるな」

 

  皇圃嵩がそんな曹操を罵倒しようと怒鳴り声を上げようとするが、それを廬植が遮る。

 

  廬植の声は別にデカイという訳ではないのに、皇圃嵩の大きな声より良く通った。その声には確かな怒気が感じられた。

 

「先程から黙って聞いてれば、好き勝手な事を!そもそも、それが目上の者に対する態度か!!??」

 

  今まで事を荒立てぬよう程イク同様手綱を握る役を担っていた廬植の突然の激昂に一同は唖然とする。儒学の心得のある廬植はその無礼な態度で筋を通さない曹操にキレたらしい。

 

 しかし、自らの主が下に見られていると判った夏侯惇も声を張り上げて廬植に言う――というか、一方的に叫んだ。

 

「貴様ァ!!華琳様を侮辱する気か!!」

 

  三國志きっての豪傑・夏侯惇の叫びと共に発せられる他者を圧倒するオーラ。しかし、彼女等程の英傑ともなればそれに身動ぐこともなく、寧ろ、夏侯惇の物言いは廬植の怒りの炎に油を注いだ。

 

「テメェもだ!このデコ娘!さっきから貴様、貴様と!あたい等をバカにしてんのはそっちだろうが!!」

 

「デコ……ッ!貴様ーーー!!!」

 

「ンだァ!!やんのか、オラァ!!上等だ、テメェ!かかって来やがれ、ッラァ!!」

 

  先程までの穏やかな雰囲気とはうって変わって雑な言葉遣いになるが、恐らく、こちらの方が地なのだろう。板についていた。

 

  ともあれ、廬植は夏侯惇と同じく実力行使に出ようと剣を抜く。

 

「お、落ち着きなよ!あんたがキレてどーすんだよ!?」

 

  刀を振り回せないように後ろから羽交い締めにして朱儁はこの三人の中でブレーキ役に当たるハズの廬植を何とか抑え込む。

 

「夏侯惇も…応じようとするな…」

 

  夏侯惇も大剣を手にするが、その腕を程イクが掴みながら止めるよう言う。

 

  しかし、廬植が羽交い締めにされながら「離しやがれ、駄乳!!」などと言いながら未だに収まる気配がないので、夏侯惇も控え目になりつつも未だに引く気配がなく、曹操も面白そうに薄く笑みを浮かべるだけで止めようとしない。

 

「だ、駄乳…」

 

  廬植の言葉に愕然とし拘束する力が緩くなりそうになるが、何とか自分を取り戻し拘束を続ける。

 

  皇圃嵩も流石に廬植がこんなに怒っては夏侯惇の無礼云々を言っている場合ではなくなり、普段は聡明なハズなのにイレギュラーに弱いのかどうしたものかとおどおどし始める。

 

  そんな中、副官が急いだような声を上げて入って来た。

 

「皇圃将軍!」

 

「済まんが今は見ての通り取り込み中だ!後にしてくれ」

 

「し、しかし!」

 

  今の状況を目の当たりにしているにも拘らず、副官は引き下がらない。

 

「?何だ?」

 

  普段から実のところ感情の起伏が激しい皇圃嵩の傍に仕え気心知れている副官が今回ばかりは引き下がらないので、皇圃嵩も不思議に思ったのか聞き返す。

 

「はい。実は――」

 

「こんちはー。遅いから勝手に入ったよ」

 

  副官が説明をし始めようとした矢先、一人の男がずけずけと入ってきた。

 

「なっ…!?き、貴公!?」

 

  皇圃嵩も思いもよらない人物の登場に言葉に窮する。

 

  その男とは以前張梁討伐戦で事実上一人で城を制圧した本郷一刀であった。

 

  皇圃嵩が言葉につまって口をパクパクとしていると…

 

「あんだ、テメェ!テメェもヤろうってか!!」

 

「へ?は?な、何の事?」

 

  未だに錯乱している廬植はまた邪魔者が入ったと勘違いしたらしく、一刀に一方的に突っかかる。だが、一刀からしてみれば戦友を訪ねてみただけで、特に何もしていないのでドスの効いた声に戸惑いつつも一歩後ずさる。

 

「や、止めろ!!!!!」

 

  一刀がピンチだと悟った皇圃嵩は今まで一番の声量で廬植を怒鳴り付けた。

 

「「………」」

 

  今まで王朝を侮辱されても出さなかった声量と覇気に一同は唖然と皇圃嵩を見る。

 

「えっと…その、外に出てようか、俺?」

 

  流石に鈍感、空気読めない等々、様々なスキルを有する一刀でも今の状況が非常にマズイと判り提案する。

 

「ま、待て!ドコにも行くな!!」

 

「え?あ、あぁ…」

 

「………」

 

  一刀の提案に皇圃嵩は引き留めようと懇願と言ってもいい位に必死な様子で一刀に言う。

 

  一刀もそんな皇圃嵩の必死な様子に戸惑い気味に頷く。

 

  皇圃嵩は安心したように無言のまま微笑みを浮かべる。しかし、スグに周りに居る人物達の視線に気付き「あ…」と呟きながら周りを見渡す。

 

「へぇ〜、あの椿(つばき)が、ねぇ…」

 

「き、貴公!何か勘違いしておるだろう!」

 

  うししし、と面白そうに笑う朱儁に慌てその誤解だと皇圃嵩は慌てた様子で話す。

 

  しかし、皇圃嵩の必死の抵抗も彼女等の前では意味をなさなかった。

 

「いいって、いいって。皆まで言いなさんな。判ってますから」

 

  こちらもまた面白そうに、皇圃嵩の一喝に平常心を取り戻した廬植が笑いながら言う。

 

「な、何をだ!?」

 

  動揺しているのが簡単に判る位に顔を赤くし皇圃嵩は声をあらげる。

 

  一方、原因である一刀は「何を言い争っているんだ?」と、首を傾げて三人のドタバタをどうしたものかと傍観していた。

 

「おい…」

 

「え…?――うわっ!?」

 

  後ろから女性にしては比較的低音の声と共に、一刀は肩に手を置かれて「自分の事か…?」と思い振り向いた。一刀が振り向くと正に目と鼻の先――5pもない所――に漆黒の髪を目にかけている女性――程イクがいた。

 

  いきなりそんな近くに女性の顔があったら一刀でなくても驚いたであろう。その女性が程イクであったなら尚更である。

 

(ビックリしたぁ…貞◯かと思った…)

 

  一刀は某『輪』に出てくる日本映画史上最恐、最凶の女性と間違えてしまったようだ。

 

  流石にそれは酷いだろうとツッコミを入れたくなる。何故なら程イクの前髪から覗ける顔はそんな恐怖心を煽るようなモノではなく、寧ろ美しい、綺麗といった言葉が当てはまるくらい整っていたからだ。

 

「えっと…何…?」

 

  距離を離してもジーっと一刀を見つめてくる程イクに流石に耐えきれなくなり、一刀は程イクに大雑把な質問を投げ掛けた。

 

  先程まで騒いでいた三人、曹操と夏侯惇も程イクの突然の行動に疑問を抱き視線を集中する。

 

  もっとも、朱儁だけは「あの男、どっかで見たことあるんだけどなぁ…」と首を捻り、うんうん唸りながら必死に記憶を辿っていた。

 

「…お前…楊州に居たか…?」

 

  楊州とは呉の事と思ってもらって構わない。

 

「あ、あぁ…居たけど…」

 

  わざわざ嘘を吐く必要性も見られないので一刀はあっさりと程イクの質問に頷く。

 

  それが何だというのか。一刀は不思議に思い疑問を籠めた視線を程イクに投げ掛ける。

 

「………」

 

  しかし、程イクは一刀の質問に答えることはなく、再びジーっと一刀を見つめだす。

 

  一刀はまた黙りを決め込んだ程イクにどうするべきかと困窮しているといった表情だった。

 

「程イク、さっきから何なの?」

 

  そんな事態をさっきから除け者にされていた事が気に食わないのか、曹操は不機嫌そうな表情を隠しもせずに程イクに説明を求める。

 

「……曹操様…掘り出し物です…」

 

「は…?」

 

  何を言っているんだ?掘り出し物?――って、曹操!?このちっさい女の子が!?――て、なーんちゃって。

 

  最早んな事くらいじゃ動揺しませんよ、俺は。とゆうか、ほとんどの人物が女性だってある程度予想してたしな。

 

  でも、ホントにどういう意味かな?曹操も判ってないみたいだし…。

 

「はい…この男、国士無双です…」

 

「「は…?」」

 

  国士無双。

 

  国に双(ふた)りと無い士(へい)という意味。

 

  意味は解る。だが、何が言いたいのかは全く解らない。

 

「国士無双?この醜男が?」

 

「む…」

 

  醜男、て…。そりゃあ、確かに否定できる程良い顔してないし…。

 

  それでも本人を目の前に失礼過ぎるだろ…。

 

「曹操様」

 

  主の趣味趣向に走る悪い癖を諌めるかのように程イクは少々強めの口調で曹操の名を口にする。

 

「はぁ…判ってるわよ。貴女の人を見る目は信頼してるわ。貴女に任せるわ」

 

  曹操は溜め息を一つ吐きつつ程イクに全任した。

 

「はい」

 

  程イクは曹操に一礼して再び一刀に向き直る。

 

「本郷、曹操様に仕えろ…」

 

「はぁ!?」

 

  いきなりの急展開に一刀は思わず大きな声を出してしまった。

 

  あまりに急展開過ぎて、程イクが何故か一刀の名前を知っていることに曹操以外――夏侯惇はまぁ…アレだから…――誰も気付かなかった。

 

「ちなみに拒否権は、無い…」

 

「はい?何で!?」

 

「お前のような者が曹操様に敵対すれば、面倒だからな…。仕えるか、死ぬか…だ…」

 

「んな無茶苦茶な!俺の人権は!?」

 

「無い…」

 

  うわぁい!色んなモノを全否定だ!

 

  ――て、現実逃避してる場合じゃないな。残念だが俺は誰かに仕える気はさらさら無い。仕えるなら雪蓮(孫策)に仕えてたし…。

 

  とは言え、今、この場で嫌だと突っぱねようものなら本気で殺されかねない。普通、他人の陣中でんな事しようものなら、色んな問題が発生するのでやるハズないんだが…今、目の前に居る貞◯風の女性は殺りかねない。しかも、呪いの類いで…。

 

  とまぁ、最後のは冗談にしても、マジでヤバい。どうしたらいいんだ!?

 

  一刀はどんな風に断るのが最良かを模索するも、そう簡単に答えが出るハズもなく、更に深みに嵌まっていると鶴が一声鳴いた。

 

「下らぬ」

 

  果たしてその鶴は皇圃嵩であった。

 

「何が下らないのだ…」

 

  程イクは初めて挑発――先の言葉がそれに類するかは疑問だが――にのっかるような形で聞き返す。

 

「その者には先の張梁討伐の際に最も功を上げた者だ。故に私はそやつに官位を用意している」

 

「………」

 

  程イクは黙り込む。

 

  皇圃嵩の言っていることを要約すると一刀は「既に私の部下だから勝手な事すんな」という事だった。

 

  皇圃嵩程の地位のある者の部下を殺せば、ただでさえ宦官の孫なのに革新派という微妙な位置に居る自らの主曹操が完全に孤立してしまう可能性が高くなる。それは当然、今の段階では望ましくない。

 

「解った…」

 

  なので、程イクは苦虫を噛み締めたような表情になりつつも引くしかなかった。

 

  曹操もそれを解ってか何も言わなかった。夏侯惇だけは何が何だか解らないといった表情だったが、空気を読んだらしく突っかかってこなかった。

 

「……良いだろう…今回は見逃そう…」

 

  程イクのその言葉に一刀は安堵の笑みを浮かべる。

 

「だが、覚えておけ。お前は…私のモノだ…」

 

  程イクは見る者を震え上がらせるような狂気を孕んだ笑みを見せながらそう言った。

 

  曹操達は程イクが捨て台詞を吐くと、身を翻し皇圃嵩の陣を立ち去った。

 

  一刀は程イクの並々ならぬ執着心が自分に向いていると解り、言葉にこそしないが厄介な事になったと表情を苦々しいモノへと変えた。

 

「はぁ…疲れた…」

 

  ともあれ、危機は去った。安心したと同時にどっと疲れが出てきたらしく溜め息を漏らす一刀。

 

「椿、さっきの張梁討伐戦の話って本当ですか?」

 

  落ち着きを取り戻しいつもの敬語の口調で話しかけてくる廬植。しかし、残念なことに地を見てしまったために妙にウソ臭く見えてしまう。

 

「あぁ…確かだ…」

 

  そう…あの時、私達は運命の出逢いを――げふん!何でもないぞ!気にするな!!

 

「いや、そりゃちょっとムチャってモンじゃないか?」

 

「人の心情描写を勝手に読むな、朱儁!!」

 

 皇圃嵩の言葉に一刀は首を傾げた。

 

「心情描写?」

 

  モノローグみたいなモノだよ。

 

「あ、成る程…」

 

「誰と会話をしているのですか?」

 

  廬植はいきなり一人言を言う一刀にいぶかしげそうな視線を向ける。

 

「あ、いや、気にするな。話の続きをどうぞ…」

 

  まぁ、大して重要そうじゃないと判断した廬植は軌道修正を行う。

 

「それで…?どの官位を与えるつもりなんですか?夫ですか?」

 

「夫は官位じゃないだろ…」

 

  まったく、と呆れつつ一刀は皇圃嵩の方を見ると…

 

「…夫……」

 

  皇圃嵩は少女マンガの様に目を輝かせながらうっとりとした表情を浮かべる。

 

「…はわぁ……」

 

  張梁討伐戦で出逢い、ろくに話もした事なかったが自分のために――かなりの曲解が入っている――戦ってくれた男が気にならないハズがなかった。一刀が消えた後も数日間占領した敵の城に留まり続けたのも、一刀の帰還を待ち焦がれていたから。

 

  そして、初めて自分の胸をときめかせた男が自らの下に帰ってきた…。二度と会えないと思っていた男が帰ってきた…。

 

  これを運命と言わず何と言う!!??

 

「知らね」

 

「だから、勝手に人の心情描写を読むな、朱儁!!」

 

  何だかまた言い争いを始める朱儁と皇圃嵩。といっても、皇圃嵩が一方的に何かを言っているだけのようだが。

 

「………」

 

  言いそびれた。

 

  例えどんな官位であろうと、受ける気はないと…。

 

  かくして、皇圃嵩の暴走は戦闘が始まる直前まで暫く続いた。

 

 

 

 


あとがき

 

ども、冬木の猫好きです。

 

久しぶりに皇圃嵩登場。でも、何かキャラが…。

 

いきなり戦いに突入しようかと思っていたンですが、最近戦いばっかりなので緩和剤的(?)なお話です。

 

次回からは本格的に闘います。主に一刀が魔術を駆使しですが…。

 

張角討伐編はFateの世界観を使っているため恐らく今までで一番壮大で、今までで一番長くなりそうな予感ですが、お付き合い頂けると幸いです。

 

それでは、また次回の更新の時に。

 

 


武将紹介

 

廬植(ろしょく)

 

政治家、儒学者として高名で人望も厚かったため霊帝の時に朝廷に召し出される。

 

黄巾の乱の鎮圧の際、張角と戦いこれを打ち破るなど大功を上げるも、宦官から賄賂を要求されこれを拒否したため宦官の讒言により処罰されそうになるが皇圃嵩の取りなしで事なきを得た。

 

董卓が横専を極めると、董卓を批判し、また処罰されそうになるが、また――今度は違う者により――処罰を免れる。

 

その後、袁召に軍師として召し出される。

 

また、劉備や公孫賛の師匠としても知られている。

 

 

 

 

程c(ていいく)

 

曹操軍の軍師として広義における謀略を担当し前半期を支える。

 

しかし、程イクは謀略以外にも戦闘も得意で、その戦略腕が知られたのは陳宮が呂布を引き込み反乱を起こした時に荀イク、夏侯惇以外で唯一城を守った時である。

 

また、この陳宮の反乱の時にイナゴが大量発生したために両軍共に食糧に困ると、程イクはあろうことか自らの故郷から食糧を略奪した挙げ句、そこの人々を殺し、食糧に混ぜて食糧を賄(まかな)った。ともあれ、この程イクの働きのおかげもあり陳宮等を退けるのに成功した。

 

その他にも数々の功を上げ、曹操に褒められると程イクは「満足じゃ」と言い早々に引退する。

 

魏国建国後、再び曹操に登用される。曹丕が帝位に着くと三公の地位に着けようとするが、その直前に没する。



曹操が勧誘に来たり、何やかんやと賑やかになってしまったけれど。
美姫 「いよいよ大きな戦いが起こるのかしら」
ああ、どうなるんだろう。次回はどんなお話になるのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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