両軍は長江を挟んだ状況のままどちらも動くことはなかった。

 

「伝令ーー!!」

 

  両軍ともに全く動かず沈黙の中にある中張昭率いる孫呉の軍勢の中に男の野太い声が響く。

 

  その男は先程と同じ言葉を叫びながら3千の兵士が待機する陣中を突っ切り張昭の下へと馳せる。

 

「援軍か?」

 

  その声を聞き姿を現した張昭は、慌てた様子の男とは逆に落ち着いた様子で男に問い掛ける。

 

「ハッ!孫策様御自ら4万の軍を率いて間も無くこの場に到着される模様です!」

 

「…そうか…。他に誰が参軍しているか判る?」

 

「ハッ!確認できた旗は呂、黄、凌、朱、程にございます」

 

  順に呂蒙(安春)、黄蓋、凌統(光凛)、朱治、程普である。

 

「フム…判った。下がってよいぞ」

 

「ハッ!失礼しました!」

 

  一つ頷き伝令の男に告げる。男も張昭の言葉に従い一礼をしてその場を去る。

 

  すると副官の男が張昭に問い掛ける。

 

「4万とは…少々少なくはありませんか…?それに…参軍している将の数も…」

 

「敵は劉表だけではない。南方の異民族――山越、更に言えば未だに黄巾族を完全に鎮圧できた訳ではない。その他にも本拠地の守備などで動かせぬ者が大勢いるのだ。判ったか?」

 

「なるほど…」

 

  副官の男は納得したように一つ頷く。

 

  しかし、援軍が来たにも拘らず張昭の表情は依然として厳しいモノだった。

 

  張昭は解っていた。例え今回、黄祖を退けたとしてもそれは局地的な勝利でしかないと。

 

  黄祖を退けてもいずれ敵の援軍が来る。それも、今現在居る6万を越す量の軍勢が。

 

  つまり、今回の戦いに勝ったとしても、国力に差がありすぎるため長いスパンで見た時、国同士の戦いでは呉は肥沃な土地を持つ荊州には勝てないのだ。

 

(…いや…建業には周瑜が居る…)

 

 周瑜ならば何らかの策を施しているに違いない。

 

  今はそう信じ張昭は孫策を迎え入れるための準備をするために行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十四話:両軍激突

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お!敵の援軍か?思ったより早かったな」

 

  黄祖は張昭が陣を張る対岸で伝令を聞きやはり嬉しそうに敵を評価する。

 

  その態度は好戦的な黄祖の性格を十分に表していた。

 

「………」

 

  そんな黄祖とは逆に険しい表情のまま対岸を見つめるカイ越。

 

  軍師として、敵軍の肥大化を嬉しそうに見れるハズもないので当然である。寧ろ、黄祖の方がおかしいのだ。

 

「さ〜て、敵さん、どー出るかね?」

 

「…動かない…」

 

「……まぁな…敵は多少目が利くようだしな…。この戦、先に動いた方が負けってくれーお見通しってか…。どっちにしろ、つまらん戦になりそうだな…」

 

  珍しく沈んだ様子で黄祖が呟くような声量で言う。

 

「………」

 

  黄祖のその言葉に応える事なくカイ越はその場を後にする。

 

  歩きながらカイ越は思案する。

 

(…先に動いたら…負け、か……)

 

  …でも…既にコチラが不利…。

 

  いきなり登場した敵軍に…兵は動揺した…。…でも…敵が3千の寡兵だと判るとスグに動揺はなくなった。

 

  …にも拘らず…黄祖が交戦をする素振りすら見せないから、兵達は黄祖が寡兵を前に畏縮してると、思ってる……。

 

  …結果…士気は最高潮だった出陣の時に比べて、相当下がってる…。

 

  …このまま…見あったままでは…もっと士気が下がる可能性がある…。

 

  何か手を打たなくては…。

 

「とりゃー!!」

 

  そう考えながらカイ越が陣中を歩いていると大きな声が響く。

 

  その声は怒鳴り声の部類に入るハズなのに、ドコか可愛らしさが残っていた。

 

(…今のは……?士気の高い部隊がまだいる…?)

 

  そう思いカイ越はその声のする方へと向かう。

 

「鈴々!あまり蛇矛(だぼう)を振り回すな!他の者の迷惑になるだろう!」

 

「でもでも、中々戦いが始まらくてつまんないのだ!」

 

  果たしてその声の主は張飛こと鈴々だった。

 

  一刀の居た世界では三國で1、2を争う武力の持ち主の気迫の一声。それはカイ越を惹き付けるには十分過ぎた。

 

 そして、カイ越は鈴々と同時に関羽こと愛紗を見付ける。

 

(…あれは、確か…先日、先鋒を願い出た…)

 

  ……使える…かも…。

 

「…そこの…お前達…」

 

「にゃ?」

 

「あ、か、カイ越殿!?」

 

  その声を聞いて鈴々は誰?といった反応、愛紗は先日先鋒を願い出た時に出会った軍師がいきなり話し掛けてきた事に驚きを隠せないといった反応を見せた。

 

「…話が…ある……」

 

「ハッ!」

 

  そうしてカイ越は片膝を着け恭しく臣下の礼をとる愛紗にある話を持ちかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました、雪蓮様」

 

  張昭は着陣した雪蓮に恭(うやうや)しくお辞儀をする。

 

「はい、優(ゆう)もごくろー様ー」

 

  雪蓮は飛びっきり良い笑顔でそんな堅苦しい態度の張昭こと優をかるーい態度で労う。

 

「………」

 

  しかし、そんな雪蓮の見方によってはなめているとすら思える態度に決して気を悪くした様子もない。寧ろ、うっすらと――普段から一緒に過ごしている者でも判るかどうかも怪しい位うっすらと笑みを浮かべる張昭。

 

  恐らく、張昭の表情が嬉しそうなモノに変化した事に気付いた者は雪蓮以外には居なかっただろう。

 

  逆に言えば雪蓮の部下を見る鋭い洞察力を持っているといえた。

 

「えっと…状況は聞いてた通りですね…?敵に変わった動きはありましたか?」

 

  すると雪蓮の後方の方に居た肩まで伸びた青みががった黒髪を持つ少女――呂蒙こと安春が状況確認をしてきた。

 

「いや…ない…」

 

「ンで、何か策はあるのか、安春?」

 

  張昭が答えると、銀色の短髪を持ち右目の切り傷が歴戦の勇者の風格を醸(かも)し出す女性――程普が安春に話かける。

 

「ちょっと待て…。周瑜から策を授かって来たのではないのか?」

 

「んにゃ。周瑜は『敵を倒してこい!』としか言ってなかったよ」

 

  首をブンブンと振り肩まである茶色の髪を揺らしながら張昭の言葉を否定したのは安春や程普ではなく、孫尚香こと小蓮程度の身長のまだ幼さの残る少女――朱治であった。

 

「まぁ、周瑜様には何かしら考えがあるようでしたけど…」

 

  朱治の足りない説明を苦笑いを浮かべつつ安春はフォローをする。

 

  その言葉を聞き張昭は納得する。

 

  恐らく、周瑜には全体的なビジョンはある。だが、それにはこの戦で勝つ必要がある。そして、そのための現場の指揮を安春に委ねたのだろうと判った。

 

  そこには、一刀の下で学んだモノがどれ程のモノか試すといった意味合いも含まれているであろうという事も。

 

「だからさー、策はあんのかって訊いてるだろ、安春」

 

 質問に答えられていない程普は再び安春に訊ねた。

 

「あぁ、ごめんごめん。えっと…策はあるよ。既に仕込みも大体終わってるし」

 

「え、いつの間に?」

 

  安春の答えに雪蓮が心底驚いた様子で話し掛ける。

 

「まぁ、私だって軍議の後に色々やってたんすよ。こんくらいとーぜんッスよー」

 

 青みががった黒髪の頭をポリポリと掻き照れ隠しなのか変な言葉使いをしつつも嬉しそうな表情で安春は応える。

 

「おやおや、ただのバカがとんだ成長を見せましたね…。まぁ…成長したのは知力だけのようですが…」

 

  しかしそんな安春のいい気分に水を差すように長い黒髪のパッと見清楚に見える少女――凌統こと光凛が上司を上司とも思っていない相変わらずな態度で視線をあまりない胸に向けて言う。

 

  だが、多少成長した安春はいつもの事なので別段気にした様子はなかった。

 

 逆に光凛は無視された事にムスッとした表情を浮かべる。

 

「では、私は詰所に戻って休憩させてもらおう…」

 

 すると、張昭がいきなりの提案をする。

 

「えっ?」

 

「何だ…?戦場でただの文官の私は必要ないだろう?」

 

  確かに、通常軍師でない文官は戦場には出ない。だが、張昭はいつも軍事面に関わっている上、今回の戦いに関しても大いに貢献してくれた。

 

  それに張昭が最初から居たのだから状況把握は張昭の方ができてると思うし、何よりやりやすいと安春は思ったのだ。

 

「それに私は、昨日から一睡もしてない。少しくらい寝かせてもらおうか」

 

  張昭の言う通り、昨夜はずっと寝ずに敵の動きを観察していたために張昭は全く寝ていないのだ。

 

  そのため、張昭はいつもより少々軽い雰囲気で暇を請う。

 

「うん、いいよー」

 

  しかし安春のそんな思惑を解ってか否か――高確率で解ってないと思われるが――雪蓮はまたもかるーい態度で張昭の願を受け入れた。

 

  安春は様々な事を計っていたが雪蓮の言葉に結局賛成らしく二度頷く。

 

「では、御暇させて頂きます」

 

  張昭はそう言うと雪蓮にまたも恭しく一礼してその場を後にした。

 

  そうして張昭が陣を去ると安春が声を上げ兵士達に指示を下した。

 

「全軍、橋の前で横隊の陣形になれ!!」

 

  横隊とは要するに横に幾つかの列を作る陣形で、様々な陣形を作る前段階となる陣形だ。

 

  安春の久々に熱の籠った言葉を受けて諸将は各々の兵達にその指示を伝達をしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  雪蓮自ら率いる援軍が対岸に布陣して早くも1時間近くがたった。

 

「ふぁぁぁ〜〜〜〜〜…暇だ…」

 

  『暇』という言葉より退屈な気分を雄弁に語る――超の付くほど――大きな欠伸(あくび)をする黄祖。

 

  当初の予想通り、敵軍は陣形こそ整えたものの戦闘をしかけてくる気配は全く無く、黄祖は何度となく欠伸を繰り返していた。

 

「ほ、報告ーーー!!」

 

 すると、そんな黄祖とは真逆に忙しそうな伝令の男が現れた。

 

「んだ?どうしたんだ?」

 

 やはり気だるそうな様子で黄祖がその男に訊ねた。

 

「劉備隊の関羽が小舟を使い長江を渡河。西方より奇襲をしかける模様です!!」

 

  そんな黄祖の怠惰とも言える態度も突如として訪れた報告に一変した。

 

「ンだと!?何考えてやがんだ、そいつは!」

 

  一気に変わった黄祖はやる気というより殺る気を身に纏う。

 

「ひっ……!」

 

  その黄祖の殺気を一身に受け恐怖のあまり尻餅を着く伝令。

 

  近くで待機していた諸将もその殺気を浴びて身震いすらできず無言で俯くばかりであった。

 

  しかし、そんな中、一人だけ平然とした表情で黄祖に語りかけてきた少女が居た。

 

「…私が…指示した…」

 

 薄い赤髪をみつあみにし、ブルーフレームの眼鏡をかけた氷結系を思わせる少女――カイ越は事も無げに呟いた。

 

「あぁ…?」

 

  黄祖は伝令の男に浴びせていたやり場のない怒りから生まれた殺気を今度はカイ越に浴びせた。

 

  しかし、カイ越はやはりと言うか、その殺気を浴びてもなお全く畏縮する気配は無く、いつも通り涼しい顔のままだった。

 

「テメェ…どーゆーつもりだ…!?先に動いた方が負けって、テメェも判ってんだろーが!!」

 

  声を発する事で更に強大な殺気を放つ黄祖。

 

「西方が手薄だった…。ただそれだけ…」

 

  その猛獣すら本能で生命の危機を感じ逃げだしてしまうような殺気の中、――最早言うまでもなく――カイ越は眉一つ動かさずいつものように淡々と手短に黄祖に説明した。

 

「ンなの、罠に決まってんだろーが!!そんくれー、テメェにだって解んだろー!!」

 

  黄祖の指摘通り西方の守りが薄いのは安春による指示で、黄祖軍を誘い出すための罠だった。

 

  そして、カイ越程の戦略眼の持ち主ならば当然その程度の事は解っているハズなのだ。にも拘らず、カイ越は愛紗に奇襲の命令を下した。

 

「………」

 

「どーゆーつもりでんな命令を出したのか言ってみやがれ!!」

 

  無言のままで全く喋ろうとしないカイ越に黄祖は更に声を張り上げる。

 

「……それが…どうした…?」

 

「なにぃ…?」

 

  カイ越の意外過ぎる言葉に不意を突かれた黄祖は思わず声量を落として聞き返す。

 

「例え…今回の戦いで…負けたとしても……次の戦いで…勝てばいい…。次の戦いは…勝てる…」

 

  最早カイ越は、今回の戦いに勝つ気は無いらしく、孫呉に時間を与え何らかの処置を施される前に、早々にこの場を切り上げ、次の戦に備えるためにわざと敗戦の計を巡らしたと言った。

 

「ふざけんな!!」

 

  確かに国同士の戦いという意味ではそれは間違ってはいないだろう。

 

  この広い大陸で、この御時世で、たかだか数千人の犠牲で国一つ取れるならば上出来過ぎる。故にカイ越は今回の第一の捨て駒として愛紗を利用したのだ。

 

 隊を率いている愛紗は顔も記憶していない程新参の馴染みのない者だ。なので、正直黄祖にとってはどうでもいいのだが、率いられている兵士は黄祖と同じ釜の飯を食った連中がほとんどだ。

 

「全軍に伝えろ!!橋を渡る!突撃だーー!!」

 

 故に黄祖はその別動隊を捨て駒として扱う事はできない。それが黄祖という人物だったから。

 

  そして捨て駒として扱われた愛紗は、当然その事を判っていた。

 

 今回の戦で先に動いた方が負けという事。恐らく、自分は捨て駒として選ばれたという事。ために鈴々や桃瑚(劉備)を巻き込まないように自分一人だけで行ったのだ。

 

  それでも、軍師が勝つ気のない戦でも、愛紗は未だに勝つ気でいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「御報告ーー!!西方に敵別動隊を確認!!」

 

  こちらの陣も今まで静まりかえっていたが叫び声が響きわたる。

 

  西方の軍を手薄にし、監視を強化していたので孫軍はスグにその動きを察知できた。そして、その監視の兵士は察知した敵軍の動きを素早く報告した。

 

「よし!」

 

 思ったより早く食い付いた!

 

  思い通りにことが運び安春はぐっと手を握る。

 

「それに伴い、敵本隊も橋を渡り始めました!!」

 

「おぉ、予定通りだなぁ」

 

  更に本隊が動いたという報告に程普は感嘆する。

 

  これまで安春の予想通り――いや、予定通りに事が運んでいる。

 

  この安春の予定は以前黄祖に仕えていた甘寧からの情報で黄祖の人となりを聞いていたためにできた、運などに頼らずに的中した完璧なる指揮だった。

 

  黄祖は兵士一人一人の命を尊び捨て駒を使ったりしない人間だ。だが、人の好き嫌いが激しく私情で動くことも多々ある激情家の人物。

 

  また、戦に関しては攻めと守りがハッキリとしており、攻めの時は激流のように敵を呑み込み、守りの時は甲羅に篭った亀の様に強固な守りで敵に全く動じない。

 

  今までは鉄壁の守りのままだった。故に安春は黄祖を攻撃の状態に移行させたかったのだ。

 

「先生は言ってた。攻めれば確実に勝てる将はそもそも守っていない所を攻めるからだって」

 

  一刀から学んだ事を口にする安春。

 

「これで、敵は守っていない、か…。しかし、それはこちらも同じ。条件が同じならば数が多い方が――敵の方が有利じゃないのか?」

 

  程普の疑問は最もだった。攻め対攻めでは数が多い――地力の強い方が徐々にではあるが圧されるのは目に見えていた。

 

「あたしらは守りに徹するンだ」

 

「守ってどうすんだ?敵の疲弊を待つのか?」

 

「いや…長期戦になるとこっちの方が不利になる。だから、ンな事はしない」

 

「はぁ?んじゃ、どーすんだよ?」

 

  作戦の一端を聞いた程普だが、あくまで一端だ。

 

 故に全ての意図を理解していない――というかできない。

 

「言っただろ?手は打ってる、って…」

 

 自信たっぷりの笑みを浮かべ、無い胸を張り程普に答える。

 

「ほぉ…。雪蓮様の事も、予定通りなのですか…?」

 

  そんな自信たっぷりな表情の安春にイラッとしたのかいつも通り意地の悪い笑顔を浮かべ安春に問い掛ける光凛。

 

「う゛……」

 

  安春はマズイところを突かれたと声にならない呻き声を上げる。

 

  安春が幾ら成長したとはいえ、雪蓮はやはり斜め上をいく事をやってのける。

 

「まぁ、雪蓮様は仕方無いでしょう…」

 

  苦笑いを浮かべ程普は安春のフォローを入れる。

 

  先程から議論を交わしているこの場――本陣に雪蓮の姿はない。

 

  本陣に総大将が居ない時点で少し珍しいのだが、今、雪蓮は警戒をわざと薄くした西方に居る。

 

  何故そんな所に居る総大将たる雪蓮が居るのか?

 

  それは単純明快だった。

 

「『そこに敵が絶対来るんでしょ?んじゃ、私がソコに行く〜』って、会心の笑顔で言って、こっちの意見も聞かずに出ていっちゃたからねぇ…。…はぁ……」

 

  溜め息を洩らしつつその時の事を思い出す安春。

 

  それはもう、今日出陣する時に見せたモノと引けを取らない位キラキラと眩しい笑顔を浮かべていた。

 

  その笑顔、その言葉に呆気に取られ、引き止める事をする前に疾風の如くの勢いで走り去って行った。

 

「まぁ、雪蓮様なら負ける事はないだろうしさ。気にすんなって!」

 

  幼さの残る少女――朱治が安春を励ますように言う。

 

  今まで難しそうな話をしていたが、漸く自分にも解る話をし始めたので天真爛漫な笑みを浮かべ話に加わったようだ。

 

「ま、そうだな…」

 

  実際は凄く心配していたという訳ではないのでスグにいつも通りの表情に戻る安春。

 

  しかし、そのいつも通りの表情はスグに厳しい表情に変わり天を仰ぐ。

 

「うまくいってくれると良いけど…」

 

  そのままの状態でそう呟く安春だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  雪蓮率いる軍が居る西方に別動隊二千を率いて愛紗が軍行を行い、既に敵軍の目の前まで来ていた。

 

「―――!!止まれ!」

 

  驚いたように大きな目を更に大きく見開き、声を張り上げ兵士達に命令する。

 

  いきなりだった。

 

  いきなり、敵軍が現れたのだ。

 

「くっ…」

 

  やはり罠だったか…。

 

「あ、あれは…」

 

  隣に居た副官の男が怯えたように声を震わせ呟く。

 

「何だ、とうした…?」

 

  落ち着かせるように愛紗は副官の男に話し掛ける。

 

「そ、孫の…旗印…」

 

「…何…?なっ……!?」

 

  副官の男に言われて漸く愛紗はその事――敵部隊がかざしている旗に孫の文字がある事に気付く。

 

  そして、それの意味するところ――この部隊を率いている者は敵軍の総大将孫策だということにも気付いた。

 

 愛紗は一瞬、副官同様に相当驚愕したのだが、そこは稀代の英傑。スグに平常心を取り戻し味方の兵士達の方へ振り向き声を張り上げて言う。

 

「皆の者!敵は総大将孫策である!だが、恐れことはない!むしろ大功を立てる好機である!!」

 

  突如として現れた敵軍――しかも、部隊を率いているのは敵の総大将だということに動揺する味方を愛紗は功を立てるチャンスであると鼓舞する。

 

  後に偉大なる将となる者の鼓舞に兵士達はにわかに落ち着きを取り戻す。

 

「行くぞ!!我に続けーーー!!!」

 

  そして、愛紗は突撃の命令を叫びながら敵部隊に向かって先頭を切って突撃する。

 

「関羽殿に続けーーー!!」

 

「「おおォォォーーーーーー!!」」

 

  愛紗の気迫、副官の言葉に兵士達は雄叫びを上げ突撃を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「お?敵も生きが良いねぇ♪」

 

  敵の勢いがある事をさぞ楽しそうな言葉を楽しそうな笑顔で口にする。

 

  実は愛紗の部隊二千が予想より早く雪蓮の部隊三千と遭遇したのは雪蓮が敵軍の方へ向かって進軍したためだった。

 

  雪蓮は安春の作戦を全く聞いていなかったので、当然この進軍は雪蓮の独断である。

 

「ほんじゃ、私達も行きますか」

 

  気楽な雰囲気で雪蓮は兵士達の方に振り向く。

 

  しかし、振り向いた瞬間、雪蓮の雰囲気は一変して覇者のモノへとなった。

 

「我に続けーー!!突撃ーーー!!」

 

 小覇王は雄叫びを上げながら真っ先に敵陣に突っ込んだ。

 

「「おおォォォーーー!!!」」

 

  そして、雪蓮の雄叫びを皮切りに雪崩の様な勢いで兵士達も雄叫びを上げながら突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

  西方で雪蓮と愛紗の部隊が激突を開始した頃、黄祖の軍も橋を渡り始めていた。

 

「なぁなぁ、まだ迎撃しねぇのか?」

 

  元々好戦的な性格の朱治は、早く戦いたいという気持ちを隠そうともせず安春に質問をする。

 

  ただ、朱治の質問は意外と的を射ていた。橋を渡っている真っ最中に弓を浴びせ敵の進軍速度――勢いを削ぎ、少しでも敵の数を減らす。

 

  そうして少しでも守り易くするのは間違ってはいない。

 

「まだだ。迎撃は敵軍の半数が橋を渡ったらする」

 

「ふ〜ん。何で?」

 

「先生がそーしろって言ってた」

 

「へぇ…成る程ねぇ…」

 

  確かに『孫子』にはそのようにすべきだという事が書いてあるが、果たしてその説明で朱治が本当に理解できたのか疑問なのだが、納得したかのように頷いた。

 

「……それで納得なのか…?」

 

  何だかんだで常識のある程普は思わずそう呟く。

 

「まぁ…バカだから仕方が無いのではないですか?」

 

  そして、光凛はそんな朱治に対し、いつも通りバカにしたような態度をとる。

 

「ンだとー!やるか、この野郎!?」

 

  その光凛の言葉を聞き朱治は怒声を張り上げる。

 

「良いですよ…」

 

  光凛がそう言うと二人はファイティングポーズをとる。

 

  二人とも異常な殺気を放っているが今のところは素手なので実際死ぬことはないだろう。…多分…。

 

「ちょ、二人とも止めろって!今、戦の真っ最中だぞ!?」

 

  隊を預かっている身の安春は何とか二人を宥めようと睨み合う二人の間に割って入る。

 

「知るか!!今日という今日は許さねー!」

 

「バカは死ななければ治りませんからね…。一回殺しましょう」

 

  しかし、そんな安春の必死な呼び掛けも虚しく、二人の間で飛び散る火花はドンドン大きくなっていく。

 

  一触即発。

 

 今の状況を完璧に表現できる四文字であろう。

 

  割って入った安春はいつの間にか二人の間から弾き出されていた。

 

  程普はやれやれと肩を竦(すく)めてそんな状況を軽く流していた。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃーーーーーー!!!」

 

  そんないつも通りであり、戦場では有り得ない状況であった呉の陣営にこれまた戦場には有り得ない幼い女の子の声が響く。

 

「何だ?」

 

「子どもの…声…?」

 

  その幼さを放ちつつも、光凛達の武人として卓越したセンサーに引っ掛かる強者の気配のする声に、今まで歪み合っていた二人は火花を散らすのを止め、その声がする方――橋を渡り終え味方と戦い始めた僅かな――突出したとも見える――敵軍の方を見る。

 

「うーりゃーーーー!!」

 

「「うわぁぁあーー!!」」

 

  その声の主――鈴々はまたも雄叫びを上げ、大軍に向かって自分の身長より遥かに大きい槍――蛇矛を振るう。

 

  すると多くの兵士達が叫び声を上げながら重力に逆らうように吹き飛ばされていく。

 

「な、何だ、ありゃ?」

 

  程普もその異常な光景に驚きを隠せない様子だ。

 

「うわ…マジ…?あれ、雪蓮様と同等かそれ異常だよ…」

 

  安春はイレギュラーの存在にあちゃー、と額に手を当て呟く。

 

  ある程度イレギュラーの存在は考えていたが、彼女程の武力の持ち主がいるとなるとかなり計算が狂ってくる。

 

  どうしうと安春は頭を抱え込む。

 

  すると――

 

「光凛、一時休戦だ。先ずはあいつとヤル」

 

「良いでしょう…。あちらの方が…手強そうですし…」

 

  今までの対立が嘘のように標的を同じくする朱治と光凛。

 

  強敵を見付けた二人の目は爛々と輝きを放っていた。

 

「んじゃ、あたしらちょっくら行ってくるよ」

 

「え、あ、ちょ、ちょっと――」

 

「じゃーねー」

 

  安春の話など全く聞く様子もなくちょっとそこまで出かけてくるかのような軽いのりで本陣を出ていった。

 

「ま、雪蓮様がこの場に居なくて良かったかもな…」

 

  程普は勝手に出陣した二人を全く咎める様子もなく安春に話し掛ける。

 

「え?まぁ…確かにそうだけど…」

 

  雪蓮がもし居たら間違いなくいの一番に「私が倒すーー!」と言いながら、嬉々として突撃していたに違いないだろう。

 

  そういった意味では西方で雑魚相手に武を奮っていたくれた方が安心できた。

 

  まぁ、その安心は間違っているのだが…。安春にそれが判るのは戦後なのであった。

 

「って、何で…あんた槍を持ってるの?」

 

  心の中で安心していた安春だが、隣で話していた程普が今まで持っていなかった槍をいきなり取り出した事に怪訝そうな表情を浮かべて質問をする。

 

  もっとも、安春には程普の考えが聞くまでもなく解っていが訊かずにはいられなかった。

 

「ん?私もちょっくら行ってくるからだけど」

 

  「何か問題ある?」と、口にこそしないもののそう言いた気な様子で答える程普。

 

「ンじゃ、軍の指示は任せるからな。頑張れよー」

 

  やはり軽いのりで出陣してしまった程普。

 

  そして、軍の全てを任せられた安春は――

 

(…こんな身勝手な人達ばかりで、この先呉は大丈夫なのかなぁ…?)

 

  ――と、本気で心配になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

ども、冬木の猫好きです。

 

当初の予定では二話で終わらせる予定だった戦も三話になっちゃいました。

 

今回、呂蒙こと安春は今回の戦で総司令官であるはずなのに敵より味方に苦労を強いられています。

 

ですがこれは彼女の指揮能力が決して低い訳ではなく、超自由人が多い呉において彼女達を惹き付ける程のカリスマ性がないというだけであって言ってる事や、やろうとしている事は基本的には正しいのです。

 

ですが、先程述べた通り自由な彼女達を統率するカリスマ性が少ないため苦労するという可哀想な立ち位置の司令官なのです。

 

さて、次回は関羽(愛紗)VS孫策(雪蓮)のタイマンやら、呂蒙(安春)の策やら、周瑜の策やら、その他諸々を描き戦争パートを終わらせます。……多分…。

 

では、また次回。

 

 

 

 


豆知識コーナー

 

さてさて、今回は紀元前から現代に至るまで中国に存在する宗教――思想の方が正しいかも…――儒教についての豆知識です。

 

そもそも儒教は春秋戦国時代に孔子という人が創設したモノです。

 

この孔子という人物は『論語』という現代にも伝わる書物でも有名な人物です。『論語』の一節に「自分がして欲しくない事を他人にするな」等、現代でも通用するような格言があります。

 

このように、儒教とは人が生きていく上で大切な礼儀・作法を語るモノであると認識されているが、(ここから自分なりの解釈が入ります。全てを事実として受け止めないで下さい)その本質は目上の者には逆らうなという王制による統治を正当化する――謂わば民主主義を否定するモノである。

 

しかし、身分制や王制が主流であった当時には国を統治するのには持ってこいだとコレを国教とする等の政策を行う事がありました。

 

そもそも、儒教の教えの第一条に「親の命令は絶対聞け」とあります。つまり、生まれながらにして覆せない間柄を利用した思想で、家族すらも身分で別けてしまおうという差別的な教えです。

 

結果、後漢王朝の時には外戚――母方の親戚――が親という立場を利用し、力を持つ等の害悪をもたらしました。

 

また、曹操が『三国志演義』で悪役にされた原因として孔子の子孫である孔融(こうゆう)という者を殺した事が原因の一つであると予測されます。

 

まぁ、散々批難してきましたが最初に例題として挙げた「自分がして欲しくない事を他人にするな」等、中には生活していく上で本当に当たり前な事が書いてあるので儒教の全てを否定する事を私はしません。

 

最後に、今回の豆知識ですが、コレは儒教にあまり共感できない私の偏見が少なからず影響していると思います。なので、先にも書いた通り、全てを事実として受け止めず「こんな意見もあるんだ〜」程度に受け止めて下さい。

 

ではでは。





トップである孫策自身がかなり自由な人だから、まあある意味仕方ないのかもな。
美姫 「それにしても、本当に自由に行動してるわね」
まあ、それでもちゃんと色々と考えているんだろう……多分。
美姫 「戦いもいよいよ大詰めかしら」
さてさて、どんな決着が待っているのやら。
美姫 「それでは、この辺で」
ではでは。



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