政務を黙々とこなし、気が付けば日は沈み、既に灯りが必要な時刻になっていた。

 

「ふぅ…今日はこの辺りにしておきましょうか…」

 

  簡雍は筆を置き、政務を開始してから始めて政務に関連するもの以外の事を口にした。

 

「………(コク)」

 

  最早喋るのも億劫になる位の疲労が蓄積しているらしいく、簡雍の言葉に唯頷く一刀。

 

「ハハハ…ちょっと、やりすぎましたね…?」

 

(ちょっとなんてレベルじゃねーよ!)

 

  苦笑いを浮かべ、もうぐったりといった一刀を心配する簡雍。しかし、そんな簡雍の言葉も今の一刀には気休めにすらならないらしく、相変わらず言葉は口にしないが心の中で愚痴る一刀。

 

「あ、そうだ!」

 

  簡雍は閃いたと言わんばかりの表情で一刀にある提案を持ちかける。

 

「お兄さん、昨日からお風呂入ってないですよね?」

 

「ん?あぁ、そうだな…」

 

  風呂は隠れ家にもあるのだが、流石にあのゴタゴタの中では風呂に入る暇もなかったしな…。

 

「では、お風呂に入りましょうか。僕がお背中流しま――」

 

「じゃー、一人で入って来るかな!」

 

「――あ…」

 

  不穏な空気を感じて一刀は最後の元気を振り絞り、俊足を飛ばして退室する。

 

「ちっ…」

 

  一人残った簡雍はキャラが変わったとしか思えない程どす黒い表情で舌打ちをしていた。

 

  一方の一刀は少し離れた廊下でへばっていた。

 

「はぁ、はぁ…危なかった…」

 

  そんな気がするだけだが、何か恐ろしいモノを感じたんだよなぁ…。何と言うか…踏み込んではいけない世界に無理矢理送り込ませようとしているような気がした…。

 

 そう。…気がした、だけ…だよな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十二話:大切なモノ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(今日は色々あったな…)

 

  呉にいた時にも――君主があれだからなぁ…――色んなドタバタがあって、そういったモノには慣れたつもりでいたんだが…いかんせん質が違う。

 

  呉に居た頃のドタバタは後から思い返せば酒の肴(さかな)になるのだが、今、ここでのドタバタは後で思い返してもそいったモノになるかどうか疑問だし…。

 

(ま、かといって…関わった事事態には、全然後悔してないけどさ…)

 

  とにかく、今日はもう寝よ…。疲れた…。

 

「よいっしょ…」

 

  そう考えると一刀は寝床に着こうと立ち上がる。

 

「一刀様…」

 

「…ん?」

 

  立ち上がるのとほぼ同時に部屋の外から一刀の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 その声はあまりにに小さすぎ、女性のモノであるという事以外判らなかったが、“一刀様”と呼んだ事は何故か判った。そのためその声の正体に一刀はスグ思い当たった。

 

「陳到…か…?」

 

「………」

 

  声は応えない。

 

  だが、それでも一刀にはそれが陳到だと確信していた。

 

  そして、一刀は部屋の引き戸を開けた。

 

「………」

 

  引き戸を開けたスグそこに一刀の予想通り陳到が居た。

 

 陳到の腕には一緒に居なくなった幼令がスヤスヤと眠っていたが、いつも幼令を抱いてる時には自然と弛む陳到の表情は今まで見たことない位暗く、哀しく、悲壮感すら感じられる表情だった。

 

「陳到…」

 

  その後に続く言葉はない。ただ、一刀は安堵感から“陳到”と、名前を呼んだだけだった。

 

「陽光で宜しいですよ…」

 

  と、ここで漸く笑みを浮かべ、真名を伝える陳到。

 

 だが、その笑みは誰がどう見ても無理矢理作ったモノで、そこにはいつもの陽光らしい柔らかな――太陽の日のような輝きは一切見られなかった。

 

「……あぁ…」

 

  つい返事を忘れてしまいそうになったが、小さな声で何とか返事をする一刀。

 

「………」

 

「………」

 

  陳到――陽光は無理矢理作った笑みのまま無言で一刀を見つめる。一刀もそんな陽光の瞳を逸らさずに見つめ返す。

 

  悲しそうな陽光の瞳は見つめているうちに涙で段々と濡れ始めてきた。

 

「――っ…!」

 

「………」

 

  遂に耐えきれなくなったのか一刀の胸に身体を預ける。だが、全体重はかけない。腕に幼令が居るからだ。

 

  一刀はそんな陽光を無言のまま抱き締める。ただし、腕に抱かれた幼令に負担をかけないように細心の注意を払い、優しく、繊細に…。

 

(星にはあんな事言ったけど…)

 

  果たして、陳到――陽光が全面的に悪かったのかと、今の陽光の顔を見ていると考え直してしまうのも当然だろう…。

 

  今の陽光は弱りきっていると言ってもいいくらい悲しそうだ。

 

「……私…この子を――幼令を育てたいです…」

 

「ち――陽光…」

 

  自分の意思を一刀に告げる陽光。たったそれだけの行為。だが、今の陽光には想像を絶する勇気と一刀に対する信頼が必要であろうか…。

 

 それを解っている一刀は――一瞬「陳到」と呼びそうになるが――陽光の名を呼ぶ。それはもうできないと知っているため、その声には少し戸惑いが感じられた。

 

「一緒に…来て下さい…」

 

「え…?」

 

  陽光の思いもよらない言葉――『一緒に…来て下さい…』、その言葉の意味するところを理解できず、驚きの声を上げる一刀。

 

  いや、いかに超鈍感な一刀といえど、流石に理解していたのかもしれない。ただ、心のどこかでそれを受け入れようとしなかっただけだ。

 

  それは…今に始まった事ではなかった。

 

「一緒に、この子を育てましょう…」

 

  一刀から身体を離し、自分より少し背が高い一刀を見上げながら言う。

 

  皮肉な事にもその表情は心なしか、先程より生き生きしていた。

 

「………」

 

  一刀は何故陽光がそんな表情になったか解る。

 

  逃避だ…。今、目の前にある現実――いずれ、幼令を手離す時が訪れるという現実に対する逃避である。

 

「陽光、判ってるんだろ…?」

 

「え…?一刀…様…?」

 

  陽光は聡明な女性だ。だから、一刀の言っている言葉の意味くらい解っているハズだ。

 

  逃避に意味はない。

 

  逃避によって生まれるのは自身を苦しめ続ける矛盾だけだ。

 

「陽光、その子の――幼令の本当の親が…見つかった…」

 

「…!?」

 

「確かに、納得できないかもしれない…。でも…」

 

  陽光が納得できない事は、我が子を捨てた親の下に幼令を返す事だ。

 

  いや、そもそも幼令を手離す事事態に納得していないのかもしれない。

 

「でも、幼令の母親は自分のした事を心から悔いている。だから――」

 

「いやです…」

 

  『だから』の後に続く言葉を待たず、一刀の言葉にかぶせるような形で拒否の言葉を述べる。

 

  その表情は、また悲しそうなモノに戻っていた。

 

「どうして!?どうしてですか!?どうして、皆、私から幼令を奪おうとするのですか!?」

 

  最早、涙を我慢する事もなく泣き叫ぶ陽光。

 

「………」

 

  一刀はそんな陽光を見つめるだけで、何も言おうとはしない。

 

「私は…私はただ、この子と共に居たいだけなのに…どうして…」

 

  泣き叫んていた陽光は次第に声が小さくなり、ただ泣いているだけになっていた。

 

「言ってて…気付かないのか…?」

 

  そんな陽光に穏やかな声で、しかし、決して優しくはない声で話し掛ける。

 

「幼令の母親も、同じ気持ちだったと…」

 

「………」

 

  言われた瞬間――いや、言われる少し前に顔を俯く陽光。

 

  恐らく、一刀の言わんとする事を解っていたのだろう。

 

「ですが…ですが、その方は自ら幼令を手離したではありませんか!?そんな方に、幼令を返せなど…」

 

 俯せていた顔を上げ、再び泣き叫ぶような形で一刀に話し掛ける。

 

「言っただろ…。その母親は自分のした事を悔いている、と…もう二度とこんな事は起こらないよ…」

 

  そんな陽光に、相変わらず穏やかな声で一刀は話し掛ける。

 

「………」

 

  言われて、再び顔を俯き黙り込む陽光。

 

  陽光が俯くと、この騒ぎの中でもスヤスヤと寝息を起てながら眠っている幼令の顔が見えた。

 

  そんな幼令を見て更に涙が溢れてきた。

 

「どうして、一刀様まで…」

 

  そして、漸く陽光は口を開く。その口から発せられた掠(かす)れた声は弱々しいハズなのに、それでいて強かった。

 

「一刀様は…この子が愛しくないのですか!?何故この子をそんなに手離したいのですか!?」

 

  叫ぶ。心の奥底からの言葉を――本心を叫んだ。

 

「陽光…」

 

  名前呼ぶ。そして、一刀は陽光を抱き寄せようと手を伸ばす。

 

「―――っ!!寄るな!!!」

 

  その手を――優しく、温もりのある手を陽光は弾く。

 

  初めて使ったのではないかとすら思われる雑な言葉を発しながら一刀を拒絶する。

 

「陽光…!?」

 

  一刀の声も聞こえないのか、陽光はフラフラと後ろに下がり距離を取る。

 

  腕に抱かれた幼令が泣いている事にも気付いていない。

 

「いやぁ…いやいやいやいや、いやぁ!!」

 

  そして、立ち止まると陽光はまるで駄々っ子のように繰り返す。

 

  頭を左右に振りながらも幼令は無意識の内に優しく抱き締めたままだった。

 

「お、落ち着け、陽光!」

 

  まさか、このように取り乱すとは思ってもいなかったらしく、焦ったような声で陽光を必死に宥(なだ)めようとする一刀。

 

「いやぁ!!」

 

「――!!」

 

  そんな陽光の暴走を止めようと近づく一刀に陽光は右手で剣を抜き、一刀に突きつける。

 

  陽光の本来の武器は槍なのだが、今は当然持ち合わせておらず、腰に差してあった剣を使った。だが、以前として無意識の内に、左手にいる幼令を優しく抱き締めていた。

 

「やめろ、陽光!!」

 

  そして、今度は一刀が叫ぶ。必死に、無様に叫ぶ。

 

「陽光!!」

 

「「――――!!」」

 

  一刀が必死の叫びを上げた直後に第三者の叫び声が聞こえた。

 

  ガキッ!!

 

「っ、星…!!」

 

 陽光はその声の主を星と確認すると憎らしげにその真名を口にした。

 

  星は陽光を斬り付けようと刃を振るった。

 

  だが、勿論本気ではない。本気ならばいかに陽光と言えど不意討ちの一撃を受け止める事などできるハズがない。

 

「星、どうしてここに――」

 

「話は後です!今は陽光を――っ…!!」

 

  ガキンっ!

 

  一刀と星が会話をしていると陽光は激烈は剣戟を浴びせてきた。

 

「陽光…」

 

  それを何とか防ぐが、親友の変わった姿に頭をガンっ、と打たれたような衝撃を受け、その親友の真名を呟く星。

 

「……っ…!ハッ!」

 

  しかし、スグに気持ちを切り替え、陽光に斬りかかる星。

 

  先程の不意討ちとは違い、その攻撃は本気のモノだった。

 

「やめるんだ、二人とも!!」

 

  一刀は打ち合いを始めた二人を必死に止めようと叫ぶ。

 

  ガキンッ!

 

  キィン!

 

  キィン!

 

  ガキンッ!

 

  しかし、そんな一刀の叫びも虚しく二人は打ち合いを加速させてゆく。

 

  星は自慢の槍捌きを遺憾無く発揮し、神速をもって陽光を圧倒する。

 

  キィン!

 

「くっ…!」

 

  一方の陽光は、左手に幼令を抱いたままの状況で必死に応戦を続けていた。

 

 だが、その攻防も長くは続かなかった。

 

「ハァァーーー!!」

 

「うぁぁ!!」

 

  星の本気の一撃が陽光の剣を手から弾き飛ばした。

 

「あ、あ……」

 

  そして、陽光はその場にへたりこむ。依然として泣きじゃくる幼令を腕に抱いたままだ。

 

「陽光!!」

 

  一刀はその場にへたりこんだ陽光に近付こうと駆け出す。

 

「――!」

 

  しかし、そんな一刀を、槍を使い制す星。

 
「星!?」
 
「もう少し、私に任せてくれませぬか?」
 
  そう言うと一刀の返答を待たずして星は陽光に歩み寄る。
 
「陽光…」
 
「どうして…邪魔をするのですか…」
 
  止まっていた涙はまた溢れていた。
 
「私は…私はただ…ただ…愛しいこの子と、愛しい人と…三人で居たかっただけなのに…。どうして!」
 
  涙でグシャグシャになった顔を左右に振りながら叫ぶ。
 
「お前の我が儘を聞くのは…初めてかもな…」
 
  皮肉な事だ…。
 
  私が唯一弱さを見せた相手の事――幼令の事でもあるのだが――で、こやつの我が儘を聞く事になるとはな…。
 
「だが、私は…お前のその傲慢を許さない…」
 
「傲…慢…?」
 
  理解できないといった声を上げる陽光。
 
「あぁ…そうだ…」
 
  一歩前に踏み出す星。
 
「お前は傲慢にして利己的だ。己のためだけに、自分の欲しいモノを全て得ようとする…」
 
「違う…!私は――」
 
「誰が望んだ?」
 
「――っ!?」
 
  誰が望んだ?
 
 誰が連れて行け、と頼んだ?
 
「誰も言っていない…。お前が勝手に思い込み、勝手に実行しようとしただけだ…」
 
「違う…違う…違う、違う違う違う!」
 
「違わない!ならば、お前はいつその赤子の声を聞いた?本郷殿に至っては、拒否を表明しているではないか?」
 
「――っ!」
 
  星の言っている事は事実だ。
 
 普段ならば陽光自身もその事に気付いていただろう。しかし、陽光はあまりに盲目的になり過ぎていたため、その事を解っては居たが気付けずにいた。
 
  故に陽光はその事を星に指摘され激しく動揺し、身体を震わせた。
 
「せ、星、言い過ぎだ!!」
 
  黙っていた一刀だが、陽光の過剰な動揺を見て流石にこのまま黙って見ている訳にはいかないと思い、止めようとする一刀。
 
「本郷殿…」
 
  星は一刀の方に振り向き、近付く。
 
  ドスッ!
 
「――うっ…!?」
 
  星は一刀の至近距離まで近付くと、星はいきなり一刀の鳩尾を殴った。
 
「申し訳ないが…今は黙ってていただきたい」
 
「…っ…せ…い…」
 
  そうして一刀は意識を手放した。
 
「一刀様っ!」
 
  陽光は幼令を床に置き、星に一撃を浴び、倒れた一刀に駆け寄ろうとする。
 
「陽光…」
 
  しかし、星はそれを阻止するかのように陽光の前に立ちはだかる。
 
「―――」
 
  そんな星をキッ、と鋭い――殺気の籠った目で睨み付ける。
 
「いい加減目を覚ませ…。こんな方法で手に入れた幸せに何の意味が――」
 
「うるさいっ!!」
 
  しかし、最早陽光に星の言葉は無意味だった。
 
  今の陽光にとって星は自分の幸せを阻害し、更には自分の愛すべき人を傷付けたモノ――敵でしかなかったのだ。
 
  カチャ
 
  そして陽光は再び剣を握り、今度は両手で構える。
 
  幼令を抱いていないせいか、陽光の纏う雰囲気は戦場で見せるモノと全く変わらないモノだった。
 
「………」
 
  その雰囲気を察し、星の纏う雰囲気も戦場のモノとなった。
 
  星は理解した。
 
  もう陽光を――親友を諭すのは無理だ、と…。
 
「ああぁぁぁーーー!!!」
 
  陽光は星が自らの愚に気付き、思考に耽っているとおかまないなしに声を上げ、思い切りのよい踏み込みをし剣を振り降ろそうとする。
 
 星もその剣戟に応じるべく派手な二又槍を振りかぶった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一刀達が修羅場を繰り広げているほぼ同刻にある1つの動きが見られた。
 
  光を遮断し、部屋――シルエットから判断するに恐らくは玉座の間であろう――には闇と静寂だけがあった。しかし、その中に人の気配があった。
 
  1人は荘厳な気配を漂わせ、その気配に似つかわしい気品溢れる服装、髪の毛は量こそ普通だが一本一本が細いため薄く見え、更にその髪の毛は所々白くなっている初老を少し過ぎた――目算で50歳以上といったところか――男性が居た。
 
  彼の名は劉表。
 
 名前から解るように、皇帝の血筋である劉氏であり、今の皇族と遠縁の親戚に当たる者である。しかしながら、彼は腐敗しきった中央では己の手腕を発揮できないと考え、早くから地方に自ら赴き、わずか一代で荊州のほとんどを事実上領土とした。
 
  もう1人は女性だった。
 
  こちらの女性は劉表とは違い荘厳なモノはなく、感じさせるのは慈愛といったモノであろう。
 
  服装も決して気品を感じさせるモノではなく、真っ白な――正に純白といった言葉が当てはまるワンピースのような服装で、身長も標準――157pといったところであろう。
 
 外見で特徴と言えるのは、腰の当たりまである艶のある黒のストレートの髪と唯一着けてるアクセサリー――顔が出るように前髪を分けるために使われている髪留めが異彩にして気品溢れるモノだった。そして、その前髪から覗ける顔立ちはとても整っており、美人と称するに相応しいモノであると充分に判った。
 
  玉座の間に劉表が居るのは全く不思議な事はない。不思議なのは二人の立ち位置と体勢だ。
 
  本来、上座である玉座に居るはずの劉表は下座に居り、そして劉表の体勢は地に額を擦り付ける程頭を低く――日本で言うところの土下座に近い感じであるだろう――していた。
 
「――以上が次に我が貴公に望むモノである」
 
「ははっー」
 
 女性の中でも少々高めの女性の声が響き、その言葉に劉表が頭を低くしたまま厳かな低い声で応える。
 
  二人の会話――この雰囲気から察するに会話と呼べるかどうか判断しかねる――から察するに既に会話は終わったようだ。
 
  そして、女性は伝えるべき事は全て伝えたのか、会話を終えると転移魔術で何処かへ文字通り消えてしまった。
 
「………」
 
  劉表は女性が消えると無言のまま早々に部屋を退室する。
 
「おぉ…終わりましたか…」
 
  劉表が玉座の間から出ると待機していたいた1人の壮年の男性が話し掛けてきた。
 
  この男の名は蔡瑁。
 
  荊州の有力豪族で、伯母は大尉――朝廷の軍事面での最高権力者――の張温に嫁ぎ、更に次姉は今目の前に居る劉表の後妻として嫁いでいる。
 
  そういった身分的立場に加え、実際に荊州の平定と運営においての実績もあるので、荊州での彼の権力は絶大なモノとなり、今やその権力は劉表に次ぐ一大勢力となっている。
 
「………」
 
  しかし、劉表は蔡瑁の言葉に応える事なくその横を無言のまま通り過ぎていく。
 
「………」
 
  蔡瑁はそんな劉表の背中を見ながら不満そうな顔をするが、その不満を言葉にはせずすぐさま劉表の後に続く。
 
  荊州を平定しここ十数年、家臣の誰にも――勿論、蔡瑁にも――伝える事なく何者かと会い、そしていきなり突拍子もない政策、戦略を家臣達に命ずる事が何度かあり、しかもそれは誰もが理解しかねる内容だった。
 
  当然、蔡瑁も何度か何処の誰かと劉表に直接尋ねたり、探りを入れたり等何とかして密会の相手を突き止めようとするもいずれも失敗に終わり、結局判らず仕舞いのままで、そればかりか、探りとして放った者は皆帰って来る事はなかったため、蔡瑁は諦めるざるをえなかった。
 
  なので密会の現場のすぐ側まで自ら出向き、無言のプレッシャーをかけているつもりなのだが、何だかんだ言ってもわずか一代で荊州のほとんどを支配下に置いた男、そんなプレッシャーなどモノともせず普段通りの荘厳で威厳溢れる態度を全く崩す事はなかった。
 
「蔡瑁…」
 
「――ハッ!」
 
 劉表の呼び掛けにすぐさま片膝を付き、臣下の振る舞いを取りつつも、内心――『いつもの如く、また理解不可能な任を命ずるのだろう…』と心の中で溜め息を吐く。
 
  確かに、大まかな意味で蔡瑁の予想は当たった。ただし、それは“理解不可能”という点だけで、細かい意味では予想以上と言わざるをえなかった。
 
「黄祖に命じよ。カイ越を軍師とし、6万の兵を率いて長沙(ちょうさ)に蔓延(はびこ)る逆賊――孫策を討て、と…」
 
「………は……?」
 
  摩訶不思議。今の彼の表情は言葉以上にその感情を如実に表していた。
 
  何故、孫策が逆賊なのか?何故、今、外征を行うのか?様々な疑問が彼の中に渦巻く。
 
  しかし、いくら考えても納得のいく答が出る事はない。
 
「な、何故にございますか!?理由をお教え下さい!!」
 
  蔡瑁は決して無能ではない。むしろ有能の部類に入る能臣である。
 
  今まで理解不能な命もただ忠実に遂行してきたのだが、今回はいくら何でも黙ってはいられなかった。
 
  今までは自分達が治めている荊州の範囲内で行う事であったが、今回は同じ州でも他の君主が治める領土に関する事――しかも戦である。
 
 先程、荊州の“ほとんど”と表記した。つまり、一部劉表の領土でない所があり、それが先程劉表が攻めると宣言した長沙と、袁術が治める荊州北部の一部である。
 
 確かに、先代の孫堅文台は朝廷から命じられ長沙の太守になったが孫策自体は直接命じられていない。だが、決して悪政を強いているのでもなく、民意にも、朝廷の意にも反した行動を取った訳ではない。
 
 逆賊とするには些か大義名分に欠ける。いや、それ以前に天下を乱す黄巾党が蔓延る中、各州の君主同士が争うなど普通に考えて有り得ない。下手をすれば共倒れだ。
 
  そういった様々な事を理解しているため、蔡瑁はまともな答が返ってくるハズがないと解っていながらも劉表に思わずその意図を尋ねた。
 
「理由は先に述べた通りだ。早く黄祖に伝えよ!」
 
「――っ…」
 
  しかし、そんな蔡瑁の疑問は大方の予想通り解決される事はなく、初老を過ぎた者には似つかわしくない覇気を放ち劉表は『それ以上の追及は許さん!』、と言わんばかりに蔡瑁を威圧し、疑問を無理矢理退けさせ、その場を後にした。
 
「………」
 
  蔡瑁は劉表のその威圧感溢れる後ろ姿を苦々しい表情で睨み付ける。
 
  そうしながら、自らに言い聞かせる。
 
(我慢だ…!あやつがいずれ没すれば、そうなれば私の天下…。それまでの辛抱だ…)
 
  蔡瑁は劉表に心服していなかった。劉表が取るに足らない人物ならば早々に切り捨て、そこそこ有能ならば利用するだけ利用してどちらにしても切り捨てるつもりでいた。
 
  しかしながら、実際会ってみると中々どうして、予想以上――いや、予定以上の傑物だった。
 
  そのため、蔡瑁は劉表が健在の間は一先ず自らの地位を確立する事に専念する事に決めたのだ。
 
  そうして、蔡瑁は今の荊州での地位を手に入れ、次の跡継ぎになるであろう劉表の次女――長女は病弱であるため跡継ぎにはならないと考えたため――と甥っ子を産まれて間もない頃から婚約させ、次代での地位も権力も確固たるモノとした。
 
(既に地盤は完璧。後は、あの男が…)
 
  そう考えながら思わず笑みを溢す蔡瑁であった。
 
  そう…。この荊州の地が劉表の代の間はずっと劉表が治める事を前提とした計画で…。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…ん…ぁ……」
 
  あれ?俺、何で寝てンだ…?
 
  確か、俺は――
 
「――っ!!」
 
  完璧に意識が覚醒した一刀はガバッ!と勢いよく体を起こす。
 
「おぉ、起きたか」
 
「え、眞弥?」
 
  あれ?確かに俺は…。でも、なら何で華侘――眞弥がココに?
 
  眞弥だって少なからず魏延――彌紗達と関わっていたから、そう易々(やすやす)と城内に入れるハズ…。
 
「ま、アンタは殴られただけだから、大して心配してなかったけどさ」
 
  眞弥は言葉とは裏腹に喜びと安堵の混ざった表情を浮かべる。
 
「問題は、あの嬢ちゃん達かな…」
 
  嬢ちゃん達…?
 
「――っ!」
 
  眞弥の呟きの意味を理解したのか、一刀は眞弥の方へ向き直る。
 
「眞弥、星と陽光――二人の女の子は!?」
 
  眞弥の突然の登場で一瞬忘れかけていたのだが、やはりアレだけのインパクトのある出来事をそう簡単に忘れれないようだった。
 
「そこで寝てるよ」
 
「え?」
 
  焦った様子の一刀に事も無げに奥の方を指差す眞弥。
 
  一刀は呆けた様な、間の抜けた様な声を発し、眞弥の指差した方を振り返り見る。
 
「星、陽光!」
 
  一刀は並んで横になっている二人を見付け駆け寄る。
 
「別に怪我もないし、寝てるだけだ」
 
  心配そうな表情で二人を見る一刀に安心させる様に二人の容体を軽く説明する。
 
  確かに、見てみると二人ともパッと見ではあるが特に目立った外傷もないようで一刀はホッ、と胸を撫で下ろす。
 
「あの後――俺が意識を失った後、どうなったンだ?何で眞弥がココに居るンだ?」
 
「あぁ〜、えっと…まぁ、取り敢えず他の奴等を呼んでくっからさ、それまで待っててくれや…」
 
「……あぁ…判った」
 
  早く現状を確認したいと思うけど、ニュアンスで話す事が多々ある眞弥では正しく情報が伝わらない事もあるし、この場は眞弥の提案を受け入れる方が無難か…。
 
「んじゃ、呼んでくるわ」
 
  いつもの軽いノリのまま眞弥は部屋を後にする。
 
「………」
 
  眞弥が部屋を出た後、一刀は神妙な面持ちで今は穏やかな表情を浮かべて寝ている陽光をを見つめる。
 
(俺のせいだ…)
 
  あの時、俺があそこまで直接的な言い方じゃなく、もっとオブラートに包んだ言い方ができれば…。
 
  そうできれば陽光があそこまで追い込まれる事もなかったかもしれない…。
 
  俺のせいで…、俺のせいで…星ともあんな事にならずに……。
 
  普段あんなに物静かな陽光があそこまで理性をなくし、本能等といった人間が生来身に付けているモノではなく、理性と同様に生後に身に付くモノ――本心が表に出てくるまでに滅茶苦茶になった精神(ココロ)が無事でいられるか…。
 
  そういった不安が今の陽光の穏やかな寝顔を見ていると噴水の様な勢いで溢れ出てくる。
 
  星にしても、親友に本気で刃を向けた事、向けられた事、普段飄々としているが流石に堪(こた)えないハズない。
 
  二人が起きたらやらなきゃいけない事が山積みだなぁ…。
 
(…いや…そもそも、今の俺に……何が、できんだよ……)
 
  今の一刀の胸に去来する思いは虚無感や虚空感といった虚しい感情しかなかった。
 
「何、しけたツラしてんだよ!」
 
  ドガッ!
 
「ゲフっ!」
 
  一刀が不安いっぱいといった表情をはっきりと顕にしているにも拘わらず、場違いの異様な――あっけらかんとした明るい声が響く。そして、その声と共に一刀の脇腹に痛みが走る。どうやら蹴りをいれられたらしい。
 
「い、イダい…」
 
  鈍い音を鳴らした脇腹を抑えながら、相当痛いのだろう。絞り出すような声で呟く一刀。
 
「な、何すんだよ、彌紗!?――って彌紗?」
 
  な、何で彌紗が?いや、眞弥が居た時点である程度予測はしていたけどさ…。
 
 でも、まさかホントに彌紗まで居るなんて…。
 
「何だよ、その反応?あたしが居たらいけないのか…」
 
  ジロリといった擬音が見事に合う目で一刀を睨む。
 
「いや…」
 
  『いかんだろ!』っと言ってやりたいンだが…その目は言わせないって目だな…。
 
  大体、一応ではあるが公孫賛と対立関係にあるンだぞ、お前…。なのに、なーんで居るかなぁ…。
 
「こら、彌紗。本郷は病み上がりなんだから、あんまりムチャさせるなよ」
 
「ソーだぞ、彌紗」
 
  と、一刀がどう反応したら良いか図りかねていると、親しそう――真名を呼んでいる時点で間違いなく親しいのだろう――に対立関係にあるハズの相手――公孫賛が宥(なだ)めるような口調で彌紗に話し掛け、眞弥がそれに同調する。
 
(だから、何で当然のように仲良さ気なんだよ!?)
 
  何か色々問題があんだろ!?政治的にチョーデリケートな問題がさ!俺が滅茶苦茶悩んでた問題がさ!
 
  ………はぁ…。取り敢えず、それは後回しだ…。とにかく、今は状況確認が先だ…。
 
「ほんで…あの後の事教えてくれる…?」
 
「ん?あぁ、判った。まぁ、本郷が気を失ったスグ後に私らが着いた訳じゃないから、多少時間が空くけど…」
 
  『その程度、許してくれ』と言外に含ませながら公孫賛は続ける。
 
「帰って来たら、城内が『ミョーに殺気立ってる』って彌紗が言うから、その殺気のする方に急いで駆け付けたら、趙雲と陳到が刃を交えてる瞬間でさ…。 どうやって二人を止めようかって悩んでたら、彌紗が『あたしが止めようか?』って提案してきたから、二人の間に割って入ってもらったんだ…」
 
「ヘヘッン!」
 
 公孫賛が話していると何故だか『エッヘン』と彼女のささやかな女性の象徴――1文字で表現するなら“胸”を張る。
 
 それを横目で見ながら一刀は内心『別段、自慢するべき話ではないぞ…』と溜め息を吐いた。
 
(…成る程…。要は、彌紗に仲裁――果たして、武力行為に武力介入した事が仲裁かどうかは疑問だが、この場では問うまい…――してくれたのか…)
 
  でも…――
 
「彌紗1人で…本気の二人を止めれたのか?」
 
  相手は稀代の武人二人だ。
 
 確かに、彌紗も並外れた武の才能とそれに伴った武の実力を持っている。だが、それにしてもマジの星と陽光を同時に相手して勝つ――ましてや、現在の二人のように無傷で取り押さえるなんて不可能だ。
 
「う゛…」
 
  一刀にツッコまれると彌紗は気まずそうな呻き声を上げながら、小さくなる――勿論、実際は小さくなどなってないが、なんとなくそういった表現が合う態度を見せる。
 
「ま…御察しの通り、流石の彌紗でもあの二人を相手にはまったく歯が立たず――」
 
「――『まったく』じゃない!!」
 
「――“惜しくも及ばず”敗れてしまったんだ…」
 
  公孫賛の言い方が気に入らなかったのか、最後の部分で彌紗が茶々を入れてきて渋々といった感じで表現を変えるが、恐らく二人の前に大敗したのだろう。彌紗の身体から“悔しいオーラ”が溢れ出ているのが何よりの証拠だ。
 
「んじゃあ、どうやったんだ?」
 
「私が二人を眠らせたんだ」
 
「…………は…?」
 
  思わぬところから応えが返ってきたため、呆けた様な表情になってしまった一刀。
 
  何せ、一番二人を止められる可能性のある彌紗ですら大敗――これはあくまで推測だが――したのだ。そんな状況でどうして眞弥が二人を止められる――本人曰く、『寝むらせる』――事ができるのだろうか。
 
「ど、どうやって?」
 
「薬で」
 
「だから、どうやって薬を?」
 
「こーゆー風に“フッ!”ってやって」
 
  眞弥の文面的に非常に察しずらい会話文でお届けしましたが、眞弥の動作を
明しましょう。
 
  眞弥は『こーゆー風に』と言った瞬間に口の前に筒のような形を手で作ったのだ。
 
「まぁ、いわゆる吹き矢ってヤツだよ」
 
(あぁ…やっぱり、眞弥1人の時に状況確認しなくて正解だった…。フォローサンキュー、公孫賛…)
 
  そう一刀は自分の考えが正しかったのだと確信しつつも、フォローを入れてくれた公孫賛に密かに感謝の言葉を述べる。
 
「というか、眞弥、どうして吹き矢なんかできたんだ?」
 
  眞弥に――やはり親しそうに――もっともな疑問を話し掛ける公孫賛。
 
「ん?怪我人で時々暴れて近付けない奴とかがいるからさ、そーゆー奴に遠くから“フッ”とやって、“プスッ”と刺して大人しくさせるンだよ」
 
  眞弥は何故か満面の笑みで説明する。
 
  その笑みはちょっと危なそうで…ちょっと、怖かった…。
 
「とにかく…二人は時間が経てば起きるんだな?」
 
「………」
 
 何故か一刀の問いに答える事なく、無言のまま気まずそうに目を逸らす眞弥。
 
「……待て。何だ、その反応は?いつも使用してる物なんだろ?」
 
「……あぁ…いつも効き目はまちまちだ…」
 
「……つまり…完成してないのか、それ?」
 
「………」
 
  また気まずそうに目を逸らす眞弥。ただ、眞弥の顔は本当に申し訳ないといった表情だった。
 
「ま、仕方ないか…」
 
  眞弥はなんだかんだでとても単純で、判りやすいのでその表情だけで反省しているのだという事だけは感じ取れたので、一刀はそれ以上眞弥を責めようとはしなかった。
 
「取り敢えず、あの後何があたっかは理解した…。んで――」
 
  そう言いながら一刀は彌紗や公孫賛に視線を向ける。
 
「――何でお前等はそんなに仲良さ気なんだ?」
 
  と、一刀はいつの間にか雑談を開始している二人にもう1つの疑問をぶつける。
 
「ん?あの烏丸のヤツに会いに来た時に出会ってな。そん時に話しをしたらさ、
すっかり意気投合してさー」
 
  『アハハハー!』と、笑い声を語尾に着けて説明をする彌紗。
 
「………(ぷるぷる)」
 
  豪快に笑い続ける彌紗とそれに同調するかのように一緒に笑い始める公孫賛。
 
 一方、それとは対照的に一刀はそんな二人を見て一切笑う事はなく、拳を強く握りながら、その拳を小刻みに震わせる。
 
(そ、そんな理由で、そんな理由で簡単に問題解決しやがって!)
 
  理論的におかしいだろ!
 
 どーして敵対関係にある二人が初見で、少し会話をしただけで和解できる!?
 
  しかも、真名を呼ばせる等うわべだけの仲直り――あまりに二人が幼稚過ぎるので『和解』等といった政治的要素を含む言葉は今回は適切でないな…――ではなく、心の底からマジで意気投合してるようだし…。
 
「……はぁ…」
 
  笑いを止め、再び談笑を開始する二人を見て、つい溜め息を漏らす一刀。
 
  そして、一刀はあの二人の様な存在を表す言葉を言葉を心の中で呟く。
 
(……単純馬鹿…)
 
 
 
 
 

 

 

 

 一刀が目を覚まし、疲れが更に溜まるような体験をしている真っ最中、荊州で軍が動き始めていた。
 
 六万の軍勢が整然と整列をしている。その光景は正に絶景だった。
 
「ダーハッハハー!」
 
  その大軍を前に高台から豪快に低い笑い声を上げる大柄――数字にして193p――の男性。
 
 髪は黒く、男性としては標準程度の長さで、その髪をオールバックに纏めているが前髪の一部に癖があるのかその一部の髪が顔にかかっている。そして、髪の特徴を更に述べるのならもみあげが非常に長く、そのもみあげは顎(あご)髭とくっつきドコからが髭で、ドコまでがもみあげなのか全く判別がつかない。
 
  年齢は三十代半ばといったところだろう。武将としてはまだまだ中堅クラスの年齢だが、この男性は通常の中堅クラスの武将が持っている威厳を遥かに超越していた。
 
「何が…おかしいの、黄祖…?」
 
 小柄な――数字にして149p――女性が黄祖と呼ばれた男性の真横に居た。大柄な黄祖が真横にいるためにその小柄な身体が余計に小さく見えた。
 
 髪は薄い赤で、長さは腰くらいまであり、その髪はみつあみの状態で一本に纏められ、顔にかかる程長い前髪をヘアピンの様な物で七三に分けにしていた。そして、その前髪から覗かれる顔には青いフレームの眼鏡があった。
 
 その顔は身長同様にかなりの童顔だが、薄い赤色の髪などとは真逆に氷を思わせる冷たい顔立ちだった。
 
  その女性は自分の真横で豪快に笑い倒す黄祖に冷めた目で軽く一瞥しながら呆れた様子で話し掛ける。
 
「何がって、テメェ!んなの決まってんだろ!カイ越!テメェ、本気で解んねぇのか!!」
 
「……解んない…。あと、この近距離で演説するかのようなバカデカイ声で話すな…」
 
  実際、カイ越の指摘通り黄祖の声は整列をしている六万の軍全員に聞こえる程デカイ声で近くに居る者からすれば傍迷惑な位デカイ声だ。
 
「将として――いや、漢として!こんな風に大軍率いるってのはなぁ!死ぬまでに絶対やっておきたい事の1つなんだよ!」
 
「……違うと…思う…」
 
  カイ越はきっと今並んでいる多くの兵士達――野心がある人々は別だが――が抱いた感想を代弁するかのように述べる。
 
  ただ、カイ越の声は標準的な声のデカさと比べてもかなり小さめなため兵士達に『カイ越が自分達の代弁をしてくれた』という事実は届く事なく、隣で再び笑い出す黄祖のバカデカイ声がまたも響き出す。
 
「ダーハッハハー!!ダーハッハハー!!!よーし!テメェらぁ!!さっさと軍行を開始するぞ!!そうだな…今日中に長江を渡江して、夏江(かこう)あたりまで行くぞぉ!」
 
  黄祖が言う場所――夏江とは長沙――先代の陽州の州牧である孫堅文台が陽州支配の足掛かりとした地でもあり、今回の攻略対象でもある地――の北に隣接している場所である。
 
「…無理…。今からじゃ…遅すぎ…」
 
  黄祖達が現在居る城がある荊州の襄陽という地は夏江の北である。
 
 荊州自体はそこまで広くないが、カイ越の指摘通り、現在いる襄陽から夏江まで六万もの兵を率いて行くのは、日暮れまでの半日程度――基本的に軍隊は夜には動かさない――の時間で相当とばして行かないと無理だと思われる。
 
  そのため、カイ越がボソッと呟いた指摘を荊州軍の少々地理に詳しい者達は、聞こえてないにも拘わらずカイ越と同意見を抱いていた。
 
「無理じゃねぇ!遅れた部隊は、今日のメシを半分にすっからな!!行くぞ!!」
 
「「おおぉーーー!!!」」
 
 黄祖は比較的軽い懲罰を告げると馬に股がる。
 
 兵士達は黄祖の理不尽とも取れる発言にも付き従い、声を上げる。どうやら、黄祖は部下達の心を掴んでいるらしい。
 
  確かに黄祖の言いたい事は解る。相手に動きを悟られる前に、なるべく軍を標的の近くまで行かせたい。
 
  今日中に夏江まで行けるならば先手を取ったも同然。そして、必然的に孫策軍は後手に周り――元々、国力に差があり、はなっから劉表勢が有利なのだが――確実に不利な状況に追い込まれるだろう。
 
  更に言うならば、黄祖の『メシを半分にする』という発言も、適度に自軍の兵士を奮わせるためにある程度効果的だと思われた。
 
  ここまでの黄祖の風体と発言を推察するに、黄祖はドコに出しても恥ずかしくない有能な将だと判断できる。
 
「………」
 
  カイ越もそれを察してか、最早何も言わず黄祖と共に進軍を始めるために自分より遥かにデカイ馬に股がる。
 
 
 
 
 
 
 
 
「うゎ〜、どうしよう、どうしよう〜!遅れたらご飯半分だって!私、のろまだから今日のご飯半分だよ、あーちゃーん!」
 
  勇みだす黄祖率いる荊州軍。その中に1人、目に涙をうっすらと浮かべながら遅れる事を前提とした懲罰を既に受けているかのように嘆き出す少女がいた。
 
 年頃は一刀よりわずかに年上なのだが、少女の顔は綺麗と言うより、可愛いという表現がしっくりくるモノだった。
 
  少女は肩まである桃色の、軽くウェーブのかかった癖のある髪を揺らしながら隣に居る自分と同じ位の身長の少女に抱き着いた。
 
「桃瑚(とうこ)、落ち着き下さい。そのように動揺しては兵の士気に関わり――キャッ!?」
 
  抱き着かれた綺麗な――という形容詞が幼稚なように思えるが、ここでは綺麗と表現させてもらう――黒髪を一本に纏めている、『桃瑚』と呼ばれた少女より若干年下にも拘わらず、桃瑚より綺麗という言葉がしっくりくる顔立ちの少女は、威厳ある態度で桃瑚を諌めるがその声は突然嬌声に変わる。
 
「ちょ、桃瑚!?ドコを触っているんですか!!」
 
「えぇ〜?いいじゃん、別に。減るモンじゃないし。ね、りっちゃん」
 
「そうなのだ。愛紗は怒りっぽいのだ」
 
  桃瑚にセクハラされていた『愛紗』と呼ばれている少女が桃瑚をひっぺ返すと、桃瑚は頬をプーっと膨らましながら不満を口にし、スグ側に居るもう1人の小さな――幼いという言葉の方が当てはまるような気がするが――少女に同意を求める。
 
  短く茶色いストレートの髪の『りっちゃん』と呼ばれた少女は桃瑚の言葉に同意を表明する。だが、明らかに桃瑚が言った意見とは着眼点は違うと思われる。
 
「減る減らないという問題ではありません、桃瑚!それと鈴々、私は怒りっぽいくなどない!」
 
  二人の不満を受けた愛紗はそれに対して反論を述べる。ただ、桃瑚に対しての反論は正当であるが、鈴々への反論は怒りながらのなので全く説得力がなかった。
 
「大体、いつも二人は――」
 
  そして、愛紗は二人に対してくどくどと説教をし始める。
 
  そんな愛紗に桃瑚と鈴々はあちゃーと、いった表情を浮かべる。
 
「あ、あのぉ…関羽様…」
 
「何だ!?」
 
「ひっ!」
 
  軽く癇癪を起こながらも説教を続ける愛紗に恐る恐る話し掛ける兵士。恐らく、相当怖かったに違いない。何せ、戦場では無類の強さを誇っている少女なのだから。
 
  実際、愛紗は説教を途中で中断させられたため、話し掛けた兵士に苛立ちをぶつける。その覇気を浴び兵士は思わず退いてしまう。
 
「まぁまぁ、あーちゃん、落ち着いて」
 
「誰のせいだと思っているんですか、誰の!?まったく…。」
 
  原因である桃瑚に宥められ、逆に煽るような形になるかと思われたが桃瑚に一言怒鳴ると落ち着きを取り戻す。
 
「えへへ、ごめんごめん。んで、どうしたの?」
 
  桃瑚は全然反省してない風で愛紗に謝罪を述べ、愛紗とは対称的な優しい声色で兵士に話し掛ける。
 
「は、はい、劉備様。関羽様、劉備様、張飛様がお話しをしている間に、本隊に置いてきぼりにされました……」
 
「「へ?」」
 
  兵士の指摘通り愛紗達が会話――というか愛紗が一方的に説教をしていただけなのだが…――をしている内に本隊に置いてきぼりを食らっていた。
 
「ま、マズイよ、あーちゃん、りっちゃん。このままじゃホントに遅れちゃうよ!」
 
「そうなのだ!鈴々のご飯が半分になっちゃうのだ!」
 
  正しくは鈴々『達』のご飯なのだが、いやそれ以前に遅れる事自体が重要な問題なのだ。
 
「と、桃瑚、早く進軍の命令を!」
 
  そのため鈴々へのツッコミも忘れ愛紗は慌てた様子で桃瑚に命令をするよう指示をする。
 
「う、うん、そうだね!」
 
  桃瑚は愛紗の言葉に一回頷くと自らの隊の兵士達の方に振り返る。
 
「じゃ、じゃあ、みんなー!行くよー!」
 
  桃瑚はとても隊の頂点に立つ者の口調とは思えない程優しい言葉で命令――と言えるかどうか微妙だが…――をする。
 
  こんな命令な上、桃瑚自身に威厳が皆無なので兵士達の返事は「はーい」や「うぃーす」などまばらで、適当なモノだった。
 
  しかし、返事こそまばらだったが、兵士達の動きは統率のとれたモノだった。その兵士達の動きが彼女ら――劉備、関羽、張飛の優秀さを騙っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「………」
 
  食事を取り、一刀は医務室に戻っていた。そして、一刀はそのまま医務室に居続け二人が起きるのを待っていた。
 
「……ん…」
 
「あ…!」
 
  かれこれ2時間弱。一刀は医務室で二人が起きるのを待ち続け、漸く星が目を覚ましゆっくりと起き上がる。
 
「……本郷…殿…?」
 
「星、大丈夫か?」
 
  近寄ってきた一刀を虚ろな目に捉(とら)え、一刀を呼ぶが未だに意識ははっきりしていないらしく、一刀はそんな星を心配そうに呼ぶ。
 
「あー、ちょっと退きな」
 
  心配そうに星を気遣い、様子を見るために近付いてきた一刀を押し退け星と一刀の間に割って入る眞弥。
 
 その表情にはわずかながら、不満のようなモノが感じ取れたが、鈍感の代名詞こと一刀にはまったく通じなかった。
 
「はいはい、コイツはいくつだ?」
 
  そう言いながら、指を三本立ている手を星の目の前に出す。
 
「……3本…だ…」
 
「ふむ…。目は大丈夫、と…」
 
  星は朦朧とした様子のままだが正しい答えを口にする。そして、その答えに頷きながら眞弥はメモをとる。
 
  その後も幾つか質問を続け、星が答える度に更にメモをとる眞弥。
 
  時間にして10分程度。漸く、質問は終わったらしく、眞弥は一つ頷く。
 
「ふむ…」
 
「星は大丈夫なのか、眞弥?」
 
 再びメモを取り始めた眞弥に一刀は睡眠薬の後遺症やらなんやらがないかどうか質問をする。
 
「私は頗(すこぶ)る健康ですぞ」
 
  だが、返答は眞弥からではなく患者――と表現していいのか測りかねるが――である星から返ってきた。
 
「ホントに…大丈夫なのか…?」
 
「ふむ。先程述べた通り、私は健康ですぞ」
 
  そう言いながら星は床から起き上がり、自らの足でたった。
 
  そうして星は一刀を強い意志の籠っているような瞳で見た。
 
「………」
 
  一刀はその視線を真っ正面から受け止め、表情にこそ出さないものの安堵の感情を抱く。
 
「あー、んじゃ、ま、最後の質問だ」
 
  そう言うと眞弥は再び二人の間に割り込む。
 
  その表情はやはりわずかな不満を感じとらせるモノだった。毎度の如く、一刀にそれはまったく通じなかったが、もう1人、少なからず一刀に好意もつ人物――星には何となくだが眞弥が不満そうな事、その理由も簡単に推測できた。
 
  そこまで素直になれる眞弥を見て羨ましいと感じるのと同時に、星は胸の辺りが少しだけチクりと痛むのを感じた…。
 
「昨日の事は…覚えてるか?」
 
  だが、眞弥の質問に胸の痛みも消え失せた。
 
「……えぇ…はっきりと…」
 
「……星…」
 
  不安そうに星を見つめる一刀。
 
  眞弥から効果や後遺症などは人それぞれだと聞いた時、心のドコかで薬を投薬時の前後の記憶が混濁するのではと期待していた――実際、そういう事例があったと眞弥は言っていたから――のだが、やはりそう都合良くもいかず、元々無意識レベルでの期待だったにも拘わらず落胆する。
 
  とは言っても、一刀とて運任せにするつもりではなかった。彼なりに何らかの形で二人をサポートしていくつもりだ。
 
「………」
 
  ここで、星は改めて周囲を見渡し現状確認をする。
 
  そして、その目は真横で未だに眠っている陽光をジッと見つめた。
 
「何故この様な状況になったかは解りませぬが…取り敢えず、陽光はまだ気がついてないようだな…」
 
「……あぁ…」
 
  その事にまるで安堵しているかのような星の声色に戸惑いを一刀は覚えた。
 
  やはり、昨夜の出来事が多大に影響を与えているようだ。
 
「あの赤子――幼令は如何した…?」
 
  下手に手の届く場所に幼令が居れば陽光は再び暴走しかねない。そういった懸念から星は幼令の行方を訊ねた。
 
「幼令は母親の下に帰したらしいよ」
 
「あぁ。アイツ、泣きながら喜んでてさぁ…。その上、ガキに謝罪してさ。またっく…」
 
  一刀は直接幼令を母親に帰したところを見た訳では無いので、眞弥がその時の光景を説明――と言うか、口にしながら回想しているだけに感じられるが――する。
 
  その言葉はくだらない、とでも言いたげなモノだったが、その口調には親子の感動の再開を見た時の嬉しかった時の感情がよく表れていた。
 
  しかし、一刀にはそんな万人が感動すら事すら感動できる余裕がなかった。
 
「その者は…今、ドコに…?」
 
「「!!」」
 
  突然の第三者の声に驚き振り返るとそこには、いつの間に起きていたのか陽光が身体を起こして一刀達に問いかけた。
 
「陽光…」
 
  一刀が心配そうな表情、目、そして声色で陽光の名を呼ぶ。しかし、今の陽光には大切な人である一刀の声すら耳に入っていないようだ。今の彼女が必要としているモノは幼令の情報だけだった。
 
「幼令を…ドコに連れて行ったのですか!?」
 
  一刀の言葉が聞こえていなかったのか、はたまた聞こえていたのに無視したのかは不明だが、陽光は一刀の方は一切見ず眞弥に訪ねた。
 
  眞弥は陽光のその瞳を見つめ返す。
 
「幼令は…!幼令はドコに居るのです!」
 
「………」
 
  相手を射殺さんばかりの殺気が籠っている陽光の瞳から決して眞弥は視線を反らさなかった。
 
  その瞳の殺気は仄(ほの)かな光となり眞弥には視認でき、その光からは母親の優しさなどはまったく確認できず、眞弥には幼令に対する執着だけしか見えなかった。
 
「あんたなんかに教える訳ないだろ」
 
「ま、眞弥!?」
 
  そのためか、眞弥の態度は幼令の母親――烏丸の女性以上に厳しいモノになった。
 
  その不遜な態度に一刀は思わず声を張り上げる。
 
 何しろ、今はまだ意識がはっきりとしていないとはいえ、相手は星に対抗できる武の持ち主である陽光だ。下手に刺激すれば眞弥に危険が降りかかる。
 
「………」
 
  しかし、一刀の不安とは裏腹に陽光は声をあらげたり、眞弥に襲いかかったりする事はなく、殺気の籠った視線を眞弥から外し下を向く陽光。
 
「…あんただって…もう気付いてるんだろ…?このままじゃ、あんただけじゃなく…もっと多くの人を…不幸にする…って…」
 
「………」
 
  無言。
 
  それは決して眞弥の言葉を無視したモノではなく、肯定の意味を示す意志表示であった。
 
  陽光とてそんな事は百も承知だ。こんな事、決して自分も望んでいない事だ。
 
 でも、初めてだった。誰かが不幸になったとしても手に入れたいと思った“幸
せ”をその手で感じるのは。
 
  初めてだった。決して離れたくないと思う程の温もりがあるという“幸せ”をその体で感じるのは。
 
  初めてだった。何物にも代えがたい、自分の半身とも言える友が居るという“幸せ”を本能が伝えてくるのは。
 
  初めてだから、欲しかった。
 
(でも、己の半身と思っていた友は、私とは違った)
 
  だから、せめて後二つは、絶対手に入れたかった。
 
(それが…私が戦った理由…)
 
  でも、本当は解っていた。
 
 コレでは、彼女が感じていた“幸せ”は手に入らないと。“幸せ”は力ずくで手に入いるモノではないと。
 
  そして、今、陽光が抱く願いはただ一つだった。
 
(…もう、誰も不幸にならないで…)
 
  正しい願いだった。
 
  しかし、行動は正しいとは判断できなかった。
 
「二人共…消えて下さい…」
 
  陽光は自分と共に居れば、二人は不幸になる。
 
  その勘違いとも取れる言葉で二人を突き放した。
 
「二人の顔を見ると…私は……」
 
  『辛くなる…』。
 
  本当ならば、陽光自身がこの場を去るべきだと陽光も思っているのだが、どういう訳か――明らかに、眞弥の薬のせいだが陽光は詳細をまたっく知らない――身体に力が入らず、自らの足で立つこともできないと判ったので、陽光は一刀と星にそう言うしかなかった。
 
「……陽光…!」
 
「本郷殿…」
 
  星は陽光に詰め寄ろうとする一刀の肩を掴み止める。
 
「行きましょう…」
 
「でも――!」
 
「それが……今の、陽光の…望みです……」
 
  そう言うと星は薬の影響はないのか真っ直ぐ出口へと歩いて行った。
 
「………」
 
  一刀はというと、未だに下を向き、目を合わそうとしない陽光を見つめていた。
 
「じゃあ…また…」
 
  そして、一刀は再び出会う事を前提とした別れの挨拶をし、その場を去って行
った。
 
「……………はい………」
 
  一刀が部屋を出ていき漸く陽光は口を開いた。
 
  その口から出た返事は、一刀の別れの挨拶に対するモノだった。
 
  こうして一刀は、再び新たな旅路へと出立した。
 
  色んなモノを置き去りにして…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あとがき
 
どうも、冬木の猫好きです。
 
無駄に長いコーソーサン編終わりました。
 
当初は一刀が星やコーソーサンと面識を持たせる程度のつもりだったのですが、
無駄に長くなりました。
 
あまりに長くなったので、計画を前倒しして劉備ご一行を登場させました。
 
劉備の真名――桃瑚は『三國志演義』の桃園結義から取り敢えず“桃”の字だけはつけたいと思いテキトーにつけました。
 
劉備はやっぱりオロオロした気の弱そうな印象があるので、この二次小説では真逆な感じ――ちょっと雪蓮とかぶってる気もするが――て描いてみたンですが一つ問題発生。このまま『あーちゃん』、『りっちゃん』のノリでは名前的にかぶる人が続出しそうな気配がおもいっきりします。まぁ、その辺りはツッコミどころ満載の誤魔化しをいれて行きたいと思います。
 
次からはそんな劉備ご一行も活躍する……ハズの黄祖率いる劉表軍VS孫策率いる孫呉軍の戦です。何とか二話以下で終わらせたいなぁ、と思っています。
更に、戦をするに当たって地名が登場する事になりますが、正直私はそこまで地理には詳しくないので登場する地名も作中の説明も騙し騙しになると思いますが、あらかじめご了承下さい。
 
あ、この後に三國志に関する豆知識コーナーを無意味に設置しました。毎回、あとがきと同じように付けていきたいと思っていますが、どーでもいいって人はスルーで構いません。では、また更新する時にお会いしましょう。
 
 
 
 

豆知識コーナー
 
初回である今回は、武将紹介の時に何度か登場する『三國志演義』と『正史』に関する説明をしたいと思います。
 
先ず『正史』とは、魏を正統するモノであるが、その意味は“正しい歴史”という事ではなく、“国――ここでは中国――が認める正しい歴史”という意味で、決して『正史』に書かれている事が正しいとは限りません。
 
そして、『三國志演義』の原型は元の時代に羅漢中という者が作ったとされており、三割ホントで七割がウソっぱちという、劉備を善玉、曹操を悪玉としたノンフィクションを元にしたフィクションです。
 
なので、ホントはもう死んでるハズの奴が赤壁の戦い――例えば、太史慈など――に参加すしたり、戦の兵数もかなり誇張されている事がままあります。
 
その例を言うならば、袁召と曹操が戦った官渡の戦いでの袁召軍20万に対して曹操軍1万が勝ったとなっていますが、実際は両軍共に10数万の軍勢で数ではさほどの大差はなかったと思われる。そもそも、兵法の基本は相手より多く兵士を集めるという事であるから当然とも言える。
 
これは袁召が無能で曹操が優秀であったという事如実に示すための創作であったと思われる。
 
また、赤壁の戦いに関してもホントはそんな戦い無かったという説や、あっても小競り合い程度のモノであったという説が未だに存在している。
 
この様に『三國志演義』は作者・羅漢中が物語をよりドラマチックにするために作ったほとんどがフィクションである。しかし、日本に広く知れ渡っているのはこちらの『三國志演義』の方であり、横◯三國志や大手ゲーム会社コ◯エーも『演義』の方を元にしているため実際はツッコミどころ満載である。
 
ただし、長坂での趙雲一騎駆けや張飛仁王立ちは正史にも記述があるが、『演義』では趙雲が劉備の息子は助けられたが、妻は助けられなかったとなっているが実際は妻も子も助けたとなっており、劉備――蜀にとってマイナスとなる創作もあり、決して一重に劉備だけを持ち上げるためのモノではなく、あくまでドラマチックにするための創作であると判る。
 
『演義』は確かに、ウソっぱちだらけのモノだが、本物以上の偽物であり、この物語の作者――羅漢中の創造(妄想?)力は称賛に値すると私は考えています。





劉備たちも遂に登場か〜。
美姫 「他にも関羽たちもね」
だな。これから一刀はどう動いていくんだろう。
美姫 「またそれが何を起こすのかしらね」
それでは今回はこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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