「早く食事を出しなさい、ガキ」
しゃべり方こそ丁寧なものの、使っている言葉はとにかく汚いというか高圧的である。
凌統こと光凛は見た目はおしとやかそうだが、その実誰もが認める孫呉きってのサディストなのだ。
「う、うわ〜ん!用意します!用意しますから拷問は止めてくれ〜!」
そのサディストの魔の手は今正に上司にあたるハズの快活な少女呂蒙こと安春に伸ばされようとしていた。
「こちらも御代わりであります」
ピシッと手を伸ばしてそう主張するのは孫呉古参の将である黄蓋である。
それも黄蓋が御代わりを要求したのはよりにもよって安春であった。
「え?ぁ…」
彼女達がいるのは食堂。
料理を作っているのは何故か武将であるにも関わらず安春だ。
安春は一刀によって勉学だけでなく料理も習っており、それを今、遺憾無く発揮していたのだ。
だが、光凛と黄蓋の孫呉の二大大食漢武将が来たのが運の尽きだ。
あっという間に全ての料理を食い尽くされて追加を作っていたのだ。
しかし、安春が作っていたのは先に来た光凛用の食事だ。
つまり、黄蓋に与える御代わりを作るにはまた時間がかかる。
今作っている料理を二人に分け与えてもスグに食い尽くされて、時間稼ぎにもならない。
黄蓋に食事を与えれば光凛に拷問され、光凛に食事を与えれば空腹で黄蓋が暴れだすかもしれない。安春は正に板挟みの状態だった。
「あ、今日は安春が作ってるんだ♪ラッキー♪」
そんな安春の中では死々螺旋の状態に一路の光が現れた。
我等が孫呉の王こと雪蓮様のご登場だ。
雪蓮は安春が料理を作っていると知り、一刀が使っていた天界の言葉を使い嬉しさを表現する。
「せ、雪蓮様〜〜」
安春はこの状況を我が王に打開してもらうべく雪蓮に抱きつく。
「うわっ!あ、安春!?ちょ、私には大橋っていう妻と、冥琳っていう愛人がいるの!だからゴメン!」
やはり、雪蓮は常人と考えるベクトルが違うようだ。
一刀は?と一瞬訊きたくなる安春だが、とりあえず状況を知ってもらおうと説明する。
「ち、違うんです!実はかくかくしかじかで…」
「な、なんだ…。ビックリしたなぁ…」
ようやく雪蓮の誤解は解けたようだ。
「んで、何かした方が良いの?」
「あ、当たり前じゃないですか!」
何を訊いてくるんだこの人は、といった意味を言外に含んでいる言葉を口にする。
そして、雪蓮はウン、と一回頷くと孫呉の武将二人を諫めるべく歩き出す。
第8話:黄凌戦争
ドガン!ドンッ!
孫呉の食堂で轟音が響く。
「喰らいなさい!」
その言葉と共に光凛の拳が唸りを上げる。
「手は食べたくないであります」
見当違いの答えを口にしながら黄蓋は光凛の拳を回避する。
「ふ、二人とも!少し待ってくれよ〜。そしたら、二人分ご飯作るから〜〜」
しかし、今の二人にそんな言葉が届くハズなく、二人は暴れ続ける。
「やれやれ〜〜!!」
いつの間に来ていたのか韓当こと藤恋が二人を焚き付ける。
「黙りなさい。ガキ二号」
その声援に光凛はサディスト発言で応える。
停止を求める声は聞こえないようだが、焚き付ける声は聞こえるようだ。
「キャハハハハーー!!!二人とも、頑張れー!」
事態を収集すべく行ったハズの雪蓮が闘う二人を見て愉快そうに笑う。
しかし、この収集不可能の事態を作り出したのは他ならぬ雪蓮である。
それは雪蓮が『喧嘩で勝った方が先に食べればいいじゃん』と一言言ってしまったのが原因だ。
安春は失念していた。雪蓮は揉め事が大好きだと。
「う、うわ〜ん!!先生〜〜!助けて〜〜!!」
安春は思わず一刀に助けを求め叫んだ。
「ぶぇっくしょん!!あー、チクショウめ〜」
親父かお前はと思わせるクシャミをする。
さてはて、一刀は孫呉のそんな様子も知るハズなく、今は公孫賛が治める地の飯屋に居た。
「ズズー。風邪ひいたかな?」
と言いながら、鼻を啜(すす)る。
「誰かが噂してるんじゃないですかい?」
そんな一言に律儀にも応える店主。
「ハハハハ。そうかもな」
軽く笑いながらそんな店主に一刀も応える。
「テメェ!待ちやがれ!」
店の外から怒声が聞こえてくる。
ん?何の声だ?
「また…かぁ…」
すると、店主は溜め息を吐きながら首を軽く左右に振る。
「また?」
どういう意味だ?
「あぁ、兄(あん)ちゃんは旅人だから知らねぇか…。まぁ、知らねぇ方が良いさ…」
店主は顔を附せ、諦めにも似た言葉を口にする。
「何だよ、そりゃ?教えてくれよ…」
黙りを決め込もうとする店主にイライラしている様だ。
「………」
しかし、結局店主は応えることなく黙り込む。
何だよ…。店内の奴らも何故か黙り込んでるし…。
「捕まえたぞ!このガキ!」
ガキ?
まさか子供を追い回しているのか!?
一刀は立ち上がり、外を覗く。
すると、屈強な男達が子供を囲っていた。
「店長さん。コレ、飯代と椅子代です」
一刀はそう言うとお金を置いて、椅子を持っていく。
「お、オイッ!兄ちゃん!何するつもりだ!?」
そんな一刀を見た店主は引き止めようと声をかけるが、一刀は無視して椅子を持ち外に走り出る。
「こっの!クソガキ!」
一人の男が子供を殴ろうと腕を振りかぶる。
ガンッ!
その男を後ろから椅子を使い一刀は殴る。
「ッ!?て、テメ――がっ!」
一人の男が一刀に殴りかかろうとするが、一刀は手に残った椅子の破片を投げつけた。
「!?」
そして、一刀は残った一人の男の首に剣を当てる。
「死にたくなかったら、そいつら連れてとっとと逃げろ」
「…わ、わかった」
そう言うと男はのびている二人を引きずるようにして持って逃げた。
「良かったな――って、あれ?」
子供が居ない?
いったい何処に…?
ま、いっか。とりあえず、宿でも探すか…。
「貴様!」
すると、後ろから声が聞こえた。
だが、一刀はそれを自分のことを呼んでのことではないと思い、気にせず歩き出す。
「待て!貴様だ!貴様の事を呼んでいるのだ!」
何だか騒がしいなぁ、と思い、一刀は振り向く。
「ようやく、振り向いたな」
少女がそう言うと、一刀は初めて自分が呼び止められついたと気付いた。
そして、振り向いた所にいたのは1人の少女だった。
(か、かわいい…)
一刀は少女を見た第一印象はそれだった。
「貴様、無抵抗な民草を脅かし、その上私の呼び止めを無視するとは良い度胸だな」
「は?何言ってんの?」
いきなり言いがかりか?
「惚けようとしても無駄だ!その腰に着けている剣が何よりの証拠だ!」
「はい?いや、これは――」
「問答無用だ!」
シュッ
そう言うと少女は槍を突く。
「くっ」
ガキンッ
すんでのとこで剣で槍を弾く。
(あ、危なかった…。今のマジでヤバかったぞ…)
「む。手加減したとはいえ、我が槍を弾くとは…やるな…」
中々の強敵だとわかると、少女は嬉しそうにニヤリ、と笑う。
どうやら、相当の戦好きのようだ。
「いや、話を――」
「聞く耳持たん!」
言葉を交わす暇さえ与えてくれんのか、君は!
シュンッ
少女は初撃より遥かに速い突きをくり出す。
ガキンッ
一刀はそれを何とか剣で弾く。
(ヤバい…冗談抜きで殺られる)
恐らく、少女はまだ本気ではないだろう。それでも、周泰を凌ぐ速さだ。
「ちょ!だから!話を!聞け!」
「聞かん!」
先程からこんな不毛な会話を繰り返すばかりだ。
「ふぅ、このままでは埒があかぬな…」
20合打ち合いようやく、距離を取り、一息入れる。
(どうやったら、誤解を解けるんだ)
「では…次は本気だ…」
「ッ!?」
そう言うと、少女は槍を構える。
すると、少女から今までとは比べモノにならない位の殺気を放つ。
(本気だ…。マズイ…。流石にこの娘の本気の一撃を受け止めるのは不可能だぞ)
一刀は剣を構えるが先程の小手調べからでは、どう考えても一刀は実力で劣る。
逃げるにしてもこの少女からふりきるのは無理だろう。
「貴君、名は何と申す?」
そんな張りつめた空気の中少女は不意に、敬意を籠めた口調で一刀に名前を訊く。
「…本郷一刀だ」
「本郷…一刀…」
ポツリと呟く様に少女は一刀の名を口にする。
「中々の腕だ。虚言癖があるようだがな…」
「いや!話を聞けよ!」
何か一瞬空気が違う方向に流れた気がする。
あ、でもスグに殺気ムンムンになった。
「では、参るぞ!」
本気の一撃を放つ体勢――腰が沈む――になる。
「―――」
一刀も覚悟を決め、一撃に備え剣を構える。
その正眼の構えに一分の隙もない。
「御両人、そこまでです」
その張りつめた空気の中、一人の淑やかな声が響く。
「む?陳到、邪魔をするな!」
強敵との闘いを邪魔されたためか、少女は陳到に叫ぶように言う。
「いいえ。退きません。この様な天下の往来で流血沙汰など頂けませんよ、趙雲」
陳到は諭す様に話を続ける。
「え?」
趙雲!?この娘が?
確かに、趙雲ならば先程の槍捌(さば)きも頷ける。
でも、何と無く安心した。
俺、最近負け続きで自信喪失しかけてたんだよなぁ…。
「しかし、こやつは何の罪もない民草を恐怖に陥らせたのだぞ!」
「いや、だから話を聞けって…」
だが、未だにヤル気満々といった感じで覇気を放ち続ける趙雲に一刀は話を聞くように呼び掛ける。
「まだ、何の証拠も無いのですから、人を勝手に悪人扱いしてはいけませんよ」
あくまでも御淑やかに陳到と呼ばれた少女は趙雲に言う。
「む…。だが…」
「ハイハイ。とりあえず、二人共事情は城の方で聴きますからついて来て下さい」
城に行くことになったが、ま、いっか。
中々話がわかる人みたいだし…。
一刀はそう判断し、趙雲と共に陳到の後に続いた。
その頃、孫呉の食堂での騒ぎはと云うと…。
「はぁ、はぁ、い、いい加減に、はぁ、諦め、なさい」
息も絶え絶えで黄蓋に降伏を呼び掛ける光凛。
「はぁ、そちこち、であります」
光凛に比べてまだ体力的に余裕がありそうな様子だが、こちらも息が上がっている黄蓋。
既に、二人共体力の限界が近いようだ。
「何々?もう、終わりなのー?もっとやれー!」
雪蓮は最早止める気はさらさら無いようだ。いや、元から無いか…。
ちなみに、二人を止めに入り、巻き込まれ安春はぐったりと倒れている。
「そうだそうだ!やれやれー!」
藤恋は先程からずっとやれやれー、としか言ってない。
「さぁ、どっちが勝つかハッたハッた!」
いつの間にか165p程度で銀色の短髪の右目に切り傷がある少女――程普が来て賭けを仕切っていた。
「ハイハーイ!私は凌統ちゃんに賭けまーす!」
元気良く手を振りながら小蓮と同じ位の身長で茶色の肩くらいまで伸びた髪を持つ少女――朱治は光凛に賭けた。
「いいや。戦況をよく見なさい。黄蓋にはまだ余裕があります。よって、私は黄蓋に賭けます」
今度は魯粛が冷静に戦況を分析し、その結果黄蓋に賭ける。
最早止める者はおらず、事態は安春が懸念した方へとドンドン進んでいった。
趙雲と一悶着あったが、陳到が何とか仲介してくれてなんとか事なきを得た。
今は公孫賛の城で取り調べ(?)をされている。
「では、貴公は子供を助けようとしただけなのか?」
「あぁ…」
「何故早く言わんのだ」
お前が邪魔するからだよ!と言えない俺はなさけないのだろうか…。
「まぁまぁ、星も悪いんですから落ち着いて」
あぁ…陳到が喋ると和むなぁ…。
陳到の見た目は身長160p程度で肩胛骨辺りまで伸びたスカイブルーの髪の綺麗な女の子だ。
だが、そんなことより動くたびに揺れる…って、いかんいかん!
「ふむ。だが、そのチンピラ達に恐らく非は無いだろう」
「は?」
何でだよ?明らかにあのチンピラ達が悪いだろ?
「貴方は旅人なので知らないですよね…」
陳到は苦笑いをしながらそう言った。
「どういうこと?」
店の店主達が黙っていたことに関係あるのかな?
「ふむ。実はな、ここら一帯では蔵の盗難があってな。恐らく、そのチンピラ達はそやつらの一味だ」
「いや…」
今のでは明らかにチンピラ達が悪いっぽいぞ。
「話は最後まで聞け」
お前がそれを言うな。
「そやつらはその盗難品を貧しい者達に与えているのだ」
「へぇ〜。いい奴じゃん」
危険を冒してそんなことをするなんて中々粋じゃないか。
「そうですね…。確かに、襲われた蔵の持ち主は取り締まろうにも臣下の方々と通じているため取り締まりできない方ばかりですから、我々も調査はすれど黙認していたんですが…」
陳到はそう言うと顔を附せた。
何だ?何かやらかしたか?
「そやつら、よりによって城の蔵にも盗みに入りおって…おかげで黙認する訳にはいかなくなったのだ…」
ありゃりゃ〜。そりゃぁ…まぁ、そうなるわなぁ。
ん?でも…。
「でも、子供を追ってたのは何でだ?」
確かに、粋な奴らだけど、子供を追い回していたのは関係無いじゃん…。
「奴等は普通に市場に出店をやっておる。恐らく、その子供はその出店で盗みでも働いたのだろう…」
成る程…。
俺が回った街はかなり栄えていたが、それでも貧しい人達はたくさんいた。
ここもその例に漏れなかったのか…。
「すみません。見ず知らずの方にこのような込み入った事情をお話してしまい…」
陳到が心底申し訳なさそうな顔で言う。
「あぁ…。気にすんなって」
事情が聞けただけで良かったと思うし…。
「ふむ。時に本郷殿、宿はお決まりか?」
「あ…」
そうだった。宿を借りようと思っていたんだ…。
「ふむ。もう遅い。今宵は詫びも兼ねてここに泊まるとよい」
「そうか…。ありがとう」
なんだ…。意外と礼儀正しいなぁ…。
「それでは、身の回りの世話をする者を呼んできます」
そう言うと趙雲は立ち上がり部屋を出た。
「別にそこまでしなくても…」
「ふふふ。星はアレでかなり礼節に五月蝿いところがありますから」
御淑やかな笑みを浮かべながら陳到が言う。
「ふ〜ん。そうなんだ」
「「黄蓋!!黄蓋!!」」
何人かの人々が黄蓋コールを繰り返す。
「「凌統!!凌統!!」」
反対側では凌統コールを繰り返す人々が居る。
「ぜぇー、はぁー、ぜぇー、はぁー」
最早当初の目的を覚えていないが何故か光禀は負けたくないという意志のみで立ち続けていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
こちらも同様に息も絶え絶えになりつつも何とか立ち続けている黄蓋。
だが、こちらは当初の目的を忘れておらず、負けると二度とご飯の御代わりができないと勘違いしているようだ。
「うーむ。中々粘りますねぇ」
魯粛は未だに立ち続けている光禀を賞賛する。
「やるねー、って雪蓮様は?」
朱治はバトルに熱中している間に消えた雪蓮をキョロキョロしながら探す。
「む?雪蓮様なら『そろそろだね』と言うとどこかへ行かれたぞ」
「へ?そろそろって何が?」
かわいらしく首をチョコンと傾げるながら藤恋が程普を見上げる。
「私が知るわけないだろ…」
雪蓮の思考回路を理解できる者はそうそういないので程普の反応は当然だろう。
「ま、大方我々には理解できない事でしょう…」
魯粛がどうでもいいといった表情で言う。
「はぁーーー!!」
「ふんっ!!」
光禀と黄蓋は互いの全力の右ストレートが交差する。
ドスッ!
「……」
「……」
沈黙する人々。
彼女達の右ストレートは互いの顔にクリーンヒットし、二人とも動かなくなっていた。
「こりゃぁ相討ちか?ならぁ、賭け金は親の私が――」
ドガン!
程普がどさくさ紛れで金を総取りしようとしていると、食堂の全ての扉が勢いよく開いた。
「あ…」
朱治が思わず声を洩らす。
扉が開いたところに居たのは呉軍懲罰部隊だった。
呉では君主が君主なだけに城内での騒ぎが絶えない。
そのために誕生したのが呉軍懲罰部隊である。
ちなみに最高司令官は孫権だ。
これは雪蓮の許可をとらずに勝手に形成されたが、王である雪蓮自身も二回捕まり孫権に説教された。
だが、雪蓮もあれで学習能力があるため騒ぎを起こしては自分はいつの間にか消えて捕まらなくなった。
つまり、程普が聞いた『そろそろだね』という言葉の意味は『そろそろ“懲罰部隊”が来るころだね』という意味である。
「げっ!周泰!?あんたこっち側の人間だろ!?」
その懲罰部隊の中に明命の姿を見つけた朱治が叫ぶ。
「……知らん」
朱治の発言を一言で片付け、斬りかかる明命。
「太史慈…」
「程普…観念しなさい」
太史慈は程普の前に立ちはだかる。
「………」
程普は周りを見渡し、状況を確認する。
「がーー!放せー、甘寧ーー!」
「………」
ギュッ!
藤恋は放せ叫ぶが、甘寧がそんな要求を受け入れるハズもなく、逆に拘束を強める。
「痛だだだだだだ!!!」
「………」
藤恋が悲痛な叫びを上げても甘寧は沈黙を維持する。
「わかった!わかった!暴れないから――あ゛い゛だだだだだーー!!」
会話すらさせてくれない甘寧の対応はどう考えても敵に対する対応である。
こんな風に既に食堂にいたほとんどの人々、更には藤恋も甘寧によって取り押さえられていた。
「はぁ…わかったよ…。明命までついてるんだ…。観念するしかないだろ…」
こうして『第一次黄凌戦争』は収まったのだった。
ちなみに目を覚ました安春が懲罰房で目を覚ますと…
「私は被害者だーー!!」
と叫んでいたらしい。
ガラガラ
「待たせた」
趙雲が一刀の居る部屋に戻ってきた。
「いや、別に気にしてないから…」
「ふむ。そう言われると助かる」
先程からの行動をみると成る程。礼儀正しいな。
「ほれ。入るがよい」
趙雲がそう言うと、見方によっては男の服装をした女の子にも見える程童顔の男の子が部屋に入って来た。
すると、一刀は見ていないため気付いてないようだが、陳到が息を呑む。
「え、えっと…ぼ、僕は簡雍といいます。よろしくお願いいたします」
礼儀正しくペコリと頭を下げる簡雍。
「あぁ…こちらこそ宜しく」
ついつられて頭を下げる一刀。
「では、後のことは簡雍にお任せいたしましょうか」
「は、はい!お勤め果たしてみせます!」
そんなに力まんでも…。
「では、僕について来て下さい」
「あぁ」
そう言うと一刀は立ち上がり部屋を出た。
「あ、あの…」
部屋へと歩いていると簡雍が不意に話し掛けてきた。
「ん?何だ?」
「し、失礼だと思うんですが…僕、長男で弟や妹ばっかりで、ずっと兄が欲しいと思ってたんです…」
気恥ずかしそうに顔を俯きながら簡雍は続ける。
「も、もし、もしよろしければ……」
簡雍は一瞬一刀の顔を見るがスグにまた俯き黙る。
「ん?何だよ?」
どうかしたのか…?
「え、えっと…お兄さん…て呼んでも…いいですか?」
ウルウルした瞳で一刀を見上げる簡雍。
「え?あ、うん。別に…いいけど…」
なんだか、俺の直感が『止めろ!』と騒いでいる気がするが気のせいだろう…。
「よ、よかったぁ…」
一刀がそう言うと、簡雍の顔がパァッ、と明るくなった。
「で、では!ご案内いたしますね」
先程より元気満々で歩き出す簡雍。
(何だろう…妙に寒気が…)
寒気を覚えつつも一刀は簡雍の後についていった。
「しかし、よろしかったのでしょうか…」
一刀が簡雍に連れられ部屋を出た後に陳到が口を開いた。
「何がだ?」
「あの子、簡雍を一刀様にお付けした事です」
少し困っている様な表情を浮かべる陳到。
「簡雍に何か問題でもあるのか?」
陳到の言葉に不穏なものを感じた趙雲は陳到に尋ねる。
どうやら陳到の言っている意味がわからないらしい。
「兵士達の話によるとですね、たびたび簡雍は調練を見ているらしいのですが…」
歯切れの悪いところで顔を俯く陳到。
そして、更に困っている顔になる。
「何だ?続けよ」
そんな陳到の行動の真意など知るよしもない趙雲は話の続きを促す。
「え、えっとですね…これはあくまで噂なのですが…」
噂の辺りを強調し、
「簡雍は……男性が…好きだとか……」
と言った。
「…」
思いもよらぬ陳到の話につい三点リーダになってしまう趙雲。
「う、噂ですよ!あくまで噂です!」
その沈黙をどう取ったかは不明だが、陳到はあくまで噂だということを強調する。
「ふむ…」
ようやくショックから立ち直った趙雲が一つ頷く。
「…成る程。だから、あやつはあんなに自分から御世話をさせろと言ったわけか…」
どうやら趙雲が今回簡雍を選んだ訳は自ら志願したためだったようだ。
「どうします?今からでも、他の方に頼んだ方がよろしいのでは?」
不自然な志願もあり、疑惑が更に深まったため、陳到は何かあったら大変だと思い世話役を誰か違う人に変えるべきでは、と提案する。
「いや、必要ないであろう。こちらの方が面白ようだ」
しかし、陳到の提案を趙雲は主に自分の好奇心のためにニヤッ、と笑いながら退ける。
「はぁ…星がそう言うのでしたら…」
まだ若干、他の者に頼んだ方がいいのでは、と思っているようだが渋々納得する陳到。
「さて、どうなることやら…」
灯りに照らされた趙雲の顔はとても楽しそうだった。
「あぁ〜〜〜〜。生き返るねぇ〜」
一刀は客人としてもてなされているため、そんなに頻繁には入れない風呂に入れさせてもらっていた。
「よさ〜く〜♪」
一刀自身も久しぶりの風呂とありついつい上機嫌になり、歌を口ずさむ。
だが、一刀がチョイスした歌は何故か与作だ。
……たびたび思うが一刀は何歳だ?
「よいっしょ」
一刀はかけ声と共に立ち上がり、湯船から出る。
そして、一刀が風呂から出ようと扉に手を掛けようとした。
ガラガラ
すると、一刀が風呂の扉に手を掛ける前に扉が空いた。
「………」
すると、扉が開き、一刀の目の前現れたのはピンクに近い色をした髪を持つ女の子だった。
それは問題ではない。
問題はこの場が風呂だということだ。
風呂ということは、当然湯につかるということだ。そんな時に服を着る奴など恐らくいないだろう。
もちろん、一刀の目の前に現れた女の子も一糸纏わぬ姿なわけで…。
「キャ、キャーーーーー!!!!!」
当然、風呂で男女が鉢合わせになれば、こうなるわけだ。
「え?ぁ…。これは違っ」
一刀も混乱し、何を言うべきかわからないらしい。
ちなみに、湯気で一刀からは女の子の裸体はいまいち見えない。
「こんの!」
女の子は一転して手にしていた風呂桶を振り上げ…
「ま、待て―――」
「変態ーーー!!!」
一刀の制止を聞くハズもなく、女の子は風呂桶を一刀向けて振り下ろした。
ガゴンッ!!!
そして、見事に一刀の頭をクリーンヒットすると、風呂桶は粉々に砕けた。
もちろん、ただの風呂桶でも粉々に砕けるような勢いで振り下ろされれば流石の一刀といえ、無事で済むハズもなく…。
「グボラッ!」
一刀は脳天をかち割られ壮絶な悲鳴(?)と共に倒れた。
当然ながら、軽く即死レベルの的確な攻撃を受けた一刀は血をドクドク流しながら、意識を失った。
これが北方の弱小領主こと公孫賛と一刀の出会いであった。
ちなみに一刀はまたキズの回復のために、大量の魔力を消費したのであった。
あとがき
あけましておめでとうございます。冬木の猫好きです。
今回は呉と一刀に起きた出来事を並行してお送りしました。
登場する武将ですが、基本的にマイナー路線からも出しているため予想以上に数が多くなり全員分のストーリーを描けるかどうか心配ですが、頑張っていきたいと思うので、今後ともよろしくお願いいたします。
陳到
正史では早期で劉備の臣下になり、超雲と並んで武勇と忠義を高く評価されているが、演義では何故か登場しない。
劉禅が帝位に就くと征西将軍、永安都督、亭侯に封ぜられる。
簡擁
劉備と同郷で旧知の仲で、早期から臣下になった。
劉備や諸葛亮などに対しても大きな態度をとるなど、ある意味では誰に対しても公平な態度をとっていたとも言えるが、それ故に他人から反発を買うことも多々あった。
朱治
孫堅の時代から仕えており、孫策が袁術の配下に居たとき独立を促す。
また、多くの戦いで功績を上げているが、慎ましやかな人物であったそうだ。
程普
孫堅の時代から仕え、孫策独立時には多くの孫堅時代の頃からの将と共に従軍する。
孫権の代には武官として若い孫権を支えた。
何気に一刀は貞操の危機?
美姫 「どうかしらね」
今回は趙雲や公孫賛とかも出てきたな。
美姫 「まあ、公孫賛との出会い方はちょっとアレだけれどね」
どうなるやら。
美姫 「それでは、今回はこの辺で」
ではでは。