「苦しいよぉ…あねさまぁ……」
夕焼けの様な真っ赤な髪と瞳を持つ幼い少女が、今にも消えてしまいそうな程悲痛な声で助けを求める。
「大丈夫ですよ…。絶対…良くなりますから…私が…治してみせますから…」
慈愛に満ちた声で、腰まで伸びたサラサラの茶髪の少女が言う。
「…………」
その少女達を少し離れた所から黒髪を一本に纏めた少女――張宝は見ていた。
「さて、どうしますか?妹さんを助けたいならコレしかないですよ?」
そして、張宝の横には眼鏡を掛けた黒髪の青年――于吉が真っ赤な髪と瞳の少女を見て、勘に触る笑みを浮かべながら提案をする。
「ふざけるな…!魔術師にとって大事なのは――?」
張宝は自分達――魔術師――を愚弄するかのような于吉の台詞に静かな怒りを口にするが、彼女の姉――実際は血の繋がりはないが――張角が突然、張宝の肩をポンッ、と叩きその言葉を止める。
「……わかりました」
義姉は頷き、静かにそう言った。
張宝は義姉のこういうところが嫌いで、だからこそ守りたかった。
義姉を……そして…義妹を………。
第7話:姉妹
張三姉妹は全員血は繋がっていなかった。
だが、互いを思う心は本当の姉妹等とは比べものにならない程強かった。
長女の張角は誰よりも優しい。
次女の張宝は誰よりも強い。
三女の張梁は誰よりも可愛い。
彼女達は互いにそれを認識し、それを嬉しく思った。
張梁はとても人見知りでしかも他人の感情に敏感なため、始めのうちは二人とも張梁にかなり手を焼いたものだった。
だが、優しい長女――張角――が聖母の様な微笑みを浮かべ接すると張梁は徐々にたが打ち解けていった。
次女の張宝はと言うと、こちらは魔術的な面では器用だが、日常的には超不器用なため打ち解けるには相当な時間がかかった。
張梁が外で元気よく遊び、張宝はそれを見守り、時には共に遊び、張角が家事をこなし、食事ができれば二人を呼び、三人で食事をする。
平凡だか幸せな日常。
そんな楽しい日々を三人は送っていた。
普通の人々には何処にでもある日常の光景。
だか、三人――特に三女の張梁――には決して得られないと思っていた、いや、望みすらしなかった日々が言葉にできない位とても心地好かった。
そんな日々もすぐに終わりを迎えた。
「ぁぁ……」
ある日、突然張梁が胸を押さえ倒れた。
彼女がどういう“モノ”か知って以来、知っていた、覚悟していたハズの終わり。
しかし、頭が理解しても、心が納得してくれなかった。
だから…だから…あの時、あの男――于吉の提案を張角は受け入れ、張宝もそれを認めた。
魔術師が守るべきは、命ではなく……魂の尊厳であるにも関わらず……。
そして、姉たちは義妹が人間でなくなるを認めた。
「うわっ。思ったより難しいなぁ」
一刀は異常な量の魔力を放ち、自分の近くにいた僵尸を一掃し、そう呟いた。
手をにぎにぎしている一刀を張宝は唖然としながら見る。
「ど、どういう……」
どういうこと、と彼女は言いたそうだが、あまりの驚きに口をパクパクするばかりだ。
それ程衝撃的なコトを一刀はやったのだ。
「なぁに、お前と同じ事をやっただけだよ」
さも当然そうに一刀は有り得ない事を言った。
「ば、バカな!?そんなこと!できるハズない!」
一刀のデタラメさに思わず声を荒げる張宝。
土系統で繋げたレイラインを使えるのは原則として同じ土系統の使い手しかいない。
それも、張宝は土系統の使い手が来た場合に備えてレイラインの固定化を行った。
よって、レイラインから魔力を汲み上げるには同じ土系統の使い手でも、自分に近い腕がなければできない。
恐らく、アベレージワンをもってしても土系統に関して言えば、張宝と比肩できないだろう。
更に、土系統の使い手は数も少ない上、実戦向きではないため張宝以上の使い手などそうはいない。
が、しかし、現に一刀は簡単にレイラインから魔力を汲み上げ、その魔力を利用し僵尸を一掃した。
「できるんだよ…、俺は…」
しかし、一刀は微笑をそのままに張宝の言葉に応える。
「この部屋に書いてある文字を読み、お前の使った魔術を『理解』すれば…」
一刀は戦いつつも、部屋のあっちこっちに書いてある文字を全て解読、いや、『理解』したのだ。
文字を『理解』し、意味を『理解』し、因果を『理解』し、そして、魔術を『理解』する。新しい魔術を使えるようにするためにやる過程の全てを戦いつつも行った。
つまり、一刀は新たな魔術を戦いつつも習得したのだ。
「ば、バカな…」
言葉にすればたったそれだけの事だ。
だが、それが如何にでたらめな事であるか…。
張宝の驚愕は当然だ。
部屋中の文字を一字一句間違えずに『理解』するなど、でたらめもいいとこだ。例えるならば、100m短距離走をしながら外国語で書かれた本を読み、内容を翻訳してその上、内容を丸暗記する様なモノだ。
要は有り得ないのだ。
「いや、それでも…」
それだけでは解決できない。
これは土系統の魔術だ。いくら魔術を『理解』したとはいえ、土系統ではない一刀がレイラインから魔力を汲み取る事が出来るハズない。
「もう一つは俺が飲んだ玉があっただろ?あれだよ」
未だに納得できない、といった言葉を呟く張宝に今度は一刀が余裕の表情を浮かべ説明を始める。
「アレは数少ない切り札だよ。アレを飲めば自分の系統を自分の意思で変更できるんだ」
「…………」
つまり、準備不足は自分の方だった。
才能は確かに勝っていた。今現在の魔術の腕も勝っていた。だが、負けた。
「ま、これが俺の限界だ。変更はできても、付加はできない…」
そう言うと寂しそうな顔になりながらも、一刀は張宝に近付く。
「とりあえず、俺の勝ち…だな…」
右手を前に突き出しながら一刀は張宝に歩み寄る。
「…で?どうする?」
一刀は言外にこれ以上の抵抗は無意味だ、という意味を含んでいるようだ。
「…………」
最早話す言葉も思いつかなくなったのかそれとも、何か考えているのかどちらにせよ張宝は言葉を発しようとしない。
「大人しく捕まるなら、悪いようにはしない。だから、大人しく――」
ドンッ
「!?」
一刀が張宝の説得を試みるが、いきなり部屋の扉が開き、たくさんの人々が入って来た。
「動くな!」
その人々の先頭に立っていたのは今回の討伐軍の総大将――皇甫嵩だった。
「しまった!」
一刀の加減の出来なかった一撃目の魔力波によって奇門遁甲の核が破棄されたようだ。
それを無駄に優秀な総大将こと皇甫嵩は感じ取って、迅速に対応をみせたのだ。
(余計な事を…!)
一刀は皇甫嵩のあまりのタイミングの悪さに思わず心の中で悪態を吐く。
「―――っ!?」
いない!?張宝がいない!?クソッ!何処に!?
部屋に乱入してきた皇甫嵩に気を取られ目を離した隙に何処かに消えてしまったようだ。
「オイッ!本郷ッ!!」
皇甫嵩の態度と言葉から察するに、ずっと放って置かれたのが彼女に更にイライラを与えてしまったようだ。
だが、一刀は張宝のいた所をただ見ているだけで、皇甫嵩の言葉に応えようとしない。
「本郷!」
こちらを見ないとわかると、皇甫嵩は一刀の前に回り込みブスっとした表情で一刀の顔を見上げながら、再び名前を呼ぶ。
「ん?皇甫嵩か…」
ようやく一刀は皇甫嵩と応答を交わす。
その目は明らかに皇甫嵩を捉えていないようだ。
「貴公、張宝はどうした?」
この城を攻めた理由である張宝の所在を尋ねるが、一刀はまた全く応える気配は無い。
「………」
しかし、皇甫嵩はそんな一刀の様子にイラつくことなく黙って口を開くのを待つ。
「悪い。また、少し待ってて」
「は?」
そう言うと、疑問をぶつける暇さえなく一刀はいきなり消えた。
「な、何なんだ!奴は!!」
再び勝手な行動を取った一刀に怒りを露にする皇甫嵩。
周りの人々は一刀がいきなり消えた事にあんぐりとしている中、怒りを露にしている皇甫嵩は大物なのか、はたまたぬけているのか…。
張宝は一刀達が進軍する時見かけた巨石の一つの近くに居た。
張宝はレイラインを使い転移魔術を使用した。
通常の転移魔術は3次元の世界から多次元の世界を経由して移動するという一刀が居た世界では使える人は両手で足りるという程難しい品物だが、レイラインを使う転移魔術は土系統の魔術なため張宝にとっては魔力さえあればさほど難しい芸当ではない。
「はぁ、はぁ、化物……」
彼女は思わずそう洩らしてしまうのも無理もない。
大天才の彼女をもってしても戦闘中に魔術を覚えるなどという芸当到底できない。難しいなんてレベルの話ではない。
「ヒドイなぁ…化物だなんて」
「っ!」
張宝が使った転移魔術は土系統の魔術なのだ。
一刀も今は土系統の魔術師だ。
その上、闘いながら魔術を覚えるといった芸当をした一刀ならば当然、転移魔術を使えるハズだろう。
「いやぁ…探した探した。四回も転移してやっと見つけた」
やれやれ、と肩をすくめる一刀。
「くっ」
張宝は既に体力、魔力共に限界な様で、立ち上がることができず、悔しそうに歯をくいしばるばかりだ。
「別にもう闘う気は無いから、ゆっくりしてなよ」
「私にそれを…信じろ、と?」
そんな戯れ言信じられないといった言葉だな…。
「そうしてもらうしかないんだが…ダメか?」
無理なら仕方ない。
このまま帰るだけだ。
「何という傲慢…」
一刀の言葉に一瞬驚いた表情になるが、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「むぅ…言い返せないなぁ」
これは所詮勝者の理屈だし。
「…………」
そんな一刀の言葉に先程同様驚いた表情を作る。
「わかったわ…信じる…」
「え?うん。ありがとう。」
あれ?ダメだと思ったのにOKなんだ…。
やっぱり、女ってわからんなぁ…。
「とりあえず、話せる範囲でいいから理由を話してよ」
「理由?」
「あぁ…。君がこんな事をしている理由だ」
“こんな事”とは黄巾の乱そのものをさしている。
「………」
質問をすると張宝は顔を俯せ気まずそうな表情になる。
(マズイこと訊いたのかなぁ…)
でもこの娘は理由も無くこんな事をする娘じゃないとわかるから。
根拠なんてドコにも無いけど、それはわかる。
「……言えない」
だから、彼女の出した答えだけで十分だ。
「…わかった」
わかるから…。
この娘が何かを守ろうと必死になっているのが伝わってくるから…。
だけど…
「君はこれからどうするつもり、魔術師さん?」
返答にしだいでは俺のすべき事は変わってくる。
この優しい魔術師が何かを守るために多くを犠牲にするつもりならば、俺にはそれを止める義務が存在する。
「…………」
何か意外な事でもあったのか、張宝は一刀を驚いた表情で見上げた。
「ん?どうかしたか?」
俺、変な事でも言ったか…?
「私を…“魔術師”と呼ぶの?」
「?」
どういう意味だ、そりゃ?
“魔術師”と呼んだことの何が意外なのかなぁ…。
「私は……まだ…“魔術師”…なのか?」
「何を言ってるんだ?君は“魔術師”だろ?」
何か不満でもあるのだろうか…?
「…私は…私利私欲のために魔術を使った…。私は“魔術師”ではなく…“魔術使い”だ…」
“魔術使い”ねぇ…。何か、巧く言えないけど違うような気がする。
「“魔術師”だよ、君は。ただし、頭に『優しい』がつくけどね」
できるだけの優しい笑顔を作り張宝に答えを俺の出す。
「……優しい魔術師…だと?」
そんなに意味不明なこと言ったつもりではなかったのだが…彼女には理解に苦しむらしい…。
「あぁ…。だって、君は何かは知らないけど、護りたいもののために戦ってるんだろ?」
だから、この娘は決して私利私欲のために魔術を使ったことにはならない。
何かを求めて魔術を使うのは魔術師として当然だから。
「………」
また、顔を俯せちゃった…。
う〜ん。こういう時ってどうすれば良いんだろうか?
「私の妹は…」
張宝の中で何があったのかは不明だが何の脈絡も無く話を始める。
「私の妹は…人ではない…」
「人じゃない?」
「そう。あの娘は…創られた『物』なの…」
赤い少女には何も無かった。
虚ろで、空洞で、自己すら無かった。
赤い少女は不幸ではなかった。幸福を知らない彼女に不幸は理解できなかった。
人として扱われず物として扱われた。
それも失敗作。廃棄物として棄てられた。
棄てられた所でも物として、いや、ある意味では生物として扱われた。
忌むべき存在と、あたかも悪魔であるかの様に扱われた。
そんな少女に手を差し伸べたは、こちらも失敗作として扱われた張角、張宝の二人だった。
そして、赤い少女は張梁という名を貰った。
それにどれ程の意味があるのか張梁には理解できなかった。
ただ、気が付けば、笑っていた。
笑い方なんて知らなかったのに、笑った。
いつまでも、いつまでも、姉達と一緒が良い。ずっと、ずっと三人一緒。
それだけの事に張梁は幸福を見つけた。幸福を理解した。
理解してしまった…。
今までの不幸は耐えれた。
でも、内側から脆弱になった心はこれから起きる不幸に耐えきれない。
「苦しいよぉ…」
言ってはならない言葉だった。
「苦しいよぉ…」
それだけで、大好きな姉達は私を助けようと必死になる。
それはとても幸せなこと。
とても嬉しいこと。
だけど、それは同時に張梁自身が人であることを辞めた瞬間だった。
姉達はそれでも張梁を助けようとする。
だから、張梁もわずかに残った人間(りせい)で自分を維持した。
でも、所詮は悪あがき。無駄な抵抗だった。
「欲しい…」
いつしか、張梁の言葉は変わっていた。
「欲しい…」
張梁の人間は最早怪物(ほんのう)に食い尽くされた。
「欲しい…」
怪物が求める。
欲しい、と。
「欲しい…」
一番優しい姉――張角が訊いた。
「何が…欲しいの?」
張角はいつも通りの優しい笑顔で訊いた。
「にくが…欲しい…」
張角が見た張梁の顔は、虚ろで、空洞で、自己に溢れていた。
「人の魂(にく)が…欲しい…」
人には有り得ない程鋭い牙を覗かせながら張梁は笑った。
自分が空腹を満たす瞬間を想像して笑った。
そこまで、人間でなくなったにも関わらず、張梁は決してその牙を姉達に向けなかった。
だから、張角は信じた。
張梁がまだ人間である、と。
そして、張梁を助ける方法を探した。
探して見つけた方法には優しい姉には悲しい条件付きだった。
当然、張角は拒否を表明した。
「別によいのですよ?」
眼鏡をかけた黒髪の青年――于吉は嘲笑いながら言った。
「『それ』がどうなろうと、私の預かり知らぬところですし…」
張角にはもうそれしか無かった。
張梁を助けて、再び張梁と張宝と自分の三人で笑いながら生きていたい。
それしか無かったのだ。
つまり、張梁の世界に姉達二人しか居ないのと同様に、姉達の中にも張宝ともう一人しか居なかったのだ。
それが少女達三姉妹の理由だった。
「………」
それが理由…。
目の前の優しい少女が戦う理由。
「でも…それは…間違ってたんだね…」
「何で、そんなことを…」
間違ってたなんて言うんだ?
きっと、この娘にとっては悲しい位に正当性のある理由だ。
それを何故間違っていたなどと言うんだ?
「だって、おかしいじゃない?」
張宝は言葉通り、心底おかしそうに自嘲的な笑みを浮かべながら続ける。
「何がだよ?」
この娘の生き方を笑うなんて行為、少なくとも俺にはできない。
「私達、魔術師の最も根本的な事を無視して、それで生きていこうだなんて…馬鹿らし過ぎるわ」
魔術師の最も根本的な事、つまり、『魔術師が尊厳すべきは命ではなく、魂である』、ということか…。
あぁ…。だから、この娘は“魔術使い”にこだわったのか…。
“魔術使い”ならばそんな理屈を無視できるから。
「でも、君は君だろ?」
「え?」
そうだ。関係無い。
「君は君以外になれない。だから、君がやってきた事は誰も笑わないよ」
そんな魔術師が居てもいいじゃないか…。
笑われても、それは間違いではない。
きっと、この娘はそう言えるようになれるから。
「………」
一刀の思わぬ言葉に茫然とする張宝。
ただ一人の人間が肯定しただけのなのに、その一言は確かな救いをもたらした。
「貴方はとても、不思議です」
初めて見る嬉しそうな笑顔を浮かべながら張宝はそう言った。
「え?そう…かな?」
間違っても俺は不思議ちゃんではないと思うんだが…。
「えぇ…。とても、不思議です」
不快ではないが、笑顔で不思議生物扱いされるのは何か変な感じがする。
「名前を…訊いてなかったわね…」
不意に張宝が言った。
名前、ねぇ〜。
最初会った時には名前を尋ねなれるなんて一欠片程も思わなかったのになぁ。
「俺の名前は本郷一刀だ。よろしく」
そう言うと一刀は右手を差し出し握手を求める。
「………」
またも唖然とする張宝。
どうやら、名前を訊いただけなのに握手を求めてきた事が意外だったようだ。
「…よろしく…お願いします」
張宝はおずおずと手を出す。
ギュッ
(……柔らかい)
何だかんだ言ってもやっぱり女の子なんだなぁ、て思わせる手だなぁ。
「………何か違くね?」
話が逸れた。
「ふふふ。確かにそうね」
その笑みは改めて見ると凄くかわいいな。
「私は、妹を助けるわ」
妹を…助ける?
「どうするつもりだ?」
俺は具体的なことを聞かないといけない。
関わってしまったから…。
「決まっています」
決意の籠った表情で言葉を続ける。
「魔術師が尊厳すべきは命ではなく、魂よ」
「……張宝」
思わず名前を呼んでしまった。
俺の意見は確かに矛盾だらけだ。
この娘には妹を助けようとして欲しい。だが、そのためには人を犠牲にしなくてはならない。それは許せない。
まったく、我ながら自分勝手な理屈だなぁ…。
「それで良いのか?」
でも、俺がどんな気持ちだろうと、彼女が決めたことだ。
だから、彼女の気持ちを確認しよう。
これで、本当に良いのか…。
後悔しないのか…。
「えぇ。私は…魔術師だから」
それはただの強がりだとわかる。
張宝は優しいから…。
その言葉を口にするだけで胸が痛むハズだ。
「無理に魔術師である必要なんて無いんだ」
俺が閉ざした道ならば、俺が拓けばいい。
自惚れだと思うが、この言葉にはきっとそれだけの力があるハズだから。
「ありがと」
そんな笑顔を見て確信した。
どんなに言っても俺ではこの娘の決意には勝てない。
「それと、私のことは瑠麗(りゅうれい)でいいわ」
「え?でも、それって真名だろ?いいのか?」
そうホイホイと呼ばせて良いとは思えないし…。
「私に勝ったのだから、当然でしょ?」
「………」
そう言われると…どうしよう無いというか、何というか…。
「それとも、貴方は私を認めてないの?」
認めてないわけないだろ。
だから、そんなに睨むなよ。
「うん。わかったよ、瑠麗」
「ホントにやるのか?」
なんとなく、もう一回訊いてみた。
「うん。でも、今は私達が迷惑をかけた人々への罪滅ぼしと言うと違う気がするけど、とにかく被害を受けた人々を救済するために大陸を回ろうと思うの」
「そっか…」
自分のしたこととはいえ、やっぱり、優しいな…。
「でも…貴方は本当に私を見逃す気?」
「俺は元々官軍じゃないからな…。いいんだよ、別に」
確かに当初の目的は張宝、いや、瑠麗を討伐する事が目的だったけど、今は特に関係無い…。
「ふふふ。本当に、不思議な人」
う〜む。やっぱりかわいい…。
「ふぅ。体力も回復したわ」
「そうか…行く…のか?」
「えぇ。本当に、色々ありがと」
「気にすんな。というか、俺は別に何もしてないし…」
俺の拙い弁舌を聞いたのは確かだが、コレは彼女が自ら出した答えだ。
だから、俺は特にこれといって何もしてないと思う。
「ま、そういう事にしときましょ」
眩しいばかりの笑顔を向ける張宝。
「あ、行く前に、お前を討伐に来た兵士達を何処にやったんだ?」
話してて確信した。瑠麗は人を殺すなんてこと到底できないと。
「ん?あの人達なら適当に転移魔術で飛ばしたよ」
「でも、それなら発見されてるんじゃ…」
俺から逃げる時使った転移魔術じゃあ、霊脈に移動させる事になるからスグ発見されると思うんだが…。
「あぁ、レイラインを利用したヤツじゃなくて、普通の転移魔術ね」
え!?この娘、多次元経由の転移魔術も使えるの!?
つくづく天才だな…。
「だから、悪いけどあの人達が何処に居るかはわからないんだ。あ、でも死ぬようなことは無いと思うから安心して」
何だかいいかげんだなぁ…。
死なないにしても何の根拠も無さそうだし。
ま、いっか。
あんまし、俺には関係無いし。
「そんじゃ、私行くね」
「ん?あぁ、元気でな」
そう言うと瑠麗は俺に背を向けて歩き出した。
ま、色々あったけど、やっぱりいい奴だったんだな…。
俺は瑠麗が見えなくなるまで手を振っていた。
「それじゃ、俺も出発しますか」
そう言うと、一刀は瑠麗とは違う方へと歩き出した。
「本郷め〜〜」
皇甫嵩は律儀にも城で陣をはり一刀が帰ってくるのを待っていた。
しかし、1日待ったにも関わらず、一刀はいっこうに帰って来ない。
まぁ、当然である。
「あ、あの〜、皇甫嵩様…恐れながら、そろそろ撤収した方が…」
皇甫嵩の発するピリピリオーラを受けつつもそろーっと撤収を提案する兵士。
その他の兵士達も同じ気持ちであるため皆、心の中で頷く。
「いや、ダメだ。本郷が帰陣するまで撤収はできん」
だが、律儀な皇甫嵩はこの提案を一蹴してしまった。
こうして、皇甫嵩達は一刀の帰陣を待ち続け5日間も場内に居座り続けていた。
あとがき
ども、冬木の猫好きです。
今回で対張宝魔術戦はとりあえず終わりです。
一応、張梁はいわゆるホムンクルスなんですが、ただそれだけじゃないんですが、まだ今の段階では言えません。
今更ながら原作に比べ遥かにシリアスの比率が高すぎました。なので、次回は緩和剤としてギャグもしくはほのぼの系統を書きます。
では、今後もよろしくお願いします。
ひとまずは一件落着かな。
美姫 「みたいね。にしても、まさかあんな切り札を持っているなんてね」
だな。驚いた。さてさて、今回はシリアスだったけれど、次回はギャクかほのぼのになるみたいだぞ。
美姫 「どんなお話が待っているのやら」
それでは、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」