洛陽を出発し再び旅路に着いた一刀。
そして一刀は洛陽の北に位置する平陽と言う都市へ来ていた。
ソコのスグ近くには黄巾の乱を起こした張三姉妹の次女張宝が居る城があった。
第六話:魔術師
張宝がスグ近くの城に居るハズなのにココには特に黄巾族が多く居ると思ってたが、別にそんなことないな…。
う〜ん…。
ココの住民は黄巾族を拒んでいるのか?
いや、だったら今頃この町は火の海になっているハズだ…。
どうゆう事だ?
「今こそ!我らは立ち上がるベキだ!!」
一刀がこの町−平陽−の普通過ぎる雰囲気を変に思ってると、何処からか演説の声が聞こえてきた。
(何だ?黄巾族の演説か?)
何の演説か気になり、声のする方へ行くと茶髪の若い女性が台の上で住民に囲まれながら、大声を張り上げていた。
「今こそ!漢王朝のタメ!私と共に戦おう!」
ん?漢王朝のタメ?
黄巾族じゃないのか?
「黙れ!」
「ふざけんな!」
「テメェらにそんな事言う権利ねぇんだよ!!」
すると、そんな女性を罵倒する言葉が飛んできた。
まぁ、ある意味当然か…。
自分たちの生活をむちゃくちゃにした奴が何を言ってやがるって話だよな…。
だが、凄いなこの娘。
よくこんな中でそんな演説出来るよな…。
でも、このままじゃ石でも投げられてケガさせられそうだな…。
仕方ない…。あんまり気は乗らないが、こんな娘がいるなら手伝ってやるか…。
「なら、お前達は何かしたのか?」
一刀は周りを囲っている人々を割って入り、女性の前に立つ。
「何だテメェは!?」
「すっこんでろ!!」
そんな一刀にも当然のように罵倒が浴びせらる。
「お前達はな・に・を・し・た・ん・だ!?」
そんな人々に対し一刀は脅しめいた声で、答えるよう質問を再びする。
「な、何をした、ってどうゆう意味だ!?」
そんな一刀にビビった怯みつつも、一人の男が質問の真意を問う。
「そのまま意味だ。お前達は自分たちの生活を守るタメに何かしたのか、と訊いている」
毅然とした態度で、臆さず民衆達に続ける。
「お前達はそうやって、“守って貰うのが当然だ”“支配されるのが当然だ”とかいった『空気』に流されて生きてきただけだろ?今だってそうだ…。今は“黄巾族の言ってるコトが正しそうな『空気』だ”“王朝の連中が悪者ッポイ『空気』だ”だからお前達は何もしようとしない。違うか?」
「……そ、それの、それの何が悪い!」
「そ、そうだ!」
一刀の言葉に一瞬たじろぐが、スグに逆ギレともとれる言葉で反発する。
「はぁ…。わからないのか…?そのままではまた同じ事が繰り返されるだけだと…」
その言葉に今度は黙り込む人々。
「お前達はソレを終わらせなければいけない…。それだけは、わかって欲しいと俺は思う」
「…………」
「何で睨むンだよ?」
結局、この女性を囲んでいた人々の七割程度が義勇軍として参加する事になった。
今は二人で軍議室の様な所に居る。
しかし、何故か俺はこの女性にジト〜、と無言で睨まれている。
感謝されても睨まれる言われないぞ。
「ところで、お前…名前は?」
「まずは貴公から名乗るベキだ」
ブスッ、としたまま言う。
う〜ん。
先に自分から名乗れってこの世界に来てからよく言われるなぁ〜。
まぁ、いっか…。
「俺は本郷一刀だ。で、君は?」
「私は姓は皇甫、名は嵩、字は義真だ」
互いに名前だけの自己紹介を済ませる。
「ンで、何で俺を睨まれなきゃならんのだ?余計なお世話だったか?」
皮肉っぽい薄ら笑いを浮かべ、嫌味ったらしく一刀は尋ねる。
「見誤るな。私はその様な小さき器ではない…!助けてくれたことは……素直に感謝している」
全く表情を崩さず、ブスッ、としたまま言う。
「じゃあ、何で睨む?」
「貴公が危険だからだ…」
???危険?何がだ?
首を傾ける一刀。
「貴公の思想が危険なのだ。貴公の考えではいつまで経っても、民衆は治まらん…。貴公はいずれ、大陸に悪い変革をもたらす。だからだ…」
あぁ…。そういう意味ね。
「大丈夫だよ。俺、天下や世界に興味無いから」
今回だって皇甫嵩がちょっと面白そうだったから手伝おうって話だし…。
まぁ、んなコト言ったら怒りそうだから旅の資金調達って事にしてるけど。
「ふん。どうだか…。そういうコト言う奴に限り何かしら企んでいる事があるからな」
妙に疑り深いなぁ…。
本当に天下とか興味無いのに…。
「まぁ、そんなどうでもいい話はここまでにして、あの城をどう攻めるかって話だな…」
どうでもいい話、と言うと皇甫嵩は更に眉間のシワが一瞬深くなるが、城の事を話し始める。
「あの城は本来あそこまでの堅城ではなかった。故に張宝は簡単にあの城を陥落させれた。だが、何故か奴が陣どってからは様々な者が攻めるが、逆に返り討ちにされてしまうのだ」
ん?つまりは…
「張宝が相当な策士って事か?」
簡単に落とされた城を守り抜くということはそういうコトになるよな?
「違う」
「??」
普通はそうとしか考えられないのに、その考えを否定され首を傾げる一刀。
「報告では城門は簡単に破れる…と言うか最初から開いてある」
「は?何じゃそりゃ?」
城門が開いてあるって、それで何で城を陥落できない。
ますます訳がわからなくなり、更に疑問が深まる一刀。
「当然、討伐軍は城の中へ入る。だが、誰も帰ってこないのだ」
そう言うと皇甫嵩は顔を俯せる。
「それって、つまり…」
城内に入った者が誰一人帰らない、と言うことは……。
「皆、戦死したと考えるべきだろう……」
顔を俯せているため、一刀には見えないがその顔は悔しさでいっぱいだった。
会ったこともない自分の同志の死を悔やんでいるようだ。
一刀はこういう人間と見抜いていたからこそ今回は手伝おうと決めたのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
一瞬沈黙が訪れる。
ま、まさか…
「え?終わり?」
まさかね…。
わかってる情報がそれだけなんて、まさかねぇ……。
「……そうだ」
しかし、一刀の懸念は見事に的中した。
マジで!?
たったそれだけかよ!
「つまり、何もわかってないってコトね……」
はぁ、と溜め息を吐きながら敵について考える。
張宝か…。
張角は何かの魔術が使えるって知ってたけど、張宝も使えるンだ…。
せめて、もうちょっと情報が欲しかったなぁ。
そうすれば、対策も建て易いのに…。
仕方ない、今回は魔術礼装フル装備でいくか…。
勿体無いからあんまり使わないようにするけどさ。
あんまり意味があったかどうか不明な軍議を終え、二人は軍の陣頭に立ち城まで軍行を開始する。
兵の数は義勇兵も併せ約8000。
大した規模も無い賊に対しては破格の規模だ。
それ程、朝廷が張宝を恐れているという表れである。
この辺りには霊脈が存在する。
だが、魔術師が拠点とする理由としてはいささか規模が小さい。
しかし、『この辺り』と言った通り霊脈は複数存在する。
その数恐らく六個。
何故かジャミングみたいなモノが掛かっており、正確ではないし、その六個の霊脈の場所は全く判らない。
だが、恐らくその六個の霊脈に囲まれた所に城があると推測できる。
だからといってもその城に何らかの魔術的又は霊的加護は全く無いと言っていいとおもわれる。
「ん?」
何だ、あの巨岩?
一刀は城への整備された道の脇に不自然に置いてある巨岩見つけた。
「なぁ、皇甫嵩?」
「何だ?」
皇甫嵩は軽く一刀に顔を向ける。
その表情はあからさまに一刀を疎ましく思っているのが読み取れた。
「あの岩何だ?何か注連縄(しめなわ)みたいな物が着いてるけど…」
そんな皇甫嵩に気を悪くした風もなく一刀は質問する。
「さぁ…。ここら辺一帯の習慣か何かではないのか?」
どうやら興味が無いようだ。
まぁ、確かにコレから戦という時にそんな些事気にしてられないよな…。
その後も数回同じ様な巨岩を見掛けるが、特に魔術的意味がある訳でもないので気にせず通り過ぎた。
かくして、討伐軍は城のスグ近くに着いた。
「マジで城門開きっぱかよ……」
明らかな罠だ。
罠以外の何物ですら無い。
城内の空間は魔術的に隔離されてるみたいで、何にも感じられないし…。
迂濶に城内に入るとヤバイかもな…。
「迂濶に城内に侵入すべきではないな…」
歴戦の勇者としてのカンからか、それとも本能からか、とにかく危険だと判断する皇甫嵩。
(正しい…。だが…)
「だが、だからといってココでじっとしている訳にもいかんだろ?」
城を包囲し、兵糧攻めをするにしても今の軍には一般市民が混じっているため統率が執りにくく、恐らく難しい。
そんな事は皇甫嵩も承知のハズだ。
「だが…何の策も無く攻め入るは愚行。むざむざ兵を死なす訳にはいかん」
ただでさえ得体の知れない敵なのに、侵入すれば二度と出てこれないという噂が広まっているタメに士気はかなり低いのだ。
こんな状態で、その上無策で城攻めを開始すれば結果は明らかである。
「多分大丈夫だ。策は無いが、対応はできるハズだ」
コンだけ色々持ってきたンだ。
対応出来ない事なんてそうそう無いだろう。
「……本当か?」
皇甫嵩は胡散臭そうといった目で一刀を見た。
「む。何だ、その目は?ホントだぞ」
心外だッ、といった表情で皇甫嵩の疑問に胸を張り答える。
「苦戦しても負ける事はない!」
「苦戦はするのか…」
目を細め、未だに胡散臭いといった表情で一刀を見る。
「しかし、このままでは埒が明かん。確かに、攻め入る他ないだろう…」
苦渋の決断、と言ったところか…
自分で言っといてナンだが、絶対負けない自信は無い。
なにしろ何の情報も無い状態だからなぁ…
だが、それ以外どうしようも無い。
そうせねば、目的を達成出来ないのだからなぁ。
「コレより!城内に侵入する!全軍、臆さず、我に続けー!!!」
「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!」」
皇甫嵩の号令に続き兵士逹も怒号を上げる。
そして、一刀と皇甫嵩率いる軍は城内に侵入した。
暗い暗い地下の部屋。
まるで、一切の光を拒絶しているかの如く真っ暗な部屋である。
実際、拒絶しているのだ。
その部屋の床や壁、更には天井にまで様々な文字が書かれていた。
それはこの星の全てを意味する文字だ。
「また、戦……」
その文字が書かれた真っ暗な部屋の正に中心に一人の少女が座っていた。
言葉を呟くまで誰が見てもこの部屋には誰も居ない、と答えたであろう程少女は集中し闇と同化していた。
その少女は闇に同化するかの様な真っ黒な髪を持ち、その髪を一本にまてめている。
その少女こそが張三姉妹の次女張宝。
その部屋には、いや、この城にはこの少女しかいないようだ。
「何故これ程まで、人は愚かなの……。」
張宝は呟く。
その言葉は嘆きの様だ。
「!?……魔術師?」
この城は彼女の工房。
ならば、この城に入った全て人々の特徴等を感じ取る事が出来るのは当然。
そして、その侵入者の中に一人だけ魔術師と思わしき人物を見つける。
その魔術師は魔力の量だけで言えば恐らく一流であると感じられた。
だが、それでも彼女は焦ったりしなかった。
その魔術師と自分では土俵が違うと悟っていた。
勝負以前の問題。
焦る必要は無い。
自分は、自分のすべき事をやるのみ。
妹を護るタメに……。
そうして、また張宝はまた闇と同化した。
(おかしい…)
一刀がこの城に侵入し一番最初に思った感想だった。
しかし、それを感じていたのは皇甫嵩、更には全ての兵士逹もであった。
おかしい。
何かがおかしい。
人の気配が微塵しないのをおかしいとは感じず、もっと違う何かがおかしいと感じられた。
その違和感を言葉にすると、先程から自分で歩いているハズなのにまるで『何かにつられる様な感触が身体から離れない』といったモノだ。
(だが、そんな事はあり得ないハズだ…)
そうなのだ。
そんな事があり得るとすれば、それは魔術だ。しかも、大魔術。
どんなに魔力を隠しても、そんな大魔術を使えばわずかでも魔力を感じるハズだ。
故に一刀は当初、この違和感は気のせいだと無理矢理自分を納得させた。
しかし、城に侵入し相当な時が経ったにも関わらず、違和感は消えることなく、むしろ深まっていった。
「本郷…」
不意に皇甫嵩は一刀に話し掛ける。
思えば、コレが初めて皇甫嵩に名前を呼ばれたのだが、そんなことに気付く余裕は一刀には無かったようだ。
「……わかってる」
わかってる。わかってはいるが……。
魔力を感じ取れないとなると、何の魔術かとうか判断できない。否、魔術かとうかすら不明なのだ…。
「……………」
一度は魔術でないと判断した一刀であったが再び考察を始める。
(まず、この違和感をまとめなくては…)
この違和感はまるで自分が誰かに操られてる様に感じる事だ。
ならば、何故魔力を感知出来ない?
人の心に干渉するとなれば、いくら自分の工房でも魔力を完璧に消すなんという芸当できるハズがない。
いや、もし俺が人の心に干渉できるなら、魔力を隠す事に尽力せず、今ココで味方同士を闘わせる。
例え、俺に対魔力があっても、魔術回路を持たない人間ばかりなのだから操った奴に俺を殺させればいい。
そうか!つまり、この魔術は人の心に干渉するモノではないんだ。
ならば、魔力を感じさせない、いや、魔力を使わない魔術というのにも幾つか心当たりがある。
「本郷…とうした?」
先程から「ウ〜ンウ〜ン」と唸っている一刀を不審に思い再び話し掛ける皇甫嵩。
「ちょっと待って。今解りそうだから…」
一刀がそう言うとムカつきながらも皇甫嵩は黙り込んだ。
魔力を使わない魔術。
一見矛盾しているかのように思われるが、そういったモノは数多く存在する。
例えば、ある魔術師は太陽系の惑星の順列のみで海を割るなど数々の奇跡を起こした。
物事の成り立ちや順列などには意味が存在する。つまり、先程述べた魔術は 太陽系の惑星順列の意味を使っただけである。
だが、そういった魔術には時間と場所、更には多くの知識が必要不可欠であるタメ、使える魔術師は数少なく、それ故に使える魔術師は超名門の出身であることが多い。
(結界の類……人の歩みを決まった方向に進めるモノか…?)
それならば何か手掛かりが……あった。
「あの岩か…」
「まだか…」
皇甫嵩は一刀の私案の長さにイライラを隠せなくなっている。
当然ながら、兵の進行は止めている。
(この城に来る途中にあった注連縄の着いたあの岩が、この結界の正体か…?)
ならば、この魔術は結界の種類は何だ?
違和感を整理するべきか…。
「なぁ、皇甫嵩。」
「……何だ?」
相変わらずのブスッとした顔を一刀に向ける。
相変わらずだが、明らかに城に入る時よりイライラしているようだ。
そんな皇甫嵩にお構い無しな様子で一刀は話を続ける。
「違和感を言い表せるか?」
「む?言い表すか……」
コチラは「う〜む」と唸り考え始める。
「難しいが何かに流されている…とでも言うのか…?とにかくそんな感じだ」
アバウトだな…。
実は皇甫嵩って完璧主義のクセしてツメが甘いタイプだな…。
(って、そんな事どうでも良いんだよ…)
えっと…「何かに流されている感じ」か…
「なぁ、皆はどう感じる?」
一刀は今度は後ろを振り向き兵士逹に尋ねた。
「我らも皇甫嵩様と同様に何かに流されてる、と感じると話しておりました」
律儀にも一刀にまで敬語を使い、更に姿勢をピシッ、と伸ばしながら兵士逹を代表し一人の男が応える。
「わかった。ありがとう」
皆がそう感じているにも関わらず、俺一人が勘違いをしていたのか…。
クソッ!
俺の考え過ぎのせいで対処が遅れてしまったのか…!
いや、今はそんな事より結界だ。
流れ……人を導く流れ……。
「そうか!」
「!?わかったのか!?」
大きな目を更に大きくしながら皇甫嵩は一刀に期待の視線を向ける。
「いや……今から対処を考えるところだ」
わかったぞ!
この魔術は魔力を使わない結界の中でも最高位に位置する結界、奇門遁甲だ。
だが…このままでは……。
「……………」
奇門遁甲――結界に類する魔術の中でも最高位に位置するモノ。その効果はどこをどう歩いても最後には必ず術の核となる所へたどり着くという代物だ。しかも、一度この結界内に侵入すれば術の核を破壊するまで結界から出られないという厄介なモノである。
また、通常なら核の付近に核を護る罠なり何かがあるタメ、簡単に核を壊すことは出来ない。
だが、八千もの人間がいれば、全ての罠の発動後に一刀自らが入り、核を破壊すればよいのだが…
(そんな事……出来るハズ…ないだろ)
それ以前に皇甫嵩がそれを許可するとも考えられんしな…。
この中で罠に対処出来るのは俺だけだ…。
なら、俺が、俺一人が行けばいい。
「……皇甫嵩」
「やっとか……?」
待ちくたびれた、とは口にはしなかったが明らかにそう言いたげな表情だ。
「済まないが、しばらくココを動かないでいてくれ」
「は?貴公いきなり何を――」
「それじゃ、後は頼んだぞ!」
そう言うと、一刀は一人で走りだした。
残された皇甫嵩はと言えば、眉間にシワを寄せ、しかめっ面になりながら、 やはりあやつは気に喰わん、と思った。
地下の闇しかない部屋。
そこには一見すると誰も居ないように思われる。
しかし、闇しかない部屋に同化していたその部屋、いや、この城の唯一の住人がわずかに気を乱し、気配を放つ。
その少女――張宝は一本にまとめた闇と同化するような髪を初めて揺らした。
(魔術師が動いた…)
彼女の髪がわずかに揺れたのは、彼女が確認した唯一の魔術師が『一人で』行動を開始した事にわずかな動揺を受けたという表れだった。
彼女の抱いた感情は理解不能といったモノであった。
敵は恐らく自分が仕掛けた結界が何であるか――即ち奇門遁甲であると気付いたハズ…。
にも関わらず、敵は『一人で』行動を開始したのだ。
なんたる愚行。
遣える駒が在るにも関わらず、何故使わない?
張宝は魔術師として当然の疑問を抱く。
しかし、スグに察した。
この魔術師がどんな『人間』なのかを…。
『人間』……魔術師は『人間』とは違う。
それは神秘に触れているということだけではなく、『人間』は魔術師になったその時点でその者の家系、師匠、あるいは世界が営んでいくタメの『歯車』へと変貌するからである。
それが魔術を使うということだ。
魔術は自分のために使ってはならない。それは魔術師である者全てが知って いることだ。
だが、稀にそれを無視し、己の願望のためだけに使う輩がいる。
それが俗にいう魔術使いだ。
魔術使いは自らの願望のために魔術を行使し、挙げ句『歯車』である事を拒否する。
故に純然たる魔術師は魔術使いを忌み嫌う。張宝もその例に洩れなかった。
そう。洩れな『かった』のだ。
(だが、今は私も魔術使いか…)
自らの願望のため…。
一人よがりな願望のため…。
その願望が誰かを――護ろうとしている者さえも傷付けていると解っていながらも、私はその願望を棄てられない。
例え…誰に嫌われても……。
一刀は細心の注意を放ちながら城内を駆けていた。
(罠が一つしかないとはどういう事だ?)
一刀はまたも困惑する。
一刀は優秀な魔術師――または魔術使いだ。
故にこんな御粗末な罠一つしかない事に困惑してしまうのだ。
罠とは先程から何度か遭遇する“ウィル・オー・ウイスプ”、日本で言うところ“人魂”である。
簡単に仕掛けを言えば、この“人魂”を直視した対魔力が無いに等しい者は夢遊病者のように、無意識状態になるのだ。
神隠し等といった怪事件は自然、あるいは人為的に発生したこの“人魂”等により、何処かに魂ごど連れて行かれ起こる。
だが、それが通用するのはあくまで非魔術師のみだ。九割九分九厘の魔術師には通用しない。
奇門遁甲といった高度な魔術を使える程の魔術師が、コレしか罠を準備していないハズが無い。そう思わずにはいられなかった。
(核が近い)
流石にこれ程近くまで来たなら、何かちがう罠があるハズだ。
一刀はそう思い、より一層注意を深める。
しかし
「はぁ、はぁ、はぁ」
核があると思わしき部屋まで着いてしまったぞ。
どういう事だ?
結局、魔術師に対する罠らしい罠なんて一つも無かったぞ?
「ふぅ〜〜」
一刀は部屋の前で息を整え、止まる。
恐らく、この中に最上級の罠があるにちがいない。
一刀は常に肌身離さず持っている切り札を取り出す。
一刀が元の世界から持ってこれた物は聖フランチェスカの制服と、甘寧に壊 された携帯電話の他には7つのピンク色の液体の入った、ビーダマ位の大きさの玉であった。
それの7つの玉が一刀の切り札だ。
7つの玉にそれぞれ入っているピンク色の液体は、一刀が初めて魔術回路を形成した時に採取した動脈血である。
一刀はその動脈血の入った玉に魔術回路を作った次の日から、毎日欠かさず魔力を貯め続けている。
「んっ」
ゴクッ
その7つの玉の内一つを一刀は飲み込んだ。
今の一刀の対魔力は約Bランクに値する。
このレベルに達すれば、大抵の魔術を防げるだろう。
(だが、油断は禁物だ)
相手は全く得体の知れない魔術師だ。
罠を回避し、核を壊しても、まだ何かあるかもしれない…。
一刀はこの時点で既に罠にかかっていた。
実は一刀は城に入り間もなくして何故か「張宝はこの城には居ない」と思った。
何の根拠が無いにも関わらずだ。
つまり、この奇門遁甲には張宝がアレンジを加えていた。
それは魔力を持った者に「張宝はココには居ない」と感じさせるといった、またまた高度なモノだ。
それに加え、奇門遁甲とは一度入ると出られないのだが、張宝は核とパスを通しているモノを幾つか設置していた。
しかし、一刀は優秀故にこんなあからさまなモノ、罠にちがいない!と判断しそれらをスルーした。
そして、一刀は核があると思われる部屋の扉を静かに開けた。
この部屋にあるモノは暗闇だけだ。
しかし、その暗闇に光が差し込む。
その光景は夜明けを連想させる。
だが、そこに居る者はそんな事を感じることは出来ない。
当然だ。会合して間もなく、互いに敵と認識したのだから。
敵だ。
楽に勝つことなど出来ない、と確信めいたモノすら感じれる程の強敵だ。
「何故?」
唐突に、一本に纏めた黒髪を持つ少女が口を開く。
「何?」
一刀はこの少女が誰であるか気付き軽く唖然としていたが、言葉足らずの質問をされ、その質問の真意を問う。
「何故、ほっといてくれないンですか?」
悲痛な声と姿。
それは世を混乱に陥れた逆賊のイメージとはどうしても結びつかなかった。
「それは無理な話だな…。君等は世を乱す逆賊と判断されている。気に食わない奴等が決めた事だが、確かに君等は世界に混乱をもたらした」
既に扉は閉じ、暗闇が二度世界を包む。
しかし、一切の灯りが無いにも関わらず、一刀と張宝の目には確かに互いの姿が写ってた。
「…それでも…それでも君は…知らん顔して…生きていくつもりか?」
一刀は無慈悲な言葉と共に歩き出す。
「走(そう)」
そんな一刀に最早言葉を交わす意味を無いと判断したのか、張宝は世界に自分の存在を変革させる言霊を口にする。
即ち、魔術回路を形成した。
「――っ!」
すると、張宝の前に20人以上の約2mの人影が現れた。
そこで一刀は歩みを止め、身を退く。
「僵尸(キョンシー)か!?」
中国に古来から存在する怪物――僵尸。
しかし、その正体は魔術師が遣う、僵尸は一つの意思だけを実行する人形である。
その原材料は使用者によって異なる。
例えば、純粋にエーテル――ここでは魔力――だけで創る物もあれば、水や火を触媒とし魔力を加え、僵尸として形作るといった物も存在する。
基本的に触媒が確固たる象(かたち)を持つものであればある程、少量の魔力で創ることが可能になる。
今、彼女が創った僵尸の触媒は、土。
土ならば鉄や植物といった物の次に効率良く創ることが出来る。
「いけ」
張宝が一言呟くと八体の人形が動き出す。
その動きは驚異的な速さだ。
だが、呉に居た一騎当千の武将達の闘いを見ていた一刀には、大した驚異ではなかった。
ブンッ!ブンッ!
「くっ!」
速さは何ともない。
だが、問題はパワーと敵の数だ。
ゴンッ!
「グッ!」
一体の僵尸の拳が一刀に当たった。
一刀は確かにガードをしたにも関わらず、ガードの上からでもダメージを受け、体勢を崩す。
更に、他の4体の僵尸達が一刀に迫る。
(かわせない!)
そう判断すると、一刀は懐に手を入れ、小さめの竹筒を取り出し、前方に居た僵尸に投げつける。
「「グオォォーー」」
その竹筒が追撃してきた1体の僵尸に命中し、更に、飛散した液体が左右に居た2体の僵尸にもかかる。すると、3体の僵尸は溶けだした。
「ハッ!」
溶けて土の塊に戻った前方の3体が邪魔になり、残りの1体の動きが止まる。
その隙に一刀は体勢を立て直し、そして、残りの1体に雪蓮から貰った剣――天狼で斬る。
「クソ」
思わず悪態を吐く一刀。
一刀が4体を相手にしている間に一刀は僵尸達に囲まれていた。
その数は最初に見た時より明らかに増えていた。
(……予想以上だ)
元から土系統の魔術は難易度が高い。
難易度で言えば、自然系統――投影など系統魔術以外の特殊な魔術を除いてだが――が一番難易度が高い。
自然は意思を持っている。
意思を持つモノに働きかけ、術者の意のままに操るのは至難の業だ。
そして、目の前の少女が使う土系統の魔術の難易度は、一般にこの自然系統の次に難しいと言われるモノだ。
故に30代で土系統の魔術を極めた者は稀代の天才と謳われた。
では、目の前に居る少女を何と称えればいいのだろうか?
わずか、10代半ばで土系統の魔術を極めた少女を……。
(だが、これは不自然過ぎる)
いくら土の僵尸が必要とする魔力が少ないといっても、彼女から感じられる 小源(オド)では一度に40体が限界のハズだ。
今、囲っている僵尸の数は25体。
彼女の前で守備用に配置されている僵尸は20体。
それより、何より、彼女自身のオド、更に、この部屋の大源(マナ)も減っていない。
そんな事は有り得ない。
これは魔力を使う魔術だ。なのに、魔力を消費した跡が無い。
「不思議ですよね?」
と、唐突に張宝が言葉を発する。
少女の顔には明らかな余裕が見られた。
当然だろう。
今現在、いや、時間をかけたとしても恐らく揺るがない程の優位が確定しているのだから。
「そもそも、この城は私の工房です。たったそれだけの装備で来た貴方が愚かなのです」
「そう言われてもな……これが俺の精一杯の装備なんだがな…」
基本的に攻撃用の物はあんまり作らなかったからなぁ……。
「そうですか…」
すると、張宝は左手を上げる。
「そんな準備不足な状態で挑んだ己の愚かさを悔いなさい」
そう言いながら、張宝は左手を下ろした。
「ちっ」
すると、一刀を囲っていた僵尸が動き始める。
しかし、僵尸の数が災いした。特に連携がとれている訳ではないので、時には自分達で邪魔し合うこともあり、一刀は何とか致命傷を避けれた。
「シッ!」
先程同様、一刀は竹筒を投げつける。
ジュワッ
「「グオォォーー!!」」
またも数体の僵尸を葬る。
僵尸達は又も足を取られ動きが止まる。
そこに剣を振るい、竹筒を投擲する。
「ちっ」
それでも、2体の僵尸が一刀の攻撃を回避、いや、たまたま当たらずに済んだモノが一刀に殴りかかる。
ガンッ
「―――っ」
その攻撃を天狼を使いいなし、どうにか難を逃れる。
倒した僵尸が居た所から何とか包囲から脱け出し、距離を取る。
「ふぅー」
ようやく一息を吐く。
先程の攻防で既に5体以上の僵尸を倒したハズにも関わらず、僵尸達は減るどころか増えていた。
「この苦境、どうしますか?」
張宝は喋りながら、わずかな笑みを浮かべ、余裕を見せる。
張宝が一刀を包囲から脱け出させたのは、この確固たる優位な状況を一刀に示し、一刀を絶望させ、戦意を殺ぐためだ。
だが、一刀は微笑していた。
「あの巨石は…ここにも繋がっていたか…」
「へぇ……」
一刀の言葉に感心した様な表情になる張宝。
一刀は戦闘中にも関わらず、張宝の使っている魔術のカラクリを理解していた。
『無いならば、他所(よそ)から持ってくればいい』それは魔術師の常套手段だ。
確かに、張宝はこの部屋の魔力、そして、彼女自身のオドも使っていない。
ならば、この部屋以外の魔力を使っている。それしかない。
この城に来る途中に見かけた巨石は、奇門遁甲だけではなく、無数の霊脈を繋げるレイラインを造る術式でもあったのだ。
そして、この部屋の壁や天井といった至るところに書いてある文字は、そのレイラインを固定化するためのモノだ。
「それで?」
しかし、張宝は未だに一刀を嘲笑っていた。
だから、どうした?
私の使った魔術が何であるか解ったからといっても、どうしようもないでしょう?
土系統の魔術はそういったモノなのだ。
解ったところでどうにか出来る代物ではない。
見た限り、目の前の敵は魔術薬を作るのが得意なようだ。
ならば、土系統に属する魔術で造ったレイラインの総数は6本。
違う系統の魔術を消去する事は出来なくはないが、時間とそれ相応の技術が必要だ。しかも、私程の使い手が製造したレイラインとなると、同じ系統の魔術師でも消去するのは至難の業と言っていい。
つまり、この少年に勝ち目は無く、正しく絶望的な状況と言える。
にも関わらず、少年は微笑している。
その微笑が全く勘に触らなかったのが酷く不快だった。
「時間を与え過ぎなんだよ。やるからには、即決速攻だ。それが…お前の敗因だ」
そう言うと、一刀は懐から二つ目の切り札を取り出した。
そして、そのビーダマの様な玉を飲み込んだ。
「俺さ…」
すると、一刀は何の前触れも無く話し始める。
「俺さ…魔術の才能なくってさ…いっつもいっつも親にどやされてさ……まったく…よく今日まで魔術を続けてきたなぁ、俺」
一刀はいきなりただの愚痴としか取れない事を口にする。
聞く必要のないそれを、張宝は何故か黙って聞いていた。
「家の家系はさ…代々アベレージワン、あ、五大要素を全て極めた人のことだけど、とにかくそれが家での一流の証ってされてたんだが……まぁ、予想つくとは思うが、俺はそんな大層なモンにはなれなかった」
何となく、彼の気持ちは解った。
魔術師に為るならば、当然一流を目指す。
一流の形は人や家系によってそれぞれ異なるが、それに届かぬと察した時の失望感たるや筆舌に難い。
実際、自分もそうだった。
「でも、俺は魔術薬作りと治癒だけは、唯一魔術で才能があるって認められたんだ…。あの時は、嬉しかったなぁ…」
一刀のそれは、心の底なら込み上げて来る様な感嘆だった。
張宝はそれは理解できなかった。
それが彼女と一刀の決定的な差だったのかもしれない。
「でもさ…そこで味を占めちゃってさぁ…止せば良いのにまたアベレージワンを目指したんだよなぁ…」
すると、一刀の目が変わった。
さっきまでの、戦闘をしていた時の目に…。
張宝も僵尸達に臨戦体勢をとらせる。
「これは、その時の、数少ない成果だ」
そう言いながら一刀は左手を僵尸達に向け、純粋に魔力を発した。
ブワッ
その量はこの部屋にあるマナの量を遥かに上回っていた。
「「グオォォーー!!」」
そして、僵尸達は当然の様に消し炭へと変わった。
あとがき
ども、冬木の猫好きです。
今回は黄巾の乱の首謀者、張角の妹こと張宝の登場です。
魔術の事は色々勝手に考えてやったのであしからず。
まだまだ、愛紗達は姿を現しません。
少な目に見積もっても約10〜20話以上といったアバウトながら、相当な話数がかかると思われます。
あぁ、今さらなような気がしますが、周泰の性格は自己解釈なので原作とイメージが違うと思われますのでこの場を借りて謝罪申し上げます。
とりあえず、次回で張宝戦は終わりの予定ですので、読んで下さっている方は引き続き宜しくお願いします。
敵対する者にも魔術師が出てきたな。
美姫 「そうね。魔術師同士の戦い」
さてさて、どんな決着がつくのやら。
美姫 「張宝が何故、こんな事をしているのかも気になるわね」
うんうん。それらも次回かな。
美姫 「それでは、次回を待っています」
ではでは。