第四章:闇と蒼天(そら)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 澄み渡る青い海、そして、海鳥が舞う空。

 

 そんな海の上、空の下、決して大きいとは言えない一隻の船が航海をしていた。

 

「♪〜〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜♪」

 

 そんな中、香藍の澄んだ、天使のような歌声が響き渡る。

 

「……歌声だけなら本当に天使なんだがなぁ…」

 

「そうだねぇ〜」

 

 そんな歌声の中、櫓愁と棟説が舵取りをしながら耳を歌声にかたむける。

 

 正に天使と言った歌声についついうっとりしてしまう。

 

「……ケッ…」

 

 そんなほのぼのした空気の中、明命が一人つまらなそうに一刀と香藍が居る部屋の前に居た。

 

 ちなみにルーシェは運び屋の本部で気持ち良さそうに寝かされている。

 

 香藍を連れてきた時に明命が一発浴びせたからだ。

 

 そこで明命は殺そうと主張したが、一刀が「お金も払うって言ってるからいいじゃないか」との言葉を渋々了承した。

 

 そして、櫓愁たちを無理やり引っ張ってきて今に至るのである。

 

 パチッパチッ

 

 その部屋の中で歌い終えた香藍に拍手をする一刀がいた。

 

「いや、ホントに上手いね。ビックリだよ!」

 

 心の底から感動したといった一刀が未だ拍手をしたまま言う。

 

「フフフフ。ありがとうございます」

 

 殺戮を繰り返してきたモノとは思えないほど無邪気な、ゾッとするような無邪気ではない、本当の無邪気と言った表情で笑う香藍。

 

 それはまるで兄―香禅に笑いかける時と同じ笑顔だった。

 

「ホントに…うん…」

 

 ホントにどうしてこんなことに、と言おうとしがソレを無理やり呑み込むようにし、話を変える。

 

「その歌どこで憶えたの?」

 

「この間呉にいた時聞いたのを憶えたの。だから、兄様以外に聞かせたのはお兄さんが初めてなんだよ♪」

 

 その言葉遣いは今までと変わり、年相応の口調に変わっていた。

 

するとテクテクと香藍が歩きだし、膝の上に座った。

 

「………………ふ」

 

 そんな香藍に一刀は一瞬ビックリするが、スグに微笑み、そして、頭を撫でる。

 

 そんな一刀の対応に気持ち良さそうに目を細める香藍。

 

 誰かがその姿を見たなら本当の兄妹のように見えただろう。

 

「私ね、いい人を見分けるのは得意なんだ♪だから、お兄さんがいい人だってわかるんだ」

 

 膝をブラブラさせながら、上目遣いで一刀を見ながら言う。

 

 やはり、その瞳には一片の邪気も感じられなかった。

 

「はは…。そう…かなぁ?」

 

 照れた様に頬をポリポリと掻く一刀。

 

「ん、ん〜〜〜。はぁ〜〜〜…」

 

 そんな一刀に満足したのか香藍は前を向き一回伸びし、息を吐く。

 

「私こんなに綺麗な海と空を見たのは初めてなの。だから本当に感動っていうのかな、なんかそんな感じな気分…かな?」

 

「そうか…ごめんね…。こんな所に押し込んで…」

 

 頭を撫でながら、香藍には見えないが本当に申し訳なさそうな表情で謝罪を述べる一刀。

 

 しかし、そんな一刀に顔を向け香藍は優しく微笑みかける。

 

「ううん。別に気にしてないから…。こんなことしょっちゅうだから…。世界中の皆はそんなもんだってわかってるし…。そういう意味ではお兄さんがおかしいんだよ…」

 

 今度は顔がわずかに曇る。だが、スグに表情を楽しそうなモノに戻し、まるで一刀を心配させまいとするかのように、冗談じみたようなことを言う。

 

 しかし、一刀は香藍の言葉に敏感に反応してしまった。

 

 ギュッ

 

「あ………」

 

 すると、いきなり一刀は香藍を強く、優しく抱きしめた。

 

「違う!世界は、世界はそんなモノじゃない!!君が知ってる闇なんて世界のほんの一部だ!世界はそんな、そんなモノじゃないんだ!!ホントの世界はもっと優しくて、もっと温かいンだ!!」

 

 抱きしめたまま、叫ぶようにして香藍に言う。

 

 彼女を覆う闇を掻き消す様に。

 

 彼女の世界を変える様に。

 

 彼女の氷を溶かす様に。

 

 叫ぶ。抱きしめる。

 

 そんな風に抱きしめられ、一刀には見えないが、香藍の嬉しそうな顔がわずかに赤らむ。

 

「お兄さんは本当に優しいんだね…。………ん」

 

「ん…!?

 

 なんといきなり香藍は一刀にキスをしてきたのである。

 

 さすがにビックリし、目を大きく見開く一刀。

 

 しかし、スグに我を取り戻し、力任せに香藍をひっぺがえす。

 

「な、ななな、何を!?

 

 顔を耳まで赤らめ一刀。

 

 そんな一刀を満足したように、少女らしからぬ妖艶な表情で見つめて口を開く。

 

「お兄さんは優しいから、いいよ……」

 

 妖艶な表情のままで再び顔を近付けてくる。

 

「―――っ!!や、止めろッ!!!」

 

 しかし、一刀は確かな拒絶の意を含んだ言葉を香藍に投げかける。

 

 そして、香藍を突き飛ばし、部屋を走り出る。

 

 一瞬、部屋の中の部屋でへたり込む香藍を見るがスグに外に走り出た。

 

「お、オイッ!!」

 

 部屋の外に居た明命が一刀に声をかけるが、一刀は全く気に留めず走り出る。

 

 明命は一刀を追わず、スグに部屋に入る。

 

「っ!」

 

 バキッ

 

 そして、有無を言わせず明命は香藍を殴った。

 

 その顔には怒気が露になっていた。

 

 一刀を第一に据えている明命は香藍のした行為が許せなかった。

 

 そんな明命に、今度は珍しく邪気を含んだ微笑を向ける。

 

「フッフフフ」

 

 その嘲笑ともとれる微笑に嫌悪感を憶える明命。

 

 それは自分の世界を、一刀の存在を消し去る世界を思い出させる様な微笑だった。

 

「貴女は何故彼と共にあろうとするの?そんなことできなとわかっていながら…」

 

「止めろ…」

 

 核心を衝かれ、揺れる明命。

 

 明命にしては弱々しい態度で、内容は命令だが、懇願にしか聞き取れない声で言った。

 

 しかし、そんな明命を無視し言葉を続ける香藍。

 

「貴女には無理よ。だって、貴女は私と同じだもの…。無理よ…。貴女が彼に望む全ては決して叶うことは無いわ」

 

 邪気を含んだ微笑を浮かべたまま、さらに攻勢を強めていく香藍。

 

「やめろ!!!」

 

 そんな言葉を続ける香藍に、今度は確かな命令の意を含んだ言葉を放つ。

 

 知っている。そんなことは、知っている。

 

彼は違う。

 

 根本から、起源から、何もかも違う。

 

 私は闇に生まれ、闇で育ち、闇を食らい、闇を溶かし、闇に溶ける。

 

 彼は真逆の存在。

 

 だからこそ彼に惹かれた。魅せられた。

 

 姉御とは違う魅力に…。

 

 叶わぬと、届かぬと、そんなことは出会って間もない時、ソレこそ初めて彼を見たときから気付いていたのかもしれない。

 

 にも関わらず望んだ。

 

 彼を。

 

 彼の全てを…。

 

 だから、彼の側に居ながら、彼の温度を感じながら、彼の全てを妄信した。

 

 そして、心の底から思い知らされた。

 

 結局、彼には私では届かないと…。

 

 ソレをわかっていながら、心の奥に封印した。

 

 目を背けた。

 

 そうすることで彼の側に居られた。

 

 心がそのままで居られた。

 

 壊れずに居られた。

 

 彼の温もりに触れながら…。

 

「今度…あいつのことをからかったり、私が不快に思うようなことを言ったら、殺す……」

 

 ソレは確かな殺意だった。

 

 しかし、その殺意は彼女の言葉に対する憤りではなく

 

 ―――同属嫌悪―――

 

 それから来る殺意だった。

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 故に少女―香藍は口を閉じた。

 

 明命に全てを衝きつけて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一刀は明命の静止を振り切り、船の甲板に出ていた。

 

「クソッ!!」

 

 ドンッ!!

 

 そう悪態を吐きながら一刀は船を殴った。

 

 その怒りは一体何に対してなのか、最早自分でも解らなくなっていた。

 

 ただ、自分の中に渦巻いている感情が怒りと呼ばれるモノだとだけしか理解でなかった。

 

「クソッ!!!」

 

 先ほどより大きく手を振り上げる。

 

 そして、再び船を殴ろうとする一刀。

 

 パシッ

 

!?

 

 そんな一刀の手を誰かが止めるように掴んだ。

 

「止めときなよ…。骨、折れちゃうよ」

 

 そいつは、運び屋仲間の中で唯一、どこか自分に近しいモノを感じさせる男、棟説だった。

 

 棟説はいつも通りの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気で話を続ける。

 

「何があったかは知らないけど、もっと冷静にいこうよ…。熱血漢は君にあんまり似合ってないよ…」

 

 もしかしたら、呉の軍勢が自分たちを追ってきて、攻撃をしてくるかもしれない。そんな状況下にありながらも棟説は一刀に軽口を利く。

 

 それがあまりにも普通すぎて、奇妙だった。

 

「あの娘は何も悪くない…。なのになんで…」

 

 悔しさのあまり唇を噛みながら言葉を探す一刀。

 

「・・・・・・」

 

 そんな様子があまりに一刀らしくて、棟説は危ういと感じた。

 

「彼女の面倒を、君が診るかい?」

 

一「・・・・・・・」

 

 一刀は口を閉ざしたまま答えない。

 

 棟説が口にしたそれは、一刀が心の何処かで考えていた事だった。

 

「無駄だよ。彼女はもう殺しを止められない…」

 

「っっ!!!」

 

 棟説から発せられた言葉に一刀は一瞬何かを言おうとするが、スグにまた口を閉ざす。

 

 棟説は『無駄』と言った。『無理』ではなく『無駄』と…。

 

 一刀はその言葉の意味の違いを表現できないが、理解することはできた。

 

「世界が、誰かが、ほんの少し彼女たちに優しくしていれば、彼女たちは違ったかもしれない…。普通に友達を作り、平凡な人生を送ったかもしれない…」

 

 それはIFの話。

 

 そうであったならばどんなに素敵だっただろうか…。

 

 そう思わずにはいられない、そういった話だ。

 

 だが、

 

「現実は違っただけ…。ただそれだけの話さ…」

 

 そう。

 

 結局はただそれだけの話。

 

 そこにどんな人生を送ってきたか、そんな意味は含まれていない…。

 

 ただ、彼女たちは誰にも優しくされず、あんな風に育った。それだけだ。

 

 解っていた。理解していた。

 

 それだけだったのだ、と…。

 

 だが、俺は、本郷一刀は、そんな簡単に割り切れない。

 

 それでも、無駄だった。

 

 抱きしめて自分の温度を伝えても、それでも彼女の闇は冷たいままだった。

 

 そうした色んなモノを考えながら、絶望にも似た、だが確かに違う何かを感じながら一刀は空を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局船は呉の軍勢に追われることもなく港までたどり着いた。

 

 櫓愁は雪蓮がこんなに緩慢な動きをみせるのだろかと疑問に感じながらも船を降り、港に停泊する事を許可してくれた昔の知人に挨拶をしに行く。

 

「よう。すまねえな。こんな厄介ごとに巻き込んじまって」

 

「なぁに気にすんな」

 

 全然すまないといった感じには見えないがソレに対しても、壮年の男は人の好い笑みを浮かべ応える。

 

 コンコン

 

 すると香藍が船から降りてきた。

 

 そして、クルッと一回転し一刀に微笑みかける。

 

「じゃあ、またね。今度はどっか二人で散策かなんかいこうね♪」

 

 その表情がその少女にあまりにも似合いすぎて船での出来事が嘘の様に思えてくる。

 

「あぁ。そうだね…」

 

 気の無いような返事を一刀する。

 

 そんな一刀に香藍は話を続ける。

 

「それでね、大きな木の下とかで一緒にお弁当食べるの♪」

 

「…あぁ。それは良い。素敵だね…」

 

 今度は心のこもった声で一刀は応える。

 

 その応えに満足したように満面の笑みを浮かべる香藍。

 

 それはやはり、その少女に似合っていた。

 

 グサッ

 

「っ!」

 

 しかし、それはいきなり奪われた。

 

 港を提供してくれた人の良さそうな壮年の男が後ろから剣で香藍を一刺しにした。

 

 それに一刀の表情は驚きと唖然の二つが組み合わさったものになる。

 

 壮年の男が剣を抜く。

 

 すると香藍は糸の切れた人形の様に膝から崩れ、空を見上げ

 

「あぁ…空が…蒼い…」

 

 そう呟き仰向けに倒れた。

 

 明命は心配したように一刀を見る。

 

「すまねぇな、櫓愁。家の娘が病気でな。その治療費が必要なんだ」

 

 軽く肩をすくめながら壮年の男。

 

「ま、仕方ねぇさ」

 

 その謝罪の言葉を簡単に受け入れる櫓愁。

 

 本当に何とも思ってないようだ。

 

「何か被せる物を持ってきてくれ!死体にかけなきゃならねぇからな」

 

 船の上にいる部下に指示を出す櫓愁。

 

「いらないよ…」

 

 一瞬驚き声を上げて以来、今まで沈黙してきた一刀が不意に声を上げる。

 

 明命は心配そうに目を向けていたが、安心したように一刀から目を離す。

 

「このまま、海と蒼天(そら)を見たままで……」

 

 そう言いながら一刀は海と蒼天を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に太陽は沈みかけていた。

 

 そんな夕暮れ時の玉座に一刀たちは居た。

 

 当然、今回のことに関しての弾劾が行われていた。

 

 呉の重鎮の者たちからの重圧がさらに緊張感を高める。

 

「今回の件で何か弁明があるか…?」

 

 高圧的な態度で周喩は一刀たちにさらに重圧をかける。

 

「別に。俺達は依頼された仕事をしただけだ…。それとも何か、あんたらは俺等に仕事すんなってーのか?」

 

 そんな重圧の中いつもと変わらぬ堂々とした態度で櫓愁は呉の重鎮たちを睨みつける。

 

 この堂々たる雰囲気などが、雪蓮が見込んだところであった。

 

「…………本郷、貴様は何かあるか?」

 

 その尊大な櫓愁の態度にこれ以上の追求は不可能と見たのか、同じ質問を一刀にぶつける。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 しかし、一刀は応えない。

 

 一刀は初めて見る玉座に偉大に君臨する雪蓮を魅入られたようにじっと見続けるばかりだ。

 

「オイッ!何かい――」

 

「いいわ、冥琳」

 

 追求を続けようとする周喩を制する雪蓮。

 

 そこにはもう王の偉大さは感じられなかった。

 

「ねぇ、一刀」

 

 雪蓮は話しかけながら玉座から降りてきた。

 

 その顔はまるで少女のようだった。

 

「私のこと嫌いになった?」

 

 心配そうに一刀に質問する。

 

「え?」

 

 いきなりの質問に唖然とする。

 

「あんな子どもを…何の躊躇いもなく…殺す私を…嫌いになった?」

 

 やはり、心配そうな顔をしたまま再び一刀に質問を投げかける。

 

 質問の内容もそうだが、表情も振舞いも全てがその場に似つかわしくない少女の様だった。

 

「そ、そんなわけないだろ!お、俺が雪蓮のことを、嫌いになんてこと…」

 

 途中で言ってて恥ずかしくなったのか、一刀は顔を軽く赤らめる。

 

「「「む…」」」

 

 そんな二人の空気に嫉妬の様な感情を抱き、殺気を一刀にぶつける。

 

 特に周公謹の殺気は格別だ。

 

「うっ…」

 

 そんな膨大な殺気に今まで動じなかった一刀が恐怖に震える。

 

「……そう。よかった…」

 

 その答えに端正な顔がさらに見栄えする笑顔を浮かべる雪蓮。

 

 そんな中、一刀はいきなり話し出す。

 

「あ、実は俺、旅に出ようと思うんだ…」

 

「え?」

 

「「「えええぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!!!!」」」

 

 建業の城に驚きの声が響き渡る。

 

 周喩は全く動じてないようだが…。

 

「な、何で??やっぱり、私のこと嫌いになったの!?

 

 雪蓮は思わず一刀の腕に抱きついた。

 

「「「あああぁぁぁ〜〜〜〜!!!」」」

 

 さらに叫ぶ呉の武官と文官。

 

 さらに、周公謹は剣を取り出そうとしている。

 

「い、いや、だから、そんなんじゃないんだって!!」

 

 言いながら腕に抱きついた雪蓮をひっぺがえす。

 

 当然、顔は耳まで真っ赤だ。

 

「今回の件で、俺は知らないことが多すぎるって実感したんだ…。だからさ、自分の目で直接視たり、聴いたりして色んな事を学びたいと思うんだ。その方が色んな所に行けるし、帰る方法も探せると思うし…。ダメ…かな…?」

 

 一刀は雪蓮を上目遣いで見ながら頼む。

 

「むっ……。一刀がそうしたいなら、私が止める権利は無いし…」

 

 でも、心の中ではこの国で一緒に居て欲しいと思うが、口には決してしなかった。

 

 自分が止めれば、きっとこの少年はココに留まってくれるだろう。

 

 彼はそう言う人だから。

 

 スッゴク優しいから…。

 

 そういうところを好きになった。

 

「じゃあ、認めてくれるの?」

 

「……うん。いいよ…。頑張ってね…」

 

 本当は行かないで、と思いながら、寂しい声で言う。

 

 だが、当然、一刀は気付かない。

 

「「「・・・・・・・」」」

 

 一刀を慕う者たちも、本当は行って欲しくない、と思いつつも押し黙る。

 

 結局、一刀たちが双子を逃がそうとした件は雪蓮が不問とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから三日後。

 

 一刀の旅立ちを祝う様に――――土砂降りだった…。

 

「さい先悪いなぁ…。はぁ…」

 

 思わず溜息を吐いてしまう。

 

 そして、一刀は呉の一同に見送りの準備をしている所へ向かう。

 

「ココともお別れ…か…」

 

 この部屋ではわずかに一つの季節しか過ごしていないが、さすがに感慨深いモノがあるな…。

 

 そう思いながら、部屋を見渡す。

 

 もう私物は無くガランっとしていた。

 

 しばらく歩くと、中庭に着き、足を止める。

 

「ココで、初めて明命と会話をしたんだよな…」

 

 確か普通に歩いてたら、

 

『おい、天の御使い。一つ勝負しないか?』

 

 って、喧嘩を売られたんだよなぁ。

 

 結果は惨敗。

 

 仕方ないだろ。

 

流石の俺でも、三国志でも上位に位置する武将に真正面から向かっていって勝てるわけないだろ。

 

「ん?」

 

一刀が立ち止まり中庭を見ていると、中庭の屋根のある場所で寝転んでいる見覚えのある人影があった。

 

「よう、明命」

 

「っ!お前何でココに?」

 

 上半身を起こし、会いたくなかった人物のいきなりの登場に驚く明命。

 

「何でって、ココは外に出るときに絶対に通るしなぁ…」

 

 何を言ってるんだ?といった感じの一刀。

 

「あ…」

 

 そうだった。忘れてた。

 

 そして彼女は顔に手を当てる。

 

「そうかよ。悪かったよ。ごめんなさい。じゃ、バイなら」

 

「なんだよ、それ…。何かしたか、俺?」

 

 いきなり邪険にされ、納得できない一刀。

 

 シッシッ、と手を振る明命を無視し隣に一刀は座る。

 

「・・・・・・」

 

嬉しいハズなのに、嫌そうな顔をしてしまう明命。

 

「見送りに、来てくれないのか?」

 

「行かねぇ…」

 

 ソッポを向き素っ気無く応える。

 

 そんな明命の態度に気を悪くすることなく話を続ける一刀。

 

「俺は何も知らない…。お前の闇も、何も…。でも、だからこそ視えることもあるモノもあるハズ…なんだ。それを見つけたいんだ…」

 

 そう話続ける一刀。

 

 結局、明命は一言も発することは無かった。

 

 だが、明命の顔はどこか晴れている様子だった。

 

 続いて一刀はいつも安春(呂蒙)に講義をしている部屋の前に着く。

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 ここにも思い出があるな…。

 

 安春の奴、最初の頃はいつも寝てたな。

 

『相手が鶴翼の陣をとった場合は、数にもよるが、魚鱗の陣を、って寝るなーーーーーーー!!!!!!!聞けーーーーーーーーーーーー!!!!』

 

 わざわざ耳元まで行き鼓膜を破らんばかりの大声で叫ぶ。

 

 安春の奴は涎を垂らしながら熟睡していた。

 

『うわぁぁーーーーーー!!!』

 

 いきなりの奇襲に飛び起きる安春。

 

 その様子が今となっては懐かしい。

 

 つい顔をにやけさせながら講義室前を通り過ぎる。

 

「一刀!」

 

 すると、後ろから一刀を呼び止める声が聞こえた。

 

「何だ、ルーシェ?」

 

「私も連れて行け!」

 

 叶わないと知りつつも口にせずにはいられなかったことを言う。

 

「ルーシェ…」

 

 諭す様に一刀は言う。

 

「俺は帰る方法を探すんだ。お前がついて来てもどうしようもないだろ?」

 

「それでも…」

 

 それでも、一緒に居たい、と口にしようとしたがスグにその言葉を飲み込む。

 

 無駄なのだと。

 

 そう気付いていたが、こうやって決着をつけたかっただけなのだ。

 

 だから、私は笑顔で一刀を見送ろう。

 

 様々なモノに感慨に耽っていたが、ようやく雪蓮たちが待っている所までたどり着いた。

 

 既に雨は止んでいたが、空には雲が掛かっていた。

 

「あっ、も〜う、やっと来たぁ」

 

 そして、そこには当然の様に一刀と仲の良い呉の武官・文官が待っていた。

 

「ハイッ!コレあげる!」

 

 と、一刀にいきなり剣を手渡す雪蓮。

 

 それは片手で持て、非常に綺麗で、惹きつけられる様な剣だった。

 

「えっ?コレは?」

 

「コレは我が家に代々伝わる宝剣『天狼』だよー♪」

 

 またも似つかわしくない雰囲気で剣の説明をする雪蓮。

 

「え?そんな大事な物受け取れないよ!?

 

「いいからいいから。コレを私と思って肌身離さず持っててね♪」

 

 グイッ、と無理やり一刀に剣を押し付け、何だか不穏なことを口にする。

 

 周りの人々の殺気を少し放つ

 

「で、でも…」

 

 雪蓮本人はそう言うがやはり気が引けてしまう一刀。

 

「も〜〜、私に恥をかかす気?」

 

 ぷく〜〜、と頬をかわいらしく膨らませながら一刀を非難する。

 

「わ、わっかた!受け取るよ!」

 

 そんな雪蓮の反応に慌てて剣を受け取る一刀。

 

 かわいらしく膨れているが、この状態を越えると『小覇王モード』に突入してしまうのだ。

 

「うん」

 

 今度はかわいらしく微笑む雪蓮。

 

 そして、

 

「じゃ、お別れ…だね…」

 

 寂しそうな表情で一刀にそう言った。

 

「そう…だな」

 

「街の外まで送るよ。ちなみに拒否権は無いよ♪」

 

 スグにいつもの悪戯っ子の様な表情に戻る。

 

「ふっ…。あぁ…」

 

 そして、歩き出した。

 

 街の外までの途中で色んな奴らが「また何時でも来いよー」などと言ってくれたのがとても嬉しかった。

 

 甘寧は声をかけなかったが鈴を、チリン、と一回鳴らしてくれた。

 

 黄蓋は爽やかな笑みを浮かべていた。

 

 光稟はいつも通り皮肉な笑みを浮かべていた。

 

 籐恋と安春は二人ならんで豪快に泣いていた。周りの奴らはチョー迷惑そうだ。

 

 穏は笑顔で手を振っていた。その度にあるものが揺れてて、ついついそっちに目がいきかけたが、何とか耐えた。

 

 張昭と魯粛は終始頭を恭しく下げたままだった。

 

 小蓮は「早く妻の元に帰ってきてねー」と誤解を生む発言をしてくれた。

 

 孫権はいつも通り、ブスっとしていた。

 

 大橋は目にわずかな涙を溜めつつも笑顔で見送ってくれた。

 

 小橋も意外な事に居た。だが、こちらを見ずにフンッ、とソッポを向いてた。

 

 もっと意外な人物、周喩も居たが、周喩は俺ではなく雪恋を見ていた。

 

 櫓愁と棟説は親指を立てながらグー、といった表情でこちらを見ていた。

 

 ルーシェもジェイスたちと一緒に笑顔で大きく手を振っていた。だが、ルーシェの目にはわずかに目に涙が浮かんでいた。

 

 そして、明命は民家の上からじっとこちらを見ていた。もう、思いつめた感は無いようだ。

 

 そうして歩いている内に街の出口に着いた。

 

「じゃ、ここまで…だな…」

 

 もう戻ってこないかもしれない街とそこに住む人々をもう一度目に焼き付ける。

 

「うん。それとね、もう一つ渡したい物があるんだ」

 

「ん?何?」

 

 すると雪蓮は顔を俯せながら一刀に近付く。

 

 それを不思議そうに眺める一刀と呉の人々。

 

「それはねぇ……コレッ!」

 

「!!!!!!」

 

「「「「!!!!!!!」」」」

 

 そう言うと雪蓮は一刀に飛びつき、なんとキスをしたのだ。

 

 さすがにこれには唖然とするしかない一刀と呉の人々。

 

「えへへへ〜〜〜♪」

 

 無邪気にちょっと変な笑い方をする雪蓮。

 

「無事に旅が終わるように、おまじない♪」

 

 そう満面の笑みで言った。

 

 

 

 


あとがき

 

ども、冬木の猫好きです。

 

ようやく呉を出発できましたが、これから一刀の放浪記です。

 

今回は思ったより長くなった…。疲れた…。

 

まだ当分愛沙たちは登場しませんのであしからず。

 

さて今回登場した孫家の宝剣の名ですが、適当に私がつけました。

 

明命の性格についてですが、僕は謝謝†無双を持ってないので適当に設定したので、公式設定と違うと思います。

 

そのことについては御詫び申し上げます。

 

あと、今回から台詞の前に名前を付けるのを止めます。

 

まぁ、これからも適当に投稿するつもりなんで、そん時は宜しくお願いします。





一刀、旅に出る〜。
美姫 「これから先、何が待っているのかしらね」
果たして、この度は一刀に何をもたらすのか。
美姫 「それは次回以降ね」
気になる次回はこの後すぐ!
美姫 「それでは、また後ほど〜」



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