第三章:存在
凌操「ここか…。」
凌操の軍は先鋒を任され、今劉ヨウが泊まっているという宿の前にいた。
凌操「準備はできたか?」
「いえ、今しばらくかかります。」
凌操「ふむ。わかった。」
そう言うと凌操は顔を俯かせて言葉を続ける。
凌操「ところで君、伏せた方が良いぞ。」
「はい?」
心底意味がわからないといった表情の兵士。ソレも当然だろう。いきなり伏せるように言われても理解に苦しむ。
すると宿の二階から劉ヨウの部下と思わしき者と宿の破片が次々と落ちてきた。
「「うわっ!」」
それに驚き、凌操が言った通り慌てて伏せる。
「や、やんだか?」
凌操「っ!!」
するとスグに小さい人影が落ちて、いや飛び降りてきた。
ギンッ!!!
凌操「グッ…。」
その飛び降りてきた人影を剣で何とか受け止めるが弾き飛ばされる。
「りょ、凌そ――――がっ!」
凌操が弾き飛ばされた場所の近くで待機していた兵士を一撃で仕留める。
藍「アハハハーー。スゴーイ!強いんですねー♪」
無邪気に笑う少女―香藍―。
そして、香藍の横にいつの間にか香禅がいた。
禅「ホントだね。こんなに強いのがいるなんてヤパッリ楽しいね。」
こちらも無邪気に笑う少年―香禅―。
凌操「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
凌操は黙ってその二人を見る。そして、相手の力量を測った。
凌操「負傷した奴らを全員連れて、全軍撤退し援軍を呼ぶのじゃ!!」
「えっ?あ、いえ、し、しかし…。」
凌操の意外な指示に驚き、ためらう。
凌操「はよー行かんかーー!!」
そんな部下に檄を飛ばす。
「は、ハッ!!ですが、凌操様は?」
凌操「わしは一人で殿をする。援軍が到着するまでぐらいは時間を稼ぐ。」
「で、で、ですか…。」
凌操「早く行け。足手まといじゃ!」
「わかりました。御武運を…。」
ためらう兵士に厳しい言葉をあびせる。
その言葉は兵達を気遣っての判断であるとようやく気付き、いや、あるいはそれ以前から気付いていたかもしれないが自ら死を直感しながらも命を張ろうとしている凌操に納得がいかなかったのかもしれない。
そのどちらかかは判断することは不可能だが、その言葉を聴き入れようやく撤退を開始する兵士たち。
凌操「何故、先ほどの隙にしかけてこんかったんじゃ?」
隙だらけの状況だった凌操が当然の疑問を投げかける。恐らく今の隙に攻撃をしかけたなら今頃凌操の死体が転がっていたハズである。
藍「そんなのは無作法じゃないですか…。ね、兄様。」
禅「うん。せっかく面白いものをこんなに簡単に失くしちゃったらつまんないもんね。」
まったく邪気の無い顔をしながらも双子から発せられる死の気配はかわらない。
藍「兄様、アレは私一人にヤラせてください。」
禅「んーー、勿体無い気もするけど、まぁ、いいよ。」
少し残念そうに言うが太史慈を不意打ちの一撃を浴びせたので渋々了承した。
藍「ありがとうございます、兄様。」
兄に一礼して、長槍を持ち凌操と対峙した。
凌操が撤退の指示を出した理由は自分一人と兵士300人の命を図りにかけた結果の苦渋の決断である。
凌操はわかっていた。全盛期を過ぎた自分では二人と同時に戦ってもスグに殺されると。だが、1対1なら勝てる可能性があると思った。
シュッ
ガキッ!
凌操「グッ。」
全長8mの槍を苦も無く振り回し、高速の突きを繰り出す。驚くべきは速さだけではない。その、一撃の重さも異常だった。
凌操「ガッ!」
防御をした凌操を軽々と弾き飛ばした。
凌操「チッ…。」
思わず舌打ちをしてしまう。自分の衰え具合に、そして、自分の甘さに。
シュッ
一気に距離を縮め、追撃の一撃を放つ。最初の一撃よりはるかに速い。
凌操「シッ!」
ソレをこちらも高速の一撃を迎え撃つ。
ガキンッ!!
藍「っ!!」
防がれ、さらに弾き返されたことにわずかに驚きを示す香藍。
二人は腰を据え、中距離での戦闘を再開する。この距離は互いに得意としない距離だ。凌操は近距離、香藍は遠距離。
だが、互いに戦闘スタイルは同じだ。持久戦を得意とする。
ソレを凌操は瞬時にそれを考察する。故に勝負を焦った。全盛期ではない凌操では持久戦では負ける可能性が高い。
攻勢を強める香藍。しかけるのは全部香藍からだ。それを凌操が9回辛うじて防ぐ。
その9回で類稀なる洞察力、経験から凌操は癖を見つけた。
それは突きを繰り出した後、槍を戻すとき右腕を上げ脇腹辺りが死角になるとういうものだ。
だが、それは誘いだと判断した。この香藍という少女ならばその程度のこと直すぐらいできるハズだ。
シュッ!シュッ!
顔にきた一撃を回避し、胴体にきた一撃を剣で弾く。
藍「どうしたんですか?守ってばかりじゃ、勝てませんよ。」
16合目を弾かれ、距離をとりそう香藍は言う。
凌操「フッ。」
それに対して笑いで返す。
凌操は悩んでいた。香藍は何度も攻撃してきたが、その全てで癖が見られたのだ。誘いなら、こんなに何回もしつこく隙を見せるのはおかしい。そして、考察する。凌操はこの双子のいきさつを知っている。そのため、彼はその癖は大人を愉しませるタメに無意識に出てくる癖なのではないのか、と。
だが、無意識の癖とはいえ何度も同じ癖で窮地にたたされてきているので、その対処が体に染み付いているハズである。
しかし、対処があるとわかっているならその対処に対処できる。体力的にもかなりきつくなってきた凌操は賭けに出た。
凌操は再び距離を縮め、中距離に腰を据える。戦闘を再開した。
香藍が高速の突きを繰り出す。
シュッ
ガキッ!
ソレを防ぐ。しかし、スグにはしかけない。そして、5合目。槍を防いで、戻す。そこでしかけた。
槍を繰り出す香藍。例によって死角ができる。その死角―右脇腹―に凌操は左手で剣を振る。
ブンッ
凌操「っ!!」
ブンッ!!
しかし、香藍は右足を半歩引いて避けた。誘いだったのだ。そして、香藍は今までで一番速い突きをだした。
グサッ
香藍の長槍が凌操の右脇腹を刺した。
藍「っ!!」
凌操はある程度の反撃を覚悟していた。そのため脇腹を貫通する前に槍を掴むことができた。
香藍は超高速の槍を繰り出すために槍を強く握っていた。そのため、槍から手を離すことができず身動きがとれない。
凌操は身動きがとれない香藍に空振りした剣をもう一度振るう。
敗因はただ一つ。驕(おご)りだ。
どこかで自らの力を過信―自分の身体能力がまだそこまで落ちてないという―していた。
しかし事実は違った。槍が刺さったとき握るのがわずかに遅れたのだ。そのため、予想以上の痛みと出血で左手での攻撃を繰り出すとき0,07秒遅れたのだ。
ブシュンッ!!
だが槍を強く握っているため、槍を放すことができない香藍は凌操の攻撃を避けることができないハズだった。
凌操「っ!」
避けた。しかし、凌操は今もしっかり握っている。なのに避けた。
フシュンっ!
ズサッ
そして、凌操の空振りをした左腕斬った。
凌操「――――――!!!」
確かに8mの両端に刃がついた長槍だった物が、真ん中から分離し4mの二槍に変わっていた。
槍を放すことはできないが、凌操が攻撃をしかけるのがほんのわずかに遅れた時間を利用し、力をかける方向を変えることはできる。そして、槍を二つにし、攻撃を避けた。
その後、凌操の左手を斬った。それが凌操の敗北だった。
藍「アハハハハーー!スゴーい!ホントに強いンだねぇ。ホントに、中々誘いに乗ってくれなくて作戦変えようかって悩んじゃいました〜〜♪」
今回の闘いに心底満足したとばかりに笑みを浮かべる香藍。
凌操「がっ、がはっ!!」
ビチャッ
一方、苦悶の表情を浮かべ血を吐く凌操。
藍「アハハハハハハーーー!!やっぱりスゴーい!!まだそんなに意識があるなんて。もう、こんなに楽しいのなんて初めてでしたよー!」
常人ならばとっくに死んでいるほどの出血をしている凌操に話しかけるが恐らく何を言っているかはわかっていないだろう。
禅「もうそろそろ援軍が来る頃だよ。」
今まで傍観していた香禅に近付き、話しかける。
藍「えっ?もうですか?」
キョトンとした表情で兄に話し返す。
禅「うん。ソレはどうするの?」
藍「そのままにしておきましょ…。援軍に道案内をするハズですから。その道案内で来た援軍を待ち伏せしときましょう♪」
禅「うん。それじゃ、そうしようか。」
話し合いをした後、双子は互いをまるで恋人や愛する人のように見つめて、そして闇に向かい走りだし消えていった。
凌操の兵俊足を以って撤退を完了させる。自分たちの上司の危機を伝えるため。
「そ、孫策様ーーーー!!!」
負傷した兵を連れて、撤退した兵が叫びながら連絡に来る。
雪「どうした!?凌操は!!??」
光「・・・・・・・・・。」
凌操だけがいないことに焦った様子の雪蓮、そして、光稟は沈黙しているが、珍しく心配そうな顔をする。
慈「も、申し訳、ござ、いません。」
するとそこに兵士たちに運ばれ、意識を取り戻した太史慈が遮るように話を始める。
雪「お前は…太史慈か…!何があった?」
慈「はい…。私は…アレを最初に…見たとき…に、止めなくてわ…ならなかった…。アレは、もう人間と…同格…の、存在ではない。それを、私は、わかって、いながら…何も…しなか、かった…。」
太史慈が謝罪を続ける。どうやら、劉ヨウの軍で生き残っていたのは太史慈だけらしい。
雪「わかった。もう休め…。」
慈「申し訳…ない…。」
そう言うと太史慈は意識を手放した。
光「オイ!そこの!!」
「はっ、はいっ!!」
光稟が焦った様子で、気迫を持って兵に話かける。
光「父、いや、凌操はどうした…。」
思わず父と呼びそうになるが、わずかに冷静さを取り戻し将として兵士に質問する。
「凌操様は、お一人で、殿を……。」
凌操の配下の兵士は皆、凌操を慕っており、自分が凌操の力になれないということに心底悔しそうな表情をしている。
光「・・・・・・・・・・・・。」
それを聞き無表情だった彼女にわずかに、本当にわずかな表情の変化があった。それは焦りか、悔恨か判断のつかないものだった。
雪「光稟!疾(と)く凌操に合流するぞ!!光稟は後詰として兵たちをまとめしだいつづけ!!」
光「御意!」
雪蓮の命に恭(うやうや)しく頭を下げる光稟。
雪「っっ!!!!凌操!!!!」
雪蓮が兵士を連れ凌操が戦闘を行っていた場に到着した。
その場に片腕を失い、右脇腹から大量の出血している凌操が両膝をつきながらいた。
その出血量を見ると既に死に至って当然の量だ。だが、凌操は生きていた。しかも、意識を保っていた。
一度意識を失うともう二度と目を醒ますことができないと自分でわかっていた。それはできない。まだ死ねない。自分にはまだ役目があるのだ。敵の向かっていた方向を自分の主に示さねばならない。それまで死ねない。死ぬ訳にはいかない。
その思いが、意志が、彼の意識を、命を繋ぎ留めた。
凌操「そ、孫…さ…く、様、ガハッ!」
朦朧とした意識の中君主の名を呼ぶ凌操。
「りょ、凌操様!!クッ!救護班!!早くき――――」
雪「黙れ!!」
「えっ?」
雪「凌操、敵は、双子はどこに行った?」
救護班を呼ぼうとする兵を無情にも黙らせ、凌操に敵の行方を尋ねる孫策。
雪蓮も仲間である凌操のことを助けたいと思う。しかし、彼女はその心を押し殺し『江東の小覇王』として振舞う。それが目の前で忠義を果たしてくれている家臣に報いる唯一の方法だ。
凌操「・・・・・・・・・・・・・。」
残った右腕でなんとか双子の消えていった闇の方を指差す。
雪「わかった。ありがとう。」
最後に礼を言う。その一言だけで彼−凌操−はきっと満足したのだろう。目を閉じようとする。
雪「凌操の働きを無駄にするな!行くぞーー!!」
その言葉を受け、「「おおおぉぉぉぉ!!!!!」」と、叫び一気に士気が上がる兵士たち。
光「父様!!!」
その兵士たちの咆哮の後わずかに遅れて光稟が到着する。
そして、わずかに息があるが変わり果てた姿になってしまった父を見て珍しく、演技ではなく心から心配をしているようだ。
雪「・・・・・・・・・・。」
そんな光稟を一瞬見るがスグに軍を率いる。
光「と、父様…。しっかりして下さい……!」
凌操の残った片手―右手―を握り沈痛な面持ちで、光稟は父の存命を望む。
凌操「ふッ…。め、めず…らしい、ことも、うっ、あるものだ…。お前、がこ、心…から泣く、な…ど…。」
こんな状況下にあるにも関わらず、いつも通りの光稟の父として―どこかふざけた雰囲気―振舞う。だが、いくら凌操が歴戦の猛者だとしても本当にあと数分の命であるだろう。
光「わ、私だって、父を失う時に、悲しみ、を、覚えます…。」
整った光稟の顔は、涙でもうグチャグチャになっていた。
しかし、そんな光稟を無視し、さらに言葉を続ける凌操。今度も父として―娘に言い聞かせるような雰囲気―振舞う。
凌操「光稟…。幸せになれ…。」
凌操は娘―光稟―に残した言葉はわずかにそれだけ。たった一言だ。だが、その一言には父親ならば誰でも娘に望むことだった。
この言葉はこの御時世では決して簡単なことではない。それを承知の上で光稟は
光「―――――はい!そのお言葉、必ず果たしてみせます。なので、安心してください…。」
決意を籠めた声で確かに了承の返事をした。
普段の光稟なら鼻で笑うであろう言葉を真剣に聞き、了承の意を示す。
そんな光稟の様子を視えない目で感じ取り、そんな光稟の言葉を碌に聞こえなくなった耳で聞き取り、
凌操「フッ………そうか……。安心た……。」
と心から漏れたような言葉を口にした。
そして、わずかに笑みを浮かべたまま、今まであった腕の力が無くなった。
光「父様…。」
わずかでも風が吹けば、聞こえなくなりそうな声で呟いた。
そして、一瞬の沈黙があった。その沈黙の間に父への追憶も、父を失った悲しみも、父の仇への怒りも全て呑み込み、消化し、処理した。そうして彼女は呉の勇将『凌統』になった。
まるで、今までがおかしかったのだと。感傷に浸っていたのが、父の喪に服すことが、悲しむことがおかしかったのだと。
コレより先、自分は『凌統』である。敵を、侵入者を主から護る。それが自分の役目だ。それを果たすのは自分の義務だ。
そして、一瞬の間に10年かけてもできるかどうかとういう整理を行った。
光「全軍、孫策様の軍に合流するぞ!!!!」
整理を終えているはずにも関わらず、わずかに声を震わせながら全軍に命を下す。
そんな光稟の様子がさらに兵たちの士気を上げる。そして、雪蓮の軍に合流せんと走りだす。
闇だった。
この時代には月以外には一切の光がない。よってこの時代の夜、特に月の光の届かない路地裏などは正に闇である。
そんな闇の中、例の双子は走っていた。
その闇は双子の人生を象徴するかのようである。
ル「そこまでです!!止まりなさい!!」
そんな闇の中、金色に光る髪を持つ少女、ルーシェは双子の道を塞いでいた。
藍+禅「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そんなルーシェを一瞥して香藍は懐から輝く物を取り出した。
禅「ねぇ、僕たちを見逃してくれない?」
ル「は?な、何をバカなことを――」
藍「もちろんタダじゃありません。コレを差し上げます。」
当然見逃してくれるハズの無いルーシェに金貨を差し出す。その量は雪蓮が提示した賞金をゆうに越していた。
ル「うっ……。」
その金貨にわずかにたじろぐルーシェだが未だに見逃すことに賛同はできない。
禅「じゃあ、これならどう!!」
そういうと今度は香禅が懐から、さらに金貨をばらまく。
ル「ど、どうします、ミンメイ?」
ついに耐えきれなくなり建物の上で待機していた明命に話しかける。
明「惑わされるな!!ガキを殺して賞金も、その金貨も手に入れればいいだけだ!!」
藍「交渉決裂…ですね…。」
そう呟くとその場にいた全員が武器を取りだす――
「いたぞ!!こちっだ!!」
ル「あっ」
明「やっべ!!」
――前に雪蓮率いる呉の部隊が追いついた。
呉の兵隊を見てバツの悪そうな表情でルーシェと明命が同時に声を上げた。
雪「どんな状況だ?」
傍に居る兵士に尋ねる。
「ハッ!報告によりますと、周泰様とルーシェ殿が居たとのご報告です。」
雪「何?」
意外な人物の登場にわずかに声を上げて兵に聞き返す。
「ハッ!そのように報告されています。どのように対処いたしましょうか。」
雪「作戦に何の変更は無い。邪魔ならば排除しろ!」
「は、ハッ!!」
無情な『江東の小覇王』は作戦の続行を決定した。
ル「はぁぁ〜〜〜。結局、骨折り損のくたびれ儲けですか…。」
疲れたといった表情をしているルーシェ。
明「それはこっちの台詞だ。私が居なかったらお前、今頃死んでんぞ。」
ル「う、うぅぅぅ〜〜。」
明命の言葉にさらに凹むルーシェ。
明「んじゃ、私帰るぞ。」
もう疲れた、と明命は家路に着こうとする。
ル「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!まだ、あの双子、まだ捕まってないんですよ!そ、それなら―――」
明「もう萎えた。」
片手をヒラヒラと振りルーシェを完全に無視し、帰っていた。
ル「あ…。はぁ〜〜あ…。」
さっきから溜息が止まらないルーシェ。
まぁ、自業自得であるが…。
チャキッ
ル「ッ!!??」
背中に刃物が当てられた感触あった。
ル「あ、あなた…セレンの方に…。」
ルーシェの後ろには例の長槍を持った女の子、香藍がいた。それも、槍を剥き出しにして…。
藍「そっちは兄様だけで行きました。逃走手段の確保が私の役割です。」
槍を当てたまま話を続ける。
藍「ですから貴女には誰か私たちを逃がしてくれる人を紹介して頂きたいです。できるだけ真面目に働く人をお願いします。」
そう言いながらルーシェの武器を取り除く香藍。
呉の兵に遭遇しつつも確実に雪蓮が待機している広場まで辿り着いた。その広場の周りは民家に囲まれたおり、広場は見渡しがよいが、広場の外はほとんど何も見えない程見通しが悪い。
既に夜は明けていた。
禅「こんにちは。逃げないんですか、お姉さん?」
本当に無邪気に雪蓮に話しかける。
雪「その意味がない。貴様らを殺すことなど造作も無いからな。」
その応えに香禅は目を本当に丸くしながら驚く。
禅「あ、アハハッハハハハーー!アッハハハハハッハハハーーー!!!」
驚愕の後に大きな笑いを発する香禅。
禅「ホントに面白いね、お姉さん。」
そう言って当然のように一歩前に出ようとする。
雪「動くな。」
そんなごく自然体に自分に近付こうとする香禅に警告ではなく、命令を行う。
しかし、香禅は一瞬気圧され立ち止まるがスグにまた歩き出す。
グサッ
禅「えっ?」
すると香禅の足にクナイのような短刀が刺さっていた。その短刀は見事に腱を断っていた。
当然、香禅は立っておられず前のめりに倒れた。
雪「動くなと言ったハズだ。」
そんな言葉を浴びせられ、香禅が顔を上げるとそこには自分を悠然と見下す『覇王』がいた。
禅「―――!!」
一瞬気圧されるがスグに斧を持った左手を振り上げる。
グサッ
グサッ
グサッ
グサッ
禅「あ…。」
今度は左腕の腱を断つ一撃が命中した。しかし、今回はその一撃で終わらず、右腹部に3本の短刀が刺さっていた。
禅「う…ぅう…。」
あまりの痛みに流石に呻く香禅。
しかし、香禅は最早雪蓮を見ず、短刀を放たれた方角を弱々しい目で見ていた。その視線の先にあるのは民家であった。その民家の屋根の上に唯一人の人影が見えた。
光稟であった。
その背後に纏うは父の命を奪った者に対する憎しみなどではなく、純粋な殺意。唯の敵に対する殺意である。
光稟の居る位置から香禅の居る位置までメートルに換算して約200mはある。当然常人ならばそんな距離から短刀を投擲し、寸分違わず命中させるなどという芸当到底不可能である。それどころか、届くことすらできないだろう。
雪「私は貴様らの様に外道ではない。私はここから貴様が死ぬのをただ眺めるだけだ。」
『覇王』はただただ尊大に香禅に言った。
禅「死ぬ…?」
視線を雪蓮に戻す。
禅「ボクは…ボクは、死なないよ…。だって、ボクはあんなに沢山の人を殺したんだよ…。だから死なない、死ねないんだよ。」
雪蓮に虚ろな瞳を向け訴えかける。
その瞳からは決してさっきの言は血迷った故の発言ではないという事が読み取れる。
雪「それが貴様の宗教か…。なるほど確かに人を殺させるには効率がよいな。」
やはり一切の感情も籠めずに言葉を続ける。
雪「だが貴様は死ぬ。これは確定事項だ。」
そして、雪蓮は香禅の体温がどんどん下がっていくのをじっと見ていた。
時は少し遡(さかのぼ)る。
夜明けが目前に迫り、わずかに太陽の光が露になってきていた。
そのわずかに光の中で3人の影が港に向かっていた。
一刀、明命、そして、香藍であった。
3人はそれぞれ口を利かずに走っていた。
そんな3人の前にツインテールの小さな少女―張昭―が現れた。
昭「どこに行くのですか、貴方たち?」
当然その目的は暗殺者を捕らえることであると一刀たちは推測する。
一「答えたら見逃してくれるのか?」
冗談のようなことを口にする。
だが、その顔には全く余裕は無い。
昭「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
しかし、そんな一刀の質問に全く答える気配は無い。
一「………??」
すると張昭はおもむろに道を開けた。
そのいきなりの行動に驚きを取り越し、唖然とする一同。
昭「行いきなさい。」
一「え?」
昭「逃がしてやると言っているのです。私の気が変わらないうちに早く行きなさい。」
何故だ?そんなことして張昭に何の得が…?
いや、あるわけない。むしろ、不利なことしかない。
全く意味がわからない。
明「おい。見逃してくれるって言ってんだからちゃっちゃと行くぞ!」
そんな思案に暮れる一刀を明命が嗾(けしか)ける。
その言葉に一刀が返事をする前に走り出す明命と香藍。
一「・・・・・・・・・・・・・・・」
昭「どうしたんですか?行かないのですか?」
訝しげに張昭を見る一刀。
しかし、そんな一刀にさっさと行けと言わんばかりの態度でさらに嗾ける張昭。
一「あぁ…、張昭」
昭「ん…?」
一「ありがとう」
昭「え?」
そんな爽やかに微笑みながら感謝の言葉を述べる一刀に、今度は張昭が唖然とする。
そして、一刀は走り出した。
その場に留まった張昭はわずかに顔を赤らめていた。
吉「何故、逃がしたのですか…?」
すると何時からそこに居たのか、干吉が白装束の者たちと一緒にいた。
その雰囲気は返答次第では、命はないといったモノが感じられた。
昭「先に約定を違えたのはそちらではないですか…。」
そんな干吉の雰囲気にいとも容易く受け流し、堂々と反論する張昭。
吉「………いいでしょう…。今回はこちらにも非がありましたから、見逃して差し上げます。ですが、二度目はないですよ。」
昭「もちろんです。私たち呉は貴様らの力を背景に天下を統一する。そして、私は貴様らが本郷を殺すのを手伝う。それでよいのでしょう?」
そう。
張昭が干吉たちに協力するのは自らの君主に天下を取らせるためでであった。
昭「では、私は雪蓮様のところへ戻ります。失礼します。」
と言うと結局干吉と目を合わせず張昭は帰っていった。
??「ふん、使えん奴だな。」
と、またどこからから一人の男が現われた。
その男はつまらなそうに鼻で笑い、張昭が去っていった方向を見ていた。
吉「そうでもないないですよ、左慈。彼女たちは非常に優秀ですよ。ただ、このままでは使い物になれないだけですよ…。」
左「だから、使えんのだろ?」
矛盾したような言葉を言う干吉に問いを投げかける左慈。
吉「いえ。ただ、貴方の台詞ではまるで無意味だと聴こえたからですよ。」
左「そう意味だ。元よりこの外史では何もかもが無意味だろ…。」
つまらなそうに応える左慈。
吉「そうですか…。まぁ、よいです。今度は彼女たちの方に手を廻しましょう。」
左「あぁ…。」
そう言うと左慈は再び姿を消した。
そして、残った干吉は、
どの世界にも使えない者はいても、無意味な者や無価値な者はいませんよ。貴方が負けることがあるとすればソレを測り間違えたときでしょう…。
と、考えた後、干吉もまた消えていった。
あとがき
暗殺者編完結……ではないです。あと少し、一話続きます。
今回の本編とは全く関係ないですけど、最近、諸葛亮って戦弱いんじゃない?と思っています。
先にことわっておきますが、私は蜀が好きです。
実際に、諸葛亮が活躍し始めたのは劉備の死後ですが、南征(南蛮の国への遠征)は確かに勝ちました。ですが、北伐(魏への遠征)では司馬イが軍を率いるようになると一度も勝っていません。赤壁の戦いでも挑発ばかりして、献策をしていません。
つまり、諸葛亮は軍師としてより、政治家としての方が有能であったと思はれます。
恐らく、蜀軍最強の軍師はホウ統と法正であったと私は思っています。
関係ない話を長々としましたがなるべく早く更新できるように頑張りますので宜しくお願いします。
双子のうち一人は逃げたみたいだな。
美姫 「うーん、一刀と一緒なのよね」
やっぱりルーシュが人質状態?
美姫 「どうなっているのかしら」
次回ではっきりと分かるのか!?
美姫 「それじゃあ、まったね〜」