魔法少女リリカルなのは“+3”
第一話「お世話になります」
「で、まぁやっぱり問題が発生したと。ほら」
そう言って私は彼女の椀に酌してやった。注がれた側から一息で飲み干し、既に赤くしている顔をますます赤くして答えた。
「言動とかはしっかりしてるし、常識もちゃんとできてるけど…やっぱり節々おかしいのよ…」
「そりゃぁ、プレシア。あの子がこの世に生まれ出でてからどのくらいの時間が経ってると思うのよ。四ヶ月よ、四ヶ月。それで年齢なりの行動を期待しろなんて――」
私は自分の椀に残っているお酒を少し飲んだ。
「無茶ってものよ。それくらいわかってるでしょう」
「あのね、リンディ。私を誰だと思ってるの。私はプレシア・テスタロッサ。天才魔導工学者の」
私ははぁ、とため息を付いた。酔いが回って来てるわね…
「その天才魔導工学者がなんで今回の事を予測できなかったのよ」
「予測が出来て解っていても、起こらないことを信じたくなるような事ってあるでしょう? 例えば、それが可愛い我が子であった場合」
でしょうね、と私は思った。確かにフェイトちゃんは可愛い子だと思う。信じたくもなる。でも、フェイトちゃんが何か新しい行動をするたびにその一挙一動を私に報告するのはやめてくれないものかしらね…特に
「初めてフェイトが母さんと呼んでくれた!」
と叫びながら家に突撃をかけて来た時なんて物凄かったし。
「で、予測をできていたのなら、これからの行動の計画も建ててあるんでしょう。どうするのよ」
「私とリニスで経験を色々踏ませた上で公的教育機関に入学させる…予定だったんだけどね…これ、見て」
プレシアは紙切れを私に見せた。内容を読む。
「……これって世界の果てと呼んで差し支えの無いような場所にある研究所じゃなかったっけ」
「因果地平の彼方と表現してもいいわよ」
「ここに、転属?」
「F.A.T.E事件で頑張りすぎたのかしらね…」
「いつも通り『紙爆弾』を使ってどうにか」
「その転属に関する『意見』を仰られた人はこの上なく有能な人で」
「避けようが無い、と」
「残念ながら」
「別にフェイトちゃんも一緒に連れて行けば良いんじゃ」
「あなたが逆の立場ならクロノくんを一緒に連れて行く?」
「連れていかない。連れて行ってと言っても全身全霊を賭けて置いて行くわ」
「でしょう…まぁ、それで相談なんだけど」
プレシアは真面目な顔で私の方を向き言った。
「フェイトを貴方の家においてやってくれないかしら」
「置いてやってて、貴方、フェイトちゃんにはアリシアちゃんもリニスもいるじゃない」
「そうも考えたわ、でも、アリシアは時空管理局執務官心得の仕事が山済みで滅多に家には帰ってこれない。そして、リニスはF.A.T.E計画で造り出された生命体。経験という面ではフェイトと似たり寄ったりなの。だからリンディ、貴方しか――」
私は苦い顔をして言った。
「…ごめん、無理、私も」
「どうして」
「私があの事件の後始末の結果、実験巡洋艦アースラ艦長を拝命したのはもちろん知ってるわよね」
プレシアは頷いて続きを促した。
「来週から搭載した装備と機関の実働テストが始まるの。それが始まったら」
「手続きや報告、不具合の検査とかでまともに家に帰ってこれない、か…」
プレシアと私は俯いて黙り込んだ。すっかり酔いも覚めてしまった。
「かといって、他に信頼できそうな人は…か。フェイトの事情をちゃんと理解してくれて、きちんと配慮してくれて、まともな世話を期待できて、それでいて多くの人と接することが可能な預け場所…ってそんなのがあるわけが――」
「あ」
私は声を上げた。
「どうしたの」
「それ、もしかしたら、あるかも」
私の脳裏にはもちろん「あの二人」が浮かんでいた。
私は右手で頬杖をついて教室の窓から広がる青い空をぼーっと見上げていた。
今日は一学期の終業式。教室の一番前の教壇では先生が夏休みの注意事項を喋っていた。でも、ちっとも頭には言ってこない。
普通なら、明日からの夏休みに胸がワクワクするはずなのに。どうしてだろう、盛り上がらないや…
白い雲を見つめる。
フェイトちゃん、今頃どうしてるかな…もっとお喋りできれば良かったんだけど…何かあげれば良かったかな、例えば…うーん、いつもこの髪を結んでいるリボンとか。ん、あれ?
私は思わず左手で目を擦った。
今、流れ星が見えたような。そんな、まさか。真昼の空に星なんて見えるわけが――
「…のは、なのは!」
「ひゃあっ!?」
大声にびっくりして振り向くと、そこにはアリサちゃんとすずかちゃんが立っていた。
「何ボーっとしてるのよ。もう終わったわよ。帰りましょう」
「あ、うん。ごめんね」
私は慌てて帰り支度を始めた。二人は不安そうに私を見ている。
ごめんね、アリサちゃん、すずかちゃん。早く心配かけないように立ち直らなくっちゃ…
私は二人といつも通り別れて家に帰ってきた。
「ただいまー」
扉を開けて、中に入ってなんかおかしさを感じた。
なんだろう? あ、この靴だ。お母さんはこんな靴履かないから…お客さん? あと、何か、私がいつも履いてるような感じの靴。
廊下を歩いて、居間の前を通ると中からお父さんとお母さんの話し声が聞こえてきた。
静かにしないとね。
そう思って、部屋に向かうために通り過ぎようとした時、居間のドアが開いた。
「お兄ちゃん」
「なのは、帰ったか。荷物を部屋に置いたら居間に来るように」
「え、でも今はお客さんがいるんじゃないの?」
「構わない。なるべく早くな」
私は首を傾げた。
一体何なんだろう…
すぐに部屋に入って鞄を机の上に置く。部屋にユーノくんはいなかった。
ユーノくんも居間なのかな、と制服を脱ぎながら思う。
私は言われた通り、すぐに居間に戻った。失礼が無いようにね、と思いながらドアをゆっくり開ける。
「え」
私は、その姿を見た途端、ぴたりと体を止めて、目を見開いて、手に握っているドアのノブの感触がウソのように思えて、夢のように思えて。
信じられない。だって――
目の前の光景から音が発せられた。
「なのは」
「フェイトちゃん…」
絞り出るような声が私の喉から出て、熱いものが込み上げてきて。
フェイトちゃんの斜め向かいに座っているお父さんの声が聞こえた。
「なのは、知ってると思うけど、紹介する。フェイト・テスタロッサさんだ。彼女は今日から、我が家の同居人だ」
もう止めることは出来なかった。私は飛び付いた。
予想通りの結果だな。
なのはは泣き声をあげてフェイトを抱き締めている。そして、なのはを抱き返しているフェイトの目尻に涙のようなものが見えるのも見間違いではあるまい。
しかし、びっくりしたな。
突然プレシアさんとフェイトが家に来て、だからな。プレシアさんとはあの時に一回あって以来だったが。けど、父さんも母さんもよく引き受けたもんだ。『幼い頃から大病を患って、奇跡的に完治したけど、長い病院生活のせいか、世の常識からスれてしまった娘を勉強の為に居候させてやってくれませんか』だものな。プレシアさんを言ったことを要約すると。
どうせ父さんは面白そうだから、と思って引き受けたんだろうが――ま、良い事だろうな。皆にとっても。当然、俺も。
それから、なのはが落ち着くまで五分程度時間がかかった。目を真っ赤にしたなのはがフェイトの胸から顔を上げて、恥ずかしそうに周りを見渡し、全員がそれを見て笑った。
「さ、丁度昼時だ。飯にしよう。桃子」
「はいはい。あ、プレシアさんもどうですか。簡単なものになってしまいますけど」
「いえ、私は仕事がもう入っていますので、これで」
ぺこりと礼をして、プレシアさんはフェイトに近付き、一言何かを言って、皆が見送る中、陽炎の中に消えていった。
昼ごはんは素麺だった。まずいただきますを教えて、箸の使い方をフェイトに教えて、食べ方を教えて。なのははずっとおおはしゃぎで嬉しそうにフェイトに教えていた。
フェイトがひとくち食べて「あ…おいしいです」と言った時は母さんも父さんもなのはも俺も笑顔だった。
で、ごちそうさまを教えて、昼ごはんが終わったらなのははフェイトを部屋に連れて行ってずっと話し込んでいたようだった。
俺と父さんはフェイトの部屋になる部屋を片付けた。
「やっぱり、色々足りないよなぁ…」
「今日はもう買ってきたら遅くなるから、明日だな」
「うむ。と、そうだ。恭也、明日フェイトと一緒に行って来てくれないか? 俺と桃子は仕事だし、なのはは――ゴネそうな気はするが、塾の夏季講習だし」
「いいぞ、どうせ暇だったし」
「うむ、頼んだ」
と言う様なやりとりがあった。
夕方になって美由希が帰ってきて、今度は美由希がおおはしゃぎだった。事情を聞いて「可愛い!可愛い!」と百回くらい言った後で「ね、ね、お姉ちゃんって呼んでみて!」と言ってフェイトにお姉ちゃんと呼ばせて躁状態になり、抱き付いてなのはに怒られていた。
そして夕飯。母さんはいつもより腕をかけ、なのはが手伝い、美由希も手伝おうとし…たので俺と父さんが神速を使って美由希を念入りに叩きのめした。
驚いているフェイトに「奴に料理をさせちゃいけない」と真剣に教える。いきなり世に絶望させるのはあんまりだ。
そして、手持ち無沙汰になった俺は庭に出て、盆栽を眺めていると、後ろに気配を感じた。これは――
「リニス、か」
「はい」
後ろにいる猫から声が聞こえた。念話だ。
「猫なのか」
「山猫の使い魔ですので」
「ふむ」
「恭也さん、色々と迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願いします」
「ああ、いいさ。皆喜んでる。迷惑なんてことは無い」
「そうでしょうか」
「なのはを見ただろう。あれが演技なら、なのはは天下にその名を轟かす大女優になれるぞ」
「ふふっ、そうですね」
「フェイトも笑っていたじゃないか」
「ええ、自宅に帰ってからというものの、少し塞ぎこんでいたようでしたから、あんなフェイトを見るのは久しぶり、いや、初めてかもしれません」
「良い事だ」
遠くから恭ちゃーん、ごはんだよーという声が聞こえた。
「おっと、行かなければ。リニスは御飯は」
「恭也さん私は使い魔です。使い魔は主人からの魔力の供給さえあれば」
「そうか、そうだったな。忘れてたよ」
思わず苦笑する。戦闘が終わってからヒマだったので興味半分にアースラの中で読んだ本の内容を思い出した。
居間に向かおうして突っ掛けを脱いだ。かしこまった口調でリニスが言った。
「お世話に、なります」
私はピンク色の――パジャマとなのはが教えてくれた――服を着て寝転がっていた。となりにはなのはがいた。規則正しいスースー、という寝息。
寝ちゃったんだ。でも、無理ないかな。
なのはは今日、お昼に顔を合わせてから、ずっと私にあれもこれも教えてくれて、色々言ってくれて。
なのはが今日幾度となく読んでくれた「フェイトちゃん!」という声が頭に響いた。
なんだろう、胸が…あったかい。
この気持ち、何て言ったら良いんだろう。そうだ、明日、朝になったらなのはに聞いてみよう。
うん、そうしよう。
そう思ったとたんにまぶたが重くなってきた。急速に意識が遠ざかっていくのを感じる。
あと、と思う。
今日は余り話せなかったけど、明日は恭也さんとも一杯話せたらいいな…
あとがき
とゆうわけで皆様こんにちは。向日葵です。
魔法少女リリカルなのは+第二部、魔法少女リリカルなのは+3をここまでお読みくださって有り難うございます。
今回はがらりと変えまして一人称で物語をお送りしています。第二部はこの形でいくつもりです。ちょっと練習も兼ねてなので恐縮でもありますが…
物語の時系列から舞台は夏休みと致しました。果たして、フェイトはこの夏休みにどのような体験を刻むのでしょうか。楽しんでいただけると幸いです。
ではまた次回お会いしましょう。またお会いできるのを心待ちにしております。
これから始まる新しい物語。
美姫 「フェイトが高町家の居候に」
一体、何が起こるのかな〜。
ワクワクドキドキ。
美姫 「次回を待ちつつ、浩を殴れ!」
いや、逆だろう。それを言うのなら、『俺を殴りながら、次回を待て』だろう。
美姫 「どっちも同じだと思うけどね」
いや、違うと思うけど…って、殴るってのはなんだよ!
何で殴られなきゃならん。
美姫 「自分で言ったくせに」
え、俺が言ったのか? 確かに言ったような気もするけれど、そもそもは違ったような…。
あれ?
美姫 「それじゃあ、次回を待ってま〜す」
いや、最初に言ったのはおまっ…ぶべらっ!