「私の周りは目の前にかざした手が見えないほど、真っ暗でした。だから、私は、遠くに青い光が見えた時、何の迷いも無くその方向に向かっていきました。
その光は近付いても近付いても近寄れなくて。走って走って、こけそうになって、でも走って。そうしていたら、青い光が近付いてきたから、急いでその元へ行こうとしたら。
行こうとしたら、眩い光が私の周囲を照らし出したんです――」
上記は『F.A.T.E.事件』に関する書類からの記述である。(後のフェイト・テスタロッサからの供述)あの事件があのような顛末を迎えた事から、事件に関連した命令書類、報告書類はほぼ全てが廃棄された中、かろうじて残った貴重な一枚。
*時空管理局歴史編纂部資料著作発行科刊行『F.A.T.E.事件は何故起こったか』より抜粋
魔法少女リリカルなのは“+”
最終話「イノセント・スターター」
目を開けると、鈍い銀色の天井が見えた。
何故自分がここにいるのか、わからない。体を無意識に起こそうとする。
「つっ!」
鋭い痛みが全身を貫く。かろうじて首だけが動いた。横を見る。そこには記憶にある子がいた。
白い女の子――高町なのはがいた。
私は一体…
そう思っているとドアが開くような音がした。足音が近付いてくる。首をそちらに向ける。
「む、目が覚めたか」
黒い剣士――高町恭也はフェイトに話しかけた。
「私は…」
「ここはアースラの中だ。君は丸一日気を失っていた」
「一日…」
フェイトは鸚鵡返しに呟いた。現状がまだ認識できていないのだった。恭也は置かれていた椅子に座った。
「何があったか、覚えてるか?」
何があったか…フェイトはその言葉を頭で反芻した。ジュエルシード…戦い…リニス!一息を付く間も無かった。
フェイトはフェイトは自分のやったことを唐突に思い出した。この艦への攻撃。続く戦闘。目の前にいる相手を全て打ち倒そうとした、或いは打ち倒した記憶。破壊の衝動。
「あ、あ、あ」
私は…
体が震える。血の気が全身から引く。寒い。
私は!
「フェイト!」
フェイトは大声にびくりと身を震わせた。そろりと顔を声を出した相手に向ける。
「大丈夫だから」
恭也は打って変わって柔らかく言って、フェイトの頭に手を置いた。
「誰も死んでないんだ、だから」
「でも。でも、そうだとしても――傷つけたということは」
フェイトは言った。声を震わせ、涙を滲ませ。
「そう、変えることはできない。けど、君はまだ戻れる。償うことができる」
「償う…」
「とりあえず、今は体を休めることだ」
恭也は言って、退出する。
「あ…あの!」
フェイトは叫んで呼び止めた。聞きたいことがあった。
「何だ?」
「どうして、私に、そこまでしてくれるんですか? そんなにボロボロになってまで…」
本当だった。
あの最後の戦いで恭也も他ほどではないにしろ、軽傷を大量に負っている。それだけではなく、初めて遭遇した、あの時からずっと危ない橋を渡っている。
一体何故?
恭也は少し考えて、答えた。
「妹を守るのは兄の役目だから。それと」
「…それと?」
「思ったんだ、放ってはおけない、と」
恭也の脳裏にはあの時、公園で一緒にたい焼きを食べた少女が浮かんでいた。
「誰だってそう思う時はあるし、君を見たら、誰だってそうなると思う」
恭也はフェイトの隣に眠っているなのはを見ながら言った。
「もっと体調が回復したらゆっくり話そう」
恭也は今度こそ部屋を退出して行った。フェイトは隣のなのはを見た。
大袈裟な傷は見当たらない。けど、ところどころに絆創膏がはってあることが、少し傷を負ったことを証明していた。
この子も、私を…
じっと見つめた。すると、なのはの目が開き、フェイトを捉えた。
「あ…起きたんだ」
「う、うん…」
フェイトは何かを言おうとして口ごもった。何を話せば言いんだろう…
戸惑うフェイトになのはは声をかけた。
「ねぇ」
なのはが上半身を起こして、フェイトの目を見て、笑顔で、右手を胸に当て、言った。
「私、高町なのはって言うの。あなたの名前、教えて?」
大破したアースラはよろめくような動きで、通常なら一日かかる距離を三日かけて航海し、時空管理局本部に入港した。艦が余りにも危険な状態だったので、なのはと恭也を元の世界に戻す作業は後回しとなってしまった。二人とも軽傷とは言え、負傷してたのも戻すのことを遅らせる要因の一つとなった。
そして、リンディは最も気が滅入る作業――司令部への報告を行いに今ここに来ていた。
リンディは派手に艦を傷つけちゃったから、自分は良くて解任、下手をしたら予備役編入かな、と思っていたが…その報告を聞いた司令官はこうのたもうた。
「『F.A.T.E』って、何の事だい?」
「…は?」
「だから、その『F.A.T.E』って奴」
リンディは唖然とした表情になった。報告書読んでないのかしら。この人、無能っていう噂…あったかな?
「ですから、先行して送った報告書と『F.A.T.E』今の報告の通りで…」
「リンディ君」
司令官は遮って言った。
「そのような事件は時空管理局に存在しないよ、公式には。ま、プレシア式と言う奴だな」
リンディはこの前の通信で親友が言っていたことを思い出した。『F.A.T.E計画』は解体が決まって…とそう言えば言ってた。プレシア、貴方、また…やったわね。
「と、いうことで、事故を起こした巡洋艦アースラ艦長の君の処遇だが」
攻撃で損傷を事故で処理、ね。
司令官は机から紙を拾い上げ、リンディに渡した。
リンディは受け取った紙の内容を読んだ。
「本日を以って、リンディ・ハラオウンの巡洋艦アースラ艦長の任を解き…」
やっぱりこうきたか、とリンディは思った。しかし、次の内容は予想外だった。
「本日付でリンディ・ハラオウンを実験巡洋艦アースラ艦長に任ずる…!? これは…」
「ま、今回の『事故』で艦製本部がショックを受けてて、ダメージコントロールの見直しをしたい、と言ってきおってな。新しく艦を作って実験するのは面倒だから、壊れた艦を使いたいと言ってきたから、君を充てることになった」
司令官は飄々と言ってのける
「ああ、辞令などを渡して勿体付けたのは艦種変更の手続きと言う奴だ。怒らないでくれ。それと、修理と平行して現在試験中の最新の兵装と、同じく試験中の最新の機関が取り付けられるはずだ。君の任務への一層の奨励を期待する。下がってよろしい」
部屋を出た所で、リンディはさっき頭の中に思い描いた顔を見付けた。
「プレシア、貴方…」
「久しぶり、リンディ。どうだった?」
「どうだった?じゃないわよ! 貴方、一体何を――」
「煽っただけよ」
「煽った?」
「今回の事件は倫理観的にアレな上に大事件になったでしょ? 次元断層クラスのきっつい奴。それが明るみに出ると、上層部の方々は」
プレシアは右手を首の前で動かした。
「呆れた。今回のってそんなに上まで絡んでるの?」
「派閥間の力関係」
リンディは堪らなく嫌そうな表情をした後、ため息を付くように言った。
「まぁ、いいわ…おかげで助かったし。あ、そうそう。フェイトとリニスの処遇は?」
プレシアはふふん、という得意気な表情を浮かべて言った。
「私のもの」
その三日後、恭也となのはは帰れることになった。次元の歪みとか何とかで帰れなくなったユーノも付いてくることになったが。
恭也は考えていた。
あの最後の、大量の金色の魔力の大波がどこから出でたのか。それは、金色だったから、恭也の魔力に間違いがない…はずなのだが、恭也の魔力の潜在量は何度調べても最初の調査結果と同じで、何も感じることが出来なかった。そして、あの時恭也が出した魔力はジュエルシードによってAAA+の魔道士の幾倍もの魔力を出していたフェイトを完全に凌駕していた。
恭也は後でアースラの乗員に教えてもらったのだが、なんだか金色に光ったと思った瞬間、周辺に存在する魔力全てが光になった――つまり、中和された…らしい。
一体、何が起こったのだろうか?
更に、最後の疑問があった。恭也はあの瞬間に頭の中に響いた声を覚えていた。それは確かにそう『日本語で』聞こえた。
『認識した、我が主』
と。
デバイス?
恭也は考えて一瞬で否定した。
馬鹿馬鹿しい。あの時、俺は普通の刀と八景しか持ってなかったのに、デバイスなんて持っているわけないじゃないか。
ま、日常生活には関係は無いし、いつか謎がわかる時がくるかもしれない。それに、解る時はどうにも危機に陥った時になりそうだから、判明しないほうが良い様な気もする。
恭也は気楽に考えた。
平和な日々が続きますように、と恭也は願った。
あとがき
皆様こんにちは、向日葵で御座います。ようやく、第一部完、です。
ちょっと長い時間かけすぎた…うう…
さて、次の第二部に当たる話は戦闘が大して無いやつを五、六話出せたら良いなと思っております。良ければ、これからもお付き合いいただければ作者にとってこれに勝る喜びはございません。
では、また次回お会いしましょう。
ひとまず、事件は解決みたいだな。
美姫 「みたいね。でも、まだ残ったままの謎も」
まあ、恭也も思ったようにいずれ分かる時が来るかもしれないし、来ないかもしれないということで。
美姫 「そうね。これにて第一部は完とのこと」
第二部があるみたいで、良かったよ。
今度はどんなお話になるのか。
美姫 「第二部の開始を待ってますね」
ではでは。