「みんな、どう? 波は順調に拾えてる?」

 機械と鋼で周囲が固められている部屋の中に、女性の声が響いた。女性は見るからに

『大人』

という感じが漂っている。腰まで伸びている長い、緑色の髪は後ろでまとめて括られている。

「はい。現在、第三戦速にて航行中。目標には間もなく到着の見込みです、艦長」

「現在目標次元内での次元震は確認されていません。しかし、この前と同じようにまた新たな次元震が魔法使用者同士との戦闘で発生する可能性は考えられます」

 キーボードのような入力装置を操っている男性二人が女性の質問に答えた。

 艦長、と呼ばれた女性はうん、と頷き、部屋の後ろの方にある少し高い場所に設置されている『艦長用座席』に座り込んだ。

「失礼します。どうぞ――リンディ艦長」

「有難う。エイミィ」

 エイミィ、と呼ばれた女性が紅茶を入れたカップを置いていく。時空管理局直轄巡洋艦『アースラ』艦長リンディ・ハラウオンは鷹揚と頷き、礼を言った。同時にカップの中身を見て、ちょっとだけ不満に思う。緑茶の方が良かったなー

「小規模とは言え、次元震は厄介な種を産みやすいから注意しないと」リンディは紅茶を一口飲んでからまた口を開いた。「ましてや、あの次元では今、二つの問題が同時に発生している。万が一、事件が結びつきでもしたらどんな不具合が発生するか解らないわ。とりあえず、危険を感知したらすぐにでも出て貰うから」リンディは下をちらりと見る。

「解っています、艦長」

 艦長用座席より少し下にいる少年が返答した。

「僕達は、その為にいるんですから」

 

 

 

魔法少女リリカルなのは 

第三話「トップ・ギア」

 

 

 

 あの少女――フェイトと戦った後のなのはの落ち込み様は、見てて気の毒になるくらいだった。怪我こそは無かった。肉体的には。

 精神的には多大な衝撃を受け過ぎていた。当然それは少女――フェイトのことが大半を占めている。

なにせ、九歳の子供がする体験としては、ここ一ヶ月ばかりのなのはの体験は異常すぎた。本来なら普通の人間が、確実に人生で体験することがないだろう濃密すぎる体験を高町なのははしている。

 しかし、恭也は心配こそは少ししたが、特別不安がっているわけでも無かった。なのはは思考の線の枠引きを知っている。確かに今は、一人で悩んでいるようだが、きっと誰かに打ち明け、相談することを決心するだろう。それが自分であれ、ユーノであれ、あの二人であれ。もちろん、恭也はなのはが困窮した時は迷うことなく助けるつもりであったが。

 そして、今、現状はと言うと。

なのは、ユーノのジュエルシード探しは行き詰まりを見せていた。先週あの大型連休の家族旅行以来、一つ(・・)()ジュエルシード(・・・・・・・)()発見(・・)できて(・・・)いない(・・・)のだ。恭也は残念ながら、探す過程においては何の役にも立たない。何故なら恭也は『普通の人間』だからだ。

その間、恭也となのはは模擬戦を行うことにした。今、なのはに絶対的に不足しているものとは『経験』なのだ。何日も、何日も続けることによって、なのはの近接戦での立ち回りは(恭也基準で)比較的マシなものになった。

それでも、ジュエルシードは見付からなかった。

 

 

アリサ・バニングスは、最近憂鬱な気分になることが多かった。その憂鬱な気分の原因とは彼女の親友の一人、高町なのはだった。

アリサ・なのはにすずかを加えた三人はあることがきっかけで友達になり、親友になった。それ以来、三人はいつも一緒だった。休み時間、給食、下校、学校にいる時は大体全て。学校が終われば、アリサとすずかの習い事が無い時はいつも一緒に遊び、休みの日も大体一緒だった。

最近になって、そのサイクルが崩れている。始まりは、なのはが最近になって放課後の付き合いが悪くなったことだった。なのはは学習塾に通っていることを除いて、習い事をしていない。学習塾がある時以外でも、最近のなのはは『都合が悪い』といって遊ぶことを断るようになった。そして、更に最近になると、なのははいつも何かに悩んでいるような物憂げな表情を見せることが多くなった。アリサやすずかが

「何か悩んでることがあるんじゃないの?」

と聞いても、なのはは

「ううん、そんなに心配事じゃないから、大丈夫。気にしないで…」

と言うのだ。

 ――全然大丈夫そうに見えないっての!

アリサは目の前にあったゴミ箱を思いっきり蹴り上げた。気が付けば、いつも曲がる筈の角を曲がらずに、海鳴臨海公園に来てしまっていた。腹が立つ。自分に悩み事を打ち明けて相談してくれないなのはにも。我慢が足りない、馬鹿な自分にも。

先日、学校にいる時、休み時間にアリサはその事に対してのイライラの蓄積でなのはにその感情をぶつけてしまった。

それを思い出して、アリサは寂しげな表情を顔に出して、近くにあったベンチに座った。

(いつも私は)

こんなのばかり――とアリサは思った。いくらなのはが打ち明けてくれないからって勝手に怒って、勝手にスネて、三人の仲をギクシャクさせて、そして今、公園の片隅で勝手に自己嫌悪して。あーもう、いつもでもこんなこと考えてるな、アリサ・バニングス!

アリサはしばらく、ベンチに座って何やら思考を巡らせていたが、突然、『よし!』という表情をすると勢い良くベンチから立ち上がり「機会があったら、すぐに謝ろう!」と大きめの声で言って、公園を去っていった。脇目も振らずに。

――だから、自分がさっき思い切り蹴り上げたゴミ箱が青い光を発しているとは気が付かなかった、幸運なことに。

 

 

――! ジュエルシード!

久しぶりの反応だった。ユーノ・スクライアは高町なのはや高町恭也と連れ立ってジュエルシード探しをしているところだった。ユーノはなのはを見た。なのはも感じたようだった。恭也も二人の急激な態度の変化からそれを察知した。

幸いにも、三人の位置は海鳴臨海公園からそう遠くなかった。少し走っただけで公園に三人は到着した。ユーノは部外者に危険が及ばぬように、素早く呪文を唱え始めた。結界を展開するのだ。その間になのはは変身を完了していた。恭也はジュエルシードや、フェイト達から奇襲を受けないように辺りを警戒している。

ユーノの結界展開が終了すると共にジュエルシードが姿を現わした。ジュエルシードは樹木に取り付いていた。異常に攻撃範囲の広い触手のような根っこで周囲を闇雲に攻撃している。

恭也は接近を試みる。既に恭也は自分を

『役に立たない存在』

と割り切っている。少なくとも、攻撃は。今においても、恭也は自分の役割とはなのはに対する物理攻撃を極力妨害することと、ある程度、敵の攻撃を自分に惹き付ける事によってなのはの負担を軽減させようとしか考えていない。

 恭也が敵の攻撃を回避していると、光の槍がジュエルシードに向かって降ってきた。もうここまで事態が進んでいれば、誰が来たか子供でもわかる。

フェイトが来たのだ。

彼女が撃った光の槍は防壁のような物に弾かれた。同時にフェイトが姿を現わす。

その瞬間から、事態は急速に進展し、異常な速度で絶頂に達した。

互いに互いは自分のデバイスに命令を下し、『レイジングハート』と『ブローヴァ』を攻撃特化の形態に変化させた。真に不幸なのはジュエルシードの方かもしれなかった。この樹木タイプのジュエルシードは、才能において

『百年に一度、出るかどうか』

と後に言われるほどの魔法の天才二人の大火力を集中して叩き付けられたのだ。(既に危険を感じた恭也はなのはの後ろに控える形で退避を完了している)

 後は、とてつもなく、簡単だった。樹木ジュエルシードは二人の魔法を全身に浴び、ねじり切られるような形で消滅した。

 消滅と同時にジュエルシード、シリアル『07』が出現。二人は同時にデバイスを『Sealing mode』(フェイトは『Sealing form』)に変化させた。

「ジュエルシード、シリアル『07』!」

「封印!」

 二人は叫んだ。しかし、封印は成されなかった。ジュエルシードから激烈な光が発生した。その場にいた全員が目をつぶる。

 全員が目を開けた時、ジュエルシードは不気味に輝き、空中へ浮かんだ。

 なのはとフェイトも空へ飛ぶ。どうやら、ジュエルシードは二人が同時に封印を唱えたら、封印できないように感じられた。ならば、どうするか。

 魔法少女の二人は理解した。

『目の前の相手を、倒すしかない』と

 二人ともデバイスを『デバイスモード』に変形させ、対峙する。

「フェイトちゃん」

 なのはが口を開く。

「私が、フェイトちゃんに勝ったら…ただの甘ったれた子じゃないって、解ったら…お話、聞いてくれる?」

 なのはは自分の内心でかなりの葛藤があったが、その言葉をいつの間にか口にしていた。

 フェイトは答えない。ただ『ブローヴァ』を構えなおす。それが返答だ、という様に。

 なのはも『レイジングハート』を構えた。

 そして、互いに互いを叩きのめすために、互いの距離を急速にゼロに近付けた、その時。

 閃光が発生した。同時に黄色の魔方陣も展開される。

 そして、光が消失した時

なのはとフェイトの間に人が立っていた。その人物は『ブローヴァ』に自分のデバイスを打ち付けて止め、『レイジングハート』を自分の右手でひっつかんで止め、仲裁するように二人を見据えている。

 なのははその人物を見て、驚愕で目を見開いた。対面のフェイトも同様の反応を見せている。

 間に入った()()()の姿かたちは――全てフェイトと一緒だった。身長、目の色、髪の色、衣装の色、デバイスの形、デバイスの色、何から何まで一切合財、全て。

なのはとフェイトが今の時点で知る由も無い、彼女とフェイトのただ一つの相違点。

それは、彼女の持つインテリジェントデバイスの名称が『バルディッシュ』ということだった。

 間に入った人物は、言った。

「時空管理局執務官心得、アリシア・テスタロッサです! 直ちに双方、戦闘を停止しなさい!」

 

 かくして、物語は急速に動く。歯車がきしみの叫びを上げるほど、激しく、凄まじく、狂おしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 魔法少女リリカルなのは+ 第三話をお読みくださり、有難うございます。

皆様こんにちは。向日葵で御座います。

今回は短めです。しかし、今回の話は難産でした。

今回を書くために話全体の構成を四回程度練り直しました。

そして、誕生したのが今回の話です。何とか楽しんでいただけると幸いです。

さて、話の中で恭也の影が大分薄くなってきてますね。ある意味で当然の話です。

私の設定では恭也は『普通の魔法が使えない人間』なのですから。

しかし、大丈夫です。見せ場はきっちり良い所を用意してあります。

問題はそこまで私が話を続けられるか、なのですが(汗

続きの構成、作成はまたも、積極的に頑張って近日中に仕上げたいと思います。

それまで、皆様。どうか温かく見守ってください。

向日葵でした。では〜





おおう! 時空管理局から、アリシアが!
美姫 「一体、どういうこと!?」
いやはや、いい所で次回ですよ!
美姫 「うーん、続きが気になるわね」
一体、どういう事になっているのか。
美姫 「次回も楽しみにしてます」
ではでは。



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