真紅の絨毯。クラシカルなテーブルと椅子。真っ白いテーブルクロス。微細で見事な細工が施されたソーサー。その上にソーサーと同じ色調と細工で統一されたティーカップが載る。中身は紅茶。紅茶はテーブルの対面にひとつずつ。そして、その紅茶の互いの正面には美男美女、横に控えるはフリルをふんだんに使った服を着るメイド。
まるで思春期の少女が幻想として成す様な貴族的光景がここ――月村邸には展開されていた。座っている女性はこの邸宅の主人月村忍、その対面の男性は高町恭也と言った。
恭也は紅茶を一口飲み、言った。
「いつもながら、ノエルの煎れる紅茶は絶品だな」
「恐れ入ります」
恭也が褒めると、ノエルと呼ばれたメイドは微笑を返した。
「うん、いつもノエルの紅茶を飲んでる私が飲んでも今日の紅茶はかなりおいしく感じるね」
忍もティーカップを片手に、紅茶の香りを楽しみながらノエルを称えた。
「今日はたまたま良いダージリンが手に入ったものですから――」私の紅茶を煎れる腕が良いわけではありません、とノエルは言う。
恭也と忍はそのノエル流の謙遜を聞いてくすりと笑い、気分を良くして恋人同士の会話を更に活発にさせた。このような場の空気を柔らかくするのもメイドたるものとしては当然の仕事なのだ。
その活発化させた会話の途中、恭也はおかしなものを見た。場所具合から言って、恭也の場所からしか見えない窓の外に閃光が――それもほんの一瞬だけ見えたのだ。
恭也は立ち上がった。窓に用心しながら近寄る。何も見えない。気のせいだろうか?
「恭也、どうかしたの?」
「今、何か閃光が走らなかったか?」
「…閃光? 私は何も感じなかったけど。ノエル、迎撃システムに異常は?」
「迎撃システムオールチェック……システムオールグリーン。全システム正常稼動中。問題は現在皆無です」
「気のせいじゃない?」
忍が言った。別に無責任に言っているわけではない。屋敷の迎撃システムは(例えそれが武術の達人であったとしても)まったく発動せずにくぐり抜けることが不可能な作りになっている。人間であれば。
「うーん、まぁ、一応確認しに行ってくる。多分問題は無いと思うけど…下にはなのは達がいるしな。用心にこしたことは無い」
「…それはそうかな。じゃお願い。でも、早く帰ってきてよね」
「了解」
恭也は早く帰ってくるために走って部屋を出て行った。彼は少々の用心を感じつつも、この事は大した事柄にはならないと確信していた。
彼は完全に間違っていた。これから始まることは高町恭也という一人の人間の歴史において永遠に刻印される出来事となる。
魔法少女リリカルなのは“+”
第一話「ターニング・ポイント」
恭也は右手に愛刀「八景」を握り締め、先ほど閃光が見えた場所へと走った。見た感じ、何も感じられなかった。
恭也は安堵と共に思う。やはり、杞憂だったか。彼が引き返そうと思ったとき――突然風景が一変した。
「…あれは!」
恭也の目の前には明らかに大きな爆発物の爆発によって形成されたであろうクレーターがあった。その爆発によって薙ぎ倒された木もあった。
――何があったんだ。
恭也は自問する。さっきまでここを見据えて走っていたのに見えなかった爆発の痕跡、薙ぎ倒された木。彼には少したりとも何もかも見えていなかった。
(自分の)
目でも悪くなったか、と思う。その考えを即座に否定する。そのようなことはいくら何でも有り得無さすぎる。周囲を見渡す。何か他に無いか。すぐに気付く物があった。何かがさして離れていないとこに存在していた。あれは…
「なのは!?」
間違いは無かった。特徴的な茶色の髪と髪型に小さな体。駆け寄ろうとする。何か強い違和感を感じた。すぐに理解する。
なのはは今日、あんな服装をしていたか?(横には妙な形をした杖が転がっていた)疑問には感じたが、とりあえずそのようなことは後で考えれば良いと思い無視する。見た感じ、外傷は見当たらない。気を失っているだけかもしれないが、頭を強く打っているかもしれない。
病院に連れていかなければ。そう思い、なのはを背中に背負おうとした時、視界の隅が、光った。
遥かなる空の高みにそれは見えた。
――光の…槍?
光の槍はそのまま弓に引き絞られた矢のように地上に急降下、地面に激突した(恭也には槍の落ちた場所に巨大な猫が見えたような気がした)続いて光の柱が到来、周囲に強烈な光を撒き散らす。
光は数秒で収束した。
余りに強い光に目がくらんだ恭也が目を開いた時、そこには猫と――青い粒のような光が空中に浮かんでいた。「それ」に近寄る人影。
反射的な行動だった。恭也のいる場所からは微妙な角度の問題で人影の顔が見えなかった。恭也はそれを見ようと、動いた。
人影の正面に正対する。人影は青い光に棒のようなものをかざし――その光を吸い取ったように恭也には見えた。
顔が見える。相手も気配に気付き、顔を上げた。目が合う。それは少女だった。赤い瞳に金色の髪。マントを付けた派手な衣装。斧の様な――斧の様な棒状の何か。斧の中心には黄色の宝石のようなもの。
「おかしい、結界は……」
少女が呟く。恭也には聞こえない。
「君、一体ここで何をしている?」
「解除されてない… 何故?」少女は恭也の問いを無視した。次いで、感情の無い瞳で恭也を見る。「まぁいい…見られたなら」
彼女は斧の様なものを恭也に向けてかざす。先端から光が発生し、収束する。
「消す」
頭では理解してはいなかったが、恭也の体は全てに即座に対応していた。頭の中で『何か』のスイッチをオンにする。視界がモノクロに染まる。体を左に動かす。光が0.3秒前に恭也が居た位置を通過したのはその時だった。
背後で轟音が発生した。
恭也は振り向きもせずに少女を見据える。内心では今見た力を自分の中で知っている力に当てはめることを試みている。
――超能力、HGS、あるいは霊力の類か? 違うな、と思う。あれは最早、そんなレベルの物では、ない。
右手に八景、左手に父の高町士郎から貰った無銘刀を構える。少なくとも恭也は目の前の少女が気を抜ける相手ではないとうことだけは既に自覚していた。
少女は、攻撃を回避した恭也を不思議そうに見詰めた後、斧の様な物から光を展開、光は先鋭化し、鎌になった――瞬間、少女は恭也に襲い掛かった。普通の人間ならば有り得ない速度で距離が詰められる。恭也は再び『神速』を発動。寸前で回避、『徹』を少女に叩き込む。本来なら距離、速度共に完璧ではあったが、文字が書かれている円系の物体――魔方陣に攻撃を阻止された。恭也は内心で驚愕しつつ引いた刀を超高速の『射抜』として再び攻撃を試みる。またも魔方陣に攻撃を阻害される。今度は少女の『鎌』が迫る。恭也は余裕を持って回避した。
恭也は思った。最初は不意を突かれたが、冷静になれば避けられない攻撃では、ない。問題は、こちらの攻撃が全く効いていないということだ。
少女は『鎌』を構え直し、こちらを見据えた。
どう考えても、その鎌はまぐれでも当たれば一撃で全てが終わりそうな威力を携えている。こっちはどのくらい攻撃を当てたら効果があるのかもよくわからないのに、あっちは一撃当てれば勝ち、か。恭也は再び思った。分が悪いな。ま、しかし、逃げまわりゃ死にはしない。それに、弱点がないと決まったわけでもない。
少女が襲撃の予備動作を見せた。彼は『神速』を即時対応可能にしつつ、攻撃に備えた。御神の剣士たるもの、どんな時、どんな状況でも諦めてはならない。
ユーノ・スクライアは少女と高町恭也の戦いを完全な驚愕と畏怖と共に見詰めていた。
最初、恭也が何故か結界内に出現した時、ユーノは思わず隠れてしまった。自分がただのフェレットではないということがバレてしまうかもしれないという恐怖からくる行動(何せ、その時、地面に衝突しそうになったなのはを受け止める魔法を使っていた)だった。と、言っても恭也が少女に発見され、襲い掛かられた時にはユーノは魔法を使って何とか少女を止めようとしたのだから、臆病という意味から来る行動ではない。
そして恭也が目の前で少女との戦いを互角にこなしてるのを見たときは、恭也が本気で魔法使いではないのか?とユーノは疑った。しかし、体のどの部分からも魔力は感じられない。ユーノはなのはに出会ってからまだ日が浅いのもあってから高町家の情報を、大して入手していなかった。だからこそ、彼は真剣に驚いていた。
もっとも、例え情報をきっちり入手していたとしても酷く驚いてるユーノの姿は簡単に想像できるのではあるのだけれども。
既に打ち合って幾数合。決着は着いていない――いや、着かない。
恭也は目の前の少女を結局は圧倒してはいた。恭也の見た感じ、体力、技量、敏捷など戦闘を決定付けるあらゆる戦術ソースは自分が勝っていた。彼女の攻撃、読み合い、技、どれを取っても
「稚拙」
としか言い様が無い。
(しかし)
恭也は思った。攻撃が全く通用しない。どれも防壁のようなもので防御される。つまり、俺には決定打が無い。――どうするか。相手が切り札のようなものを更に出してきたら、一部分での圧倒などすぐに押し戻される。こっちも切り札を数枚持ってはいるが、今までがそうであったように、効果が無い可能性は高い。
下唇を軽く噛む。
何か無いのか。例えば、彼女を倒す――といかないまでも撤退させられるような何かのきっかけが。
少女は思っていた。
(この男の人、これでも)
普通の人間か?と。
最初に感じていた余裕は跡形も無く消失している。表面こそ平静を保っている。しかし、自分の攻撃はことごとく回避されている。そして、更に攻撃を続けても当たる気配は微塵も無い。時々、不意打ちのような形で上手く接近できても『魔法のような何か』を使って一瞬にして消える。気が付けば、私の背後に立っている。かろうじて戦闘らしい物になってるのは、相手が攻撃は今のところは『普通の人間』であるからに過ぎない。
もっとも、目の前の人間が自分と同じ
「魔法使い」
であるかもしれないとは何度も疑っている。しかし、魔法を使った痕跡はまだ少しも感じられない。
それとも『私程度』には魔法を使わずとも勝てると思っているのか。その点において目の前の男の人を魔法使いではないと彼女は断定していなかった。恭也が『斧の様な物』と呼んでいるインテリジェントデバイス『ブローヴァ』を持つ手に汗がにじむ。
自分が魔法以外の要素では勝負にもならないほどに負けているのは、もう嫌というほど思い知らされていた。
――どうする。
緑色の光を発する鎖が出現したのはその時だった。
今だ!
ユーノは心の中で叫んだ。呪文を詠唱。魔方陣を展開。緑の魔方陣から緑色の鎖が出現した。目の前の彼女へと向かう。
――!?
恭也はいきなり横の茂みから何か見えた『何か』が自分に向かってくる――と思ったが、それは自分ではなく、目の前の少女へと向かい、手足に絡みつき、拘束した。
「恭也さん、今です!」
恭也は少年の声を聞いた。どこからか、とは思ったが今はそれを気にする時ではない。とりあえず、好機であることは間違いが無い。
『神速』を発動。同時に両刀を納刀する。
一撃で戦闘能力を奪う!
距離は実時間にしたら一秒にも満たない時間で接近した。しかし――今度は緑色の鎖は茶色の光に切断された。
「フェイト、上です!」
フェイトと呼ばれた少女ははっとした表情をすると声に導かれるままに空へ逃げた。そこには薄茶色の髪をした女性が浮かんでいた。恭也は追撃できなかった。当然である。恭也は魔法使いではない。
上空で二人は何か言葉を二言三言交わした後――、少女は恭也をちらりと見、そして空に溶け込むように姿を消した。
戦闘は終結した。
恭也はふう、とため息をついた。負けはしないと思ってはいたが、異常に緊張を強いられた戦いだった。少女の正体について考えを巡らしたいとこではあるが、今はやらなければならないことがある。
なのはを急いで(とりあえずは)月村邸に運ばなければ。
恭也は倒れてるなのはの方を向く。横にフェレット――高町家の飼いフェレット、ユーノがいた。
何故、こんな所に?
恭也が思ったとき、声が聞こえた。
「恭也さん…」
さっき戦闘の最中に聞こえた少年の声だった。その声は明らかに目の前のフェレットから発されていた。
「ユーノ…か?」
「はい、僕が喋っています」
恭也は周囲に首を巡らした。最初にあったクレーターに合わせて、恭也が受けた射撃魔法で樹木が一直線にえぐれている。
恭也は思っていた。どう考えても、クレーターはあの少女が作ったと思うのが自然だ。そして、その戦いにおそらくなのはが関わっていたことも。
「僕が喋っていること、驚かないんですか?」
「ああ、似たような例が昔、あったからな…と、まぁ、それは良いんだ。ユーノ、お前はなのはがどんなことに今巻き込まれたのか、それとも――『昔から』関係しているのか、お前は知っているのか?」
「はい」ユーノは決心を感じさせる声で言った。「今からそれを、お教えします」
あとがき
最後まで読んでいただいた方、有難う御座います。そして初めまして、初投稿させて頂いた、向日葵(ひまわり)と申す者です。
前から書いてみたい、投稿してみたいと思っていたのですが、今回ついに投稿させて頂きました。
良ければ、評価の程をお願いします。少しばかり読みにくいかもしれませんが(汗)
第二話も急いで投稿させて頂きますので、よろしくお願いします。
向日葵さん、投稿ありがと〜。
美姫 「ございまーす」
リリカルなのはのSSですね。
美姫 「恭也が事件に巻き込まれたら、って感じかしら」
決め手の無い恭也と、攻撃を躱されるフェイト。
美姫 「決着は着かなかったわね」
だな。さて、これからどうなるのか。
美姫 「恭也はどうするのか」
次回が楽しみです。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。