『葉弓さんの恋慕情〜I・Needs・Your・Love』





このお話は作者の個人的価値観に基づいて書き上げた物語です。

この展開は違う、と感じられる方は然るべく。

そうでない方はお楽しみ下さい。

OLD・DAY’S ”UNCHAIND MELODY”をBGMとして読まれるのも一興かと。

(プラターズ版)


                       
                       作 者 敬 白








「葉弓さん、俺は貴方が思うほど強くない。貴方が居ない・・・貴方の居ない世界なんて」

葉弓の脳裏に恭也と初めて会った時の事が走馬灯の様にのは駆け巡る。

『あれは薫ちゃんを訪れた時だった』



邂逅

薫ちゃんが海鳴に来られないかと聞いてきたのは昨日のことだ。

「葉弓さん、こちらに来られんですか。実は先週あたりから強まっとるんです。楓も明日此方に来ます」

「解った、今からじゃ無理だから明日一番にたつから、そちらに着くのは2時ぐらいだと思う」

「すいません葉弓さん。それじゃお待ちしています」

電車を降りて改札へ向かう。此方は向こうより熱い、と感じながら歩いていくと改札の向こうに頭ひとつ上に出でた

少年が此方を見ている。改札を出ると少年が近づいてきた。

「神咲葉弓さんですか」

「はい、神咲葉弓は私ですが、貴方は?」

「申し遅れました、自分は高町恭也と言います。耕介さん、遅れるそうなんです。それで、その間俺が時間つぶしの

相手をしていろと言われて俺が変わりに迎えにきました」

それが最初だった。

「会場の設定に時間が掛かるんだそうです。あと3時間位ですね」

「別にそれは良いんですが、会場ですか?」

「ええ、葉弓さんが来ると言う事で、真雪さんが宴会をするそうです。準備に時間が掛かるからそれまで俺が葉弓さん

を案内する事になったらしいんです、真雪さんの一言で」

『真雪さんのはしゃぐ姿が目に浮かぶ。あの人は宴会が好きだから。まあ、お酒と騒ぐ事が大好き人間だからね』

そう思いながら少年をみる。顔が少し赤いような気がする。

「ふふ、ご迷惑をお掛けしたみたいですね。でも、真雪さんらしいですね、本当に」

目の前の女性が微笑んでいる。まるで輝くような笑顔だ。なんて綺麗な人なんだ。上品な大人の女性を感じた。

見惚れていると、彼女は俺を見ていた。

『しまった、俺とした事が初めて会った女性に見惚れているなんて』

「どうかしましたか?」

目の前の女性が聞いてきた。

「あ、いえ、何でもありません。気にしないで下さい」

「そうですか?なんかお顔が赤いから熱でもと思いまして」

『ふふ、可愛いい。慌てちゃって。私を見て赤くなってる。恭也君か、なんかいいな。こんな弟が居たら良かったのに』

葉弓はこんな事を思っている自分に驚いたが、恭也を見ているとつい意地悪がしたくなる葉弓でもあった。

そっと恭也の額に手を持っていくと、自然な感じで恭也の額に掌を触れる。恭也はいっそう赤くなる。

『可愛いい、おでこをくっ付けたらどんな風になるかな、この子』

恭也の顔を挟もうと両腕を上げかけた途端、その少年は身を翻した。鋭い喪失感に囚われる。じりじりするような乾き

が葉弓の胸に沸き起こり戸惑う。長い刻をかけ追い求めた物に手が届いた瞬間、霧散してしまうそれに似て。

『私ったら、どうしたんだろう。初めて会った子なのに』

そんな葉弓の胸のうちを知りようも無い恭也は掌の感触に心が震えていた。そんな気持ちを振り払うかの様に。

「も、もし宜しかったら冷たいものでも飲みませんか、喉が渇いたでしょう、今日は暑いから」

私の返事も聞かず先に歩き出す。それが私を現実に引き戻す。

「ちょっと待って」

そう言いながら彼の後を追いかける。彼は商店街の方へ歩いていく。やがて目的の喫茶店が目に入った。

翠屋、彼の目的は其の喫茶店だった。店に入っていく彼の背中を追いかけ私も中に入る。

カランカラン、ドアに付けられたカウベルが鳴る。

「いらっしゃいませ、お二人様ですか・・・なんだ恭也か。奥の2番が開いてるからそちらに座って」

「此方です、葉弓さん」

ひどい言われようだ。テーブルに着くと忍がメニュを持ってきてくれた。

「注文がお決まりになりましたらお呼びください」

「長旅だったから、葉弓さんお腹がすいているでしょう。好きなものを言ってください」

「あの、このお店は恭也君のお知り合いの方のお店なんですか?先ほどのやりとりを見てたらそんな気がして」

葉弓さんが聞いてきた。確かにあのやり取りじゃバレバレなんだが。

「はい、おれの母さんが経営しているんです」

「そうなんですか。翠屋さんという名前は薫ちゃんや那美ちゃんから良く聞いているんですよ」

「はい、よく利用してもらっています」

薫さんは高校時代からよく来ていたらしい。那美さんもその影響かよく来てくれる。そういえば鷹城先生も。

先生の場合は薫さんのクラスメイトだった千堂さんの後輩で、其の関係で今でも生徒を連れてよく来てくれる。

「じゃ私、クラブサンドと紅茶を、それと、デザートにシュウクリームをお願いします」

お決まりになりましたか。忍が声を掛けてくる。

「クラブサンド二つと紅茶とコーヒーを、それと、デザートにシュウクリーム」

忍は注文を反復して厨房へ通す。

「薫ちゃん達からよく聞かされていたの。料理は凄く美味しいくって、それに、シュウクリームは絶品だって。

薫ちゃんは風芽丘高校に通って居たから、部活の帰りによくお店に入ったって言ってたし」

俺が小学6年位の時からよく来てくれた人だ。髪型はいつもポニーテールだった。那美さんのお姉さんでかなりの

腕の持ち主だとわかる。身体から滲み出てくる感じで分かるのだ。

那美さんは美由希と同級生だ。其の関係で薫さんの事も知っている。今、さざなみ荘で那美さんは暮らしている。

そんなことを考えていると、厨房から母さんが顔を覗かせていた。やがて食事も終わり、デザートが運ばれてきた。

「ふー、美味しかった。こんなに美味しいのは初めて。仕事柄いろんな所へ行くけど、こんなに美味しいサンドには

お目に掛からなかったわ。ご馳走様でした」

「お気に召しましたでしょか。申し遅れました、恭也の母です。貴方が葉弓さんね、はじめまして」

「はい、神咲葉弓と申します。こちらこそよろしくお願いします。でもどうして私のことを御存知なんですか」

「那美ちゃんが教えてくれたんですよ、真雪さんの頼みでうちの恭也がお迎えに行く事」

「そうなんですか、すいません。今回、息子さんに御迷惑を掛けてしまって何て言ったらいいのか。本当に

申し訳なく思っています」

「気にしなくても良いですよ。この子の事だから、こんな暑いのに葉弓さんの荷物も持たなかったでしょうし、

こちらの方こそ役立たずで申し訳なく思っています」

『葉弓さんの荷物は確かに重そうだった・・・・。しまった、舞い上がって居たんだ』

「いいえ、気にしないで下さい。あれ位平気ですから」

そうこしている間に時間が迫ってきた。

カランカラン。ドアが開いた。

「いらっしゃいませ、お3人様ですか?」

バイトの子が確認している。かなり大柄な男性が一人入ってきた。

其の後からきりっとした、葉弓さんと同じ位の年恰好の女性が少し若い女性を伴って店内に入ってきた。

「耕介さん。それに真雪さんと知佳ちゃん」

「やあ、こちらに来てるんじゃないかと思ってきたんだけど正解だったね」

「よう、久しぶり。元気にしてたか」

「葉弓さん、お久しぶりです」

「思ったより早く片付いたんで迎えに来たんだ。俺はコーヒー。真雪さんや知佳ちゃんは」

「私も同じで良いよ。知佳も良いだろう」

「うん、それとシュークリームと」

「そういう訳だ耕介、ご馳走様」

「俺が払うんですか、俺より稼いでいる人が言う台詞じゃないでしょうが」

「うっさいな、男なんだから細かい事は気にするな」

「分かりましたよ、コーヒーを飲んだらさざなみへ行きましょうか」

「恭也、お前も来るんだぞ」

「俺もですか」

「ったりめえだ。言っとくけど拒否権は無い」

真雪はそう言いながら、桃子かあさんに話しかけた。その話し方があまりにも普通だったから驚かれていた。

「初めまして、私、仁村真雪と申します。今回は御子息に大変お世話になりました。お礼方々さざなみ寮に

御招待したいのですが如何でしょう」

「御丁寧にありがとう御座います。ぜひお願いします」

こんなやり取りを聞いていた耕介が。

「恭也君、男は諦めが肝心だ」

こうして恭也は酒宴に付き合わされた。


「さあ、着いたぞ、耕介、宴会だ」

喜色満面の真雪の声に促されて車から降りて、玄関を開けるとゆうひさんや薫さんたちが待っていた。

「お帰り、準備は出来てるから始めよか」

「ゆうひさん、葉弓さんは疲れちょるやろからシャワーでも浴びてもらってからの方がいんじゃないですか」

「それもそやな、薫ちゃん。ほな、そう言う事でうちらは先にはじめてるさかい、そっちの方は頼んだで」

こうして主人公抜きで宴会ははじまった。

私は酔いを醒ますために庭に出た。そこには先客が居た。知佳ちゃんと恭也君が並んで座っていた。

二人を見ていると急に胸が苦しくなった。やりきれない想いが胸を満たす。その場を離れたくなった。

そおっと離れていく。

「葉弓さん」

背中に私の名を呼ぶ恭也君の声。金縛りにあった様に動けない。なぜか涙が零れそうになる。気を取り直して。

「あら、ごめんなさい、お邪魔しちゃったみたい。馬に蹴られるのは嫌だから直ぐに退散するわね」

茶化すような言葉が紡がれ、私の口から出る。精一杯の虚勢。

「い、いえ、別にそんな事は無いです」

「そう、でも酔いも醒めたし、そろそろ向こうへ戻らないと、じゃあ」

リビングへ戻ってきた。でも醒めてしまった私が居る。いくら飲んでも酔えない。真雪さんに進められ重ねる杯。

しかし、もういくら飲んでも酒に酔うことは出来ない。そんな事は分かっている。あの光景が頭から離れないから。

「知佳、愛してる」、「私も、私もよ、恭也、抱いて、壊れるぐらい抱きしめて、知佳に、知佳に恭也を感じさせて」

次から次に浮かび上がる妄想、そんな妄想の中の二人の痴態が葉弓の心を引き裂く。



あかりが差し込んでくる。此処は?あたりを見回すと自分が何処に居るか理解した。

『どうやら寝てしまったみたい。どうやって此処まできたんだろう。誰かが運んでくれたんだろう』

掛け布をめくって自分の姿を確認する。寝巻きに着替えた自分の姿に頬を染める。

急に思い出した。嫉妬のあまり気を失ったのだと気付いた。

「葉弓さん起きられましたか」

那美ちゃんが廊下から声を掛けてくれる。

「はい、今、目が覚めた所よ」

「じゃ、朝ごはんの用意が出来てますからリビングまで」

「ありがとう、直ぐ行きます」

「お早うよう御座います」

声を掛けながらリビングの中に入って行った。

「おはよう、大丈夫かい」

「昨日は凄い飲みっぷりだったから今日は沈没だと思ってたんだけどね、やっぱり酷い顔をしてるよ。

これを飲みな、小一時間もすればスッキリするから、ほれ」

耕介さんから渡された湯飲みにいっぱい満たされている何かを一気に飲み干した。

「・・・・・・・・何ですかこれ」

「これか、漢方だ、俺の家伝の秘薬だ、効くぞ」

飲んだ瞬間、眼から火花が散った。私も神咲神鳴流の当代、薬に関して些か勉強している。しかし、この味は。

暫らくして曇天の中から僅かに陽光が差してきた様な気がしてきた。

「耕介さん、確かに良く効く事は分かりましたが味がしません。というよりも感じる前に時間が過ぎてしまうとでも表現した

方がいいんでしょか?」

「いい表現だなあ、それって。言い得て妙って所か。さすが葉弓さんだ。そう思わないかい耕介」

「そうですね。でも、顔色が良くなって来てるし、いいんじゃないですか、真雪・・・さん」

今何か違和感を感じた様な気が・・・真雪さんもなんだかおかしい。知佳ちゃんが俯いて肩が震えてる。

この場の雰囲気を逸らそうとするかのように真雪さんが知佳ちゃんに声を掛けた。

「それはそうと知佳、お前はの方はどうなんだ、進展してるのか。ほれ、どうなんだ。お姉ちゃんに言ってみな」

「もう!、照れ臭いからって私に振らないでよ。寮のみんなだって知ってんだからね、姉ちゃんたちの事なんか」

パリ〜ン、ガラガラガラという音が聞こえて来そうな位、耕介と真雪の表情が固まった。

「「どどどどどうして知っているんだ俺(私)たちの事」」

「お兄ちゃん、お姉ちゃんたち。二人ともハーレーが好きだからって、そんな驚き方しないでよね、まるでバイクの

エキゾーストみたいじゃない」

「いや、まあ、その・・・・なんだ。私と耕介は確かに付き合っているんだが・・・・その・・・知佳、すまない黙ってて」

「別に良いんだよ、私も嬉しいから。姉ちゃんが幸せになってくれたら嬉しいもん。それに・・・私もアメリカに行く

事に決めたから。気持ちの整理が着いたから」

「・・・そうか、アメリカへ行く事に決めたのか。・・・よく決心したな。そうか、アメリカか。頑張れよ、知佳」

知佳ちゃんの顔が輝いている。そこには一片の迷いも無い。決断した者のだけが持つ凛凛しい顔つき。

「みんなも知っての通り私はHGS。羽がある。このことが私を苦しめてきた。お姉ちゃんが家から連れ出してくれた

から、今の私がいる。お姉ちゃんは私の為に随分と自分を抑えてきた事知ってるんだ」

「いや、抑えてなんかいない」

真雪さんが遮る。

「言わせてお姉ちゃん。私、知ってるんだよ、私の為に諦めた人の事も」

「馬鹿な事いうな!わたしゃ知佳の為に諦めた事なんか一度も無い!」

大声で叫ぶ真雪さんを耕介さんが抱きしめた。力強く。そして優しく真雪さんの耳に呟いた。

「真雪、俺はそんなお前が大好きだ。不器用な表現しか出来ないお前が愛しくて堪らない。知佳ちゃんも

同じだ。真雪の為に夢を諦めかけていた」

その言葉に真雪さんはキッと知佳ちゃんを見た。

真雪は知佳の夢は知っている。自分の力が、人の役に立つところで働きたいという夢を。

パチパチ。拍手が聞こえた。寮のみなが拍手をしながらリビングに集まって来た。涙を流しながら拍手をしている。

こんな場所で、みんなの居る所で二人の関係を明らかにした知佳の思いに気付いた。知佳は飛び立うとしている。

「ごめんねお姉ちゃん。でも耕介兄ちゃんがお姉ちゃんの傍に居てくれる。だからもう自分の幸せを掴んで」

「恭也君に相談したんだ。だって彼は私なんかよりもっとつらい道を歩いている、今も、ううん、きっとこれからも。

だからかな。うん、だから彼に相談したんだ」

『この子は、知佳ちゃんは恭也君のことを愛している。彼も、彼もなの?』

「恭也君はね、知佳の思う道を行く事が、それが茨の道でも自分自身、信じる事が出来る道なら真雪さんも

応援してくれるって。立ち止まることが在ってもお姉ちゃんが抱きしめてくれるって。又歩き出す勇気をくれるって」

「分かったよ知佳。お姉ちゃんはいつまでもお姉ちゃんだから。知佳が信じる事が出来る道なら歩いて行けばいい」

「ありがとうお姉ちゃん。彼には振られちゃったけどね。初恋は実らないものだから。ううん、そうじゃない、きっと、恋に

恋をしていただけ」

チラッと舌を覗かせながら明るく言い切った。

『知佳ちゃん、自分の心に気付かないままの方が幸せかもしれないよ。それに引きかえ私は気付いてしまったから。

そして、安堵している自分がいる。人が知ったら、なんて嫌な女なんだろうと蔑むかもしれない。でも構わない。

私は恭也君が好きだ、愛してる。誰にも渡したくない』

自分の部屋で一人になり、葉弓は考えていた。

『一体どうしたんだろう。初めて会った、しかも、7歳も年したの少年に焦がれる様な想いを抱くとは。気が狂ったの

かも知れない。誰にも相談なんか出来ない。どうすればいいの」

「葉弓さん、薫です、入っても構わんですか」

「葉弓さん、今回はご苦労様です。昨日、楓と長野の方まで出かけてましてお迎えに行けんですいません」

「いいのよ、それで長野とは寂光妙寺まで行ったの」

「はい、そこの住職に方に古文書を見せて貰ったのですが。やはりあの祟りは将門公の絡みの祟りと思われます」

「じゃ、誰かに憑依することは考えられるのね。確か・・・・・・・・」

「ええ、築山殿。相馬小次郎の母姫に憑依したことがあったとです。あの折は神咲の全力でもって封印したのですが

最近になってその封印が解けかかっているみたいんです。国守山の結界が緩み始めているんです」

「一度見に行きましょう。薫ちゃんも那美ちゃんもいい?それと楓ちゃんもいいわね」

「はいっていいか?」

耕介さんが声を掛けてきた。

「俺を忘れちゃいけないよ。俺だって神咲だ。それともっと忘れちゃいけないのは祟りが女性だという事だ」

「それじゃ男の人には憑依しない、という事ですか?」

「そう、女性にだけ憑依するんだ。築山殿然り、淀君然り、五代将軍御息所然り」

「築山殿は将門公の母君で、事実は分からないが息子を溺愛していたらしい・・・」

「それって・・・・」

最後まで言わずに那美は赤くなる。

「きっと祟りは嫉妬という感情が凝り固まったものだと思うんだ。だから簡単には消える事は絶対に在り得ない。

この世に女と男が居る限り未来永劫消える事は無い。きっと信じられない位の嫉妬する心が祟りを呼び寄せたんだ」

「それって耕介さん」

「ええ、葉弓さん。誰かに憑依しているかも知れません」

『まさか、そんな筈は無い。私は霊能者、すぐに気付くはずだ。仮に私に憑依していたとしたら、依代ごと始末すれば

良いだけの事だ。私の命と引き換えに引導を渡してあげる』

時間も遅いし、各自が部屋に引き取った。もう12時前だ。休む事にしよう。私は寝床の中に入った。

昼間の精神的な疲れか、直ぐに意識を手放した。

私は山を見ている。夢の中だと言う事が理解できた。目の前の山は綺麗に色付いてい居る。彼方から馬が一騎

疾駆してくる。それを追撃するように数騎が迫り来る。夢が変わった。

面妖なぐらい美しい女が立っている。その横には年端の行かぬ少年。

「小次郎殿。熱はないかえ、お顔が赤い様じゃが、冷たい風は身体に毒じゃ、ささ、もう部屋に戻られよ」

少年が女を見上げるように顔を上げると。少年の頬を掌で挟んで可愛い子と呟く。

「小次郎殿を心から愛しているのはこの母ただ一人じゃ」

小次郎?、小次郎とは将門の幼名。するとこの女は築山殿?これは一体?急に眼が覚めた。

『なんだったの今の夢は。那美ちゃんがあんな事を言ったからこんな夢を見たんだわ。それにあれは今日・・・』

前触れも無く壁の中から何かが浮き上がってくる。それは葉弓が経験した事の無い悲しみ。取り込まれそう悲しみ。

だが急にそれは狂おしいほどの嫉妬に変わった。これは!。嫌でも理解した女の性。築山殿だけじゃない、あの祟りも

同じなんだ。愛する男を奪われた女の性。それが祟りなんだ。何故私なのか、葉弓はそれも理解した。

きっと恭也君が関係している。

「薫ちゃん。恭也君のことなだけど」

「恭也君がどうかしたとですか」

「ええ、彼のこと教えてくれないかな。どんな些細な事でもいいから」

「うちも余り知らんとです。でも何故恭也君なんです?」

「まさかとは思うんだけど、恭也君から二種類の霊力が感じるの。最初は分からなかった。でも違和感が在って気を付け

てつけて見ていると、どうやらひとつじゃないの、二つの霊力が交じり合ってひとつになっている。遺伝子みたいに絡み

合っているの。それと確かな事は言えないけど、それだけじゃ無いみたいなの。そこで一度青森に帰ろうと思うの」

「分かりました。那美が恭也君の家にお邪魔するみたいですから、一緒に行ってみます」

「那美ちゃんが恭也君の家に行くって、美由希ちゃんだったかな恭也くんの妹さんと付き合いが有るって言ってた。

その関係で?」

「そうです、それと恭也君とは手合わせをする事に為ってますから、うちと那美で何とかしてみます」

「そう、悪いけどお願いね」

『心に引っ掛かりはあるけど、今は抑えなくちゃね』

「那美、うちじゃ。那美は学校が終わると美由希ちゃんの所へ行くんじゃろ。実は葉弓さんから頼まれたことが有るんじゃ。

実はな、恭也君のことなんじゃが、彼の霊力に関する事なんじゃ」

「恭也さんの霊力に問題があるという事なの薫ちゃん?」

「詳しい事は葉弓さんが青森から帰ってからになるじゃろ」

「分かった。翠屋さんによってから行く事になって居るから、そこで待ち合わせしましょう」

青森に帰って蔵の中にある筈の古文書を探す。程なく目的の古文書を見つけ出した。

そこに書かれている出来事は悍ましいくも、哀しいものばかりであった。その中に目的の物を見つけた。

其れは人の恋慕の情を食い物にする妖怪。名前も、生まれ出た理由も分からない。ただ実態として存在するだけ。

歴史に中に一度だけ現れた存在。葉弓は空港まで急いだ。この時間なら今日中に間に合う。

翠屋のカウベルが鳴った。

「いらっしゃいませ、那美さん。薫さんも一緒なんだ。恭也ならもう直ぐ帰ってくると思うよ」

「じゃ奥の席でもいいですか」

「いいよ。美由希も直ぐに来るから。いつものでいいね?じゃ待ってて」

「すいません、忙しいのに」

「いいのよ。美由希のお友達なんだから気にしないで」

またカウベルが鳴った。開いたドアから恭也が顔を覗かす。

「かあさん、なにか手伝う事はないか」

「きょうは、まだいいわ。もう直ぐ高校生の時間だから其れまで休んでて。其れと那美ちゃんたちが来てるから美由希が

来るまでお相手をお願いね」

「分かった。那美さん、薫さん。一瞥以来です。お元気でしたか」

一瞥と言っても1週間前なのだが此処まで時間感覚が鈍いと反応する気にもなれない。

「おかげさまで。恭也さんは」

いつものパターンを繰り返す那美と薫。

「俺はいつも通りです」

これもいつも通りの返事。

「今日は、どうかしましたか。美由希に御用とか。母さんが言ってましたが」

「美由希ちゃんに用が有るのは那美。私は恭也君、君に用事があるんじゃ。何時ぞや言っていた稽古試合なんじゃが

今日お願いできないじゃろうか。暫らく仕事で時間が取れそうにないので。無理じゃろか?」

「俺は別に今日でも構いませんが。仕事が終わってからになりますがそれでも構いませんか?」

「こちらも急じゃから、それで構いません。悪いけどお願いします」

「薫ちゃん、恭也さんと稽古なの。じゃ私見てても居ていいかな」

「良いですよ」

「それじゃお言葉に甘えまして、えへ」

そんな時、薫の携帯が鳴り出した。

「薫ちゃん。私、葉弓です。今駅に着いたの。そちらは?」

「お疲れ様です。今翠屋さんに居ます。恭也君のお家に行くのは後2時ぐらい後になります」

「そう、じゃ私もそちらへ伺うわ」

「分かりました、今から駅まで行きます。それじゃ」

「葉弓さんが帰ってきたの?」

「ええ、この時間に着くという事は飛行機か。何か見つけたみたいじゃね。恭也君、悪いんじゃが葉弓さんを迎えに

行くんで少しの間失礼するよ」

「いらっしゃい、那美さん。それに薫さんも」

美由希が来たので俺はフロアに入った。



「薫ちゃん、此処よ」

「葉弓さん、この時間だと飛行機ですか。という事は収穫があったと言うことですね」

「ええ、ひとつだけこれはと思うものがあったの」

「それと恭也君の方はどう?」

「ええ、葉弓さんの言われた通りでした。それと葉弓さんは違和感を感じると言われたけど、私は感じませんでした」

「やっぱり、私だけなんだ。違和感感じるの」

「それはどう言う事ですか。教えて貰えますか」

「それは恭也君の前世に関係が有るの。これは推論でしかないけど、恭也君にはもうひとつの柵が巻きついている。

彼の前世はきっと相馬小次郎と関わりがあったと思うのね。もしかしたら相馬小次郎本人かも知れない」

「恭也君が相馬小次郎!。葉弓さんそれは何を根拠に」

「それはね薫ちゃん。耕介さんが昨日言ってたでしょう。女にしか憑依しないって」

「まさか!葉弓さんに!」

「そのまさかよ。私に憑依してる。なぜ私なんだろうと思った。私は退魔師、霊障が有れば直ぐに気が付く筈。

それがなぜ気付かなかったのか。私ね、恭也君をからかったの。思い当たる原因はそれはしかないわね。

あの日、私は始めて恭也君に会った。彼は私を見つめていた。それで私が声を掛けたら赤くなったしまった。

あまり反応が可愛かったから、ちょっとだけいじめたくなっちゃって。それでからかって見たの。

わざと知らん振りをして熱があるのと掌を彼の額に当てたの。そうしたら彼、真っ赤になっちゃったのね。

そのとき思ったの。おでこをくっ付けたらどんな反応をするのかて。それを見たくなって腕を上げようとした時に

憑依されたと思う。私ね、青森へ帰る前の日、夢を見たんだ、築山殿が小次郎におでこをくっつけようとしてる夢。

でもくっつけられなかたわ。だって、わたし、おでこをくっつけた所を夢で見てないもの。悲しくて眼が覚めたの。

そのときよ、築山殿は小次郎から引き離されたんだ、きっとそうに違いないて感じた。おでこをくっつけ合う事で

築山殿は小次郎の温もりを感じたかったんだ。薫ちゃん、結界が緩みだしたのはいつごろからか考えてみて」

薫は恭也と稽古試合をした。それは国守山の氷那神社の境内で行われた。そのとき結界の揺らめきを感じた。

「葉弓さん、言われる通りかもしれんません。恭也君と稽古をした時に揺らめきを感じました」

「そのとき祟りは小次郎の霊気を感じ取った、きっとそう。築山殿の想いも取り込んでいるから直ぐに小次郎

の霊気を感じ取ったはずなの。でもこれは推論。実際憑依されているという感覚はないし」

『築山殿と私の想いが重なったのね、息子を抱きしめて彼の温もりを感じたい。母と子の触れ合いを望んでいる。

なら叶えて上げたい。母としての想いを叶えてあげたい』

翠屋へ着いた時、恭也はフロアで働いていた。美由希と那美は、アルバイトの子と共に、食器を片付けていた。

それほど店内は込んでいた。明日から夏休みに入るという事も有って店内は満席状態。葉弓たちも厨房に入り、

洗い場で手伝う事にした。漸く客足まばらになって来たころ。

「今日は助かったわ。一時はどうなるかと思ったわ。本当に貴方たちには感謝よ」

彼女たちは思い思いの飲み物を口に運んでいる。

「だから、今日はお礼に夕食に招待させて」

「私、食器洗いしかできなかったし、御礼なんて」

「うちも葉弓さんと同じで余り役に立ったとは自分でも思えんし」

「違うの、本当に助かったんだから。だから、お礼したいの」

「母さんが助かったって言ってるんですから、素直に受けてください。それに自慢するわけではないですが

うちの母は心にもない事を言う人じゃ有りません。母さんの気持ちを受け取ってください。俺からもお願いします」

「はい、有りがたくお受けします。薫ちゃんのも那美ちゃんもいいわよね」

「そうと決まったら、母さん腕によりを掛けて頑張るわね」

「今日は本当に有り難う御座いました。稽古が出来なくなりましたが申し訳ないです、日を改めてまた」

「いいんじゃよ。うちが急がしたんじゃから、気にせんでよかよ」

恭也の笑顔を見た途端、葉弓の中ので何かが弾けた。

「こ・じ・ろ・う・・・ど・の・・」

薫は後ろで囁くような声を聞いた。振り向いて葉弓を見る。驚いた事に恭也も葉弓を見つめている。

「え?、どうしたの二人とも」

「いえ、なんもなかです」

テーブルに母さんの作った料理が並べられた。

「美味しかったね、薫ちゃん。お腹一杯になちゃった」

「私もお腹一杯。本当に美味しかった。ご馳走様でした」

「店長さん、有り難う御座いました」

「いいのよ。又手伝ってね」

桃子は彼女たちにウインクした。

翠屋での宴会が終わり、表に出ると人通りは絶えて中天に月が架かっていた。

「わ、もうこんな時間。それじゃ恭也君、私たちこれで失礼します。お母さんによろしく仰ってください」

「わかしました。でも最終のバスも出てしまってます。宜しかったら家で泊まって行かれませんか」

「そこまではいくらなんでも、ねえ」

「そうじゃ、恭也君。余りにも厚かましい気がするし。今日はこれで失礼するよ」

「それじゃ、さざなみ寮まで送ります」

「大丈夫ですよ、恭也さん。葉弓さんも薫ちゃんも居てるから」

「いや・・・、やはりお送りします」

「恭ちゃん、今日の鍛錬は?」

「今日は休みにする。お前もお腹が一杯だろう?」

「うん、お腹一杯で動けない」

恭也の家の前まで来た。

「それじゃ、葉弓さん、薫さん、那美ちゃん、おやすみなさい」

「美由希さんも、お休みなさい」

美由希は家の中に入って行った。

さざなみ寮に着くまで、取り留めのない事を話しながら歩いていた。

『あの時、葉弓さんが母親に思えた。あれはなんだ。懐かしくて、嬉しくて、暖かくて、悲しくて、堪らなかった。

それにあの顔だ。あの顔は葉弓さんじゃなかった。母さんと同じくらい優しげな顔。誰なんだ。誰の顔なんだ』

隣を歩いていた恭也が立ち止まった。

「恭也君。どうしたんじゃ、急に立ち止まって。何かあるのかい」

薫は恭也の行動に不安を感じた。葉弓を見た。薫は葉弓からも異変を感じたが黙って成り行きを見ていた。

「薫ちゃん、恭也さんも葉弓さんもどうかしちゃったの」

何も知らない那美が薫に問いかける。

「那美、口出しせず黙って見てて。でも用意だけはして置いて」

「分かった、薫ちゃん」

恭也と葉弓は何も言わずに見つめ会ったまま身じろぎもしない。葉弓も恭也も涙を流している。

『葉弓さんの顔がいつもと違う!、あれは!、あの顔は築山殿・・・なんて綺麗なんだろう。恭也君の顔もいつもと違う。

今、母と子が再会しているんだ!』

「小次郎殿。会いたかった」

「母上、小次郎も会いたかった」

どちらともなく近づく二人、築山殿の手が小次郎の頬に掛かる。額を近づけていく。終に二人の額は合わされた。

「熱はないみたいじゃ。さあ、もう部屋に戻りましょう。風など引いては大変じゃ。さあ、一緒にお部屋に戻りましょう」

「はい、母上さま」

母と子の再会を果たした築山殿は、薫に向かい一礼した。

小次郎の手を引いて消えていく。

「ははうえさま、どこにも行かないで」

「どこにも行きませんよ、ほら、こうして小次郎殿の手を引いてるでしょう」

哀しくも切ない母子の再会で成仏した。祟りも消えている。結界も何事も無かったかの様に元のままだ。

「あれ、どうしたのかしら私。何で泣いてるの。それに、恭也君も涙を流しているし。ちょっと薫ちゃんも那美ちゃんも。

どうしたの涙なんか流して」

「終わりました葉弓さん。全て綺麗に終わりました」

「はい、ハッピーエンドです」

「そうか、会えたんだ。よかった。これで心置きなく青森に帰れる」

「葉弓さん、あの人は一体誰なんです」

「覚えてるの、恭也君。あの女性を」

「ええ、俺は母親を覚えて無いんです。でも抱きしめられた時、母親に抱きしめられている様な感じでした」

「彼女は築山殿。相馬小次郎の母親なの。事情があって親子が引き離されたの。私と恭也君が依代になって、

再会したの。二人とも成仏したわ。とっても素敵な笑顔と共に。でも恭也君は強い心の持ち主なんだね。

小次郎に飲み込まれなった」



「薫ちゃん。私、青森に帰ると婚約するの。多分そのまま結婚すると思う。何度か会って、いい人なんだけど、愛している

とは言い切れない。でも結婚したら愛する事が出来ると思う」

『愛する者と離れるのがどれ程辛い事か、彼女ら母子を見く思い知らされた。私は恭也君に相応しくないから。

年上だし、私なんかじゃ。だから自分で橋を切り落とした。もう振り向かない』

突然、恭也が葉弓を抱きしめた。

「葉弓さん、俺は貴方が思うほど強くない。貴方が居ない・・・貴方の居ない世界なんて」

葉弓を抱きしめながら繰り返される言葉。

「ありがとう、恭也君。私も、私も同じ。嬉しくて舞い上がりそうよ、あまり幸せで怖いくらい」

葉弓は目を伏せて、恭也の胸に顔をうずめる。桜の花のような可憐な薄紅色を浮かべ涙ぐむ。

『よかった、本当によかった。こんなに満たされると怖いくらい』

年上の私はどこかで引いていた。自分は相応しくないと思うと余計に膨れ上がる想いに身を焦がせていた。

だから、私は諦めていた。まさかこんな言葉が聴けるとは思いもよらなかった。

葉弓の脳裏に恭也と初めて会った時の事が走馬灯の様にのは駆け巡る。


end






今回はなんと出たら目なものです。お読みいただけたら幸いです。

管理者様には駄文を掲載していただいて感謝しています。



恭也と葉弓さんのSS〜。
美姫 「ありがとうございます〜」
憑依されたけれど、悪い霊じゃなくて良かった、良かった。
美姫 「悪い霊だから、封印されていたんでしょう」
まあまあ。それもほら、息子可愛さで。
美姫 「はいはい」
ともあれ、投稿ありがとうございました。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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