「ふぅ、やっと終わった〜」
大学生くらいの女性が、ようやく終わらせなければいけない課題を終了させ帰路に就いていた。
早く帰ってお風呂に入りたい、そんな思いから家への近道となっている人通りの少ない路地を通って行く。
そこはもう四月とはいえ、人影もなく街頭のない道通りゆえの不気味な暗さを感じる。
「うぅ、なんか出ないでよね……」
人は闇を恐れる。それはまるで得体のしれないものの象徴のようだからだ。
彼女もまた例外ではないようだ。早くここから抜け出すべく、早足になっていると、先のほうで人影が……。
「〜〜〜〜」
何やらうめき声をあげて、住宅を囲む壁に寄り掛かっている男の人が見える。
大柄な体躯に、ぼさぼさの白髪、苦痛にゆがんでいるが顔だちを見る限りでは日本人のようには見えない。
女性はどうしようか一瞬迷ってしまうが、自分以外人がいない中で見て見ぬふりをするのは寝覚めが悪いと思ったのか、何があったか声をかける。
「あ、あの〜、どうしました？」
恐る恐る声をかけるが、状況が状況なせいか、相手に日本語が通じるのか考えもせず、声を掛けてから気付いてしまった。
「ああ、持病のせいで、ちょっとな……」
流暢な日本語が返ってきた。口調はぶっきらぼうだが、こちらを邪険にしているわけではなさそうだ。苦しそうな息使いをさせながら懐から何かを取り出す。それは薬……？
「あの…飲み物を買ってきましょうか？」
確かここのすぐ近くに自動販売機があったと思うが……。
「ちょっと待っててください！」
もしかしたら何か重病を抱えているかもしれない。そう考えた女性は慌てて買いに走り、片手にミネラルウォーターを持って戻る。
「どうぞ……」
「…ありがとな、嬢ちゃん」
正直、ちゃんなんて言われるような年じゃないと思わなくもなかったが、礼を言われたのは悪い気がしなかったのでスルーする。
そして落ち着いたのか、男性の息遣いはよくなり、もう大丈夫そうだ。
「ふう、助かった」
「もう大丈夫ですか。もしよろしければ。タクシーでも呼んで家まで送ってもらいましょうか？」
「いや、それにはおよばねぇよ」
「それはよかった。それじゃあ私はこれで」
もう自分の助けはいらないだろうと判断し、男性に背を向けた所で、その男性から声がかかる。
「おっと、待ちなって。一つ礼をさせてくれよ」
「え！？」
礼なんていいのに、そう言おうとした直後、首に何かが絡みつく。これは……腕？
「これがその礼さ」
首に何かが通った感触がする。そして目の端では何かが飛び散っているのが見える。
それは……己の血。
それが飛び散っているということはそれは自分が死ぬということ。
そして、その原因であるナイフが男の手に握られているのが僅かばかりだが見えた。
つまり、自分は、自分が助けた男に首を切られたということか！？
でもなぜ自分が死ななければいけないのか。
つい今しがた、自分は人を助けたのだ。病に苦しみ、その苦しみを少しでも和らげる手助けをしたのだ。礼を言われど、仇で返される謂われなどないというのに。
こんな仕打ちはあんまりじゃないのか？
そういえば最近首を切る通り魔の話をニュースでやっていたような……。でもなぜこんなところに？ だってその通り魔はここよりずっと離れた場所だったんじゃあ……。
そんなことは数瞬のうちに考えて、そこから先は頭が真っ白になっていく。もう何も考えられない。
え！？ 考えるって何だっけ？ それは…………。
「さて、と……」
生命活動を停止させ、もうなんの力も入っていない、つい先ほどまで生きていた女性の死体をおもむろに捨てると、手に持っていたナイフ状の物に付着した血をふきとり、懐へとしまう。
自分を解放してくれた女性を一瞥した後、見つからないうちにその場を移動する。
そこには何の感慨もなかった。まともな人間が見ていれば、なぜ殺したんだと言いたくなるような光景だが、男にしてみれば、なぜ殺してはいけないのだ？ というものだった。
なぜ？ だと。そんな理由がなければ人を殺してはいけないとでも？ そんなのは脆弱な精神の持ち主が言うことだろう。
「にしても、どいつもこいつもだらしねぇなぁ。少しは楽しませてくれねぇのか……」
男は人一人殺しておきながら、悦に浸るどころか、むしろ呆れている風だった。何の抵抗もせずただ死んでいったことに興醒めしているのだった。
「ったく……、あん！？」
ここより離れた地より感じるこれは、次元を揺るがす力の流れ……？
だれかが例の遺失物を使って、小規模だが次元震を起こしたようだ。
結界に包まれているようだが、その膨大なまでの溢れ出す力を抑えきれてはいないようだ。
「おいおい……、俺を除け者にして……おもしれぇことやってんじゃねぇぞーー！！」
男は歓喜している。いや、狂喜していると言ったほうが適切か。
なにしろ彼は普通なら恐れるような事態ながらも、そこにスリルを、喜びを感じていたからだ……。
リリカルなのは――力と心の探究者――
第八話『誓いの果てに現れるは』
始まります
なのはは困惑している。
竜馬との会話を経て、自分がフェイトに対して失礼なことをしていたことを恥じ、まず己の事情を話した。
“私がジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の探しものだから!!”
“手伝うことになったのは偶然だったけど、今はもう自分の意思で集めてる!!”
“自分の暮らしてる街や、自分の周りで暮らしている人たちに危険が降りかかるのは嫌だから!!”
なのはの言葉はフェイトに届いたかに見えた。しかしそれは、フェイトの使い魔、アルフに一蹴されてしまう。
“フェイトの苦労も知らずに！ 優しくしてくれる人達のいるところで、ヌクヌク甘ったれて暮らしてるガキんちょになんか、何も教えなくていい!!” と。
確かに自分の周りには優しくしてくれる人達がいる。あの子に何があったかわからないけど、そうである以上自分にはあの子と話す資格もないというのだろうか……？
しかし、なのはには悩んでいる暇がなくなってしまう。
先ほど自分とフェイトがジュエルシードを回収しようとした衝突のせいで自身の愛杖、『レイジングハート』とフェイトの『バルディッシュ』はともに破損してしまった。
そして衝突によって起きた天にも立ち昇るほどの激しい閃光が収まった先では、ジュエルシードが淡い光を明滅させその場を浮遊していた。
フェイトはバルディッシュを杖の状態から解いて、ジュエルシードに向かって突進する。
そしてなんとその小さな両手で力一杯握りしめた。
「フェイト！ ダメだ、危ない!!」
アルフが悲鳴を上げるのも無理もない。
ジュエルシードの力はまだ封印しきれていない。その溢れている膨大な力を、自らの手で直接抑え込もうというのだから。
ジュエルシードは拒むかのような強い光を放つも、フェイトは手を離さない。
「止まれ…………止まれ……止まれ……止まれ…………止まれっ!!」
やがてフェイトの懇願を聞き入れるかのようにジュエルシードの光は収まっていく。
ジュエルシードを鎮め、おもむろに立ち上がるもその足元はおぼつかない。危うく倒れそうになるも人型になったアルフに支えられる。
「フェイトッ!!」
アルフに抱きしめられるフェイトを、なのはは茫然と見つめていた。そして改めて思い知らされる。
「（これがフェイトちゃんの覚悟……）」
自分はデバイスが傷ついてどうすることも出来なくなっていたというのに……。彼女は迷うことなく自分の身を投げ出した。
自分と変わらない年頃だというのに何がいったい彼女にさせてるというのか。
「――――っ」
「！？」
アルフから親の敵と言わんばかりに睨みつけられ、なのはは思わず委縮してしまう。
近くに来ていたユーノも声を出さずに負けじと睨み返す。
やがて、相手にしてる暇などないと言わんばかりに、アルフはフェイトを抱えたまま飛び立っていく。
それを見送る形となっていたなのははしばらくして口を開く。
「ごめんね、ユーノ君。ジュエルシード……また取られちゃった……」
「え！？ あ…ああ、それはもういいんだよ。それよりなのは、怪我はない？」
「うん、だいじょうぶだよ。でもレイジングハートが……」
なのはは左手に持った己の愛杖を見つめる。
先端にある赤いコアクリスタルには罅が入っており、まるで苦しみを現すかのように光が明滅している。
「大丈夫、かなりの負担が掛かったみたいだけど、これくらいなら自動修復機能を使えば直るから」
「そっか……よかった。ごめんねレイジングハート、無理させちゃったね……」
【…問題ありません……、マスター……】
弱々しくもレイジングハートからの返しを受けて、なのははとりあえず安堵する。
しかし、その表情は暗い。それはジュエルシードを取られたからか、レイジングハートに損傷を与えてしまったからか、それとも……。
こうしてフェイトとの三度目の対決は実力のみならず、精神的にも圧倒された形で幕を閉じた。
〈竜馬視点〉
そう遠くない場所から感じたバカでかい魔力の波動と何か。そう、世界が震えた？ うん、そう言ったほうがしっくりくる。
つか、俺なんでこう冷静に構えてるんだろ？ いくらもう起きちまっている事態とはいえ、もっとこう慌ててもいいだろうに……。段々と収まってきているようだが油断はできない。
これはとてもじゃないが、関係ないだの何だのと言ってられるような事態じゃない。
原因はまさかあの子たちか？ 断定はできんが、俺の知っている限りで魔法に関わっているのはあの子たちだけだ。可能性はないとは言い切れないだろう……。
だからこそすぐにでも駆け付けなきゃいかんのだが……、
「何だってんだか……一体……」
俺はただ今、怪しげな連中に囲まれているではあーりませんか。
異常事態を感じるほんの少し前、なのはと話し終わった俺は、寄り道もそこそこに家に帰ろうとしてたんだが……。
ちなみに今夜は高町家にご相伴にあずかる日じゃないから夕飯の買い出しもしていた。
そして帰り道、人通りの少ない路地に出たところで数台の車がこちらに走りこんできた!!
俺の近くで停車した車から出てくるのはサングラスと黒服で身を固めた野郎共。手にはスタンガンやらナイフやら、物騒なものを向けられている。
格好もさることながら、妙に殺気立ってるところまで見ておいて、それでカタギの連中だと思うほど、俺の頭ん中は能天気という名のお花畑は咲きほこっちゃいない。
いったい何者？ と普通なら思うところだろうが、大体の見当はついている。
ここ最近見かけなかったからすっかり気が緩んでたか。
俺ん家に恨みのある奴か、家のライバルが派遣してきた刺客といったところだろう。
ちなみに前者の場合だと俺を殺しに来る輩がほとんどで、後者だと俺を人質に親父たちを脅迫するつもりだ。
「（まったく……）」
全く……。俺は心の中でため息をつくしかなかった。
俺を前者はともかく、後者じゃ意味ないというのに……
「あ〜、一応聞くけど、あんたら俺ん家に恨みのある奴か？ それともどっかから来た刺客か？」
「…………」
男共は無言。獲物の言うことなど戯言としか思っていないのか、もとより話すことなど何もないのか、多分どちらもだろう。
しゃーない。ここはいつも通り蹴散らして……と思っている内に何やら非常事態発生！？ んで今に至っているわけだ。
全く、なんて間の悪い。どうしてこういう時にこんなことになってるんだか。
やがて突然よそ見をした俺を不快に思ったのか、連中の内の一人が前に出て手に持ったスタンガンを俺に向けてくる。
一応は仕事人といったところか、前口上も、俺に降参を告げるでもなく問答無用で仕掛けてきた。
何人かがほくそ笑んでいる。学生一人捕えることぐらいどうとでもなるだろうとタカをくくっているんだろうが……なめんなよ!!!
「ガッ!?」
俺は向けられてきたスタンガンを掻い潜り、首筋に一発手刀を一発叩き込んでやった。
相手はそのまま崩れ落ちて無様に昏倒する。同時に周囲にいた奴らの表情も一変する。
「ガキィ!!」
数で有利とみたのか、一斉に掛かってくる。正直、弱い者いじめになんか興味ないし、相手してる暇なんざない。だけど逃げたとしてもしつこいだろうし、ほったらかしにして問題を起こされてもたまんないし、ここでたたんでおくしかないか……。
……とまあ、群がってくる不審者どもをのした俺は警察関係者のリスティさんに連絡を取る。ここん所来なかったとはいえ、今更こんな奴らにやられやしない。
さっさとこいつらをしょっ引いてもらって現場に行かんと！
と、携帯を手にした瞬間、俺は殺気を感じて顔を反らす。すると顔のすぐ横を何かが高速で通り過ぎた。俺の顔をそれて塀に突き刺さったそれは……矢？
飛んできた方向を見ると、今までずっと車の陰に隠れていたのか、コートとサングラスでかためていた男が俺にボウガンで狙いを定めていた。
「チッ!!」
そいつはあからさまな舌打ちをすると、すぐ次の矢をボウガンにつがえようとするが……そうは問屋がおろすかっ!!
一気にそいつの懐に飛び込み、当てみを喰らわせて気絶……させてやろうとするが、繰り出した右手をいなされ、背後を取られちまった!!
俺は慌ててその場をかがむ。頭上をいつの間にか握っていたのかナイフがかすめて行った。その場に留まらずその場を飛びのき、距離をとる。
俺は冷や汗をかいた。気絶してる奴らとは実力が違う。しかも、他の奴らは俺を拉致ろうとしてたが、こいつは明らかに違う。俺を…殺そうとしてる……。
「あんた……俺の家に直接恨みがあるやつか？」
「…………」
答えちゃくれないが、おそらく間違いないだろう。サングラス越しからでも感じる視線には、殺気混じりの憎悪を感じる。
「言っとくけど俺を拉致しようが殺そうが、意味なんてないぞ。そんなことをしたって……」
「ふざけるな!! 自分は関係ないとでもいうつもりかっ!!!」
舌打ち以外しゃべらなかった男が急に怒鳴り出した。俺の言ったことが、まるで親父たちのしたことが「自分には関係ない」とでも言ってるかのように聞こえたみたいだ。
「そうじゃない!! 俺が言いたいのは……」
「うるさい!!!」
まるで取りつく島もないな。
不本意ではあるけど、親のスネかじって生きながらえている以上、関係ないだなんて言えるはずがない。それに親の所業に対して、何もしようとはしなかった。
だから俺には恨みを一身に受ける義務がある。
言いたいことは別にあるので、そんなことは分かっていると言いたかったが、目の前にいる男は俺の発言すら許す気はないみたいだ。
未だに俺を睨みつけるその眼は憎しみに満ちている。おそらく目的は俺を殺すことで俺の両親を苦しめようというのが狙いだろう。
恨みは相当根深いな。これは相当悪辣な手段で……。
「貴様らのせいで俺の家族は……」
憎しみに満ちていたかと思ったら、その表情は悲しみに暮れている。犠牲となった家族のことを思い出してるみたいだが。
「俺にあんたに対して心配することも謝ることもできない。できるとしたら……」
気が晴れるまで相手をしてやる、と俺が言い終わる前にナイフを振り仕掛けてくる。
突き、振り上げ、袈裟掛け、ナイフの軌道は確実に俺を殺そうとその刃は向かってくる。
俺はそれをかわしながら隙をうかがうも、顔に何か水滴がつく。
これは……涙……！？
奴さんの顔を見ると、その顔はいつの間にか涙を流していた。
「お前の親父の謀略で、父は自殺、母は俺を育てるために無理に働き続けて、病に倒れ亡くなった。みんな！ みんな！ 貴様らのせいで俺は家族を……!!」
なおも独白は続く。吐き出されるは俺の家族に対する怨嗟の声。
それを晴らすための手段は……。
「貴様を殺すことで俺の悲しみを奴らにも思い知らせてやる！ 俺と同じ悲しみを!!」
やっぱりな。だがはっきり言ってそれは無意味なことだ。
復讐しても気は晴れないからか？ いや違う。俺は少なくともこの男の復讐を否定する気はない。そうすることで報われる者もいるかもしれないだろうし、復讐すればこれから先、親父たちのために泣く奴もいなくなるだろう。
ならなぜ無意味かといえば……。
「俺を殺したって、親父たちは別に痛くも痒くもないんだぞ」
「なに！？」
俺の言った意味がわからないのか、困惑の表情を浮かべる。だけどこれは言った通りの意味だ。
「はぁっ！」
「ぐぁっ！？」
一瞬止まった隙をついて、俺は鳩尾に拳を打ち込む。
意識が途切れ、倒れこむ男を俺は支えて、ゆっくりと地面に寝かす。
「悪いけど、俺にもまだやりたいことがあるしな」
けがや病気による死とは少し意味が違うけど、死の恐怖ってやつは俺は身をもって知っている。
他でもない、俺の親の手によって。
だから、そんな俺の命をつなぎとめてくれた蓬莱式をより高めていくっていう夢が、俺にはある。
だから、俺はまだ、死んでやれない
「もしもし、リスティさん？」
『はぁい、竜馬。どうしたんだい？ こんな時間に。まさか夜のデートのお誘いかい？ いや〜驚いたね〜、君がそんなに積極的だったなんて』
「ちゃいますよ……。どこのエロ親父ですか全く。しばらくぶりに我が家の厄介事が来たもんですから引き取り頼んでいいですか？ 拉致未遂ってことで」
「ああ……、そういうことか。オーケー、了解したよ」
俺は警察関係者でもあるリスティさんに連絡を取って連中をしょっぴいてもらうことにした。リスティさんは俺の事情はある程度知っている。と言っても深いところまで知らないが。せいぜい俺が時たま何者かに狙われたりしてるってくらいだ。
殺されそうにもなったけど、俺自身別にけがなんかしちゃいないし、それほど大げさにすることはないから拉致未遂にとどめておいた。
にしても警察が来るまで動けそうにないな……。事情を話さなきゃいけないだろうし、このままにしてもし誰かが起きだしてまた襲ってきても迷惑だし……。
やれやれ、親父たちのとばっちりはご免だが……、どうしようもないな……。
朝になって俺は鍛練がてら、高町家へと向かっている。
夕べは結局あの子たちに会うことはできなかった。
昨夜のゴタゴタの事情聴取やらで、時間を喰っちまったからな〜。
何かしらの被害は出てなかったのは御の字…でいいのかな？ なんにせよ、どうすることもできない以上気にしてもしょうがないだろう
道場の中へ入ってみると日本の木刀で一人稽古してる美由希と……なのは？
「お早う二人とも」
「竜馬さん、お早うございます」
「なのは、もう起きてたのか？」
「竜馬さん、お早うございます。あの、昨日はありがとうございました」
なのはは昨日俺が言ったことについてお礼を言ってきてくれてるけど、正直礼を言われるようなことじゃないと思っている。所詮、俺の言ったことは口先だけだったから……。
「にしても珍しいな。いつもは朝の弱いねぼすけちゃんなのに」
「お姉ちゃんもおんなじこと言ってましたけど……ひどいですよ〜〜」
ブーブーたれるなのはをみて苦笑しちまったがふと気になったことを聞いてみた。
「で、なんでまた道場に？」
「その、ちょっと……」
そう言って言葉を濁した後、再びなのはの目は美由希の練習に釘づけになる。
見つめている目からは昨日とはまた違う何かが感じられる
詳しいことを話してはくれないが、おそらく昨日のことだろう。あの後何かあったってことか？ その割には練習を見てるなのはの目は落ち込んだ表情というよりも、昨日よりも何かを決意してるみたいな……。
一心不乱に美由希の練習を見続けてるところをみると、とてもじゃないが試合なんて出来そうもない。なんだかよくわからんが邪魔をしちゃいけない。そんな気がする。
だもんだから今日は桃子さんの朝食作りでも手伝ってこようかね。
前みたいな美由希の料理が紛れ込むなんてことがないようにするためにも……。
「ありがとう、竜馬君。手伝ってもらっちゃって」
「いえ、もう今さらですよ？」
「そうね、でもありがと」
桃子さんと一緒に出来上がった朝食を並べて、なのはと美由希とユーノ、走り込みから戻ってきた士郎さんと恭也さんを交えて朝食がスタートした。
「竜馬、今夜予定は開いているか？」
「今夜ですか？」
今日は翠屋のシフトを入れていなかったから、学校から帰ったら鍛錬づけにしようと思ってたんだが……。
「ああ、最近ニュースでやってる通り魔の話を知ってるだろ」
「ええ、昨日もあったとか」
最近ニュースを賑わせている通り魔事件。夕べも場所までは覚えていないがあったらしい。今回の被害者は女子大生だったとか。
「犯人のこともあるけど、この騒ぎに乗じた模倣犯も出てくるかもしれないから見回りを頼まれてな」
士郎さんは元ボディガードという経歴があるから今でも警察からは頼りにされている。
「恭也と美由希、そして竜馬にも頼もうと思っていたんだ」
「俺もですか？」
いいのな……？ 俺って一応普通の高校生って立場のはずなんだけど。自分で一応って言うのも悲しい気がするけど（笑）
「実力的には申し分ないと思うぞ？ 昨夜だって不届き者を成敗したんだろ」
あちゃあ〜、もう耳に入っていたのか。俺の実家のことを知らない桃子さんたちに配慮したのか曖昧にしてくれてるけど……、別にばれても構わないんだが今さらだしな。
「で、どうだ？」
強制させる気はないのか俺の答えを待っててくれてる。けど、
「士郎さん、前にも言ったことあるはずですけど俺はそういうことのために……」
「わかってる。でもこれも修行だと考えればどうだ？」
正直、人を護る気のない人間は、そういうことをしてはいけないと思う。その気もないのにそんなことをしていたら、真剣に人を護ろうとしている人たちに対して侮辱になってしまうから。それこそ偽善と言うのだろう。
でもどんなことでも経験として積んでいけば俺にとってはプラスになる。
それなら偽善には……ならないよな？
それに士郎さんの頼みだからと俺はＯＫする。
見回りの開始時間は今夜の夕方。学校から帰った後からスタートだそうだ。
「なのはも、学校が終わったら寄り道とかをするなよ。寄り道をするにしても、一人にはなるなよ」
「そうねぇ、できるだけ人がいるところにいるようにね」
「……うん」
士郎さんはなのはにも寄り道したりしないように注意するが、妙に歯切れの悪い返事が返ってくるな……。
「なんなら、俺が迎えに行こうか？」
「い、いいよお兄ちゃん」
恭也さんも心配なのか、迎いに行こうとするけど、やっぱり恥ずかしいみたいだな。
こうなったら神埼に頼んで久遠になのはの護衛についてもらうよう言ってみるか？
早々起きるとは限らないけど心配して損はないからだ。
もっとも、なのはに手出しなんかしたら、そりゃあもう士郎さんと恭也さんから、これでもかっていうほどの地獄の報復が待っているのは簡単に想像できる！
具体的には飛針の雨あられでハリネズミにされた後、虎切や雷徹といった御神不破流の奥義のオンパレード、しかも一思いには殺らず、意識をギリギリまで保てるよう加減して。最後は鋼糸でグルグルの簀巻きにした後、海へと捨てるだろう。そうして犯人は最後の最後まで苦しみぬいて……ってオイオイ、通り魔よりタチ悪いことに……なんてことはないけど、どっちにしろ悲惨なことになるのは確実だな（汗
「と、とにかくなのは、なんにしても気を付けとけってことさ。なんならユーノや久遠についてきてもらったらどうだ？」
「そこまではちょっと……て、どうしたんですか？ 顔が引き攣ってるような……」
「いや、なんでもない」
俺は慌てて取り繕うも件の二人がこっちを凝視してるような……。まさか！ 御神流ってのは読心術まで心得てんのか！？ 読唇術ならともかく。
「ご、ごちそうさまでした」
おっかね〜。これ以上勘ぐられないうちに退散するとしますかね。と、席を立つ傍らユーノを一撫で。
「もしできたらなのはの護衛についててやってくれよ、なんてな」
答えるはずのないユーノに俺は冗談をかましながら高町家を後にした。
「やれやれ、承諾してくれたみたいだが、あいつはまだどうにも自分がそういう人間じゃないと思い込んでいるみたいだな」
「同感だ。でもいいのかい父さん？ 竜馬まで参加させるのは」
「何かを護ろうとする想いってのは決して御神流の専売特許じゃない。誰しもがあるものさ。ただ、竜馬の場合、それがないと思い込んでる。それも頑なにな」
「ああ。でもやっぱりわざわざ危険に放り込むなんてのは俺としては反対だ。一体どういうつもりだ」
「なにも御神流の人間みたいになれだなんて言いやしないさ。ま、いわゆるあいつの枷をぶち破る手助けをしてやろうと思ってな。自分は何もしちゃいけないという枷を、な」
〈ユーノ視点〉
そろそろ学校が終わる時間のはずだ。レイジングハートも自動修復は完了している。
僕はレイジングハートを首から下げて学校の近くまで来ていた。
竜馬さんに言われた通り、僕はなのはの護衛……なんて出来る身分じゃないけど、せめてなのはを一人にさせないようにと思ってついてきている。
ジュエルシードの事件に巻き込んでおきながらおこがましいとは思うけど、僕にはもうなのはの力を借りずにいることも、協力を拒むこともできない。だからこそ、なのはを安全無事に家に帰す。
僕はこれでも結界に長けた魔導師。なのはみたいに戦う力が優れてないけど、護ることぐらいはできる。いや、できないと本当に高町家の皆さんに申し訳が立たない。
「ユーノ君、迎えに来てくれたの？」
なのはが学校から出てきて、人通りが少なくなってきたところを見計らって僕は声をかけ、レイジングハートを渡す。
「レイジングハート、直ったんだね！」
「うん」
レイジングハートが直って、喜んだかと思ったらすぐに真剣な顔になってる。なのは……？
「ユーノ君、私、あれから考えてたんだ……」
「……何を？」
「フェイトちゃんと一緒にいた使い魔さんに言われたこと。フェイトちゃんの苦労を知らないとか、優しくされてる甘ったれとか……」
僕はその時を思い出して、僕は内心腹が立ってきた。あの子の苦労を知らないっていうのは僕もそうだから何も言えないけど、甘ったれだなんていうのは許せない！
なのはは、僕の声を聞いて、何も言わずに助けてくれた。それからもなのはは僕に協力してくれてる。甘ったれなんかに出来ることじゃない！ なのはに会えなかったら僕はもしかしたら……。
「確かに私、フェイトちゃんのこと何も知らない。だから知りたいって思ってた……。知ってどうしたいのって言われたら……どうしたいのかわからなくなっちゃったけど」
「わからない？」
「お互いにわかりあえば、争わなくても済むって思ってた……。でも夕べのフェイトちゃんは……」
「夕べのあの子のこと……。もしかしてデバイスが破損した後、素手でジュエルシードを抑え込もうとした時のこと？」
あの時は僕も驚いた。下手をしたらジュエルシードの魔力で自滅してたかもしれなかったのに。
「あんなふうに傷ついてもそれでも止まらなくて。あの時のフェイトちゃんのことを見てわかったの。私が何を知ったとしてもフェイトちゃんは絶対止まらないんだって。絶対に譲らないんだって」
あの子のジュエルシードを手に入れようって気持ちはもはや執念といってもいいかもしれない。目的は一体何なのか未だにわからないけど。
「フェイトちゃんにとって私は確かに甘ったれかもしれない。使い魔さんが言っていたような苦労とかしてるわけじゃないから……」
…なのは……。
「でも、だからこそ!!」
突然なのはの表情に
「私はフェイトちゃんに見せなきゃいけないと思うの！ 私はフェイトちゃんの話を聞くことができるって。ただの甘ったれた子じゃないってことを」
僕の心配なんて無用だっていうことが分かった。なのはは諦めてなんかいない。
僕なんかよりずっと「レイジングハート」にふさわしい子だ。
君は十分強いよ、なのは……。
〈アルフ視点〉
「フェイト……」
あたしの目の前でフェイトが街を見下ろしている。普通にしているけど、まだ本調子のはずがない。
今日だって、夕べジュエルシードの封印の時に無茶をした体にムチを打ってまで報告をしに帰った。
フェイトははっきりとは口にしなかったけど、あいつから、フェイトの母親から褒められることを期待してた風だった。
でも待っていたのは、褒め言葉じゃなく、あの鬼婆からの怒声と、鞭による虐めだった。
なんで？ なんであんなことができるんだよ！？ フェイトはちゃんとジュエルシードを取ってきたじゃないか。なのにあんな仕打ち、あんまりだよ……。
部屋から閉め出され、聞こえてきたのはフェイトが鞭で打たれる音と苦しそうな声。そして鬼婆の冷たい言葉。
『たったの五つ……これは……あまりにもひどいわ、フェイト』
『ひどいわフェイト、貴女はそんなに母さんを悲しませたいの？』
『今度こそ、母さんを喜ばせてちょうだい、フェイト』
何言ってんだい！ ひどいのはあんたの方じゃないか!!
チクショウ!!
あの時、止めようと何度壁を叩いても、魔法を放っても部屋の扉はびくともしなかった。
プレシアのやつ、どうあっても邪魔させないつもりだ。
そんなにしてまでフェイトを虐めたいのか！
そうして部屋から出てきたフェイトは身体中を傷だらけにして出てきた。
あたしはぼろぼろになって出てきたあの子に謝ることしかできなかった。だけど、
『何でアルフが謝るの？ 悪いのは私なんだ。だって母さんの望みを叶えてあげられなかったから……』
『違う！ フェイトは悪くない。あいつがおかしいだけだよ。フェイトはこんなに頑張ってるのに……』
『でも、母さんが喜んではくれなかった。私の頑張りがまだまだ足りなかったから。だから、今度はもっとうまくやるよ。もう、失敗しないように』
そう言ってフェイトは傷ついた体を押してこの世界に戻った。プレシアはそんなフェイトに声をかけようともしなかった。
「異常だよ……」
「アルフ？」
「な、なんでもないよ。さ、早く行こう。もうジュエルシードを感知してることだしさ」
あたしがつい口に出した言葉を聞き取ったのか、フェイトがこちらを振り返る。あたしはごまかすようにして先を促す。
「うん。今度こそ母さんを喜ばせるようにしなきゃ」
「フェイト……」
あんな目にあわされたのにフェイトはまだあの女のために。
昔のように笑ってくれる、そう言ってたけど、あたしにはあの女が昔は笑っていたなんて想像も出来ない。
でもやらなきゃいけない。だってあの女が笑わないと、この子も笑ってくれないから。
「！？」
ジュエルシードの気配を感知したなのはとユーノは臨海公園に向かった。ユーノは現場に到着するやいなや、すぐさま封時結界を展開する。
すでにフェイトとアルフが到着しており、ジュエルシードによって生まれた怪物と対峙している。今回は……。
「ユーノ君、あれは……？」
なのはたちの視線の先には、お化け屋敷にでも出てきそうな口や目に見えるような穴を空けた木の怪物が。
「今回は樹木に取りついたみたいだね」
「でもジュエルシードって願いを叶える物なんでしょ？ 木のお願い事って……？」
「いや、木そのものの願いとは限らないよ。他の誰かの願いに反応してそれが木に取りついちゃったのかもしれないし」」
以前にも男の子と女の子の願いに反応して、木が巨大化したことを思い出したなのははなるほどと納得し、レイジングハートをスタンバイし、怪物へと向かっていく。
ユーノを避難させ、怪物の前に立つ。
「フェイトちゃんの攻撃を防ぐなんて、今回のって強い？」
なのはの言う通り、先行していたフェイトの攻撃を防いでいたあたり、今回のは二人が戦った中では手強いといえるだろう。しかし、
「ううん。驚いてなんていられない。こんなことで驚いてたら、フェイトちゃんに何も示せなくなっちゃう」
自分は誓ったはずだ。フェイトの前で証明してみせると。自分は唯の甘ったれなんかじゃないということを。
気を取り直し、レイジングハートを構えなおす。
怪物が枝を鞭のように振りだしてくる。なのははフライヤーフィンを展開し、上空へと逃れる。そしてそのままレイジングハートをシューティングモードへと移行、ディバィンバスターの準備をする。
「撃ち抜け、轟雷！」
見ればフェイトも砲撃の準備をしている。このままいけば同時攻撃で封印ができるだろう。
「（フェイトちゃんと一緒ってことになるのかな）」
フェイトとの初の共同作業になるのかもしれないことに弱冠嬉しさを感じながらも、気を取り直して同時に砲撃する。
「ディバィンバスター!!」
「サンダ―スマッシャ―!!」
希有な才能を持つ二人の魔法少女の同時砲撃を前に、さしもの怪物はなすすべもなく沈黙し、後に残されたのはジュエルシードのみとなっていた。
空中に漂うジュエルシードを間にはさみ二人の少女は相対する。
片方は目の前にいる少女との話し合いを望む。
されどもう片方はそれを望まず一刻も早く目の前にある品物を回収しようとする。
互いの望みはすれ違い、どちらも譲ることは望まない。故に、
「私が勝ったら、ただの甘ったれじゃないってわかったら、お話、聞いてくれる？」
「私も、譲れないから」
残されたのは、己が力をふるって己の意志を押し通すことのみ。
二人がその場を駆けようとした瞬間、
「そこまで!!」
「ストップだ!!」
なのはの前に赤を基調とした衣服をまとった女性が！
フェイトの前には紺色の衣服を着た少年が！
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ！」
「同じく執務官補佐、ジーナ・ブライズ！」
「詳しい事情を聞かせてもらおうか!!」
それは、新たなる介入者の参上を告げる声だった。
あとがき
どうも、ご無沙汰しております。はおうです。
前回から二、三ヶ月。すっかり間が空いてしまい申し訳ありません。
もっと頻繁に送れれば良いと思っていたのですが、口先ばかりになってしまいました。
さて今回は冒頭はともかく、少々ではありますが、竜馬、なのは、フェイトの三者の家族の在り方を書いてみました。
なのはは言わずもがな、ごく普通な幸せな風景を。家族に心配してもらってるあたりで表現してみました。アニメ本編では浮いてしまっているという風になのはは感じておりましたが自分の作品ではそうではありません。その理由については後の展開でということで。
フェイトは今のところは原作通りで。今のところは、ですが。
そして竜馬。詳しくは書いておりませんが、折り合いが悪いということは伝わったでしょうか。竜馬の家族が竜馬に与えた影響は、かなりのもので、それが竜馬に枷を与えてしまいました。それをどうするのかが今後に関わってきますのでお楽しみください。
そして最後の方で出てきたのは、皆さんご存知クロノ君とオリキャラ。出てきて早々終わってしまいましたが、次回のお楽しみということで。
それでは掲載の場を与えてくださった管理人の方、そして拙い文章を読んでくださった皆さんに最大の感謝を。
失礼します。
今回、なのはサイドは特に大きな変化はないみたいだな。
美姫 「竜馬が関わってないからね」
にしても、竜馬絡みでちょこちょこと出てきたけれど。
美姫 「この辺りについて、何時頃分かるのか楽しみね」
うんうん。次回も待っています。
美姫 「待ってますね」