よし、誰もいないな。俺は今、ここで捕まるわけにはいかない。もし捕まれば俺の命は保障されない。
この雑木林を抜ければ打ち合わせの場所だ。
ん!? あいつはまだ来ていないようだな。まずい、こんな開けた場所では見つかってしまう。
とりあえず雑木林の中で身をかくしておくか……、ん!? これは……、かなり巧妙に隠してはいるが……殺気!?
俺はその場所を跳んだ。その瞬間、今まで俺のいた場所に何者かが飛びかかって来た。
「チィッ!!」
その人物は俺のいた場所に蹴りを放っていた。どうやら見つかってしまったようだ。
「さすがですね……、気付かれましたか」
そいつはさして驚いた様子もなく俺を見据えていた。これくらいはやるだろうと踏んでいたのだろう。もっとも、あれで俺を仕留めることができると高をくくっていたとしたら、それはそれで興が冷めるというものだ。
襲撃者の名は朝霧竜馬
二年ほど前からの知り合い。出会いは決して平凡なものとはいえないが、今ではよい関係を築けていると思っている。
「お前のほうこそ、よく俺を見つけることができたな。たいしたものだ」
「俺もそれなりに修行を積んでいる身ですから」
何がそれなりに、だ。隠しているつもりのようだが、その力量は一介の武術家に収まるレベルのものじゃない。普段見せている力でも相当なものだというのに、まだ力を隠し持っている……、そんな気がする。
「そんなことより、おとなしく一緒に来る気はないんですか?」
俺に同行を促してくる。答えはわかりきっているはずだろうに……。
「愚問だな。俺がおとなしくついていくと思っているのか」
「聞くだけ無駄でしたか」
「そういうことだ」
竜馬は肩をすくませ、おもむろに構えを取る。
「こうなったら力づくで行かせてもらいます」
「そう簡単にいくと思っているのか」
「わかっていますよ。今の貴方は刀を持っていない」
「……」
やはり気付いていたか。いや、むしろそれを狙ってきたのか!? ちょうど俺が刀を磨ぎに預けて、大した武装もしていないところを狙ってきたからな。
「ふっ、お前は丸腰の相手を狙うような男だとは思っていなかったんだがな。むしろ、相手の全力を真っ向から立ち向かう男だと思っていたんだが……、臆したか!?」
「そんな挑発には乗りませんよ。今回は目的最優先ってことで」
さすがにそんな安い男じゃないか。
「確かに貴方は強い。だが、素手での闘いなら俺のほうが上。それくらいは自負していますから」
俺も刀がなければ戦えないなどということはない。御神の剣士たるもの、素手でも戦える技術を養っている。武器がなければ戦えないなどでは、何も護ることはできない。
しかし、あくまで刀を使うことが前提で鍛えてきたのだ。そうなると、最初から素手で戦う人間には遅れをとってしまう。
竜馬は素手による拳法を得意とし、そこに武器を使う技術を取り入れているのだ。となれば、格闘戦は竜馬のほうが錬度は上だ。しかし……。
「戦えば勝つ! それが御神流だ。簡単にいくなどとは思わないことだ」
「それでも俺は貴方に勝って、引きずってでも連れて行きます。俺も負ける訳には行きませんから。覚悟!」
もはや俺たちの考えが歩み寄ることはないだろう。そう言って睨み合う。互いの出方を伺い、隙を見つけるためだ。と、竜馬が顔を伏せ、震えている。
「…つーか……」
「?」
突然顔を上げ、腹のそこから声を張り上げてくる。
「いい加減フィルス先生の定期健診から逃げんの、やめてください!! 俺がとばっちり喰らうんですよっ!!!」
「断るっ!!!」
それは俺たちの魂からの叫びだった。
リリカルなのは――力と心の探究者――
第四話『戦場は病院!?』
始まります
<竜馬視点>
今日は俺たちがお世話になっているフィリス先生から来るように言われている、体の調子を検査する定期健診の日だ。そして、同時に俺たちにとっちゃあは地獄の日でもある。
検査が終わった後に、フィリス先生が俺たちにかけてくれるマッサージ、
通称フィリス・マジック。
音だけを聞けば、俺たちの体を破壊しているようにしか聞こえないのに、終わったあとは不思議と体が軽くなるというまさにマジック!
その分、そうなるまでが辛い! マジで辛い! 俺なんて何度意識が闇に落とされたことか。恭也さんが逃げたくなるのもわかる。
でも逃げたところでどうにかなるなんてもんじゃない。その分、後がもっときつくなるんだから! だから俺はもう観念しておとなしく行っている。だというのにこの人は……。
「フィリス先生から、恭也さんも必ず連れてくるように言われてるんですから。大人しくきてください。つーか、来なさい!」
思い出されるのは、フィリス先生が、それはそれは素敵な笑顔を浮かべながら、
「恭也さんも連れてきて下さいね。もし出来なかったら……、フフ、ウフフフフフフフ〜〜〜」
ブルブルブル、死ぬ! ぜってー死ぬ! つーか殺される!! 生残る術はただ一つ、この目の前にいる駄々っ子さんを連れて行くことのみ!!
「もう御託は言いません! 行きますっ!!!」
初っ端から『発足』を使って接近戦を挑む。この人を相手に出し惜しみなんざやってられない! もちろん問題にならない範囲で! だが。
「なんの!」
恭也さんも素早さに優れた剣士。俺の速攻で怯みやしない。俺の繰り出した正拳を払うように受け流す。しかし、それくらいは俺も織り込み済み。主導権を渡さないためにも、攻めて攻めて攻めまくるのみ。
恭也さんがお返しとばかりに突き出した拳を紙一重で避け、体を回転させた流れで俺も肘を出す。恭也さんはその場を跳び退き、距離とろうとするが、逃がしゃしない! 追撃を掛ける。
『発足』で一気に恭也さんの背後を取り、震脚から、体を回転させた勢いで拳を振り抜く。拳が届くころには恭也さんも振り返っていて、紙一重で交わされる。そしてカウンター気味に拳を飛ばしてくるが、俺は下から掌底でかちあげて軌道を逸らしてやる。続けて蹴りも繰り出すとバックステップでかわされ、また追う。
技の応酬になっているように見えるが、そんな単純に済むはずがない。闘いは単に攻撃を仕掛ければいいというわけじゃない。先手を読む“読み”。これもまた重要だ。相手が何を仕掛けてくるのか、それを読みきり、返しを放つ。俺なんぞがそう考えているくらいだ。恭也さんが考えていないはずがない!
恭也さんは俺の返しにきっちり更なる返しを放ってくる。互いに引きばかりではらちが明かない。引きを狙っているなら、引くことができないくらいの押しに切り替えてやる!!
押しも引きも狙っているから中途半端になっている。ここで切り返せば流れを変えることができる。
俺が繰り出した拳を恭也さんが払う。
ここだっ!!!
俺は払われた腕で強引に恭也さんに追撃をかける。御神流の射抜が紙一重でかわされた時の追撃の真似だ。
「!?」
表情の変化に乏しいから分かりづらいが、恭也さんは明らかに一瞬戸惑った。
チャンスは今しかない。『神速』を使われて体勢を立て直されたら、また同じことの繰り返しだ。
俺はかがんで足払いを放ち、恭也さんを仰向けに倒した。俺はそのままの流れから恭也さんの意識を絶つべく、鳩尾に拳を落とそうとしている。
「もらったーーー!!!」
勝ったっ!!!
これで俺のとりあえずの身の安全は保障された。情けないと思うならそう思えっ!! だがそれは、フィリス・マジックに耐え抜いてから言ってもらうぜ!!
俺は勝利を確信した。だが……、
「ファイエル!」
「えっ!? ブハァッーーー!!!」
俺は突然飛んできた、何かの直撃をくらいぶっ飛ばされた。そりゃあもう、車にはねられた人身事故のように。一回転、二回転、三回転と、まるでゴミのように……。
「な……なぜ……!?」
俺は、ロボットならやっぱりこれだろ! と大抵の奴は思うだろう(俺もそう思う!)ロケっトパンチで俺をぶっ飛ばしてくれた張本人を睨む。そこには、いつものメイド服ではなく、外出着に着替えていた月村家のメイド長、ノエルさんが申し訳なさそうな顔をしながら立っていた。
「申し訳ありません、竜馬様。忍お嬢様からの咄嗟のご命令でしたので」
すいません、どーかその命令は断ってください! と心の中で思いながら俺は視線を移すと、忍さんがいつの間にか恭也さんのそばにいた。
「危なかったわね、恭也。それにしても朝霧君に不覚をとるなんて」
「いや、面目ない。助かったよ」
「恭也……」
オホン! すいません !目の前で恋人を気遣うというラブロマンスを繰り広げないでください! これじゃあ俺が完全に悪役じゃないですか!!
「私にとって、恭也を傷つけようとする者はみんな悪よ!」
「人の心を読まんで下さい! つーかなにもロケっトパンチをぶちかましてくれなくても……」
「大丈夫。朝霧君、頑丈だし」
言い切ったよこの人……。なんでかなぁ……、最初のなんていいセリフのはずなのに、この状況じゃ理不尽さしか感じられん。
「つーか、今日は俺たち、フィリス先生から定期健診に来るように言われてるんですよ」
「だって今日は、一緒に映画見に行って、おいしいところに食事に行って他にも他にも……」
なんて欲望に忠実な人だ……。この人は恭也さんとデートをするためなら何だってやるぞ……。
「とゆうわけで……、さらばっ!」
ハッ!? しまった!! 俺が呆けている間に逃走準備を完了させてたのか! 乗ってきた車に乗り込み直ちに発進させていた。それはもう無駄のないことないこと。逃走スキルたけーよ、この人たち。
「悪いな、竜馬! フィリス先生には何とか言っておいてくれ!!」
「なんとかってなんて言えばいいんですかっ!! つーかそもそも逃げるなーーー!!!」
俺の必死の懇願を気にするでもなく、恭也さんたちを乗せた車は風のように去って行った。
俺はその場にガックリと両膝をついて項垂れるしかない。
「ちくしょ〜〜、またかよ……」
それは、同時に俺の死刑が宣告された瞬間でもあった……。
「それで、まんまと逃げられたと?」
「申し訳ございません!!」
俺はにこやかにほほ笑みながら、怒気を放っているフィリス先生の前で謝罪していた。
日本特有の礼式、土下座をしながら。
もし、土下座検定なるものがあれば、間違いなく一級を貰えるくらいきれいな土下座をしている。そう自負している。我ながら情けないけど……。
「まあ、いいでしょう」
「え!?」
「とりあえず竜馬君の検診を始めましょう。さぁ、こっちに」
割とあっさりと許しをくれて話を進めていく。しかし、俺はそれを真に受けるなんてことはしない。だって怒気が消えてないんだもん「(((゜д゜;)))ガクガクブルブル」
これはもう、俺の謝罪の言葉なんて聞きたくないってことですよね!?
「何をしてるんですか!? さぁ早く……」
あぁ、俺、生きて帰れるかなぁ〜。
「まったくっ! もうっ! 武を扱うっ! 人ってっ! どうしてっ! こうっ! 体をっ! 大事にっ! しないんっ! ですかっ!! おまけにっ! 医者のっ! 忠告もっ! ちっともっ! 聞いてっ! くれないしっ!!」
バキッ! ゴキッ! ミシッ! バカッ! ビキッ! ゴシャッ!
「あがっ! ぐほっ! フィリスっ! 先生っ! もうっ! 少しっ! お手っ! 柔らかにっ! お願いっ! しますっ!」
いつもより力を込めて俺の体にマッサージをかけるフィリス先生。つーか明らかに私怨を込めてる! 俺に怒りをぶつけてる!
「そうでしょう! そうでしょう! 私みたいなっ! 薬臭いっ! 医者なんかよりっ! 恋人とのっ! 時間がっ! 大切っ! でしょうっ! ねっ!!」
ボコッ! ベキッ! ミシャッ! バキャッ! ゴキンッ(え!? なんかとんでもないとこ外されたような音が……)!
「ぐはぁっ! 俺に! 八つ当たりっ! しないでっ! くださっ! い……、 あんぎゃあああああああーーーーーー!!!!!!」
俺も……、すっぽかしときゃ……、よかった……、ガクッ……。
〈第三者視点〉
「あんぎゃあああああああーーーーーー!!!!!!」
「な、なんや!? この断末魔っぽい悲鳴は!?」
車椅子に乗っている少女、八神はやては、突如聞こえてきた悲鳴に驚きの声を上げる。まぁ無理もないだろう。命を救う病院の中で死人ができそうな声が聞こえてきたのでは。
「ああ、たぶんフィリス先生のお得意様が来てるのね。今日はまた一段とすごいわね」
車椅子を押しながら冷静に答えているのは、はやての担当医の石田医師だ。
「だ、大丈夫なんでしょうか!? ちょう、死にそうな声でしたけど!?」
「大丈夫よ。たぶんお仕置きを込めてやってるんでしょうね。あの子たち、結構無茶なことやるらしいから」
心配そうな顔をするはやてに対して、石田医師は割と平静としている。今でも「他の患者さんが驚くからもう少し抑えてほしいんだけど……」 なんてやられている本人の事よりも他の患者を気に掛けてるし。まあ、実際死にはしないが。(死ななければいいのか?)
「はやてちゃん、検査が終わったらそのまま検査入院だから、夕食一緒にどうかな?」
「はい、ありがとうございます」
はやては石田医師の御厚意に感謝しているが、正直自分の病に対して、あまり希望を持っていなかった。
原因不明の神経性麻痺による不自由な足。 しかし、足が不自由でも日常生活は何とかこなしているため、それほど深刻には思っていない。むしろ石田医師が自分のために頑張ってくれていることに、申し訳なさが湧いている。
石田医師もそんなはやての心情に感付いている。この子はまだ幼い。自分の人生に諦めなんて持ってほしくない!
「そうだ! はやてちゃんこれ」
「なんですか!?」
思い出すように手を叩き、はやてに手渡されたのは、菱形の青い石。
「今朝見つけたんだけど、綺麗だったから御守りにどうかなって思って。はやてちゃんの足が早く治りますようにって祈るの」
「はぁ〜、とっても綺麗やわ〜、石田先生、ありがとうございます」
石を眺めながら年相応な笑顔を見せるはやてに、石田医師にも笑みが浮かぶ。やっぱり子供は笑っていないと。
「お祈りか〜」
はやては嬉しかった。石田医師にとって、一患者に過ぎない自分をここまで気にかけてくれるのだから。
もし、自分に……、ほんのちょっとだけ、願うことが許されるのなら……。
青い石は、はやての手の中で淡い輝きを発していた……。
その夜〈竜馬視点〉
あ〜〜、し、死ぬかと思った。いや、いっそのことひと思いに……、
ブルブルブル、やばいやばい、あまりの激痛にさらされて気ィ失ってたせいか、思考がめっちゃネガティブになってる! それにしても……、フィリス先生…、俺に八つ当たりしてないか!? 結果的には恭也さんにふられたもんだから……、いやいやいや、やめとこう。こんなこと、もし口走ろうものなら、とどめ刺されちまう。
今日はフィリス先生の夜勤の日。フィリス先生は夜が苦手なもんだから、話し相手になるんだ。マッサージの件を差し引いても日頃の礼もあるし、話し相手になるくらいやぶさかじゃあない。
「ん!? おい、まさかこれって……」
この感じ、間違いない。あの青い宝石だ!
「ちっ、何もこんなところになくても……」
俺は舌打ちをせずにはいられない。ここは病院。こんなところで今までみたいなものが出たらどうなるか。
あの青い宝石の魔力は病院中に蔓延している。こりゃあ見つけるのは至難の業だな……。
とにかく手当たりしだいで探すしかない。
『探索』
探索用の術を他の人たちに見られないようにばら撒きながら、俺自身も病院中を駆けずりまわって探した。こうして魔力の濃い場所を特定するしかない。そうして俺はとある病室にたどり着いた。
ドアを開けて中へと入る。個室なのか、中にはベットは一つしかない。そのベットには女の子が眠っていた。年はなのはと同じくらいか? 魔力の発生しているのは…、この子から!?
なんてこった。ついに人間にとりついたのか!? どうする!? 人を救う道なんて俺なんぞがやっていい道じゃない。しかし……。
「―――む」
「ん!?」
今何か聞こえたような……、気のせいか?
「頼む、お前の力を貸してほしい」
「誰だ!?」
今度ははっきり聞こえた! 声からすると女みたいだけど……、
「私のことはどうでもいい。頼む、わが主を救うため、お前の力を貸してほしい」
救うため、か……。
『誰が助けてくれって言ったの?』
『そんなにいいかっこしたかったの?』
『あれが流行りの偽善者って奴?』
『お前のしたことが私たちに迷惑をかけるということを考えたことがあるのか!?』
『お前に何ができる!?』
『お前に覚悟はあるのか!?』
『そもそも本当に助けたいと思ったのか?』
『しょせんその程度でしかなかったか……』
『これはお前には必要ないものだ』
『この力、決して汚すでないぞ……』
また聞こえてくる。俺が前に進むのを許さぬ声。前へ進めば聞くことになる声。俺が前に進めば、周りのものが迷惑する。
そして俺は、こんな声にビビる自分が嫌になる。自分が傷つくことを恐れるなんて、とんだ甘ちゃんだ。だったら最初から何もするな、と言われても文句も言えないだろう。
だが、例え何もするなと言われても俺が手にした力、『魔法』は捨てたくない。俺はこの力に魅せられた。そして光を与えてくれたものだから。
こんな考えでいる俺が、誰かを救うなんてことはしちゃあいけない。それで救われた人は一体何なんだ? こんな甘い考えでいる奴に救われたなんてことになる。しかし……、
「頼む! 私は主にとりついた遺産の力で一時的に出てこれただけにすぎない。私だけでは主をお救いすることはできない!」
女性の声は本当に主(?)であるこの子の身を案じているみたいだ。だからこそ、何もできない自分に憤りを感じ、俺に協力を頼んでいるんだ。
なら俺は、あくまであの青い石がこの子に迷惑をかけるのが嫌だから。魔法がただ危ない力でしかないだなんてことにさせないために。これでいい……。所詮俺はこの程度でしかない……。
「わかった。で、俺はどうすればいい?」
「ありがとう。魔法世界の遺産は主の精神にとりついて、主に深い眠りを与えている。私が主の精神世界へお前を案内する。目を閉じ、心を楽にしてくれ」
謎の女性の言う通りに俺は目を閉じ、心を落ち着ける。そうしてると俺の心の中に何かが入り込んでくる感覚がする。そしてそよ風がどこか遠い場所へと運んでくれるかのような心地よさが感じられた。
「もういいぞ」
その声を聞いて目を開けると、目の前には病室ではなく、黒と紺が混じり合う空間が広がっていた。
「ここがあの子の心の中なのか?」
「正確にはあの遺産が作りだした世界に、我が主の精神が捕らわれているのだ」
(あの青い石が作りだした世界か……、ん!? くっ、落ち着け。この世界はあの時のあれとは違う。ビビるな!)
俺は震えだした足を押さえつけてこらえる。ここはあんな閉じこもった場所とは違う。違うんだ!
俺は湧きあがってきた恐怖をごまかしながら、進んでゆく。どこまで広がっているのか、終わりがあるのか分からない空間を、謎の声に導かれるままに……。
「主!!」
「ん!?」
視線の先には一つのベットがある。そこに女の子が眠っていて、組まれた両手の上に青い石がある。さらにその周りを人影のようなものが囲んでいる。その数は四人。
しかし一体どいうことだ!? 今まで青い石は動物に取り付いてその姿をグロイ物に変えていたのに、今回は人、それも子供の精神に取り付くなんて、どういう基準なんだ!?
「あれは…まさか!?」
「何だかわからないが、とっとと封印した方がよさそうだな」
謎の声の驚愕を余所にして、俺は封印するために少女の元へ近づいて行く。すると突然、四つの影が俺に襲い掛かってくる。
「やっぱりそう簡単にはいかないか」
四つの影のうち、長身の影と小柄な影が左右に分かれながら、何やら得物らしきもので俺に攻撃を仕掛けてくる。
俺は両の手に『守護法盾』を作り、それぞれの攻撃を受け止める。。
両腕が塞がったところにガタイの良い影が拳撃を繰り出してくる。それを右足を振りあげて受け止め、そこを足掛かりにして跳び上がり、左足で蹴りを繰り出してやった。
デカ影は後ろへと下がり、他の影も間合いを取っている。と、今度は足元から魔力の気配が来る! 俺はそこを反射的に飛び退いた。そしたら地面からなんか俺の『縛水鎖』みたいなのが伸びてくる。これは三人の影の後ろにいる影が操ってるのか? 同じ場所に長く留まれないな。止まったら絡め取られちまう。
さてどうするか……。
「全ての原因は主の手の中にある遺産だ! あれを封印すれば事は済む」
まともにこいつらと闘おうと考えていた俺の頭にあの声が響いてくる。確かにこいつらとやり合うのは得策じゃあないし、優先するべきものがあるのにそれを見失っちゃあいけないわな。…こいつら強いからちょっと惜しい気もするけど……。
俺はこいつらを引き付けながら、少女から引き離す。封印するにしたって、その時間を稼がなきゃいけない。『守護法盾』で振り下ろされてくる得物を受けて逸らし、発足を連発させながら光の鎖に狙いを絞らせないようにする。
俺は数の上では不利だが、相手の動きはそれほど鋭いわけじゃないのが幸いだ。影は遠目で見れば人の形をかたどってはいるが、洗練されてないから動きが遅い。
『縛水鎖』
青い鎖で縛って動きを止めてやる! その間に封印を……ってなに!?
影たちは形を崩してきたかと思ったら、俺の縛水鎖をすり抜けてまた俺に向かってくる!!
「そうか! こいつらはあくまであの青い石の力で具現化した存在。いくらでも形を変えられるのか!」
やっぱり直接こいつらに仕掛けても無駄ってわけか!? となると、こいつらをどこまで引きはがせるかだが…、くそっ! こいつらまるであの子を庇ってるみたいで、必要以上にあの子から離れようとしない! どうする!?
一人だけじゃ手数が足りない! だが無い物ねだりをしてもしょうがない! こうなったら、ちょいと強引にいくか!! と、思ったが……。
「私が魔力に割り込みをかけて、あの影たちの動きを制限する。その隙にお前は遺産の封印を!」
「……大丈夫なのか?」
「ああ、すまない、本来ならわが主は私自身の手でお救いしなければいけないというのに…、迷惑をかける」
「別にいいさ。とにかく頼む!」
「ああ!」
主をお救いする…か……。ここが精神世界だからか…、この声の主は本当にあの子を救いたいんだっていう気持ちが伝わってくる。そういうのは嫌いじゃない。その気持ちは尊いものだ。ただ俺にはできない、許されない、そうすることが怖いっていうだけ。魔法を汚したくないって考えてる。まあいい、俺のやることは魔法の暴走を止める。ただそれだけでいい!
影たちの動きがだんだんスローになっていく。やったんだな! そしてついには完全に硬直した。
「今だっ!!」
「おうっ!!」
俺は発足で一気にあの子の元へ行く。そして石に向かって手をかざす。
『封印!』
俺の掌から黒い光が発せられる。これでこいつを封印しちまえば……
「しまった!!」
「なに!?」
突如あの声から焦った声が聞こえてくる。振り返れば小柄な影がこちらに向かってくる。くそっ! あの声の力を振り切ってきたのか!? この石の力はそれほどのものなのか!? それともほかに何か……。
いや、そんなことよりどうする! 俺は封印に手一杯で盾を張ることも『煉装身』を発動させる余裕なんてない。かわすか!? いやあの勢いだと俺が避けちまえば、勢い余ってこの子に武器が振り下ろされる。くっ…、でえぇーい!!!
「!?」
「グゥッ!!!」
俺は振り下ろされてきた一撃を、避けることも防ぐこともせず、そのまま背中で受けた…。かはっ…、なんつー重い一撃だ! だが……。
「…これで…、終わりだーーーーーー!!!!!!」
俺は構わず封印を続行する。そうしているうちに、石に光は小さくなり、ついには今まで封印してきたものと同じようになった。
「…ふぅっ……」
一息ついて後ろを振り返ってみたら、もうあの影たちの姿はなくなっていた。
「すまない、私が抑えきれなかったばかりに……」
「いいんだ、とにかく封印されたんだから、これで……」
そうだ、このくらいなんともない。この程度、修行でさんざん耐えてきたんだから。
「で、後はどうすればいい?」
「主はすでに解放された。このままでも大丈夫だ。後は私がお前の精神を戻す。お前が目覚めたときに遺産も主の下にあるはずだ」
「そうか……」
今目の前にあるのは石は、あくまでこの精神世界に存在している力その物っていうわけか。これで石は三つめ。まだあるのか……?
「ありがとう」
「え!?」
突然の礼の言葉に俺は戸惑うしかなかった。だってそうだろう。俺がしたのは石の力を止めたことだけ。この子のためだということを意識なんかしちゃいない!
「お前は主の身を案じ、あの攻撃をその身で受けた。おかげで主の心は傷つけられることはなかった」
「……」
違う…、違う! あのとき封印の手を止めたらまた振り出しに戻っちまう。そう思ったから避けなかっただけだ。絶対にこの子を思ってのことなんかじゃない…、だから礼なんて言って欲しくない! 俺にそんな気持ちがあるわけ……。
「では…、さらばだ……」
「ちょっ!」
そうして気付いた時には俺はいつの間にか元の病室に戻っていた。そして女の子の手元にはあの石が……、
「俺は…俺は……」
俺は石を手にとって病室を後にした。石を握りしめながら俺は自分のしたことに嫌悪する。
「俺は…、また……」
誰かを『護る』。それは生半可な気持ちでやっていいことじゃない。自分の命も、相手の命もかけることになる。そしてそんな道に、この力を歩ませちゃいけなかったはずなのに……。
「いや……、やめとこう、俺はまた偽善をやった。それを認めなきゃな……」
偽善。それは偽りの善。本心からじゃない見せかけの善。俺にはあの子を救おうなんて気持ちはなかったはず。俺はただ、魔法が忌み嫌われるのが嫌だっただけ。だからその気持ちで誰かを助ければ、それはまさしく偽善だろう……。
〈第三者視点〉
「う〜ん、なんやこんな時間に起きてもーた。…なんやろ、何か夢を見たような……。ちょう、幸せな夢を……」
少女が心の奥底で願いし夢は、わずかな間だけ叶えられた。それが真に叶えられるのはいつの日か……。
「なぜ私は止めてしまったのだろうか……。あれは主が望んでいたことのはず。ならばそっと、あのまま眠らせておくのが正しかったはずなのに……」
少女に仕えし者は、己のした主の願いに反する行いに困惑する。
「主の願いは私が叶えるはず。それをあの遺産に横取りされたことに嫉妬していたのか…、それとも……」
自分の真に望んでいたことはべつにあったのだろうか……。その答えを知る術は、今はなかった……。
〈竜馬が戦う数時間前〉
「私…、気付いていたのに……、気のせいだって思っちゃった。だから、たくさんの人にご迷惑をかけちゃった……」
「そんなことはないよ、なのは。なのははちゃんとやれてる! 元々は僕の問題だったのに……、なのははそれを手伝ってくれてる……」
「ううん! もうただ手伝うってだけじゃ駄目! だからこんなことになっちゃった! 私は護る、護り抜きたい! 悲しいことなんて起こさないためにも……」
「(僕は、本当になんてことをしてしまったんだろう……)」
青年になりかけの少年は、己の行いに疑問を持ち、己の心を嫌悪する。
白き魔法少女は、為すべきこと、為さねばならぬことを“為し得たい”と、その小さな体に似合わぬ、大きな決意を固める。そして、少年は改めて自分のしたことに責任を感じる。こんなにも優しい子を巻き込んでしまったことに……。
主になるはずの少女は淡い夢を見る。心の奥底で願いし夢を……。
未だ目覚めぬこの世界に在りしもう一つの異世界の遺産は、主になるはずの少女の願いに逆らったことに戸惑いを覚える。
この者たちの物語は、未だ交わっていない……。
術・技説明
『探索』
金属性の魔法。
ミッド式のエリアサーチのように紫色をした球形の端末を飛ばし、周囲を探索する。
『金』は『知』を属している。
あとがき
いかがでしだでしょうか
竜馬、とらハ3が誇る最強カップル+αに敗れる! の巻……、ではなくて!
ロリドクターに折檻されるの巻…でもなくて!
原作ではまだ出てこないキャラの精神世界で戦い、自分の行いに疑問を持つ話でした。
人のためではなく、魔法のために戦うことを意識しょうとしていることを疑問に思った方もおられるとは思いますが、これは竜馬が内面に抱えている葛藤に関することなのでどう解決していくかがテーマの一つになっています。
竜馬を導いたあの声、もちろん彼女です。ジュエルシードの影響ということで思いっきり先走って登場してもらいました。
今回のことは原作三話にリンクしています。次回は原作四話目にあたり、竜馬にはあの子の前に、彼女に会ってもらいます。
それでは次回、力と心の探究者 第五話、『異世界からの来訪者(仮)』をお楽しみに!
やけにシリアスな冒頭だけれど。
美姫 「実際は病院から逃げているという」
いや、もうシリアスが台無しな理由だったな。
美姫 「無駄に高い能力を使って二人してね」
まあ、これも日常なんだろう。竜馬にとっては災難だったけれど。
美姫 「そういえば、ジュエルシードの封印の所為で、フィリスの元へは遅くなったのかしら」
だとしたら、フィリスは一人で怯えていたのかも。
美姫 「想像するとちょっと楽しいわね」
だな。さて、次回は多分、あの子と出会うみたいだけれど。
美姫 「どうなるのかしらね」
次回を待っています。