『選ばれし黒衣の救世主』
ぶつかりあう。
それぞれの場所で、それぞれの全力の攻撃が。
それは、幾万と生きた赤き精霊が放つ幾十の超魔法。
それは、かつて祟神と呼ばれた妖狐が放つ強力な神雷。
それは、心に強さを持ちたいと願う少女の神弓より放たれる光矢。
それは、純血の現すかのような白き剣を持つ幼き少女が放つ轟炎。
それは、弱き心を持ち、それでも力強く自らの道を行く赤き少女が放つ轟雷。
それは、白き翼を持つ女性が己が想いを込めて放つ極雷。
それは、相反する心を持ちながら、神に仕える女性が放つ神光。
それは、大きく広い心を持つ男と、その手に在る見守り続ける月の剣が放つ剣光。
それは、心の傷を乗り越えようとする、影の住人たる少女が放つ拳炎。
それは、仲間を守るために、ただ愚直に前へと進み続けようとする少年が放つ剛拳。
それは戦い続けて、傷つき続けて、それでも進もうとする黒衣の青年が放つ護剣にして暗剣。
戦う理由などなかった。
戦う意味などなかった。
向かう先は一緒だとわかっていた。
たぶん、それはそこにいる全員がわかっていた。
だが、それでも全員が負けられなかった。
赤の主・大河編
第二十八章 決別
赤の精であるリコが放つ、幾つもの魔法。
それは破壊の嵐。
火弾が爆裂し、黒き刀身が木々のように地より生え、十を越える岩の塊が上空より飛来し、稲妻と雷の精霊が踊り狂う。
だがその破壊の嵐すら、幾つもの超々極大の雷が飲み込み、破砕し、蹂躙し、破壊し、無に帰していく。
過去に祟神であった久遠が放つ、神の雷光の如き雷。
それはやはり破壊の嵐。
全てを飲み込むために飽くことなく続けられる破壊の狂乱。
それはその破壊の嵐から見れば、ただただ小さなものを飲み込むために使われる極大の意思の塊たち。
その中心にいるリコと久遠は、その衝撃に身体が傷つけられる。
そして爆風が二人を薙ぎ倒さんと暴れ狂う。
破壊の衝撃と狂える爆風が辺りを飲み込み……
「っ、あぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!」
「う、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅ!!」
それに耐えきれず、リコと久遠は正反対に吹き飛ばされた。
未亜となのはの最大の一撃。
一撃に最大の魔力を込めて放たれた光矢と火球
その光矢と火球がぶつかりあう。
火球は、その光矢と相対するには小さな球体。飲み込まれて消えるのは自明であった。
だが火球は光矢とぶつかりあった瞬間に爆裂する。
極大の魔力が込められたそれは、爆炎を上げ、光を飲み込み、無へと帰さんがためにさらに爆裂を繰り返す。
だが、やはり極大の魔力と意思が込められた光は、その爆炎の中を突き進む。
ぶつかりあうは光と炎、極大の魔力と魔力、極大の意思と意思。
光はただ突き進み、相対する者へと向かおうとする。
炎はそれを飲み込み、さらにその先へと爆炎を届かせんと、その炎を先へと延ばす。
そして、光の矢は見事炎を突き破った。
だが炎もそれでは終わらない。すでに後方へと向かってしまった光を無視し、その炎を伸ばして本来の標的へと進む。
光の矢は、まったく威力を衰えさせずになのはへと向かう。だが、なのはの目の前に一つの魔法陣があった。
光矢と爆炎が拮抗している間に作り出していた魔法陣。しかしこれは攻撃用ではない。防御用だ。
その魔法陣は光の矢を押し止めた。
だがすぐにその魔法陣の幾何学模様に罅が入り始める。極大の魔力と意思を込められた矢を押さえ込められない。
「白琴!!」
瞬時にそれを理解して、なのはは自身の魔力を白琴に送り込み、白琴を経由させてさらにそれを魔法陣へと送り込み、罅割れる魔法陣を補強して、罅を修復していく。
自身の魔力で魔法陣を補強する。それはできるかどうかわからない賭にも近い行為であったが、成功した。
爆炎は未亜の身体を飲み込まんと伸びる。
「ジャスティ!!」
瞬時に魔力で矢をまとめて作り出し、それを一気に番え……放つ。
それで爆炎を僅かに散らすが、完全には消しきれない。
ならばと、未亜は再び瞬時に次の矢を作り出す。今回は一本のみ。それをやはり一瞬で番え、さらに次の一瞬で、込められるだけの魔力を矢に込め、それを目の前の地面に向けて射る。
だがその間に、爆炎は伸びる。それが未亜を飲み込もうとした時……地面に突き刺さった矢が轟音を上げて爆発した。
その爆発を利用して、爆炎を散らす。
何とも荒っぽい防ぎ方だが、それがこの瞬間に未亜にできた、ただ一つのことだった。
なのはは自身の魔力をプラスし、光矢を防いだはずだった。
だが、すかさず魔法陣は罅割れていく。なのはの魔力を補強に使っても、光矢の進行を止められない。
ギチギチと魔法陣から嫌な音が響き、崩れていく。
なのはは、もう長い間保たせられないと理解した。
その瞬間、魔法陣に魔力を送り込むことを止め、すかさず魔法の詠唱を始めた。
だが、この危機的状況でうまく脳内に構成式を描けない。綻びがある構成式では、魔力と呪文、そしてマナを使って世界へと魔法を侵食させる際に、確実に威力が落ちる。下手をすれば暴走しかねない。
……構わない。
いや、むしろ暴走させてしまえばいい。
そう決意した瞬間、魔法陣が崩壊した。
だが同じ瞬間……
「ブレイズノン!」
叫び、なのはの手から出現したのは、火球ではなかった。
それは最初から、爆炎として……いや、それさえも違う。それは単なる爆発だ。
正しく発動されず、暴走した魔力はマナによって単なる爆発へと変えられ、単純な破壊のエネルギーへと変えられた。だがその爆発は光矢を飲み込んでいく。
相手の攻撃を防ぐのに二人がとった手段は、ほとんど同じものだった。
何とか弱めた相手の攻撃を、さらなる破壊力で無とする。だが、それをするにはすでに爆炎が、光の矢が近づきすぎていた。
同時に起こった爆発。
確かに相手の攻撃は無にできた。だが、その爆発はお互い近すぎた。
その自らが起こした爆発のエネルギーと爆風に耐えきれない。
「っ、きゃぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
それはどちらの悲鳴だったのか、それとも二人のものだったのか。
だが二人は、同時にその場から逆方向に弾き飛ばされた。
リリィの手から現れた雷は、横へと複雑に乱れながら突き抜けるように知佳へと向かう。
それに向かうのは、ただ一本の雷。
数本が乱れる轟雷であるリリィの雷に対し、ただ一撃に力を込められた極雷。
それがぶつかりあう。
しかし、知佳の雷はいとも簡単に貫かれ、無へと返された。
知佳の能力では、召喚器使いであるリリィの魔法に威力で敵わない。元々、彼女はこの力を攻撃に使うことがない。さらに言えば、元素変換はリスティたちのようにうまくは扱えないのだ。
だからこそわかっている。
ならばどうすればいいのか。
知佳はすぐさま新たな雷を作り出し、それをリリィの雷へとぶつける。
それがまたかき消されても、また次を、また次を……。
一瞬で、次の一瞬で、次を、次を……。
知佳は呪文の詠唱など必要としない。
一撃で勝てないのなら、何度も放てばいいだけのこと。
だがリリィとて負けられない。
ライテウスに以前から溜めに溜めていた魔力。それをこの場で全て解放したのだ。そう簡単に撃ち破れるはずがないという自信があった。
しかし、徐々にリリィの雷は小さくなっていく。知佳の雷に削られていく。
だがそれでも無に帰すことはできず、リリィの雷は知佳の目の前にまで迫った。
そこで知佳は雷の乱射を止め、自分の目の前にバリアを張る。
トラックの衝撃すら跳ね返すバリア。知佳が得意とする能力。何より誰かを守れる能力。
それはリリィの雷を押し返す。
「うぅ!」
それでも、リリィの雷は進行を止めることはない。壁を突き破り、前へと進もうとする。
それはまるでリリィの意思がそうであるかのように。
知佳のバリアが罅割れていく。
どれだけ力を込めても、この雷を押し返せない。
「いけぇぇぇぇぇぇぇ!!」
そのリリィの声に反応したかのように雷は強く伸び、知佳のバリアは崩壊する。
しかし知佳もこれでは終われないのだ。
すでに知佳の目にはバリアを突き破り、自分へと向かってくる雷は目に入っていなかった。
ただリリィを止める。
そして能力を使い続けて疲弊しきった身体に鞭を打ち、最後の力で雷を作り出した。
それは目の前の雷を無視して、ただ一直線にリリィへと向かう。
だが疲弊した知佳が放った雷は狙いが逸れた。
その雷は、リリィの目の前に落ちただけで、彼女に直撃しなかった。
それはリリィの雷も一緒だった。バリアに進行を邪魔され、軌道が逸れ、真下へと向かい、知佳の目の前に落ちる。
だが、二人の雷は地面を抉り、二人の目の前で爆風を上げ、衝撃を残す。
その勢いに負け、二人は悲鳴を上げる暇もなく吹き飛ばされた。
二つの光がぶつかりあう。
それは空中で相手の光を貪らんと押しては引きを繰り返す。
先ほどとは違い、耕介の霊力とベリオの魔法の衝突は拮抗していた。
ベリオが使ったのは、先ほど使った魔法の上位魔法。そう簡単には消されはしない。
「レイライン!」
だがそこにベリオは追撃として、下位の光の光線をさらに放つ。
それは先に放った光と一体化し、さらなる巨大な光となって耕介の霊力をかき消していく。
しかし耕介も振り下ろした十六夜に霊力を込め、
「追の太刀・疾!」
一気に斬り上げる。
それと共に霊力の奔流が、一直線に飛び出す。だがそれは、ベリオの魔法とは違い、目の前の衝突を無視し、横を通り抜け、ベリオへと向かっていく。
その瞬間、先に放った楓陣刃は相対する光に突き破られた。そしてそのまま耕介へと向かってくる。
どうするかと耕介が悩んだ瞬間……
『耕介様……私のことは気にせずに』
「すみません、十六夜さん」
声をかけてくれた十六夜に謝罪し、耕介は十六夜の刀身に霊力を流し込み、それを光に向けて振り下ろす。
霊力を込めた刀身で防ぐ。
きっと十六夜の魂にも、その刀身にもかなりの負荷をかける。だがこれしか方法がない。
光は、十六夜に受け止められても止まらない。その勢いに負けて徐々に耕介の足が地面へとめり込んでいく。
「くっ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
それでも負けられないと、耕介は自身の霊力を十六夜へと込めていった。
疾はベリオへと向かう。彼女はそれを障壁で防ごうとした。だが、立て続けに二つの魔法を使い、呪文の詠唱が間に合わない。
だから、その手に持つ杖を疾に向かって振り下ろす。
「っあぁぁぁぁぁぁ!」
だが、その力に押し負けて、ジリジリと地面に一本の線を作ってベリオは後退していく。
それでも、ベリオは諦めずに腕に力を込める。
「ユーフォニア、お願い! 力を貸して!」
彼女の召喚器がその叫びに応えてくれたのか、力が沸いてくる。
二人は目の前の光を押し返そうと、己の手にある最も信頼するものに力を込める。
だが、それでも光に込められた意思は強かった。
お互いの負けられないという想いは強かった。
「ぐっ、あぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
「うっ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」
だからこそ、二人はそれに負け、光に弾き飛ばされた。
剛拳と炎拳、黒銀と紅の四閃が衝突する。
三人が自分の全ての力を込めた攻撃が、衝突し合う。
恭也の黒銀が大河の剛拳に衝突する。
抜刀の速度による破壊力と、さらに衝撃を内へと通し、さらなる破壊力を発揮する剣によって、大河の剛拳は弾かれ、さらに衝撃に耐えきれず、腕が大きく上へと弾き飛ばされる。
恭也の紅とカエデの炎拳が衝突する。
抜刀の速度と大気すら斬り裂く斬を込められた斬撃によって生み出された強烈な風。さらにカエデの黒曜との衝突の際に発生した風によって、その炎が散る。
大河とカエデの渾身の一撃は、やはりたった一撃の魂さえ込められたただ一閃に無と化した。
だが、だが、この程度で二人が終わるわけがない。終われるわけがない。
大河は弾かれた腕を、その腕力で無理矢理止め、さらにそれを叩き下ろす。真上から、全てを叩き伏せるように振り下ろす。
カエデは散らされた炎などどうでもいいと、腰を捻る。それによって止められた勢いを再び付け、さらに腕を横回転させ、再び拳に空を切らせる。
二人の全力を込めた拳。
それはただ一直線に、恭也の腹へと向かう。
それがわかり……例え最初の全力の攻撃が無とされようと、まだ諦めない二人を見て、恭也はその口元にただ一瞬、笑みを浮かべた。
まるでそれでいいとでも言いたげに。
だが二人はそれに気付かない。
そして恭也も腕と剣を引き戻し、さらに腰を捻る。
続く三撃目……本来は突きであるそれを、横への一閃へと変え、大河の腹へと向かわせる。
さらに平行して四撃目……こちらも基本の技を何も乗せることなく、カエデの腹へと向かわせる。
だが、その刃は翻っていた。恭也は二人の腹に当たる直前に、峰へと返した。
そして……辺りに鈍い音が響いた。
恭也は二人のさらなる渾身の一撃を二つ、まともに腹へと受け、その衝撃を逃がせず、まるで車に弾き飛ばれたかのように、地面に身体を擦り付けながら吹き飛んでいく。
さらに背後にあった民家の壁に衝突し、その壁を罅割れさて止まった。
「がっ!」
「くっ!」
だが大河とカエデも、腹部に峰の斬撃を受け、その場で膝を着いた。
戦場に静寂が戻った。
衝突の勢いで、砂埃が舞うが、もう衝突の音は響かない。
衝突していた者たちは、それぞれ仲間たちの傍にまで吹き飛ばされていた。
久遠、なのは、知佳、耕介は、壁に衝突し、そのまま動かなくなった恭也の元に。
リコ、未亜、リリィ、ベリオは、膝を突いた大河とカエデの元に。
恭也以外の者が、苦痛の声を漏らしながらも、それでも立ち上がろうとする。
だがダメージと疲労が大きく立ち上がれない。
その中で、崩れた壁をパラパラと音をさせて、背を離し、恭也が動き出した。壁に衝突し、全身から血を流しながら、それでも歩き出した。
「おにーちゃん……」
その姿を見て、なのはが顔面を蒼白にする。
どう見ても恭也は重傷だった。
他の者たちは、吹き飛ばされても、攻撃を受けても、それでもまだ外見的には余裕がある。
それでも起きあがれないのは、疲れと精神的な問題、吹き飛ばされたこと、攻撃を受けたことでの一時的な痛みでしかない。
だが恭也は違う。
地面に身体を擦り付けた際にか、それとも壁に衝突した際に怪我したものかはわからないが、顔から、腕から、足から血を流し、そして左腕はダラリと垂れ下がっていて、折れているというのが見ただけでわかる。
それでもなお、左手の指は小太刀を握っている。
それでもなお、歩く。
「大河……」
それでもなお、喋る。呼びかける。
「終わりか?」
「そんなわけ……ねぇだろ」
大河は唇を噛み締め、トレイターを剣の形態にし、それを杖代わりにして立ち上がる。
「そうか……」
恭也はそれに応え、右の八景だけを構えた。紅月を持った腕はダラリと垂れ下がったまま構える。
その恭也に向かって、大河は駆けた。
だが、その足取りは重い。きっともう力になどなくて、そのスピードは、常人以下のものでしかない。
それでも恭也に向かって一直線に進む。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
大河は、雄叫びと共に剣を振るう。だが、声とその勢いは比例していなかった。ただ武器の重さに任せて振り下ろしているだけ。
それを恭也はいとも簡単に弾く。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それでも大河は弾かれた剣を、再び払う。
恭也はそれを弾く。
ブンブンと振るわれる剣の音と、その剣を弾く甲高い音。
それが辺りに響く。
「くっ……そっ……」
それを見ながら、耕介は立ち上がろうとしていた。
「お義兄ちゃん……」
「知佳……逃げる準備を」
耕介はそう言いながら、力が入らない足に、それでも力を入れて立ち上がろうとする。
「このままじゃ、恭也君が……死ぬ」
「え……」
耕介の言葉に、知佳となのはが同時に驚きの声を上げたが、その声は小さなものでしかない。いや、本人たちはもっと声を張り上げたつもりだったのだろうが、今はその声に力が入らない。
やっと膝を立てることができた耕介は、子供の姿に戻ってしまった久遠を見つめた。
彼女も耕介の言うことが本能的に理解できるのか、泣きそうな顔で立ち上がろうとしていた。
「もう、恭也君は限界なんだ」
恭也は先ほどからただ弾くということしかしていない。本来の恭也なら例え一刀しか使えなくとも、弾いたその瞬間には、大河に追撃をしかけてる。
だが、もう恭也はそんなことができる状態ではないのだ。
いや、そもそもまだ動けることの方が異常なのだ。
耕介たちとは違う。恭也は、救世主候補二人と同時に戦い、その全力の攻撃を防御もせずにまともに受け、さらに壁へと衝突した。
重傷どころの話ではない。瀕死の状態のはずだ。
恭也は、その精神力で立ち上がり、そして大河と同じく何とか剣を振るってるだけなのだ。
そして、耕介にはわかる。霊力を攻撃に使っているわけでもないのに、恭也の霊力が尽きかけていることに。
あのまま動き続けていれば、死んでしまう。
「わかるんだよ、恭也君がなんでまだ剣を振るっているのか」
それは別に知佳たちに言った言葉ではない。耕介の独り言に過ぎない。
恭也がまだ、剣を振るってる。
恭也とて自分が危ないことは理解しているだろう。
なのに命を賭してまで、その命を乗せてまで剣を振るうのか。
「わかるけど……」
きっと守りたいのだ。
大河たちを。
未亜たちを、大河を死なせたくないのだ。
だから強くなってほしいと。
大河に守ってほしくて、大河に死なせないだけの、死なないだけどの力と想いを手にいれてほしくて……。
「でもそれで恭也君が死んだら、意味ないだろう!?」
そう叫んで、耕介は立ち上がった。
恭也がただ一人、真の破滅から世界を救える人間だとか、そんなことは関係ない。
耕介にとって、恭也は弟だ。
恭也が死ぬ。それは耕介が弟を失うこと。他の事象など関係ない。
それは……
「そんなこと……許せるか!」
耕介は震える足に力を込める。
「きょうやがしぬの……やだ!」
そして、久遠も立ち上がった。
それにつられるようにして、知佳となのはも立ち上がる。
「死なせないよ、絶対に」
「おにーちゃんが死ぬのなんて、絶対にいや」
それに頷く耕介と久遠。
そして前方を見れば、未亜たちも立ち上がっていた。
二人の戦いを見て、彼女たちが何を思ったのかは耕介たちにはわからない。
それでも、彼女らも、目の前で戦う二人を見て、自分の意思をもって立ち上がったのはわかった。
「十六夜さん……また、無茶をします」
だけど、今度は謝らない。
『構いません……助けましょう、恭也様を。例え恭也様がそれを望まなくとも』
十六夜の答えを聞いて、耕介は構える。
(恭也君、君自身はきっと背負ってるつもりなんてないんだろうな)
きっと恭也は色々なものを背負っているという意識なんかない。自己犠牲のつもりもないのだろう。それは端から見ているとそう見えてしまうだけで、恭也自身はそんな気負いもなく、ただ自分の心に素直に行動しているだけなのだろう。
ただ守りたいと。
(でも、自分のことも少しは考えないと。どれだけ守りたいと思っても。
君が怪我をすれば、死んでしまえば、悲しむ人が一杯いるんだ。あの時話しただろう?)
今回の件……破滅だとか何だとか、全てが終わったら少し説教してやろうと、耕介は心に決め、
「神気発勝」
自分が今、込められるだけの霊力を……いや、限界を超え、全ての霊力を十六夜へと込める。
「神咲一灯流・奥義」
それは本来、二人の退魔士がいて初めて使える奥義。
二人の霊力使いの膨大な霊力を使用し、混ぜ合わせて初めてできる奥義。
「封神……」
だが、それを耕介は一人で使用する。
自分と、十六夜に負荷をかけることがわかっていながら、それでもなお、弟を死なせないために……。
「楓華疾光弾っ!!」
閃光が走る。
一筋の閃光が、ただ一直線に伸びていく。
だが、それだけではない。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
耕介の隣で、なのはがいくつもの遅延させた魔法陣を描いていた。もはや隠すこともなく、ただ描き続けていた。
大きな魔法陣。個数は六個。
そこから飛び出るのは光の放流。
本来ならば、一撃ずつしか放てないそれを、発動を遅延させ、六個描いた。白琴に無理をさせているのはわかっている。なのは自身、それを描くのにかなりの集中力と精神力を使い、頭痛がして、脳が焼き切れそうだった。
だが、それでも放つ。
六つの光は、先にいく閃光に追いつき、それと一体となり、巨大な光となる。
それはやはり、一直線に未亜たちへと向かっていった。
だが、未亜たちもアクションを取っていた。
それは大河のためなのか、恭也のためなのか、自身のためなのか、きっと彼女たち自身もわかっていない。
それでも、
「ファイナルメテオ!!」
「ファルブレイズ!!」
「テトラグラビトン!!」
「ホーリースプラッシュ!!」
「紅蓮掌!!」
その全力の一撃を巨大な光に向かってに放つ。
上空に放たれた無数の矢が、爆裂する超々巨大な爆炎が、辺りを覆い隠す岩の塊が、全てを切り裂く白き光輪が、全てを燃やす紅き炎が、ただ目の前の光にぶつかっていく。
二組の力がぶつかっている間も、大河と恭也は剣を交えていた。
「恭也!!」
「大河!!」
もうお互い全身に力など入らないのに、それでもなお剣をぶつけあう。
「俺は誰も死なせねぇ! 俺も死なねぇ!」
「それはお前が救世主となり、世界を救うということか!?」
「違う!」
恭也の剣を不格好な姿勢で受け止めて、大河は叫ぶ。
「救世主だとか何だとか、世界がどうとか! そんなことはどうだっていい! 俺が死んでほしくないのは、未亜や仲間だけだ! 他のやつらなんてどうだっていい! 取捨選択して悪いかよ!?」
両手で、ほとんど力の入らない腕で、大河は剣を払う。
それを恭也は、僅かに呻き声を上げて弾き飛ばす。
「ああ、悪くはない! 俺とてそうだ! きっと他の誰よりも、大切な者たちを選ぶ!」
所詮どんな力があろうが、守れるものなどたかが知れてる。取捨選択して何が悪い。
恭也は最早苦痛を隠すことはできず、顔を歪めて剣を振るう。
「だが、お前はいつか本当に選択を強いられるかもしれんぞ! 赤の主として、力を持つ者の義務として! 世界と大切な者たちの命、そして自分の命、どれか、もしくは複数を強制的に選ばされるかもしれない! どれかを強制的に捨てさせられるかもしれない!」
大河は剣を振るう、我武者羅に、滅茶苦茶に。
「力ある者の義務? ふざけんなよ! んなもん俺が知るか!
そんなもん誰が決めた!? 俺は自分の力を、自分の好きに使う! 自分の好きに選ぶ!」
「ああ、本当に俺とお前は似てるな、やはりそれも同意見だ。だからこそお前と戦っている!」
力のある者の義務を背負わないという宣言。だが無責任に言った言葉ではない。
「守るために俺は剣を手にした。武器を手にした。技術を手に入れた。血反吐を吐いて、自分の好きで力を手に入れた」
「不純な動機だったとしても、トレイターは応えた。リコは俺を主とした。俺はいつのまにか力を手に入れた」
手に入れた力と、与えられた力。
「「だが、そこに何の義務がある!?」」
二人は同時に叫ぶ。
いつのまにか勝手に義務を背負わされてしまった者同士が叫ぶ。
「責任は負う。だが、義務を負うために剣を握ったわけではない! 力を手にしたわけではない! 選んで、捨ててきたわけではない!」
「同感だ。今はただ守れりゃそれでいい!」
責任として、その力を何の関係もない所では使わない。
だが、自分の好きに守りたい者のために使う。
そこに他人も世界も関係ない。世界を背負う義務など知ったことではない。世界を捨てて、他の何者も捨てて大切な者を選ぶ。
世界を背負うなんていう義務は、守りたいという想いの前には何の意味も持たず、邪魔なものでしかない。そんなもの背負う気はない。
そんなものを負うために力を手にしたわけではない。
「だから恭也、俺はお前を止める! 俺の妹を、仲間を殺すって言うお前を止める! 自分の意思で止める!」
「ああ、それでいい。お前はそれをお前自身で選んだんだ。義務で選んだわけではない」
大河は恭也のように自分の意思で選んだ。
恭也よりも、仲間を。
二人は剣を止める。
「俺はあいつらを守る」
「ああ」
「それでもお前は止まれないのか?」
「ああ」
「それでも俺たちに話せないのか?」
「ああ」
「そうか」
「ああ」
決別……きっと決別だった。
それは大河のではなく、恭也にとっての決別。
「馬鹿野郎」
「そうだな」
「なあ、恭也、お前が俺に教えたかったのは……俺にさせたかったのは」
「もう言葉は要らんだろう?」
「……そうだな」
二人はそっと剣を構えた。
最後の一撃を放つために。
(ここで死んだとしても、たぶん大丈夫だろう)
恭也は内心で笑う。
ここで自分が死んだとしても、今の大河なら、きっと大丈夫だ。彼が全てを何とかしてしまうだろう。
そう信じさせてくれるものが彼にはあるから。
だから……。
最後の一撃を繰り出そうと、二人が動き出そうとした時……恭也の身体が薄れた。
「……ここまでのようだ」
どうやら心配をかけたようだと、恭也は苦笑する。
「大河……」
恭也が何かを言いかけた瞬間、彼の姿が消えた。
「恭也君!」
「きょうや!」
次に目を開けたとき、恭也の目の前に知佳と久遠の顔があった。さらに前方には、耕介となのはの背中が見える。知佳が能力で恭也を引き寄せたのだ。
そしてそのとき、爆風が起こる。耕介たちと未亜たちの力の衝突で、あたりに粉塵が舞っていた。
両者の力は完全に消え去っていた。
爆風を受けながら、恭也は大河を見た。
大河は再び膝を着いて、それでも恭也を見ていた。
「……を……れよ、大河」
恭也が何かを呟くが、それは爆風と爆音にかき消され、傍にいた知佳と久遠にすら聞き取れなかった。
恭也は、大河から視線を未亜たちの方へと向けた。
ただじっと、かつての仲間を見つめる。ただじっと見続けた。
ゆっくりと粉塵も爆風も剣戟の音も消え、再び静寂に包まれる。
「恭也……」
そう呼んだのは、おそらくリリィだろう。
「…………」
だが恭也は何も応えない。
その恭也に代わるかのように、久遠が一歩前に出る。
「雷!」
彼女のその言葉で、耕介となのはの目の前に雷が落ち、再び粉塵を舞う。
そしてそれが晴れた時、その向こうにはもう誰もいなかった。
恭也たちは早足で林の中を歩いていた。
おそらく大河たちも追ってはこれない。そんな気力は残っていないだろう。恭也たちとてできれば今すぐにでも休みたい所なのだ。
戦わなくてもよかった戦いは、引き分けで終わった。
いや、恭也たちの……恭也の負けであり、勝利でもあった。
なぜなら……
「おにーちゃん?」
なぜか少し笑った恭也を見て、なのはが怪訝な表情で声をかけた瞬間、彼の身体がグラリと揺れ、
「おにーちゃん!?」
「「恭也君!?」」
「きょうや!?」
「恭也様!?」
そのまま仰向けに倒れた。
あとがき
やっと終わった。
エリス「みんなほぼ引き分け?」
単純な戦闘だとそんな感じだね。
エリス「大河もやっと目立ったね」
ホントにやっと。でも、これからまた大河たちは……。
エリス「うわ」
まあ、こっちはちょっとね。でも自分的には、大河を耕介が食ってしまっているような気がする。
エリス「あー、確かに。何か実は一番無茶してるように見えるし」
とにかく、とらハ組VSデュエル組はこれにて終了です。
エリス「ではまた次回で」
ではー。
引き分け、なのかな。
美姫 「うーん。まあ、そんな感じかもね」
しかし、これで恭也たちと大河たちは完全な決別となってしまうのか。
美姫 「どうなるのかしらね。今後の展開から目が離せないわ」
次回も非常に楽しみに待ってます。
美姫 「首をなが〜くさせて待ってます!」
いてっ! イテテ! って、その進化の仕方は間違ってるから!