『選ばれし黒衣の救世主』
実の所、御神の裏である不破に伝えられる技は、皆無ではないもののそれほど小太刀を使用して使うものは多くない。
理由は単純だ。不破というだけで御神という地盤があるからである。
御神流の基本の技術三つがすでに他流の奥義並なのだ。その上に他にいくつもの技、無手の技、さらには全ての奥義を体得すれば、ほとんどの状況に対応できる。
戦闘をするにはこれで十分すぎるし、これでさえ人間の体得スピードを大きく逸脱し、さらには無視した構成になっている。実際に御神の中でも、奥義までの全てを使える者はそう多くなかった。
そしてこれ以上の技を体得しようとしても、多くの技を身につけたことで身体への大きな負荷が出てくるし、それぞれの技の練度を上げるためには逆に邪魔にしかならない。そのためさらに小太刀の技を増やした所で、大した意味がないのだ。
ならば御神不破流にはどんな技があるのか。
それは気殺や気配の感知など、感覚方面の強化。最小限の動きで敵を殺すための虚の技。そして移動術などである。
これは御神の裏である不破が暗殺や不穏組織の殲滅などを行っていたためだ。
攻めに回るならば、なければならない技術。
逆になければ暗殺や殲滅など不可能な技術。
気殺や気配の感知は暗殺のために。移動術は同時に何人もの敵を屠るために。さらに最小限の動きで敵を殺し、大量の敵と戦い武器を失った時のための技術もあった。
暗殺と殲滅。それは両方攻めの姿勢ではあるが、本来全く逆の行為と言っていいものなのだ。これらの技術はその両方の行動を可能にした上、さらに複合させることでその効果は相乗される。
そして、もう一つ不破には御神にない技術がある。
いや、それは正確には技術ではない。
不破のもう一つの特徴は精神制御方。
己の感情を制御し、さらには無とするもの。
多くの相手を殺すためには人としての心は邪魔だ。死神の如く次々と人を殺していく不破には、殺すということには御神以上に躊躇いをもってはならない。
だが、それでも真っ当な精神を持つ人間には、何人もの人を斬り殺し続けては心が耐えきれるものではない。むしろ喜々として人を殺す人間は不破の中では認められない。
それ故に感情を制御し、心を殺す術すら編み出したのだ。
美沙斗はこれを一部しか体得していなかった。彼女が静馬の嫁として御神に嫁いだ時、まだそこまでいっていなかったのだ。
ではなぜ恭也がその術を使えるのか。
理由は簡単だ。昔、士郎が残していった大量の荷物を整理した時にたまたま見つけたのだ。不破の技が記されていた書を。
なぜ不破の直系だったとはいえ、士郎がそんなものを持っていたのかは恭也にもわからない。下手をすると不破家から勝手に持ち出していたのかもしれないし、もしくは写しだったのかもしれない。
すでに士郎が亡くなった今となっては、理由がわかることはないだろう。
何にしろ、恭也はそれを使って不破の技を体得したのだ。
美沙斗が不破の技を完全には体得していない以上、恭也は最後の不破と言えた。
赤の主・大河編
第二十七章 不破の殺意
恭也が大河とカエデへと一方的に攻撃を加える。そんな状況がすでに、数分続いていた。
大河たちは防げないということはなかったが、同時に攻撃を加えることきができない。二人が攻撃しようとすると、恭也はまるでそれがわかるかのように、攻撃動作を潰しにかかる。
大河とカエデも、最初こそ恭也の体力切れに期待したのだが、まだ恭也の体力が切れる様子はなく、それどころか自分たちの集中力の方が限界にさしかかっていた。
二対一……それも恭也は召喚器を召喚していないのにこれなのだ。恭也が召喚器を所持していることを知っている大河にとっては、恐怖以外の何ものでもない。
それは恭也が召喚器を所持していることを知らないカエデも変わらない。
二人とも恭也が強いということは良く知っていたことだが、ここまでの差があったなど思っていなかった。
二人がかりでこれならば、一対一だったならどうなっていたのか、と。
無論、これは錯覚にすぎないのだが、二人はそれに気づけない。
そして、ここで戦況が動く。
恭也の手刀が下から向かってくるのを、大河は何とか見極め、それをギリギリの所でかわそうとした。
だがその瞬間……恭也の指が一本増えた。
その第六の指はあらやる指よりも長く、尖っていた。それはギリギリの所でかわとしていた大河の顔へと、下から切り裂くように向かっていく。
「なっ!?」
大河は紙一重でかわそうとしていたのと、それまでの攻防で今の恭也は武器を持っていないと思い込んでいただけに、攻撃範囲が伸びたそれに、今から対応するのは難しい。それでも彼は何とか首を反らしてそれをかわそうとする。
しかし完全にかわしきることはできず、大河の頬が引き裂かれた。
その頬から、先ほど瞼の下を傷つけられた時とは比べものにならないほどの血が噴き出す。
それを見て、隣で共に戦っていたカエデが硬直した。
その隙を恭也が見逃すはずがない。
身体を反転させながら、大河とカエデの間に入り込み、反転させた勢いを使ってカエデの胸へと先ほどと同じく裏拳を叩き込む。それを受け、カエデは後方へと吹き飛んだ。
だが恭也は止まらず、今度は裏拳を叩き込んだ反動を使ってさらに回転し、後ろ回し蹴りを大河の首へと向かわせた。
大河は頬の痛みからか、顔を顰めながらもナックルでその蹴りを防ぐのだが、恭也はまだ止まらない。
恭也は、受け止めた蹴りの勢いを殺しきれず僅かに上体を反らした大河の身体に密着する。
そして、
「っっっ!!」
大河は突如とてつもない悪寒を感じ、召喚器によって強化されたその瞬発力で一気に数メートル後方へと下がる。
それと同時に、恭也の拳が空を『撃ち』抜いた。
下半身の力と腰の力、そして腕の振りを使い、密着距離から放ち、相手を下より拳によって撃ち抜くもの。恭也を師匠と呼ぶ少女が放つ技と似たもの。だが、この場で一番適した攻撃方であったから放っただけで、恭也の中では技とするものではない。
さらにその拳の間……中指と薬指の間に見える先ほどの黒く尖ったもの。あれで殴られたなら、どうなってしまうのか。
大河が下がった場所は、丁度恭也の裏拳を受け、吹き飛び、倒れていたカエデの目の前だった。
「カエデ! 無事か!?」
「……無事でござるよ」
カエデは荒い息ではあるものの、ゆっくりと立ち上がる。
恭也の裏拳が直撃する前に、彼が先ほどやったことを真似して、後ろへと飛ぶことで衝撃を逃したのだ。
だが、
「やはり恭也殿のようにはいかぬでござる」
恭也のようには完全に衝撃を殺しきれなかった。彼の使う徹の勢いはそれだけでは無にできなかったのだ。
肋が折れているか、それとも罅で済んでいるか……。たが直撃していたなら、おそらくカエデは徹の衝撃により、心臓を破裂させられて死んでいた。
この程度ですんで良かったと言うべきなのか。
「それよりも師匠は……」
そう言ってカエデは目の前にいる大河の方を見ようとするのだが、
「こっち見んな!」
彼の大声に止められた。
「傷自体は深くねぇんだけどよ、広くて血が止まらねぇ」
そう、大河は未だ頬から血を流していた。その流れる血から酷いものに見えるが、しかし傷自体それほど深くはないのだ。ただ右側の顎から額の僅か下までの広範囲で切られたため、拭ったぐらいでは血が止まらない。
その頬からポタリと落ちる滴を見て、カエデは顔を真っ青にさせた。
大河の言うことを聞いて、カエデはただ恭也の方を見る。
距離が開いてしまったためなのか、恭也も構えながら二人を見ているだけで、まだ動く気配はない。
「コート脱いだのと、小太刀を抜いてないので武器はないって思い込んじまった」
先ほどの尖った指……突如現れた恭也の第六の指。
それは……。
「暗器……だったか?」
大河は恭也の右手を見ながら呟いた。
その右手に握られていたのは、大河の血を滴らせた黒い針だった。前に大河たちも何度か見た恭也の隠し武器、飛針。本来は投げて使用するはずのものを、その考えすら逆手にとって近距離戦で使用してきた。
刃がなくても尖っているのだから、投げずとも切り裂くことと突き刺すことはできる。
大河たちは、恭也によって意識すら操られている。
コートを脱いだのだから小太刀以外には武器はないと、長い攻防で今の恭也は素手であると、中距離用の武器を近距離で使用するわけがないと。
相手の思考すら操る戦術。
「明らかに踏んできた場数が違うでござるよ」
それは前からわかっていたことだが、ここにきてそれをまざまざと見せつけられていた。
何よりも恭也が小太刀を使わずに……いや、小太刀を使っている時を含めて、ここまで攻撃してきたのを二人は始めて見た。今まで恭也は救世主候補たちの前では、それほど攻勢に出たことは少なく、攻撃すること自体少なかったのだ。
そして何より、
「格闘術までこれかよ」
恭也はまだ小太刀を抜いていないのだ。なのに救世主候補二人を寄せ付けない、攻撃できなくさせるほどの格闘術。
だがその大河の言葉にカエデは首を振った。
「あれはただの格闘術ではござらん」
「どういうことだ?」
「地盤は格闘術でござろうが、あれの本質は暗殺術……いえ、暗殺術は本来、相手に悟られる前に行使する術でござるから、それすらも違うでござる。
おそらく格闘術と暗殺術を混ぜ合わせた技でござるよ。格闘術のように相手を倒す技術ではなく、それを相手を壊し殺すための術として変化させたものと、相手の虚を突くだけではなく、相手に虚を作り出し、その虚を突く技を混ぜ合わせたもの。
一つ一つに殺気がなく、反応するのも難しいでござる」
言ってしまえば、カエデとは正反対の戦闘方だ。
カエデは動きに関しては、スピード重視で攪乱するような動きをたまに見せるが、格闘術に関しては、真正面からやはりスピードと力に任せたものだ。防がれようが、高速の手数と力の攻撃で防御ごと削る。
対して恭也は、攻撃に……救世主候補たちと比べれば……スピードと力こそないが、奇手や絡み手で虚を突く、もしくはそれで相手に虚を作り出し、それを正確に狙う。
「おそらくは……元々多数の敵を同時に相手取り、確実に殺すための技術でござる」
「おいおい」
カエデの言葉に大河は顔を引きつらせる。
召喚器を所持しているとはいえ、その耐久力まで上げることはできない。肉体の強度は、いくら救世主候補でも、普通の人たちと何ら変わらないのだ。
つまり恭也の一撃をまともに喰らえば、世主候補とはいえ、その一撃で簡単に絶命するということだ。
二人はすでに実戦を経験したとはいえ、そのほとんどがモンスター。モンスターはそんな絡み手は使ってこない。大河に至っては、授業で体験したこともなければ、聞いたこともない戦法だ。
今まで対抗できただけでも、本人たちは驚いている。
「アイツ、まだ本気になってないのにそれかよ」
「どういうことでござるか?」
「恭也、召喚器持ってるんだよ」
「なっ!?」
恭也が召喚器を持っているということを初めて聞いたカエデは思わず大河の顔を見ようとするのだが、すぐに血が流れていることを思い出して再び顔を逸らす。
「恭也殿が召喚器を呼び出したら」
「元々人間離れしてる身体能力がさらに跳ね上がるな」
大河はそう言ったあと、本当に冗談じゃないと呟く。
大河たちを舐めているのかどうかはわからないが、召喚器を呼びだしていない今のうちしか、二人に勝機はない。召喚器を持ち、同じ身体能力を恭也が持ったならば、今の二人では完全に技術で圧倒されて終わりだ。
もしくは言葉で止めるしかないのかもしれないが、先ほどから恭也は一切言葉を喋らない。
あの攻防の中で、何度も大河とカエデは彼に問いかけた。
なぜだ、どうして、理由を教えてほしい、と。だが、それに返ってきたのは無言の攻撃。
何の感情も見せず、ただ漆黒と虚無の瞳で二人を見つめているだけ。
それを見て、二人はすでに話をすることを諦めていた。今はただ彼を倒し、その後に理由を聞き出すつもりだったのだ。
だがそれさえもできない。
それどころか、もし恭也が召喚器を呼び出されてしまったらその時点で終わりだ。
そして、
「っ!?」
数メートル離れた場所に立っていた恭也が……小太刀を片方だけ抜いた。
それを見て、大河とカエデは同時に目を見開く。
とうとう恭也が武器を手にした。召喚器ではないとはいえ、彼がもっとも得意とする得物を手に取った。
次の瞬間恭也が消えた。
いや、違う。
見える。だが見えない。
まるでコマ送りの画像を見ているかのように、恭也が現れては消え、消えては現れる。その度に大河たちとの距離が詰まっていく。
「くっ!」
はっきり言えば勘だった。
トレイターを剣に戻し、それを大河は何かを受け止めるように、剣を横にして右へと突き出した。
その瞬間、鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が響く。
「冗談だろ……」
自分の勘に感謝しながらも大河は呟いた。
真正面で再び消えた恭也は、いきなり大河の横へと現れ、そのまま剣を振り下ろしたのだ。
恭也の剣を受け止めたまま、大河は彼の目を見るが、未だそこに感情の色は見えず、どこか人形を見ていると錯覚してしまいそうなほど、冷たく感じてしまう。
そしてその目が再び消えた。
影すら残さず、唐突に消える。
今度は大河も勘が効かない。どこだと頭の中で叫びながら視線を辺りへと巡らせた。
そのとき、
「カエデ、後ろだ!」
カエデの背後から、恭也が小太刀を振り下ろそうとしている所が見えた。
大河の声に反応し、カエデは懐からクナイを取り出しながら振り返り、それで恭也の小太刀を受け止めるのだが、クナイは衝撃に耐えられずに砕けた。しかしその間に大河がトレイターを恭也へと振り下ろす。
だが恭也は再び消えてしまい、トレイターから逃れる。
「カエデ! 背中合わせろ! 後ろから攻撃されたんじゃどうしようもねぇ!」
「はい!」
すぐさま二人は武器を構えたまま背中合わせになった。
そして次の瞬間、恭也が消えては現れを繰り返しながら、二人へと斬撃を繰り出していく。
横から、正面から、上から……。
それを大河たちは勘とお互いの目で何とか捉え、援護しあいながら受け止めていく。
恭也の攻撃は、先ほどまでの素手とはまるでスピードが違う……ような気がする。
いつもより斬撃に力がある……ような気がする。
二人は気付かない。
それが思い込みであることに。
恭也がコートを脱いだこと、先ほどの素手の攻撃、恭也の最も得意とする得物が小太刀であること、そして今の見えるようで見えない移動手段によって、感覚をズラされていることに。
それでも二人は何とか恭也の攻撃に対応していた。
それがまたどれくらい続いたのか、恭也が再び止まり、二人から距離をとる。
その姿を、大河とカエデは背中を合わせながら、顔だけを横に向けて見た。
「どうなってんだよ、恭也の動きが全然わからねぇ。いきなり現れたり、消えたり、神速ってやつか?」
恭也を油断なく見ながら言う大河の言葉に、カエデは首を振った。
「おそらくは違うでござる。あれは我々が認識できないだけでござるよ」
「認識?」
「恭也殿は、気配を完全に殺し、さらに攻撃しているのに殺気まで完全にないでござるよ」
「ああ? どういうことだ?」
ある意味未亜と並び、戦闘にかけては普通の人である大河にはそれだけでは訳がわからない。
もっとも、近接戦にかけては魔法使い組とて同じことであろうが。
「気配というのは、それがどんなものかわからない者でも、人を認識する上で大事なものでござる。殺気に関しても似たようなものでござるよ。気殺の達人になれば、視界に入っていても、気づかれないと言われているでござるが」
「つまり、俺たちもそれで消えているように見えるってことか?」
その大河の言葉に、またもカエデは首を振る。
「さすがに大きく動き回れば、気配がなくとも見えるでござる。ただ、恭也殿は気配を出したり、完全に消したりを繰り返し、我々の恭也殿に対する認識力を歪めて……いえ、狂わせているのでござる」
「つまり暗示みたいなものか」
攻撃や移動のタイミングが掴めくされてしまう。これは受ける方はかなり厄介な代物だ。
だが、その暗示を受ける個人によってかかり方が違う。
だからこそ、大河に見える瞬間とカエデに見える瞬間が異なっていて、あの時対応できたのだ。
「殺気すらも隠している。ここまで見事に隠す手練れは、拙者も初めて見たでござる」
「対処方は?」
「恭也殿をなるべく動かさないようにするしかないでござる」
「張り付けってことか? かなりキツイぞ」
「正直張り付いたとしても、技自体は止められないでござるよ」
「意味ないだろ、それじゃ」
「いきなり遠い所から背後や横に移動されるよりはマシでござろう」
「そりゃあ確かに」
「それにあれは元々広域空間で他人数と戦うための歩方のはずでござる。だから張り付いてしまえば、普通に接近戦をしてくる可能性が高いでござるよ」
カエデは、あんなふうに背後などから奇襲を受けるよりも、奇手を受け止める方がずっといいと言いたいのだろう。
大河としてはどっちもどっちであると思うのだが。
だが、それしかないと動きだそうとしたのだが、すでにそれは遅かった。
御神不破流 歩方術 月影
それが恭也が先ほどから使っている歩方で、カエデの説明はだいたい合っている。
気配と殺気を操り、さらに動く際に出る音を殺し、相手……たちの感覚を狂わせる技法。神速のように、自分に効果があるのではなく、相手に効果を及ぼす技。無論歩方と呼ばれるだけに、歩き方にも技術はあるのだが。
この歩方と、先ほどの素手での奇手も含めて、御神不破流の技法。
多数の敵を同時に相手取り、その多数を効率良く殺すための技だ。
もっともそれさえも、この二人の救世主候補は……何とかではあるが……対応してしまうようだが。
だから彼、『不破』恭也は考える。
彼らを的確に『殺す』方法を。
的確に、速く、目標を殲滅するための方法を、冷えた頭脳で考える。
ただ殺すことだけを考える。
相手の特長を、相手の身体能力を、相手の性格を全て計算して考える。
殺すための戦術を。
そして、恭也は動いた。
右手の袖の中から飛針を取り出し、それをおもむろにカエデへと投げつけ、それと同時に駆け出す。
カエデから見れば、その飛針は遅い速度だろう。忍者である彼女の目なら、それを確実に捉えられる。
そして、実際にカエデは飛針を払おうとして……硬直した。
カエデの目は確かに捉えた。飛針に付着した……大河の血までを。
先ほど、大河の頬を抉った飛針。未だに大河の血が付着したそれ。
ブラッドフォビアであるカエデには致命的なものを捉えてしまったのだ。
「カエデ!」
硬直したカエデの変わりに大河がその飛針を、トレイターを振り下ろして払うのだが、カエデと背中合わせで立っていたために、それは大きな動作となった。
そして、それは恭也にとって明らかに大きな隙だ。
飛針と共に月影を使い二人へと近づいた恭也は、そのまま大河を横薙ぎにする。大河も歯を食いしばって、振り下ろしたトレイターを力任せに持ち上げて、恭也のそれを受け止める。
しかし、恭也はそれだけでは終わらない。
大河が右の小太刀を受け止める前に、左の小太刀を逆手で抜刀。
そのまま斬り上げて……大河が右の小太刀を受け止めて止まった際に、その肩を大きく斬り裂いた。
再び飛び散る大河の血。
恭也はそのまま、左膝を大河の腹に叩き込んで吹き飛ばし、回転。
大河の大量の血を見て、硬直どころか目を瞑ってしまったカエデの首へと小太刀を向かわせた。
恭也の小太刀がカエデの首へと吸い込まれていく。
だが、
「っ!!」
それは彼女の首に触れる直前で止まった。
「そんなに死にたいか、カエデ?」
「!?」
直前で、カエデを殺す直前で、恭也は不破恭也から、高町恭也に戻った……戻れた。
これが不破の精神制御の弊害。完全に心を、意思を殺してしまえば、元に戻るのがなかなか難しい。相手を殲滅した時でなければ、本来は戻らない。
だが恭也はその強い意志で、何とか自分を生き返らせた。
「戦闘で目を瞑るというのは自殺行為だ。そしてお前は俺の技がどんなものであるのかわかっているはずだ。血が怖いなどと言っていれば死ぬだけだ」
月影は目を瞑ってしまえば、本当に対処できなくなる。それはカエデもよくわかっているはずなのだ。
気配がないのだから、目を瞑って感覚を鋭敏にさせて、それを探るのは不可能なのだ。
もっともカエデが今目を瞑っていたのは、気配を探るためではなく、恐怖のためでしかない。
「それは……」
「血の降らない戦いなどない。それがわからないなら、ここで生き延びてもいつか死ぬ。
ならば今俺が送ってやる……死ね」
そう宣言しながらも良く言うものだと、恭也は心の中で苦笑した。
殺すつもりならば、こんなご託を並べたりはしない。言葉など不要。喋っている暇があるならば、その間を使い、相手の息の根を止めるために全てを尽くす。
だが、それでも恭也は本気だった。
これが最後の言葉だ。
これでもまだカエデが迷っても、もう高町恭也の心が戻ってくることはない。次は何の言葉もなく、躊躇もなく彼女の首を刎ねる。
カエデからは何の反応も返ってこない。
ならばと、その小太刀を揺らそうとした時、
「恭也!!」
肩と頬から血を流したままの大河が剣を振り下ろしてきた。
だが恭也はそのまま横へと飛び、それを難なくかわした。
「お前もだ、大河。耕介さんたちはわからないが、今俺はお前たちを殺そうとしている」
「恭也、お前!!」
「今を切り抜けても、お前たちはこれから何度もそんな殺し合いを経験することになる。破滅と戦うのならばな。
お前が……お前たちがしようとしているのは殺し合いだ。だが、覚えておけ、殺し合いとはお前が一方的に殺すものじゃない。殺される可能性もあるんだ。そしてそれはお前だけに与えられるものじゃない。お前が迷えば、仲間が殺されるかもしれない。未亜とて殺されるかもしれない。
お前はそれを自覚していない」
恭也はカチャリと音を立てさせながらも八景を構えなおす。
「自分を、仲間を殺そうとしている者の事など考えるな。死にたくなければ、大事な者たちを殺されたくなければ……相手の事情など無視しなければ、守れはしない。
そしてお前はもう死ぬことすら許されない。
そうだろう、赤の主?」
「お前……本当に……」
全てを知っているのか?
そう大河が問いかけても、恭也はそれには何も答えない。
ただ淡々と関係ないことを告げていくだけ。
「そして守らなければならない者たちよりも先にお前が死ねば、彼女たちは死ぬかもしれん」
そこで恭也は一度言葉を止め、じっと大河を見つめる。
そして、
「大河、俺はお前たちを殺した後……未亜たちも殺すぞ?」
そう言って……恭也は……冷徹に……嗤った。
「お……ま……え……」
大河は握るトレイターすら落としてしまいそうなほど、全身から力が抜け、呆然とした表情で恭也を見つめた。
恭也が自分たちを殺すと言った。
そして、大河にはそれが本気に見えた。
あんな冷たい表情の恭也は初めて見たから。
殺し合い、殺す、死ぬ、殺される。
恭也が言ったのはそんなこと。
そして恭也はそんな大河を無視して、まだ目を瞑っているカエデの方を向く。
「カエデ、お前がいつまでも血に恐怖していれば、大河が死ぬぞ」
今回、そのせいで大河が傷を負った。
もしかしたら、次はその代償が大河の命になるかもしれない。
恭也は、またも大河の方を向く。
「お前が俺を殺さなければ、お前の仲間が死ぬぞ」
さあ、どうする?
と、恭也は二人を眺めた。
血の流れない戦場などなく、死が存在しない殺し合いなどないと告げ、それは戦いに身を置く者には当然だと告げた。
ならばもう二人は……迷うわけにはいかなかった。
相手がかつての仲間とはいえ、仲間を、大切な人を傷つけ、殺すというのなら、二人はもう迷うわけにはいかない。
「恭也ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
トレイターをランスに変えて突っ込む大河。
「っっっ!」
大河が撒き散らす血を見て青ざめながらも、それでもカエデは走った。
二人の攻撃を弾きながら、恭也は内心で苦笑した。
どうやら、二人を騙せるだけの演技力はあったらしいと。
これが最後だ。
もうこれから二人に言ってやれることはなく、傍でフォローしてやることもできない。ならばもう、彼らを守ることはできず、彼らには彼らの戦いをしてもらうしかないのだ。
だからこそ、恭也はああ言った。
躊躇するな、恐れるなと。
それらはこれからお前たちが戦っていく中で、邪魔でしかないと。
それが最後にこの二人へと贈れる、最後の教え。
だがこれで決定的だろう。
きっともう、大河たちが自分に拘ることはない。
敵と認識するかもしれない。
だが、それでいい。
それでいいのだ。
二人の全力での攻撃。
大河たちの一方的な攻撃を、恭也は何とか受け、弾く。
先ほどとは攻守が逆になった状態。
恭也でも救世主候補二人の攻撃を捌ききれるはずがなく、次々に身体に傷が刻まれていく。血が噴き出していく。だがそれでいい。
躊躇せず、恐れずに戦える二人を見た。
前衛は躊躇してはならない。後衛の者たちを守らなければならないのだから、後衛以上に恐れてはならない。
それを二人も覚えた。
きっとこれからも、二人は守るために戦っていけるだろう。
ならばいい。
だが、恭也もここで負けてやるわけにもいかない。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
恭也へと大河のナックルとカエデの炎を纏った拳が向かってくる。
二人の全力の攻撃。
だが恭也はその前に小太刀を二本とも高速で納刀。
そして、
「しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
次の瞬間に抜刀した。
迷うなという四連の斬撃と、もう迷わないという渾身の一撃が二つ。
それが今、激突する。
あとがき
今回は恭也たちの戦闘。恭也、本当に悪役。それにしても今までの戦闘で一番疲れた。まあ当初考えていたよりも、戦闘シーン削ったけど。
エリス「あのさ、恭也が最後の不破って、思いっきりOVAを無視してない?」
いやいや、技を全て体得しているという意味でだよ。そもそも黒衣に出てくる不破の技のほとんどがオリジナルな訳だし。純粋に御神不破という意味でなら美沙斗さんも入る。
エリス「ホント独自設定ばっかり」
ごめんなさい。まあ黒衣での不破の技はそんな感じで。
エリス「でもこの恭也ってあんまり御神の技も使わないよね?」
使わないだけ。うちの恭也君は味方であれ、あまり奥義は人目に晒さないようにしてるから。まあ一通りは使ってるはずだけど、全員に見せてるわけじゃないし、そう何度も見せない。
エリス「仲間には見せた方がいいような気がするけど」
んー、御神流ってどっちかっていうと、基本的に援護とか受けずに個人で戦う人たちだと思うんだよね。っていうか普通の人じゃ、援護のしようがない人たちだよ。
エリス「まあ、普通の人たちじゃ無理だねぇ」
だから、なるべく自分の手札は味方であろうと、敵であろうと見せない。とにかくそれが半ば習慣になってる。というか御神の基本って、普通の流派にとっては奥義の類だぞ。
エリス「まあ、徹とか貫とかそうだよね、斬は設定しだいだけど」
派手な戦闘は魔法使い組に任せればいいから、恭也は地味に戦わせようと決めた。基本的に戦術の組み方で戦わせようと。ついでに大河とカエデは遠距離攻撃をほとんど持ってないから、霊力も使わない。霊力の練度が低いから、奇手や対遠距離以外ではあまり使えないと恭也は判断してる。
エリス「本当に他の組みと比べて地味といえば地味な戦いだねぇ」
派手さはないが、これが恭也の戦い方。戦術と読み、動き方、相手の思考すら操って隙をついてブスリと。
エリス「暗殺技能だ」
この恭也が本気で暗殺しようとしたら、本当に気付かれる前に殺るからちと違う。でも生粋の暗殺者ってわけでもない。ってか暗殺技能だけじゃ組織の殲滅なんてできない。
エリス「でも恭也の本気って恐いね」
だね。不破モードは戦いに迷いはまったく持ち込まないから、すんごい冷徹。このへんも精神制御のおかげだね。おまけにカエデに向かっては本当に死ねとか言ってるし。
エリス「あれはわざとなんでしょ?」
ホントに殺す気だったなら、むしろ相手に本気を出される前に、後ろから倒しちゃうから。
エリス「でも恭也編だと、ここまで大河やカエデに言ってないよ?」
恭也編だと、まだ何かあれば自分が守るという所があるから、それほど積極的に仲間たちを強くしようとはしてないし、カエデのことは大河に任せてる上、後衛組は門外漢だから何も言えない。戦術とかは聞かれれば答えるけど。
けどこっちだとかなり真実に近づいてる上、自分が傍にいないから。
エリス「なるほどね。あと恭也編は強さよりも仲間との絆の方重要視してる感じ?」
そんな感じだね。デザイア事件の後あたりで恭也が真実を聞いていたなら、学園から離れなかったかもしれないけど、こっちでは絆が一定以上深まる前に真実を聞いてしまったから。
エリス「そして、とうとう演技とはいえ決定的なことを言ってしまった恭也」
完全に恨まれ、敵対されることすら覚悟して行動し始めた。
エリス「キレた大河、カエデは血の恐怖を押し殺して恭也へと」
そして最後の最後で恭也は己の最大の奥義で応える。
エリス「ではでは、今回はこのぐらいで」
また次回の話でー。
敵役を演じながらも最後の指導をする恭也。
美姫 「いやー、こっちの恭也も格好良いわね〜」
これはこれで良いものだ。
そして、遂に決着がつくのか!?
美姫 「恭也の奥義と大河、カエデの一撃がぶつかり合う!」
ああ、もうとっても気になります!
美姫 「続きが待ち遠しいわね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待っていますね」
ではでは。