『選ばれし黒衣の救世主』










 恭也が駆け出すと同時に、耕介もその後ろから駆け出す。さらに久遠もその二人よりも早いスピードで、弾かれるようにリコへと向かっていく。
恭也は抜刀もせずに大河とカエデに近づく。そして、カエデの頭部に向けて、右足で回し蹴りが放った。

「っう!」

 カエデは黒曜でガードするが、徹が込められたそれは、手甲を突き抜けて衝撃が浸透される。召喚器で防いだなどというのは関係ない。その威力により、カエデの左腕は確実に痺れ、しばらくは使い物にならない。
 防がせるために放った蹴り。だが、もし頭部に直撃していれば間違いなくカエデの命はなかった。
恭也はまだ止まらず、そのまま回転し、隣にいた大河に向かって裏拳をその顔へと向かわせる。

「ちぃっ!」

それを大河は何とか左手で受け止めるが、恭也すぐさまその腕を両手で掴み、一本背負いの要領で投げ飛ばす。
大河は空中で身体を入れ替えて着地。
 だが、着地した目の前にすでに恭也はいた。
そうして、今度は右ストレートが大河の顔面へと向かっていく。着地で体勢を崩していた大河に、それをかわす術はない。
しかしそれは、高速で大河の元にまで来ていたカエデによって受け止められた。

「そう簡単に、師匠はやせらせんでござるよ、恭也殿」

恭也は二人から距離を置いてから口を開いた。

「忍ならば、状況の把握は常にするべきだぞ、カエデ」
「え……」

 言われて、カエデは自分たちの立ち位置を確認する。

「っ!?」

 そう、いつのまにかできあがっていたのだ。
 恭也が大河とカエデと相対し、その斜め前には耕介が太刀を持ってベリオ、リリィ、未亜と対峙している。
 そして、カエデたちの前方ではリコと久遠が相対していた。
 まるで三角系を描くような形で、それぞれが相対し、その中央には誰にでも援護ができるように、知佳が翼を広げ、なのはが白琴を構えて立っている。
見事に恭也が言ったような布陣ができあがっていた。
つまり元より、恭也たちはこのために動いていた。それにカエデに限らず、救世主候補たち全員が気づかなかっただけ。
 本当の戦いはこれから始まるのだ。





赤の主・大河編

 第二十四章 望まぬ戦い





 最初にはっきりと言ってしまえば、コートを脱いだことで、恭也の技の精度と機動性が上がるというのはブラフだ。
 いや、事実も混じっている。
 コートの中に相当な量の暗器、武器を隠せておけるというのは事実で、予備の小太刀なども忍ばせておける。
 先程恭也が脱いだコートは、その状態。
 『現在』の恭也の完全武装。
飛針、小刀、鋼糸、予備の小太刀……等々、多彩に詰め込まれている。
 やはりその量のためにかなりの重量に及ぶ。そのためあれを着たまま戦えば武器が多くなり、戦術の幅も増えるが、その重量で身体のバランスが乱れ、武器を服の中に、それも大量に仕込むことによっての動きづらさから、技の精度と機動性が多少落ちる。
 だが、その状態ではまだ大河たちと戦ったことはないのだ。
 実技や試験で戦った時、恭也はコートの中に必要最低限のものしか入れていなかったのである。だからそのハンデはなかったわけで、技の精度も機動性も下がってなどいなかった。
 だが恭也は嘘は言っていない。
 事実、今回は全てに武器をしまい込んだ状態のコートを着ていた。これは元々、禁書庫の時のように大量のモンスターや、大型のモンスターと戦うかもしれないということで用意したのだ。大河たちと戦うために用意したわけではない。
彼らと戦うためには、重さが邪魔だった。
 そして、それを逆手にとってブラフを張った。
今までお前たちと戦っていた時は本気ではなかったのだ、と。
 はっきり言ってしまえば、相手は全員救世主候補の上、人数も多い、恭也たちの方が圧倒的に不利なのだ。心理的なものでも使えるものはなんでも使う。

「くっ」

 そのブラフは、大河とカエデに間違いなく効いていた。
二人は構えを取ったまま動けないのだ。
それは疑心暗鬼とでも言えばいいのか。
 今まで自分たちが見ていた恭也は、まったく本気ではなかった。ではどう戦えばいいのか、と。
いや、そもそも彼の強さは一体どれだけのものなのだと考えてしまい、動くに動けなくなってしまっている。
 実際には、恭也は試験の時とて本気で戦っていたが、大河たちは先程の言葉で、恭也の本気がどこまでなのかわからなくなっているのだ。
さらにこれが暗示の域にまでいってくれれば、恭也はさらに戦いやすくなる。
小太刀を抜かないのも、援護の全てを他に回したのも、相手を惑わすための一つ。
それに大河は恭也が召喚器を呼ぶことができることを知っている。まあ、恭也は呼ぶ気はない……というか呼べないのだが、それも警戒する理由になっているだろう。
 大河たちが他の仲間たちにもそれを伝えていれば、カエデとてそうそう攻められない。
それに……

(全てを見せていないのは本当のこと……)

 恭也は本気で戦ってはいても、全ては見せていなかった。
試験や実技の授業で、基本的に後の先で戦っていたのは、相手が後衛ばかりで攻撃に転ずるのが難しいというのもあったが、全てを見せず、相手を見るためでもあった。
 だが、今回は……。

「大河、カエデ」
「……なんでごるか」
「これが俺からの最初で……おそらくは最後に教えられることだ」
「なにを……」

大河は恭也の言いたいことがわからず、顔を顰めさせた。
 だがそのとき、恭也の目が変わった。
今まであった、恭也の強い意志を示していた目。それが唐突に色を失い、虚無となる。
そして、気配まで変わる。
強くなったと言っても、素人のまま強くなった大河には、気配というものはよくわからないものだった。
 だが、その大河でもわかった。
 恭也がまるで違う人物にでもなったかのように、その気配と雰囲気が豹変したことに。
恭也は己の心を殺したのだ。



次の瞬間、恭也は動く。
 まるでその姿が陽炎のように揺らめいたかと思うと、攻めあぐねていた大河の胸元へいつのまにか現れ、右の拳を彼の顔へと撃ち込む。
それに大河は持ち前の反射神経で反応し、左手で手首を掴み、顔面の手前で止めた。
 だが……。

「顔を反らすでござる、師匠!」

 カエデが叫んだその瞬間、恭也の丸め込まれた指が弾かれ、そのまま抉るかのように大河の目に向かって延びる。
大河は、やはりほとんど反射的にカエデの言うことを聞いて、顔を後ろへと反らした。
一瞬、舞い散る血。
大河の瞼……その僅かに下が切れ、血が流れた。
 恭也は、大河の目を狙っていたのだ。正確に言えば、拳を止められた時のための二段攻撃。
カエデが気づいていなければ、間違いなく大河は失明していただろう。
 それは言ってしまえば、卑怯と呼ばれる攻撃手段。そして、受ければ致命的な一撃。
 少なくとも、救世主候補たちは授業や試験で、この手の攻撃を受けたことはない。
 しかし今は授業でもなければ、試験でもないし、試合でもない。
 本当の実戦。
 そこに卑怯などという言葉は存在しない。

「きょ、恭也……」

 恭也が自分にそんな攻撃を向けてきたことが信じられず、大河は無事残っていた目を見開いて名を呼ぶ。
 心を殺した恭也は、敵の言葉など聞かない。むしろそれは大きな隙だ。
 恭也は捕まれた腕を捻り込んで大河の手から外すと、そのまま徹を込めた肘を胸部……心臓へと撃ち込もうとする。
しかしそれは、横から飛んできたカエデの蹴りで弾かれた。
カエデは恭也の腕を弾くと、そのまま足の軌道を変えて彼の腹へと向かわせるが、恭也はそれを左手で受け止め、弾かれた右手を無理矢理戻し、手刀でその足を打ち砕こうとする。

「恭也!」

 だが、大河がトレイターをナックルへと変え、手刀がカエデの足へと落ちる前に、恭也の胸部に撃ち込んだ。
まともに受けた恭也はそのまま吹き飛ばされていくのだが、

「くそっ、全然手応えがなかった」

大河は何とか心を落ち着けて呟く。
 見た目的には派手に恭也は吹き飛んでいったが、大河の手には、まるで宙に浮かぶ紙でも殴ったかのように、手応えが伝わってこなかった。
それがわかり顔を悔しげに歪めつつも、血が弱点であるカエデに意識される前に、目元の血を拭う。
元々血が出るとわかった瞬間から大河の顔から視線を離していたカエデが、恭也が飛ばされた方向を見ながら口を開く。

「自身で後ろに飛び、衝撃を逃がしたでござるか」

カエデの言うとおり、恭也は後ろに飛ぶことで、衝撃を逃がしたのだ。それ故に、派手に吹き飛んだように見えた。
恭也は何のダメージもなさそうに立っていたが、先程と同じく揺らめくようにしてその姿が消え、やはりいつのまにか二人の近くへと現れた。
移動スピードからして、神速ではない。なのにカエデすらも恭也の接近に気づけないのだ。
そして次々と繰り出される拳打、手刀、抜き手、さらに足技。
その一つ一つが、受ければ致命傷と思われる場所へと放たれている。
それを大河とカエデは、なんとか防ぎ、捌く。
だがその繰り出される一つ一つに裏がある。
 先程のように二段攻撃であったり、見せかけの攻撃の中に真の攻撃があったり、次の攻撃への繋ぎであったり……。
 戦い方が確実に巧い。
 そんな連撃で、大河たちは防戦一方になってしまっている。
さらにカエデは最初に受けた蹴りを受け止めたことで、未だ左手が痺れていて、ほとんど右手で防いでいた。
 まだ恭也は小太刀を抜いていない。なのにこの実力。
 それに二人は戦慄していた。




 もっとも、これは恭也からすれば見せかけにすぎない。
 力任せで避けやすいが、強力な攻撃により防御ごと打ち砕く一撃必殺ではなく、数任せで防御や回避は簡単であるが、技巧での当たれば必殺。
 手数と奇手のせいで大河たちは誤魔化されているが、速さ自体はカエデほどではないし、攻撃の重さも大河には遠く及ばない。
だから簡単に防げてしまう。
とはいえ、致命的な場所への一撃ばかりなので防がなくはならない。
 これはブラフを活かすために戦い方で、このまま戦ったとしても膠着状態のままだ。
カエデの手を狙った時から、こうなるように動いていた。
防戦一方になっており大河たちはやはり勘違いしているが、小太刀を抜いたとしても同じようになるだけなのである。
これで大河たちは、小太刀を抜いたらどうなるんだ、と警戒するだろう。そしてそれが暗示となり、それほどの攻撃でなくても、素手のときよりも凄いと思いこませられるかもしれない。
これが恭也からの最初で最後の教え。
 こういう戦い方もあるのだと……とくに裏に属するものの戦い方。
 実戦でなければ……相手と敵対しなければできない攻撃方法と心理戦。
ただ相手を壊し、殺すだけの技法と意思。
 カエデとて忍者であるから、裏に属するはずなのだ。そもそも忍者とは真正面から戦う者ではない。
 どうも経験がない故か、それともカエデが使わないだけなのかはわらないが、そう言った戦い方をしない。いわば真っ直ぐな戦い方なのだ。
無論、忍者が真っ向からの戦いをしないわけではし、できないわけでもない。状況によっては真っ向から戦わねばならない時がある。だが、それでも忍者らしい戦い方というものがある。
この程度の事で……自分程度の者に殺されるならば、いつか大河は破滅に、白の主に殺されるだろう。
感情に流されて実力を出し切れなければ、戦争を生き残ることなど不可能。
そしてその時、この世界は終わるかもしれない。
 ならば……。

(本当に殺す気でいく……だが、死んでくれるな、大河、カエデ)

再び戻った恭也としての意思。
だがその意思は再び殺される。
そして音を消し、気配を消し、殺気を消し、ただ恭也は敵を殺すだけの人形となる。
御神ではなく、裏である不破。
 ただ殺すために使われる技。
殺すためだけの身体と意思。
 本来は、殺すことでその先の何かを守るという理。
大河たちを殺した所で守れるものなど何もない。だが、それでも今この時、恭也は不破となった。
高町恭也という顔に……不破恭也という仮面を被った。




リリィ、未亜、ベリオの三人の前に耕介は立っている。
三人はそれぞれ召喚器を構えるものの、どう攻撃していいかわからなかった。
なぜなら三人は耕介の事をほとんど知らない。恭也の関係者ということで何度か話たことはあるが、それでも彼がコックである、ということぐらいしか知らない。
 その彼が今、目の前で剣を構えて立っている。
その実力がどの程度のものかわからない。
 コックという仕事を考えれば、耕介は一般人と言っていい。その一般人に救世主候補が本気で戦っていいのか。
だが彼は恭也の知り合いだ。そして恭也は自分たちの相手を耕介に任せた。ならば強いのではないか。
そんな考えが回り続け、リリィたちは攻撃を躊躇してしまっていたのだ。

「来ないなら、俺から行くよ」

そう言って耕介は動いた。
疾走し、三人との距離を詰める。
耕介は一気に三人へと近づき、手前にいたベリオへと十六夜を斬り上げた。ベリオはすぐさまユーフォニアでさらに上へと弾くが、耕介は弾かれた勢いを力でねじ伏せ、無理矢理十六夜を振り下ろす。
そこに未亜の矢が飛び込み、十六夜の刀身へと正確に当たる。そのためまたも十六夜は弾かれ、耕介の身体が僅かに仰け反る。
その間にベリオは耕介から離れ、そしてその隙にリリィが氷塊を放った。
 しかし、耕介の後ろから飛び込んできた氷の槍がリリィの氷塊に飛び込み、二つの氷は砕きあって消えていく。
氷の槍は後方にいるなのはの援護だ。

「お義兄ちゃん!」

なのはと共にいる知佳が叫ぶ。
それと同時に耕介の姿が消えた。
それに三人が目を見開く。まさか耕介まで神速が使えるのかと。
だが、

「リリィさん、上!」

たまたま未亜の視界に入った上空、そこに耕介が現れた。そしてそのまま落下し、十六夜を落下の勢いと共に振り下ろす。
リリィは未亜の声で耕介に気付いたが、間に合わない。かわすことできないとリリィが理解した時、彼女の周りにベリオの障壁が張られる。
十六夜は障壁に阻まれ、リリィに触れることはなかった。
 耕介は障壁を蹴って三人から離れる。そこに未亜が矢を放とうとするが、彼女の目の前にいくつもの石が飛び込んできた。
全て拳大ほどの石。それが宙に浮かび次々と高速で未亜に向かっていく。
どんな原理なのかわからず未亜は驚くが、何とか耕介を狙うはずだった矢で撃ち落とす。それでも数が多く、全てを落としきれない。残りは身体に辺りそうな分だけをジャスティで弾き落とした。
それからすぐにリリィたちは一カ所に集まる。

「あの人、凄く強いです」
「それにいきなり消えて上に現れたりするなんて、どうなってるのよ。テレポートに近いけど思うけど、あの人は呪文の詠唱なんかしてなかった」
「あの石はなんで……」

耕介自身も強いが、先程の消えたり、石が浮かんだりはどうも彼の力とは思えない。だがなのはにもそんな力はないはずだ。
 ならば一人しかいない。
 リリィたちは同時に知佳を見た。
 白い翼を持つ女性。それだけでも異常なのだ。その上に三人が知らない能力を持つ。
 それは恭也たちの世界で病気とされるもの。
未亜も同じ世界の出身ではあるが、知佳の病気のことは知らない。病名を聞いたことはあるかも知れないが、その症状がどんなものであるのかまでは、世間では知られていないのだ。
リリィも一応先ほどの彼らの戦闘を見ていたものの、ほとんど恭也を見ていただけのようなものだったので、耕介たちの能力がわからなかった。
 だがそれでも、三人は改め直す。
 なのはのことは知っていたが、他の二人も厄介な相手だ。
 すでに恭也と出会ったことで、救世主候補であるから他の者よりも絶対に強いなどと考えは捨てていた。
だがまさか、恭也の他にも……それもすぐに近くに恭也と同じく救世主候補と全うに戦える者がいたことに驚いていた。

「驚いてるみたいだけど、このぐらいのことをできる人は、私たちの周りにはいっぱいいるよ。特に恭也君の周りにはね」

リリィたちの表情を見て、知佳は苦笑しながら言った。その横にいたなのはも、そして耕介もやはり苦笑していた。

「確かに一撃一撃の破壊力とか、攻撃力なら君たちの方が上だろうけどね。でも戦いはそれだけじゃない」

耕介は十六夜を構え直して言う。

「私たちが組んで戦うのは初めてですけど、でも私たちはずっと前に知り合って、分かり合ってきました。だから……」
「チームワークじゃ負けないよ」

なのはと知佳も、いつでも耕介の援護ができるように体勢を整えながらも言った。
それが耕介たちの強み。
個々の能力も高いが、彼らは出会ってすでに数年。耕介と知佳に至っては十年近くになる。それぞれがそれぞれを全て理解しているとは言わないが、急造のチームなどではないのだ。

「だったらこっちはその攻撃力で……力づくでいってやるわよ!」

そう叫んでから、リリィは高速で呪文を詠唱し、火球を耕介に投げつける。
 それを耕介はかわそうともしない。
 火球は耕介の目の前で爆発し、耕介を飲み込もうとするが、耕介の周りにまるで見えない壁があるかのように、爆炎は全て耕介を避けていく。
それに驚いていたリリィだったが、そこになのはが放った光球が飛び込む。だがその光球に未亜が炎の矢を放ち、爆発させて無力化させた。
その間に、ベリオも呪文の詠唱を始めていた。
 だが、それは耕介とて同じこと。

「神気発勝……」

そう耕介が呟くと、十六夜の刀身が光る。その光はまるで炎のように揺らめきながら十六夜にまとわりつく。
 リリィたちはそれを見て、もう何度目になるかわからない驚きの表情をとる。
霊力。恭也が使っていたのを彼女たちも見たことがあり、ある程度ではあるが説明もされている。
だが耕介がこれから放つ技は恭也の無尽流とは違う。

「真威……」

そんな耕介を見ながらも、ベリオはすぐさま魔法を起動させる。
 ユーフォニアから一筋の光線が放たれ、それは一直線に耕介へと向かっていく。
 だが、遅い……。

「楓陣刃!」

耕介は十六夜を振り下ろしながら、光り、揺らめかせる炎を解放する。
それは向かってくる光線を覆い隠すほどの巨大な光。
 光線を飲み込み、多少威力は弱められたもののベリオへと迷わず進んでいく。
 ベリオは何とかそれを横へと飛んで回避した。光線との衝突で速度が遅くなっていなければ、確実に直撃していただろう。

「霊力まで使えるなんて……」

体勢を立て直しながらも言うベリオに、耕介は笑ってみせた。

「一応、恭也君に霊力の扱い方を教えたのは俺だからね。その分俺は恭也君に剣を教えてもらってたけど」

今の一撃は恭也の霊力による攻撃よりも、数段威力が上だ。
もし使っていた霊剣が御架月であったなら、ベリオはかわすことができなかっただろう。
十六夜では、耕介のバカでかい霊力を一気に放出することができないのだ。その分、十六夜ならば制御もしやすいし、燃費もいいのだが。
無尽流ではなく一灯流を使ったのも似たような理由だ。
だがその十六夜を使っていても、耕介の一撃は恭也の一撃を軽く上回る。
霊力の扱いでは、まだまだ恭也は耕介には届かないのだ。
もっともその分耕介は、剣の腕に関しては恭也に及ばない。耕介にあった才能はあくまで霊力の大きさと扱いのセンスであり、一灯流は免許皆伝ではあるが、一刀流は皆伝とまではいかない。
ましてや耕介は管理人の仕事と平行して霊力と剣を覚えていたし、彼が剣を習い始めたのも二十歳を超えてからで、才能云々以前に身体ができあがってしまっていた。その状態では技は習得できても、身体の方が技に対応するような成長をしてくれないのだ。
 そう言った理由でさすがに剣だけでは、その生涯のほとんどを剣と共に歩いてきて、剣をすでに身体の一部とする恭也には勝てない。
 無論、耕介の剣の技術とてかなりのものではあるが。

『耕介様、少々厳しいですね』

十六夜にそう言われ、耕介は心の中で苦笑する。

『やっぱりわかっちゃいます?』
『救世主候補の方々は気付いていないでしょうが』

耕介は余裕があるように見せかけているが、実は内心で焦っていた。
さすがにいきなり上空から落とされるとは思っていなかったし、先程の炎とて知佳の力で防ぎきれるか内心ヒヤヒヤしていた。もっともリリィはあれ以外にも、もっと強力な魔法を使えるだろうが。
魔法使いを相手にするのも初めてのことだ。先ほどの光線もうち消せるか心配だったぐらいである。

『恭也君が言っていたように凄いですね、救世主候補っていうのは。未亜ちゃんなんか少し前まで戦ったことがなかったとは思えないですよ』
『ええ。正直、勝つというのは難しいかもしれません』

先程のベリオを障壁に斬りかかった時に気付いた。あの障壁は耕介の霊力をも防ぎきるだろう。
耕介たち三人の中では、おそらくトップクラスの攻撃力を有している攻撃をだ。
ベリオは最大の防御を持ち、未亜は的確に相手の攻撃を見抜き、リリィは大きな攻撃力を持つ。
救いはチームワークがあまりなっていないこと。おそらくは、まだ恭也のことが気になって仕方がないのだろう。

『でも恭也君に任された以上、頑張りますよ』
『はい。私も最大限、協力させて頂きます』
『お願いします』

耕介は十六夜にそう頼み、すぐさまリリィたちに向かっていく。
 耕介は『人』を相手にして動きを読むことは慣れていないし、勘も恭也ほど働かない。そのために恭也のように何度も彼女らの魔法や攻撃をかわし続ける自信はない。
彼女らの攻撃の威力も尋常ではないのだ。一撃でも受ければ致命的だ。
それは知佳たちとて同じこと。
だから受けに回るわけにはいかない。そのため攻撃を緩める訳にはいかないのだ。
耕介は全力で攻撃を開始し、その耕介を援護するために知佳たちも集中し始めた。
戦いは始まったばかり。勝つのが難しくても諦めるわけにはいかないのだ。
 自分たちのためではなく、恭也のために。
 そのために耕介たちは戦い続ける。





「あぁああぁぁあああっ!!」

久遠の咆吼と共に乱れ落ちる雷。
それは辺りを蹂躙しながらリコへと向かっていく。
その雷の雨をテレポートで避けながらもリコは魔力弾を放つのだが、それは久遠のスピードについていけず、簡単にかわされてしまう。
だがすぐにリコはスライムを召喚し、久遠へと向かわせた。そしてその間に大技の呪文の詠唱を開始する。
久遠はスライムの身体の一部分を伸ばしてくる攻撃をかわすと、そのままいっきに間合いを詰め、爪で引き裂いた。
 引き裂かれたスライムは、まるで水が飛び散るようにして散乱し、そのまま消えてしまった。
 そのときにはリコの呪文は完成し、それを解き放つ。
突如として空中に魔法陣が浮かび、その中から隕石が現れ、久遠に向かって墜ちていく。
久遠はそれを大きく動いてかわしたが、隕石の落着で粉塵が辺りに舞い始めた。その粉塵に紛れ、リコはテレポートで久遠の真後ろを取る。
 だが野生の勘か、それとも気配に気付いたのか、久遠はすぐさま振り返って、リコに向かって爪を振り下ろす。
リコはそれを何とかバックステップでかわして距離をとるものの、服を少し切り裂かれた。




 なんなのだ、この少女は。
リコは久遠との攻防を繰り返しながらも、それだけを考えていた。
 彼女が獣人であるということは、初めて出会った時からわかっていたが、しかしただの獣人とは違いすぎる。
そのスピードはカエデと同等。
 その上、リコよりも数段強力な雷を降らせてくる。
 ありえない。
 スピードや力はありえるかもしれないが、ただの獣人が雷を扱うなど聞いたこともないし、見たこともない。
その戦闘能力は救世主候補以上だ。
 主を持ったリコが、何とか同等に戦えるほどなのだ。リコ以外の者が相手をしていれば、間違いなくすでに敗北していたはずだ。
唯一の救いは、単調な動きであることぐらいか。
リコは対面で戦う自らの主と、黒衣の青年を見た。
完全に二対一にも係わらず、大河たちは押されていた。
 リコは今すぐに、あの場へと駆けつけたかった。それが主を守るためなのか、恭也と話をしたいからなのかは、彼女自身にもわからないが。

「お願いです、どいてください」

 リコは久遠へと視線を戻し、睨むようにして彼女を見ながら言う。

「やだ」

 対して久遠の返答は簡潔だった。

「っ、どうして私たちと恭也さんたちが戦わなくてはいけないんですか? 私たちはただ理由が知りたいだけなんです!」

はっきり言ってしまえば、戦いをしかけたのは大河たちだ。だが、それは単純に恭也たちが学園から去った理由を……恭也たちが為したいことを知りたいだけなのだ。
できれば自分の想像と外れていてほしい……いや、自分を敵として認識していてほしくない。だから理由が聞きたい。
 しかし、恭也たちは理由を話すのではなく、戦う方を選んだ。

「くおんはよくわからないけど、でもきょうや……がんばってる」
「頑張る?」
「みんなを『守る』ためにがんばってる」

みんなを守る。
 それに自分たちは含まれているのか?
 ならどうして戦わねばならない。矛盾しているではないか。

 もちろんこれはリコの一方的な考えだ。
 先程も言ったが、戦闘をしかけたのは大河たちなのだ。恭也たちからすれば、降りかかる火の粉を払っているだけだ。
 だがそれでも、リコは納得できないのだ。

「すみません。やはりあなたと戦っている暇はありません。力ずくでいかせてもらいます」

 この少女を一気に押し切り、恭也に全てを聞いてみせる。

「やだ」

 だが、やはり久遠の返答は簡潔だった。

「くおんはきょうやを守るってきめた。だからやだ」

 彼女の言葉を、リコは最早聞く気はない。

「きょうやのためだから、くおん、ほんきになる」
「え?」

 リコがどういう意味なのかわからず、小さい声を上げると、久遠の目の前に雷が落ちる。 彼女の小さな身体を隠すように砂埃が舞い、それがゆっくりと晴れていく。

「なっ!?」

 砂埃が晴れた先、そこにいたのは先程の少女ではなかった。
先程の少女と似通った顔と姿を持つ美女がそこに立っていた。



「恭也は……いつもみんなを守るために傷つきながら頑張ってる。だから私は……恭也を守るために感張る。あなたを……恭也の元には行かせない!」

 彼女……久遠は身体に紫電を纏わせながら、そう宣言した。






あとがき

 ごおおおお、ほぼ戦闘だけで丸々一話やってしまった!
エリス「あんた戦闘シーンを書くの得意じゃないもんね。まあ全部下手だけど」
 ううう、何度も言われてきたが否定できないのがきつい。本当に自分はバトル書きではない。
エリス「次回も戦闘の続き?」
 初のとらハ組対デュエル組だから、まだ続きます。というか、大河編の進行が早くなってるから、もうちょっと長引かせる。
さて、今回のあとがきはほとんど解説、しかも長い。本当は本文で説明できればいいんだけど。
エリス「それじゃあまず、恭也がいやに冷酷だけど」
 不破恭也登場、一応恭也の本気モードの一つ。最初っからブラフかましてるしね。というかそのぐらいしないと、平地で救世主候補の前衛二人組の相手はできない。んでもって不破を解禁、っていうか殺すつもりでいってます。それでなんとか誤魔化してる感じ。どっちかっていう戦術勝負。
エリス「耕介もかなり強いし。まあ耕介と知佳はこれが初戦闘な訳だけど」
 耕介だって人間相手での実戦経験は少ないかもしれないが、霊相手ならかなりあるはず。とりあえず霊力だと圧倒的に恭也よりも耕介の方が上で、剣術だと恭也の方が上。霊力量に関しては恭也の方が上だけど、扱いがまだまだです。ちょうど救世主候補と恭也が戦った時と立場が似てます。霊力だけの勝負になったら、霊力量は恭也の方が上でも、簡単に耕介に負けてしまいます。
エリス「それっぽいことは書かれてたね。うーん、耕介も霊力と剣の両方ともが凄いってわけじゃないんだ」
管理人の仕事と一灯流の体得……ってか、一灯流とて霊力の扱いと剣に別れるだろうから、一度に三つのことをしてた状態だぞ。霊力だけでも天才的なだけ凄いと思う。さらに料理までうまいんだぞ? これだけで人間として十分すぎる。これ以上できたらもうそれは努力とか才能とか、天才って言葉を越えてると思うし、本当にできたなら一日っていう短い時間をどういう配分で仕事と剣の鍛錬、霊力の鍛錬に回してんだよって感じじゃないか? 仕事はサボれないにしても、剣と霊力はサボった場合、その分を取り戻すのはかなりキツイと思うから少なくとも毎日鍛錬はしないといけないわけだし。
エリス「まあ確かに三つのこと同時じゃね」
普通はどれか一つに絞るか、他をある程度にするしかない。ほら、よくゲームとかでいう魔法剣士とかだったら、魔法も剣も中途半端な能力だったりするでしょ、あれと一緒。普通は器用貧乏で終わっちゃう。人が極められるのは一つだけだと思うから。外伝で恭也が語った最強はいないっていうのはこのへんからも来てる。
エリス「それでもちゃんと耕介は『超』一流の退魔師で、一流の剣士でもある、さらに料理もうまい。それだけで凄いってことかな」
 そんな感じ。剣に打ち込み、膝を壊すほどの努力をして、その後も一日数時間も費やすような過酷な鍛錬で努力し続けた恭也と剣の腕が同等っていうのも何か変だと思う。まあ、御神流も剣だけってことはないけど。
エリス「それでこういうふうになったってことだね」
ちなみに恭也が凄いのはあくまで霊力の量だけで、扱いに関しては耕介ほどのセンスがない。御神流と霊力の合体技は主に耕介が考えてくれた、という設定。
 恭也はあくまで御神の剣士だから霊力だけに頼る戦い方をしないため、霊力の練度が低い。逆に耕介は一灯流の剣士だから剣だけに頼る戦い方ではないので、剣の練度が低くなる。このへんはそのうち外伝としてやるかも。単純に恭也は剣を極めようとしている、耕介は霊力を使っての戦い方を極めようとしている、その違い。戦うなら相手の土俵に立たないようにしないとダメ。
エリス「話が脱線したね」
 うい、そんな耕介になのはと知佳の援護つき。知佳のリミットが少しわからないんだけど、とりあえずチームワークは耕介たちの方が上ということで。というか、多対多の描写が難しい。やっぱりバトルも下手だ。
エリス「最後に、とらハ3のある意味最強キャラ、アダルト久遠も登場か」
 祟りが憑いてた時よりかは弱いと思うけど。ある意味とらハ側のジョーカー。ってか、少しリリカルやり直したけど、大人状態の口調がよくわからない。ついでに子供状態でも漢字喋ってるし……。
エリス「ああ、黒衣だとほとんどひらがなだね」
 え、えとあまり気にしないでもらえると。
エリス「今回はそんな感じで戦闘になりました。次回もまだ戦闘になります」
 やっぱり団体戦だと一つにまとめきれません。しばらく続きます。それでは今回はこのへんで。
エリス「それではー」







出たよ、久遠大人ヴァージョン。
美姫 「強さで行けば、やっぱり今アヴァターにいるとらハ側では一番かしら」
一撃の強さは間違いないだろうな。
不破恭也も登場して、いやー、面白いな〜。
美姫 「もう早く次が読みたくて仕方ないわね」
本当に。ああ、次回が待ち遠しいよ〜〜。
美姫 「次回も楽しみにしてます」
待ってます!



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