『選ばれし黒衣の救世主』










「さて」

草むらの中から村を覗き込み、耕介は腕を組む。
 それから後方にいる全員を見渡した。

「これからどうしよう?」

先ほど村に辿り着いた恭也たち。
徒歩であったため、休憩を入れたりで少々時間がかかってしまった。
とりあえず今は林の中から村を観察していた。

「まずは人質の方たちがどこにいるのかを知るのが先決では?」

十六夜の言葉に頷き、知佳は白い翼を出した。
 そして恭也と十六夜も目をつぶって意識を集中させる。
残った耕介となのは、まだ狐姿である久遠は三人を守るように壁になった。
それからしばらくして恭也たちは目を開く。

「……人の気配がしない」

そうため息混じりの声で、恭也は言った。

「それらしい音なども聞こえません、霊力も……」

十六夜もどこか辛そうに呟く。

「人『は』いないみたい」

どこかやりきれないという表情の知佳。
 それらを聞いて、耕介たちも沈んだ表情になってしまう。

「ただ……人に近いけど違うようなものと、人じゃないものがいるみたい」

能力で感じ取ったことを知佳が言う。
それはつまり、この村を襲ったもの。
やはり罠だったという証。
全員が知佳の能力を信頼しているので間違いはないとわかっている。

「あれ?」

そこで唐突に知佳が不思議そうな声を上げた。

「この感じ、まさか……」

知佳は、この村に入っていく人を気付いた。
 そして、その人物が彼女が知るある人に感じが近いことに気付いたのであった。




 赤の主・大河編

 第二十二章 絡まり始める糸





先ほど村に到着したリリィは、今この村の村長でありラウルと名乗る初老の男の後ろを歩いていた。
この村に入った時にこの男を見つけ、リリィは自分が救世主候補であり、村人の救出とモンスターを倒すために派遣されたことを伝えたのだ。
そして、その村長からだいたいのことを聞いた。
 生き残った村人は村長の家の地下室に隠れていること、モンスターと人質のなった村人は村役場にいること、他にも色々にことを。
そして今、リリィはラウルの案内のもと、その村役場に向かっていた。
しばらくするとその役場の前まで辿り着くと、ラウルには安全な場所に向かわた。
それを見送り、リリィは手を握りしめる。

「私は……一人でやれる。あいつが私を頼らなかったのは……あいつが私の力を知らないだけ。だからわからせてやる」


 そう呟き、リリィは一人、村役場の中へと入った。
役場に入ると、全ての窓が板で塞がれ光が入らず薄暗い。その中をリリィは歩く。
いくつかの部屋を回るものの、モンスターも人もいなかった。
 そして、一番奥にあった部屋に入ろうとした瞬間、顔を顰めた。
 この鼻につき、生理的に受け付けない匂い。

「血の臭い。それもこんなに……」

半分だけ開いた扉の間から感じる臭い。
 リリィはすぐさま部屋の中に入った。
 その部屋は辺りが真っ赤に染まっていた。
 壁、床、調度品。それらの全てがすでに乾いた血によって染められている。
その部屋に倒れる幾つかの死体。
 その中の一人が……。

「そんな……」

 それは先ほど見たばかりの顔。
 忘れるわけがない。

「村長!?」

ここまで案内した初老の男。
 
「お呼びですかな?」

 リリィの叫びに、答えが返ってきた。
 それに驚きながらもリリィは振り返る。
 そこにいたのは、先ほどの男。そしてすでに死んでいる男と同じ顔を持つ者。

「そ、村長、どうして……?」

リリィは呆然と呟きながら、何度も目の前にいる男と床に転がる男を見比べてしまう。
 二人の顔はまったく同じもの。
 訳がわからずリリィの思考は状況に対処できなくなっていた。

「その私と同じ顔をしたモノが気になりますかな?」
「あ、あれは誰なの?」
「この村の村長、ラウルと申します」

その答えにリリィは目を見開く。
 それは先ほど、この男が名乗った役職と名前。それがすでに屍と化した男の名前。
 では目の前にいるこの男は何なのだ。

「村人を率いて最後まで抵抗しましてな。昨日まで、ここに立てこもっていたのですが」
「じゃ、じゃああなたは……」
「この村の村長のラウル……の、姿形を拝借しております」

その言葉で、この男が普通ではないことをようやく理解し、リリィは離れようとした。
 だが、男はその姿から想像もできない速さと力でリリィの手をライテウスごと掴んだ。

「これから宴が始まるのに、贄を逃すわけにはいきませんなぁ」

あくまで微笑を浮かべ、楽しそうな顔で言う男。

「う、宴? 贄……って?」
「美しい救世主候補の娘を生け贄に、破滅の始まりを祝う宴ですよ」

リリィはその言葉で理解する。

「破滅!?」

 一瞬、かつての己の世界を思い出し、憎悪がリリィの身体を駆けめぐる。

「他の村の人たちはどうしたのっ!?」
「一日遅かったなぁ、救世主どのぉ、ぐっげっげっ」

 男が醜く笑うとリリィを掴んでいた腕が、粘液を纏った何本もの触手へと変化していった。
リリィは捕まれたまま魔法を放とうとするが、手首を捻られ、その痛みを吐き出す声で呪文が途切れてしまった。

「この物騒なものは外しておいてもらうぜ」
「いっ、た……ああ!」

さらに力を入れられ、そしてライテウスが触手によって腕から外される。

「救世主候補の質も落ちたもんだなぁ、こうも簡単に接近を許すとは」

 その言葉を聞き、リリィは唇を噛み締める。
 あの男なら……アイツならきっと気付いた。
 背後を取られるなどということは、あの男なら絶対にしない。

「ライテウスを……返せ!」

叫ぶものの、触手はリリィの腕どころか顔を這い回り始める。
 それに生理的な嫌悪感から、リリィは顔を歪ませた。

「ダメだな。俺たちのパーティーには余計なものだ」
「パ、パーティーって、一体……なにを」
「こ、これでよげ、よげいな、な、じゃまもの、の、いなぐ、ぐ……」

その言葉を皮切り、いっきに男がボコボコと変形していく、そしてその全身から触手が飛び出し、リリィの全身にまとわりついた。

「い、いゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

触手が今度はリリィの体中を這い回り、その服の内にすら侵入し、リリィは悲鳴を上げる。

「い、い、いいこ、こ、声だだだだだ」

すでに顔すら人でなくなったモンスターは、リリィの叫びに気を良くしたのか恍惚とした声を上げた。
ベタベタと這い回る触手は、リリィの下着の中にすら入り込む。そしてリリィの腕や足を引っ張り、そのまま無理矢理彼女の身体を宙に浮かべる。
リリィはその戒めを解こうと力をいれるが、全く効果がない。それどころか、余計に触手が絡まり始めてしまう。
 そして嫌悪感から、力が抜けてきている。

「気持ち悪い……いや!」

まるで全身を舐められているかのような感覚に、リリィは嫌悪の声を出していた。
だが、それすらモンスターを悦ばせるものでしかない。

「あ、あ、きょ、恭也……」

 なぜか出てきたアイツの名前。
普段ならばリリィは弱音など吐かない。
 状況が目まぐるしく変わる。
アイツがいなくなって、それが悔しくて、悲しくて。
それらが重なって、もうリリィの精神は限界だった。
声しか出せなくなって……いや、目の前を見れば、触手の一本が自分の口を塞ごうとしているのを見て、これから喋ることもできなくなると理解した時、リリィは彼の名前を叫んだ。

「恭也ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

その瞬間、黒い影が部屋の中に飛び込む。
それと同時に、数本の短い針のようなものがリリィに絡まる触手を襲い、突き刺さる。それによってリリィの戒め緩んだ所へ銀糸が複雑に踊り、触手を切り裂いていく。
影はそのままリリィへと向かい、彼女を宙に浮かべている触手を黒銀で同じく斬り裂く。
痛覚があるのか、モンスターは意味のわからない絶叫を上げる。
戒めが完全に解けたリリィは重力に従い落下するが、それを影は力強く受け止めた。

「何をやっているんだ、お前は」

どこか呆れた感じの声。
その声にリリィは聞き覚えがあった。
ずっと求めていた声。

 認めさせたかった。
自分は貴方に頼られる価値があると。
 後悔させたかった。
 自分を頼らなかったことを。

目の前にいた黒き影。
 自分を覗き込む黒い瞳。
 その人物は……。

「恭也……」

 呆然とリリィは彼の名を呟く。
 だが、リリィの心理状況などわからない恭也はため息をついた。

「大河たちはどうした? 救世主候補たち全員に今回の任務はいったはずだぞ」

いつもと同じように恭也は言う。
まるで今までも一緒にいたかのように。何も気にせず、ただ言葉をかける。

「まあいい。行くぞ」

 恭也はリリィが何かを言う前に、彼女を抱えたまま走り出そうとする。
だが一瞬モンスターに目を向けると、触手の中にリリィのライテウスが見えた。
 恭也は片手でリリィを抱え直し、もう片方の手の指を複雑に動かして鋼糸を操ると、触手からライテウスを回収した。

「持っていろ」

すぐさまライテウスをリリィに渡し、それから再び両手彼女を抱え、今度こそ走り出す。
 リリィの方は呆然とライテウスを受け取ったものの、未だ本当に状況がわからず呆然と恭也の顔を彼の腕の中から眺めているだけだった。




「もうすぐ来るよ、恭也君とリリィさん。その後ろにたぶんモンスター」

知佳は翼を広げたまま、耕介と知佳、そして子供の形態になった久遠に言う。
リリィがこの村に訪れたのに気付いた知佳は、すぐさま全員に報告した。それからすぐに彼らも村の中に入ったのだ。
なぜリリィ一人がこの村に訪れたのかはわからないが、下手をすれば罠にかかってしまう。
 そして、この村役場の前まで来たのだがすでに遅く、リリィは中に入ってしまっていた。
さらに知佳が感じる人間以外のモノ。
そこで恭也が救出の役と、囮を引き受けた。
 リリィを救出し、さらにモンスターをここまで引きつける役だ。
 知佳はずっと恭也たちをトレースし、耕介たちに攻撃のタイミングを伝える役目。
なのははすでに数十もの魔法陣をセットしている。
 耕介も霊力を十六夜に纏わせ、久遠は身体の周りを放電させていた。
 しばらくするとまるで地鳴りのような音が聞こえてきた。おそらく恭也たちを追っているモンスターの動く音。

「来た!」

知佳が叫んだ瞬間、恭也がリリィを抱えて役場から飛び出してくる。
 そして、その後ろから役場の入り口を破壊して、モンスターの巨体が現れた。

「恭也君!」

 すぐに知佳が恭也たちを能力で自分の隣に引き寄せる。
 リリィはいきなり、テレポートさせられ驚いていたようだが、恭也たちはそんなことを気にしている暇はない。
斜線上にいた恭也たちがいなくなったことで、耕介たちは一気に自分たちの能力を解放した。
なのはは発動を遅らせていた魔法陣を一気に起動させて、そこから出る数十もの疑似魔法全てをモンスターに向かわせる。
耕介は限界まで高めた霊力を十六夜を振り下ろすことで解放。それは純粋な破壊の力として、一直線にモンスターに向かっていく。
久遠は叫び声を上げて、雷の乱舞をモンスターに降らせる。
溜めに溜めた三人の最大の攻撃。
それはモンスター所か役場まで蹂躙し、破壊して、爆音を上げ吹き荒れる。


その後に残ったのは役場が壊れた際にできた瓦礫だけ。
モンスターがいないことを確認して耕介は十六夜を下ろし、なのはは白琴を消す。そして久遠は元の子狐の姿に戻った。
それを腕の中で見ていたリリィは、心ここにあらずで今起きた光景がよくわかっていなかった。
そんなリリィを恭也は地面に下ろす。
それから片膝になってリリィの顔を見つめた。

「大丈夫か?」
「きょう……や……?」
「ああ」

恭也は頷いてからリリィの身体を確認するが、特に目立った怪我などはなかった。

「それで大河たちは……」
「恭也君!」

恭也はリリィに大河たちのことを聞こうとしたが、それは知佳の鋭い声によって遮られた。
 そのため恭也は一度立ち上がり、知佳の方を見る。

「まだもう一体いるみたい。もうすぐ来るよ」

それに恭也は頷いてから小太刀を抜刀すると、もう一度リリィの方を見た。

「少し休んでいろ」

そうリリィに言い残して、恭也は耕介の隣に立った。
 それと同時に、先ほどと同じような姿をしたモンスター現れたのだった。




 救世主候補たちを乗せ、任務先である村に向かう馬車。
 その中では救世主候補たちの間に、今まで以上の重い沈黙が流れていた。
理由は簡単だ。リリィがいなくなったのである。
 これから任務を向かうという時に、リリィの姿が見えず、さらに全員で学園中を探し回ったが見つけることはできなかった。
 そのときたまたま大河がナナシと会い、昨夜遅くにリリィが学園から出ていったという情報を得たのだ。
 そこから考えればリリィがどこに行ったのかなど簡単にわかることだった。
 リリィは一人で村に向かったのだ。

「あいつ、何考えてんだよ」

大河は手を握りしめて呟いた。
 誰にも何も言わずいなくなったリリィ。
 そう、恭也たちと同じく消えた。
 恭也たちと違って、どこに向かったのかはわかっている。だが、そんなことは関係ないのだ。

「あいつだってわかってるだろうが、何も言われずにいなくなられるのがどんなに辛いか」

大河のそんな言葉を聞いて、他の者たちも視線を下げた。
 そう、リリィだけではない。
 みんながあの時……恭也がいなくなったときに思ったのだ。
 なんでいなくなったのか、なんでその理由を話してくれなかったのか。
 そんなに信頼されていなかったのかと。
 仲間ではなかったのかと。
 全員が恭也たちにそう思ったのだ。
 だから、本当は全員が今のリリィの気持ちを理解していた。
 自分の力のなさ悔しい。信頼されなかったことが情けない。
ただリリィの場合は、その感情が大きすぎただけだった。

(恭也……お前のせいだからな。次に会ったら絶対に一発ぶん殴らせてもらうぞ)

大河は心の中で呟く。
 仲間をこんなふうにしたのは恭也だ。だから必ずぶん殴ってそれをわからせる。
 それから理由を聞き出してやればいい。
一発殴って全てチャラ。そしてそれから恭也たちの理由が手伝えるものであるならば、手伝ってやればいいというだけ。
大河はそう考えながらも、もう一度手を握りしめた。
 今回は、リリィを助ける。
 それでそのあとあいつも一発ひっぱたいて終わりだ。
 リリィの気持ちもわかるから。
リリィもそれでチャラだ。
きっと何とかなる。
リリィのことも、恭也たちのことも……。

 
 その時は、そう楽観的に考えていた。
 知らなかったから。
 恭也たちの覚悟を。
何も言わずに行った覚悟を、大河は……大河たちは知らなかった。





あとがき

 触手にゅるにゅる。
エリス「あれはいいの?」
わからない。どこまで許容範囲かわからないんだよう。アップされていたら大丈夫なんだろうけど。それほど描写は際どくしてないつもりだけど。際どかった今頃リリィは(以下検閲)
エリス「検閲しなきゃいけないようなことを言うな」
 ぐほっはっ!
エリス「まったく」
 はは、寸前で恭也が助け出したし、いいじゃないか。
エリス「んー、でもちょっとリリィの力強さがなくなっていたような」
 恭也がいなくなったことで精神的に参ってたんだよ。んで、罠にかかったり、いきなり恭也が現れたりで状況に対処できなくなってた。
エリス「まあ状況がころころ変わったそうなるのかなぁ」
 今回もあまりいいとこなし、偽村長。
エリス「確かにほぼ恭也編と同じ状況」
そしてとうとう恭也たちと大河たちは出会ってしまうのか。
エリス「それは次回のお楽しみ?」
 まあね。
エリス「今回の話は短かったですが、ここまでです」
 次回はすぐに。
エリス「それではー」







こうしてアップしているという事は、勿論、OKです〜。
美姫 「まあ、アンタよりもソフトよね」
いやもう、もっとグニョグニョのグチュングチュンでも。
美姫 「いや、流石に行き過ぎは駄目だから」
あははは。さて、リリィは恭也とこうして会った訳だけど。
美姫 「大河たちは会えるのかしらね」
いやー、次回がとっても気になりますな〜。
美姫 「大丈夫! 何と連続投稿よ」
わぁ〜い、ありがとうございます!
美姫 「これもエリスちゃんが頑張ったから」
いやいやいや!
美姫 「それじゃあ、次回でね〜」
こらこら、テンさんが頑張ったからだろう!



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