『選ばれし黒衣の救世主』
恭也たちはクレア以外の全員が揃って、ある一室に集まっていた。
「大丈夫かなぁ」
全員が沈黙していたなか、唐突になのはが口を開く。
「ただの会議だ。学園長が俺たちに気付くことはあるまい」
そう、今この王宮に、フローリア学園の学園長であるミュリエルが訪れている。
理由は簡単だ。この頃多発し始めた色々な事件について、賢人議会議員を招集して議会が行われているわけだが、そこにミュリエルも呼ばれている。
ミュリエルに恭也たちがここにいる事がばれないよう、ここで全員じっとしているのだ。
「それもそうだけど、学園長がなのはたちが学園からいなくなったことを議会の中で言っちゃったら……」
恭也たちが学園からいなくなったことは、未だ王宮には伝わっていない。
無論、噂などで出回っているだろうが、少なくとも議員たちが調べている様子はない。
恭也たちがクレアの客人としてこの王宮にいることは知っているだろうが、恭也たちが何者であるのかに至ることはできないだろう。
だが、今回のことでミュリエルが口を漏らしたりしたら、恭也たちはこの王宮でもかなり動きづらくなる。
「それは大丈夫だと思うよ」
だが、知佳はなのはの不安を取り除くようにして笑いながら言う。
「賢人議会の人たちは、どちらかというと救世主を養成する学園には否定的みたいだから。下手に私たちことを言ったら、余計に不信を買うってことを学園長はわかってると思う。
だから言わないんじゃなくて、言えないよ」
クレアと色々な情報交換をしたりで、彼女とそういったこともよく話をする知佳は、裏の事情もよく知っていた。
「それにクレア様のことですから、もし私たちが王宮にいることを学園長にばれた場合、もしくは議員の方たちにばれた場合のことも考えているかと」
十六夜も少しだけ笑いながら言う。
ある意味そのへんはクレア任せになってしまっているが、彼女が何も考えていないということはないだろう。
「正直、こういうことで俺たちは何も力になれないからね」
耕介は少しため息をつく。
さすがに彼らが政治的なことで手伝えることは少ない。知佳などは助言ぐらいできるが、立場的に同じ場所でフォローすることはできないのだ。
恭也は耕介の言葉に頷いた後、テーブルの上に広がっている書類に目を通す。
「それにしても、いきなり事件が多発し始めたな」
まるで山のようになってしまっている書類には、全て何かしらの事件について記されている。
それもここ最近の話ばかりだ。
「破滅が動きだしてるのかな?」
「かもしれん。俺たちも動かないといけないかもしれない」
恭也が目を通した紙には、ある村をモンスターが襲い、しかもそのモンスターたちが知的な行動をとっているというものだった。
赤の主・大河編
第二十一章 交わる道
恭也たちがいなくなってそれなりに日数が経ち、大河たちも幾分かその状況に慣れ始めていた頃だった。
そんな時、大河たち救世主候補たち全員が学園長室に集められた。
そしてそこで学園長から、王宮より協力要請……つまり任務を受けることになったということを伝えられた。
しかも説明は、あの時学園に現れたクレアからなされた。
救世主候補たちは、クレアが王女だと聞いて驚いていたが、大河だけはあの時突然消えたことを怒った。
「恭也も……似たようなこと言うだろうな」
クレアを怒った後、大河はどこか寂しそうにそう漏らした。そのとき、他の救世主候補たちも悲しげで、どこか寂しげな表情をしていたことにクレアは気付いていた。
だがそのことは何も言わず、クレアは任務についての説明をする。
レッドカーパス州とアルブ州の州境にある村をモンスターが襲い、人質を取って立てこもっている。
アルブは自然に囲まれた州ではあるが、今回のようにモンスターが徒党を組んで襲ってくるようなことはなかった。そのめたに破滅の影響である可能性が高いという判断になったのだ。
王宮としても人質がいる以上、そう簡単には動けない。そもそもモンスターが人質をとるという、今までの起こしてきた事件からは、考えられないような行動であったことも原因だった。
軍が動けないならば、少数部隊の派遣を、ということで、この世界では間違いなく精鋭揃いである救世主クラスに話が回ったのだ。
つまり人質の救出と破滅かもしれないモンスターの退治を救世主候補たちに任せた。
それに教師であるダウニーが反対したものの、大河たちは任務を受けることを決めた。
そうして詳しい話を聞いた後、救世主候補たちは学園長室を後にした。
だが、その全員の足取りは重い。
「任務……」
どこか重い表情で呟いたのは未亜だ。
「どうかしたのか?」
その未亜に大河は振り返って聞く。
「今回は……恭也さんとなのはちゃんがいないんだよね」
暗い表情のままで呟かれた言葉。それは他の全員の表情をも重くするのに、十分な内容であった。
恭也たちがいない。
それでそんな危険な任務が成功するのか。
結局あの禁書庫に行って、無事に帰ってきたのは未亜と大河、そしてリコの三人だけだった。だがその三人はよく知っている。
恭也となのはがいたからこそ、あの守護者をも倒せたことを。
そしてダウニーにも言われたが、まだ早いという言葉。
それはつまり、経験が足りないということだ。だが恭也いたならばどうだったのか。彼ならばこのような任務でさえ、経験がありそうだとさえ思う。
「未亜の言うとおり、恭也たちはいない。だけどそれを今更どうのこうの言っても仕方ないだろ」
大河はどこか悔しげに唇を噛みながら伝える。
大河とて心の底で恭也を信頼していたし、憧れのようなものすら抱いていた。彼がいればどれだけ今回の任務も気楽にいけたことだろうと思う。
だが、どんな理由があるのかはわからないが、恭也たちは失踪した。その事実は覆すことができない。
「わかってる。でも……!」
未亜とてわかっているのだ。
いや、未亜だけでなく他の全員もわかっている。
だが、心のどこかで恭也たちがいればと思ってしまう。
それだけ恭也は皆から信頼さていたし、年上のものとして頼られていた。リーダーのようなものとは違う。だが、それに似たようなものを全員が彼に抱いていて、間違いなく大河とは方向性が違うものの、慕われていた。
そしてそれはなのはとて同じ。
「でも……」
それ以上の言葉は続かなくなり、未亜は自分の胸を手で押さえて黙ってしまった。
「未亜、今回だけは恭也たちのことは忘れろ。じゃなきゃ大怪我じゃすまなくなるかもしれない」
「それは……」
「お前も見ただろ。恭也だって少しの油断でこの前はやられた。俺たちがしっかりしてれば、あれもどうにかできたかもしれない。もしかしたら……」
俺たちがどうにかできていたら、恭也はまだここにいたかもしれない。
その言葉は、大河は口にしなかった。
だがそれは口に出さずとも、未亜にも他の全員にも伝わった。
「師匠の言うとおりでござるよ。一人の油断は皆の危険に繋がる可能性があるでござる。今回だけは、任務のことだけを考えるでござるよ」
「そう……ね。今だけは、そうしましょう、未亜さん」
「マスターたちの言うとおり、戦いと私情は分けなければ危険です。恭也さんたちのことは、また帰ってきてからに」
そう言うカエデとリリィ、リコもやはりどこか暗い表情のままだ。
それでも未亜は、その四人の言葉に頷いた。
今だけは忘れると。
「話が終わったなら、私はもう行くわよ」
残り一人の仲間であるリリィは、どこか冷めた表情で彼らを見ていたが、その会話が終わると同時に告げ、返答も聞かないうちに、大河たちの前から歩き去ってしまった。
「おい、リリィ」
大河が言葉をかけるも、リリィは振り返らない。
誰も気付くことはなかったが、彼女の手は固く握りしめられていた。
「戻ったぞ」
そう告げて入ってきたのはクレアだった。
議会に出席していただけにしては、随分と遅い帰りだった。
そのクレアに対して、耕介は手を挙げて帰りの挨拶をする。
「お帰り、遅かったね」
「そのまま学園に行ってきたのだ」
「学園にですか?」
十六夜が首を傾げながら聞き返すと、クレアはなぜかため息をつきつつも頷く。
「救世主候補たちに協力要請をしてきた」
「大河君たちに?」
まさか自分たちに何の話もなくそういう方向に話がいくとは思っていなかったので、知佳は少し驚いていた。
無論、別にクレアを責めている訳ではない。クレアにはクレアの立場があるのだから、仕方がないこともあるのだ。何より恭也たちの存在は、賢人議会議員の者たちや貴族たちにはある程度隠している。
無論、この王宮にいる以上、完全に隠すことなどできはしないが、その素性は気付かれないようにしているのだ。
「すまんな、議会の流れと私やミュリエルの言葉などでそういうふうになってしまった。まったく、あの自分の事しか考えてないジジイ共め」
悪態をつくクレアに全員が何とも言えなくなる。
政治の世界は私利私欲が満ちあふれている。その世界でこのような幼い少女が戦っているのだ。
少女であるが故に舐められて所もあるのだろう。クレアが古狸どもから舐められているだけで終わる訳がないだろうが、御するのも難しいのだろう。
議員や貴族たちのほとんどが政敵のような者だと、前に侍従長が言っていたことを恭也は思い出す。もちろんクレアの味方もいるらしいが。
恭也も似たような境遇にある政治家の護衛をしたことがある。国を良くするための政治であるのに、そうしようとする者は少数で、逆に敵とされ、邪魔をされる。
それは今はいい。
政治のことで言ってやれる事など、ほとんどないのだ。恭也にできるのは、クレアを守ってやること、彼女がしようとしていることに協力するだけだ。
「いや、元々事件が多いんだ。遅かれ早かれ学園……いや、救世主候補たちにも出てもらうことになっていただろう」
そう言いながら、恭也はどこか疲れた様子で目の前にある事件について書かれてある書類を眺めながめる。
一体どのくらいの量があるのかわざわざ調べる気にもならない。クレアはこれを全て把握しているだろうから、ある意味恭也からすれば尊敬に値する。
クレアとて、恭也が言ったように遅かれ早かれ学園に協力を要請することになっていたからこそ、今回任務を与えたのだ。何より今回、救世主候補たちに、そして彼らに与えた任務でなくてはならなかった。
「それでクレアちゃん、大河さんたちにはどんな任務を任せたの?」
なのはが聞くと、クレアは恭也の目の前に置かれていた書類を指さす。
「その任務だ」
「……破滅が関わっている可能性が一番ある事件だから、か」
「うむ、やはり話の流れでな。私一人では変えられなかったし、こればかりは変えるわけにもいかなかった。私は前まである程度救世主の存在を認めるように動いていたからな。ここでいきなりそれを変えれば疑われかねん。
それに学園と議員との間にも色々とあってな、この任務でなくてはならなかったのだ」
それはそうだと恭也は頷きつつも腕を組む。
「困ったな」
そう恭也が少し顔を顰めながら言うと、耕介たちも複雑そうな顔を見せた。
彼らの表情の意味を理解できないクレアは、少しだけ首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「いや、この任務は俺たちが行こうと話していたのだが」
破滅である可能性があるなら、情報収集のためとしても行きたかったし、知佳の能力なども人質の救出には役に立てるかもしれないということで、この任務は恭也たちが行こうと考えていたのだ。そのために、この事件に関わる情報まで漁っていた。
だがこの任務は救世主候補たちに回った。
あまり鉢合わせしたくないのだが、それ以上に恭也は気になることがある。
「彼らには少し早いかもしれない」
「ダウニーも似たようなことを言っておったぞ」
「まあ、彼らはまだ経験が少ないからな。救出はただ戦う以上に難しいぞ」
どこか寂しそうに言う恭也に、知佳と十六夜は少し気遣わしげな視線を送る。だが恭也は薄く笑い、態度で大丈夫と告げた。
その三人の様子を見て、耕介たちと久遠は首を傾げている。
そんな彼らを今は気にしないことにして、クレアは先程の救世主候補たちの姿を思い出す。
「恭也が言うのならばその通りなのかもしれぬが、それ以上に……」
「どうかしたの?」
知佳に問われ、クレアは言いにくそうにだが続きを語る。
「どうもお前たちがいなくなったことで覇気がなくなっているようだ。それもかなりな」
「あいつらがか?」
「いや、救世主候補だけではない。学園全体がだ。
私が見た感じもそうであったし、今日ダリアから報告も受けた」
その言葉に恭也たちは驚き、それぞれ顔を見渡してしまう。
彼らは自分たちがそこまで学園に影響を与えているとは思っていなかったのだ。
「一部はお前たちが破滅の一員ではないか、という話があるせいのようだが」
「それは考えなかったわけではないが」
あの状況で学園を抜け出せば、破滅の一員と考えられてしまうかもしれないというのは、知佳が予想していたことだ。
だからそれについては何も言うことはできない。
だが、それが一部でしかない。
「お前たちは本当に信頼されていたようだぞ、学園の生徒たちからな」
予想していなかった誤算だ、とクレアは苦笑する。
救世主候補たちの様子を見れば、苦笑などしてはならないのだろうが、それでもクレアはクレアなりに、恭也たちを心配させたくなかった。
「そうか」
恭也は頷いて返すが、恭也は……いや、恭也たちはまだ完全には理解していない。救世主候補たちがどれだけ落ち込んでいるか。
クレアの話を聞いただけでは、実感がなく、多少引きずっている程度にしか考えられないのだ。
クレアの言い方が多少苦笑気味であったことも理由だ。これは元々彼女が恭也たちのことを考えてそういう風に軽く言っただけだが、それが事実よりも本当に軽く受け取らせた。
だから恭也たちは、今はそれを保留にしてしまった。
少し会話が止まってしまったが、知佳がクレアの方に向き直る。
「ねえ、クレアちゃん」
「うん?」
「救世主候補の人たちはいつ出るの?」
「おそらく明日の朝になるだろう」
その返答を聞いて、知佳は恭也の方を向く。
「まずいな」
「だね」
恭也の口から出た言葉に、すぐさま知佳は同意する。
それに不思議そうな顔を見せる一同に、恭也と知佳は説明する。
救出とは時間と情報が重要であること。すでに村が襲われて、人質を取られてから二日目。この時点で村の内情が何もわかっていないのだから、すでに行動が遅いと言える。
さらに救世主候補たちが出るのが明日の朝。村に着くのは今から半日以上も後になることだろう。
今から出たとしても着くのは夜明け近くになってしまうだろうが、それでも時間が短縮されることには違いない。
「村人の命を考えるなら、今すぐにでも出ないとダメってことか」
耕介が少し考えながらも言うが、恭也はすでに遅いかもしれないとすら考えていた。
二日。モンスターがどの程度の数、どの程度の強さなのかもわからないが、戦う力のない者では対抗できない。
「そもそもモンスターはなんで人質なんかを取ったのか、だね」
知佳の言葉で、恭也も初めて気付いた。
「確かに何かしらを要求して来てる訳ではないし、別段敵が取り囲んでいるわけでもないのだから、人質を取る意味がないですね。村に立てこもる意味もない」
何の目的で村を襲ったのかはわからない。ただ襲ったというのなら、ある意味凶暴化したモンスターだから、で説明はついてしまうかもしれないが、今の状況では立てこもる意味も人質を取る意味も見いだせない。
普通なら襲った後に村から去ってしまえばいいだけだ。
「で、あるならば……」
クレアも顎に手を当てて考えていた。
それから全員が同時に辿り着いた。
『罠?』
と、やはり全員が呟く。
向かうのが救世主候補でなくとも、救出が任務であれば、それなりに腕利きの者が向かうことになるだろう。そんな人間を罠にはめるものであったなら。
こうまでいくと知的な行動というよりも、後ろに誰かいるのではないかとさえ思える。
下手をすれば、破滅にいる『かもしれない』白の主も関わっているのではないか。少なくともモンスター統率する者か知恵を与えた者がいるだろう。
罠であったなら村の人たちのほとんどは……。
無論、これは恭也たちの予想にすぎないが。
「……やはり私たちが向かった方がいいのでは?」
十六夜が目を細め、真剣な表情で言う。
破滅かもしれないということで、救世主候補たちもある程度緊張しているだろうし、今から出ろと言っても気持ちの切り替えができず、危険に陥るかもれない。
その分、恭也たちにはある程度余裕はあるし、恭也の場合はどんな心理状況でも切り替えられる。
罠かもしれないと教えるだけでは、今度は時間がないかもしれない。
「しかし、救世主候補たちを今回の任務から外すことはできんぞ?」
今回の事はクレアの一存ではない。議会で決められ、議員たちも救世主候補たちがこの任務に就いたこともすでに知っている。
ここで彼らを外したりしたら、学園との摩擦が大きくなるかもしれないし、クレアの立場も色々な意味でまずいことになる。
仮に救世主候補たちを外して恭也たちが行き、成功したとしても、恭也たちの存在が学園や議員連中にばれるかもれない。これが他の任務であればクレアが誰か別の人間を送ったことにでもすればいいが、この任務は議員たちにも学園側にも注目されてしまっている。
「それはわかっているが、この任務を救世主候補たちが失敗しても、クレアがまずいのではないか?」
「それは……」
クレアは恭也に言われて口ごもる。
議会で決められたことではあるとはいえ、すでにこの任務はクレアが救世主候補たちに当てたことになっている。それが失敗するのはクレアとしても立場的にまずい。
それに破滅との戦争を考えた時、やはり学園の戦力も当てにするしかない。議員たちは救世主の存在に否定的であるため、それを養成する学園自体を疎んじているが、学園には他にいくつものクラスがあるのだ。
だから議員にある程度学園を認めさせるために、今回クレアは救世主候補たちに協力要請をした。この場合、議員が否定的であるのが救世主であるために、救世主候補たちに利用価値があると認めさせないといけないのだ。
そのためにわざわざこの任務……破滅が関わっているかもしれない事件を彼らに当てた。その時は罠の可能性があるとか、救出の任務というのは難しいなどとは、さすがのクレアでもわからなかった。
やはり恭也たちに一言言ってからするべきだったのかもしれないが、あの時は時間もなかった。
それに恭也も気付いていたが、
(村人たちがすでに全滅していなら……)
その場合、実の所何の問題もないどころか、クレアにとって有益な状況だ。
あまりに冷酷なことだが、すでに全滅していたならクレアの武器になる。それは救出に向かわせるのが遅すぎたという証拠だからだ。もっとも民衆から見れば、それは王女の行動が遅かったから、にされてしまうだろうが、それでも議員たちに対抗する武器になる。 この場合の失敗というのは、救世主候補たちが罠を張っているかもしれないモンスターに負けた時だ。
無論村人が生きていたなら、救出できなくても失敗になってしまうが。
そこまで考えて、恭也は心の中でため息をついた。
冷静に考えられるのはいいが、やはりできるなら村人たちのことは助けたい。
そのためには救世主候補だけを向かわせるのは危険かもしれない。だがこの任務から救世主候補たちを外すわけにもいかない。
「やはり十六夜さんの言うとおり、俺たちが行こう。ただし大河たちが出る前にな」
もしかしたら生きているかもしれない村人のことを考え、救世主候補たちのことを考え、さらにクレアの状況も考えて、恭也はそう言った。
「大河さんたちには何も言わずに?」
なのはの問いに恭也は頷く。
「ああ。大河たちをこの任務から外さない。俺たちは先行部隊とでもすればいい。村人たちを俺たちが救出し、後のモンスターを大河たちに任せて俺たちは脱出する」
これとて色々な問題がある。
恭也たちとしても大きな問題が。
「大河君たちに出会ってしまうかもしれないけど、いいのかい?」
耕介の言うことが一番の問題。
大河たちに出会えば、なぜいなくなったのかを問われるだろう。だが恭也たちはまだそれを言うつもりはないのだ。
「覚悟の上です」
恭也は目をつぶって言い切る。
「恭也君がそういうなら、わかった」
知佳が真剣な表情でそう言うと、耕介たちも大きく頷く。
そして、その後に全員がクレアを見つめた。
「すまぬ、お前たちにも今回の任務を任せる。ただしお前たちの事は極秘とする」
「ああ。俺たちは今日と明日、この王宮……部屋から出ていない」
そんなとこがどこまで通用するかはわからないが、そういうことにしておかなければならない。
その後、恭也たちは用意をまとめ、クレアの手引きで他の者たちに気付かれないように王宮から抜け出した。極秘であるため馬車が使えず徒歩ではあるが、救世主候補たちよりも早めに村へと向かって行った。
リリィは一人寮から出た。そして真っ直ぐに歩き出していく。
すでに門限はとうに過ぎていて、門は閉められているだろうが、そんなことは知ったことではない。
彼女は他の救世主候補たちを置いて、これから一人、件の村へ赴く所だった。
あんな任務は一人で十分だ。
「違う。一人でできなくちゃダメなのよ」
村人とモンスターの退治、そんなことぐらい一人できなければ、それはつまり自分の実力がその程度だったということ。
その程度の力しかないから、置いていかれ、何も聞くことができなかったことになってしまう。
そう考えて、リリィは強く拳を握りしめた。
恭也がいなくなって、ずっと考え続けた。
考えれば考えるほど、恭也が失踪する理由がわからない。だがそれなりの期間接し続けて、彼が破滅なんてことはないとわかっている。
では、何か理由がある。恭也とて破滅を倒すために救世主クラスにいた。
それは恭也となのはの言動を考えればわかることだ。彼らは常に大切な人たちを守るためと言っていた。
ならば何か大きな理由があった。きっと恭也が言っていたように、誰かを……大切な人たちを守るためにいなくなった。
だが、リリィはそんなことはどうでもよかった。失踪した理由がなんだろうと、それはリリィにとっては意味のないことだ。
ただ、なぜ彼らが学園から失踪しなければならない理由を『話して』くれなかったのか、それが知りたかった。
どうして、それを手伝ってくれと言われなかったのか。
いや……。
「私は恭也に、頼ってもらえなかった」
それだけだ。
それはリリィだけではなく、他の救世主候補たちも同じなのだが、今のリリィはそんなことまで考えられなかった。
つまりは自分に力がなかったから、頼ってもらえなかっただけなのだと。
なのはや知佳たちには頼り、連れていったのに……。
この任務を一人で全うできれば、多少は噂ぐらいにはなる。そうすれば恭也の耳にも届くかもしれない。
「……後悔させてやる……なのはたちには頼ったのに……私を頼らなかったことを……」
リリィは拳を握りしめながらそう呟き、歩く速度を速めた。
リリィは気付いていない。
なぜ、こんなにも頼られなかったことが悔しいのか。
それをなぜ、恭也に後悔させたいのか。
どうしてなのはたちの名前が出てくるのか。
ただ彼女は……もう一度彼に会いたいだけだということに気付いていない。
そして、そこに隠されている自らの感情に気付いていない。
あとがき
途中恭也編とまったく同じ場所が。
エリス「手抜きしたね」
ごめんなさい。
エリス「さらに端折りまくり」
いや、恭也編でやったし。後、恭也編で恭也が誰かに言うなりして村に向かう時間を早めなかったのは、あの時ほぼ全員がまだ禁書庫でのことを引きずっていたため、落ち着けるための時間を取りたかった……ということにしといてください。こう書くと村の人たちよりも仲間をとったという感じにもなってしまうかもしれませんが、そういうことに。
エリス「後付設定だー」
すいません。これからも度々こういうような恭也編との矛盾も出てきかねませんが、大きすぎる矛盾ではない場合、できればスルーしてください。もしくはまったく違う話とでも思っていただければ。
エリス「でもこれで話が進んできたね」
そうだね。救世主候補たちと同じ任務を請け負った恭也たち。そして他の救世主候補を置いて村に向かってしまったリリィ……ここは原作通りだけど。理由は違うが。
エリス「出会ってしまうかもしれないことと罠であることを考えながらも、村人たちを救出するために、か」
さて、本当に救世主候補たちと出会ってしまうのかは……。
エリス「次回をお楽しみに」
ではまた次回で。
独断先行するリリィと、大河たちよりも早く出た恭也。
美姫 「一体、どうなるの?」
ああー、滅茶苦茶続きが気になるところで〜。
美姫 「早く次回が読みたいわね」
うんうん。次回を非常に楽しみに待っています。
美姫 「待ってますね〜」