『選ばれし黒衣の救世主』
私……イヤな娘だ。
今の状況を嬉しいって思ってる。
今は凄く大変な時で、一歩間違えれば……私の大切な人たち全員が消えてしまうかもしれないのに。
なのにあの人の傍にいられることが嬉しくてたまらない。
だって、元の世界でだってあの人は忙しくて、一緒にいられる時間は凄く少なくて……でもそれは他の誰かのためで、そして私のためでもあって、一緒にいてほしいなんて、そんなわがままを言えなかった。
でも今は、私はそのお手伝いができる限られた人たちの中の一人で、その分あの人といられる時間が多くなって。
私が生まれてからずっと傍にいてくれた人だけど、でもたぶん今ほど一緒の時間を過ごせたことはなかった。
不謹慎なことだってわかっていても……それが嬉しい。
そして、ついこの前まで一緒だった仲間と別れたこと。
あの人が、その人たちに使っていた時間の一部が私に回されている。仲間と別れた道を歩むことで、私とあの人との時間が増えた。
やはりそれが嬉しいと思っている私がいる。
何よりその人たちと別れたことで……安心している私がいる。
もうあの人たちが、私の大切な人の中に入ってくることはないと安堵している。
私とあと三人だけが、あの人の力になることができるその状況に喜んでる。
この世界に来たときから考えていた可能性。
もしかしたら絶対に叶わない願いが叶うかもしれない。
そんなことを考えてる。
……おにーちゃん、私、本当にイヤな娘になっちゃってるよ。
でも……それでも……
私にも可能性が……欲しいんだ。
赤の主・大河編
第十九章 兄妹の二度目の戦い
「これは何なのだろうな?」
恭也は訝しげな表情を顔に張り付けたまま、隣にいるなのはに聞いた。
「なのはに聞かれても」
なのはも目の前に広がる光景を見ながら返事をする。
二人がいるのは、王都から離れた広野。
そして、その広野にはなぜかいくつものクレーターができあがっていた。
「たぶん、魔法の後だと思うけど」
「かなり強力なヤツじゃないか?」
「うん。私も白琴の魔力を借りないとここまでできないよ。それだって何度も使えるわけじゃないし」
「救世主候補並か」
「魔力が強い人ならできるのかなぁ? でもこの数は異常かも」
辺り一帯に穿たれた穴を見ながら、兄妹は世間話でもするかのように話す。
「一応、後でクレアに報告しておくか」
「そうだね」
二人はそれだけを話して、まだ穴が空いていない場所を探すために歩き出した。
今日ここに二人が来たのは訓練のためだった。
恭也がなのはの訓練につき合うためだ。
魔法を覚えたなのはだが、まだそれを戦闘で使ったことがない。いきなり戦闘で使うのは危険すぎる。そのため恭也に実戦訓練の相手を頼んだ。
だが訓練する場所に問題があった。
魔法と白琴を使う以上、派手な戦闘になる。そんな戦闘を騎士団の訓練所でやる訳にはいかないし、できればなのはの白琴は人目に触れさせたくなかったのだ。
そのためこの広野を戦う場所として選んだ。
「本当はベリオさんが相手だと一番いいんだけど」
「彼女なら防御魔法があるから安心して撃てるからな」
その言葉になのはは頷く。
それに今、なのはがやろうとしていることは、防御手段をあまり持たない恭也には危険なのだ。
とは言え、それは無い物ねだりだ。
(でもやっぱり、おにーちゃんなら『あれ』もかわしそうだなぁ)
なのはは今回の訓練を真剣にやると決めている。たとえ恭也を傷つけることになったとしても。逆にそのぐらいできなければ、結局今後彼に着いていくことができなくなってしまう。
だからなのはは今回、自分の全てを見せるつもりだった。
「この辺りでいいだろう」
移動した先は見通しがよく障害物もない。適度に足場もいい。
恭也はなのはの事を考えて、この場所を選んだ。
無論、飛針という中距離と霊力での遠距離以外に攻撃手段を持たない恭也には、ここだと完全に不利となる。
しかし恭也としても、このぐらいの不利があっても魔法使いたちと戦えるようになっておきたかったのだ。
恭也はなのはから少し離れた場所に立つ。
それを確認して、なのはは手を突き出す。
「来て、白琴!」
その声とともに光が集まり、それが純白の小太刀となる。
なのはの手には、すでに慣れ親しんだ柄が握りしめられている。同時に、まるで白琴と一つになったかのような感覚があった。
それを構えながらなのはは考える。
やはり恭也を近づけさせるわけにはいかない。恭也はすでに魔法陣を防御に使えることを知っている。だからその瞬間ほぼ負けが決定する。
とはいえ霊力や暗器などの飛び道具も危険だ。
(権限は私には絶対に発動しないし……あ、元々しばらくは使っちゃだめだってレティアさんが言ってたっけ。でもあれって使う使わないって選べるのかな?)
いやいや、今はそんなことを考えてる時ではない。
(とにかく、今は隠さないと)
全ての布石をこのフィールドに隠す。
そのためになのはは魔法陣を空中に描き始めた。
「……ふっ!」
恭也は自身を追尾してきていた光線に飛針を投げつけ爆発させる。
その間にもいくつもの疑似魔法が恭也に向かってくるが、その全てをかわしていく。
恭也にとっては追尾してくる光線以外、それほどかわすのは難しいものではない。なぜならそれ以外のものは、あくまで魔法陣から一直線に伸びてくるだけだからだ。
だが、
(魔法陣を描くスピードが上がってるな)
前に戦った時よりも、なのはの魔法陣を描くスピードが格段に速くなっている。それはつまり剣を振る速度が上がっているのと、慣れてきているということだ。
そして魔法陣を描くスピードが速くなったということは、疑似魔法が飛び出てくる間隔も短くなったということ。さらに物量すら、前よりも多くなっているということになる。
こうなるとかわすことかできても、前以上に近づくのが難しい。
炎の弾をかわし、氷の槍を八景で打ち砕く。
そこから近づこうとするが、すでに正面にはなのはがいない。
飛針を何度か投げてみたが、魔法陣を防御に使われたり、白琴自体で防がれてしまう。
(しかし、魔法を使うと言っていたが、未だ使っていない)
なのはがどんな戦闘用の魔法を使えるのかは、恭也は正確には聞いていない。しかしそれでもまだ疑似魔法しか使わず、一度も魔法は使っていない。
それに違和感を覚える。
違和感はそれだけではなく、まるでこの場所全体が感じる。
魔法陣にか、それとも出現した疑似魔法にか。
……違う。
(なのは自身の動きが、何かおかしい)
疑似魔法をかわしつつも、意識の一部をなのは本人に回す。
そうすることですぐに気づいた。
なのはが白琴を振る回数と魔法陣の数が合っていない。
なぜか口元も動いている。これは何かを呟きながら剣を振っているということだ。
そしてもう一つ。
(なぜわざわざ俺の周りを動き回る?)
恭也の隙を狙っているというのならわかるが、無駄な動きが多すぎる。まるで出鱈目に魔法陣を描いているようにすら見えるし、恭也には訳のわからない所で飛び上がり、空中で魔法陣を描いたりしている。
このやり方では、せっかく魔法陣を早く描けるようになった意味がなくなってしまう。
前に戦ったなのはの方が、もっと戦い方が緻密だった。
ならば何かを狙っている。
振る回数の多い剣。
大きく動き回る身体。
呟かれている言葉。
まだ一度も使っていないはずの魔法。
(……まさか)
振っているのに現れない魔法陣と、なのはが動いた場所を考えると、まるで恭也を取り囲むようになる。
そして、呟かれているのが呪文で、すでに魔法を使っていたとしたら。
それは……。
恭也はその答えに行き着きはしたが、僅かに遅かった。
「おにーちゃん、怪我してもなのはが治すから」
いつのまにかなのはの動きが止まり、そう恭也に声をかけてきた。
そしてなのははそのまま後ろへと飛び、恭也から距離を取る。
「ディスペル!」
その言葉と共にいたる所へと現れる大小様々の魔法陣。
横も上も前も後ろも……魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣、魔法陣……。
恭也の視界全てにそれだけが広がっている。
魔法陣によって全方位、囲まれた。
「くっ!」
恭也は一瞬で状況を把握する。
この状態では全ての攻撃を避けるのは不可能と断定。
それと同時に魔法陣から疑似魔法が飛び出てくる。
だが恭也も神速を発動させる。
モノクロの世界が創り出され、全ての時が引き延ばされる。
しかしそれでも全方位に張り巡らされた全ての攻撃をかわしきるなど、やはり不可能なことだ。
恭也は集中力を高め、さらに神速を重ねる。
神速の二段がけ。
元々全ての動きが遅くなっていた世界がさらに遅くなる。
神速の二段がけは、別に自らの肉体限界をさらに上げるというものではないし、さらに移動スピードが上がるというわけでもない。
普通の神速の状態で、すでに人間の持てる最大の力を引き出している状態なのだ。そこにもう一度神速を重ねた所で、さらに肉体の限界を越えることなど不可能だ。
神速の二段がけの一番の効果。それはさらなる感覚時間の引き延ばし。
いわば見切りにある。
恭也はさらに遅くなった自らの世界で、今度は全ての攻撃を一瞬で把握していく。
神速の中では霊力を使えない。使えたとしても無意味。
なので迎撃は無理。
全ての攻撃が同一の速度ではない。ならばかわしきるのは不可能ではないという情報が脳の中に叩き込まれる。
だがそれをすれば肉体の損耗が激しくなり膝が耐えきれないし、神速を限界以上に維持しなければならない。
なのでやはり却下。
ならば穴を見つればいい。
全てをかわさずに、必要最小限の数だけを避け、この包囲網から抜け出る。
そして、次の瞬間には包囲網の中から抜け出ることができる、針の穴のような出口を恭也は見つけた。
それがわかったと同時に、恭也は身体に張り付いてくる空気をかき分けながら、いつもよりも重い体で、僅かにいつもより遅い速度で走る。
炎が飛んでくるが、それを左腕にかすらせる程度で回避。
氷の槍が……今の恭也の感覚で……ゆっくりと目の前に現れたが、柄で弾き飛ばす。
光の矢が顔面に向かってくるが、頬を裂かれながらも首を捻ってかわす。
他にも幾重に、前後左右、さらには上からも疑似魔法が飛んでくるが、体裁きでかわし、剣で弾きながら、何とか攻撃の穴へと飛び込んだ。
それと同時に神速を解除。
しかし、
「なっ!?」
その目の前になのはがいた。
罠。
幾重にも重ねられた罠。
あの攻撃でも兄ならばかわすだろうという、ある意味ではなのはが恭也を信頼していたからこその罠だ。
なのはは恭也が自らの包囲網より飛び出てきた瞬間には、用意していた魔法陣を発動。
恭也は顔を歪めなからも、このままではかわせないと、二度目の神速に入った。
同時に光の奔流が、轟音を上げながら魔法陣から飛び出てくる。
恭也はギリギリで光の奔流をかわし、なのはへと向かおうとするが、
『!?』
恭也自身、神速の中で聞こえることはないが、馬鹿なと叫んだ。
神速の領域。
恭也以外の全てが遅くなったはずの世界で、確かに僅かばかり彼よりも遅いが、それでも同じようになのはが動いていた。
それはつまり、彼女も神速を使っているという証だ。
前に戦った不破夏織を名乗る女も似たようなことをしていたが、今回の相手はなのはだ。
なぜ?
どうやって?
恭也の頭の中に次々と疑問が沸くが、それらを一瞬で封印。
今はなぜやどうやってではない、どうするかだ。
なのはとの距離は、まだ数メートル以上ある。
彼女はどう動く。
神速の領域で魔法や霊力は無意味だ。
それらの速さは現実の速度に縛られる。神速の領域では、それは遅すぎた。
相手が神速使いでなければ問題はないだろうが、恭也も神速を使っているのだから無意味。
ならばなのはは……。
なのはは一直線に恭也へと向かっていく。
そう、これが答え。
接近戦という答え以外にはない。
だがなのはが恭也を相手に近接戦闘で敵うわけがない。
そんなことなのはが一番理解しているだろう。
ならば何を狙うか。
(零距離からの魔法しかない)
実際に神速の世界では聞こえないが、なのはの口元は動いている。
狙っているのは、速度など関係のない密着距離からの魔法による攻撃。もしくは疑似魔法の発動。
それのどちらかしかない。
ならば恭也は、それをさせる前になのはを戦闘不能にするのみだ。
恭也の方も一気になのはへと駆ける。
そして峰をなのはへと向かわせようとした。
なのはが少しだけ笑った。
それは何かが成功して嬉しいとでも言いたげに。
その瞬間、恭也の本能が危険が迫っていると警報を上げた。
今までの経験から、恭也はそれを抵抗もせずに受け入れる。
ギリギリで恭也が身体を反転させたと同時に、先程まで彼の身体があった場所へ、神速の中で遅くなった雷が地面から『伸びて』きた。
地面には、役目が終わり消えかけた魔法陣。
恭也を包囲していた間に作ったのか、それとも包囲網作っていたときにはすでに描いていたのかはわからないが、それはこの瞬間のために作られた。
リコの召喚術ならともかく、なのはの魔法陣が足下に……罠としてあるなどと想像できるものではない。
恭也がその攻撃に気をとられた一瞬、神速の中では長い一瞬でなのはは恭也の胸元へと飛び込む。
しかし恭也も次の刹那でさらに集中を重ね、再び神速を重ねた。
なのはの手が恭也の腹へと伸びる。
二度の神速の二段がけで、恭也は苦悶で顔を歪めながらも、身を捻るのと同時になのはの手を掴み取った。
神速が解ける。
通常の時間の流れに戻った世界。
その瞬間に、なのはの手から火炎が放たれるが、恭也は掴み取ったなのはの手に力を入れ、上へと向かせる。
照準を狂わされた火炎は上空へと向かっていった。
そして恭也は、なのはの首に八景を向けた。
恭也の最後の動きについていけなかったのだろう、なのはは驚いた顔を浮かべていたが、すぐにふにゃりと笑った。
「あは……やっぱりおにーちゃんは……すごい……な……」
なのははそう言い残して気絶してしまった。
「……すごいのは、お前だろう?」
恭也はそんななのはを受け止め、深々とため息をついた。
なのはを抱えながら背後を振り返れば、先程の場所と同様に何十というクレーターが穿たれた地面。
「怪我をすれば治すと言っていたが……直撃したら塵も残さず死んでたな」
恭也は少し顔を引きつらせて、そう呟いた。
確かに、これの練習ならばベリオの方が適任だ。正直同じ状況なったとしても、次も抜け出せるという自信は恭也にもなかった。もっともすでにこういうことができるとわかった以上は、前もっていくらでも対処できる。
なのはも兄ならなんとかする、と恭也以上に恭也の能力を信頼していたからこそ、容赦なく本気であれを使ったのだろう。
だがあれは、あの波状攻撃が一番の特徴ではない。隠されていること自体が脅威なのだ。最後の罠のように。
そして何より、なのははほとんど無意識にやっていたようだが、彼女の行動は全て先を読んだ戦い方だった。
おそらく魔法陣を仕掛けている間も、自身でも大雑把すぎる動きだとは思っていただろう。だが恭也が気付く時間と、魔法陣を仕掛け終わる時間も自然に計算していたのだ。
戦術の練られた戦い方。ある意味、あの隠し魔法陣よりもそちらの方が脅威だ。
無意識に、自然体でやっているが故に、頭脳派タイプともまた違う。
なのはは生まれつきの、天性の策士なのだ。
「短時間でここまで強くなるとはな」
そう呟き、恭也はもう一度ため息をついた。本来なら遅すぎるのだが、元の世界に戻ったら、本気で御神流を学ばせてみようかと思いながら。
「なのは……」
「はれ? おにーちゃん?」
なのはが目を覚ませば、目の前には兄の顔があった。
いつものように無表情ではあるが、その目に心配そうな光を称えていた。
「私……」
なのはは、つい先程までの模擬戦を思い出す。
『あれ』の効果が切れた途端、頭が痛くなって、吐き気がして、全身が痛くなり、ついで立っていられなくなって、なのはは意識を失った。
それを思い出すと、先程よりはましだが、頭痛、吐き気、気怠さ、全身の痛みが再び蘇ってきた。
それに顔を顰める。
恭也もそれに気づき口を開いた。
「なのは、さっきのは二度と使うな」
「え?」
「あれは神速だな?」
「う、うん。正確には疑似神速だけど」
あれはなのはが覚えた魔法。
集中力を上げる魔法である。
ただこれの効果は、せいぜい集中力を上げて次の魔法の威力を多少上げる程度のもの。これは一般的な魔法で、日常的な場面で集中力が必要な場合にも使われる、本当にポピュラーな魔法である。
あまり使い勝手が良くないので、戦闘に使う者はほとんどいない、そんな魔法だ。
だがなのははこれをうまく使えば、自分も疑似的に神速を使えるのではないか、と考えたのだ。
なのはがフィリスから聞いた説明では、神速とは極度の集中力により、感覚時間を引き延ばし、自らスローモーション……走馬燈のような状況を作り出す。その感覚との矛盾を少しでもなくすために、肉体のリミッターが外されるというものであった。
ただ、少し集中力を上げるだけの魔法でこんなことできはしない。
そんな簡単にできてしまうものならば、御神の剣士は苦労しないし、この世界で神速の使用者が大量に現れただろう。
だからなのはは裏技を使ったのだ。
今までも何度か使った手法。
自身の極大の魔力と、召喚器・白琴から送られてくる、やはり極大な魔力を混ぜ合わせることで、さらに魔力を相乗させ、それによって魔法を発動。
これによって、元々はそれほど効果が大きくないこの魔法を、通常の数倍以上の効力で発動させたのである。
いわばなのはだからできる裏技中の裏技。
まだこの魔法は試したわけではなかったが、うまくいったのだ。
それを説明すると、恭也はため息をついた。
「確かに、それならば神速は可能かもしれない」
恭也は頷くが、それがどれだけとんでもないことなのかを理解している。
神速とは単純に集中力の問題だけではない。神速の領域にシフトする感覚というのは、それだけではどうにもならない壁がある。
実際に御神の剣士でも、どんなに剣の素質、素養があろうとも、神速に辿りつけなかった者も多かったという。
神速というのは、本人の才能も必要不可欠なものだった。
やはりこの辺りは、なのはも不破の血を色濃く継いでいるのかもしれない。
「だが、本当に二度と使うな」
「……なんで?」
回復魔法と一緒で、兄の役に立つためにと考えていた技。それを兄自身に否定されているようで、なのはは下から弱々しく恭也を見つめて問う。
「神速、というのは、なのはが思っているほど簡単なものじゃないんだ。
俺が二度膝を壊したのは知っているな?」
「うん」
「一度目は、神速の多用が大きな原因だ」
「え……」
なのはは、砕いたのは事故によるもので、壊したのは度重なる鍛錬のせいだと聞いていた。
「今のお前と同じぐらいの歳に……いや、もう少し前に、俺は神速の領域に辿り着いた。だが、早すぎたんだ」
恭也はなのはのように裏技ではなく、正当な手段で神速に辿り着いた。もっとも、魔法も知らなかった恭也だし、魔力もないのだから裏技などあろうはずもないが。
そして恭也が神速に辿り着いた年齢も、やはり異常すぎるほど幼い時であった。
御神の歴史の中でも希代の剣士であった恭也の父、士郎が貫に辿り着いたのが十三、四の時。そして神速は、その貫を通過点とした領域。
それを考えれば、どれだけ出鱈目なことか。むしろそれは才能というよりも、師がおらず、成長する順番、速度を間違えたからこそ早すぎたのだ。
「早い?」
「そうだ。そのときの俺は、まだ身体ができあがっているとは言い難かったからな。身体の方が神速に耐えられなかった」
「あ……」
それを聞いて、なのはは自分の今の状況を思い出す。
恭也は美由希を神速の領域へ辿り着かせるため、身体が悲鳴を上げているのにも関わらず、神速を多用して膝を壊した。無論、無謀な鍛錬を重ね、疲労が溜まっていたことも原因の一つではあるが、神速も大きな理由であることは間違いない。
「お前もまだ完全には身体ができあがっているとは言い難い。それどころか、なのはは御神の剣士ですらないんだ。御神の剣士は、神速を意識して身体を鍛えていく。だから負担はかかるが、普通に生きてきた人ほどではない。
さらに神速は、脳や内臓にも相当な負荷をかける。なのはの場合は魔法で無理矢理集中力を上げている分、脳への負荷が俺たちよりかかるはずだから、こちらの方が深刻だ」
なのは自身、近いことをフィリスに聞いていた。
ただそれは知識であって体験ではなかったのだ。だからこそ、恭也の力になるという想いが先行してしまい、そのことを忘れていた。
だがそれも恭也を心配させてしまっては意味がない。
「ごめん……なさい」
なのはは項垂れるようにして謝ると、恭也はどこか困ったような顔をして笑った。
「謝るようなことじゃない。なのはは俺を助けようと思って、ここまで頑張ってくれたのだろう?」
「……うん」
「なら、感謝こそすれ、怒りなどしない。ありがとう」
恭也は言いながらなのはの頭を撫でる。
「だがな、無茶はしないでくれ。なのはには俺のようになってほしくないんだ」
剣士の道を絶たれたと思った時の絶望を、恭也は今でも覚えている。いや、忘れることなどないだろう。
なのはは剣士でこそないが、それでも恭也は彼女に自身の過ちを経験してほしくない。
「うん」
なのはが頷いたのを見て、恭也は彼女の頭から手を離す。
「すまない、なのは、もう立てるか?」
恭也はなのはを抱きかかえたまま座っていた。
「え、うん」
なのはは名残惜しみつつも恭也から離れる。
すると恭也は少し息を吐いて、その場に寝転がってしまった。
「おにーちゃん?」
兄のあまり見ない行動に、なのはは不思議そうな顔をみせた。
それに恭也は苦笑で返す。
「すまん。神速の連発、それも神速二段がけを二度も使ったからな、俺も限界なんだ」
「神速の……二段がけ?」
「神速の中でさらに集中を重ねて、神速を重ねるんだ」
「おにーちゃん、そんなこともできるの?」
なのはは普通……とは言えないかもしれないが……の神速ですらこれなのだ。それを越えるものを兄は使える。
なのはからすれば、あの神速の中でまた同じ魔法を使って神速を重ねることと同義。そんなこと間違いなくなのはにはできない。
だが、それはつまり今のなのは以上に恭也は身体と精神を酷使しているということだ。
「まあ、美沙斗さんも驚いていたな。神速を重ねるなんていう馬鹿な真似をした御神の剣士はあの人も知らないらしい」
御神の剣士としては異端であった恭也の境遇だからこそ、あんな技を編み出せたのかもしれない。
そんな話を聞き終わり、なのははようやく恭也が傷だらけであることに気付いた。
慌てて恭也へと近寄り、彼に治癒魔法をかける。
まだ身体は痛いが、それよりも自身が傷つけてしまった恭也を見ていることの方がなのはには辛い。
「ありがとう」
恭也の感謝の言葉に、なのはは軽く首を振る。
「私のせいだから」
「気にするな、なのはが強くなった証だ。だから気に病むな、胸を張れ」
「うん」
傷を治すと、なのはは恭也と同じように寝転がると、彼の腕を掴んで寄り添う。
「少し、こうしていたいな」
そのなのはの言葉に、恭也は柔らかく微笑む。
そうして二人は寝転がりながら、他愛ない話をしてしばらくの時を過ごした。
あとがき
今回はなのはとの戦いになりました。
エリス「結局こっちになったんだ」
ほとんど書いてあったからねぇ。
エリス「しかしなのはが神速か」
なのはの場合は使えばまず間違いなく使用後動けなくなるという自爆技だけど。敵が集団でいる時に使ったり、神速で倒せなかったりしたら負け決定。しばらく使うことはないでしょう。
エリス「それと神速の二段がけって恭也しか使えないの?」
一応この黒衣では、神速の二段がけは美沙斗戦の時に恭也が作り出したもので、正規の御神の技ではないということになってます。他の人もできるかもしれないけど、神速の中で神速を重ねるなんていう無謀なことは誰もしなかった、もしくは思いつかなかったということに。小説版で、美沙斗が神速二段がけに驚いていたことからこういう設定にしました。
エリス「ある意味師匠がいなくて異端だから考えついたってこと?」
そんな感じ。
エリス「あと恭也が神速を覚えた年齢がなんか早すぎない? とらハ本編でも美沙斗がその歳で神速を使うのか、って言ってたぐらいなのに」
それは自分も思ったのだけど、やっぱり小説版の恭也は武者修行時代にはすでに使ってたんだよね。小説は小説、原作は原作で違うものと考えた方がいいのかもしれないけど、神速に関しては小説版に近くしました。まあ、美沙斗に膝を砕かれたわけではないけど。
エリス「とりあえずなのはの話はお終いだね」
うむ、クレアの話は一緒に送るし。
エリス「それではその話にレッツゴー」
あいあい。
エリス「それではまた次回の話で」
ではではー。
という訳で、一緒に送られてきました!
美姫 「連続で読めるのは、何よりも嬉しい事よね」
うんうん。今回のお話も良かったよ〜。
美姫 「こうなると、次も楽しみよね」
早速読まねば!
美姫 「それでは、また後ほど」