『選ばれし黒衣の救世主』
「どう思います?」
恭也は城の窓から見える光景を眺めながら、隣にいる耕介に言った。
「うーん、まあ想像通りと言えば、通りなんだけど。恭也君は?」
「俺も想像通りですかね」
恭也がそう返すと、耕介は苦笑する。
「ああ。学園での実技授業を見たりとか話を聞いたりしてたから、もしかしたらとは思っていたけど」
「あまり当たってほしくなかった想像ですが」
「まあね」
二人は会話をしながらも、眼下の光景を見続ける。
ときおり派手な音と、鋼と鋼が打ち合わせられる甲高い音が二人の所にまで響いてきていた。
「戦い方が真っ直ぐなのはかまわないんですけど」
「薫なんかも真っ直ぐな戦い方だしな」
「ええ。ですが薫さんはちゃんと自分ができることを理解して実戦を意識してますし、単純に型にはまっているというわけではないですから」
「彼らは単純に型にはまっちゃって、言われたことをやってるってだけで、理解はしてない感じだな。なんか教えてる方もそんな感じだし」
「はい」
「前途は多難かなぁ?」
肩を竦めて聞いてくる耕介に、恭也はやはり苦笑で返すしかなかった。
二人の視線の先、そこには騎士団の詰め所と訓練をするための広場が見えた。そして、そこには何人もの騎士が訓練に励んでいた。
二人はその騎士団を観察するかのように眺めているのだった。
赤の主・大河編
第十八章 準備期間と休憩時間
いつも話し合いに使われる部屋。
そこに今は恭也と耕介、クレアの三人がいた。
「で、どうだった、国騎士団は」
クレアが問うと、恭也と耕介は二人して腕を組む。
それはどこか言いづらそうな感じであった。
「思ったことをはっきり言ってくれて構わぬ」
それを聞いて、恭也と耕介は顔を見合わせた。
「正直、心許ないかな」
耕介は、少しだけ言いにくそうに口を開く。
しかしそれに恭也も頷いた。
「ふむ、どういうふうにだ?」
「全て綺麗すぎる」
「綺麗?」
「ああ。彼らはほとんど実戦経験がないのではないか?」
「それは……」
そう、恭也の言うとおり、騎士団が動くことなどほとんどない。
この世界は単一国家。国は一つしかない。そのため州での小さな諍いなどはあっても、戦争に発展することなどまずないのだ。
そしてモンスターだが、このアーグには城壁が張られている。その城壁を越えてモンスターが現れることなど、やはりまずない。
他の州などにも自警団などがあるし、駐屯地にいる者でもなければ動くことも少ない。
そもそもモンスターが活発に動きだしたのも、ここ最近のことだ。
「これは学園の教師陣にも言えたことだがな」
「そうだね」
耕介もそれに同意する。
破滅に対抗する、と言っていても、考えと実戦は大きく違う。
恭也は人と、耕介は霊障などの相手にしてきたので戦闘経験は豊富だ。だからこそ彼らが、実戦を想定していない鍛錬をしていることがよくわかった。
「教える人間に実戦経験が少ないから、それが続いてしまうのだろうな。鍛錬のときも、ほとんど足場の良いところだけを使っている」
実戦になれば、足場の悪い所で戦うこともありえるのだが、それも頭には入っていないようで、訓練に使われている広場も、石材がひかれていて足場がとても良い。
「動きも綺麗で、単調すぎるから先読みが簡単にできちゃうんだよな」
「ええ」
恭也は耕介に頷いた後、クレアの方に視線を向ける。
「そういう戦い方が悪いわけではない。ただ、そこに何の改良もないんだ。型にはまっているだけで、柔軟性が足りない」
つまる所精神的にではなく、戦い方や鍛え方が平和ボケしてしまっている。
戦う覚悟はできているのだろうが、戦闘に関しての知識の方だけがついてきていないのだ。
恭也たちの世界が平和ボケしているとリリィは言ったが、はっきり言ってしまえば、この世界の人間たちとて大差ない。
そもそも救世主候補の者たちは、ほぼ違う世界の人間。そんな彼らに頼り、押しつけている者たちが多いのもそうだし、破滅という存在の真偽はさておき、過去にあったという破滅の爪痕を知っていても、ただ論争に時間をかける政治家たちもそう。
破滅や救世主を信じている、信じていないに限らず、心のどこかで大丈夫だ、という考えがある。それは、自分がどうにかするという意味での、大丈夫ではなく、他人任せでの大丈夫。
これでは本当に恭也たちの世界と変わらない。
それでもちゃんと破滅と戦うために鍛えている学園の生徒たちや、騎士団たちはまだいいほうだろう。
それを聞いて、はっきり言っていいとは言ったが、クレアは思わずため息をついてしまった。
騎士団が皆、破滅を倒すために一丸になっているのは、クレアもよく知っている。それがうまくいっていないとは。
「まあ、個人で戦うのと団体戦はまた違う。それに戦い方が綺麗すぎても使えないわけではない」
そんなクレアに気づいてなのか、恭也はそう付け加えた。
だが恭也は本当に慰めで言っているつもりはない。
これは僅かに残る過去の戦いの記録や爪痕から考えてだが、破滅との戦いになれば、おそらくは真の意味で戦争となるだろう。
そうなれば個人だけの実力ではどうにもならない事が絶対にある。例えば圧倒的な物量の前では、どれだけ個人で優れていようとも生き残れる可能性は少なくなる。
これは救世主候補たちも変わらない。彼らも召喚器で強化されているとはいえ体力というものが存在するのだから、永遠に戦える訳でもないし、人数が少ないのだから討ち損ねが必ず出てくる。
そして団体戦であれば数による戦術で、こちらも足りないものを補えばいい。
もっとも恭也は一人や少人数での戦術は持ち合わせ、経験もしているが、騎士団規模の人員を運用しての戦術と戦略は、知識としては多少はあるものの、経験もないし、手に余るので、それほどのことは言えないが。
そのへんのことは、クレアやそれを専門にする者たちに任せるしかない。
「それはわかるのだがな」
聡いクレアだ、恭也の言いたいことは承知しているのだろう。それに頷きはするが、やはりどこかやりきれないという表情を見せていた。
「まだ完全に時間がなくなったわけじゃない。これからそのへんも考えていけばいい」
「うむ、そうだな」
どの程度の時間が残されているかはわからないが、まだ多少の時間は残されているはずだ。個人の技量を高める時間がないのなら、それを頭で補えばいい。
騎士団について色々と話してしばらくすると、クレアの付き人が部屋に訪れ、彼女に何やら大きな包みを渡して部屋を出ていった。
「恭也、これはそなたのだ」
「俺の?」
「うむ、この間言っていたものだ」
その言葉で、恭也は以前クレアに頼み事をしていたことを思い出した。
恭也はクレアからその包みを受け取り、ゆっくりと中の物を取り出した。
「小太刀と暗器かい?」
「ええ」
耕介の言う通り、包みの中から出てきたのは、小太刀二本と大量の飛針と鋼糸、小刀だった。
「前に恭也の持つ武器を借り、この世界でも再現できるか調べさせたのだ。恭也からの頼みだったのだが」
「小太刀や小刀の方はこの世界にも刀があるんで、手入れも含めてなんとかなったんですけど、飛針と鋼糸はなかなか見つからなくて、クレアに頼んだんです。結局特注で作ってもらうことになりましたけど」
「へえ」
耕介は感心しながらも、飛針を取り出して眺める。
耕介が見た感じでも、恭也が使っているものと遜色はない。
恭也も鋼糸を調べている。
極細、高摩擦のもの、太めで強度が高いもの。他にも数種類。
恭也が言ったとおりのもので、なおかつ見本として渡したものに限りなく近く再現されていた。
「恭也君」
耕介に呼びかけられて、恭也がそちらを向く。
すると耕介は少し笑って、手の中にある飛針を何度か揺らしてみせた。
それを見て、何を言いたいのか理解した恭也は頷いて返す。
それを確認して、耕介は飛針を空中に投げた。
恭也はすぐに手の中にある鋼糸を操り、空中の飛針に絡める。そしてそのまま指を動かして引っ張り、自分の手の中に移動させた。
「お見事」
それを見て、耕介は笑顔で拍手する。
「おお! すごいのぉ!」
クレアにはえらく気に入られ、同じことを何度か繰り返すことになった。
「どうだい、恭也君?」
「ええ、問題ないです」
耕介に答えた後、恭也はクレアの方へと向く。
「すまない、助かった」
「いや、私はこういうことで役立ちたいと思っているからの」
礼を言われて嬉しかったのか、クレアは笑いながら言った。
恭也は、その大量の武器を次々とコートの中にしまっていく。さらに小太刀も裏地に付けられた留め金につるす。
「よくそれだけのものが入るな」
次々としまわれていく暗器を見て、クレアは目を丸くしていた。
それに恭也は僅かに苦笑するだけ。
「しかし、小太刀を四本も持ってどうするのだ?」
クレアの言うとおり、すでに主武器となる小太刀はある。他にも紅月を貰う前に所持していた小太刀も恭也はちゃんと残している。
なのに恭也はさらに二本の小太刀をしまったのだ。
「一対一や少数を相手に戦うなら二本でかまわないのだが、集団を相手にする場合、血糊などで剣が切れなくなる。その時のためだな」
「払えばいいのではないか?」
「多くの敵と戦闘中にそんなことはしていられない。それに切れなくなる要因は血だけではないからな。だからそういうときのための予備だ」
大勢の人と戦うなら、峰で気絶させるだけで事足りるが、モンスターが相手の場合はそうもいかない。となると斬るしかない。
しかしそうすると、多くのモンスターを相手にした場合、血や脂で戦えば戦うほど切れ味がどうしても落ちるし、武器を自分から投げることも、落としてしまうことすらありえる。そういうときのために予備を用意したのだ。
もっとも、不破でも不穏組織の殲滅を行っていたときは、似たような準備をしていたらしいが。
多くの人を殺すために、多くの武器をとったのが不破なのだ。守るための御神はここまで重武装はしない。
救世主クラスにいたときは、仲間の破壊力があったのでここまで装備する必要はなかったが、今は彼らの力を当てにすることはできない。
一応、なのはにしても久遠にしても、そして耕介も、戦闘になれば救世主候補に負けないほどの破壊力を持つ技を有しているが、やはり今の状況ではそれだけを当てするわけにはいかない。
恭也自身も霊力技があるが、さすがに何度も連発しては、耕介のように制御しきれる自信がないし、霊力量自体は耕介より多くとも一撃の威力はまだまだ彼には及ばない。だから武器でそれを補うのだ。
武器と技で戦いの幅……選択肢を増やし、それを的確に選び取る。
それが本来の恭也の戦い方なのだから。
「他に必要なものはないか?」
「今の所はないが、小太刀以外は消耗が早いから、できれば予備をもう少し用意してもらえると助かる」
「うむ、わかった。耕介はどうだ?」
それに耕介は首を振る。
「俺は特にないよ。恭也君と違って太刀以外は使わないし、切れなくなるまで使ったことはないけど、その時は霊力で何とかする。たまに研いでもらえば十六夜さんも喜んでくれるから、その時は任せるから」
「そうか」
耕介の言葉にもクレアは笑って頷く。
丁度話が一段落したそのとき、またもドアがノックされ、なのはがゆっくりと部屋に入ってきた。
「クレアちゃん、おにーちゃんいる?」
恭也が座っている場所は入り口から死角になっているため、なのはは目に入ったクレアに話かける。
それにクレアが返事をしようと恭也の方を見るが、いつのまにかそこに彼がいなくなっていた。
ただその横に座っていた耕介が苦笑している姿が見える。
「クレアちゃん?」
返事が返ってこず、首を傾げながら部屋の中に入るなのは。
そのなのはの目が、背後からいきなり現れた手によって覆われた。
「はにゃにゃ!?」
いきなりの出来事に、なのはは両手を挙げて驚くが、それでも手はなのはの目を離さない。
「おにーちゃん!」
こんなことをする……イタズラしてくる人など一人しか思い浮かばないため、なのはは大声で兄のことを呼んだ。
とりあえず満足したのか、恭也はなのはの目から手を離した。
ドアがノックされる以前に気配を読み、現れたのがなのはだとわかると、クレアに気づかれないように移動。そのさい気配を消しておくことは忘れない。そしてなのはが部屋に入ってきたのと同時に背後へと回ったのだ。
「むー」
なのははイタズラっぽく笑っている恭也を下から睨む。さらにペタペタと恭也の腹を叩いた。
なのはが成長し、あまり嘘を信じてくれなくなったので、この手のイタズラが最近多くなっている。
「何度も言っただろう。油断してはいけない、と」
前までならば反論できる言葉であったが、今のなのはは戦いに身を置いている。そのために少し反論しづらい言葉なはずなのだが、彼女は笑って言った。
「普通の時におにーちゃんがいる所なら油断してもいいのです」
「む」
「おにーちゃんが守ってくれるもん」
この言葉を言われれば、恭也は何も言えなくなってしまう。
「もちろん、戦うことになったら油断はしません」
ふにゃりと笑って言うなのはに、恭也は少しだけ苦笑した。
「恭也の負けのようだな」
「みたいだね」
その光景を見ていたクレアと耕介も苦笑している。
「まったく恭也のあれはどうにかならんのか?」
この前似たようなことをされたため、クレアは可愛らしく鼻を鳴らす。
イタズラをされるということは、それだけ恭也が気を許しているということだから、別にイヤだということではないが、イタズラされる方としては言わないと気がすまないのだろう。
耕介はそれにも苦笑で返した。
「なのは」
「なに?」
「リボンが解けてる」
正確には恭也が目隠しをした時に解けたのだ。
恭也は一度なのはのリボンをほどき、再び結びなおしてやる。
「ありがとう、おにーちゃん」
実際には解けた原因が恭也なのだから、感謝する理由はないはずなのだが、そこはそれ、兄が直してくれて嬉しいのだ。
ある意味、究極のブラコンになっているなのはである。本当に今更な話ではあるが。
「なのはの髪も長くなったな」
今ではなのはのツインテールも、肩より少し下まで伸びている。切っていないのではなく、彼女自身が伸ばしているらしい。なのは曰く、フィアッセさんと同じくらいまで伸ばします、だそうだ。
その片方に触れてから、恭也はなのはの頭を撫でた。
「それで、俺に何か用があったんじゃないのか?」
「あ、うん。少し時間ある?」
とりあえず話自体は一段落している。
クレアと耕介の方を見ると、二人は笑って頷いて返してきていた。
「ああ。大丈夫だ」
それを聞いてなのはは嬉しそうに笑う。
それから恭也はなのはに連れられて部屋から出ると、今度はなのはに与えられた部屋にまで移動した。
王女の客人としてここにいるだけに、なのはに与えられた部屋もかなり広いし、調度品も高級なものだった。おそらく学園で救世主クラスに与えられている部屋よりも広いし高級だ。
「それじゃあそこの椅子に座って」
なのはに言われ、訳はわからないものの、恭也は黙って近くの椅子に座った。
「それで次はズボンを上げて。あ、右の方ね」
「ズボン?」
「うん。右膝を見せて」
「右膝って」
無論、なのはは恭也の右膝のことを知っている。
一度壊し、さらに砕けた右膝。
その傷を家族の中で一番見たことがあるのがなのはだ。
何度も恭也と一緒に風呂に入ったさいに見ているということだ。さすがに今は風呂は別だが、それでも最後に一緒に入ったのが二年ほど前だったりするから、なのはの兄好きと恭也の妹好きは筋金入りだ。
さすがにそろそろまずいだろうと思った恭也が止めさせたのだが、その時に見せたなのはの涙は今でも忘れられない。
「右膝がどうかしたのか?」
「まだ内緒」
「別に構わないが」
これが家族以外か、傷を知らない者であれば断固拒否するが、なのはならばそれほど問題はない。
ただ、
「このズボンだと脱がないといけないのだが」
鍛錬に使っている服などなら、柔らかい生地なので膝まで捲れるが、今のズボンは無理だ。動きやすいようにピッタリとしている訳ではないが、少し生地が固い。
「じゃあ脱いで」
何をしたいのかはわからないが、恭也はため息をつき、もう一度立ち上がってコートを脱ぎ、それからズボンを下ろした。
別段なのはであれば恥ずかしさも少ない。相手が美由希であったなら、今すぐ腹を裂きたくなってなっていただろうが。どちらの? とは言わぬが花である。
いくつもの刀傷が刻まれた恭也の下半身。そして右膝には周りの傷よりも目立つ大きな傷痕。
それを晒して、恭也は椅子に座り直す。
なのははすぐに恭也の傍により、膝立ちになるとその右膝に手を触れさせた。
そしてそのまま何かを呟き始めた。
しばらくすると、恭也は膝を中心に内部が暖かくなってくるのを自覚する。
「これは」
以前に那美や薫から受けた霊力による外部からの治療に似た感覚。
「魔法……か?」
「うん」
なのはは少しだけ頷いて返す。
「学園にいた時から魔法は少しずつ習ってたんだ。そのときは攻撃用とかそういう魔法ばっかりだったけど、ここに来てからは王宮に勤めてる魔法使いの人たちに治癒魔法を教えてもらってたの。
もしもの時に役に立つと思うし、おにーちゃんの膝を治すのにも、霊力の治療と一緒にやれば役に立てると思ったから」
それがよくなのはが用があると言って、話し合いなどに参加しなかった理由だ。
なのはにしかできないこと。それを探した結果がこの魔法だった。
救世主クラスにいた時は、ベリオやリコが治癒魔法を使えた。しかし今の恭也たちにはそういった肉体面でサポートできる人物が皆無だった。
だからなのはは攻撃や補助系ばかりではなく、治癒魔法もここに来てから学び始めたのだ。
もっとも一番の理由は、恭也の膝を治す協力ができるからだ。
「なのは」
なのはが自分からそういうことを習っていたのだとわかった恭也は、少し嬉しそうな顔をして、彼女の頭を撫でた。
「ありがとうな」
「えへへ」
なのはは少し照れて、顔を下げながらも笑った。
お互い笑顔になり、どこか暖かい空気を醸し出す兄妹。
そこでまたもいきなりノックの音が響いたのだが、暖かい空気に酔っているなのはは気づかず、恭也も膝の暖かみに集中していたため、珍しく気配を読めず、やはりノックの音も聞こえなかった。
ノックした人物は中から応答がないためか、ドアを開けた。
「なのはちゃーん、いない……の?」
「くぅー……ん?」
そこから現れたのは知佳と、その知佳に抱えられた久遠だった。
そして一人と一匹の目に入る恭也となのは。
それを見て、知佳と久遠は目をまん丸くした。
さてここで問題なのが、恭也が座る椅子はドアから真正面にあったということだ。
恭也はその椅子に座り、その前にはなのはが膝をついて座っている。さらに恭也はズボンを穿いていない。さらにさらになのはの顔は丁度……知佳たちから見て……恭也の股間あたり、しかも彼女は照れていて顔を俯かせていた状態。
この姿は端から……それも真正面から見たらどんな構図になるのか。
「あうあうあうあうあう!?」
「くくくくくぅーーーーーーーーん!?」
知佳も……知識だけは……大人になった。久遠はある意味一番大人。
その状態の二人を見て、知佳と久遠の脳裏に過ぎったものはなんだったのか。
「きょ、恭也君となのはちゃんが禁断の関係に!? それに恭也君はお口が好きなの!?
それとも禁断の関係だから最後の一線を越えないために!? とにかくバナナで練習するから私も混ぜて!!」
「くぅーーーーーーーん!!」
暴走を始めた知佳と何を言っているのかわからない久遠。
とりあえず知佳たちのその暴走のおかげで、ようやく恭也たちは二人の存在に気づく。
「知佳さん?」
「くーちゃん?」
恭也となのははは、彼女らにどういうふうに見られていたのかなどわからず、同時に首を傾げるのだった。
「あ、あはは、そ、そっか治癒魔法か」
「く、くぅーん」
真っ赤な一人と一匹を見て、やはり恭也となのはは首を傾げる。
すでに恭也はズボンを穿いており、先程までなぜか暴走していた知佳と久遠に今まであったことを説明していた。
とりあえずそれぞれ椅子に座り、テーブルを囲んでいる。
テーブルの上には、知佳が作ってきたチーズケーキと紅茶。
なのはの部屋に知佳が来たのは、これを一緒に食べるためだったらしい。クレアと耕介も呼びにいったらしいが、二人とも何か用事があるらしく、チーズケーキだけ渡してきた。その時恭也はなのはの部屋にいることを聞いて、ここまで来たとのことだ。
「でもなのはちゃん頑張ってるなぁ。私も魔力はそれなりにあるらしいから、習ってみようかな。うーん、でもあんまり時間もないし」
知佳はクレアと共に情報の収集に回っている。やはり過去にあった救世主についてなどだ。
すでに救世主ことはだいたいわかっている。だから彼女らがとくに力を入れて調べているのは、その救世主の敵とされている破滅についてだ。
過去でどのような戦いが起こったのかがわかれば、それだけ対策を練られる。それを調べようとすると、やはり必然的に救世主のことを調べ直すしかないのだ。
「知佳さんはここにある書物を調べてるわけですから」
王宮にある蔵書は学園の図書館に見劣りしないどころか、クレアの許可を得ているため、あの……禁書庫程ではないが……図書館以上の本が眠っている書庫に入ることができた。
それを知佳は紐解いている訳だが、その数はやはり膨大なのだ。クレアと手分けして調べてはいるが、それでも二人だけでは相当な時間がかかる。
「そうだね。とりあえずそれぞれができることをしないと」
それに恭也となのはも大きく頷く。
「でも私も戦うつもりだから」
「それは……」
「恭也君、何も真正面から戦うなんて言ってないよ。恭也君とお義兄ちゃんの援護に回るってこと」
「私と一緒ですね」
「うん。そういうこと」
すでに耕介も認めているのだから、恭也も今更戦わせないとは言わない。ただ彼女に傷でもつけさせたら、元の世界に帰ったあと真雪に殺されそうだ。
もっともそれなしにしても、恭也は知佳を守るつもりではあるが。
そこで久遠も人型となり、恭也の膝に座り直す。
「くおんも、きょうやを守る」
久遠はニコニコと笑って、恭也を下から見上げる。
それに恭也は笑ったあと、久遠の頭を撫でた。
実際、久遠が『本気』になれば、恭也でも敵わないだろう。そういう意味では心強い。
「でも今は少し休憩しよ。それに恭也君となのはちゃんの評価も聞きたいし」
そう言って、知佳はチーズケーキを掲げてみせる。
それに恭也となのはは笑顔で頷く。
こうして恭也たちのささやかな休憩が始まった。
いつか休憩などしていられなくなる。
だから、今この瞬間を楽しむために。
あとがき
というわけで今回はちょっとした裏側。というか何もなし、武器の補充となのはの魔法、それとほのぼの会話イベント、壊れ暴走知佳、という繋ぎの話でした。っていうか日常の話が書きたかった。十六夜を入れられなかったのが残念。
エリス「あんまり進んでないね。それで次回は?」
とりあえず次回はなのはの話かもしくはクレアの話。その後話を進めます。そろそろこっちでも戦闘が書きたくなってきたし。
エリス「下手の横好き」
ひどっ! しかしまあ、好きというわけではないんだけど、たまにむしょーに書きたくなる。次回がなのはの話になったら戦闘になると思うけど。
エリス「なんでなのはの話で戦闘?」
とりあえず内緒。クレアだと久しぶりにほのぼのデートみたいな感じに。
エリス「どっちにしろ、また救世主候補が出てこなさそう」
それは確実。救世主候補を出すために、話を進めてもいいんだけど、どうしよう?
エリス「私に言われても」
なのはとクレアの話なら、もうほとんどできてるんだけど。うーん、まあ少し考えよう。
エリス「とりあえず今回はここまでで」
それではまた次回でー。
いやいや、ここは一つクレアとなのはの話で!
美姫 「って、注文つけるな!」
ぶべらっ!
美姫 「バカの言う事は気にしないでくださいね〜」
……ピクピク。
美姫 「いや、口で言わないで怖いから」
ふっ、まだまだ甘いな。
美姫 「いや、何が?」
ともあれ、今回はほのぼの。暴走知佳も良かったけど。
美姫 「次回がどうなるのか楽しみに待ってますね」
うんうん、待ってます!