『選ばれし黒衣の救世主』
大河と未亜、リコの三人は鎖で封印された書を眺めていた。
しばらくして、大河は導きの書の目の前まで移動した。
「リコ、これは外しちまっていいのか？」
大河は導きの書を封印している鎖を指さしながら、リコに問う、
「それはただの鎖です……だからかまいません……」
それを聞くと、大河は意気揚々とトレイターを呼び出し、そのまま数回振るって、鎖を断ち切った。
縛めから解き放たれ、落ちようとしていた書を、横から未亜が手を伸ばして受け止めた。
「これが導きの書か」
ほっと安堵の息をこぼしながらも、未亜は導きの書を眺めて呟いた。
赤の主・大河編
第十五章 真実
二人の姿を後ろから眺めながら、リコは少しだけため息をついた。
恭也のことが心配だといのもあったが、自分の目論見が外れてしまったためだ。本当は、この書を見たときの恭也の反応が一番見たかったのだが。
だが、時間はまだあるはずだ。ゆっくりと恭也の目的などを知っていけばいい。そうして、やはりゆっくりと、だけどもっと信頼できるようになれればいい。そう自分の中で結論づけると、ある呪文を呟きはじめる。
しばらくすると二人は膝をつき、未亜は書を床に落としてしまう。
「な、なんだ？」
「お、お兄ちゃん、身体が動かないよ……」
二人が驚いた声を出していると、リコが落とした書を拾う。
「すみません……私です」
「リコさん？」
二人は驚きながらリコを見る。
「書は再封印してから元通りにします」
「な、なんでだよ！？ それがなかったら……」
「この本は……人が見てはいけないのです」
「リコさん、何を言ってるの？」
「これを見た人は……救世主となる……それは同時に未来に起こることを知るということ……」
リコの言う意味が、大河と未亜には理解できない。
「この書を見て救世主になった人たちの中で……真に救世主の使命の重さに耐えられる人は……いませんでした」
「使命の重さ？」
「みんなその使命の重さに耐えきれずに……自ら命を絶って逝きました」
「なんだよ、それ……」
そんな話はまったく伝わっていない。
救世主は破滅から世界を救う、そう伝わっていたはずだった。
訳もわからず、大河と未亜は呆然とするしかなかった。
「だから……」
「だから貴方は新しい救世主を選ぶことを止めてしまったのよね」
リコが続きを漏らす前に、そこに三人以外の声が響いてくる。
「イムニティ！？」
リコが部屋の中央を睨む。
そこに魔法陣が現れ、空間が歪み、一人の少女が現れる。
そこに現れたのは、リコと双子のようにそっくりな少女。
髪の色や服の違いがなければ、見分けるのが難しいほどに似ている。
「お久しぶりね、オルタラ」
少女は妖艶に笑った。
「おにーちゃん……」
なのははベッドの中で眠り続ける恭也を呼びかけた。
そこは恭也の部屋、なのはの他にも耕介たちが心配そうに恭也を見ていた。
逆召喚されたとほぼ同時になのはは目を覚ました。そして、横で眠っている恭也に気づき、先ほどのことを思い出した。すぐに学園に飛び込んで、働いているはずの耕介と知佳を助けとして呼びにいった。
本当なら、ミュリエルや他の救世主候補たちに連絡をとるべきだったのかもしれないが、無我夢中だったため、同じ世界の二人に頼ってしまったのだ。
召喚の塔爆破の件で、食堂も休みになってしまい、部屋にいた二人の前に急に現れたのにも係わらず、すぐに二人は動いてくれた。
知佳が軽い診察をして、耕介が恭也を背負って医務室に運んだのだ。
同じく傷の治療ために医務室にいたリリィたちも驚いていた。
とりあえず、意識を失っているだけで命の別状はないと診断を受けた。
そして、まだ治療を受けているリリィたちがいて、狭くなってしまっている医務室ではなく、この屋根裏部屋のベッドで恭也を眠らせることにしたのだ。
なのはは今まであったことを知佳たちに話す。
「そっか、そんなことがあったんだ」
「でも、とくにかく二人とも無事でよかったよ」
「恭也様も怪我はないようですし」
「くぅーん」
知佳たちはどこか安堵したように言う。
なのはは、恭也が頭から血を流していたのを見たが、それも地上に戻ったときにはなかった。おそらくリコが治療したのだろう。
「耕介様、誰かがこの部屋に来るようです」
突然十六夜がそう言葉をかけた。
「救世主クラスの人かな」
恭也のお見舞いに来た可能性が一番高いと思い、知佳は呟いた。
「とりあえず、私は戻りますね」
「はい」
十六夜が刀に戻ってしばらくすると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
一応はもう一人部屋の主である耕介がノックに応えると、ゆっくりとドアは開かれた。その先にいたのは、救世主候補たちでも教師陣でもなかった。
少し大きい帽子をかぶった少女。
「ク、クレアさん！？」
ドアから入ってきた少女を見て、なのはは思わず驚きの声を上げた。
そう、入ってきたのは、あの時以来姿を見ることがなかったクレアだった。
「うむ、久しぶりだな、なのは」
驚くなのはを見ながらも、クレアは少しだけ笑って、平然とそう返してきた。
「クレアって、もしかして……」
耕介たちも、なのはが召喚器を手に入れた時のことを詳しく聞いているので、彼女の名前も聞いたことがあった。
「どうしてクレアさんが」
本来ならば現れるわけのない人物を見て驚いていたが、何とか平常心を取り戻し、なのはは聞いた。
それにクレアは鷹揚に頷く。
「なに、召喚の塔が爆破されたという連絡を受けてな、大急ぎで学園に来たのだ。もっとも来たら来たで、今度は救世主候補たちが何人も怪我をしたというではないか、恭也もまた怪我をして、部屋に運ばれたと聞いたのでな、見舞いに来たのだ」
「クレアちゃん、あなた一体……」
今の説明で、知佳はいくつもおかしいところに気づいたのだろう、目を細めて聞いた。
だが、クレアは苦笑するだけで答えない。
「あ、あの、クレアさん、また学園に入ってきていいんですか？」
なのはは知佳の言葉の意味は理解できず、そう聞いた。
「問題ない。あの時とてミュリエルの許可は得ていた」
幼い少女の口から、学園長の名前が出てきて、なのはと耕介が驚いた顔をみせる。
「それって……」
知佳が再び何かを問おうとした時だった。
「うっ……こ……こは？」
ベッドで眠っていた恭也が目を開けて、頭に手を置きながら上半身を起こしたのだ。
「おにーちゃん！」
すぐになのは恭也に縋り付く。
「なのは……？」
まだ意識がはっきりしないのか、恭也は頭を降った。
「守護者は……大河たちはどうした？」
すぐに先ほどのことを思い出したのか、恭也はゆっくりと聞いた。
「わかんない。だけど、リコさんが私たちを地上に送ってくれたんだと思うから無事だと思う」
「そうか……なのはは怪我はないか？」
「うん。おにーちゃんが守ってくれたから」
その言葉に恭也は少しだけ笑ったあと、なのはの頭を優しく撫でた。
「まったく、人の心配ばかりしておらんで、少しは自分の心配をせぬか」
二人の様子をしばらく眺めていたクレアだったが、ため息をつきながらそんなことを言う。
その言葉で、珍しく恭也が驚いた表情を浮かべる。やはり目覚めたばかりなのか、それとも大河たちやなのはのことばかり考えていたせいなのか、クレア……だけでなく耕介たちがいたことにも気づいていなかったのだろう。
「クレア？」
「うむ。怪我をしたそうだが、大事ないか？」
「ああ、大事ない」
クレアに答えた後、恭也はなのはに視線で、どうなってる？ と告げる。
とりあえず、なのはと耕介たちで今まであったことを説明した。
「そうか、だが結局、どうしてクレアがここにいるんだ？」
「だから見舞いに来たと言っておろう」
「いや、そういうことではなくてだな」
恭也の部屋にいる理由ではなく、学園にいる理由が聞きたいのだ。
「ふむ、まあ、そろそろよかろう」
クレアはそんなことを呟いて、何かを語ろうとする。
だが、それを遮るように、部屋の中央に紅い本が唐突に現れた。
「紅の書？」
さすがに、恭也は慣れたのか呟く。
なのはたちも二度目であるので、それほどの驚きはなかった。だがクレアのみが驚いた顔でいきなり現れた紅い本を見つめていた。
紅の書は輝いた後、人の形を取る。
「マスター」
「レティアか」
突如レティアが現れても、やはり今更驚くことではない。
「色々とあったところごめんなさい。話があるの」
「それはかまわないが」
ここには関係のない者もいる、と告げようとしたが、レティアはその前に口を開く。
「ええ、だから、少し場所を移動するわよ」
そのレティアの言葉と同時に、床に巨大な魔法陣が描かれる。
恭也たちが何かを言う暇もなく、召喚陣は輝き、その光が部屋にいた者たちを飲み込んでいった。
そして光が消えた後、部屋には誰も残っていなかった。
「っぅ……」
大河はトレイターを剣の形態にして、それを杖代わりに何とか立っていた。
後ろには、疲労の色が見える未亜とリコ。前方には、それほど怪我も疲労も見えないイムニティが、どこか楽しそうに笑っている。
あの後、リコが赤の精とか、イムニティが白の精とか、大河からすれば訳のわからない会話がなされ、そしてイムニティと戦うことになったのだが。
イムニティはかなり戦いににくかった。
リコのあの強力な魔法もほとんど効かない上に、イムニティは執拗に未亜へと攻撃を仕掛けてきていた。それはどこか苛立たしげに。
大河はそれを庇ったりしていたために、余計な体力を使い、傷を増やした。
（恭也ならもっとうまくやるんだろうけどな……）
すでに戦線離脱してしまった男を思い出す。
彼ならば、未亜が攻撃されようと、守りながら攻撃をし、自らも傷つかないような戦い方をするのだろう、と心の中で苦笑する。
「お、お兄ちゃん、大丈夫？」
「ああ。大丈夫だ」
妹に心配はかけられないと、大河は剣を構え直した。
「ふふ、がんばるわね。でも、主を得た私の敵じゃないわ」
そう笑いながらも、イムニティは目だけ苛立たしげに未亜を見た。
それに未亜は一歩退いてしまう。
「本当に今回はイレギュラーが多すぎるわ。予定が狂ってばっかりよ」
イムニティは鼻を鳴らして、そう呟いた。
その間に、リコが大河と未亜に小さい声で話しかける。
「大河さん、このままでは押し負けます。一度退きましょう」
「退くって言ってもよ」
「どうやって……」
リコの言う通りなのはわかる。
これまでの戦闘で、未亜にしても大河にしても体力的に限界。その上、大河は未亜を庇ってボロボロの状態だ。
リコは表面上疲れを見せていないが、本当はどうなのかわからない。まだ余裕があったのだとしても、彼女の強力な魔法もイムニティに効果がない。となると、直接攻撃の要である大河が何とかしなければならないのだが、怪我と疲れで機動力を失っている。
未亜も疲れは隠せない。なんと言っても彼女は地下を往復して、また戻ってきている。いくら召喚器を持っていたとしても体力的に限界だ。
このままではジリ貧なのは間違いなかった。
「私に考えがあります、少しの間だけ時間稼ぎをお願いします」
「……わかった」
大河はイムニティに気づかれないよう、微かに頷いてから前に向き直った。
直接戦闘になれば危ない。ならば口で時間を稼がなければ。
「へっ、さっきから大口叩いている割には、俺たちに決定打が打てないみたいじゃないか？」
「なんですって？」
大河の軽口にイムニティは顔を顰めさせた。
「それも未亜だけを狙って、っていう何とも悪質って言うか……あ、いや悪い、戦術ってやつか？ 狙いやすいやつから狙うっていう。ま、そうでもしないと俺たちには勝てるわけねぇからな」
「あなた……！」
イムニティの顔が怒気に染まる。
その間に大河は未亜に目を合わせると、彼女は頷いて、リコを隠すようにして目の前に立った。
「ふ、ふふ、いいわ。なら、まとめて逝かせてあげる……ハムスィーン、ハムスィーン……」
イムニティは呪文を唱え始めると同時に、未亜は一瞬で矢を番え、すぐさま射る。
「っ！」
それをイムニティは呪文の詠唱を取りやめて腕で弾いた。
「おっと、呪文が途絶えたな、最初からやり直しかぁ？」
「くっ」
イムニティが忌々しげに顔を歪める。
「……エロヒーム、エロヒーム……」
そして、未亜の後ろから聞こえてくるイムニティ以外の呪文。
「まさか……っ、ハムスィーン、ハムスィーン……」
響いてきたリコの呪文がなんであるのか理解したのか、イムニティが再び呪文を唱え始める。
未亜もそれを止めるために矢を放つが、イムニティは今度は集中力を失わせずに、呪文を詠唱しながらも矢を弾き続けた。
だが、間違いなくその発動は……
「カヤム レヴァ ハシュカナー！」
「エヴェット フルバン！」
リコの方が早かった。
雷が落ちるよりも早く、三人の姿が消えていく。
そして、雷が落ちたあとの部屋に、イムニティだけが残されたのだった。
「それが……救世主伝説の真実だというのか？」
クレアが呆然と呟く。
今、恭也たちがいるのは、宇宙空間のように真っ暗な闇の世界。
レティアの話だと、彼女が創り出した新たな世界だという。
その世界で、クレアを含めた全員が、レティアから救世主伝説の真実を聞いたのだ。だがそれは絶望の詰まった話でもあった。
とくにこの世界の住人であるクレアにとっては、本当の絶望であったのだろう。
「そう、これが真実。もちろん信じる信じないは自由だけどね」
レティアはどこか苛立たしげに言う。
「信じたくはないけど……でも、その話なら色々と矛盾とか謎が解決しちゃうんだよね」
知佳はどこか青い顔でそう言った。
いや、青い顔をしているのは彼女に限ったことではない。なのはも同じだし、クレアも信じられないとばかりに呆然としている。
なんとか表面上とはいえ冷静に保っていられているのは、恭也と耕介だけだった。
「長い歴史で伝承が歪んでいった……いや、元々歪ませるために千年間というサイクルだったのか？」
「マスターの言う通りだと思うわよ」
人は正確に昔のことを伝えることはできない。とくに文明が発展した際に破滅が現れ、それまでに発展した技術が失われてしまうこの世界では尚更だ。
「でも、そんなの相手にどうすればいいんだ？」
耕介も目を細めて呟いた。
レティアが告げた本当の黒幕……破滅を操る者……。
普通の人間にはどうしようない相手。
「破滅をなくしたいのなら、この世界を創ったモノと戦えってことなの……？」
なのはの声を震わせた言葉に、レティアは首を振った。
「あいつに世界を創る力なんかないわよ」
「え？」
「あいつに与えられたのは『管理』の権限だけ。その権限に従って、作り替えることはできても、新たな世界を創ることなんてできないわ」
そのレティアの言葉に一同が目を見開く。
それもそのはずである。破滅を操る者には世界は創れない。ならば、ここに新たな世界を創り出した彼女は何者なのか、ということになってしまう。
「信仰心があるんでしょうけど、上下と順番が逆になってるのよね」
そう言いながら、レティアはなぜかため息を漏らした。
「まあ、そのへんのことは後にしましょう。他に救世主についての質問はある？」
気を取り直すようにしてレティアが聞いたが、真実の重みのせいか、誰も何も言えなかった。
それにレティアは再びため息をつく。
だが、そこに冷静な声が飛ぶ。
「レティア、もう救世主のことはいい」
「え？」
恭也が腕を組みながら言った言葉に、レティアも含めて他の者たちが驚きの声を上げた。
「別に俺たちを怯えさせたくて真実を話したわけではなかろう？ ならばそれに対抗する方法も俺たちの中にあるはずだ」
「さすがはマスター、話が早いわね」
レティアは何度か嬉しそうに頷く。
「答えはマスターよ」
「俺？」
レティアの返答に、恭也は不思議そうな顔をとる。
「恭也君が戦わなくちゃいけない相手って……まさか！？」
たったそれだけの答えだけで、レティアの言いたいことがわかったのか、知佳は叫んだ。
だが、知佳の叫び他の者たちも、ある可能性に気づき、驚きの声を上げる。
なぜなら、その相手は本来ただの人間が敵うべき相手ではないから。
「そういうこと、それがマスターの役目……この世でただ一人だけに与えられた権限。それが絶望の中にあるただ一つの希望よ」
だが、レティアは笑いながらそう言った。
そして、彼女はもう一つの真実を語りだした。
この世に残された希望を。
リコは大河と未亜をつれて次元の狭間へと逃れた。
そして、話してもいいこと、話せることは二人に話した。
二人はやはり困惑しているようだ。
それもそうだろう。リコの話した真実の一端は、現在、世界に伝えられている伝承とは違いすぎる。
それでも大河は、持ち前の明るさというか、軽さというか、深刻には考えていないようだった。逆に未亜は怖々としている。
「でも、これからどうしよう。ここから出るには、あの場所に戻るしかないんだよね？」
未亜が、この降着状態をどうするのかを問いかけてくる。
「だな、あっちにはあのイムニティもいるだろうし」
「まずは逃れること、だったのでアンカーを描く暇がありませんでした。ごめんなさい」
リコが頭を下げると、未亜は慌てたように手を振る。
「あ、別にリコさんのせいじゃないんだから」
「そうだぜ。けどイムニティを倒さないと出られないのも確かなんだよな」
そこでピタリと会話が止まってしまう。
イムニティを倒す。これが今は一番難しいことだった。
そこで大河が深く何かを考えたあとに口を開いた。
「なあ、リコの主って言うのに、俺はなれないか？」
「大河さん！？」
「お兄ちゃん！？」
大河の言葉に、リコと未亜は驚きの声を上げた。
その二人を見て、大河は別に自分が救世主になりたいわけじゃない、と付け加えた。
確かに大河の言うとおり、彼が赤の主となれば、リコは本来の力の全てを使えるようになるし、力が回復するようにもなる。イムニティがどんな人間を主にしたのかはわからないが、あの場に主はいない。主を得たリコと主となった大河、さらに未亜もいれば撃退は可能だろう。
だが、万が一でもイムニティかその主を倒してしまえば、大河が救世主となってしまう。
それは避けないといけない。
もし相手が未亜でも同じ事だ。
リコ自身は、大河ならいいと思っている。
彼は優しい心を持っている……赤の主に相応しい心を。
（だけど……）
心の奥底で、リコは他の人を主にしたいと思っていたことに今更ながら気づいたのだ。
頭の中に浮かぶのは、双剣を持つ黒衣の青年。
彼が召喚器をその身に宿していることをリコは知っていた。だからこそ、心のどこかでそれを召喚し、自らの主になってはくれないか、と思っていたのだ。
主を決めてはならない、という相反した気持ちを持ってしまっていた。
同時に大河ならばかまわないと思う自分もいる。
だが、大河を主にしても、その先に自分は恭也を見てしまいそうで怖かった。
だけど、それ以上に……さらに恭也の先に……あの人を見てしまっているのではないかという恐れがあった。
顔も思い出せもしない、だけど本当に暖かくて、書の精霊の自分を人間として見てくれたあの人を……大河の先に……さらに恭也の先に見てしまうのはないか……見ているのではないか、と。
（私はどうすれば……）
それは間違いなくリコの心だった。
心の迷いだった。
『おまえは心を持っている。だからおまえは自由に……自分の思うとおりに生きていいんだ。たとえ主が否であると言っても、おまえの中で是ならば、それを貫き通せ。後で後悔しないようにな』
思い出せる言葉の一つ。
名前も顔も覚えていないのに、思い出させる言葉。
（私の思うとおりに……）
まだ自分は死ぬわけにはいかない。
その時点で、救世主は決まってしまう……それは赤の精としての許容できない。
そして、自分は死にたくない。
まだ、恭也や大河たちのそばにいたい……それがリコ・リスとしての心。
そのどちらも、彼女にとって大きいものだった。
「大河さん……」
「ああ」
「私と契約していただけますか？」
「……リコはいいのか、俺で？」
正直に言えば、まだ迷いはある。
まだ恭也を主にしたいという想いがある。
恭也は召喚器を呼び出した。ならば、自分と契約する資格を持ち得たことになる。
もし、この場にいたのが恭也だったならば、迷いはしなかったのかもしれない。
この状況を抜け出す手段として主を選ぼうとしているのではないか、という気持ちもある。
だけど、それ以外に方法はなくて……しかし、自分の立場、気持ちとしても否はない。
「はい」
後悔しないように……後悔するのだとしても、それは自分が選択したことであるならば……。
「わかった」
大河は深々と頷いた。
未亜は何か言いたそうであったが、結局何も言うことはなかった。
彼女の存在にも、リコは助けられていた。
男である大河となら、精霊との完全なる一致も可能ではあるが、未亜がいるおかげでそれはできない。
それにホッとしているのは、やはりまだ迷いがある証拠なのだろう。
「では、当真大河さん……」
そして、リコと大河は契約をかわした。
それは口頭での簡単な契約。
だけどそれでも効果はあるのだ。
今はこれでいい。
いつか、自分が何かしらを選択しなければならないときが必ずくるだろうが、今はまだ……この新たに自分の主となった人と……あの人の笑顔が見ていたい。
世界すら隔てた二つの場所で真実は語られた。
片方は全ての真実と、たった一つの希望を。
もう片方は仮初めの真実と 一人の精霊の少女が選択を。
それはほんの少しの違いだった。
それはほんの少しでしかなかったはずのズレだった。
だが、このとき確実に彼らの道は別たれた。
わずかの違いとズレは、すでに修正の効かないほど広がってしまっていた。
その別たれた道が彼らにどんな結果をもたらすのか……それはまだ……神すらもわからない。
あとがき
うん、真実とかいうタイトルなのに全然真実が語られてない。
エリス「だから、自分で言うな！」
ぐほっ！
エリス「ちゃんと説明いれないでどうするの！？ その上戦闘や他にも色々まで飛ばしまくって！」
いや、物語の核心だからまだ語れないんだよぉ。だから濁しまくったのです。話に関しても飛ばしまくってしまったけど、勘弁してください。リコや大河たち方面の方は恭也編でだいたい語ったので削りました。
エリス「はあ、確かに全部を語るには早いけど」
さらに恭也編よりも早く語るわけにはいかない。まあ、それでも重要な単語はポロポロと入れておいたけど。
エリス「とにかく、こっちも赤の主が決まったわけだね」
その通りです。
エリス「やけにイムニティが強いように表現されてるけど」
まあ、それだけ有能な人と契約したんでしょう。
エリス「とりあえず、こっちも本当の始まりって感じかな？」
そだね。だけど、こちらで一番重要なのはリコの揺れる恋心！
エリス「マスターとして大河を見ても、その先に恭也を求めそう、だけどさらにその先に初恋の人を見てしまいそうってところ？」
そのとおり、恭也編だとレティアとの絡みでそのへん省略してるし。まあ、恭也編だと別にかまわないというのもあるんだが。
エリス「そのへんが重要な部分でもある、と」
そうです。まあ、彼女自身が精神を司る精霊だからねぇ、忠誠心と恋心は別物でしょう、心って難しいな、と。特に今までは女性の主だけだったわけだから。そのへんをうまく書きたいかな。
エリス「それじゃあとっとと続きを書く」
そうなんだけど、新しいパソ買って、デュエルをもう一度インストールしたんだけど、セーブデータがないから一からやりなおしてる。
エリス「デスティニーがあるでしょ」
あっちはセーブ数の限界が少なくて、重要なところをセーブすると足りなくなるんだよ。あと設定とプロットも書き直してるし。
エリス「もう、とにかく早く！」
わ、わかりました。
エリス「それではまた」
それではー。
それぞれに語られる真実。
美姫 「でも、その内容には若干の違いが」
少女の想いと決断を余所に、運命の歯車が狂い出す。
美姫 「って、一体どうなるのか本当に楽しみよね」
滅茶苦茶、続きが気になるな。
美姫 「恭也編も楽しみだけれど、こっちはこっちで楽しみだわ」
次回も楽しみに待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」