『選ばれし黒衣の救世主』






 



戦闘訓練が終わり、いつものごとく地に伏せてへばっている大河。
 その目の前では、やはりいつもごとく平然と小太刀を鞘に戻す恭也。
大河は何とか息を整えて立ち上がる。
 この頃は力も加減できるようになり、体力もついてきて、戦闘訓練が終わってもいつまでも倒れているということはなくなっていた。
 だがそれでも……

「だからお前はどういう体力してんだよ」
「何事も慣れだと言っただろう」

やはり微妙に答えになっていない。

「呼吸方も教えたはずだぞ?」
「あんまりうまくいかねぇ」
「それも慣れだ」

その答えに大河はため息をついた後、背後にあった木に突き刺さっていた飛針を抜いて、恭也に渡す。
それに礼を言って、恭也は飛針をコートの中にしまう。

「前から思ってたけどよ、お前のコートってどうなってんだ?」
「色々と武器が隠せるように細工がしてある」
「やっぱ特注で作ってもらったのか?」
「たぶんな」
「たぶん?」

その言い方に、大河は首を傾げた。
 つまりそのコートは、恭也が買ったというわけではないということだ。

「叔母に貰ったんだ。だから正確な値段などはわからんぞ」
「叔母、ねぇ。やっぱ恭也と同じ?」
「ああ。御神流だ」

事も無げに恭也は頷く。
 それに大河は眉を寄せた。

「やっぱ恭也と同じぐらい強いのか?」
「馬鹿を言うな。あの人は俺よりもずっと上だ」
「んなっ!?」

やはり事も無げに言った恭也に、大河は目を見開いて驚く。
恭也はすでのその叔母から、自分ではもう勝てない、とまで言われたのだが、彼自身はそんな気はしていないのだ。
技術、戦闘経験、他にも色々とまだあの人には勝てない、と。

「お前よりも強いのかよ」
「ああ」
「似たようなヤツがいても、お前が最強だと思ってた」

その言葉を聞いて、恭也は顔を顰めた。
この戦闘訓練で、大河は少々恭也を過大評価し始めている。
実際には恭也と大河にそれほどの差はない……というよりも、身体能力だけの面で言えばほとんど大河の方が上なのだから、少しでもうまく戦えれば大河の方が上をいけるのだ。ただ戦う場所の有利や経験で恭也が勝っているだけだ。

「漫画じゃないんだ。この世に最強なんて者はいない」
「いない?」
「当たり前だ。本当にこの世全ての者と戦った人間などいない。どんなに強い者でも天敵はいるし、戦い方次第では、弱い者が強い者に勝つこともできる。救世主とて、破れる時は破れるだろう。
 真の意味で最強になりたければ、この世全ての者とでも戦わなければ証明できん。実際最強と呼ばれている人がいたとしても、それはあくまで称号のようなものでしかない。やはり負ける時は負ける」

真実の意味で最強の人間はいないのだ。
 能力の全てを計って数値化できたとして、その数の全てが高いものでも、低い者に負けることはある。
最強とは、それ以外に表すことができない時にのみ使われるだけのあくまで言葉にすぎない。

「そんなもんか」

大河もやはり最強という言葉に憧れるものがあるのだろう。その憧れを恭也に投影してしまっているのかもしれない。

「過度になりすぎなければ、戦闘中自身は最強だと思いこむことは悪いことではないがな」
「あん?」

やはり恭也の言う意味が理解できないらしく、大河は首を傾げる。

「自分は強い、自分は最強だ、だから目の前の敵とて勝てないはずがない、と思いこむことだ。そうすることで本来の自分よりも強い自分を想像し、己の限界を越えさせてくれることもある」
「自己暗示ってやつか?」
「そうだ。
だがやはりこの世には、言葉通りに最強という存在はいないだろうな。証明したとしても、その時にはその最強の存在以外はいなくなってる」

だが辿り着けない場所であるからこそ、戦う者たちはそこを目指すのかもしれないが。
大河はそれらの言葉を聞いて何かを考えていたが、不意に顔を上げた。

「それでその人もそんなに武器を隠し持ってるのか?」
「同じぐらいには持っているはずだ」
「そんなに武器持ってどうするんだよ?」

 大河のその質問に、恭也は少し考える仕草をとった。
 そういえばまだ教えていなかった。
大河の武器は変化するのだから、この事は教えておくべきだろう。

「武器とは、俺たちにとっては選択肢だからだ」

恭也は八景の柄に手を当てながらそう言った。
 




外伝二 

戦う者の選択肢





その日、美沙斗が高町家に帰ってきていた。
 正確に言えば、すでに四日ほど滞在している。
その美沙斗は今、恭也と共に縁側で茶を啜っていた。

「美由希は……また強くなったね」
「はい」

どこか嬉しそうに言う美沙斗に、恭也はやはりどこか嬉しそうに頷いて返した。
この四日間、美沙斗も恭也たちの鍛錬に加わっていた。そのため美由希がどれだけ成長したのかわかったのだろう。

「恭也も、また強くなった」
「いえ、俺なんて」

美由希と違い、すでに成長の限界が見えてしまっている自分など、そう大した変化はないだろうと、恭也は首を振った。
 それに美沙斗は苦笑してみせたが、すぐに真面目な表情をみせた。

「今日は恭也に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいことですか?」
「ああ」

美沙斗は少し考えてから、再び口を開く。

「そうだね、例えば夜、翠屋から家に帰る途中で襲撃されたとしよう」
「はあ」
「相手は美由希と同等の使い手だ。それを恭也は撃退できるかい? 翠屋からの帰り道だから、武器は今持っているものと同じでだ」

 今の恭也の武器は合計十二本の飛針。五番の鋼糸。小刀が四本。
 相手は美由希と同等。
 無論、相手の武器や体つきなどで、いくらでも変わってしまうものではあるが、それでも……。

「無理ですね」

恭也はすぐにそう返した。
おそらく持てる武器を使い、牽制して逃走は可能だろうが、撃退は無理だ。

「そうだろうね。私も無理だ」

 それだけ美由希は強くなった。
 小太刀があれば、二人ともまだまだ負けてやるわけにはいかないが、それがなければ倒しきるのは難しい。
故に、美由希と同等と仮定するなら、撃退するのは難しい。

「でも、本当にそういうことになったらどうする? あらゆる可能性を考慮して考えてみるといい」

 あらゆる可能性を考える。
 まず先程上げた逃走はできるということ。これは却下だ。
 なぜなら敵の狙いがわからない。
 恭也が狙われるということ……今の時点でもありえないとは言えない。
 龍が御神の生き残りである恭也たちを狙ってくる可能性を捨てきることはできないし、御神に恨みを持つ者が襲いかかってくるかもしれない。もしくは今の仕事の関係で、恭也を恨んでいる者だっているかもしれない。
だから相手が何の目的で襲ってくるのかを知らなくてはならない。でなければ、逃走した後で家族が狙われる可能性とてあるのだ。だからできるなら捕縛し、理由を聞き出したい。
恭也はなんとなく、美沙斗が何を言いたいのかわかった。
確かにこう考えると、今自分が襲撃された場合、武器を持っていなくとも確実に捕縛、最悪でも撃退しなければならない。
 でなければ家族が危険な目に合う可能性がある。
美由希と同程度の戦闘者も確かにいて、そして同時に恭也よりも強い者も絶対にいる。
そう考えて、恭也はさらに脳内でシミュレートしていく。
 
 家に誰か居たら巻き込むことになる。
では他にどうするか、できれば……かなり難しいだろうが……逃げつつも美由希に電話して武器を持ってきてもらう、なんてことはしない。電話ができれば、絶対にこさせず、身内や関係者を一カ所に集めさせ、護衛させる。
その後……。

「まず距離を一定に保って逃げます」
「引きつけるんだね」
「ええ。できれば俺たちが夜間鍛錬している森まで」
 
 武器がそう多くない状態できることは少ない。
 ならば……。

「地の利か」
「ええ」
 
 夜間のあの場所なら、地の利は完全に恭也に分がある。
 自分に有利な状況へと持っていくのだ。

「だけどそれだとそこに行くまでの間、牽制にいくらか武器を消費するよ」

 そう、その通りだ。
恭也も考えなかったわけではない。
 元々少ない武器が、牽制、防御などに間に間違いなく消費される。
 おそらく飛針は半分はなくなっているだろうし、小刀も消費するかもしれない。もしかしたら、逃げるために使用した鋼糸とて使用できなくなる可能性がある。
地の利を得るために武器をなくす。
 地の利を取るか、武器を取るか。
 恭也は地の利を取ったということだ。
今の武器だけでは、撃退は不可能だと考えている。ならば他のもので補うしかない、と。

「ええ、おそらくは半分はなくなっているでしょう」

 どれだけなくなっているかは相手にもよるし、正確にはわからないが、だいたい半分消費したとしよう。
 残りが飛針六本、小刀が……一応二本ということにする。そして太めの鋼糸が一本。
 地の利を手に入れたとしても、それでもきついだろう。

「できれば引きつけている間に、相手の特徴を掴んでおきたいですね」

 相手の動きや、その特徴を少しでも観察すれば戦う時に有利となる。
それに美沙斗も頷く。
だがここからが本番。
 ただ相手が仮定の相手であるため、美由希と同等……つまり、美由希と良い勝負ができるほどの相手という情報しか持ち合わせていないので、一番重要な戦闘のシミュレートは難しい。
単純に自分に何ができるのかを考える。
まず格闘術。正直これは相手の武器、間合いや技量などでかなり攻撃手段が限定されるので、正確には計れない。だが確実な武器だ。
次に飛針。一応六本残っていると仮定している。だがこれは決定的な攻撃手段にはなり得ない。なぜなら頭部や首、心臓部にでも直撃させなければ、これで相手を倒しきるのは無理だし、できれば捕縛したいからだ。これはあくまで牽制や戦術のためだけに用いるべきだろう。
鋼糸も太めの物だけなので、飛針と同じく攻撃補助に徹するべきだ。
 最後に小刀。やはりこれが主武装となる。とはいえ、小刀は小太刀と全く同じようには扱えない。刃渡りが短いし、何より脆い。恭也の技と相手の攻撃に耐えきれるのは僅かな間でしかないだろう。それが二本。

「やはり、残された武器だけではきついですね」
「だろうね」

 おそらく美沙斗も同じようなシミュレートを頭の中でしているのだろう、苦笑が漏れていた。
そうなると地の利。
 あの森は木という遮蔽物も多いし、足場も悪い。そのへんをうまく使うしかない。残っている武器を使っても、罠を張るのも少し難しい。
もしくは木の枝を武器として使ってもいいだろう。
残るは神速。
 だが、美由希と対等に戦うと仮定するなら、それにも対応しかねないという相手かもしれない、ということだ。

「正直相手次第ですが、木などをうまく使って戦うのと、やはり決め手が神速になってしまいます」

美沙斗もそれに頷く。

「私たちも小太刀がなければそんなところだ」
「ええ」

確かに恭也たちは小太刀がなくても戦えるし、他の武器をとってもいい。だがそれでも、一番得意とする得物は小太刀なのだ。
 それなりの戦闘者を相手にした場合、その得物がなければ致命的だ。

「ただ相手は一人とは限らないし、何人かで来ていて、恭也の縁者を狙っているかもしれない」
 
 そう、忘れてはいけない。恭也たちが狙われる理由は確かにあるのだ。

「その時恭也は最速で敵を倒し、他の人たちを守りに行かなければいけないだろう?」

 自分が狙われた場合は、すぐに他の者たちの元へ駆けつけなければならない。
 その場合、相手を誘い込むなどということはしていられない。だが、今所持する武器ではそれが限界。
 美沙斗は苦笑しながら、どこからか飛針を取り出した。

「普通に生きていくなら、こんなものは必要ないのかもしれない。だけど、私たちには必要なものなんだ」
「ええ」
「私たちにとって、武器とは選択肢を広げるもの」

 それもよくわかる。
 先程のシミュレートにしても、もう少し武器があれば違う結果になっただろう。あるとないとでは違うものだが、やはり数というのも重要だ。

「恭也、君は自分を過小評価しすぎる。それは良いとは言えないけど、直せとは言わないよ。ただ、自分に対する周囲の認識を間違えてはいけない」
「自分に対する……認識ですか?」

その意味があまり理解できず、恭也は首を傾げた。

「恭也はもう、私たちの世界では有名だよ」

美沙斗が言う世界……それは理不尽が当然のように存在する世界。闘争の世界であり、裏の世界と呼ばれる場所。世界の闇が集まる場所。
 美沙斗も恭也も、その世界で生きている。
恭也はそんな裏側の世界から介入しようとする理不尽から、平和に……そんな世界があるとすら知らない人たちを守るため剣を握っている。
 だからこそ、その身体はその世界にあった。

「高町恭也という剣士を知っている者は少ないかもしれないけど、二刀を持つ黒衣の男は知れ渡っている」

 恭也は未だ護衛の任務を失敗したことはない。彼が守ろうとした者を傷つけようとした闇は、悉くそれがあるべき場所へと押し返される。それは、ここから先はお前たちが来るべき世界ではない、という大きな壁であるかのように。
だがそれは、その世界の壁を崩そうとする者たちにとっては邪魔でしかないのだ。

「情報なんてどこで漏れるかわからない。もう高町恭也という人間が、その黒衣の剣士と同一人物だとばれている可能性は、否定することはできない」
「はい」
「君はこの世界へ完全に身を置いたことで、危険が増えた」

 それはつまり、恭也のせいでその身近な人間に危険が及ぶ可能性があるかもしれないということだ。
それはわかっていたはずだった。

「酷な言い方だけど、もう恭也はどんな時でも戦えるように……いや、守れるようにしなければならないんだ」
 
 美沙斗は休暇があればこの高町の家に帰ってくる。だがそれは帰ってくる場所であって、ここが住処なのではない。
 恭也は美沙斗とは違う道を選んだ。
 大切な人たちの近くで、その大切な人たちを守りながら、他の誰かを守っていく道を。
だからこそ油断はできないし、いつでも戦えるようにしていなくてはいけない。
 無論、恭也は日常でも戦いを忘れたことなどないし、何時いかなる時に襲われたとしても冷静に戦える。
だがそれは油断がないだけだ。
 戦えるだけではいけない。守れなくてはならない。
美沙斗が言った武器という選択肢。
つまり、自分は如何なる状況にも対処できる選択肢を用意しなくてはならないのだ。それは自分自身にだけ向けられる敵意に対処できるものだけでは意味がない。

「ちょっと待っててくれないか」

 そう言って美沙斗は立ち上がり、部屋の中へと入っていった。
それを見送った後も、恭也は考え続けていた。
 やはり大学にいる間は、なるべく依頼を受けず、卒業したら他の場所へと移り住むべきか。最初は大学すらも行く気はなかったのだが。
だが、やはり移り住むのは却下だろう。
 なのはは少なくとも不破の血を継いでいるし、桃子とて士郎の妻だった。彼女たちが御神の関係者として狙わる可能性は少ないだろうが、絶対にないとは言い切れない。絶対という言葉は、守る者があるときには使えない。
それに結局、自分がその道を進み続ければ、その代償が彼女たちに及ぶ可能性はあるのだ。
 やはり香港警防隊に入るか。一応、誘いは受けているし。
そんなことを考えていると、美沙斗が腕の中に黒い服を持って戻ってきた。そして、先程のように恭也の隣に座り込む。

「少し時期が早いかもしれないけど、渡しておくよ」

 そう言って、美沙斗は少しだけ笑いながらその手に持っていた服を恭也に渡した。
 恭也はそれを受け取ると、畳んであったそれを広げた。
 それは黒いコート。
だがそれは普通とは違っていた。その裏地には留め金、大小幾つものポケットやホルスター止めがあった。

「これは」
「色々と武器が隠せるだろう?」

 美沙斗は少し笑って言う。
 確かにこれなら多くのものを持ち歩けるし、それほど目立たないよう工夫もされている。

「それも選択肢を広げる一つだよ」

美沙斗は少し笑いながら答える。

「それなら武器を持っていても目立たないはずだ」
「そうですね」

そういえば、美沙斗と初めて会った時に着ていたものと似ていると恭也は思った。
あの時の美沙斗が今の恭也と似た状況であったのかもしれない。いつでも敵と戦える状況を作る、という。
もっとも美沙斗は今でも鍛錬などではあの服をよく着ているが。

「もらってくれるかい?」
「はい。ありがとうございます」

恭也は頭を下げると、美沙斗は少し笑って構わないとばかりに首を振った。

「後は、恭也もしているだろうけど武器を隠しておくということかな」

 それにも恭也は頷いた。

「もっともこれも色々と問題があるけど」

 武器を前もって隠しておくというのは、問題が多いのだ。
実際に恭也もこの海鳴の何カ所かに武器を隠している。
 だが勘というか、嗅覚というか、本当にそういうものが油断ならないほどに鋭い人間はいるものだ。
 日常にないものを見つける感覚が鋭い者。
 そう言った人に隠した武器が見つかるということは、決してないとは言い切れない。だからこそ、恭也は週に一回は隠す場所を変える。
 だが、それでも絶対に見つからないという保証はないし、もし見つかってしまえば、色々の人に迷惑をかけてしまう。だからそれほど多くの場所に隠しているわけではない。

「一番いいのは、信頼できる人の土地を借りるというのもある。実際、御神は自分の持つ土地や、分家の土地に隠していた」
「ええ」

それもわかるが、恭也としては友人たちにも迷惑はかけたくないのだ。
 それに隠していたとしても、役に立つ所か大きな隙を与えてしまう可能性がある。
実際に、先程考えた敵をあの森に引きつけるというのには、その隠した武器を回収するという目的もあった。
 現在の武器だけで戦う場合だとあの結果なのだ。
 ただ武器を回収できるかはわからない。敵がそんな時間を与えてくれるかは未知数だし、武器を回収する瞬間は間違いなく隙ができてしまう。

「すまない。少し心配しすぎたかもしれない」
「いえ、そんなことありません」

 美沙斗も恭也を……高町の人たちを家族と思ってくれているからこそ、こうして忠告してくれたのだ。
 それに感謝することはあっても、迷惑だなんて思わない。

「もし高町の人たちに何かあれば、私も絶対に駆けつける。だけどそれには時間がかかってしまう」
「はい。それまでの間は、俺が……俺と美由希が守ります」

美沙斗は少し温くなった茶を飲みながら頷いた。

「けど、きっと恭也なら大丈夫だ」
「え?」
「恭也は……本当に強くなった。もう私じゃ勝てない。きっと、いつかは兄さんや静馬さんも越えていくよ。いや、守る者があるときは、もうあの二人よりも強いかもしれない」
「美由希ならともかく俺は……」

膝を治せるかもしれないという可能性はあるが、まだ完全に治ったわけではない。恭也はそんな自分があの二人を超えられるとは思えないのだ。
そんな恭也の考えがわかったのか、美沙斗は苦笑するだけだった。




「選択肢、か」

 説明を終えたあと、大河はトレイターを見ながら呟いた。

「ああ。あるかないか、その数。それらは全て俺たちにとって選択肢なんだ」

 それを増やすために、恭也はこのコートを着ている。
 もっとも、この服を着るのはどちらかというと日常生活でだけだ。護衛という仕事にはそれに適した服というのがある。
 それに仕事のときは、武器を所持していても問題ない。
 このコートは確かに色々な武器、暗器を詰め込める。全てに詰め込めば、仕事で使う量の数倍にもなるが、仕事でもそこまでの量は必要としないのだ。
たまに仕事でも使うことはあるが、それは直接護衛対象者に張り付かない時だけにしている。
この服は恭也の周りにいる人たちを守ためのものだ。
 日常を守るため、そのためにある。

「お前のトレイターも数種の武器に変化する。それはやはり選択肢が複数あるということだ」

 もちろんこれは大河だけに限らない。
 後衛組とて魔法を数種使える。これとて選択肢だし、恭也やカエデの技とてそうだ。
 だが、トレイターはその中でも特別なもの。一つ一つの選択肢が、全て用途が違うものなのだから。

「それってつまり、それだけ有利ってことか?」
「そんな簡単なものではない」
「ん? 違うのか?」
「もちろんその時の状況によって有利になるものもあるだろう。だが、選ぶのはあくまでお前自身だ」

 選択肢とは、所持していればいいというものではない。

「多くの選択肢があっても、それを的確に選ぶことができなければ、ただの宝の持ち腐れだ。
状況や場所、相手によって最良の選択とは違うものだ。そして自身の持つ選択肢の中で、その最良の選択を、お前はお前自身で選ばないといけない。選択肢が多くなれば、それだけ選ぶ量も多くなる。それらの中から的確に、だが迅速に戦闘中は選ばなければならない」
「なるほど。二択と三択、どっちが簡単かつ早く選べるか、ってことか」
「そうだ。これは経験と慣れの問題もあるがな。だが常に頭で考えておけ。自分に与えられた、自分の所持する選択肢で何ができるのか、どんな対応ができるのか。
 それができるようになれば、トレイターを持つお前は、色々な状況に対応できるようになる」

大河ならば、恭也以上に色々なことができるようになる。

「それができた時、お前は本当に……戦う者が持つ選択肢を手に入れたことになる」

それはきっと遠いことではない。
 それがいいことなのかわからないが、きっと大河は手に入れる。
その時こそ、本当の意味で大河は恭也の隣に立つ時になる。

「さて、今度はそれを考えながら来い」

 恭也は八景を抜いてそう言った。

「おうっ!」

 大河もトレイターを構えて大きく頷いた。
そのままスピードに強弱をかけながらも恭也へと突っ込んでいく。
 そして、恭也へとトレイターを振り下ろした。


 その日も、暗くなるまでフローリア学園の森から色々な音が響いてくることになる。







あとがき

外伝二つ目終わりましたー。
エリス「ちょっとー、なんで追憶か優しき月の裏じゃないの?」
 なんとなく?
エリス「疑問系になるな!」
 グゲブッ! そ、そんなことで殴るなよ。
エリス「まったく、で、これ何なの?」
 恭也が着ているコートについてと、あまり本編には出てこない大河との訓練について書きたかったんだよぉ。
エリス「いや、そんな泣きながら言わなくても」
うあー、本編はもう結構先まで出来てるんだけど、なかなか送れないのでこんなの書いてました。
エリス「この頃一ヶ月以上の間隔だし」
 書く時間はあるけど(仕事の合間に携帯で)ネカフェに行く時間がないんだ。だから他の作品にまで手を出している今日この頃。
エリス「そんなのに手を出してないで続き書け!」
 だからもうできてるんだぁ! まとめて全部送ると修正がとんでもないことになるからゆっくり送ってるんだよ。もしかしたら、今書いてる作品も送るかもしれないから許して! といってもオリジナルの四角関係恋愛ものだから、あんまおもしろくないだろうけど。どっかで見たことあるような設定だし。
エリス「だったら書くな!」
 はい。や、他にも書いてるんだよ? 短編やら、恭也のボディガード生活という色々クロスものとか。なぜだか知らんがとらハとナデシコのクロスまで書いてるし、黒衣のなのは編と狂想の中編版改訂、恭吾の恭也育成計画まで……。
エリス「手を出しすぎ!」
 ベバッハ! か、書いてないと落ち着かないんだぁ!
エリス「はあ、こんなやつですが皆さん、そして美姫さん、許してください」
 す、すいません皆さん、浩さん。続き早く送れるようがんばります。
エリス「それではまた他の話で」
 それではー。






うんうん。分かる、分かる。無性に書きたくなるんだよな〜。
美姫 「いや、それを素早く書き上げてくれるのなら文句は言わないのよ」
それが出来れば苦労しないし、お前にボコボコと殴られないって。あはははは。
美姫 「いや、笑う所と違うから、それ!」
ともあれ、外伝二〜。
美姫 「今回は恭也のコートの秘密」
秘密というほどでもないけれど、美沙斗から贈られた経緯とかだね。
美姫 「うんうん。こういうのも面白くて良いわよね」
だな。流石はテンさん。
美姫 「何処かのバカとは違うわ」
そうそう。俺とは違う……って、誰がバカだ!
美姫 「いや、私はアンタって一言も言ってないわよ」
う、うぅぅ。
美姫 「本編も楽しみだけれど、この外伝も楽しみにしてますね」
ではでは。



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