『選ばれし黒衣の救世主』
まえがき
この外伝にはとらハのキャラと謎な人しか出てきません。
できれば追想と昔語り、優しき月を読んでから、こちらをお読みください。
目の前に倒れている人。
……いや、人であったモノ。
先程まで動いて、生きていたはずの……だが今はただの肉の塊。
血の池に沈み、それはすでにただの抜け殻となった。
その目の前に彼はいた。
色々と武器を隠せるからと、叔母にもらった黒いコート。
だけど、それ以上に黒は赤を隠せた。
そのコートに着いた赤い赤い血は、他の色の服を着た時よりも目立たないだろう。だが結局の所、今回は血を浴びすぎた。これでは目立つ、目立たないは関係なくなってしまっていた。
それも今はどうでもよかった。
彼……高町恭也は、何の感慨もなく、目の前の人であったモノを眺めていた。
外伝
追想 裏
恭也は、しばらく自分が殺した男を見ていた。
男と、男の亡骸が作りだした血だまり。
その光景を見て、あの瞬間の映像が浮かんでくる。
全身を切り刻まれ、鮮血の海に沈んでいた少女。
助けると誓い、果たすことができず、死なせてしまった少女の最後の姿。
仇は討った、と言っても彼女は喜んではくれないだろう。
恭也自身、そんなことを考えていた訳ではない。
初めて人を殺したが、何の感慨も持てない。その少女のことがあり、そしてすでに覚悟ができていたからなのか。
「恭也!」
背後から声が聞こえ、死体から視線を離し、そちらへと顔を向ける。
現れたのは、仕事の仲介人であるリスティだった。今回は共同作業だったのだ。
リスティは恭也の目の前まで来ると、その目の前にある死体に気がついた。
恭也はそれを見やりながらも、男の血を払い落とし、小太刀を鞘へと戻した。
「終わりました」
そして、ただそう告げる。
「……ああ、そうみたいだね」
リスティも、それに頷いて返してきた。
「雇い主の方も捕まえたよ」
「そうですか」
「あとの処理はボクがやっておく」
「お願いします」
一礼して、恭也はリスティに背を向けた。
「恭也」
すぐに呼び止められて、足を止める。だが、振り返りはしない。
「キミが悪い訳じゃないんだよ」
それはどういう意味で言っているのだろう。
この男を殺さなければならなかったことか、それとも……。
「覚悟はできていましたから」
だから、そう告げた。
前者だととって。
そして、今度こそ歩き出す。
ああ、だけど……口はそれでも開いてしまった。
「……憎しみも、なかったわけではないです」
その言葉への答えはいらない。
だからリスティの返事を待たずに、恭也は歩き去った。
今回の仕事は、実の所完全な護衛の仕事という訳ではなかった。いや、護衛という意味に違いはないだろうが、護衛対象者の身辺警護は他の者に任せ、恭也は遊撃に回っていた。
これは元からそういう配置だった訳ではなく、恭也が自ら進言したものだった。
今回の最重要護衛対象者にどんな顔をして会えばいいのかわからなかったからというのもあるが、どうしても敵の一人に問いたいことがあったから。
なぜ、あの少女が死ななければならなかったのか。
まだ十代も半ばで、これから色んな事があって……そして、幸せになっていくはずだった少女が、なぜこうも早く死ななければならなかったのか。
なぜ、あの笑顔を失わなければならなかったのか。
だが、そんなことは聞くまでもなかった。
あの男は狂人だった。
事前にあった情報の通りに、正しく狂っていた。
人を殺すこととだけを至上の悦びとする腐った人間だった。
元々、あの少女を殺すために……今回の脅迫に繋げるために、あの事件はあった。
そんなことのために、彼女は殺された。
あの腐った男の手で。
そして、恭也はその男を殺した。
御神ではなく、不破として。
色々な理由があった。
殺さなければならない状況、生かしておいてもまた死人を量産させることになること、そして……憎しみのためにというのもおそらくはあった。
恭也は高町の家に帰る途中だった。
駅から出て、人の間を通り抜けていく。
その中で、恭也は考えていた。
(何も感じないな……)
初めて人を殺した。なのに何も感じない。
そういう覚悟は幼い時からあったが、それでも何かしら思うことがあると考えていた。
なのに何も感じない。
後悔もない。
恐れもない。
そして……達成感もない。
あの男は前から追っていたのに、それを殺しても何も感じないのだ。無論、追っていたと言っても、殺す、などと思っていたわけではないが。
それでも……
(やはり、それだけ冷酷だったということか)
それはあらゆる意味で。
彼女の死を無駄にしないために、いつかあの男を捕まえるつもりだった。同じような犠牲者を出さないためにも。
それは別に意味で達成された。
相手が死ぬという形……いや、殺すという形で。
それでも達成したことに変わりはない。
もうあの男によって死体が作り出されることはなくなった。
それでも、恭也は何も感じなかった。
一切の感情か停止していた。
いつのまにか家に着いていた。
その間、それほど多くの事を考えていた訳ではなかったのだが、ここまで道のりをあまり覚えていない。
何となく……本当に何となく家を見上げた時だった。
ドクン、と一度心臓が跳ねた。
それがなぜだかわからない。
別に危機が訪れていた訳でもないのに、心臓が跳ねた。
無意識に家の中の気配を確かめる。
全員いる。
母はまだ職場だろうが、それ以外の者たちは家にいる。
帰って来る前に連絡をいれたので、自分を待っていてくれているのだと思う。
何も危険はない。
……なのに。
(なんで、足が動かないんだ?)
まるで地面に縫い付けられたかのように足が動かない。
玄関まで数歩分の距離。
なのに、その数歩分が……ひどく遠く感じる。
なんで、こんなに汗が出てくる?
なんで、心臓が早鐘のように動く?
「そう……か……」
ポツリと漏らす。
何が、何も感じないだ。
こんなにも恐れているではないか。
恭也は自分の手を持ち上げ、その手のひらをじっと眺めた。
その手は血に塗れていた。
そして、死で汚れていた。
今、目の前にある手は、剣ダコで固くなった手の平だけ。だが間違いなく、その手は人の血を浴び、人を殺した手。
(こんな手で……みんなに触れてもいいのか?)
あの暖かい家族たちに、こんな手で触れてしまったら、みんなも汚してしまうのではないか?
そしてこんな自分を見て、みんなはどう思うのだろう。
人殺しの自分が、この暖かい家に帰る資格があるのか。
無論、その覚悟もできていたはずだった。
拒絶されるのならば仕方がない、と。
それでも、恭也は恐れていた。
恭也は本当に長い間動くことができなかった。
ようやく恭也は動いた。
ゆっくりと……本当にゆっくりと玄関の前にまで歩く。
それから、やはりゆっくりと玄関の扉を開けた。
「ただいま」
大丈夫だ。
自分はいつも通りの声で、いつも通りの表情でいられている。
奥からドタバタと現れる家族たち。
次々にお帰りと言ってくれる……暖かい家族。
普段通りの表情でいられていると自信を持って、一人一人にただいまと告げていく。
そして、一番後ろにいたなのはの前に出る。
なぜか彼女は、恭也を呆然と見ていた。
だが、恭也はそれに気づかない。
「ただいま、なのは」
自分は普段通りに笑えているはずだ。
いつも通りに。
「おかえり、おにーちゃん」
だが……どうしても、彼女たちに触れることはできなかった。
月が出ていた。
恭也はいつものように縁側に座り、ただ月の包み込むような輝きを眺めていた。
まるであの日、月の名の一つを冠する女性と知り合った時に浮かんでいた月のように、綺麗だった。
自分はいつも通りでいられただろうか?
あの後、みんなと話していた時、自分はいつも通りでいられたのか、それがわからない。
だが、みんなは何も言ってこなかったのだし、大丈夫だろう。
今考えるべきことは……
(かーさんと美由希には言うべきだな……)
自分が人を殺したと、この二人には少なくとも話さなくてはならない。
母には家長として、自分をこの家にいさせるべきかを考えてもらわないといけない。そして、美由希には師として、話さなくてはならない。
大丈夫だ……みんなと話をして、先程よりもその心は幾分か晴れた。
母と弟子がどう考えたとしても、それを受け止めよう。
「おにーちゃん?」
不意に背後から声をかけられた。
近づく気配にまったく気づかなかった。
考え事をしていたとはいえ、とんだ失態である。まさか近づいてくる気配にまるで気づかないなんて。
やはり、まだ完全に迷いは晴れていないらしい。
それを顔に出ないように振り返る。
そこにいたのは、寝間着姿のなのはだった。
「なのは、どうしたんだ? もう夜中だぞ、寝た方がいい」
いつも通りの表情で……いつも通りに言えているはずの言葉。
「……うん、でも眠れなくて、それで……」
なのははどこか言いにくそうに、何かを考えながら言った。
「そうか……」
なのはの様子に、もしかしたら……という予感が恭也の脳裏に浮かぶが、それを問うことはせずに、もう一度月へと視線を戻す。
するとなのはも恭也のそばに近づいてきて、縁側に腰を下ろした。
恭也も特に何も言わずに、好きにさせることにした。
なのはも恭也と同じく夜空を見上げる。
それは、いつものようにゆっくりとした時間だった。
だが、恭也はなのはの顔を直視できなかった。
「おにーちゃん……」
「なんだ?」
なのはが呼ばれるが、恭也は視線を動かさない。
いや、動かせなかった。
「今日のおにーちゃん、なんかおかしいよ」
「そんなことはない。そう感じるのなら、たぶん疲れているからだろう」
なのはの言葉に驚きながらも、恭也はいつも通りを意識して返した。
「なのは、もう寝たほうがいい」
話を打ち切るために……そしてなにより、このままなのはのそばにいていいのかという疑問のために、恭也は言った。
なのはが何かを言う前に、恭也は彼女の頭を撫でてあげるために手を動かした。
だがその瞬間、自分の手に血が見えた。
自らの血ではなく、誰かの血によって真っ赤に染まった自らの手が。
ダメだ。
今の自分がなのはに触れてはならない。触れてしまえば、きっと妹すら血で汚してしまう。
そう考えて、恭也は手を下ろした。
「おにーちゃん……やっぱりおかしいよ……」
おそらく恭也の行動に不審を感じたのだろう、なのはは彼を見上げながら言った。
「……なのはの気のせいだ。兄はいつも通りだぞ」
「絶対に違うよ!」
なのはは思わずと言った感じで大声を上げた。
「なのは、みんなが起きる」
そう冷静に言いながらも、恭也の脳裏にはなのはの言葉が何度も響いていた。
今の自分は確かにおかしいのだろう。
「なのはには……言えないことなの……?」
「…………」
「なのはがまだ子供だから……話せないのかな」
「……そういうことじゃない」
そう、子供だとか、そんな問題のことではなかった。
おそらくはなのはだから話せない。
「話せないこと……なの……?」
「…………」
恭也は何も答えない。
いや、答えられない。
(父さんは……どうだったんだろうな)
例えば、母にどうやって話したのだろう。
一緒になった以上は、母にそういうことも話していたはずだ。
恭也も父……士郎が人を殺した事があることを知っていた。いや、知っていたというのもおかしい。
子供の頃、ほんの少しだが手伝いをした護衛の仕事。そのときに士郎は、恭也の目の前で人を殺した。
『恭也、誰かを守るというのなら覚悟しておけ。守るってことは、それはつまり他の誰かを傷つけるってことだ。そして……今の俺のように、誰かを殺すかもしれないってことだ』
そう教えられた。
だが、恭也はそんな士郎に恐怖を感じることはなかった。
『俺たちの剣は、人を簡単に殺す事ができるという事を忘れるな』
そのとき士郎は、恭也に自らの顔を向けることなく言った。
そのとき父はどんな顔をしていたのだろう。
そう、士郎と恭也の本質は不破。御神の者たちよりも人を殺すことに長けていた。
「なのはは……」
この愛おしい妹は、そんな自分の剣をどう思っているだろう。
「なに?」
「なのはは、御神流をどう思う」
「はにゃ? 御神流?」
そんなことを聞かれるとは思わなかったのだろう、なのは目を丸くさせていた。
「え、えっと、おにーちゃんとおねーちゃんがやってる剣で……誰かを守るための剣……だよね?」
「……そうだな」
なのはの言うことは正しい。
そして、同時になのはは御神のことをそれしか知らない。
御神の中に裏として不破があることを知らない。
不破の剣が、御神の剣よりも、素早く人を殺す事ができることを知らない。
不破の剣が彼女の口から出てくるわけがない。
だから、恭也の言葉の裏を読めるわけがない。自分の殺しの技についての答えが返ってくるわけがない。
(言おう)
恭也は心の中で呟いた。
なのはに自分という存在を拒絶されれば、たぶん自分はこの家から出ていく。
母は父が人を殺したことがあるということを、おそらくは知っている。ならば、それが逃げ道になってしまうかもしれない。
だから、彼女に言おう。
最愛の妹に拒絶されるのならば、諦めもつく。
「俺は今護衛の仕事をしているな」
「うん」
恭也にとって、それは前置きにすぎない。
「護衛をする以上……いや、剣を握る以上、覚悟しなければならないことがある」
「覚悟?」
聞き返され、恭也は頷き返した。
「一つは殺される覚悟……」
「そんな……!」
それを話した瞬間、なのはは涙を見せて叫んだが、恭也は答えない。
この覚悟は、すでに幼い時からあった。
剣を握り続ける以上、真っ当な死に方はできないだろう、と。
そして、やはりこれも前置きにすぎなかった。
「もう一つは……殺す覚悟だ」
「殺す……覚悟」
なのはが先程までの感情を消し、呆然と呟いた。
恭也は、なるべく己の感情を押さえながらも続きを言った。
「……人を殺したんだ」
本当に淡々と……まるで事務のように呟いた。
なのはが目を見開いたのも見えた。
それでも口は止まらない。
「少し覚悟をつけすぎたのか……それとも俺が冷酷だったからなのか……何も感じないんだ」
そう言って、恭也は自分の手を見つめた。
相変わらず血で塗れていた。
それは本当に幻視すぎないのか、それとも本当の血なのか……。
それでも、その手自体には何も感じない。
その手で誰かに触れてしまうことの方が、ずっと恐い。
「人を殺しても……何も感じない……後悔も……恐れも……何もない。そのあとも、いつも通りに小太刀を鞘にしまって、報告をして……それで仕事も終わった」
そう、人を殺して何かを感じるわけがない。
なぜなら、不破の剣を使う時は、自分の意思と心すらも殺すから。
人を殺す覚悟があったから。
「おにーちゃんは……冷酷なんかじゃない!」
突然、なのはが叫んだ。
その叫びに恭也の方が驚いた。
「だって、おにーちゃんは守るためにがんばってるんだよ、それは私が……私たちがよくわかってる。それなのに冷酷なわけないよ。
きっとおにーちゃんが……その……殺しちゃった人は悪い人なんでしょ? おにーちゃんが守ろうとしていた人を……がんばってる人を傷つけるために……ううん、殺そうとしてたのかも、そんな人より……ずっとずっと、おにーちゃんの方が……」
何が言いたいのかわかない言葉。
だけど、なのはの口から出てきたのは恐怖ではなかった、罵詈雑言でもなかった。
何より……拒絶ではなかった。
恭也はなのはの言葉を噛み締めるように目をつぶった。
「ありがとう、なのは……」
それは本当に小さい声量だった。
恭也に出せたのは、その程度の小さい言葉でしかなかった。
恭也は目を開けて、再び月を見上げる。
「本当は怖かったんだ」
「え?」
「人を殺したことは全然怖くなかったのに……この家の前まで帰って来たら、突然怖くなった」
恭也の言う言葉の意味がなのはには理解できないのだろう、彼女は首を傾げていた。
それがわかり、恭也はゆっくりと続けた。
「人殺しの俺なんかが、この家に帰ってきてよかったのか……と思って、怖くなった」
「おにーちゃん……」
「血で汚れたこの手で……みんなに触れてしまったら、みんなも汚してしまいそうで……
何よりこんな俺を見て、みんながどう思うのかが怖かった」
言いながら、恭也は自らの手を月へと伸ばす。
月明かりに照らされた手は、やはり血に塗れ、死に汚れていた。
「本当は、それも覚悟していたはずなのに……それでも怖くてしかたがなかった」
なのはにこんな弱音を吐くのは初めてだった。
彼女は一番に守らなくてはいけない存在だったから。それは家族として、父の代わりとして、兄として……絶対に守らなければならない大切な存在だったから。
いや、なのはにだけではない。
家族に弱音を吐いたのは、これが初めてかもしれない。
なのはは、月に翳された恭也の手を自分の両手で取った。
自分の血に塗れた手を触れられて、恭也は一瞬恐怖した。
だがなのはは、まるで慈しむように、大事に、大事に包み込んでくれる。
まるで血と死を洗い落とそうとしてくれているように感じて、それが本当に暖かくて、手を引き離すことができなかった。
「私には……人を殺すとかわからない。
けど、どんなに変わっちゃっても、どんなことをしても、なのはにとっては、おにーちゃんはおにーちゃんだよ」
「なのは」
「おにーちゃんが殺しちゃった人よりも……世界中のどんな人よりも……私はおにーちゃんの方が大事だよ。
私は……おにーちゃんがどんなになっても、怖がったりしない、汚れたりしない……ううん、おにーちゃんになら汚されたっていいよ」
なのはは、包み込んでいた自分の汚れた手を優しく握ってくれた。
そして、月明かりの中で、優しく微笑んでくれていた。
本当に自分は幸せ者だ。
こんなふうに、人殺しの自分などを大事だと言ってくれる妹がいて。
暖かい家族がいて。
見守ってくれる大切な人たちがいて。
そう……自分はこんな家族や大切な人たちを守りたいのだろう?
ならば、いつまで悩んでいるつもりだ?
今の自分が、彼女に返せることは一つしかなかろう。
「ありがとう」
恭也は微笑んで、もう一度、そう言った。
絶対に、お前を守るから。
大切な人たちを守るから。
血に塗れていようと、死に汚れていようと。
本当の意味で、覚悟はできた。
守ってみせる。
もう迷ったりはしない。
こんな自分でも、守りきってみせるから。
そのために、誰かの未来を奪うことになったとしても……。
そこは墓地だった。
いくつもの墓石。
その中には、生前色々な想いを持ちながら生きていた人たちが……。
その墓石の一つ……その前に恭也はいた。
そして、買ってきた花を供える。
「……すまない」
恭也は目をつぶりながら、呟いた。
「約束を守れなくて……また来るのが遅くなって……」
そう言って、頭を下げる。
この墓石に彼女は眠っていた。
恭也が救えなかった少女が眠っていた。
恭也は、ここに来るのが初めてだった。前からこの墓所は聞いていたが、それでも来ることができなかった。
だが、やっとここに来る覚悟ができた。
「キミは……俺を恨んでいるだろうか……憎んでいるだろうか……」
そう呟くが、答えが返って来るわけがない。
幻影の少女はあの時微笑んでくれた。だが、本当の少女は自分をどう思っているだろう。
仇は討ったという言葉はいらない。彼女はそんなことを望んでいないだろうし、彼女が生き返るわけではない。そもそも仇討ちなんていうのは生者の自己満足でしかない。
「だが、すまない……俺はまだ生きなくちゃいけない」
再び誓ったから……守る、と。
まだ自分は死ねない。
家族たちや、大切な人たちを守るためにも。
救えなかったキミを無駄にはしない。
それはきっと、彼女には何の関係もなく、意味もないことなのかもしれない。
それでも……
「俺はキミを忘れない。贖罪のためでも、罪悪感のためでもない。
『 』という少女がいたことを……ただ忘れない」
忘れず生きていく。
救えなかったという事実と共に。
恭也はもう一度頭を下げると、その墓石から離れて行く。
そのときだった。
『恭也さん……』
声が聞こえ、振り返った。
そこに彼女はいた。
生前のように……あの月の夜のように。
小柄な身体、黒く長い髪を後ろに束ね……そして、あの時のような輝く笑顔で……。
「あ……」
その言葉を漏らした時、風が吹いた。
それに目を閉じたその一瞬で、その少女の幻は消えていた。
だが、それでも……
「まだ笑って……くれるのか?」
あの時と同じ、自らで作り出したただの幻影でしかないだろう。
だが……
「ありがとう……」
なのはに言った時のように、恭也は微笑んでその言葉を呟いた後、今度こそ歩き出した。
グシャリ、と彼女は花を踏みつぶした。
誰が供えたかは知らないが、この墓石に花などいらないのだ。
いや、そもそも墓すらいらない。
なぜなら彼女は生きているから……。
「いらないんだよ……お墓なんて……だって『私』は生きてるもん」
少女はそう呟いた。
小柄な身体、長い髪を後ろに束ね……そして、どこか悲しげに歪んだ笑顔で……
「高町恭也……」
笑顔で呟かれた名前。
「『私』の仇は『私』が討つよ。
そのために、わざわざ天国から戻ってきたの。だから私があなたを地獄に送ってあげるよ」
少女はただ笑顔のままで……そう呟いた。
あとがき
初の外伝は追想の裏バージョンでした。
エリス「会話がまったく追想と変わらないよ」
それは仕方ないでしょう。場面は同じだけど、こちらは恭也の心理を中心にして動いているという話なんだから。これを追想に混ぜたら変な感じになるでしょ?
エリス「まあ、確かに。だからって同じ話を二回書かなくても」
恭也の心理描写を書きたかったんだよ。まあ、ちと昔語りとも絡んでるけど。ついでにいつか追憶や優しき月の裏バージョンもやりたい。あっちも恭也の心理描写がほとんどないから。ちゃんと考えてはあるんだけど。
しかし今回の最後のシーン、読み返してみたら、るろ剣の一シーンに似てることに気づいた。
エリス「最後に現れたの、誰?」
内緒です。まあ、重大な伏線でもないし気にしないで。
エリス「むむ、そう言われると逆に気になる」
ま、まあそのうちね。とにかく、次は本編いかないと。やっと一番……ってわけでもないけど、もうずっと前から書きたかった話にいけるし。
エリス「それじゃあ速く書きなさい。この頃なんか投稿スピードが落ちてるし」
ご、ごめんなさい。や、書くことは書いてるんですが、どちらかというとネット環境がないためです。
エリス「はいはい、言い訳はいいから、とっととする」
はい。それでは、次は本編で。
エリス「ありがとうございました〜」
いいお話や〜。
美姫 「本当に」
前の追想の、恭也側だね。
美姫 「やぱっり、しみじみ」
それにしても、最後のはなんだろう。
美姫 「気になるわね」
本編も楽しみだけど、こういう外伝も良いな〜。
美姫 「追憶や優しき月の裏バージョンもやって欲しいわね」
こらこら。
美姫 「なに、見たくないの」
いや、それは見たいが。
美姫 「でしょう」
そりゃあな。
美姫 「さーて、それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。